異界に昇る太陽と鷲   作:鎌森

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四話

 それは、正に地獄であった。幼少の頃より聞かされた魔帝軍の攻撃をも上回るであろう破壊の権化は不気味な音と共に我々に降り注いだのである。

 

ーーー中央歴1645年発行 『ロデニウス戦記』より引用

 

 

 

○○○

 

 

 

「…いよいよだな。」

 

 ギム市正面、東方征伐軍先遣隊司令部陣中。そこで同隊副隊長であるガルシアンは懐中時計を見ながら呟いた。

 かつて。視察という名目で家族と共に向かったムー国内で買ったそれは今も尚狂うことなく割と正確に時を刻んでいる。

 時刻は四月二十五日の午前五時五十七分。あと三分もすれば本国が下賎な公国とその衛星国連中に宣戦布告する時刻である。

 彼の口が知れず吊り上がった。ようやく王国を舐め腐ったあの連中に思い知らせてやることが出来るのだ。

 それに加えて、隊長のアデム副将が魔獣の移動に手間取って未だ後方にいる為に、此度のギム攻略作戦は代わりに彼が指揮をすることになっている。武功をたて家名を上げるまたとない機会にガルシアンは少々興奮していた。

 

「本国より通信はいりました!『火蓋は切って落とされた』です!

「よし!全軍前進せよ!」

 

 ジン・ハークと繋がった魔信器が鳴り、開戦が伝えられたと同時にガルシアンは命令を下す。イメージは威風堂々たる老練な将軍閣下である。

 彼が想像の中の自分に酔っている間に司令部要員が慌ただしく駆け回り、竜騎士が飛び立ち、各地でビューグルが鳴った。

 男どもの咆哮が木霊し長閑なギム一帯は瞬く間に戦争の空気に包まれる。

 

 ロデニウス戦争初日、悪夢の四月二十五日の始まりだ。

 

 

 

○○○

 

 

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

 東方征伐軍先遣隊に属する傭兵の1人、『豪運のマリヤー』は得物を片手に狼狽えた。

 因みに二つ名は、たまたま略奪に入った家の中に敗残軍の指揮官が隠れていたり、風俗でやけに美女を引く確率が高かったり、そもそも10年傭兵を続けて未だに五体満足で生き残っていたりと言ったエピソードから来ている。

 

 閑話休題。

 

 彼の属する傭兵団は、現在ロウリア王国に雇われている。

 文明圏内の国に比べて金払いはイマイチであるものの略奪し放題かつ敵国人の扱いは各人に委任とかなり条件がいいのでマリヤーに不満はあまり無かった。それに敵は寡兵でありリスクも少ない。かなり美味しい職場と言えるだろう。少し前、それこそ3分前くらいまでは如何にも文明圏外らしい野蛮な咆哮を観光気分で眺めつつ良い女がいたら俺にもよこせ、と冗談を言い合っていたくらいである。

 

 しかしながら、今では非常に長い彼の傭兵生命の中でも類を見ない危機的状況に陥っていた。

 

「うわあああああああ!足が、足がぁぁぁぁぁ!!!」

「た、助けてくれ!頼む!見捨てないでくれ!」

 

 爆裂と共に土塊が吹き上がり、辺りに死体が山積し、その上にさらに動けない負傷者が積み重なる。足がなかったり、腕がなかったり、目が潰れていたり。泣き叫ぶ彼らをマリヤーが一瞥した次の瞬間には生者と死者の区別無く炸裂に呑まれ人だったのかどうかさえしれぬ肉片となり辺りに散った。

 

「ち、畜生!こりゃあ魔導砲か?!」

 

 笛のような音がしたかと思えば轟音と共に地が爆ぜ、周囲に立っていた諸々を無慈悲に吹き飛ばす。

 土と草と血肉がまざり合わさりマリヤーに降りかかる。

 

 

 

 

 

 文明圏内においては魔導砲の存在はそこまで珍しいものでは無い。何年かに一度、皇国が型落ち品をぼったくり価格で周辺国に売り捌いている事もあってそれなりの国力を持つ国ならば必ずと言って良いほど保有している。

 しかしそれはあくまで文明圏の内側でのこと。圏外では存在さえ知られていないことも多いのだ。恐らく、こんなに大規模に魔導砲が、それも炸裂弾を使用する物が運用された文明圏外国の戦争は史上初めてだろう。

 呆然と立ち尽くすマリヤーの口から『ありえない』という言葉が漏れる。…いや、しかし敵は公国。軍事力は兎も角経済力はそれなりだと聞くし、金にものを言わせたということなのだろうか。

 文明圏内国家においても旧式になったガラクタならば、稀に圏外国でも運用されていることがある。どこかの国から公国がそれを仕入れてきた可能性が無いとは言えないが、それでもこれほど大規模には…。

 

 そこまで考えたところで再び爆音がマリヤーの鼓膜を打った。土埃や血潮が降りかかる。

 

 あわてて彼は走り出した。友軍竜騎士はギムからの魔道攻撃と敵竜騎士との交戦で既に落とされているため、戦況が好転するとは思えない。このまま戦場にとどまったところで死ぬだけだ。早く逃げなければ。未だ走り回れるが彼とて無傷ではない。鋭い痛みがしたかと思えば左腕から血が垂れている。

 しかし、野戦砲の弾幕射撃を受けて未だその程度の傷で済んでいるあたり、やはり彼は豪運であった。

 ぺしゃっと言う音がしたかと思えば、頭に臓物がついている。誰のものなのかは知らない。

 

