大勢の人が行き交い、露店の叩き売りの怒号が飛び交う。
今まで鈴木悟が歩いてきた聖王国ー王国間の道とは違い、人の営みが絶えない。
道路は舗装が行き届いており、文明の色が所々に感じられる。
「ここが王都か…」
ここは、リエスティーゼ王国。王都エ・レイブル
鈴木悟は転移直後から変わらず、黒の全身鎧に身を包んだ格好だ。
(やっぱ、人が多いとこの格好を二度見してくる人も少なくなってきたな。ガン見されると精神衛生上、良くない…疲れるからね)
王都到着直後であるが、鈴木悟はかなり満足していた。
道中は草原やちょっとしたモンスターに大興奮だったが何㎞、何十㎞と同じ光景が続いていたので飽きていたのだ。
(人ごみも前の世界だとイライラのもとにしかならなかったけど、この世界でみると違うもんだな!できることなら昼頃につきたかったが贅沢は言うもんでもないな)
時刻は夕刻。この世界の人間の一日は終わるのが早いので、もう店仕舞いに取りかかっている店も少なくない。
それでもなお、この雑踏に鈴木悟は満足を深める。
(よーし!珍しいアイテムがないか露店を物色するとするか!)
鈴木悟は重たい全身鎧をものともせず、小走りで駆け出した。
ーーーー
「うーん。明らかにこれは、冷蔵庫だよな?」
時刻はすでに夕刻である。鈴木悟の歩く道は昼間の賑わいが嘘の様に静まりかえり、一人言も意外と大きく響く。
鈴木悟は本日の成果を確認しながら今夜泊まる宿へ向かっていた。
全身鎧の大男が小さなアイテムの扉の開け締めを繰り返す姿は、非常に滑稽と言う他ない。
まあ、その姿は誰にも見られていないのだから、そういった感想を気にすることはない。
…通常の人間ならそう考えるだろう。
「それで、あなたはいつまで私の後を着いてくるんですか?」
鈴木悟は唐突に振り返り、曲がり角の場所を眺める。
眺めるというよりも、睨み付ける。スリット越しの視線はその追跡者への強い警戒を表していた。
「やっぱり、バレてたか」
鈴木悟の見つめた先には、10-20代だと思われる男。
草臥れた青髪に草臥れた服を着た男だ。しかし、腰に佩いた剣とそれを支える体は鍛えこまれていて、線は細いが屈強な戦士を彷彿とさせる。
「結構な時間、私の後をつけていたみたいですが、あなたは私のファンか何かですか?」
鈴木悟としては、初対面の男に追われる理由はない。
この世界に着てまだ日が浅いのだから当たり前である。
警戒心むき出しの態度は気にしないとも言わんばかりに、青髪の男は飄々と返答する。
「まあ、気にはなったという点ではファンかもな。だが、握手をしてくれと言いにきたわけではないぞ!!!」
男は脱力しきった体勢から一気に距離を詰める。その速度は非常に速く、まだ剣に慣れていない鈴木悟はグレートソードを抜ききる前に接近を許してしまう。
しかし、勿論攻撃は喰らわない。最低限の動きで避け、その後に後ろに大きく跳び距離を空ける。
「なにが目的なんだ?」
今度はグレートソードを構えて、いきなり襲い掛かってきた男を油断なく見据える。
「俺の名はブレイン・アングラウス…目的は強いて言うなら俺の強さの証明かな?」
「なにを言っているんだ?」
「お前も戦士なら分かるだろう?自分はどれだけ強いのか?を試してみたいという気持ちが。未だ無敗の俺の一撃を避けるような手練なら尚更だ」
戦士じゃないから分かりません。といいたい。
というか注意したい。小一時間はしたい。
