12時05分 ジムⅡ コクピット
「ショーン、ロールする度にラインが少しぶれるんだ。どうなってる?」
『ちょっと待って…………多分、左手だ』
「左手?」
見れば左手首のジョイントが歪み、ダラリとぶら下がった左手。
殴った直後はなんともなかったが、激しい軌道を繰り返すうちにダメージが蓄積していった模様。
仮設ピットでモニターしていたショーンも、信号が途絶していたので気付くのが遅れた。
その左手がロールのたびにブラブラ揺れて、要らぬ慣性を作っていた。
『それと3番スラスターがグズってる。1番と3番の出力を60%まで落として』
「あいよ」
指示に従いコントロールパネルを操作。
メインスラスター四基の内、二基を60%、残りの二基は100%のまま稼働。
速度は落ちるが致し方ない。爆発などしようものなら元も子もない。
『スラスターの方はたぶん熱害だね。少し休ませてやれば問題ないはずだよ』
「ま、こんだけ差をつけたんだ。余裕だろ」
12時05分 実況席
『まさかまさかの大番狂わせ! ファイナルラップで初出場の『ジムⅡ・トライデント』がトップになるとは誰が予想できたでしょうか?! フーパーさん、この展開をどのようにご覧になりますか?』
『私も驚いているところです。現在のレース環境においてジムⅡは勝つのが難しいと言われていますが、この『ジムⅡ・トライデント』は善戦していますね』
今般、デブリヒートに参戦するMSは第二世代が増えている。
これは連邦軍が払い下げるMSの対象範囲を広げたこと、また、それに伴い第二世代機の流通量が増え中古価格がこなれたことに起因する。
チャレンジクラスでも第二世代MSは増加傾向にあり、珍しいものではない。
上のシルバークラスでは第二世代機の導入は勝つための最低条件と言われ、さらに上のゴールドクラスでは可変MSの導入も珍しくはない。
そのようなレース環境下、チャレンジクラスでジムⅡを運用するチームは、ジムⅢ相当に改装する事例が増えており、ジムⅡのままで参戦するチームは減っている。
第二世代機に対し性能的に劣る1.5世代機のジムⅡが勝利することは、年々難しくなっている。
『ここで『ジムⅡ・トライデント』のパイロット、ケンジ・オカダ選手のプロフィールが届いています。見てみましょう。0114年サイド6ジュニアモビルスーツ大会準優勝、翌年の0115年ではベスト4に進出しますが棄権しています』
『それだけの成績を残しながらプチモビレーシングの経験がないというのも珍しいですね。普通ならどこかのチームがスカウトしていそうなものですが』
『言われてみれば、そうですね』
プチモビレーシング(PMR)はその名の通り、プチモビルスーツを使用して行われるレース。
このデブリヒートを主催している『宇宙機器レース委員会』、通称CSIR(シーザー)が運営している。
実のところ世界的な規模で見れば、フルサイズMS競技よりPMRの方が人気も知名度も上だ。
理由は多々あり、『MS競技はサイド6でしか行われないが、PMRは宇宙中の各地を転戦する』とか『参入が容易で各メーカーからカスタムパーツが潤沢に供給されている』などの点が挙げられるが、最大の相違点の一つは『ワークスチームの存在の有無』であろう。
デブリヒートにはMSメーカーのワークスチームは存在しないが、PMRでは『トルロ』『ミグレン』『スーズ』などのプチモビメーカー各社が、メーカーワークスチームを投入し、しのぎを削っている。
そのため機体や部品の開発競争だけでなく、優秀なパイロットの獲得競争も激化しており、ジュニアモビルスーツ大会会場では青田買いに勤しむスカウトマンたちを見ることができる。