「糞がぁ!死んでたまるかっ!」

 

 大脳と思しきそれを払い捨てると彼は脇に見える森を目指して走り出した。

 

「待ってくれ!マリヤー!頼む!動けないんだ!」

「お、俺も!腕を探すのを手伝ってくれ!」

 

 仲間やロウリア人の哀願を全て無視して走る。戦場では他人を助けてやる余裕などないのだ。友、味方、同僚、民間人…それら全てを見捨てて己の命を優先したからこそ彼は生き残っている。

 辺りを見渡せばこの辺でまともに動けているのはマリヤー以外に存在しない。かろうじて五体満足であった幸運な者はなんとも勿体ないことに、腰が抜けたのか震えて動かぬまま火炎の中に消えた。

 あどけなさが残る顔をした兵士だった。恐らく今回が初陣だったのだろう。

 

 新兵も、古参兵も、馬も指揮官も何もかも。全てを巻き込んで破壊の嵐は打ち付ける。

 何とか彼が森の中に駆け込んだ頃には東方征伐軍先遣隊は存在していなかった。

 

 

 

○○○

 

 

 腹に響く重低音がギム後方に広がるトマ台地に木霊する。

 公国観戦武官、イーネはドイツ人に貰ったソーセージをもぐもぐしながら異世界国家の戦争をまじまじと眺めた。

 

「ええっと。これは何をしているんですか?」

 

 付近に立っていた指揮官らしき日本人を捕まえて聞いてみる。

 

「はい、今は砲撃によってギム市正面に陣を張っているロウリア軍を攻撃しています。」

 

 手渡された双眼鏡とかいう眼鏡を用いて王国領方向を眺めてみると、なるほど確かにロウリア軍が大量に居た辺りだけ明らかに様子がおかしい。

 

「砲撃とはどのようなものなのですか?」

「そうですね…。ええっと、爆発する物を火薬を使って撃ち出し敵歩兵に損害を与えるという感じです。貴国にも輸出された『銃』が非常に大きくなった物、と考えていただければ良いかと。」

「…ああ、なるほど。分かりました。」

 

 確か、王国戦に備えてサンハチシキとか言う…じゅう?なるものを日本から輸入したと上官が言っていたような気がする。イーネも少しだけ見た事があるがなにやら杖みたいに細長かったような記憶がある。

 

「それにしても凄い音ですね。」

 

 2本目のソーセージを咀嚼しながら彼女は遠いロウリア陣地を眺めた。

 

旗やらなんやらが綺麗に掲げられて位置がわかりやすい上に、5万人が密集していたロウリア陣地に数多の砲弾が雨霰と降り注ぐ。

 

 東方征伐軍先遣隊は開戦一時間後には士気が崩壊し潰走した。

 

 

 

○○○

 

 

 

「何ぃ!東方征伐軍が!?」

 

 ジン・ハークの王城内、謁見の間。

 開戦に伴う国王の演説を拝聴していたパタジンは思わず叫び声を上げた。

 

「パ、パタジン殿…?一体、どうされましたか。」

 

 隣に居た、でっぷりと腹の出た貴族が心配そうに話しかけてくるが、今の彼に周囲に気を払う余裕はなかった。

 

(五万。東方征伐軍先遣隊は五万居たのだぞ…!それが開戦後一、二時間で潰れてたまるか!)

 

 五万人。それは現代でも大軍と表現されるほどの兵力である。これが開戦後一時間以内に全滅するなど地球であっても核攻撃でもされない限りは有り得ないだろう。それこそ、見晴らしのいい草原の一点に集まって陣を張るでもしない限りは。

 

(ええいクソ、何がどうなっている!)

 

 魔信兵の報告によれば、定期通信に応じない先遣隊司令部の様子を確認するため東方征伐軍本隊が偵察竜騎士を派遣したところ壊滅した先遣隊らしき遺体の山を発見したのだという。

 更に、その竜騎士は程なくして連絡が途絶えたそうだ。

 

(何が、何が起こったと言うのだ!)

 

 一言断ってからパタジンは控えていた参謀を引き付けれ、司令室に向かうために謁見の間のドアノブに手をかける。まさにその瞬間に敵襲を知らせる鐘が朝の王都に鳴り響いた。

 

 

 

○○○

 

 

 

「へえ。あそこがジン・ハークか。なかなか綺麗なところじゃあないか。」

 

 日本海軍第一機動艦隊、第一波攻撃隊長の淵田美津雄中佐は前面に広がる巨大城塞都市を眺めて興味深そうに言った。

 日本ではまずお目にかかれない光景だ。写真機を持ってくりゃ良かったな、と呑気なことを考える。

 

「さて、と。そろそろだな。」

 

 よっこらせ、とおっさん臭い掛け声と共に風防を開け、彼は信号拳銃を構える。

 

 乾いた音が1つ。

 

 間もなく蒼空に一筋の黒煙が浮かび上がった。それが意味するところは奇襲。各隊の隊長はそれを認めると同時に僚機を連れて展開。彼らの目的は王都の軍事施設、特に飛行場の破壊だ。

 

 輝く朝日を背に、太陽の帝国が空を埋め尽くす。

 

 四月二十五日はまだ始まったばかりである。




イーネさんが観戦武官に選ばれた理由には『若い女だったら口を滑らせねぇかな』っていう公国軍部の狙いがあったりします

今回は


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