厳かな竹林の奥地にひっそりと佇む古き良き日本屋敷。
そのとある一室で、オレと八雲紫は卓袱台を挟んで座していた。
「さて、と……」
暗い一室は蝋燭の灯りによって仄かに照らされており、その薄闇でオレは徐ろにジッポライターと煙草を取り出す。
キン
シュボッ
ガチン
という金属音が響き渡り、ミントのような爽やかさを孕んだ煙が漂う。
オレは鈴仙と妹紅による案内のおかげで、目的の人物である八雲紫と接触することに成功した。
賢者、八雲紫。
この幻想郷を創り上げた大妖怪であり、“境界を操る程度の能力”と並外れた頭脳によって紡がれた圧倒的な力所以、彼女は人々や妖怪から一目おかれる存在となっている。
幻想郷の武力を担い、また幻想郷の頭脳を担う。
そんな彼女は、まさに幻想郷の要と言っても過言ではないだろう。
「何を話しに来たかと聞かれれば…どう答えりゃ良いか分からねェんだけどよ……」
八雲「……“レミリア・スカーレット”、よね。」
「…そうか、レミリアは知ってんのか」
何処から話を切り出したもんかと悩んでいると、八雲の口からレミリアの名が出た。
だがレミリアの名を口にした八雲の表情としては、別にレミリアと知り合いであるというわけではなさそうだ。
単純に、知っていた。ただそれだけだろう。
「レミリアが、竹林の奥地に潜む八雲を訪ねろってよ……ただ、当のレミリアは…」
八雲「いえ、皆まで話す必要は無いわ。その話は、もう伝わっているの。」
「…そりゃ…助かるな。」
ならばオレは何を話せばいいものか。
ただ賢者を訪ねろとしか言われていないので、実際問題なんの用事があるのかはオレ自身にも分かっていない。
しかし、どうしたものかと思案していると、今度は八雲の方から話を切り出してきた。
「あの剣士は、貴方が殺したのね。」
「!!…知ってんのか?あの野郎のことをよ。」
「…昨今の異変、首謀者はあの剣士ではない。更に上の、糸を引く支配者がいるわ。」
「そうなのか、オレァてっきり奴が本丸だと思ってたンだが……なんで知ってンだ?」
いくら幻想郷を管理する立場だからと言って、幻想郷の全てを把握できるなんて事はありえない。
それに幻想郷を創成できる程の力があるなら、異変の時に何かしらの救済はできたのではないだろうか。
「…異変の首謀者と戦ってたの、私にはソイツの足止めだけで精一杯だったわ…」
あのいけすかねぇ長ドス野郎だけではあんな大規模な異変を起こすのは無理だと思ってはいたが、やはり首謀者なだけあってかなりの力を持っているようだ。
すると八雲は表情を隠すように扇子を開くと、突拍子もなく不可思議な事を言い始めた。
「駆け足で行くわよ。貴方には、過去に行ってもらうわ。」
「過去?ンなこと出来んのかよ」
「貴方は正式に幻想郷の住人ではない。だからこそ、これは貴方にしか出来ないの。」
過去に行く。
随分と簡単に言ってくれるが、オレが元いた世界じゃそんなの世迷言にも等しい。
何をトチ狂ったのかと聞かれてもおかしくは無いレベルである。
ただ…もしホントに過去に行けるなら、あのクソったれな運命も変えてしまえるのではないだろうか。
「…行くぜ。詳しい説明は要らねェ、筆者もストーリーなんて覚えてねェってボヤいてらァ」
「どうしてそういうこと言うの……いや、今はそんな事後回しね」
オレの不可思議な発言に対して八雲は呆れたようにため息を吐き、縁側と客室を仕切る障子に向けて手のひらを翳す。
そして憂いの籠った紫色の瞳をオレに向けると、八雲は苦虫を噛み潰したような表情で語り出した。
「時間という概念を含めた境界を開くのは至難の業、首謀者との戦闘で多量の力を行使した後だから微調整は難しいの。だから貴方には不老不死になってもらう必要があるのだけれど…」
「構わんよ、オレにはお似合いの業さ。」
すると八雲は驚愕と困惑を混ぜ合わせたような表情で目を見開いた。
先程から感情を隠すように扇子で口元を隠していたが、それでも明確に読み取れる程には感情が顕になっていた。
「不老不死って決して良いものではないのよ?いくら貴方とはいえ、それは分かっているでしょう?」
「貴方とはいえ………?まぁいいさ、オレはそれだけの十字架を背負う程にはやらかしてきたつもりだ。だから、それで良いンだよ。」
ちょっと蔑みが見て取れたが、触れたら脱線しそうなのでスルーしておく。
オレは今まで、下らん矜恃で人道を外れた人生を歩んできた。
それを精算できるとは微塵も思っちゃいないが、十字架を背負って然るべきなのは確かなはずだ。
それを聞いた八雲は見開いていた瞳を直し、先程と同じように感情を隠すような表情に戻った。
「そう……では、境界を開くわ。」
「頼むぜ。」
すると八雲が翳した手の先に黒い線が走り、形容し難い異音と共に黒い空間が開かれた。
その黒い空間の中からは無数の瞳がこちらを見つめており、なんとも言えない未知の恐怖が感じ取れる。
「ここをくぐればそこは過去の世界、覚悟は出来てる?」
時空をも超越する禍々しいゲート。
確かに吃驚はしたが、覚悟なんてとっくに決まっている。
あの刀野郎が事を起こす前に野郎をとっ捕まえて、瑠美もレミリア達の事も救ってやる。
バチンと拳を鳴らしたオレの口角は無意識に上がっていた。
「当たり前よ、ドーンと任せてくれや。」
「…よかったわ。幻想郷を、頼むわね。」
「…おう!」
さぁ、クソッタレな運命を変える為の時間旅行の始まりだ。
オレはそれ以上何も言わず、静かに異空間に足を踏み入れたのであった。