9月25日。都立ツツジ台高校の体育館は全焼した時のままだ。瓦礫が散乱し、周囲に立入禁止の標識テープが張り巡らされている。放課後は帰宅部の学生も学園祭の準備をしているが、体育館跡には寄り付かない。今、その敷地内に黒いスーツを着た男が数名立っていた。
眼鏡をかけた男は中央部で天井の残骸を見ていたが、隅に敷かれたブルーシートに向かう。そこに置かれた照明器具の残骸を白手袋を嵌めた両手で掴み、瓦礫に乗せて取り出したタブレットと見比べる。
男が残骸を戻すと、別の場所を調べていた男が駆け寄る。
「副課長、当たりです。出火元と発信源が一致しました」
「DCWの可能性が高いな。作業班に連絡を。課長には私から報告する」
「はい!」
副課長、と呼ばれた眼鏡の男は部下の男へ指示を出し、携帯を懐から取り出す。
「藤堂です。先日検知した異常データの発信源が割り出せました。照明器具のコンピューターワールドが改変されたかと。作業班には田宮から連絡します」
『お疲れ様です。副課長は引き続き指揮をお願いします。こちらはもう一度、発信源を洗います』
「わかりました。何かあれば連絡を」
副課長……藤堂武史は電話を切り、作業着姿の男たちが標識テープを越えるのを出迎える。
武史はコンピューターワールドに起因する災害、通称DCWの対策を担う内閣府管轄の機関『CDCR』の職員だ。現在はDCWの原因究明や被害状況調査、DCWの電子的な防護や対策も行う『調査部第一課』の副課長を務める。
第一課は課長以外『外様』ばかりだ。武史も以前は防衛装備庁の電子装備研究所でコンピューターワールドの研究を行っていた。そこを大学時代の先輩で長年の友人でもある課長に声をかけられ、CDCRの設立と同時に転籍した。
作業班が機材をトランクから出し、残骸にケーブルを接続するのを見ながら武史は傍に来た田宮へ声をかける。
「田宮、現地調査は続行だ。私と大神、三船は一週間前に半壊したビルへ向かう。君は村崎、榎本と残ってくれ」
「わかりました、後は任せてください」
「ああ。君たちなら大丈夫だと思うが、トラブルがあれば連絡を」
田宮の肩を軽く叩き、一瞬微笑みを浮かべた武史はその場を後にする。
すぐに大神と三船が隣につくと、武史は誰に言うでもなく呟く。
「田宮も落ち着いてきたな」
「嬉しそうですね、副課長」
「気に入っている、だけではないみたいですけど」
「指揮を執れる人間が増えるのはいいことさ」
民間企業出身の田宮を筆頭に、第一課は官公庁以外の出身が大半で、いずれも曲者ぞろいだ。そうした面々をまとめるのも武史の仕事になる。
田宮は第一課では最年少だが、武史に次ぐ知識やスキルを持つ優秀な人材だ。ゆえに武史も目にかけている。
そしてもう一つ、田宮を気にかける理由がある。
(皮肉なものだな。かつて嫉妬した相手を右腕と恃むなんて)
田宮は知らないが、二人の縁は25年前まで遡る。
当時、田宮はスニーカーを名乗るハッカーで、電子掲示板にしたグリッドマンに関する書き込みを武史が見つけたのがきっかけだった。武史はIDから個人情報を割り出し、偵察に向かった。
田宮は交通事故が原因で車椅子生活を送り、ハッキングで憂さ晴らしをする歪な人間だった。シンパシーを感じた武史だが、武史の同級生3人組がスニーカーの正体を突き止め、友達になろうとして田宮に拒絶されたのを見て、すぐ嫉妬と憎悪に変わった。
親からは都合のいい操り人形扱い、友達もいない孤独な自分ではなく、田宮に救いの手が差し伸べられたこと。そして田宮がそれを拒んだことが原因だ。
武史はカーンデジファーに進言し、怪獣を使って田宮を含むハッカーを洗脳、全世界のコンピューターを攻撃させた。作戦は順調だったがグリッドマンの介入で失敗し、田宮も改心して車椅子から離れ、新たな友達を作った。一方で武史は孤独に苛まれる結果に終わった。
もっと早く動けば孤独から抜け出せたかもしれないが、当時は歪な思考に支配され、カーンデジファーを唯一の友と思っていた。
