「なあ、衣って子供産めんのかね」
場所は龍門渕家、いつもの部屋。
元は使われていない居間で、これまた使われていなかった客間を繋ぐ役目を果たしていた場所だ。
しかし、その客間が智紀や純、一が身を寄せるに際して丁度いいからと一時的な住居として使われるに当たり、当然の流れとしてこの居間が憩いの空間として使われるようになった。
メイドとも思えぬ待遇ではあるが、それが許されているのは、元々の智紀達の立場が龍門渕家ではなく透華の客員として招かれた身であり、結果(副次的に)従業員として従事することになったという背景がある為だ。
父親からも、従業員の住居をそのまま充てがった場合の、そこに出入りする透華の立場を考慮されたということも大きい。
ともかく今となっては、三人が居らずとも透華や衣が居座っていることも多く、もはや龍門渕高校麻雀部第二の部室と化している。
「……いきなりですのね」
「純くん、まさか……」
そんな場所に、今いるのは透華、一、純、智紀の四人。
衣はといえば、夕飯を食べたあとも何か用事があるのか離れに籠もりきりで、こちらへ顔を出す気配はない。
食後の、ゆったりとした時間。
特に会話をするでもなく、各々が好きなことをしていた中で、ポツリと純が呟いたのが先の言葉だ。
「ちげえよ、 ってかまさかってなんだよ!!」
ちょっと怪訝そうな透華と、わざとらしく手で口元を隠し、驚愕している様を演出している一に、純は言葉を続ける。
「今日、衣の買い物にオレと智紀で付いてったろ?」
秋の服が見たいと、衣が朝に言ったため、暇してた純と智紀が付いていったのだ。
特別買うものがあるわけではなく、見たいと言った言葉通り、ただ服を見て回っただけ。
そもそも龍門渕家がそうであるように、衣の服もその殆どがオーダーメイドであるのだから、服屋で服を見る必要などなく、希望を言えばその通りの服が用意される。
ハギヨシに言えば、希望がなくても希望通りの服が用意される。
仮に店で見たところで、衣の服はその身丈故に、良いと思った服でも高確率でサイズがない。
かといって、身の丈にあった服を見に行くとなれば必然子供服売り場となり、衣のプライドとしてもそれを許せるはずがなかった。
そういうわけで、衣は今まで服屋というものに行くことなど無かったのだ。
しかしここ最近、言ってしまえばインターハイの県予選が終わってからというもの、そうした特に目的の無い買い物に行きたいと言っては誰かを連れ出していた。
今日もその一環で、透華と一は出かけていたから、純と智紀が付いていったのだ。
「……あ、もしかして」
「何かあったの?」
心あたりがあるらしい智紀に、一が問いかける。
「うん、多分。クレープ屋のこと?」
「そうそう」
純は頷きながら、体勢を整えるように座り直す。
「通りがかりのクレープ屋で、衣が食べたいって言ったから買って外のテラス席で食べてたんだよ」
「あの大通りの所?」
「そう」
「えー、いいなー」
一と智紀の呑気な会話。
本筋から会話が離れそうな気配に、んん、と一つ咳払いを吐いて、言葉を続ける。
「……で、まあ先に居たらしい母親と小学生くらいの娘さんの二人組が、クレープを食べてたんだが──」
***
クレープを齧っていると、衣がちらちらと、横目で後方を見ていることに気がつく。
『どうした?』
『っ、い、いや! なんでもない!』
この反応でなんでもないは無理あるだろう。
衣の見ていた方を振り向いてみる。
そちらには、自分たちが来た時にはすでに座っていた若い母娘が、一つのクレープを仲良く分け合っていた。
娘の方は母親にもっと食べなよ、と勧めていて、母親はもういっぱい食べたよ、と笑って娘が食べる様子を嬉しそうに見ている。
『……あ~』
なんとも、言葉が出ない状況だ。
衣は幼い頃に両親を亡くしている。
自分は、今は親元を離れているとはいえ、実家に戻れば両親ともに健在である。
衣とはもう、短いとは言えない付き合いだ。
共感も同情も、嘘くさくなるだろうしするつもりもない。
しかし、他に言葉が思いつかない。
自身の心情のせいかもしれないが、なんとなく、空気が重くなった気がする。
智紀はと思ってみると、同じ行動をしていたようで目が合った。
その目が言っている。
(純、なんとかして)
なんという無茶振り。
『……衣、オレのクレープ食うか?』
『? いや、いい』
『……そうか』
そうこうしている間に、母娘は食べ終えたようで、仲良さそうに帰っていくのを見送る。
『……いいな』
ポツリと、その背を見送りながら衣が呟く。
『……』
『……』
どこか神妙な気持ちになりながら、智紀と共に衣の言葉を聞く。
『……いつか、衣も』
『あのように、母になれるだろうか』
『……』
『……』
思わず、智紀と顔を見合わせる。
……そっちかーーー!
