「ご報告します!ミナ様とフェリ様の報告通り、アイン様の死体を発見いたしました!」
「うむ、ご苦労。して首尾は?」
「それが...行方知れずでまだ偵察隊が付近を捜索中です」
「わかった、見つけ次第捕らえて連れてこい」
「はっ!」
兵士は深々と一礼すると速足で部屋を出て行った。部屋には鎧を身につけた渋い雰囲気の男が1人、愛刀を磨いている。
「水を自在に操る子どもか...報告が本当なら殺すには惜しいか」
男は剣を鞘に収め、ふぅっと息を吐く。
「そろそろ始めるとするか、戦争だ」
私がオーガの村に来て数日が経った。あの決闘の後、すぐは村人達に怯えられて避けられていたが子どもたちと遊んだり剣を教えたりしているうちに次第に打ち解けていった。今では普通に話せるくらいにまで仲良くなっていた。
「マナ様!食料調達隊が戻ってきました!」
オーガ族の少女が私の元へと来て報告をした。この女の子は私の秘書のような役目をしてもらっている。
「うん、ご苦労さま。今日はもう戻っていいよ」
「はい!」
彼女や村人達と話をして、ある程度の言葉や知識を身につけた。まだ人間達が攻めてくるような気配はなく、近くに大型のモンスターが出てくるようなことも無い。平和そのものだ。
「これはマナ様、調子はいかがですかな?」
「爺や、特に変わらないよ。いつも通りいつも通り。そういえば剣の方はどう?」
「とても良いですぞ、切れ味も落ちない上にどんなに硬いものでも切れる、まさに魔剣ですな。このような品をいただき感謝しております」
「なら良かった、また何かあったら言ってね」
「はい、ありがたきお言葉」
爺やともこんな感じで毎日話をしている。あげた魔剣を直ぐに使いこなしてかなりご機嫌なご様子だ。
「うーん、今日も行ってくるかなー」
私は村の入口までのんびりと歩く。最近の私の日課、森の中を散歩することだ。
「おや、マナ様。今日もお散歩ですかな?」
「うん!黒炎も少しは運動させないとね」
黒炎とは私が少し前に見つけた角の生えた馬のことだ。毛並みが黒く、風にたゆたう毛が炎のように見えたから黒炎と名付けた。私が言うことをよく聞くお利口な馬で脚も速く、しかも戦闘能力もかなり高かった。その辺のモンスターなら軽く倒せるくらいだ。
「お気をつけて」
「うん、行ってくるねー」
私は結界の中から黒炎を呼び出す。黒炎に名前を付けた時から魔法でいつでも好きな時に呼び出せるようになった。結界で私の中に取り込んで置けるのでわざわざ世話をしなくても良いのでとても便利だ。私は黒炎に乗り、森の中を駆けた。
オーガ族の村から北西へ数十キロの場所、海の傍に1つの王国がある。そして村から山を挟んで南側数十キロの場所、火山の近くに同じく1つの国があった。その2つの国は長年仲が悪く、たまに武力行使で衝突していて私がちょうど村に入った頃、火の王国が協定を破り、遂に全面戦争にまで発展した。1回目の衝突は水の王国の優勢で終わり、火の王国は対策として国の背後から奇襲する事を決めた。しかし、それにはオーガの村を通らないといけない。私がその情報を知ることとなるのは、村が襲われた時のことだった。
「うん、これでよし」
私は蜘蛛の糸を張り、それをハイドスキルで隠す。これで夜のうちに獲物がかかり、翌日にそれを食料調達隊が回収するのだ。
私は一息ついて辺りを見渡す。この辺では肉食獣や草食獣といったモンスターが彷徨いている、はずだったが私は何回かしか見たことがなかった。何でなのかよく分からないが襲われないので特に気にしたことは無い。まあ悪いことではないのでいいだろう。
「黒炎、戻ろうか」
私は黒炎に乗り、村へと戻る道を行く。今日のご飯は何かな、と呑気に考えていると、
「黒炎、急ぐよ。村が襲われてる」
空間感知能力で村から大勢の人が戦っているのを感じた。恐らく人間達が来たのだろう。黒炎は高くいななき、森を駆け抜けた。
「くっ!持ちこたえろ!マナ様が戻るまで耐えるのだ!」
「若様!ここはわしだけで充分だ!」
爺が魔剣で押し寄せてくる軍勢を薙ぎ払う。剣の光はより一層強くなり、一振りする度に稲妻が迸る。
「ごめん!遅くなっちゃった!」
私が村へと戻った時には多くの人間が村に押し寄せていた。数は2000人程でオーガの兵も応戦はしていてなんとか持ち堪えてはいるが数が多すぎて押されている状況。
「若と爺やは残った村人達を避難させて!すぐに終わらせるから!」
「頼みます!」
2人は急いで村人達を森の中へと移動させた。私は空へと移動し、オーガ達が安全な場所まで移ったのを確認する。