グリッドマンたちの助けで改心し、ネオカーンデジファーとも戦った武史だが、罪悪感が消えることはない。これから先も消えることは決してないだろう。
自分だけが孤独で不幸という独り善がりが事件を引き起こし、犬とはいえ命まで奪った。その責任を取ることは一生かけても難しい。
だからこそ命ある限り戦い続けると決めた。カーンデジファーに協力したおかげで、コンピューターワールドの知識や干渉する技術はあり余るほど身に付けた。それを社会に役立てようと思ったのだ。幸か不幸か、コンピューターワールドの存在と危険性は世界レベルで認知されたため、機会はすぐ見つかった。
大学へ進学後は志を同じくする教授や学生と研究に取り組んだ。
しかし、力不足を痛感している。3年前の荻窪大災害ではグリッドマンの力を借りなければならなかった。
そんな過去を顧みて歩く武史の頭に、バレーボールが直撃する。
「ヤバッ! ごめんなさーい!」
ボールを拾い目を白黒させる武史たちの前に、慌てた様子の女子高生が走ってくる。
「ホントにごめんなさい! すいません! うっかりサーブ外しちゃって!」
「サーブ?」
きょとん、とした顔で広場へ視線を向けると、ジャージ姿の女子高生が数人、遠巻きに見ていた。
状況を理解したところで、女子高生は両手を合わせて拝み始める。
「マジですいません! 反省します! ……反省しました! だからボールを返していただけないでしょうか!」
「……あ、ああ。これかい? どうぞ」
「ありがとうございます! それじゃ、失礼しました!」
一気にまくし立ててくるのに押され、ボールを渡すと礼もそこそこに走り去っていく。
「
「しょうがねーじゃん! ツツ工の体育館使えないんだし!」
「よく言うよ……四葉先輩を待ってるだけっしょ?」
「バレた?」
「バレー部、でしょうか?」
「今日は『ツツジ台工業高校』の体育館が使えない、みたいですね」
女子高生の会話を遠巻きに聞きながら、大神と三船が呟く。
現在、バレー部などの練習は近くにある『ツツジ台工業高校』や小中学校の体育館を間借りしている。借りられない場合も自主練をする学生がいるらしい。問川と呼ばれた女子高生は少し違うようだが。
「けど災難ですね。ああいうヤツはどこにでもいたもんですが」
「災難なのは彼女たちだ。体育館が焼けなければ外で練習しなくてよかったはずだ。我々が悔やむべきはそれを防げなかったことだ」
「おっしゃることはわかりますが……」
「こう言った方がいいか? ボールを当てられるなんて慣れっこさ」
武史がズレた眼鏡を直すと大神と三船は顔を見合わせて肩を竦める。
直後、携帯から警報が鳴る。DCW発生時の異常なデータを感知したようだ。
「車に戻るぞ!」
武史たちは表情を引き締め、校門前に停めた中継車に似た車へ乗り込む。
内部には大型のコンピューターが設置されている。CDCRの専用車両だ。各自がキーボードにつき、インカムを着けると課長から通信が入る。
『副課長、ツツジ台で異常なデータ発信を検知しました! 直ちに防護プランAの実行を願います!』
「了解! 16:00、DCW防護プランA発令!」
通信が切れた直後に武史はキーボードをめまぐるしく操作し、部下も続く。
DCWの対処は時間との勝負だ。DCWは有線無線を問わず様々なネットワークを通して拡散し、その被害を拡大させる。特にコンピューターワールド間を直接繋ぐ超次元通路『パサルート』に拡散すると非常に危険だ。しかも、怪獣の流入などで常時開通した状態を除けば、現実世界からパサルートへの接続は現状運任せだ。
「発生源は……市街地か! 三船!」
「周辺ネットワークへバリアプログラム注入、異常データ流入を阻止します!」
「パサルートとの接続急げ! 大神、汚染率は!?」
「半径100m圏内の汚染率、40パーセントを突破! 間もなく現実世界への波及が始まると予想されます!」
「三船、緊急修復プログラムを投入しろ! パサルートとの接続はこちらで行う!」
