編集長、先生が異世界転移しました!   作:通りすがる傭兵

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「では編集長、南雲先生のところに行ってきます」
「原稿と南雲先生のことは任せたよ、五十六君」
「ユッキー先生のこともよろしくねー」
「任されました、それでは」


親方、空から編集が!

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

南雲ハジメが目を開けると、飛び込んできたのは天井に輝くライトの光......ではなく、人の顔。

 

「おはようございます」

 

思わずベットから飛び上がり、すぐそばに置いてある銃を抜いて相手に向け、

 

「イソロク、サン?」

「はい、編集の五十六です」

 

銃口を向けられながらも仏頂面、ぱっつんあたまにネイビー色の制服。スカートをはためかせながら、五十六 オワリはぺこりと頭を下げた。

 

「〆切一週間前ですね南雲先生、原稿は順調ですか?」

「........................は?」

「ですから原稿は順調ですかと」

「ちょちょちょ、ちょっと待て!?」

 

ハジメは擦り切れた思い出をつなぎ合わせ、あまり思い出したくもないこの世界に来た当初の記憶を探る。

そして、

 

「......幻覚だ、こんなところに五十六がいるはずない!」

「残念ながら現実です」

 

ずびし、とチョップを食らわせるオワリ。そしてメモ帳を取り出すとボールペンをノックして一言。

 

「私はあなたの担当編集ですから」

 

 

 

 

 

「おはようございます、八重樫さん」

「おはようございます五十六先輩。今日は遅かったですね」

 

武道場の窓からひょっこりと顔を出すぱっつん頭に頭を下げる八重樫 雫。スポーツ関係では上下関係は強く、部内最強と言われる彼女もそれはわきまえている。

それとは別に尊敬する面があるから、というのもあるのだが。

 

「ええ、南雲......がまたしても寝坊しそうなので、叩き起こしてきまして」

「また寝坊?」

「学生の本分は勉強なのですが。こちらの実力不足です」

「うーん、香織にとってはチャンスなのかしら......?」

「八重樫さん、どうされました?」

「いや、なんでもないです!

それで今日はどういった話ですか?」

 

慌てて取り繕い、本題を切り出して話を逸らす。オワリは気にかけるでもなくスカートのポッケからメモ帳を取り出した。

 

「実は日本刀についての資料を。何か良いツテがあれば」

「父が懇意にしている刀匠がいるわ。少し頼んでみるわね」

「わかりました。資料か何かはあるでしょうか」

「うーん、古文書はあるけれど、日本刀そのものについてはわからないわ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

さらさらと話を書き留めたオワリは腕時計を一瞥し、武道場を後にした。最後に雫と武道場に礼儀を払うことも忘れない。

 

「それでは、昼休み南雲、の所にお伺いするのでよろしくお願いします」

「律儀ね......」

 

でもなんで年下にも敬語なんだろう、と首をかしげる。オワリは年上年下にもかかわらず、なぜか敬語を崩さない。

もうひとつ気になることが雫にはあるのだが、

 

「詳しく聞くのもわるいわね。本人は触れらくはないだろうし」

 

同じくその場を後にした。

 

「昼休み......そういえば香織が弁当作ってたわね。南雲くんはいつもゼリーだし、先輩も『健康を気遣って欲しいものです』とぼやいてたからちょうどいいわね」

 

先輩を口実にして逃すのだけは避けないと、と親友の恋路を応援する女子高生なのであった。

 

しかしその心配は無駄になった。

この日の昼休み、彼と彼女たちは異世界『トータス』へと転移させられる事になるのだから。

 

 

 

世間が神隠しと騒ぐ中、ひとり眉をひそめる人物がいた。

 

「困りましたね......スケジュールに遅れが出てしまいました。しかし、異世界、ですか。

先生には良いインスピレーションになるかもしれませんね。そろそろ新刊の原稿なり企画書ができている事でしょう」

 

では、行きますか。

数ヶ月後、世界から1人の人物が姿を消す。

神には、ひとつだけ誤算があった。

編集者というものを知らなかったのだ。

具体的にいうと、地球で異世界転移を行う事ができる者がいるとはつゆとも思わなかったのである。

 