「させるか!1匹たりとも逃がすな!逃がせば後々我らが食われるぞ!」
人間達は逃げるオーガ達を追う、しかしそれを見過ごす私ではない。
「な、なんだ!?水...?進めねえ!」
「隊長!村全体に水の障壁が!閉じ込められました!」
「何を言っとるか!ただの水ごときで進めないだと?ふざけたことを抜かすな!」
「ち、違うんです!何か、見えない壁があって進めません!」
人間達は混乱に陥った。当たり前だ、私の結界は絶対に破れない魔法なのだから、ただの人間にどうこうできるものでは無い。
「そろそろお仕置きの時間だよ!」
私は結界の中の大気と水を圧縮させる。当然だが人間達はその事には気がついていない。限界まで圧縮させたところで、それを中央へと持ってくる。
「ばーん!」
私が指をパチンと鳴らした瞬間、結界の中で見たことも無いような大爆発が起こった。土煙と爆煙で中の様子は見えないがこれで生きている人などいないだろう。
しばらくして結界を消し、様子を確認する。爆発の衝撃で地面にはぽっかりと数メートルの穴が開き、人の死体どころか鎧すら消し飛んでしまったらしい。
「あー、ちょっとやりすぎちゃった?」
私は苦笑いで頬をかく。村が突然襲われて頭にきていたとはいえ、せめて死体は残しておくべきだったろうか。
「まあいいか、みんなを守れただけでも良しとしよう。それより若達大丈夫かな?結界の外だったから死にはしないだろうけど」
私はオーガ達が逃げた方へと向かった。幸い、そこまで離れた所にはいなかったのですぐに見つけられた。
「みんな!大丈夫だった?」
「マナ様!よくご無事で!数名やられましたが、なんとか。怪我人は今私の妹が治癒魔法を」
「わかった、私も手伝うよ」
奥には怪我人が十数名居た。そしてその中に1人、人間の兵士が混じっていたのだ。縄で縛られていて目隠しをされ、口もロープで轡をされている。
「あの人は?」
「はい!爺が話を聞くためだと殺さずに生かして情報を聞き出そうと縛っていたのです」
「なるほど、よくやった。とりあえず話は後で聞くからそのままにしといて」
私は負傷者に治癒魔法をかけて傷を癒す。2人だったので案外速く終わらせることが出来た。
「さて、これで終わりっと。じゃあそこの人間に話を聞こうか」
私は人間の兵士の目隠しと轡を取る。男かと思っていたが女兵士だった。
「今から質問させてもらうから正直に答えてね。大丈夫、変な事言わなかったら殺しはしないからさ」
「...私が答えると思うのか?」
女は私を睨みつけて言った。まあ答えなくても情報は取れるからいいけど。
「答えないと貴女の国を滅ぼしに行くだけだからいいんだけどね」
「先に答えろ...私の仲間はどうなった?」
「......殺したよ、貴女以外生きてない」
「......」
女は特に何も言わず私を睨みつけたままだった。
「じゃあ私から質問するね?何で村を襲ったの?」
「国王から命じられた、目的は知らん」
「前にもオーガの村を襲ったことは?」
「わからん、少なくとも私は今回が初めてだ」
とりあえず嘘を言っているようには思えなかったが一応彼女から情報を取っておく。私は彼女の頭を撫でた、特に嫌がる様子は無い。情報を見たが彼女はどうやら嘘は言っていないようだった。スキルは弓スキルくらいでめぼしいものは特にない。まああまり期待はしていなかったが。
「これからどうしたい?国に返すことは出来ないけど」
「私は捕虜だ、殺すなり生かして配下にするなり好きにしろ。私は逃げも隠れもせん、言われたらその通りにするだけだ」
とても潔い人だった。
「マナ様、こいつを生かしておくのは賛成しません。こいつらは私たちの村を二度も...」
「若の気持ちもわかるけど、この人は悪い人じゃないよ」
「ですが!」
「お前、マナという名前があるのか...人間なのに、どうしてオーガ族の村にいるのだ?しかも統率まで」
「私は人間じゃないよ、オーガでもないけどね。わからないんだよ、私、自分が何なのか」
「...?どういうことだ?」
女は首を傾げる。周りで聞いていたオーガ達も疑問の表情を浮かべている。無理もない、自分でもわかっていないのだから。
「私ね、気づいたら洞窟の中にいたんだ、結構前の話だけどね。そこでポセイドンってモンスターに出会って名前を付けてもらったんだよ...ってあれ?みんなどうしたの?」
女も若も爺も、それどころか周りのみんなが私に跪いている。なんだろう?変な事言ったかな?
