美鈴との稽古を終えた日から、オレは代わり映えのない日々を過ごしていた。
元の世界に帰る手立ては未だ見つからないままだ。
そんな日々が続いているせいで、少しずつ瑠美に関しての危機的意識が薄れていった。
しみじみと思いながら、オレは煙草を咥えてジッポライターで火をつけた。
「オレ自身がこの世界に馴染んできてんなァ…全世界マッチョ選手権、幻想郷代表!なんつってな
。」
ほざけ。
…パチュリーのおかげで魔力のコントロールにも慣れてきたが、未だに液体や気体の魔法は扱えないままだ。
だが、個体を同時に何個か創り出せるようになったのでかなり上等だろうと思う。
体術に関しては未だに美鈴に勝てないままだが、少しずつ美鈴の動きについていけるようになっているのでセーフ。上等上等。
感慨深く思いながらスゥ-っと息を吸い込む。
独特な冷たい煙が肺に充満する。
そんな中、オレはある違和感を感じていた。
この紅魔館の地下、それも大図書館のさらに深層地帯から魔力を感じるのだ。
とても大きく、それでいて酷く寂しげな魔力。
だがよく感じてみると、狂気的に尖っている魔力ともとれる。
最近はこの不穏な魔力が気になって仕方が無い。
パチュリーに聞いても、教えられることは無いとしか言ってくれない。
「やっぱ館の主に聞くべきなんかねぇ…」
「レミィには言っちゃダメよ。」とも言われたが、あまりにも気になって夜しか眠れないのでレミリアに直接聞いてみることにした。
「レミリアなら大丈夫だろ。あんなに親切にしてくれてるしな、甘えるようで少し嫌だけどよ。」
いつの間にかフィルターまで燃えてしまった煙草の火を消し潰し、レミリアの部屋へ向かうことにした。
○
冷たく、張り裂けそうな程の鋭さをもった空間がオレを包む。
オレの視線の先には真紅の瞳を煌めかせた水髪の吸血鬼、レミリアが立っている。
レミリア「…教える必要は無い。」
「なんでだよ。」
レミリアは呼吸が止まりそうな程に鋭い視線をオレに向けてきた。
理由は簡単、紅魔館の地下深くから感じる魔力について聞いたからだ。
だが、その質問に怒る要素があるのだろうか。
なにかまずいものでも隠しているのだろうか。
レミリア「…………」
レミリアは黙り、俯いてしまった。
「……なァ、レミリアよ。お前妹いんだろ。」
レミリア「…ッ!何故お前がそれを知っている?」
「……図書館にな、アルバムがあった。」
この紅魔館に居候し始めてからの数日間、オレは暇な時によく大図書館に行って本を読んでいた。
ある日、面白そうな本を探していたらアルバムのようなものを見つけた。
他人のアルバムはあまり見るものでは無いが、つい興味本位で見てしまったのだ。
そのアルバムにはパチュリーや美鈴、咲夜など紅魔館の住民がうつっていた。
だが、ある写真でレミリアの隣に見覚えの無い金髪の少女がうつっていたのだ。
その少女の脇には「My sis.」と書いてあった。
レミリア「…………そこまで知られてはね。えぇ、貴方が感じている地下深層の魔力は私の妹、フランドール・スカーレットのものよ。」
やはりそうか。
だが何故レミリアの妹が地下にいるのだろうか。
引きこもり…?ならあの寂しげな感じはなんだろうか。
レミリア「あの子の能力、外に出すには危険なのよ。私が管理してないといけないの。どんなにあの子が空を求めてもね。」
「そこまで危険な能力なのかよ?」
レミリア「そうよ。私はあの子を495年もの間、外に出したことがない。仮に外であの子の能力が暴走しても、私には何も出来ないのよ。」
「ンなの不憫すぎる。地下から感じる魔力は酷く寂しげだったぜ。」
レミリア「………。」
口を開く度にレミリアの表情は暗くなっていく。
自分でどうにかできない事に、悔しさを通り越してやるせないのだろう。
この「どうにもできない」というのはレミリア自身の力もあるだろうが、“紅魔の王”という立場も重なって、あまり無理なことは出来ないのだろう。