「はい!」
それから車内は武史の指示と部下の報告が飛び交う戦場と化した。
DCWの防護プランのうち、Aは初期対応用だ。発生源の周辺に異常データが流入するを防ぐバリアプログラム、破壊・改竄されたコンピューターワールドの緊急修復プログラムを投入し、被害を抑える。同時に発信源との接続を確立、修復する。
そこで終わらなければ周囲一帯のネットワーク隔離、コンピューターへの電源供給阻止を経て、最終的にコンピューターワールド自体を破壊するプログラムが投入される。場合によっては『作戦部』に権限が委譲され、物理的な破壊で停止を図る。
現状、DCWに対処できる人員がほとんどいない。専門部隊の育成が急務だが、立場上大々的に人材を集められないのが痛い。
車内のコンピューターが稼働するなか、武史の正面モニターに映像が出る。電子回路の基盤を思わせる大地、所狭しと立ち並ぶ建造物、瓦礫の山、中央に鎮座するねじれた形状の塔。DCW発生源のコンピューターワールドだ。
「パサルートへの接続確立! 改変レベルは……2か。異常存在はなし。修復に取りかかる!」
手早く状況を確かめた武史はキーボードを操作し、修復プログラムを送信する。映像では空に赤い穴が開いて光の玉が飛び出し、塔に当たってスピーカーがついたビルへ変化させる。
少ししてスピーカーから眩い光が放たれ、瓦礫の山が消えて建物が再建される。最後に規則的な街並みが見えたところで映像が消え、警報がやむ。
「修復完了。異常データは?」
「現在は送信ありません。他からの発信もです」
「そうか……16:21、異常データ送信の停止を確認。待機フェイズに移行する」
武史が一言告げると緊張の糸が切れ、大神と三船は大きく息を吐く。
「どうにかなりましたね、今回は……」
「いや、これからだ。被害状況を確かめなければならない。恐らくビルのスピーカーだろうが……すぐに出発だ」
大神を武史がたしなめると、三船が運転席に向かう。その間に武史は本部へ連絡する。
「藤堂です。発信源の修復が完了、怪獣などの異常存在は確認できず。発信源の同定と被害状況の確認へ向かいます」
『了解です。詳細な場所は割り出しました。タブレットで確認を』
「わかりました、では」
課長に報告を済ませた武史はタブレットを確認する。
場所を頭に叩きこんでいると、運転席に座る三船が声をかける。
「あの、副課長」
「どうした?」
「……蜃気楼、です」
「あれか……大神、カメラを」
近くに怪獣の姿をした『蜃気楼』が出たようだ。
カメラを受け取った武史は外に出て、街の方に向ける。確かに怪獣の姿がある。微動だにしないが、その姿に見覚えがあった。
「ベノラ……」
かつて武史が製作した怪獣の一体だ。見間違えるはずがない。怪獣は全て友であり、自分の分身だったのだから。
「どうかされました?」
「いや、なんでもない」
運転席から顔を出した三船にそれだけ告げ、撮影を続行する。
(ただの『災害』ではなさそうだな)
途中、胸騒ぎを覚えた武史は内心不安を漏らしていた。
*****
その日の深夜、航空自衛隊の百里基地。正体不明の飛行物体の相次ぐ侵入を許しているため、最近は緊迫したムードが漂う。
基地のアラート待機所に4人のパイロットと飛行管理員が詰めていた。4人は第305飛行隊のF15-J搭乗員、『イーグルドライバー』だ。2人は仮眠を取り、残り2人はソファーに腰かけている。飛行管理員は読書中だ。
腰かけるパイロットの1人が軽く身を乗り出し、コーヒーを飲むもう1人に話しかける。
「お前とのアラート任務もこれで最後か……あっという間だな、フライ。いや、もう翔って呼んだ方がいいか?」
「よしてくれ、ハスキー。任務中だ。最近は
「そうだな……最初に出た黒いヤツと9月の初めに来た赤いヤツ、そして先週確認された青いヤツ。いずれも航空機じゃない」
「しかも目的は不明。攻撃はないのがますます不気味だ」
「どっちにしてもいい迷惑さ。そう言えば、あの辺りに実家があるんだよな?」
