12時01分 ジムⅡ コクピット
『ズサが仕掛けたぞ!』
モニター越しにショーンががなる。
ショーンの焦りが伝播して、ケンジまで焦りそう。
「クッソ! あの加速は反則だろ?!」
12時01分 実況席
『伸びる伸びる! ぐんぐん伸びる! 二位の『ネモ・ZEKUU』に一機分の差をつけて第一コーナーにアプローチ! パイロン代わりの隕石に沿って綺麗なコーナリング! さあ、ぐるりと回って……』
──ぐるりと旋回する『ズサ・キラーエッグ』
──ぐるりと一回転する『リックドムⅡ・ピシャーチャ』
『は?!』
『え?!』
唖然。
『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が渾身のフルスイングで『ズサ・キラーエッグ』を弾き飛ばす。
間髪入れずにもう一回転。
今度は『ネモ・ZEKUU』を打ち据える。
瞬く間に二機のMSが押し戻された。
突如、進路に立ち塞がる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』。
その手はバットの代わりに一機のMSを掴んでいた。
『あ、あれは……リックドム?! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が『ハイザック・レッドドワーフ』をバット代わりに殴っています!』
12時01分 ジムⅡ コクピット
『ズサとネモがコケたぞ!』
「おっ! 潰し合いか?」
エフラムが状況が変わったことを伝えてくる。
ケンジは自らの予想が当たったせいか、言葉が弾む。
そう、予想通り『荒れた』のだ。
「先頭はどうなった? マラサイか?」
『ああ、今マラサイが前に……あぁっ?!』
「どうした?!」
12時01分 実況席
『ホームランっ!!』
『綺麗に芯で捉えましたね!』
『『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の見事なスイング! 弾き飛ばされた『マラサイパラダイス』が『ガザC・オナガ』を打ち落とす!』
MS競技の実況だったはずが、もはや野球中継の様相。
先頭集団四機がたった一機のMSによって足止めされてしまう。
『クーパーさん、これは一体何が起きたんでしょうか?』
『先程、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が針路を譲っていましたよね?』
『ええ』
『あれは針路を譲ったのではなく、第一コーナー出口に先回りするためだったと考えられます。あ、今リプレイ出ましたね』
ザクフリッパーから送られた映像が映し出される。
クーパーの言う通り、リックドムⅡは変針後まっすぐに第一コーナー出口に向かっている。さらには針路上で漂流していた『ハイザック・レッドドワーフ』を拾っていた。
『ペナルティーエリア内はダミー隕石がありませんから、一直線に飛ぶことができます。ペナルティーを受けるので、普通はこんなことはしないのですが……これは『クラッシャー』ですね』
『『クラッシャー』ですか? それは一体?』
『デブリヒート最初期に使われた戦法の一つです。要は他のMSを全て墜としてしまえば、どんなにペナルティを受けていても関係ないということです』
『それはそうですが、全てのMSを行動不能にするのは難しくないですか?』
『その通り、大変難しい。参加機体の機動性が向上して捕捉するのが難しくなったのもさることながら、この戦法を使うと次のレースで他のMSから袋叩きにされるんですよ。いや~、久しぶりに見ました』
『そんなことが……』
『そのためにすぐ廃れてしまった戦法なんですね』
実況のジャクソンが絶句。
実際問題として参戦しているパイロットにしてみれば、こんな戦法を採られたらたまったものではない。
ただしルール上の問題はない。デブリヒートでは進路妨害も格闘戦も認められているのだから。
その上でパイロットたちが自浄作用を発揮して、『潰し返してあげた』だけだ。
『さらに殴り掛かる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』! 『ズサ・キラーエッグ』の頭部が弾け飛んだ!』
もはやプロレスの実況。
鈍器にされた『ハイザック・レッドドワーフ』は見るも無残なボロボロ状態。
振り回されるハイザックを掻い潜り、ネモが懐に飛び込んだ。
『『ネモ・ZEKUU』がフック! フック! からの膝蹴りーっ!』
『脚部スラスターの点火タイミング素晴らしいですね! 最大加速での膝蹴りです!』
『あーっ! だがドム防ぐ! 防いだ! ハイザックを盾にした!!』
『一発目のフックを喰らってスラスターをオフに、二発目でわざと後ろに飛ばされることでスペースを作り、膝蹴りを防いでいますね』