***
「──ということがあったんだよ」
「ああ、それで……」
「そんなこと、考えるまでも無いでしょう。衣なら、素敵な母親になれるに決まってますわ!」
ビシリと、自信満々に言い放つ透華。
「いやまあ、母親としての適正どうこうについては別に言う気はないんだ」
そんな透華に、純は頭を掻く。
「ただ、あれはつまり、将来的に子供が欲しい、ってことだと思うんだが」
周りの面々を見渡す。
そして、純には珍しく、少し言いづらそうな様子を見せる。
「……衣の身長で、子供って産めるのか?」
部屋がしんとなる。
純は居心地悪そうに頭をかき、智紀はパソコンと向き合ったままだ。
透華は口を開いたまま言葉を探しているように停止しているし、一は考えるように腕を組んで動かない。
そんな中、純は言い訳するようにして言葉を続ける。
「確か、130cm無いだろ? 体の負担とかどうなんだ?」
「……前に測った時は127cmでしたわ」
その前に測った時もでしたけど、と透華が小さな声で言う。
「最近でも、世界的に見ると12歳くらいの出産例はそれなりに見られるみたい」
智紀が言う。
どうやら、パソコンで類似例について検索をかけていたようだ。
「うえぇ、12歳……」
「12歳って身長どんなだ?」
「147cmくらいって」
「え!?」
12歳と聞いてげんなりしていた一が驚きに身を起こす。
うえぇ、と言っていた対象が自分と同じくらいの身長だと聞いたのだから、当然の反応かもしれない。
「どれくらいの身長だと、リスクがありますの?」
「5フィート……だいたい153cm未満で低身長でのリスクが大きいみたい。ちなみに、高3の平均が158」
「127cmってのはどれくらいなんだ?」
「ちょっと待って……127は大体8歳~9歳の身長みたい」
「おおう」
「小さいとは思ってたけど、小学校低学年くらいか……」
皆して考え込んでしまう。
「……やっぱ厳しいな」
立ち上がって、智紀の横からパソコンを覗き込んでいた純が言う。
「でも、医学の進歩もあるから……」
「龍門渕家でも、その時には全面的にバックアップしますわ!」
「まあなぁ。でも見る感じ、最近は運動量低下で骨盤とかの面でもリスクとかあるみたいだし、衣はその面でも厳しい気が」
「うーん」
一は顎に手を当て、しばらくの間、探偵のような思案顔をする。
そして、顔を上げて言う。
「……まあでも、少なくともしばらくは大丈夫じゃない?」
「どうしてですの、一?」
「だって」
「相手がいないし」
その言葉に、皆がハッとなる。
「……そういえば」
「だよな、考えてみれば」
「ちょっと焦っていたみたいですわね」
皆がそれらしく頷き、それらしいことを言っているが、実際には先延ばしの体勢に入っただけである。
実際、すぐにどうこう出来る問題ではないので、仕方のないことではあるが。
「こういうのは、相手あってのことだからね」
「生半可な相手なら、私が許しませんけども」
「まずは、恋人を作るところから」
「相手がいなけりゃ、衣には子供産むの厳しいとか関係ないしな!」
ワイワイと、好き勝手なことを言った後。
その表情のまま。
四人は、謎の引力に引かれたように、一斉に扉の方を向く。
それは廊下と部屋を繋ぐ扉で、普段はきっちりと閉じられているはずのものである。
しかし、今その扉は、音もなくその隙間を広げていく。
そう、広げていく。
元々、開かれていたその隙間を。
そこにいるのは、可愛らしい長リボンを頭に纏った小柄な少女。
しかし錯覚か、四人にはその長いリボンが禍々しい角のように目に映る。
天江衣。
話題のその人である。
しばしの無言。
双方、共に言葉が無いが、その心情は対象的であろう。
青い顔をしている四人に対して、衣の顔は赤い。
「爬羅剔抉し衣を笑うか」
先に口を開いたのは、衣である。
「は、はら……? いや、笑ってないよ、衣!?」
一の、必死の弁明。
しかし、顔を真赤にした少女は話を聞いていないようだった。
「衣にも、子は生せるぞ」
「衣、落ち着いて」
「衣、落ち着きなさいまし」
智紀の宥めも、透華の言葉すら、聞こえていないようだ。
これほど怒った衣は珍しい。
透華と智紀が顔を見合わせる。
「すでに齢18、疑うならば実践躬行として見せようか」
「いやいやいや、いいってば! 第一、相手もいないだろ!?」
純の言葉に反応して、衣が純をキッと睨む。
「居る!」
「「「「居るの!?」」」」
驚きの声がハモる。
そんな四人を置き去りにして、衣が叫ぶ。
「ハギヨシっ!!」
「は、こちらに」
音もなく衣の傍らに現れる、高身長イケメン執事。
呼べば来る、呼ばなくても必要とあれば来る。
必要となるものは揃え、作り、見繕う。彼はそんな万能な存在である。
衣は、その漆黒の侵入者に向かい、言う。
「ハギヨシ、衣の婿になれ」
「「「「はい?」」」」
再びハモる声は、難聴主人公のそれである。
しかし、後続の言葉の前に、ハギヨシの声。
「かしこまりました」
「「「「……」」」」
一瞬の静寂の後。
「「「「……ええええぇぇ!?」」」」
今日一番のハーモニーが、龍門渕家に響き渡る。
斯くして、龍門渕家の隠し姫と黒執事の恋物語は始まる。
これは間違いなく偽物の恋であり、偽物の愛の物語である。
尊き茶番でありそして───
───青年による、少女のための物語。
Q.次回は?
A.転職または転生したら