「ああ。ツツジ台の隣町さ」
コーヒーを飲むパイロットはTACネーム『フライ』こと翔直人。もう1人は『ハスキー』こと岡野光。今は5分待機の組に入っている。
直人がカップを置いたところで、岡野の顔が変わる。
「なあ、考え直さないか? 俺たちは高度3万フィート、6.5Gの世界を飛ぶことを許された特別な人間だ。ましてやお前はもう少しで40歳の壁を越えられる。身体は問題ないんだろう?」
「今は、な。だが歳が歳だ。39までしがみつけただけ上等さ」
「しかし……」
「それに話しただろ? 理由はそっちじゃない」
「蘭子ちゃん、もうすぐ10歳か。具合はどうなんだ?」
「今は問題ない。でも半年前に医者から言われたよ……次に発病したら助かる確率は20%を切るって。そして手術可能になるのが先か、再発が先かの勝負、とも」
「そこまで、蘭子ちゃんは……」
「……俺は夢を叶えて好き勝手出来たし、ゆかと蘭子に散々迷惑をかけた。だから身体が無事なうちに残りの人生を家族のために使う。そう決めたんだ」
直人が静かに告げると、岡野は押し黙って座り直す。
一人娘の蘭子は先天性の難病に侵され、幼少期から入退院を繰り返していた。今も体育は見学ばかりだ。手術をすれば完治が望めるが、蘭子の体力的に投薬である程度治す必要がある。
多忙だった直人は入院にあまり付き添えず、半年前に倒れた時もすぐ駆けつけられなかった。妻のゆかは仕方ないと慰めてくれたが、これからはゆかや蘭子に寄り添って生きると決めた。幸い、同郷の自衛隊OBが営む航空会社に再就職が決まった。あとは時間との勝負だ。
沈黙が続く待機所に、突然サイレンとベルが鳴る。飛行管理員が電話を取り、叫ぶ。
「スクランブル!」
声が終わる前に直人と岡野は立ち上がり、ドアを開けて駐機されたF15-Jへ駆け出す。
コックピットに入り出撃準備を整え、格納庫の扉が開く。2機のF15-Jは滑走路に到着し、離陸する。
直人たちに管制塔やレーダーサイトからの通信が入る。
(機種、国籍不明。推定飛行速度マッハ10以上でこの低高度……間違いない、例の発光体だ)
『さしずめ4番目、「FOURTH」と言ったところか』
入った情報から正体を確信する直人に対し、岡野が通信越しに呟く。そこからは通信の受け答えと操縦に専念する。
しかし、新たな情報が入ると岡野が声を上げる。
『もう1体だと!?』
今度の飛行物体は2つらしい。緊張が身体を走りつつもツツジ台上空に到着する。するとレーダーの端に謎の機影が映る。位置的に目視出来そうな岡野へ通信を入れる。
『レーダーコンタクト、視認できるか?』
『ああ……「FIRST」、「BLACK」だ』
『最初の黒いヤツか』
1体目は最初の黒い飛行物体のようだ。直後、別の反応がレーダーに映る。こちらは直人機に近い。
『2体目、姿は確認できないがかなりの速度だ』
外部の通信が慌ただしくなり、2組目のスクランブル発進が決定される。
レーダーで飛行物体の動きを見ていた直人が、あることに気付く。
『こいつら、交戦中なのか?』
両者は急接近してまた離れるのを繰り返しているのだ。ぶつかり合いで勝負しているらしい。
しかし、何度目かの衝突で両者が大きく弾き飛ばされ、『BLACK』がその場を離脱し、もう一方も追うように加速する。
『俺たちは4番目を追うことになりそうだな』
通信を聞いていた岡野が告げると、すぐに命令が下される。2人は4番目の飛行物体の追跡を開始する。
しばらくしても発見出来ず、操縦桿を握る手に力が入る。すると岡野機が急に振動し始める。
『なんだ!? 急に計器が……!』
『ハスキー、帰投しろ!』
『しかし!』
『
『すまん……頼む!』
岡野は悔しげな声で応え、基地へ帰投する。
直人機は特に異常もなく飛行を続ける。レーダーの反応はすぐ近くだ。
『パーチ・ポジション、もうすぐか……』
突然、レーダーから光点が消える。
『ロスト!?』
反応が消えて混乱する直人だが、ある考えがよぎる。
(上!?)
