クイラ王国=杭
クワ・トイネ公国=鍬
ロウリア王国=蝋
三話:開戦
ロデニウス大陸北西部には同大陸で最も絢爛豪華な都市が堂々と聳えている。
その名も、ジン・ハーク。文明圏外の雄ロウリア王国の王都である。人口70万を数える巨大都市であるここは原始的ではあれど下水道まで整備されており、道の端を歩いていてもう○こが落ちてくるなんてことはあんまり無い。
「それでは、会議を始めます。」
そんな王都の中心に鎮座する威風堂々たる王城の一室。
朧気な松明の光に照らされたこの部屋で、宰相マオスの言葉を皮切りに後の世で歴史の節目と目される会議が始まった。
場にいるのは国王ハーク・ロウリア34世を筆頭に、王国三大将軍や実質の王国軍最高司令官パタジンなどなど。
仮に、今ここに爆弾が一発でも落ちたら日が明ける頃にはロウリア王国は機能を停止するか、最悪崩壊しているだろう。それほどの面々がこの薄暗い部屋に集まっている。
国王の有り難きお言葉を拝聴し終えると、パタジンによる計画の説明が始まった。尤も既に実行することは決まっているため確認と言った方が適切かもしれない。
「開戦と同時に、我が国は5万の兵力を以て国境の街、ギムを攻め落とします。兵糧は現地調達です。」
パタジンは中央に置かれたテーブル上のコマを動かす。
「次いで後方に待機させた東部諸侯団を前進させてギムに軍を集結。道中の村や町で適宜兵糧を現地調達しながら進軍し、要塞都市エジェイを攻略します。この時点で戦争の大勢は決まるでしょう。」
2つのコマが進み、一つの都市を包囲する。
「その後は東方征伐軍本隊が公都クワトイネを制圧する間に艦隊を使ってマイハークを制圧すれば食料の供給が途絶え、クイラ王国は脅威ではなくなります。そして、クイラの無力化に前後して公都も陥落し、偉大なる王国の勝利となるでしょう。
最後に、日本等雑多な連中に関してですが…未開の島々が連合してできた、公国に安全を保証される程度の国。そうですね…ギム、又はエジェイが落ちる頃には自ずから尻尾を振ってくるでしょう。」
パタジンが二つの小型犬を模した駒を置くと室内に薄く笑いが起きた。
「今宵は我が人生最高の日だ!クワ・トイネ公国への宣戦布告を許可する!」
そして、ハーク・ロウリア34世は高揚した気分のままに堂々と戦争の許可を下す。滑稽なことにこの場に居る連中全てが既にロデニウスを統一した気でいるのだ。
王国は知らぬ間に破滅の道を突き進む。もしも日本の使節がやって来た時にその服装や所持品から高度な文明の存在を確認していたとしたら、彼らはロデニウスの覇権国家として末永く君臨できていたことだろう。
○○○
「戦争…ですか。」
「はい。」
涼やかな春一番の吹く公都の一角に建つ大日本帝国大使館にて。
クワ・トイネ公国外務局の一員であるヤゴウは先程から緊張と心労で心臓が張り裂けそうだった。手が知らずに震え、冷や汗が出る。口が渇いて渇いて仕方ない。柔らかいはずの応接室のソファが石のように感じられた。
ハンカチで汗を拭いつつ、彼は日本大使の反応を待つ。
○○○
事の発端は五日前である。
亜人問題や領土をめぐってかねてより対立していた宿敵、ロウリア王国が遂に国境に軍を集めだしたのだ。それも日頃から盛んに両国商人による交易が行われている町、ギムの真横に。
ーーー止められるものなら、止めてみろ。
そう言って嘲り笑う王国人の顔がヤゴウの頭に浮かぶ。まったくもって腹立たしい。
腸が煮えくりかえるなんて生易しい言葉で表しきれない激情がヤゴウの身を焼くが、情けないことに公国にあれを退ける力はない。
現在確認できているだけでも集結している王国軍は5万近くと言う。これは各地の守備隊や予備役をかき集めた公国の全軍とほぼ同じ兵数である。
『何としても、何があっても日本ないしはドイツの援助を取り付けてこい。この際、見返りは向こう何年かの作物無料とかでもいいから。』
故に、彼には外務卿リンスイ直々にそのような命令が下されていた。
ニュルンベルクで見た日本やドイツの軍事力があればなんとかなる。逆にそれが無い限り勝利はあり得ないと公国指導部は判断したのである。
「…分かりました。本国に持ち帰ります。」
そう言う日本の外交官をヤゴウは祈るような気持ちで…いや。本当に祈りながら見送った。
○○○
一方の日本側はヤゴウ、ひいては公国指導部の心配とは裏腹に介入に意欲的であった。その一因は公国が予想以上に市場としての価値があったからである。
公国は大地の女神の祝福を受けており、適当に種を蒔いて適宜水をかけるだけで作物が収穫できるというチートじみた土地を持っていることは広く知られている。同国では建国以来凶作やら食糧不足やらが起こった事がなく、毎年余った量を文字通り掃いて捨てていたほどだと言えばその凄まじさがよく分かるだろう。