いきなり人に斬りかかるなど常識外れも良いとこだ。
「それで、道行く相手に喧嘩を売っているんですか?武者修行でもしているんですか?」
「俺は敗北を知りたいんだ…だから、俺に勝てそうな奴に斬りかかる。それだけだ。お前は俺に勝てるのか?ご立派な鎧をもってんだから腕はたつだろ?」
鈴木悟がふぅーと息を吹く。
それだけなら、集中しているのかと思わんでもないが、グレートソードの構えを解いたその姿はやれやれと言わんばかりだ。まるで、先達が世界の狭い童子にものを教えるような態度。
今までの緊張感が消え去ったかのような態度にギラギラした笑顔を浮かべていたブレインが表情を変え、訝しむ。
「どうした?とっとと剣を交えようぜ」
「ええ、良いですよ。先に断言しますが貴方は私に勝てませんよ」
いきなりの傲慢な宣言にブレインの眉間に皺が寄る。
「強気だねぇ?それだけ自分の力に自信があると?」
剣の持ち手に血管の跡がくっきりと見える。馬鹿にされている。無敗の自分を下に見て、侮っている。目の前の全身鎧の態度はブレインを怒らせ、剣の持ち手に必要以上に力を入れさせているのだ。
「私は自分が弱い、大したことはないと知っている。でも、貴方は自分より強いものはいないと宣っている。世界が狭いんですよ貴方は」
「ああぁ??御託はいいんだよ!!」
ブレインがまたも鈴木悟に斬りかかる。
その速度はまさしく神速。冒険者に当てはめればオリハルコンは確実、アダマンタイトでもおかしくはない。そう感じさせる動きだ。
それに対してモモンは剣を動かそうとしない。だらんと力を抜いたままだ。
(なにもしない!!?)
ブレインの射程に入る直前ですら、黒の剣士は両手のグレートソードを動かさない。
先の傲慢な発言から、勝負をあきらめたとは考えにくい。ブレインは注意深くモモンの両手を伺いながら、攻撃に移る。
その瞬間、黒の剣士の両手が動く。しかし、その手はグレートソードを握っていない。
ブレインが疑問を感じたのは一瞬。そのコンマ1秒後…ブレインの視界は爆発した。
最初は意味が分からなかった。ただ、肉体にダメージがないことを瞬時に確認したブレインは状況を確認するため、後ろに大きく飛び跳ねようとする。
無敗を自負するだけあり、冷静な状況の判断である。しかし、そのわずかな間に確かな質量を持つ物体がブレインの眼下から迫る。
その後のブレインの記憶は断片的であった。宙を舞う体。不安定な視界。謎の物質が衝突した胸の痛み。それらを感じつつブレインは地面に投げ出されたのだった。
ーーー
「はッ!?」
ブレインは、仰向けにされていた体を起き上げる。どうやら気絶していたらしい。
(…状況が未だに分からない。俺は負けたのか?)
最後の記憶は、大口を叩く黒の剣士と対峙したこと。その後、よくわからないまま飛ばされたこと。それだけであった。
「やっと、起きたか」
絶賛混乱中のブレインに胡坐をかいた男が声をかける。勿論、そいつは自分と対峙していたはずの相手である黒の剣士である。
「…記憶があまりちゃんとしていないんだが…俺は負けたのか?」
「生命与奪の権利を握られたという意味では貴方の敗北でしょうね。気絶してる間は無防備でしたから」
黒の剣士は淡々と語る。どうやら、自分はこの男に敗北したことになるらしい。
「あんた…俺に何したんだ?アイテムを使ったのか?…まさかと思うが魔法か?」