次の瞬間、眩い銀色の光が頭上から降ってくる。
そして激しい衝撃、炎と爆発音が全身を包んだ。
*****
懐かしい記憶が浮かぶ。幼馴染みの馬場一平と井上ゆかと出会った時のこと。最初の大喧嘩をした時のこと。一平が危うく別の高校へ行きそうになったこと。ゆかと結婚したこと。娘が生まれた時のこと。
しかし、一番鮮明に思い出したのは、中学2年の時に3人で『ジャンク』を作ってからの9カ月だった。
『ヤッホー! あったあったあったぞー! オプショナル・3Dグラフィクアニメーションボード、1677万7216色のフルカラーだぜ!』
『やりぃっ!』
『一平よく小遣いあったな?』
『ヘッヘッヘッヘッ……パーツ屋のゴミの中にあったんだ』
『ゴミ? 大丈夫なの?』
『繋いでみりゃ分かるさ!』
『……よし、これで完成だ』
『やった! 動いた!』
3人で小遣いを出し合い、交渉して中古のパーツを値切ったり、ゴミからパーツを抜き出して作り上げた、3人だけの『マイコン』だ。性能は正直低かったが、愛着はそれを補って余りあるものだった。そんなジャンクに『彼』がやってきたことで、3人の日常は一変し、魔王との戦いが始まったのだ。
(なぜ、こんなことをーー?)
朦朧とする意識の中、ようやく直人は我に返る。その間も思い出が脳裏に浮かんでは消える。走馬灯だろうか。
(冗談じゃない……! 死んでたまるか! 俺には、帰らなくちゃならない場所があるんだ!)
その瞬間、闘志と反骨心が湧き上がり、意識を無理矢理覚醒させて瞼を開く。そして状況をようやく把握する。
直人は、光の中で浮遊していた。上下左右、360度全てが銀色で、たまに白い光が空間を走る異様な光景だ。
(飛行物体の中?)
漫然と思考していると、前方から黄色の光が迫る。身体を動かそうとするが指一本動かない。人間よりずっと大きく、暖かい輝きだ。光は眼前で静止し、形を逆雫型へ変える。
すると黄色の光を中心に無数の赤い線が飛び出す。線はワイヤーフレームのように細かく張り巡らされ、『何か』を形作っていく。
(これは……?)
疑問に思う直人の眼前に、赤いワイヤーフレームで出来た巨人が姿を現し、両目に輝きが宿る。
その身体が急速に肉付けされ、要所に装甲が装着される。最後に黄色い光と胸の赤いプロテクター状の器官、そこから伸びる青いエンブレムと額の青いランプを除き、全てが銀に染め上げられる。
巨人の姿に、見覚えがあった。
かつて一緒に戦った『夢のヒーロー』だ。
体色は銀色で頭も兜を被った感じだが、共通点が多すぎる。
『ちょっと! 落書きばっかやってないで席空けて!』
『落書きじゃねえぜ。見ろよ、カッコイイだろ?』
『なんだいこれは?』
『ジャンクの守り神だ』
『守り神?』
『そう、名前は電光超人ーー』
「グリッドマン、なのか……?」
自然と口が動いてその名を口にした直後、意識が途切れる。
次に目を覚ましたのは、どこかの公園だった。
身体が重く、まともに動かない。
それでも首を強引に動かし、周囲を確認する。
(これは……?)