だから、公国人のエンゲル係数は冗談みたいに低い。故に富裕層から農民に至るまで余暇や嗜好品に割ける金が多くなり、公国の文化・生活水準は周辺国に比べて傑出している。どこぞの皇国の情報局も『第三文明圏最下層の国に迫る』と判断しているぐらいだ。
そのため、公国は武器やインフラ設備以外にも酒や小説などの嗜好品やかるたなどの玩具を日本からそれなりに輸入している。
また、日本がロウリアは話が通じない国だと思っていることも影響していた。
と言うのも、転移後に外務省は一度ロウリアへ使節を送ったのだが、ロウリア担当者はその時に『クワ・トイネ公国への従属を破棄し、国内の亜人を殲滅し、我が国に隷属するのなら考えてやる』と日本使節団に言い放ったのだ。
当時の王国首脳部は日本とドイツの国力をまともに調査しようともしなかった。その行動に合理的な理由はなく、ただ『文明圏外で我が国に勝るものなどあるものか』という醜い傲りによるものである。そういうわけでこの国は日独を『聞かない国だし、公国が我が国に対抗するために自陣営に取り込んだ新興国家だろう』と判断していた。
あまりの要求に外務省は怒りを通り越して呆けたことは言うまでもない。そんな要求は到底飲めないし、そもそも日本は公国に隷属していない。
そんな、見知らぬ国に突然隷属を要求するような輩が勢力を拡大するのはいただけない話だ。日本の隣国である訳だし公国の次は己である可能性はとても高いだろう。
…しかしこの2つだけなら日本のロデニウス情勢への介入はなかった。
いくら周辺国よりは価値があるとは言え公国市場はとても小さかったし、仮にロウリアが日本に触手を伸ばしてきたら粉砕すればいいだけだ。
というかそもそも、好景気に湧く日本国内では労働者の需要が非常に高まっているというのに働き盛りの若者、それも男の命を無駄に散らす戦争なぞ始めようとしたら日本経済聯盟会*1が黙っていないだろう。
日本がすんなりと介入を決意できた理由は公国の危機でもロウリアの脅威でもない。
無尽蔵なんて桁を超えるほど埋蔵されているクイラ王国の資源である。
クイラ王国自体は国民が貧しく、市場としての価値は皆無に等しいが、この国は当時の日本で使われていた資源の9割近くを供給していた。
もし仮にクイラ王国がロウリアに併呑されて資源供給が途絶えれば、好景気どころか日本の産業が終わる。
よって、介入は一瞬で決まった。
○○○
「…さて、どうするべきか。」
ちょび髭、もとい総統の呟きが広い執務室に響く。
千年帝国、ドイツの首都ベルリン。
急ピッチで復興が進められているこの街は往年の活気を僅かずつではあれど取り戻しつつあり、瓦礫は指定された瓦礫置き場以外には見られない。
改めて復興大臣に就任したアルベルト・シュペーアとちょび髭が中心となって首都改造計画『ゲルマニア計画』を推進していることもあり、各地で工事が行われていて中々に騒がしいがそれは活気があって良いと言うことにしておこう。
また、同都市は物理的な距離が近くなった事もあり、黄色っぽい肌と黒髪をした人間がかなり多く闊歩するようになっていた。現状ではナチスお得意のプロパガンダ放送の影響でドイツ人も彼らを友好的に見ている。
そんな大都会ベルリンの中心部に建つ総統官邸にて、ちょび髭は頭を悩ませていた。
「参戦か、否か…。」
呟くと、机に置かれたコーヒーを飲む。
フランス総督府*2から送られてきたそれはドイツのコーヒーにはやなり劣るなとちょび髭は思った。
彼がこうも頭を悩ませている理由、それは公国・クイラとロウリア間の戦争へ介入するか否かである。
この件に関して、現状では復興の遅れを懸念する官僚連中やちょび髭お気にのアルベルト・シュペーアを中心とした静観派と
「しかし、対ロウリア戦争を起こすとなると国民に負担がかかる。…今のドイツは雌伏の時。立ち上がるにはまだ早い。…だが、日本人が幅を利かすなどもってのほかだ。」
つい先日には、日本から新世界二カ国を加えた新たな軍事同盟締結の話が非公式にやって来ているとリッペントロップの報告にあった。
…最近のドイツ学会では独日同祖論、つまりはアーリア人と大和民族は兄弟民族であるという学説*3が主流である。ちょび髭も転移後はこの説の支持者だ。
…東方文明圏外はロウリアを中心に回っている。文明圏外における列強がロウリアなのだ。しかし、我が国が傍観すれば日本を中心にした反ロウリア連合軍が半年もかからずにかの国を滅ぼすだろう。そうなれば東方文明圏外の新たな覇者として日本が君臨するであろうことは想像に難くない。
ダメだ。有り得ぬ、許せぬ、耐えられぬ。いくらスラブ人よりは優秀と言えども、アーリア人が奴らの、アジア人の下に置かれることなどあってはならない!ならんのだ!!!
