物音一つ聞こえない、嫌に静かな紅魔館。
刀の男を殺したあと、オレはレミリアの亡骸をレミリアの寝室に運んだ。
レミリアをベッドに寝かせた後、オレは寝室の窓を開けた。
宵の空から流れ込む冷えた風を顔に浴び、煙草に火をつける。
冷たい煙が、レミリア達と過ごした短い日々を思い出させる。
「ワケがわかんねェよ…」
未だに実感の湧かないこの惨状、しかしうだうだ言っていては何も変わらない。
オレはふ、と小型の丸テーブルに目をやった。
テーブルには白い封筒が置かれていて、紅い蝋で封がされていた。
封筒には綺麗な字でDear Ryujiと書かれている。
「……レミリア、オメェは自分が死ぬ運命も見えてたってのか?」
ベッドに横たわるレミリアに顔を向け、オレは消え入るような掠れた声で聞いた。
しかし、事切れているとはとても思えないほど綺麗な顔をした吸血鬼の少女は何も答えない。
顔に付着していた血はオレが全て拭いたので、傷口以外を見ればただ寝ているだけの少女だ。
なのに、何も反応しない。
その様が、レミリアが死んだという事実をオレの中でより明白にした。
「……」
オレは深く溜息をつき、オレに宛てられた封筒を開けて見ることにした。
そばに置いてあった銀のペーパーナイフで封筒を開け、幾重に折りたたまれた紙を抜き取った。
「手紙、か。」
開いてみると結構な長さの手紙だ。
オレは煙草を咥えながらその場で手紙を読み始めた。
“親愛なる龍二へ。
貴方がこれを読んでいるということは、私はもうこの世には居ないのよね。ふふっ、ベタだけれど。
きっと貴方は今、酷く混乱しているのでしょう?
少し出かけている間に幻想郷が、いえ、紅魔館がこんな状態になっていたのだから無理もないわ。
私は自分が今日死ぬことを知っていたわ。貴方も分かっていると思うけれど、勿論私の能力よ。
貴方に初めて会った時、私は貴方に言ったわよね。「果てしなく永く苦しい運命を背負っている。」って。
加えて「その運命、きっと変えてみせる。」とも私言ったのだけれど、まるで変えられなかったわ。ごめんなさい、龍二。
前置きが長くなったわね。
龍二、貴方は「世界を再構築する運命」を背負っているわ。
…ふふっ、いきなり言われてもまるでわからないわよね。
まず、八雲紫を探して。
八雲は幻想郷を創造した大妖怪。八雲に会えば全てがわかるわ。
幻想郷に来てから八雲には一度も会っていないから、どこに住んでいるかはわからないけれど…
迷いの竹林の奥部には、八雲の知人とされている“月の賢者”が隠れ住んでいるらしいの。
だから恐らくは……その竹林の奥部に身を隠しているのではないかと私は推測するわ。
結局、全て貴方一人に背負わせてしまってごめんなさい。
せめて貴方の運命がより良いものになるように祈っているわ。”
「…オレのやる事はハナっから決まってたわけか。助けられたかもしんねェのに…なんで黙ってたんだ…。」
手紙の内容はまだ残っており、“ここからは私個人のメッセージ。見なくてもいいからね。”と付け足され、更に下へと続いた。
“貴方、「紅魔館を自分の運命に巻き込んでしまった。」とか考えてたりしないでしょうね?
…まぁ貴方の事だから、きっと今頃自分を責めているのでしょう…
けれどね、紅魔館に貴方を誘ったのは他でもない私なのよ。
私は貴方の運命を初めから知っていた。あの時貴方を追い返していれば、私は死ななかったでしょうね。
それを分かっていた上で私はあえて貴方を招き入れたのよ。
だから貴方が気負いする必要はないの。
けれど…けれどね。
そうまでして貴方を招いたのに。
運命を変えてみせるって心に決めていたのに。
紅魔館を、家族を犠牲にしてまで成そうとしたのに。
やっぱり何も出来なかった。それが悔しくて…ね。
けれどやっぱり、私は貴方に会えて良かったわ。
私だけじゃない、フランも貴方のような父親ができてとても喜んでいたしね。
だから龍二、何度も言うけれど、気負いしないで。
私は、私達紅魔館は、貴方を家族として愛しているわ。”
「……なンだよ…オレはオメェらに何にも礼できてねェよ……。」
やるせなさと共に手に力が抜け、オレはゆっくりと手紙をテーブルの上に置いた。
だがよく見ると、手紙の一番下に滲んだ文字で一文だけ書かれていることに気がついた。
“最後に安心あげれた、かな…?ありがとう…お父さん。”
その文は水玉模様に滲んでおり、手紙自体もその部分だけ少し拠れていた。
オレは咥えていた煙草を落とし、その場に力なく崩れ落ちた。
「最後の最後に…ッ泣いてんじゃねェよ…ッ!」
突然目から溢れ出した無数の雫。
大の男が泣くなんぞ情けない…そんな事も考えず、オレはただひたすら涙を流し続けた。
耐えきれなかった。
結局全ての運命を押し付けて殺してしまったのはオレなのに。
それなのに何故レミリアは歩み寄ってくれるのか、それが嬉しくて、幸せで、辛かった。
大粒の涙が、床に落下した煙草の火を潰す。
レミリアはいつも“大人”だった。
だが500歳といえど、本来なら彼女はまだ子供なのだ。
そんな彼女に無理をさせてしまった自分が非常に恨めしい。
──だが、やはりいつまでも立ち止まってはいられない。
紅魔館が…家族が命を賭して支えてくれた運命だ。
オレにはそれを果たす、義務がある。
「ンだが…まずは弔いだな。」
いつまでもベッドに寝かせておくわけにはいかないので、オレはレミリアの亡骸を抱き抱えて館の外に運び出した。
〇
紅魔館の外、相も変わらず宵の空の下。
誰かまだ生きていないかと紅魔館を全て見て回ったが、望んだ答えは何一つ返ってこなかった。
紅魔館の全員の亡骸を内門前に寝かせ、オレは彼女らを見下ろした。
「………ごめんな。」
紅魔館は全滅。
実際に殺される現場を見てはいなかったものの、心のどこかで察しはついていた。
なので取り乱すことは無かったが、やはり家族が死んでいる様を何度も見るのは堪えるというものだ。
「クソッ…呆けてんじゃねェよ…やることやんねェとな。」
力が抜けそうになる体に鞭を打ち、早いうちに弔いを終わらせることにした。
他人の運命に巻き込まれて死んだ上、弔いもされずに腐ってしまうなんて、それではあまりにも彼女らが不憫じゃあないか。
オレはひとまず紅魔館の庭に幾つか穴を掘って、その中に彼女らの亡骸を焚いて埋めることにした。
まずはフランから…とフランの亡骸を抱き上げると、ポロっと、何かが落ちた。
「…?」
フランの亡骸を抱えたまま、それを拾い上げてみる…
それは朱色の歪な折り鶴だった。
初めて作ったからか、所々余分な折り目があったりシワになっている所も見られた。
「…約束、守れなかったな。」
“ちゃんといい子で待ってる。”
その言葉がオレの中で反芻し、込み上げてくる何かを感じた。
こんな体たらくじゃあ、弔いが終わるまでに日が昇ってしまう。
オレはフランの折り鶴を形を崩さないようにポケットにしまい、重い足取りで弔いを始めたのだった。