そんな中にあればいいなと思ったお話。
比那名居天子は天人である。
比那名居天子は不良天人である。
比那名居は主人である名居一族が天人へと至った折に、その恩恵で天界に住むことを許された一族である。不良天人とは比那名居の一族すべてを指す蔑称であるが、とりわけ天子はその天人らしからぬ言動で周囲の頭を痛めている存在だ。昇格当時幼子であった天子が、厳しい修行やら偉大な功績やら、所謂資格と呼ばれるものを一切持ち合わせていなかったのは仕方がないことであるし、そんな彼女を一人下界に残していくという選択肢を当主が持ち合わせていなかったのも仕様のないことである。天界とは人ならざるものの楽園と称される幻想郷における楽園。あらゆる苦難が排除され、歌い踊り飲み明かす日々を永遠ともとれるほど繰り返す。泥水を啜り、空腹に喘ぎ、絶命に怯えて生き抜いた先にある者にとっての理想郷。結果として天人になった彼女は、天界において退屈という苦難を味わうこととなった。
下界では残暑が抜けきらぬ初秋のある日、彼女は今日も退屈を紛らわすために出かけていた散歩の途中、足を止めて周囲を見回した。足元には花畑が広がり、遠目に見える桃の木の下では幾人かの天人が詩を披露している。ああ今日もかと、彼女はいつも通りにため息を吐いた。俗世に言わせれば風光明媚な大地も、絶品と称される桃も、享楽的な生活にも何一つとして心動かされることなどない。彼女にとっては見飽きた風景であり、味気ない果物であり、代わり映えしない茶番に過ぎない。
「死神でもこないかしら。」
星に願うかのように適当に呟いた言葉は、込められた期待に比例するかのように何事を起こすこともない。こういう時に絡んでくる小鬼は肝心な時にいない。旧都だとかいう場所で宴会をすると言い残したままここ数日は姿を見せずにいる。つまらなそうに顔を顰めながら天子は再び歩を進めだそうとして―――――
「死にたがりなのは結構だが、その前に尋ねさせてもらってもいいだろうか。」
「―――――」
突如背後から声をかけた存在に驚愕を禁じ得なかった。
なんだ、こいつは。いつから天界にいた?、どうやって花畑に来た?
天子の能力は《大地を操る程度の能力》。歩行しただけのごく僅かな揺れさえも地面は教えてくれる。日頃から面白いことを見逃さないように周囲一帯に注意を張り巡らせるのは彼女の常であったし、今日とて例外ではない。だがやつは現れた。風を切り草花をかき分け大地を蹴るその一切の音を発生させることなく。あの空気のように気配の薄い巫女が来たときさえも察知できたというのに。
「気配を絶って後ろから近寄るなんて、危ない人かしら?あなた。」
返答はしかし冷静に。暗に気づけなかったと白状するのには抵抗を覚えるが、変な意地を張るのも格好が悪い。押し殺した驚愕は正体不明の来訪者への興味に塗りつぶされた。望外の事態に湧き上がる喜悦を隠し、あくまでも余裕の仕草を装ってゆったりと振り返り、背後の存在を見遣った。
第一印象を挙げるとすれば、薄い。これならばそこらの草木の方がまだ存在感がある。眼球は目の前の少女という情報を送ってくるが、脳がそれを認識するのが一拍遅れる。目を瞬かせようものなら即座にに見失ってしまいそうだ。
まず目に付くのは長い銀髪。風になびき、日の光を反射してキラキラと輝く長髪は、黒いリボンによって後頭部の高い位置で一つに纏められ、腰まで垂れ下げられている。中央やや右で前髪を分けている髪留めには赤い椿の意匠が施されている。身長は天子と同程度だろうか。背後では人魂がゆらゆらと揺れている。天界にわざわざ霊魂の姿でいるものなどいないので、コレは少女に付随してきたものだろう。半人半霊だろうか。切れ長で意志の強そうな目はともすれば睨んでいるようにも見えなくもないが、表情筋の動きからしておそらくは真顔なのだろう。白い肌とは対象に全身は真っ黒な革のツナギに包まれており、これまた革でできた桜色と翡翠色の二つの帯が交差するように腰に巻きつけてある。それぞれの帯からは長短1本ずつ刀が紐によって吊り下げられている。他にも細かい意匠はあるのだが、天子の思考はそこで止まってしまった。これでもかと怨嗟の籠った眼である一点を凝視して動かない。
イラッ
なんなのだろうこの女は。まさかわざわざ私に喧嘩を売るためにここまできたのではなかろうか。
普通に考えてまずありえない。実際反射的に思ってしまっただけで天子自身もそんな馬鹿な話はないことはわかっている。端的に言えば、彼女の服装は外界で言うところのライダースーツである。ボディラインが強調され、その方面に詳しい人種ならばスリーサイズを言い当てることなど造作もないだろう。つまり、何故天子がそのように思ったかと言うと―――
なによその肉!見せつけてんじゃないわよ!