周りにあるのは火がくすぶる金属板一枚と、使用済みのパラシュート。そして背中にあるコックピットのシート。
(ペイルアウト出来た、のか? あの状況で)
意識を失う前のことを思い出し、なぜ公園にいるのか推測する。
光と衝突した後、無意識のうちにペイルアウトして着陸出来たのだろうか。明らかにおかしいが、もっと奇妙な体験をしたことと、今後どうするか考えるのに手一杯ですぐ忘れ去る。
今のところ、救助隊が近くにいる様子はない。機体は空中で爆散したはずなので、捜索範囲が絞り切れていないのだろう。ならば自分から動いた方がよさそうだ。シートベルトを外した直人は立ち上がり、ゆっくり歩いてその場を離れる。
幸い、すぐ人は見つかった。高校生くらいのカップルだ。足を無理矢理動かし、近付いていく。
「ひっ……!」
カップルのうち、先に気付いた少女が顔を引きつらせ、怯えた様子で少年の背中に隠れる。遅れて気付いた少年は少女を守るように前に立つが、顔は強張っている。
ようやくボロボロの対Gスーツを着た自分の異様さに気付き、精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「で、電話を、貸し、て……」
しかし言い終える前に倒れ込み、意識が薄れる。
「こ、これって……だ、大丈夫ですか!? ちょっと!」
「さきる、119番だ!」
最後に、カップルの慌ただしい会話がかすかに聞こえた。
*****
翔蘭子が起きたのは、日付が変わった直後のことだ。。
寝惚け眼を擦って静かにベッドを離れ、自室からリビングに向かう。
リビングでは母のゆかが誰かと電話していた。その表情は強張っている。
「はい……まだ基地から連絡がなくて。はい、ではまた」
ゆかが電話を切ると、リビングに入ってきた蘭子に気付き、険しかった顔を無理矢理いつものそれに戻す。
「どうしたの? あんまり夜更かししちゃダメだって言ったでしょ?」
「……ごめんなさい、喉乾いちゃって。仕事中だった?」
「え、ええ、打ち合わせが長引いて。うるさかった?」
「ううん、勝手に起きただけ。電話中みたいだったから。お母さんも水、飲む?」
「ありがとう、貰うわ。私もちょっと喉乾いちゃった」
笑顔を作る母に微笑み返すと、蘭子は冷蔵庫からペットボトルを出してコップ2個に水を注ぎ、お盆に乗せてリビングに運ぶ。そのままテーブルに置いて椅子に座り、コップを手にして水を飲み始める。
(お父さんに何かあったのかな?)
電話口でゆかが基地と言っていたので、内容は父の直人のことだろう。父は航空自衛隊のパイロットだが、今月一杯で除隊することになった。理由は体力の限界、と言っていたが、本当の理由は分かっている。自分と少しでも一緒にいるためだ。
(私が病気だから、またお父さんとお母さんに……)
先天性の病気を持つ蘭子は身体が弱く、両親に大きな負担をかけてきた。特に父は多忙にも関わらずいつも見舞いに来てくれた。だからこそ、身体のこと以外で両親に心配をかけまいと頑張ってきた。
学校もちゃんと通い、勉強はきちんと取り組んで成績はトップクラスだ。校則違反もしないおかげで『真面目ちゃん』と揶揄されたが、趣味が合う友達数人と仲良く学校生活を送れている。
それでも半年前に倒れたことで、父は家族との時間が取れる仕事に就くと決めたのだろう。
父と一緒の時間が増えて嬉しいのは確かだ。話すときはいつもとびっきりの笑顔で空の青さを話してくれる父が今でも大好きだからだ。
だからこそ、自分のせいで父が除隊するのは心苦しい。なぜパイロットを目指したのか聞いた時ははぐらかされたが、空を飛ぶのが好きなのは話を聞いてすぐ分かった。今度の仕事もパイロットとはいえ、戦闘機とは速さも高度も雲泥の差だ。きっと満足出来ないだろう。それでも自分のために受け入れたのだ。