『今の膝蹴りで『ハイザック・レッドドワーフ』のオートエジェクトが作動したようです。脱出コクピットが吐き出されます』
12時02分 仮設ピット
「見えた!」
ケンジのジムⅡが先頭集団を捕捉。
モニターに映るは行く手を阻まれた先頭集団と、立ち塞がる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』。
組みつかせないように巧みに後退しながらハイザックを振り回す。
ジリジリと下がり、第二コーナーの入口に差し掛かろうとしていた。遅滞行動で徐々に数を減らす算段。
あのリックドムⅡをどうにかしなければ勝利はない。
「マズいよ……あのリックドム、ハイザックを振り回して守備範囲を広くしてるんだ」
「機動性の低さをリーチの長さでカバーしてるってことか……」
ショーンとエフラムが頭を抱えて戦力分析。
だが悲しいかな、どノマールのジムⅡでは容易に振り切れるだけの推力がある訳でも、重装甲をどうにかできるだけのパワーがある訳でもない。
「ねえ、お兄ちゃん? あのMSって、どうしても倒さなきゃいけないの?」
黙って成り行きを見ていたデイジーが、おもむろに口を開く。
「そりゃあ、あのリックドムを抜かないと前に出られないからね」
ショーンとエフラムの顔には『何言ってんだコイツ?』と書いてある。
だがエフラムはそこで思いとどまった。
「待てよ……わざわざ相手してやる……」
「何も正面から戦わなくてもいいんじゃない?」
エフラムが何かに気付いた時、モニカも気付いたらしい。
モニカはエフラムとショーンに顔を近付けると、声を潜めた。
「…………」
「………………」
「……………………」
皆で顔を見合わせニヤリと笑う。
「ところでエフラムは何を言おうとしてたの?」
艶のある笑みを浮かべるモニカに、精一杯の不敵な笑みで返すエフラム。
「同じことだよ。ケンジ、後ろのジムⅢに抜かせるんだ!」
1202時 ジムⅡ コクピット
「はぁーっ?! 何言ってんだエフラム!? こちとらどんだけ苦労して押さえてると思ってんだ?!」
『勘違いすんな。ジムⅢがドムとやり合ってる間に前に出るんだよ! ジムⅡじゃドムと殴り合っても勝てないだろ?!』
ジムⅡとリックドムⅡを比べた場合、ジムⅡの方が性能的に優位である。
ただし、それは兵装を積んでいればの話で、徒手空拳となれば別の話。
ドム系列の売りである耐弾性に優れた分厚い装甲と、それに伴う重たい機体重量が『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の攻略を困難なものにしている。
非力なジムⅡのパンチではリックドムⅡの装甲を貫くことが出来ず、非力なスラスター推力では押し出すことも敵わない。
『新しい軌道データだ』
「…………これやれって?」
送られてきたデータを見た。
そしてエフラムの意図を察するとニヤリと笑う。
12時02分 実況席
『先頭集団が『リックドムⅡ・ピシャーチャ』に手こずっている間に、後続の『ジムⅡ・トライデント』と『ジムⅢ・ナイトシャドウ』が追い付いた! さあ、この二機は『リックドムⅡ・ピシャーチャ』に対して…………あっと! 『ジムⅡ・トライデント』ここで操作ミス! バランスが崩れた!』
『あ~、惜しいですね。後ろからのプレッシャーに負けたんでしょうね』
『『ジムⅢ・ナイトシャドウ』この機を見逃さずに前に出ます! 五位に……あっ、違います。『ズサ・キラーエッグ』がリタイアしました! 四位です! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』が四位に浮上!』
わざとだ。
ケンジはわざとふらついてジムⅢを先行させた。
その証拠にジムⅡは早々に姿勢を立て直し、ジムⅢのケツにビタビタに張り付いている。
モータースポーツならスリップストリームの位置。
だがこれは宇宙で行われるMSレース。
そんな位置では前を飛ぶMSのスラスター噴射を直に浴びてしまう。後続機はそれが抵抗となり減速どころか、最悪吹き飛ばされかねない。
そのため後続機は先行する機体から軸線をずらして飛ぶのがセオリー。
『『ジムⅡ・トライデント』がスラスターの噴射をモロに浴びてしまった! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』がさらに加速!』
多段式宇宙ロケットが切り離したブースターを踏み台にするのと同じように、ジムⅡを足場に加速するジムⅢ。動きに一瞬の戸惑いが混じるが、そのまま加速を続行。
12時02分 ジムⅡ コクピット
「よっしゃ! 上手くいった!」
『いいぞ! そのままへばりつけ!』
ジムⅢの真後ろ。
今度はスラスター噴射の範囲外に喰らい付く。
「ジムⅢはこのまま行ってくれるみたいだな」