もはや先ほどの取り繕うとする姿勢などどこかへすっ飛んでしまっていた。補足するならば別に彼女のそれが特別大きいわけではない。天子の知り合いにもより大きなモノを持っている奴だって幾らかはいる。単に身体の凹凸を自慢するかのような装いが天子の逆鱗に触れかけただけの話である。
「これは失礼をした。」
親の仇を見るような顔つきに、少女は僅かに気圧されながらも申し訳なさそうに眉根を寄せてから深く頭を下げた。威圧したと言えばそうなのだが、実際はそんなカリスマ溢れるやりとりではない。謝罪を受けて正気に戻った天子はようやくそのことに気付いた。気付いたのだが、この娘を前にしてまたいつ暴走するかわからない。この上さらに強調するポーズをとられた時に平静でいられる自信がない。
「常日頃から修行の一環としてやっている弊害か、妙な癖がついてしまっているようだ。本当に申し訳ない。」
「別にいいわよ。失礼な奴だとか思ってたわけじゃないから。それで、訊きたいことがあるらしいけど―――」
結局ばれてしまうのならばと、天子は被った猫を投げ捨て素の対応をとることにした。面倒くさくなったとも言う。以前憮然とした表情のままでの発言だったが、頭を上げた少女は目に見えて安心したように顔を綻ばせた。いつの間にかその存在感も格段に増しており―――なるほど意図的に切り替えできるならば大した隠形ではないか。
「私、今とっても暇なの。」
ますます面白い。絶対に逃がしてなるものか。その修行というのは嘘じゃないでしょう?その刀は飾りじゃないでしょう?この私をただ情報を引き出すだけの有象無象の一人として扱おうなんて許さないから―――
「楽しませなさい。そしたら教えてあげてもいいわ。」
隠し切れなくなった喜悦を滲ませ、すっかり私物化した宝物の切っ先を向けて言い放った。
まさかいきなり宣戦布告されるとは露とも思わなかったのだろう。しばし呆然としていた少女だったが、腕を組み、瞠目して考え事を始めた。
ここで一度断られようとも構いはしなかった。こういう武人めいた手合いの扱いには少々心当たりがある。勝負から逃げただの二、三適当に挑発をすればそれで事足りる。彼奴らは誇りを汚されれば引き下がったままにはいられない集団だ。
「うむ……そうだな、二度手間かもしれんがいいだろう。スペルカードは持っていないから単純な斬り合いになるが、構わないか?」
天子の僅かな心配は杞憂に終わり、少女は提案に乗った。淀みのない動作で長刀を抜き、剣先を後背に隠す構えをとる。僅かに口角を吊り上げ、好戦的な笑みを向けた。
「異存なし。ふふ、切った張ったをするのも久しぶりだわ。」
今時知性ある妖怪がスペルカードを持たないなど珍しい。巫女が初めて異変を解決して以来、皆こぞってカードを作っていたし、最近は実戦を挑んでくる死神だって減ってきている。
だから、丁度いい。命の遣り取りに飢えていたところだ。
共に立ち上る戦意、肌に突き刺さる敵意のなんと心地良いことか。滅多に味わえぬご馳走を前に、飛びつきそうになる体を抑えるのに精いっぱいだ。
待て。待て。待つのだ。無作法にがっつくのはいただけない。
「ルールは唯一かつ単純―――私が満足すればあなたの勝ちよ。」
静かに頷き、合わせて長い髪が揺れた。我ながら思うひどいルール設定と微塵の躊躇もない了承に苦笑いが洩れる。
「不良天人、比那名居天子よ。よろしくね。」
「半人半霊、魂魄妖理。いざ尋常に―――」
ルールに名乗り、戦に必要なものは全て揃った。役者は二人、観客は無数の物言わぬ生命。只今を持って剣劇の幕は上げられる。
「「勝負」」
瞬間、互いの体が弾かれたように前進した。
「まずは小手調べよ。バラバラに引き裂かれてはいお終い、なんてやめてよね!」
最初に仕掛けたのは天子。緋想の剣を掲げ、大上段から袈裟懸けに振り下ろした。
天子に剣術の心得はない。柄の握りからして他人の見よう見まねであり、剣士と呼ぶことすら憚られる。技量だけで言えばそこらの子供が力任せに棒を振り回しているのとなんら変わらない。実際最初の一撃は、いつの間にか小太刀を抜いた妖理に容易くいなされ、体勢が崩れてがら空きとなった上体にカウンターを叩き込まんと、引き絞られた右腕に狙われている。そう、力任せには変わらない、が―――