「レミリアには世話になってるからな、オレがどうにかしてみせらァ。実の姉妹がすれ違ったままなんてのは虚しいだろうよ。」
レミリア「人間には無理よ、あの子に刺激を与えるだけ。それでも行くと言うのならここで殺してでも止めるわ。」
「オイオイ、どいつもこいつも人間を舐めすぎだろ。そこまで言うならオレは何がなんでも行くぜ。」
っと少し強い言い方をしちまった。
短気な性格は治さないといけないな。
気持ちを宥めるために煙草を取り出し、火をつけた。
初めてレミリアに会った時と同じように、七色の光が照らす空間に冷たい煙が広がる。
少し間を置いてから、レミリアは「残念ね…」と呟いた。
レミリア「お前はここで死ぬ運命のようだ。」
「…ッ!!」
レミリアの赤い瞳が強く発光し、身が震えるほど空間に衝撃が走った。
レミリアが魔力を解放したのだろう。
かなりの圧だ。逆鱗に触れてしまったらしい。
でも煙草は美味い。
レミリア「私は紅魔の王よ、死にたくなければせいぜい足掻け!」
レミリアが右手に魔力を凝縮させ、真紅の槍を創り出した。
不気味。それでいて妖艶なオーラを漂わせるその槍をオレに向け、レミリアは言い放った。
レミリア「“スピア・ザ・グングニル”…私だけが扱える至高の神槍だ。お前はこれで刺し殺される。」
レミリアは黒い翼を大きく広げ、高く飛び上がった。
オレを殺そうと睨みつける目。
だが、微かに迷いがあるように感じる。
「…迷いがある奴に、オレは殺せねェぞ。」
レミリア「…ッ!!黙れッ!!!」
レミリアは上空からオレに向けてグングニルを投げ放った。
とてつもない勢いだ。時速500km程はいっているだろう。
さて、オレの能力は空間に無数の手を持っているわけだが。
どうやら、この無数の手の力は能力者の筋力に依存するらしい。
吸血鬼の力は人間が敵うような生半可なものでは無い。
通常ならば、吸血鬼が投げ放った槍を力ずくでいなす事はできないだろう。
そう、通常ならば。
「こりゃ、ちっとくたびれそうだな。」
レミリア「…何故避けないッ!死ぬぞッ!!」
オレは幻想郷の恩恵を強く受けている。
美鈴が言っていた「本人の秀でたものがインフレーション」するような。
元々、人間離れしたトレーニングをしていたオレは筋力がインフレーションしてくれた。
そのおかげで、吸血鬼と渡り合える程度には筋力が鍛えられたはずだ。
…はずだ。
「…ゥゥオラァァァァア!!!!!!!!!!!」
しんどい。なかなかにしんどいのだ。
煙草は依然咥えたままだが、灰を落とす余裕なんて全くない。
むしろ衝撃で勝手に灰が落ちた。
やはり吸血鬼、一筋縄ではいかない威力だ。
だが、ここで何も出来ないまま終わるわけにはいかない。
実際に手で触れるわけにはいかないので、“無数の手”を活かして与える負荷を2倍にした。
レミリア「…ッ!?」
オレの眼前まで迫っていた槍はギリギリで軌道を変え、オレの脇に突き刺さった。
突き刺さった周囲の床面は砕けている。
恐ろしく高い威力…オレでなきゃ見とれちゃうね。
「…ケッ!迷いのある奴にオレは殺せねェって言っただろ…!」
得意気にドヤ顔で言い放ったが、オレは色々な意味の汗をダラダラと垂れ流している。
それでもレミリアは驚愕の表情をしていた。
咥えていた煙草はいつの間にかフィルターまで燃えていたので、レミリアの槍によって砕かれた床面の瓦礫にポイッと紛れさせた。
ポイ捨ては良くないですね。
そんなことを考えられるのも束の間、すぐにレミリアは先程と同じ表情に戻った。
レミリア「…私はお前を見くびっていたらしい。」
レミリアの声色が少し変わった。
心なしかいつもの声に近くなったような気がしたが、レミリアから放たれる魔力は依然変わらないままだ。
レミリア「お前は強い。こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ。」
…むしろレミリアは、オレを殺す覚悟を決めたようだった。