17時23分 サイド6宇宙港 仮設ピット
「あった、ケンジあれだ。チーム『シスター・オブ・ファイア』」
「みたいだな」
早々に決勝進出を決めたケンジ。
三人で明日の対戦相手を視察するため、あちこちのピットをうろついていた。
「すげえな……本当にZガンダムと百式だぜ」
目に入ってきたのは二機のMS。
──目に眩しいショッキングピンクのファイヤーパターンで塗装されたZガンダム
──鮮やかな蒼のファイヤーパターンの百式
見に来たのはこの第三戦から参加するチームのピット。
MS競技のチームとしては大変珍しい二機体制での参入。
『シスター・オブ・ファイア』の名前の通り、パイロットは姉妹らしい。
朝からこのチームの噂が方々で話題になっていた。
「Zレプリカと百式レプリカかぁ……ベースは何使ってんだ?」
「やっぱりネモベースじゃないかな? マラサイだとあのシルエットにならないし」
ネモはレプリカのベースとしてよく使われる機体の一つ。
ムーバブルフレームが採用される以前のMSは、セミモノコックフレームが主流で、装甲板がフレームを兼ねるという構造上、外装の変更には制約があった。
対してムーバブルフレームは、フレームと装甲がそれぞれ独立した構造のため、外装の変更が容易である。
「コレかなり出来いいんじゃないか?」
「わざわざ腰回りの装甲付けてるぞ。重くないのか?」
「やっぱりベースはネモみたいだね、腰の太さと脚のダンパーが一緒だよ」
三人で好き放題に批評しながら近付いていく。
と、
耳をつんざく叫び声。
「姉貴――――――――っ!」
雄叫びと共に百式のコクピットから身長2m近い女性が現れた。
ノーマルスーツにこれでもかと縫い付けられたフリルレースがなんとも異様。
言うなればロリータファッション風ノーマルスーツ。
顔を見れば目鼻立ちがすっきりと整ったクール系美女が銀髪をたなびかせる。
「いもうと―――――――っ!」
150cmに満たない小柄な女性がZガンダムの足元で叫び返す。
細身ながらも鍛えられた筋肉質の体。それを包むパンク風デニムジャケット。
顔を見ればクリっとした大きな瞳のカワイイ系だが、それを台無しにするレインボーのソフトモヒカン。
なんともチグハグな姉妹。
「やったぞ姉貴! 予選通過だ! これで明日は姉貴と飛べる!」
「よくやったぞルフィナ! それでこそ我が妹だーっ!」
姉妹で交わす熱い抱擁。
大声で喜びを分かち合い、滝のように感動の涙を流す。
あまつさえピットクルーのむさ苦しい男たちまでつられて泣きだした。
「な、なんだアレ……?」
目の前で繰り広げられる光景に、思わず足を止めるケンジたち。
はっきり言って近付きたくない。
「俺が知るかよ……」
「なんか怖いんだけど……」
エフラムとショーンもドン引き。
ピットの方は歓声と雄叫びがより大きくなり、混迷の度合いが増している。
「……なぁ、他のチーム見に行かないか?」
「ああ、そうだな……」
「うん、そうしよう……」
一斉に回れ右。
ケンジたちは逃げ出した。
07時25分 ハンバーガーショップ『アンティータム』
「おっちゃん、オニオンリング追加」
「お前、今ポテト食ったばっかりだろ? 胃にもたれるぞ」
「大丈夫だよ」
「ちくしょうこれが若さか」
翌朝。
いつものようにハンバーガーを食べるケンジ。
いや、少し違う。
いつもだったら一瞬で平らげるハンバーガーをチマチマと食べている。
さらにはキョロキョロと周囲を見回し落ち着きがない。
まるで何かを待っているかのよう。
「…………」
「オニオンリングお待ち!」
「あんがと……」
オニオンリングを受け取ると、これまたチマチマと食べる。
こうもあからさまだとさすがに気付く。
「ボウズ、いつもの嬢ちゃん待ってるのか?」
「っは、はぁ?! いいいや、ちち違げーし!」
急に図星を突かれてキョドるケンジ。
笑い声を噛み殺し、肩を震わせるおっちゃん。
「そーだよなー。そんな事ないよな~。まさかもう来ていった嬢ちゃんを待ってる訳ないよな~」
「……今なんて?」
「嬢ちゃんはもうバーガーを買って行ったぞ」
「……いつ?」
「ボウズが来る少し前だ。入れ違いだな」
「それ早く言ってよー!」
「聞かれなかったからな」
腹の底から嘆きを吐き出すケンジ。
残っていたバーガーとオニオンリングを一気に頬張ると、ジンジャーエールで流し込む。
「ごっそうさん! ちくしょう! 覚えてろよー!」
顔を真っ赤にしたケンジが脱兎のごとく逃げていく。
