宇宙世紀0098年、無限とも思える黒に閉ざされた宇宙、暗く静かで何物も寄せ付けない宙に幾つもの閃光が駆ける。つい先刻までデブリの残骸しかなかったその宙域には今は幾つもの光が蛍の様に飛び交っていた。
飛び交う光の正体はモビルスーツと呼ばれる鋼鉄の人型。この世界では最もポピュラーな機動兵器のその種類はこの場ではおよそ二種類に分けられるだろうか。前者は一つ目を中央に据えた頭部と袖の様な意匠を腕部にあしらった人型。そうした共通点以外は色合いも形状もそれぞれが異なる雑多な寄せ集めだった。高速機動のさ中の為肉眼ではわからないがその装甲はどこかみずぼらしく煤けている。
対照的にもう一方は濃い青の何処かマッシブな人型に統一されている。どこか統一感のない相手と対照的に一糸乱れぬ連携で縦横無尽に動き回り正確極まりない攻撃で一つ目を撃ち落としていく。まるで歩兵の特殊部隊の動きを宙間戦闘のスケールにグレードアップさせたかのような動きは高い練度を感じさせた。
それはある意味現代の宇宙ではありふれた光景。地球連邦軍所属のモビルスーツ部隊が今や風前の灯火というのもおこがましいネオジオン軍の残党、袖付きを狩る光景だった。
状況は圧倒的に青い人型達―――――ジェスタと呼ばれる機体で構成された部隊が優勢。練度と装備の両方の差によるものか袖付きの一つ目の数は当初の半分以下までに減り、散発的な攻撃しか彼らは仕掛ける事しかできない。すでに部隊の指揮官も撃墜されているのだ。
さらに戦況を傾ける出来事が起きた。袖付きの一つ目達の防御をかいくぐり接近した青い機体、部隊の他の機体と異なりスターク・ジェガンと呼ばれる機体が袖付きの母艦のエンジンと主砲を撃ち抜き、無力化させたのだ。
母艦が事実上消滅したことを受け袖付きたちは動揺し、無様なまでにその隙を突かれた。一機がコックピットを撃ち抜かれ爆散し、さらにずんぐりとした緑色の機体が隊長機のビームサーベルで両断される。
『ぐおっ…ネオジオン……ハマーン様万歳っ!!』
『シェザール7よくやった!良し、マイク13のオールレンジ攻撃に注意して畳みかけるぞ!シェザール3から5は――――』
もはや大勢は決した。後は袖付きの悪鬼たちが蒼き
マイク13と呼ばれた機体、ヤクト・トーガに乗るパイロットのアナスタシアは機体を操りながらも冷めた目で見ていた。役立たずとののしる味方の声も懇願する味方の声も気にすることなく彼女の胸にあるのは諦観の情のみ。意外と死ぬのが遅かったという思いのみだ。
客観的に見ても何も良い事のない人生だったと思う。アナスタシアが全てを失ったのは今となっては記憶の彼方だがおよそ10年ほど前。アナスタシアは地球連邦軍の愚かしい内ゲバやらハマーン・カーンという時代錯誤な格好をした女の暗躍があった頃に家族や財産の全てを失った。その後は紆余曲折の末にネオジオン残党の強化人間技術の実験台となり苦痛に満ちた生活を送った。
辛く苦しいだけの様々な外科的な処置。意味の分からない訓練。そして絶望しかない未来を想いながら生きる日々。しかしそれらは彼女に特別な力を与えることもなく、およそ時間や労力の無駄としか言いようのない結果に終わった。体質かその他の問題か一通りの強化処置を施しても彼女は満足にサイコミュを使えなかった。残党が故の物資不足もあり、ヤクト・トーガの武装はインコムに置換された。そう、彼女はネオジオン残党のエースというこの世のほとんどの人々にとって無価値な地位すら手に入れる事が出来なかった。
全てをを憎み絶望し大勢の命を巻き添えに散っていったゾルタン・アッカネンよりは遥かにましな結果だったのだろうが、他者と比べていかほどの意味があるのだろう。およそこの10年程彼女は人並の幸せなど何も知らずに生きてきたのだから。
……不幸中の幸いと言えば見目麗しい容姿にもかかわらず
だが未来のない戦いに巻き込んでおいて何の意味があるのだろう。残党の残党にまでなり下がった彼らは遅かれ早かれ皆死ぬ。そんな中で清い体を保っても意味はない。最も不幸と絶望に慣れ切った彼女にそうした意識があるかすら疑問ではあるが。
故に迫りくる死にたいしても彼女は何処か他人事のように平静を保っていた。またしても一機が撃墜され爆発するが眉根を寄せる事すらしない。