全く状況の整理ができない。理由を聞かないことには、始まらないだろうと、まだ動かしづらい体を必死に相手に向けながら質問を投げかける。
「そんな、大層なものは使っていません。あれは、ねこだましと単純な蹴りですよ」
「…ねこだましにけり???」
理由は聞いたがぴんとこない、蹴りは分からんでもない。
あんな立派な剣を敢えて使わないことは、良いフェイントになる。ただ、それだけなら自分は捌けるはずだ。だが、結果はご覧の有様だ。つまり、もうひとつのねこだましが自分が土にまみれている理由になるはずだが…
しかし、ねこだましでなにができる?たまに子供が遊びでやるような幼稚なものだ。技として殺し合いに流用できる代物ではないだろうに。
「子供のお遊びで俺を倒したと言ってるのか?」
「…?ねこだましのことですか?あれも極めれば立派な技ですよ。敵の視界をかく乱させ隙を作ることが出来る」
男の口調に嘘や欺瞞はなさそうだ。どうやら、本当にねこだましが決まり手らしい。
(あんな、幼稚なものを戦士の技術に昇華させてるってのか!!?…こいつには敵わねぇな)
「ふっ…あんたみたいな強者がいるんだな。見てくれは知らないが、あんた有名な強者なのか?」
「名はモモンです。それと、最初に言ったでしょう?私は強者ではないですよ。あなたが私より弱いだけです。私より強者はごろごろいます。この世界にもいるだろうしな」
どうやら、名の売れた存在ではないらしい。これだけ、強い存在が無名という事に疑いをもつがすねに傷があるものかもしれないし追及はしない。
状況的に殺されることはないと思うが、まだ体力は回復しきっていないのだから。
最後はボソボソ言っていて聞こえなかったが、こいつが弱者にカウントされるとは考えにくい。謙遜が過ぎると言ってやろうかと思ったが、辞めた。
曲がりなりにも完全に自分より上の実力を持った存在だ。黙って聞き入れるが吉だとブレインは考える。
「そうか…じゃあ、俺は次ぎ会うときにはあんたに剣を抜かせるぐらいには強くなっているとするよ」
「…え~次もあるの?」
黒の剣士モモンはげんなりとした調子で呟く
「そりゃ、そうさ。俺は今、生まれ変わった気分だ。あんたみたいな強者が世界にはいるってことが知れたからな!!さらばだ!!」
ビーチフラッグ経験者かな?と思うほどスムーズな動きでブレインが逃げていく。
去っていく背中は毎秒小さくなっていくのでかなりの速度が出ているに違いない。
「…割と本気で蹴ったのにタフだなぁ」
鈴木悟は呆れたというより、あまりの逃げ足の速さに感心する。ああいうタイプは長生きしそうだと根拠のない決めつけをしながら、嵐の様に去っていった男が消えた方角をしばらく眺めていた。
「ていうか、俺に剣を抜かせるって…絶対抜かない方が強い自信あるぞ」
ーーーー
鈴木悟は、宿への道を行く。道中で珍客の来襲もあったため、予定していた時刻よりも遅くなってしまったが大したことはない。
この体は、食事も必要ないので宿の夕食の時間に間に合わせる必要もないのだから。
それが少し寂しい様な気もするが結局、便利だからいいか!という結論を出すのは、転移後何度もやった問答だ。
(昼に売ってたカフェジェラートってやつ飲みたかったなぁ)
しかし、市場は刺激が強すぎた。僧侶…今は即身仏の如く欲のない鈴木悟も心が揺れ動いているのを感じる。
(シューティングスターがあれば、選択肢はあるんだけどなぁ。今は、骸骨一択だし…便利だからいいけど!)