ゲラゲラと意地の悪い笑い声でケンジを見送る
「若さだね~」
11時50分 実況席
『さあ皆さまお待たせいたしました。第三戦チャレンジクラス決勝のスタートが近付いてまいりました! 実況は私、トーマス・ジャクソンと解説はファン・クーパーでお送りします! クーパーさんよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『現在の総合成績、ポイントトップはカエデ・エインズワース選手の『ガザC・オナガ』。それを僅差で追うヴィクトル・ヨハンソン選手の『ネモ・ZEKUU』という展開になっています』
『やはりその二人が頭一つ飛び抜けた感じになっていますね』
『それとこの第三戦から参戦するチーム『シスター・オブ・ファイア』にも注目です。姉のマルファ・リトヴィネンコ選手が操る『Zガンダム・イリヤー』と、妹のルフィナ・リトヴィネンコ選手の『百式スヴャトゴール』はどのようなレースをするのでしょうか!』
11時51分 ジムⅡ コクピット
「見ろよ二人とも、今日のお隣さんは『ジャンクボックス』だぜ」
スターティングボードに着いたジムⅡがメインカメラを隣に向ける。
ジムⅡの隣には機種が判然としない奇妙なMSがたたずむ。
『ジャンクボックス』
MS競技最初期から参戦する古参の機体。
ハイザックをベースにしているが、改造とパーツの流用を繰り返し、頭部以外もはや原型機の面影はない。
今期はギラドーガの胴体に、ジムⅢの腕、マラサイの脚の組み合わせと、完全にキメラ状態。
『ケンジ、もうすぐスタートだぞ。集中しろ』
「わかってるよ、ちょっとぐらいいいだろ?」
軽口を叩くケンジ。
そうでもしなければ落ち着いていられなかった。
宇宙に出ると思いだす、ロフマンの機動。
自分ではまだあそこまでMSを使いこなせない。
ロフマンの操縦と自分の操縦、何が違うのかわからない。
頭に靄がかかったようだ。
『…………聞いてるのかケンジ?』
「あ、ああ……」
『スラスターが増えた分、少し重くなってるから、減速時の慣性に気を付けて』
『先頭争いはまたネモとガザCになるはずだ、離されるなよ』
11時55分 実況席
『今、スタートしました! 飛び出したのは『百式スヴャトゴール』『ガザC・オナガ』『ネモ・ZEKUU』ほぼ横一線! わずかに遅れて『ガルバルディΩ』『マラサイパラダイス』『ジムⅡトライデント』『Zガンダム・イリヤー』が団子状態! 『ジャンクボックス』と『ズサ・キラーエッグ』が出遅れている!』
『『ジャンクボックス』が最後尾なのはいつものこととして、『ズサ・キラーエッグ』はどうしたんでしょうか? 作戦を変えたのか不調なのか……ああっ?!』
『煙だ!? 『ズサ・キラーエッグ』から煙が出ています!』
『これは……ロケットモーターの点火に失敗したんですね……』
11時55分 百式スヴャトゴール コクピット
(アウトから被せてギリギリでターン……アウトから被せてギリギリでターン……)
ルフィナが心の中で何度もつぶやく。
『第一コーナーに先頭で飛び込む』ためにスロットルを踏み込む。
出足の速度を稼ぐため『百式スヴャトゴール』には最大限の軽量化を施した。
装甲板の一部はカーボンをはじめとする非金属系素材で貼り換え。
さらにスラスターは加速重視のチューニング。
ネモでありながら、オリジナルの百式に匹敵する軽さと運動性を手に入れたが、その分オリジナルの百式より脆くリスキーな機体となった。
ルフィナが口角を吊り上げる。
「行くぞオラぁーー!」
11時55分 実況席
『『ネモ・ZEKUU』が一歩退いた! 『百式スヴャトゴール』と『ガザC・オナガ』並んでターンイン! どちらも譲らない! 譲らない! 突っ込み勝負だー!』
『速過ぎる! オーバースピードです』
『わずかに『百式スヴャトゴール』が前に出た! 一気にインに切れ込んでくる! 針路を塞がれた『ガザC・オナガ』急制動!』
『すごい……ウイングバインダーも稼動させて無理やり曲がってます! 百式レプリカというとウィングバインダーを飾りにしてしまう機体が多いのですが、『百式スヴャトゴール』はしっかりと稼動させてますね! いい制御してます!』
『このコーナリングは相当なGがかかっているはずだ! ルフィナ・リトヴィネンコ選手大丈夫かー?』
11時55分 Zガンダム・イリヤー コクピット
「よくやった妹よーーーっ!」
狙い通り!