「ッ!」
引き絞られた長刀は返す斬り上げへの防御に回された。巻き起こる暴風の如き剣風に冷や汗が流れる。予想以上の剛力にたたらを踏む妖理だが、なおも斬撃は嵐となって襲い掛かる。
十、二十、三十―――無駄だらけの素人剣術に、しかし妖理は反撃に移ることが出来ない。一撃毎に後退を余儀なくされており、一度離脱して体勢を整えるべきなのだがそれすらも困難。
「それそれどうしたの!案山子を切り刻んで悦ぶ趣味なんて私にはないわよ!」
これこそが比那名居天子の強み。ごくごく単純な話で、身体能力がずば抜けて高いのだ。途切れぬ連撃は、無理な体勢であろうとも強引に筋肉を動かすことで成立している。
常人はもとより並の妖怪にとっても苦痛どころの話ではない。十も繰り返せば筋が捻じ切れて動くことすらできなくなるだろうが―――天子は未だ健在。彼女にとってその程度の痛みなど塵芥にも値せず、ついに百を超えた剣閃はその勢いを微塵も衰えさせていない。緋想の剣は実体を持たないこともこの状況を生み出すことに一役買っている。刀身はゆらめくエネルギー体によって構成されており、ゆえにどれほど出鱈目に扱おうとも欠損することがない。
剣術一本ではないにしろ、幻想郷の強者と渡り合ってきた力の一端がここに垣間見えた。
ここに来て妖理もそれを理解していた。防戦一方ならば先に自分の腕が痺れていくことは目に見えており、ならば早々に何かしら状況を動かす一手を打たねばならない。
ならばどうするのか。
後ろに跳ぶ?
先ほどからやっている。天子の前進速度の方が速いためにほとんど意味をなしていない。
剣を弾く?
おそらくは無駄。それどころか自ら隙を晒すだけだろう。
鍔迫り合い?
却下。あれをまともに受け止めでもすれば刀身が歪む。最悪折れてしまえば自分は詰みだ。
ならばとれる選択肢は一つ―――
都合何度振るわれたかわからない剛剣を躱し、大きく後ろへと跳躍した。当然天子も逃がさまいと距離を詰める。再び距離が零となる数瞬前―――妖理は姿勢を低くして抜刀の構えをとり、弾丸のごとき超高速で前へ出た。
攻撃後に隙がないなら、攻撃中の隙を狙えばよい。目の前の相手が如何に非常識だろうとも、振るわれる剣は物理法則から逸脱するほどではない。始めから最高速で振りぬくことなど土台無理な話で、ましてや無理やりな軌道修正を受けた剣に充分な速度など乗ろうはずもない。
―――一閃。
かくして妖理の狙いは過たず、胴を捉えられた天子はそのまま吹き飛ばされた。二、三度土煙を巻き上げながら地面をバウンドし、ようやく止まった頃には彼我の距離はおよそ十間。距離を離すという当初の目的は達せられたが、妖理の表情には困惑が浮かんでいた。
殺し合いではないのだから…と手加減などはしていない。間合いも、タイミングも、力の入り抜きも全てが自分に出来る最高の状態が揃った。だというのに斬ったという手ごたえだけがない。
「うぇー、ぺっぺっ。土噛んじゃったわ…。」
立ち上がった天子は腹部の布が切り裂かれ肌を晒しているが―――しかし僅かな傷すらついていない。
「完全に入ったと思ったのだが…傷一つつけられんとはな。呆れた頑強さだ、気功でも練っているのか?」
「ハズレ。生憎とそんなものは使えないわよ。―――天界の食べ物ってのは摩訶不思議でね、口にするだけで勝手に体が鍛えられていくのよ。」
意図的な硬化ではない、つまり意識外の攻撃を加えようとも結果は同じということ。生半可な攻撃に意味はなく、おそらくは体の裡に衝撃を通していくのが最も有効。刀を獲物とする妖理は天子相手には不利であるともいえる。
「なるほど、とんだ非常識だ。」
実のところ妖理はそこまで気にしていたわけではない。メカニズムはどうあれ、外皮が堅いだけならば別段珍しいとも言えぬ。むしろ―――
「それにしても…なんとも奇妙な剣だ。いや、そもそもそれは剣なのか?」