浮かない顔をする蘭子に、ゆかが微笑んで話しかける。
「また、自分のせいでお父さんがパイロットやめるんだって考えてた?」
「え? ううん、そんなことは……」
「隠しても無駄よ、すぐ顔に出ちゃうんだから」
「……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいの。気持ちは分かるから。でも、お父さんはきっとこう言うわよ? 俺のワガママなんだから、蘭子が気にすることじゃないって」
「でも……」
「それに戦闘機のパイロットは40がヤマだからね。むしろちょうどいい機会だって」
ゆかが気丈な表情を作って答えるのを見て、蘭子は黙り込む。
言えなかった。父に何かあったのか、などとは必死に平静を保つ母に訊けなかった。
「それより、明日も学校なんだから早く休みなさい」
「うん。おやすみなさい、お母さん」
ゆかに促された蘭子はコップを片付け、軽く頭を下げて自室に戻る。しかしベッドには戻らず、携帯でニュースサイトを閲覧する。
少し画面をスワイプさせて、ある新着ニュースを見つける。
(多摩上空で自衛隊機が爆発って……!?)
母の顔が強張っていた理由を悟る。乗っていたのは、父だ。恐らく基地から第一報が入ったのだろう。
慌てて他の記事を見るが、パイロットの生死はおろか続報すらない。
(もっと、何か情報を……!)
居ても立ってもいられず、蘭子は傍らに置かれたノートパソコンに手をかける。
『ーーか? 私の声が聞こえているか? 聞こえているなら、パソコンを起動してくれ』
「え?」
その瞬間、脳裏に響いた聞き慣れない声に反応してノートパソコンから手を離し、周囲を見渡す。
当たり前だが誰もいない。そして手を離してから声が聞こえなくなった。
もう一度触ると、また声が聞こえる。とにかくパソコンを起動して欲しいらしい。
「……よし」
意を決してノートパソコンを開き、スイッチを入れる。いつものように起動画面が映り、パスワードを入力してデスクトップに移行する、はずであった。
しかしディスプレイに映るのは銀色一色に輝く背景だ。そんな壁紙を設定した覚えはない。キーボードを弄るが、何の反応もない。
不審に思う蘭子だが、ディスプレイの中に無数の赤いワイヤーフレームが走り、人の形を作ってポリゴンが集まり、あるCGを形作っていく。その姿には見覚えがあった。
「グリッド、マン?」
両親の親友でCGアーティストの『一平おじさん』が描いたオリジナルヒーローにそっくりなのだ。グリッドマンとは頭の形やカラーリングこそ違うが、シルエットやパーツの構成やほぼそのままだ。
姿を現したグリッドマンのそっくりさんは唖然とする蘭子に話しかける。
『私はハイパーエージェント、ファイター。この世界に暗黒宇宙の魔王アレクシス・ケリヴが逃げ込んだ。君の協力を要請する』
「喋った? と言うか、ハイパーエージェントに魔王って……」
あまりに突飛な話に混乱する蘭子だが、そっくりさんことファイターは話を続ける。
『君の声はこちらに聞こえない。キーボードかマイクを使ってくれ』
「キーボードを使うしか……」
戸惑いながらもキーボードに触れ、質問を打ち込む。
【ハイパーエージェントって何?】
少し間を置き、ファイターが身振りを交えて答える。
『ハイパーエージェントとは次元犯罪者を取り締まり、全ての宇宙の平和を守る者だ。こことは別の宇宙、「ハイパーワールド」を拠点に活動している。君たちの世界で言う警察官に似たものと思ってくれ』
(いわゆる並行世界から来たってことなのかな……)
どうも、ファイターは別の宇宙から来た警察官らしい。
蘭子は再びキーボードで質問を入力する。
【アレクシス・ケリヴって誰?】