気づけば彼は激情に任せて机に拳を打ち付けていた。ジンジンと右手が痛む。
…この際、多少の復興の遅れは致し方あるまい。そうだ。優秀なアーリア人はこの程度ではへこたれぬのだ!
ちょび髭の号令の下、ドイツ国は三度戦争に向かう。
三月二十二日、日本・ドイツ・満州・公国・クイラは軍事同盟を締結しロデニウス条約機構を創設。その内容は『加盟国のうちいずれかが攻撃を受けた場合には全加盟国への攻撃と見なし、共同で防衛に当たる』というものである。
調印式は公都クワトイネで大々的に行われた。
○○○
活況に沸く大日本帝国の中枢、東京府東京市のさらに中央。千代田に建つ皇居。神聖な空気の満ちるこの厳かな空間に、帝国のほぼ全ての重要人物が会する。
「…陛下、愈々時は迫っております。」
内閣総理大臣、東條英機は平身低頭で目の前に座る一人の
「既に同盟各国軍は展開を終えており、我が国も準備を終えております。時は今です。」
「…臣民がわざわざ血を流す必要はあるのか?戦は避けられぬのか?」
ㅤ静かな室内に厳かな玉音が響く。それに面を伏せる事で東條首相は答えた。
「━━━そうか。」
再び、玉音が響く。
…実の所。世論はこの上ないほど好戦的である。
ある一時から示し合わせたかのように喧伝され出したロウリアの脅威と残酷さにぽつり、ぽつりと悪を討たねばならんと言う言説が市井に広まり出したのが三月終わり頃の話。
更には四月に入ってから新たに散見されるようになった『同盟国が大国日本の力を求めている』という新聞の言説が日本人のナショナリズムを大いに擽り、今では裏で糸を引いた連中が少々心配になるほど日本国民は踊っていた。
「…勝算はあるのか。」
「ロウリア王国は我が国に比べ数百年遅れております。間違いなく勝利を収めることが出来るでしょう。」
問いに連合艦隊司令長官、山本五十六が答えを奉じる。参謀総長、杉山元もそれに続いた。
「……………………そうか。」
ㅤ以降、陛下は何のお言葉を発されなかった。
ㅤ最終的に開戦は承認され、3日後の4月18日。大日本帝国は、ロデニウス条約機構は行動を開始する。
○○○
ロウリア王国とクワ・トイネ公国の国境部には川が流れており、ルーチオ橋と呼ばれる橋が架けられている。
この地には王国側に東方征伐軍先遣隊が。公国側に日本陸軍北炉駐屯軍に属する第三師団の歩兵第18連隊が駐屯しており、なんとも言えぬ張り詰めた空気が漂っていた。
そして四月十九日、事件は起こる。
同連隊第二大隊が公国軍と共に夜間演習を行っていると日本兵2名、公国兵3名が行方不明になったのだ。 また、同日同連隊第一大隊がなにやら蠢くロウリア軍らしき影を見たという。
日本・公国両政府は直ちにこれをロウリア王国の仕業だと痛烈に批判。ドイツ・クイラ・満州もそれに続く。また、日本の国内世論も激昴しロウリアへの懲罰を求めた。
一方のロウリア側はそれに一歩も引かず真っ向対決の姿勢を強める。
そして、遂に四月二十五日。ロウリア王国は突きつけられた最後通牒を無視してクワ・トイネ公国へ宣戦布告。ロデニウス戦争の開幕である。
なお、行方不明になった兵士たちは開戦三日後に無事保護された。
兵士が足んねえんだよなぁお前のせいでよぉ!
皆さんは日本国召喚二次創作に何を求めていますか(多分これによって本作の内容が変わることは無いです)
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日本軍(ないしは召喚国家等)による無双
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異世界文明と地球文明の接触・交流
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政治的駆け引きや国際情勢の描写
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その他
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全部