妖理にとってはその手に持つ武器の方が異質。実体を持たないがゆえか刃長を自在に変えるなど、もはや剣なのかどうかすら怪しい。
「緋想の剣―――天界に伝わる宝物の一つよ。相対するモノの気質を見極め、その弱点となる性質を纏うトンデモ武器。これが剣かどうかなんてあなたが定義すればいいけど―――まともに食らえばタダじゃ済まないわよ?」
自慢をするように―――いや、実際自慢だったのだろう。高々と天に翳し、したり顔で朗々と口を回す。
「そうだ、せっかくだし性格診断をしてあげるわ。あなたの気質も分かってきたもの。さてさて本日のお天気は―――?」
天子が無造作に剣を振ると、変化はすぐに起きた。周囲一帯にちらちらとなにか白いものが降り始めたのだ。
雪だ。
有り得ない。先ほどまで雲一つない晴天だったし、今現在も上空に雲など確認できない。そもそも今現在の幻想郷は夏が過ぎ去って間もない初秋であり、季節を外すにも限度というものがある。
「雪…いや、晴れているから風花ね。…ふふっ、中々ロマンチックなのねあなた。」
下手人である天子は妖理の表情を窺う。彼女からすれば興が乗ったゆえに披露した芸で、驚いて呆けた顔の一つでも見れないかと思ってしたことだったが―――
「…」
しかし妖理の反応は芳しくない。険しくなった顔は警戒度の上昇を表しているようにも見えるし、驚きを無理やり押し殺しているようにも見える。
「そうか、恐ろしいなそれは。ならばそんな剣に斬られるわけにはいかないな。」
ようやく吐き出された言葉には今日一番の力強さを伴っていた。こころなしか緋想の剣を見る目には悪感情が宿っているように感じる。
「さて、俄然やる気が湧いてきたことだし、そろそろ再開しようか。どうやら追いかけられるだけの獣ではご不満のようだし―――ここからは私の番だな。」
言うが否や再び二刀を握った妖理は、胸の前で腕を交差させる構えをとった。
「―――せえあっ!」
それぞれ袈裟と逆袈裟に振り下ろすと同時、目視できるほどの濃密な剣気が天子に襲い掛かった。
「なにかと思えば単なる目晦まし?そんなんじゃ甘いわ、よ!」
天子は周囲の気質を集め、眼前へ迫りくる脅威へと撃ち出した。『天啓気象の剣』。剣気を隠れ蓑にして接近しているであろう妖理ごとぶち抜かんとする一撃。見事衝突した剣気を霧散させ、のみならずその後方へと突き進む。
見立て通り姿を露わにした妖理は、気質の塊を切り裂いて天子へと躍りかかった。
天子の剣撃を暴風とするなら、妖理のそれは鎌風。清澄な斬撃は空を切る音すら生み出すことなく、常人の目には閃光となって映るだろう。美しいと評されるに値する剣舞ではあるが、しかし天子の防御を崩すことはできていない。
生半可な攻撃が通らないと分かっている以上、妖理の攻撃できる場所は限られている。首、心臓、鳩尾、腋―――所謂人体の急所と呼ばれる部分。来る場所が限られているのならば、天子とて反応するのは難しくない。
なんだ、この程度か。と天子は落胆の色を露わにした。再び自分のペースへと引きずり込もうと、打ち込まれた刀を強引に弾き返して
―――脇腹を斬撃が襲った。
「んなっ!ええっ!?」
全く無警戒のうちに見舞われた一撃にパニックに陥りかけるも、すぐさま前方の妖理から振るわれる攻撃に我に返る。状況を分析せんと、天子の思考回路が必死に回転を始めた。
先程刀を弾かれた妖理はわずかではあるが重心を狂わされていたし、何一つ不自然な動きなどなかった。察知されぬほどの超高速で動いたとは考えにくい。
第三者の介入はもっとありえない。遠距離から弾幕が叩き込まれたならばまだわかるが、天子は"斬られた"のだ、であれば至近距離からの攻撃に違いないが、周囲に自分たち以外の存在は確認できない。
「ぐっ…ぅ…!」
再度の斬撃が天子の後背を襲う。薄皮一枚程度しか斬れていないが、立て続けに同じ個所に食らい続けるのは不味い。傷口を抉られ続ければいずれは重傷となり、動きに支障をきたす。
背後には気配も音も存在しない。左右も同様で、妖理の後ろにだって何もないのに―――
何も、ない?