「こんばんは」
後ろから唐突に声をかけられ、鈴木悟は振りかえる。しかし、ただ振り返るのではなく。いつでも撤退できる…そんな姿勢を作り相手を視界に入れる。
鈴木悟の五感…それは、当たり前の話だが、モモンガのスペック準拠だ。これは普通の人間を凌駕する性能だ。
そんな鈴木悟が考え事していたにしても、全く気付かぬままに接近を許したのだ。ただ者ではない。
「こんばんは。いつからそこにいらっしゃたので?」
白銀の全身鎧。自分と対になるような存在が目の前に立っている。
対峙するだけで分かる。こいつはやばい。ヤバすぎる。殺気というものに敏感であるはずの鈴木悟ですら感じるもの。これが死の予感と呼ぶものなのかはわからない。しかし、この目の前の存在がやろうと思えば、一瞬で自分はこの世界から消え去る。そういう予感を覚える。
「うーん、そうだなぁ。君が人間の剣士と戦い終わった後からだね。悪いけど、君のあとをつけさせてもらっていたよ」
ただ、喋るだけなのに汗が噴き出る…ように感じる。実際はカラカラに乾いた骨であるので、心因性のものだろう。
「それで、どういったご用件で?」
声が震えそうになるが、必死でこらえる。
「簡潔に言うと私の質問に答えてほしいということが用件かな?…君は漆黒聖典の一員かい?それとも…」
「プレイヤーかな?」
ドクンと心臓が跳ねる。血圧が上がり動機とめまいがする。
これら全部の生理現象は自分の体では起きないはずだが、それですむならファントム・ペインも起こらないだろう。
今、目の前の存在は自分がこの世界にいるはずのないものだと勘づいてる可能性が高い。
嘘をつくか、真実を話すか。選択は揺れる。
息を整える様に呼吸をした後、充分な時間をとって答える
「漆黒聖典というのはよくわからない…俺はいや、私はあなたの言う通りプレイヤーだ。
それで、なんだ?俺を殺すのか?」
目の前の存在はじーと鈴木悟を眺める。その姿は、獲物を丸のみにする前の蛇にも見えるし、真偽を見定める取調官にも見える。
「別にむやみに殺したりはしないよ。まあ、今後の行動次第だけどね。私はツァインドルクス=ヴァイシオン。この国の隣国、アーグランド評議国の永久評議員をしているものだよ。まあ、君に接触したのはその仕事とは関係ないんだけどね」
殺しはしないというが、気は抜けない。しかし、逃げられるビジョンが浮かばないし、戦って勝てる予感もしない。結果、黙って相手の言葉を待つ
「君は自分以外のプレイヤーのことは知っているかい?」
「俺の他にプレイヤーがいるのか!!?」
「いるとも…六大神に八欲王、それに十三英雄のあの子は君と同郷さ」
「その人たちのどこにいますか!!?」
冷静さを取り戻してきた鈴木悟は、言葉遣いを正す。
「…本当に何も知らないんだなぁ。彼らは600年前に現れたもの。一番最近でも200年は昔の話だよ」
「600…200年…」
同郷のプレイヤーはどうやら、いないらしい。危機が遠ざかったとみるべきか、さみしさを感じるべきか。ただ、アインズ・ウール・ゴウンの仲間と会える可能性がまた、低くなったことには落胆を隠せない。
「まあ、これからくるかもしれない。今の君の様にね」
白銀の鎧は、こちらの心境を呼んだのか声色が優しいものなっていた。
「…どうやら、君は大丈夫みたいだし私は帰るよ。何か聞きたいことがあるなら評議国を訪れて来てくれ」
「あ…ああ」
白い鎧が去り、十分な時間が経ってから鈴木悟は、膝から崩れる。
「やっぱ、いたじゃん…強い奴…」
ーーーー
(とんでもない力を感じたんだがなぁ)
ツァインドルクス=ヴァイシオンは白銀の鎧を動かしながら、久々のプレイヤーとの遭遇を振り返っていた。
最初は別の目的で動いていた。それがひと段落つき、自国に帰還している途中のこと。
自分がこの場所で守護するアイテムと同等の気配。何百年も感じなかった感覚。できれば感じたくなかった感覚だ。
それを放つのは、黒の剣士。彼からは、とんでもない気配を感じたが、自分の殺気に怖じているところをみると実力は高くないらしい。
「100年の揺り返し…今度も平和に終わるといいが…」
白銀の竜王の呟きは誰にも拾われない。大変なことになったが、今動くことは何もない。竜王は静寂に眠った。
ねこだましは、暗⚪教室のものをパクりました。
モモンのスペックなら決められると思うので
ちなみに本人はギルメンから聞いた、情報だけを頼りにねこだましを成功させたので、機嫌がよくなってたりします。