『強行突破か? そりゃ、よかった』
攻めあぐねる先頭集団の脇をジムⅢとジムⅡが駆け抜けた。
12時02分 実況席
『攻め手に欠ける先頭集団を尻目に『ジムⅢ・ナイトシャドウ』と『ジムⅡ・トライデント』がトップに躍り出た! さあ、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』を如何に攻略するのか?!』
12時03分 ジムⅡ コクピット
『右+0.6、下-2』
エフラムからの指示に従い、コントロールスティックをわずかに倒す。
前を飛ぶジムⅢの影に隠れてリックドムⅡの機影は見えないが、ジムⅢの動きを見ればわかる。
(近い……)
ジムⅢが拳を握り直した。
直後、バックパックのスラスターアームが向きを変えダイブ。
ケンジのジムⅡも遅れまいと、ジムⅢの航跡をトレース。
リックドムⅡがハイザックを振り抜き横一線に薙ぎ払う。
『ケンジ! 今だ!』
「おうっ!」
スロットルを押し込む。
12時03分 実況席
『いったー! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』の右ストレートがハイザックを砕いたー!』
コクピットブロックが収まっていた穴目掛けて拳を叩き込むジムⅢ。
脱出ポッドを吐き出し、がらんどうのハイザックはいとも容易く千切れた。
リックドムⅡの動きに焦りが浮かぶ。
『立て続けにボディブロー! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の胸部装甲が歪んだー! ……ん? あっ!?』
12時03分 ジムⅡ コクピット
『GO! GO! GO!』
「おりゃー!」
エフラムの合図でフルスロットル。
ジムⅢの背後から飛び出すと、
──リックドムⅡの頭上を飛び越える
殴られ、仰け反っているリックドムⅡは追うことができない。
12時03分 実況席
『ジムⅡです! 『ジムⅡ・トライデント』がここでトップに躍り出ました! クーパーさん、これは?!』
『ジェットストリームアタックですね』
『それは一体どういった技なのでしょうか?』
『一年戦争時に旧ジオン公国のエースパイロットが使った戦法です。先頭を行くMSが囮となって注意を引き付け、その陰に隠れた後続機が不意打ちを仕掛けるというものです。『ジムⅡ・トライデント』は『ジムⅢ・ナイトシャドウ』の後ろにぴったりと張り付いていましたから、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』からは見えなかったのでしょう』
『つまり『ジムⅢ・ナイトシャドウ』は囮に使われたと?』
『そういうことです』
12時04分 ジムⅡ コクピット
「よっしゃ! 抜けたぞ!」
『ナイスだ! ケンジ!』
『スゴイよケンジ! 俺たちのMSが一位で飛んでるよ!』
先頭に立った。
まさかまさかの望外の事態に沸き立つ三人。
上位陣のMSを出し抜いてトップに立ったのだ。
それも性能的に劣るジムⅡで、である。
「どうよエフラム? 『様子見』なんてしなくてよかっただろ?」
『あ~、わかったわかった。今回は俺が悪かったよ』
勝ち誇るケンジに、笑って詫びるエフラム。
明らかに調子に乗っている。
『後続機はリックドムが足止めしてくれる。その間に逃げ切るぞ』
「ああ、これで優勝はいただきだ!」
12時04分 実況席
『『ジムⅢ・ナイトシャドウ』を引き剥がしている間に『ガザC・オナガ』が脇を抜けて行く!』
ジムⅢの処理に手間取っている隙に、機動力に物を言わせて迂回するガザC。
リーチの長さでディフェンスラインを広げていたリックドムⅡだったが、武器を失いその利点はなくなった。
あまつさえ後続機が合流して多勢に無勢。
ディフェンスラインは穴だらけ。
『『マラサイパラダイス』のタックル! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』躱しながら膝蹴り!』
だがリックドムⅡは粘る。
最早抜けて行ったMSは仕方がないにしても、これ以上は行かせない。
孤軍奮闘。
八面六臂。
鬼神の如き気迫で進路上に立ち塞がる。
が、
『『ネモ・ZEKUU』掴んだ! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の頭部を掴みました!』
わずかな隙を突いて懐に潜り込む『ネモ・ZEKUU』。
リックドムⅡの頭部をガッチリ掴むと、右手で手刀を作る。
『いったー! 『ネモ・ZEKUU』の手刀がモノアイを貫いたー!! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の頭部は大破! 大破です!』
リックドムⅡの残骸を投げ捨てレースに復帰するネモ。
他のMSもそれに続く。