「……インコム」
ヤクト・トーガの背部から有線式兵器が射出され猟犬のように飛び回り、その口からビームを吐き出す。本来強力無比なはずのその攻撃が次々と連邦のジェスタを襲うが一発も直撃しない。互いに死角をカバーしインコムの機動を見切り、翻弄されるどころかあまつさえ逆にビームライフルによる狙撃でインコムを叩き落とす始末。彼らは一般の連邦部隊とは技量も場数も違う精鋭部隊。当然のごとくジオン系勢力の切り札級の機体に搭載されるオールレンジ兵器に対する対策や訓練もしているのだろう。
(ああ……やっぱりだめか)
ジェスタの射撃で二機のインコムが破壊され残るはヤクト・トーガの本体のみ。援護射撃の基蒼いスターク・ジェガンがビームサーベルを振りかぶり接近。先程まで射撃戦に集中していたヤクト・トーガは対応しきれない。緋色のビームサーベルの禍禍しい光がアナスタシアの視界一杯に広がり――――――
轟音が響き凄まじい衝撃が身を襲い、アナスタシアはぎゅっと目をつぶる。その姿は諦念とは裏腹にどこか幼い物。何処か恐怖を感じながらも彼女は死を受け入れようとする。しかしいつまで待っても機体が爆発する音は聞こえてくることなく、ジェネレーターの爆発による爆炎がその身を焼くこともない。
「……」
おそるおそる目を開くとノイズ交じりの画面に映るとは溶断されたヤクト・ドーガの腕と武器。そして静かにたたずむスターク・ジェガンの姿だった。見開かれたアナスタシアの右目から一筋の涙が零れ落ちる。その涙は安堵によるものか、単なる生理現象か。
『……ジェネレーターの電源を切って投降しろ。可能なら殺したくないんだ」
「……命は失われたら、戻らないから?」
『ああ。命は失われたらもう戻らない。だから死なないに越したことはない』
何処か愁いを帯びた声のパイロットはそのまま柄のみにしたサーベルの柄をこつんと当てる。その声にアナスタシアはどこか親近感を覚える。彼もまた自分と同じように大切な物を失いながら生きてきたのだろうか。
『……了解した』
パイロットの言葉を受け入れたアナスタシアはジェネレーターの電源を切る。そしてコックピットハッチを開こうとするが―――――直後にスタークジェガンに突き飛ばされた。
「!?」
『うおおおお!ネオジオンに栄光あれえぇぇぇぇぇ!!!』
バズーカを放ちながらこちらへ突進するのは指揮官の証である一本角を頭頂に生やした機体。記憶が確かならこの部隊の指揮官である男の専用機であるギラ・ズール。熱狂的なジオニズム信奉者であり、この部隊を脅迫も交えながら指揮し続けていた男はいつの間にか擱座した艦船から脱出し特攻をかけてきたのだ。
それに対してスターク・ジェガンは盾を構えて防御の姿勢。アナスタシアを巻き込んで殺到するバズーカ弾を防御しようとするが、角度が悪かったのか肘から盾を持った左腕がはじけ飛ぶ。
「どう…して…」
一体何故敵であるはずの人間にここまでしようとするのだろうか。アナスタシアにはその理由は分からない。だが、その何処か懸命な様はアナスタシアの胸を締め付ける。しかし半壊し流れていく機体の中どうすることもできない。
『貴様も道連れだ、連邦の犬ぅぅぅぅ!!』
「ああっ……!」
ジェスタにバズーカ事腕を吹き飛ばされながらもギラ・ズールは狂奔した勢いのままスターク・ジェガンに切りかかる。あの自分を慮ってくれたパイロットが無残に両断される光景を幻視し、アナスタシアは息をのむ。
だがスタークジェガンの動きはほんの数瞬のみ明らかに、まるで操られるように変わった。まるで武道の達人のように目にもとまらぬ速さでギラ・ズールの手足を切り捨ている。
『な、なにぃっ!?』
そして一瞬のうちに距離をとったスターク・ジェガンは再突入。直線的なされど流星のような華麗で力強いビームサーベルの突きがギラ・ズールのコックピットに突き刺さり沈黙させる。
薄れゆく意識の中、アナスタシアは確かにその光景を見ていた。そして先程と同じようにたたずむスターク・ジェガンの遥か彼方を流れるそれを。
「綺麗……」
そうつぶやくなりアナスタシアは意識を失う。その顔は眠りについたようにどこか安らかだった。
