「どうぞ、こちらへ」
ミズガルズへ来て3日目、私たちはようやく国王と話をする為に城の一室へと通された。
「じきに参りますのでどうぞお席へかけてお待ちください」
入った部屋は豪華なシャンデリアと壁に掛かった女神の絵が特徴的な広間。絵の下には赤い玉座、中央には石で造られた片側25人がけの机がどっしりと置かれている。私とミーシャはそのうちの1席に座る。
「すごく広い部屋ですね...流石は国王様」
「ミーシャ!これ凄くおいしいよー!」
私は机の上にあったバケットのパンを次々に頬張る。甘くてほんのり温かくて何個でも食べれそうなくらい美味しい。
「マナ様...!勝手に食べるのはちょっと...」
「ははは、よいよい。それは客人にお出しするものだからいくらでも食べて大丈夫だ」
大柄な男が部屋へと入ってきた。老年でニカッと笑うその笑顔は見た目以上に若さを思わせる。
「どうも、わしはコウフク。主が来るまで相手をしてるよう頼まれたのじゃが...どうやら無用な使いじゃったようじゃな」
「い、いえ!そんなことは...私はミーシャ、こちらは主のマナ様です」
「ほう!この小さいのが噂の化け物ハンターか、お主のことはこの城でも噂になっとるぞ。どうじゃ?是非うちの軍に入らぬか?」
私をまじまじと大きく見開いた目で見つめる。そんなに見られるとなんだか照れくさい。
「えー、面倒くさそうだし私はいいかな」
「がっはっはっは!素直に言ってくれるのぅ。わしはそういうやつは好きじゃぞ」
私の背中をバシバシと叩いて大笑いする。この人はとても馬鹿元気な人らしい。
「ねえおじさん、パンのおかわり貰える?」
私は空になったバケット3つをコウフクへ渡す。それを見てまたガハハと笑った。
「もう全部食べおったのか!育ち盛りじゃのう!ちょっと待っとれ、いっぱい持ってきてやるから!」
そう言って出て行ったと思うとすぐに片手に5つずつ持って戻ってきた。
「ほうら!たんまり食べると良い!」
私の前にはバケットに入った様々な種類のパン。それを1つずつ頬張っていく。
パクパクと呑気に私はパンを食べ進め、ミーシャとコウフクが話をしていると、広間の扉が開いた。
「遅くなってすまないな。コウフク、粗相は無かったな?」
「はっ!殿」
コウフクは先ほどとは違い真面目な態度で膝を付く。男は玉座まで進むとこちらを向いた。紫色の無精髭を生やして赤を基調とした軽装の男を、私はどこかで見たことがある気がした。
「少々取り込んでしまい時間がかかってしまった。客人を待たせたこと、謝罪する。私がこのミズガルズの3代目国王、チュウボウだ」
私はパンを頬張りながらお辞儀をした。
「お初に、ではありませんね。一昨日は水饅頭をいただきありがとうございました」
ミーシャも丁寧にお辞儀をする。そこで私も思い出した。
「これは見抜かれていましたか、あれでも変装は完璧だと思っていたのですけどね」
「紫色の髭の人なんてなかなかいませんから。私は...」
「知っているよ、ミーシャさんにマナさん。噂は私の耳にも届いている。大変だったろう、他のハンター達に何もされなかったか?」
「うん!大丈夫だよ!それで、私たち今日はお話があって来たんだけど」
私は菓子パンを口に詰めて飲み込む。
「そうだったな、聞こうではないか」
チュウボウはどかっと玉座に座った。水饅頭を売っている陽気なおじさん、という印象はまだ抜けなかったが座っている様は国王そのものの風格を感じた。
「私たち2人はオルカの村のオーガ族と共に生活しています。ですがそこをムスペルスヘイム兵に襲われ、村は壊滅してしまいました。今は別のオーガ族と共に生活していますが、またいつ奴らが襲ってくるのかわかりません。そこで、ムスペルスヘイムと敵対しているこのミズガルズに我らも戦力として加えていただきたく思い...」
「ふむ、大体の事情は把握した。こちらとしても屈強なオーガ族が味方になってくれればそれに越したことはない...だがわからんことがある、何故我らの所へ?オルカの森からであればここでなくてもアースガルズにもヨツンヘイムにも行けたはずだ」
鋭い目線をこちらに向ける。
「それは...」
ミーシャは言葉を濁す。そこの言い訳は考えてなかったようだ。
「ふぉれはね...んっく...ミーシャが元々ムスペルスヘイムの兵士で弱点とかよく知ってるからだよ」
「ちょ...マナ様!」
私はパンを飲み込んで正直に話した。ミーシャの焦る声は無視して私は続ける。
「おじさん、私たちはムスペルスヘイムの軍事力、情勢、攻略法を全て知っている。まあ私がいればそんなのいらないんだけどね、私強いし。ねえ取引しようよ、私たちはあなた達が条件を飲んでくれるなら最大限この戦争の力立てをするし情報も与える。どう?」
チュウボウはじっと目を瞑り考えていて微動だにしない。私はもう1つパンを頬張る。6つのバケットが空になってそろそろ追加でパンが欲しくなってきた。やがてチュウボウはゆっくりと口を開く。
「ただの子どもかと思っていたが...どうやら違ったらしいな、そちらの条件とやらを申せ!」
居座りなおして威厳ある雰囲気を漂わせる。どうやらようやく本気で話をする気になったらしい。
「オーガたちへ、村へ絶対に危害を加えないこと、少しでも手を出した人は速攻私が殺す。当然こちらもそちらの軍の人には危害は絶対に加えないしもし軍の進行で通ることがあれば村を経由してもらっても構わないわ」
「ふむ、断ったらどうするつもりなんだ?」
私は魔力を放出させて不気味なオーラを纏う。威嚇のつもりだったがそれを感じ取ってか武装した男たちが4人部屋に押し入って私に剣を向ける。
「断ったら?一応何もせずにオーガたちと安全な場所へ行く、つもりだったけどまずはこの人たちを消すっていうのはどうかしら」
私はにやりと笑って男達の足元に結界を張る。これでもう身動きは取れない。
「ぬぅ...これは...」
チュウボウは喉を唸らせて驚いている。私は手の平を上に向け前に差し出す。その気になれば私はこの男たちを簡単に殺すことが出来る。
「それで?おじさん、私の要求を飲むの?それとも断るの?」
YESしかない質問とはこの事だろう。自分でも何をしようとしているのかは分かっているがここまでしたら後には引けない。
「わかった...その条件は飲もう。そいつらを解放してやれ」
手を引いて結界を消滅させる。男たちは不思議そうな顔で足元を確認している。チュウボウは男たちを下がらせると額の汗を拭う。
「ありがとうおじさん。ミーシャ、後の説明はお願いね」
私は後のことを任せると空になったバケットを持って扉の前に控えていた給仕のおばさんに渡す。そして無垢な声で言った。
「おかわり!」