『暗黒宇宙に一大帝国を築いた魔王だ。5つの怪獣軍団を従えて様々な次元世界を侵攻してきた。30年前、魔王カーンデジファーとの抗争に敗れ、帝国を滅ぼされてからは姿を消していた。しかし先日、この宇宙へ逃げ込んだことが分かった。そこで私の仲間が後を追っていた』
【仲間って、他にもハイパーエージェントがいるの?】
『ああ。すでに2人のハイパーエージェントが送り込まれたが、連絡が途絶えてしまった。2番目の仲間は救難信号を発していたが、最初の仲間は……』
【アレクシスにやられたの?】
『その可能性が高い。私も交戦したがかなり手強く、逃げられてしまった』
ファイターが答えてくれたところで蘭子は入力を打ち切り、思案する。
途中で話が出たカーンデジファーという名前には聞き覚えがある。25年前、両親の故郷桜が丘を中心に怪事件を起こした魔王だ。すぐ後に怪獣が街に出る大事件が起きたこともあって、事件の概要はWikipediaにも記事がある程度には知られている。
ようやく最初の話を理解できたところで、ある疑問をぶつける。
【どうして私のパソコンに入っているの?】
するとファイターは少し沈黙し、言いにくそうな様子で話を切り出す。
『すまないが、私にも分からない。正確に言えば、覚えていないんだ』
あまりに意外な返答に蘭子は絶句するが、慌ててタイプを再開する。
【覚えていないって、どういうこと?】
『アレクシス・ケリヴを追跡していたことは覚えている。しかし逃げられてから先が思い出せない。気が付いたらこの中にいた』
【記憶喪失ってこと?】
『そのようだ。更に言えば私の力も大半が失われてしまった。今は戦うどころか、君に話しかけるくらいしか出来ない』
【それでもアレクシスを追うの? 戦えないんでしょ?】
『戦えずとも情報を集めることは出来る。そこで君に改めて協力を要請したい。私の代わりにこの世界の情報を集めてくれないだろうか? アレクシス・ケリヴがいる以上、何か事件が起きているはずだ。そして仲間と合流出来れば状況を打開できるはずだ』
ファイターの話を聞いて再度沈黙し、考え込む。普通に考えれば与太話だが、カーンデジファーの件があるし、何よりもファイターの話しぶりが嘘と思えない。
答えを出せない蘭子の耳に、慌ただしい足音が聞こえる。ゆかが来るようだ。
【ごめん、答えは明日出すから。もう寝ないと】
それだけキーボードに打ち込むとファイターが何か言う前にディスプレイを閉じ、ベッドに潜り込む。
タッチの差でドアがノックされ、ゆかの声が聞こえる。
「蘭子、起きてる?」
「うん、今起きたよ……」
問いかけに、わざと寝惚けた声を出して応える。
「ごめんね、起こしちゃって。さっきお父さんの勤め先から連絡があったの。乗っていた飛行機が落ちて、救助されたけど入院するって」
「お父さんが!?」
父の墜落と生還を知り、驚きと喜びが入り混じった叫びを上げて飛び起きる。すぐにベッドから抜け出し、ドアを開ける。
「お父さん、怪我したの!? ちゃんとご飯とか食べられる!?」
「落ち着いて。命に別状はないって。詳しいことは教えてもらってないけど……とにかく、今から病院に行ってくるから」
「私も行く! 身体は大丈夫だから、行かせて!」
「……いいわよ。お父さんも蘭子が来てくれたらきっと喜ぶから」
「うん!」
許しが出ると満面の笑みで頷いて部屋に戻り、大急ぎで支度を始める。ゆかも黙って微笑み、一旦その場を離れる。
途中、ノートパソコンを見てファイターの姿を思い浮かべる。
(……お母さんには話さない方がいいよね。信じられない話ばっかりだし、私のせいでまた余計な苦労をさせたくないもん)
ファイターの存在とその話は秘密にすることにし、着替え終えた蘭子は部屋を出る。
その判断が悪手だったと、この時の蘭子は思いもしなかった。