そうだ何もない。そこに違和感を感じる。妖理の後ろにはなにかがあったか?あった。いや、いた。半霊の姿が見えない。何故。妖理は魂魄と名乗った。魂魄。あの庭師と同じ名字。
「まさか―――!」
天子は前方の妖理が振るう刀を身を捻って躱し、緋想の剣を自らの死角へ―――もう半分の妖理がいるであろう空間へ振るった。
「これは驚きだな。もう見破られてしまったか。」
声はすれども姿は見えず―――だが答は拾えたようだ。
目晦ましの隙に人間の姿へ変身させた半霊を正面から突撃させ、もう半分はひたすら天子に気取られぬよう死角へ移動し続ける。仕組みは単純だが、恐るべきはそれを実践できる技量。
分離しているとはいえ半霊はまぎれもない自分自身。別々の動きをするということは、左右の手でそれぞれ異なる絵を同時に描いていくことに等しい。その上で天子に悟られない隠形をしていたとすれば、彼女は一体どれ程器用なのか。
タネが割れれば対策は簡単―――天子は剣を足元に突き立てた。
「不譲土壌の剣!」
瞬間、天子を中心として地面が隆起した。狙いなどつける必要がない全方位攻撃。逃げ道は頭上か後退かの二択だが、頭上は空中で無防備を晒すに等しい。必然、妖理は後退を選んだ。
数秒後、如何なる仕組か元の平らな地面へと戻った震源地から天子が姿を現す。相対する妖理はいつの間にか半霊をいつもの人魂に戻して待機させている。互いに軽く疲労の色を表情に浮かばせ、降りしきる雪は体を冷す。
「いや、君には驚かされるばかりだ。先の技はかなり自信があったんだがな。」
「『幽明求聞持聡明の法』だったかしら?冥界にあるお屋敷の庭師が使ってるのを見たことがあるのよ。あの時は同じ動きしかしなかったからなんてことはなかったけど…今のが完全初見だったなら、危なかったかもね。」
天子には今までの技におぼろげながらも既視感があったのだ。よくよく思い出してみれば顔立ちは似ているし、構えや使う技などは練度の違いを除けば瓜二つ。ここまで似通っているならばあの庭師との関係性は推測するに難くない。
「なんだ、あの子と戦ったことがあるのか。…ということは、一通りの動きは覚えられてるということかな?」
「さてね。刀身がすっごく伸びるやつは使われたことあるけど。」
「それは厳しい。」
あれが使えないのは困るなあと、これ見よがしに妖理は笑う。それがブラフなのかは天子にはわからなかったが、妖夢よりも実力が上ならば更なる技を持っていてもなんら不思議ではない。ともあれ―――
「さあ、二度目の仕切り直しよ。今度は私が攻めて攻めて押し切っちゃうんだから。」
「おや、それはこちらの台詞だよ。今度こそ君に満足したと言わせてみよう。」
「実は私はまだ使ってない武器を持ってるのよ。あなたなんてぺしゃんこだわ。」
「実は私にもまだまだ奥義があってな。受けてみれば気が変わるだろう。」
「…ふふっ。」
「…ははっ。」
どちらからともなく笑いが零れた。両者とも、穏やかな表面とは裏腹にボルテージが上がっていく。際限なく作り出される脳内麻薬が感覚を麻痺させていく。膨れ上がる戦意は当初の比ではない。
三度目のゴングは、交差した剣によって鳴らされた。
「―――はっ、はっ、げほっ…はぁ。」
「―――はひっ、はあっ、もーだめ、動きたく、なひ。」
それから何時間たっただろうか。周囲には夜の帳が落ち、降りしきる雪もとうに止んでいた。両者とも満身創痍で地面に転がっているものの、明確な損傷は見られない。
結局、天子も妖理も決定的な一撃というものを入れられず、双方体力が尽きてしまった。
その後は互いに息を整えるためにこうして倒れたままでいる。
荒い息が聞こえなくなって数分、ふいに妖理が口を開いた。
「それで、ご満足いただけたかな?」
自分はあなたを満足させられたのか。つまりこの勝負はどちらの勝ちかという問いかけだった。
「…そうね、あなたの勝ちよ。楽しかったわ。」