『そうでなければアナハイム高専あたりに推薦がもらえそうなものですが、メンバー全員公立高校の学生というから、なおさら驚きますね』
『本当にそうですね。これは期待の大型ルーキー誕生ということもありえますか?』
『まだわかりません。ビギナーズラックによるフロックというのは過去何度もありましたから』
『確かに。そうこうするうちに『ジムⅡ・トライデント』は第三コーナーにアプローチ。……おっと? 何かトラブルでしょうか? 速度が落ちています』
『これは推進系のトラブルのようですね。メインスラスターの噴射炎が明らかに小さくなっている』
『さあ『ジムⅡ・トライデント』は逃げ切れるか? 後ろから『ガザC・オナガ』が猛スピードで迫っているぞ!』
19時22分 マクダニエルハンバーガー サイド6宇宙港店
「なぁケンジ、もう機嫌直せよ……」
仏頂面で二個目のハンバーガーを頬張るケンジ。
怒りを咀嚼に変えてハンバーガーに八つ当たり。
レースも終わり、一時はトップに立てたものの、結果は五位入賞。
そして今は三人でその反省会。
「初出場で、しかも『どノマール』のジムⅡで五位入賞なんだぜ? 十分過ぎる成績じゃないか?」
「そうだよケンジ。そりゃ……スラスターの不調はすまないと思うけどさ……」
エフラムとショーンが代わる代わるとりなすが、ケンジの怒りはなかなか収まらない。
ジンジャーエールでハンバーガーを流し込むと、ようやく口を開いた。
「別にショーンが悪い訳じゃない。機体チェックは俺も一緒にやったんだ。その時は何もなかった……問題があったのは俺の操縦だ……」
重い口調でゆっくりと話す。
ケンジは自分自身に怒っていた。
油断が慢心を生み、トラブルへの対処が遅れた。
「あと少しだったのに……」
「はぁ……気持ち切り替えていこうぜケンジ。五位だったんだぜ? お前の腕ならこの後挽回できるさ」
「そうだよ。パイロットポイントも入ったんだし、入れ替え戦にも行けるよ」
「わかってるよ、わかってるけど納得いかねーんだ……」
エフラムとショーンの言いたいことはわかる。
だが感情の整理が追い付かない。
機体の不調も腹立たしいが、トップに立てたことで浮かれてしまった自分自身が腹立たしい。
あの時、気を抜かずに周辺警戒していれば、ガザCの奇襲を躱せたかもしれない。
それが出来ていれば、優勝は無理でも、もう少しいい成績だったかもしれない。
「ってかよ、最後あのガザCはなんだよ? 俺を蹴り飛ばされなくても抜けただろ? あれさえなければ表彰台にだって立てたんだ」
ハンバーガーだけに当たっていたが、一度不満を漏らしたら止まらない。
堰を切ったように不満が流れ出る。
ケンジもガザCの行動はルール上問題ないとわかっているが、順位が落ちた直接の原因はあのガザCなのだ。
頭ではわかっていても、感情は別。
ただ八つ当たりの対象範囲を広げたに過ぎない。
「あら? うちのガザCにとんだ言い掛かりだわ」
「あん? なんだお前?」
唐突。
不意に一人の少女が話に割り込んできた。
八つ当たりの最中に割り込まれたものだから、勢い剣呑な声で応えるケンジ。
視線を上げると、そこには聖マリアンヌ女学院の制服を着た一団。
その一団の先頭に立つ少女。ブラウンのストレートヘアをたなびかせ、凛とした表情でこちらを見下ろしている。
「私はリーゼ・ホルシュタイン。チーム『ハミングバード』の監督をしていますわ。貴方たち、決勝にジムⅡで出場されてた方よね?」
言うが早いか答えも待たずに隣の席に腰掛ける。
それに倣い着席する一行。
(え? そこ座んの?)