レバーを握り直すと悪い笑みを浮かべるマルファ。
視線の先には『ネモ・ZEKUU』。先頭集団から零れ落ち、ガルバルディとマラサイから袋叩きにあっている。
だが敵もさるもの。
二機の攻撃をさばききれないながらも致命傷を避けている。
「ウゥゥラァァーーーー!」
マルファの吶喊。
Zガンダムのラリアット炸裂!
予想外の攻撃に『ネモ・ZEKUU』が吹っ飛ぶ。
さらに行きがけの駄賃とばかりに『ガザC・オナガ』にドロップキック!
その反動を利用してコーナーを立ち上がる。
「イーーーーヤッハッアーーーー! 極上のシャウトだ~! テメェらはこのZのケツでもなめてるのがお似合いだぜ!」
11時56分 実況席
『抜けたー! 『Zガンダム・イリヤー』が集団を抜け出し二位に浮上! 『ネモ・ZEKUU』自動励起で立て直すが、どこか調子が悪そうだ! 最下位転落! 『ガザC・オナガ』はどうしたことだ? ピクリとも動かないぞ?!』
『システムダウンのようですね』
『第一コーナー抜けて現在一位は『百式スヴャトゴール』、二位に『Zガンダム・イリヤー』、三位が『マラサイパラダイス』、四位『ガルバルディΩ』、少し離れて『ジムⅡトライデント』となっています!』
11時56分 ジムⅡ コクピット
「おいエフラム! 先頭はどうなってる?! ここからだとガルバルディが邪魔で前が見えない!」
脱落するネモとガザCを横目にケンジが喚く。
『ZがネモとガザCを潰した!』
「見りゃわかる! トップは百式かZか?!」
『百式だ!』
「チッ……」
11時57分 実況席
『第一コーナー抜けて先頭は『百式スヴャトゴール』。しかしこれはどうしたことだ? 見るからに速度が落ちているぞ?』
『やはりパイロットにダメージがあるのではないでしょうか? 今のコーナリングは相当なGがかかっていたはずです』
11時57分 百式スヴャトゴール コクピット
「オェェェェェェ…………ぺっ」
吐瀉物を手早くエチケット袋に流し込むマルファ。
そしてシート脇に増設したダストボックスにシュート。
『待たせたな妹よ!』
「待ってたぞ姉貴―!」
『これで我らを邪魔するものはいない! このレース獲るぞ!』
「ダヴァイ!」
11時57分 実況席
『『Zガンダム・イリヤー』が『百式スヴャトゴール』に追い付いた! だが抜かない、抜かない! 『百式スヴャトゴール』が再加速! 『Zガンダム・イリヤー』が後ろに付きます!』
『『シスター・オブ・ファイア』の二機は編隊を組みましたね』
『三位以下を大きく引き離し先頭を突き進む!』
結局、今回のレースは終始リトヴィネンコ姉妹のペースで進み、ケンジは入賞どころか上位陣と絡むことなくレースを終えてしまう。
リザルト
一位 『Zガンダム・イリヤー』
二位 『百式スヴャトゴール』
三位 『マラサイパラダイス』
・
・
・
七位 『ジムⅡトライデント』
リタイア 『ガザC・オナガ』
20時58分 ケンジの自宅
「……ただいま」
成績が奮わず意気消沈で帰宅したケンジ。
「ようやく『お帰り』か?」
「げっ?! 親父!?」
出迎えたのは慰めの言葉ではなく、怒りを噛み殺した父親だった。