「それは良かった。」
認めざるを得ないだろう。ここまではしゃいで、好き勝手動き回って、精根尽き果てて倒れて。これで否と答えても、どうすれば満足なのかが自分ですらわからない。
「それで、なんだったかしら。…そうそう、訊きたいことがあったのよね。」
自分に話しかけたのは災難だったけれど、ならば尚更責任は取らねばなるまいと顔を向けると、妖理は何故だが苦笑いをしていた。
「いやそれなんだが…私は武者修行の途中でな、天界で一番強い人を教えてもらいたかったのだ。そこで適当に見つけた女の子に尋ねたら勝負を挑まれて…正直君の強さなんてどうでもよかったんだ。天人の中でも弱い者に負けるなら、一番強い者に挑む意味はない。」
「こんなに可愛い娘捕まえといて弱者だなんて、随分な言い草ね。」
「まったくだ。」
二人して笑いあう。その姿は友人のようであり―――いや、二人の間では既に友であったのかもしれない。久方ぶりに色々な話をする相手を得た天子は、つらつらと思い出を語っていった。
天界の退屈さ、定期的に迎えにやってくる死神、自ら起こした異変―――時系列もバラバラにとにかく天子が喋り、妖理が相槌を打つ。そんなことを長々と続けていたが、ふと思い立ったように妖理に問いかけた。
「そういえば妖理ってさ、能力は持ってないの?」
「いや、それは…」
どうにも歯切れが悪い返事が返ってくる。この反応ならば持っていないということはないだろう。先の戦闘でそれらしいものと言えば卓越した隠形だが、それならそうと言えばよい。戦いに不向きな能力なのか、手を抜いて使わなかったのか…後者ならばどうしてやろうかと天子が思案していると、決心したように口を開いた。
「『全てを斬れる程度の能力』。」
超戦闘向きな単語が聞こえた途端、天子は目に見えて機嫌が悪くなった。自分は本気で相手していたのに相手はそうでなかった―――その事実は天子の自尊心に触れたのだ。
「なによそれ、どうしてさっき使わなかったの?手を抜いてたってこと?」
即座に問い詰める。言葉に籠った棘に妖理も察したのかみるみるうちに申し訳なさそうな顔に変った。
「まずは、私の話からしようか。」
顔には申し訳なさを滲ませたまま思案していた妖理だったが、やがて苦虫を噛み潰したような形相で語り始めた。
―――聞いてくれ。瞳にはそんな意思が込められている。
「魂魄妖夢には会ったことがあるんだったな。少しばかり歳が離れてるが、あれは私の妹でな。必然私も魂魄流の剣術を仕込まれたんだ。…だが、私には剣を扱う才能がなかった。何度挫折しかけたかはわからない。私と違って妹は本当に才能に愛されていてね、いつ追い抜かれるかと冷や冷やしていたし、その才能を羨んだこともあった。それでも必死で努力し続けて、爺様から中伝を授かって…そんな時だ、能力が発現したのは。」
そこまで話し終えた妖理はおもむろに立ち上がり、鎮座する巨石に向かって無造作に刀を振るった。幾度も本気の剣閃を見た天子には、それが本当に力も気も込められていないことも見て取れたのだが―――
「この通り。」
巨石は中心から真っ二つに切断されていた。切り口に荒など見当たらず、まるで研磨されているかのようだ。
「森羅万象、あらゆるものには弱点がある。首だとか心臓だとか、そういうのとは少し違うのだが―――そうだな、存在の密度とでも言えば分かり易いか。密度が低い場所はひどく脆いから容易く斬れる、逆に高い場所は頑丈だが破壊されるとただじゃ済まない。私が刀を振るとな、当たる直前にその場所が薄い弱点に置き換わるのだ。さっき見せたように、どこへどのようになどは然程関係ない。流石になまくらではこうすんなりとはいかないが…。結果、能力が開花した後の私には斬れぬものなどなくなっていた。…ここまで聞いて、どう思う?」