ダマスカスという地球連邦軍の艦船での扱いは思いの外丁寧だった。艦の医療担当者や生き残った袖付きのパイロットがアナスタシアの来歴を話したからか、艦の者はほとんどが彼女に同情的で不測の事態に関しての監視や制御が効くようにはされていたが、それ以外はそう苦痛を感じる事のない扱いをされた。そして捕虜となってから数日後に補給艦オアシスを通じて連邦政府の担当部署の預かりとなる事がすんなりと決まった。
移送の前日にアナスタシアはあのスターク・ジェガンのパイロットと少しだけ話が出来た。そのパイロットは赤毛のまだ二十代の青年。確かちらりと見た格納庫では仲間たちに無茶しやがってともみくちゃにされていた時にヨナと呼ばれていた気がする。
「……どうして私を助けたんですか?死なない方がいいって言ってもあなた自身のお後の方が大切でしょう?」
「君の事を知っていたわけじゃ無いけど……死んでほしくはないと思ったんだ。それに」
「それに?」
その目はどこか悲しく、けれど誰かから大切な物を託された人間の背負う強さを持っていた。
「人は今が全てじゃない。何も良い事がなくても未来はどうなるかわからないから、だから死なないでほしいって思ったんだ」
「なんとまあ……奇特な方ですね。特に理由がなくてもまだ生きろというんですか?」
アナスタシアは少し呆れた。このヨナというパイロットがどういう人生を送ってきたのかは知らないがそんなことの為に自分の命をもかけたのか。なんというか軍人にしては優しすぎないだろうか。
「そうだ。俺の言いたいことはそれだけだ。それじゃ」
そう言ってヨナは席を立つ。その背中を見ながらアナスタシアはふと思いついたことがあった。
「ああ小さなことですが……生きたい理由なら、一つありました」
立ち上がったヨナは少し意外そうな顔をしていた。今すぐにそんな言葉を言われるとは思わなかったのだろうか。
「あなたがギラ・ズールを堕とした時に少しだけ見えた金色の流星……青い光を引いていて綺麗でした。……あれをまたもう一度見て見たいって、今ならそう思います」
その言葉にヨナは目を見開き驚きの表情を作る。そして少し笑った。そして面会室から出ていった。少し変わった連邦軍人と、あの美しい不死鳥の様な流星を想い、アナスタシアも少し笑った。
それからしばしの時、宇宙からすれば微々たるが人間の尺度からすればそれなりの時が流れた。宇宙世紀も百年を過ぎジオン共和国の自治権が返還された頃、サイド6の何処かのコロニーの街中にあるモニターに映しだされているのは、球連邦政府のFSSなる組織の制作した強化人間に関するドキュメンタリー番組。ティターンズ系の強化人間の悲哀を描き好評を博した前篇に引き続き今回の後篇においてはジオンの強化人間を主題とした構成がなされている。
街を行く人々はその番組に抱く印象は様々。あるものはその内容の非道さに顔をしかめ、またある者は興味津々に白日の下にさらされた強化人間の真実に視線を送る。
そんな中一人の帽子を深くかぶった女性はどこか懐かしさと愁いを秘めた目でその番組を見ていた。しかしある少女の顔がモニターに映り慌てて帽子のひさしを下げる。そして背を向け歩き出した。
背後では戦闘中に保護されたというその強化人間についての説明が進む。曰くネオジオン残党に戦闘を強制されたその強化人間の少女は連邦のエース部隊に保護された後、社会復帰プログラムの後押しを受け社会に復帰にしたという。その経緯には少女自身の協力的な姿勢や保護したエース部隊及び彼女を移送した連邦軍艦オアシスのモビルスーツ部隊隊長であるドゥーエ・イスナーン大尉の有形無形の支援もあったという。
テレビモニターへ興味深げな視線を送る人々をよそに女性はジェラートを買い求め近くのベンチに座って食べる。
彼女がジェラートを買い求めたのは何の変哲もないチェーン店。されど女性にとっては子供の頃いつも両親に買ってもらっていた思い出の品。しばらく忘れていた思い出の味だった。
テレビに映る番組にちらりと目を向けた女性はふと思う。あのお人よしのパイロットの言うように、良い事がまるでなくても生きていてよかったなと。
コロニーの天窓の先、あの時見た金の流星が美しい青の軌跡を描いて飛翔していた。彼女がそれを見たのかは定かではない。しかしそれはかつて彼女が生まれ変わった日にあった美しい不死鳥の如き流星そのものの姿だった。