「ま、まさか...契約者だったとは知らずに、失礼な態度を取ってしまい申し訳ない」
女は急にかしこまった話し方になった。
「んー?どういうこと?」
「ま、まさか知らないのですか?マナ様」
知っていたらこんなに不思議に思うわけなどない。
「契約者とは、神と対峙し絶対的な忠誠を誓うことで直接名を与えてもらい、神自身をその身に宿した者のことです。ポセイドンは海の神と呼ばれ、水を自在に操ることができると言われています」
「へえー、なるほどね。けどそんなに契約者って凄いの?」
「当たり前です!契約者は神自身をその御身に取り込んでいるのです」
「つまり?」
「貴女様は神様そのものでいらっしゃいます」
なるほど、そういう事なのか。だからみんな頭を下げているということか。だけどこのままはちょっと気が引ける。
「みんな頭を上げて。話はわかったけど私別にそんな偉くないからさ、いつも通りでいいよ」
「しかし!」
「言う通りにしないと今日のご飯抜きだから」
みんな一斉に頭を上げて立ち上がった。こいつら食い意地だけ張ってるんだから。
「まあそんな感じだからさ、私は姿はこんなだけど人間じゃないんだよ」
「なるほど、よく分かりました」
「それじゃあ、貴女は私の護衛になりなさい。それなら若もいいでしょ?みんなには迷惑かけないだろうし」
女は意外そうな顔で私を見つめた。
「マナ様がそう仰るなら、構わないと思いますが」
「い、良いのですか?私なんかをお傍に置いていただいて」
「うん、いいよ。その代わり、ちゃんと私の為に働いてもらうからね」
まあこのまま放っておくわけにもいかない。それに兵士ならそこそこ戦力としても使えるだろう。
「爺や、この人に剣を教えてあげて。人間だから嫌ってのは無しね」
「心得た。娘さんよ、厳しく鍛えるので覚悟するのじゃぞ」
私は村人達の方にも向かって言った。
「今日からこの人も私たちの大事な同胞となる!人間ではあるけど悪い人では無い!もし!この人を傷付けるようなことがあれば容赦なく罰を与える!いいね!」
「はっ!心得ました」
村人達は一斉に頭を下げた。これで彼女はとりあえず安全だろう。
「マナ...様!いや、我が主!感謝致します!」
彼女は地面に頭をつけて咽び泣いた。私は彼女の縄を解いてあげて零れ落ちる涙を指で拭う。
「そういえば名前まだ聞いてなかったよね、名前は?」
「私は...」
何か歯切れが悪そうな反応。いや、名前なら知ってはいるが私には少し考えがあった。
「ねえねえ、それなら私から貴女に名前を付けてあげようか?」
「え...えぇ!?」
彼女は目を丸くして驚いた。若達も驚愕した表情でこちらを見ている。
「だってさ、私たちの仲間になる訳じゃん?人間の時の名前だとみんな気にしちゃうからさ。人間では無い、私たちの仲間としての貴女に生まれ変わるって意味で、ね?」
彼女は少し考える。もちろん意味は分かっているだろう。ただ私は強制するつもりは無かった。彼女が断ればそれはそれでいいと思っていたのだ。
「1つお聞きしますが、それがどういう意味かは分かっていますか?」
「ん?どういう意味?」
私は首を傾げる。別に深い意味で考えた訳ではなかったから彼女が言ってることが理解出来ていなかった。
「やはり...知らないのですね。契約者から名を貰うということはその者の眷属になる、ということです。つまりは私がこのまま貴女様から名を貰うと私は貴女様の眷属、マナ様からのどんな要求や辱めでも断ることができない存在となってしまいます。大変失礼極まり無いのですが悪い言い方をしてしまうと、貴女様の奴隷となってしまうのです」
彼女の説明はとても分かりやすかった。そうなると私も少し考えるものがある。というよりも、
「ねえ若、今の説明が本当なら黒炎は?」
「はい、既にマナ様の眷属ということです」
やっぱりか。それだと私の気持ちよりも彼女の気持ち次第ということになる。
「私はあくまで仲間、として見るつもりだよ。当然ちょっと頼み事とかはするけどさ、眷属とか奴隷とかそんな風には見るつもりないから、貴女が決めていいよ。私から名前を貰うか、人間の時の名前をそのままつかうか」
何だか責任を投げたみたいで、言った後で後悔した。
「私は......」
彼女は一息間を開けて、息を飲んで言った。
「私は、名前を賜りたいです。マナ様にお仕えするこの命は既にマナ様の為に使うもの。人間だった頃の私はもう存在致しません。なので、お願いします、名もなき私に..,名をお与えください」
私はその言葉を聞いて、嬉しいと思った。何故かはわからない。ただ1つ言えるのは彼女はここにきてはじめて笑顔を見せた。
「わかった...名も無き者よ、汝にマナ=ミーシャの名を授ける。これよりはその命果てるまで我に忠誠を誓い、同胞を大切にし、我に尽くせ!」
別にこんな堅苦しい事は言わ無くてもいいのだが形というのは重要だ。
「ありがたき幸せ!このミーシャ、永遠に貴女様に尽くすことを誓いましょう!」
うおーっ!と村人達から歓声が上がった。オーガの子どもや女性達がミーシャを囲んで祝福する。私もうんうんと頷き笑った。
これが私の片腕とも言える仲間の、ミーシャとの出会いだった。
ミーシャの元の名前?ちゃんとあるけどそれはまた別のお話で(ξっ˘ω˘c)ネムネム