エフラムとショーンが少女の行動に軽く驚く。
「だったら何だっていうんだ?」
「よせよ、ケンジ」
ケンジの棘のある声。
内心、冷や汗をかきながらケンジを抑えようとするエフラム。
「失礼。せっかくだから、ご挨拶をと思ったまでよ」
「そりゃ、どうもご丁寧に」
剣呑剣呑。
露骨に怒りの感情を表すケンジ。
「で、そのお嬢様方がどうしてこんなファーストフードにいらっしゃるんで?」
「今日の祝勝会ですの」
「はぁあ? お前ら金あるんだろ? もっと『お嬢様らしい店』でやったらどうだ?」
「会場から一番近いお店がここでしたの。一刻も早く皆と喜びを分かち合いたいじゃない? それに父のお店の売り上げに貢献できますもの」
「あぁ~、お前の親父はこの店の店長って訳ね」
「あらやだ、私の父はサイド6の統括マネージャーですわ」
言葉の鍔迫り合い。
とっとと切り上げたいケンジ。
繰り出すジャブはことごとく躱されてしまう。
(おいエフラム、統括マネージャーってどんくらい偉いんだ?)
(お前な……はぁ……サイド6にあるマクダニエル全店の元締めってことだよ)
聞き慣れない単語が出てきた。
小声でエフラムに解説を求めると、呆れ顔で教えてくれた。
(……マジで?)
マクダニエルハンバーガーはアナハイム傘下のファーストフードチェーン。月に本社を構え、全てのコロニー群に進出している業界最大手。
サイド6約三十基全てのコロニーにも展開し、今なおその数を増やしている。
さらに言うなら、ケンジの通う学校の食堂もマクダニエルグループだ。
サイド6だけでも軽く百を超える実店舗があることを思うと、一瞬、気が遠くなった。
「あ、こら! カエデ! 食べるのは乾杯の後!」
リーゼの声で我に返る。
見ると『おあずけ』に耐えられなくなったのか、カエデと呼ばれた女の子がハンバーガーに噛り付いていた。
「あいつ……確か……」
朝、会場であったことを思い出す。
カエデはと言うと叱られて小さくなっているが、やはりどこか『ぼーっとしている感じ』である。
「なぁ、今のうちに逃げようよ」
こんな状況でもしっかりと食べ続けていたショーンがこそっと提案。
「そうだな、そうしよう」
「ああ、わかった」
エフラムとケンジが頷き、三人揃って立ち上がる。
面倒くさいのはゴメンだ。
「あら? どこへ行くのかしら?」
ケンジたちの動きにリーゼが素早く反応。
一瞬、ビクッとするが歩を進めるケンジたち。
「祝勝会に部外者がいたら邪魔だろ」
「俺らは退散しますんで」
口々にそう言い残すと、そそくさと店外へ。
逃げる後ろ姿を目で追いながら憮然とつぶやくリーゼ。
「まったく! 人の話は最後まで聞くものだわ!」
「リーゼは本題に入るまでが長いのよ。悪い癖」
向かいに座った少女、カミリアがからかうようにクスリと笑う。
「あら、そんなことはなくってよ」
「で、リーゼは彼らに何をさせる気だったの?」
「……カエデのスパーリングパートナーよ」
「スパーリング?」
「カエデは操縦の才能はあるけど、格闘戦は……ね?」
本来MSには過去の戦闘データを用いた簡易シミュレーターの機能が付いている。
その機能を使えばわざわざスパーリング相手なぞ探さなくてもいい。
しかし、それらのデータは当然軍事機密のため、払い下げられる時に戦闘データと操縦データを記録したメモリーユニットは綺麗にフォーマット、もしくは新品に交換される。
そのため払い下げられたばかりのMSは基本動作しかできないのだ。
「年間タイトルを獲るには格闘戦の経験も積ませておかないと」
「……そうね」
頷き合い、パイロットに目を向けると、カエデは小さくなっていた。
まるで小動物のような姿にクスリと笑う。
「別に責めてる訳じゃないのよ、カエデ」
「そうよ、だから安心して」
安堵の表情を浮かべるカエデ。
だが、まだ少しぎこちない。
「さあ、そろそろ乾杯しましょう。話の長い監督さん」