剣士としては垂涎モノの能力ではないか。天子はそう感じたし、自分でもそんな能力ならば欲しいとも思う。実際自分も緋想の剣という必ず相手の弱点を突く武器を持っていて、異変を起こした時などその能力に大いに助けられた。先程の闘いだって、それを使っていたなら自分など相手ではなかったのだから。
「どうって…素晴らしい能力じゃないの。」
「そうだな、素晴らしい。」
妖理は一拍おいて。
「素晴らしく不愉快だ。反吐が出る。」
これでもかと顔を歪ませて吐き捨てた。
「能力使って、名刀振りまわして、苦も無く相手を斬った。私に斬れぬものなど何一つない。なんだそれは、ふざけるな。」
吐き出される言葉は天に対する怨嗟のようだ。言葉の端々から隠し切れない激情が感じ取れた。
「そこに『私』の存在意義など、欠片だってない。」
もし同じ能力が発現したとして、そいつがそこそこ動けてそこそこ剣を振れれば妖理と同価値となる。
剣の道とはつまり、相対するモノを斬るための道。妖理には初めからなんでも斬れるがゆえにその過程が茶番と化した。
「確かにすべてを斬れるようになりたいなんて思ったことは二度や三度ではない。だがな、"コレ"は違うだろう。私の努力は、私の生涯は、この圧倒的な才能の前に否定される。そんなことを黙って受け入れられるほど私は寛容ではない。」
だから妖理は能力を使わなかった。能力を使えば最後、自分は剣士でもなんでもなくなると思うがゆえに。
「だからだな。
妖理の話が終わったそれきり、会話はぱたりと途絶えていた。遠く離れた宴会場から聞こえてくる雅楽のみが立ち込めている。
「すまない、詰まらん話をしたな。―――私はもう行くよ。自分の修行不足が嫌というほど分かったことだしな。」
立ち上がり、背を向けて歩き出した。すでにあらかた回復したのか、来たときと同じく僅かな音さえ鳴らしていない。
「…私がこの剣を説明したとき、顔が険しくなったのはそういうことだったわけね。嫌な思いをさせてしまったかしら。」
今の天子には理解できた。能力に頼り切り、名剣を振りまわしていた自分は妖理の理想の対極に位置する姿だ。
『そんな剣に斬られるわけにはいかないな』
最後まで妖理を捉えられなかったのも、つまりはそういう意地があったからこそだろう。
「…いや、私の信念は、私が勝手に抱えた私にだけ理解できる私だけのものだ。他者がそれにそぐわぬからといって口を出すのは筋違いというものだろう。…と思ってはいるが、つい気を強めてしまったようだ。それについて謝るならば、私の方だな。」
言葉通りの意味では実に人に好かれそうなことを言っている。私はあなたを否定なんてしないし、あなたに否定されて変わることもない。
しかしそれは自分から壁を作っているということではないか。理解者など要らぬと公言する孤高の道だ。
天子にはその姿がひどく寂しそうに見えて―――
「じゃあ、さ。」
自分の意志とは無関係に結果を手に入れた彼女が、なにかと被って見えて―――
「また来なさいよ、ここに。私も手伝ってあげるわ。」
なんだかさっきから自分らしくないなあ、と自嘲しながら思ったままを伝えた。
「さあ今度は紅魔館よ!陰気くさい吸血鬼や魔女が待ってるわ!」
「まあ待て。今そこで青い妖精に決闘を挑まれてだな…。」
「そんなの無視しなさいー!」
その後天界に留まらず、幻想郷のあちこちに現れる二人組がちょっとした有名コンビになるのだが、それはまた別のお話。
なに?ジョジョ
天啓気象の剣を使ったら天候が強制終了する?
ジョジョ、それは無理矢理ゲームのルールに当てはめようと考えるからだよ
逆に考えるんだ 「終わらなくたっていいさ」 と考えるんだ
なに?ジョジョ
天子が戦闘狂過ぎるだろうって?
ジョジョ、それは自分の中でイメージが出来上がってしまっているからだよ
逆に考えるんだ 「こんな天子がいたっていいさ」 と考えるんだ
なに?ジョ(ry
最後まで読んで下さった皆様に感謝。