 

 

 

「......とまあそんな感じできました」

「そんな感じ!?」

「原稿あるところ編集あり! と先輩が言っていましたので」

「無茶苦茶だ......」

「具体的にはバチカン市国にいる編集長の友達に頼みまして。危うく死ぬところでしたが無事にたどり着けました」

 

仏頂図で決めポーズを取るオワリに対しツッコミが追いつかず頭を抱えるハジメ。

「......ハジメ、そいつ誰」

「!」

 

可愛らしい声とは裏腹に冷え切った声色がオワリに届く。ちょうどハジメの後ろに、彼女はいた。真紅の瞳、輝く黄金色の長髪、まだ幼さの残る肢体。

しかし、掌をこちらに向ける彼女からは強者の気配が濃く漂うのを直感的に感じとった。

 

「ああ、コイツは......」

「はじめまして。私、南雲先生の(仕事の)パートナーです」

「(人生の)パートナー......」

「はい、先生とは一心同体、地の果てまで付いてく所存です」

 

律儀に頭を下げると、なぜか少女はハジメの腕を抱き寄せ、ぷくりと頬を膨らませる。

 

「ハジメは渡さない」

「......困りましたね。こちらとしては(他社に)渡すわけには参りません」

 

眉をひそめるオワリ。

ですが、と前置きすると少女に向かっていく分優しげに言葉を告げた。

 

「南雲先生の意思に任せましょう。相手の気持ちを慮るのは常識です」

「......ハジメはどっちが好き?」

「もちろんお前だぞ」

 

右手で少女の頭を撫でるハジメ。少女は嬉しそうに頬を少しだけ緩める。

 

「......ところで」

 

オワリは兼ねてから言いたかったことを告げた。男女が半裸でベッドの上、まだ未成年と言えども何も起きないはずはなく。

 

「ゆうべは おたのしみ でしたね」

「ぶふぉっ!」

「当てずっぽうだったのですが」

 

 

 

 

 

「申し遅れました。私、南雲先生の担当編集者の五十六 オワリと申します」

「......タントウ? ヘンシュウ?」

「仕事上のパートナーと考えてもらえれば」

「......ならよし」

 

ぐっ、と小さくガッツポーズしたことに少しの疑問を持ったが、別に気にすることでもないとスルー。

 

「貴方のお名前は?」

「......ユエ。ハジメがつけてくれた」

「そうですか、素敵なお名前ですね」

 

仏頂図で言われても説得力は皆無なのだが、これがオワリのデフォルトなので致し方ない事なのだ。しかしオワリと付き合いの長いハジメは多少その表情を読むことができる。

オワリの家族に言わせればかなり雄弁な方だと言うので、まだ先は長いらしい。

 

そのハジメの観察によれば少し嬉しそうだ。実際、撫でようと手がちょびっと震えているので間違い無いだろう。

 

「俺の女だ、手を出すなよ?」

「......こんないたいけな少女を俺の物と?」

「そんなんじゃねえよ俺とユエは。あと見た目より長生きしてるからずっと年上だ」

「......ふむ、ロリババアですか」

 

顎に手を挙げ考え込む。

 

「何歳ほどかご存知です?」

「女の子に年齢を聞くのはNG」

 

なんだコイツはと言いたげな目でオワリを見上げるユエ。同じ女としてどうかしてると目が語っていたが、オワリこれをスルー。

 

「吸血鬼か付喪神か、はたまた呪いの代償か......興味は尽きないですね」

「吸血鬼だそうだ。言っても日光は平気だっていうし、ニンニクも食える。十字架は言わずもがなだ」

 

夢がないですね、と漏らすオワリ。

 

「化け物は人間が倒してナンボでしょうに。ヒラ○ー先生も言っていたでしょう」

「それは漫画の中の話だ!」

 

ツッコミがそこまで広くもない室内に響く。

ハジメの貴重な面を見たな、とホクホク顔のユエを他所にハジメの心労は加速するのだった。

 

「ところで、ここどこなんでしょう?」

「そこからなのかよ」

 

 


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