16時03分 ロフマンガレージ ゲート付近
「で、帰ったら親父に一時間も説教くらってさぁ…………」
「それで今日一日、暗い顔してたのか」
見るからにぐったりしたケンジがよろよろ歩く。
話を聞いたエフラムとショーンが同情を浮かべた。
「でもよケンジ、そろそろ進路が決まってないのはマズいんじゃないか?」
「まぁ親父さんが怒るのもわかるなぁ」
ただまぁ、時期が時期だけに怒るのも納得。
ケンジの父にも同情してしまう。
「でもよぉ~、今はレースに集中したいわけでさぁ~」
だが当の本人はこの調子である。
それを聞いた二人は顔を見合わせ肩をすくめた。
「そういや二人は卒業したらどう……」
「バカ野郎―! テメェら何してやがる!」
ヤードに響くロフマンの怒号。
あまりの大音量に三人が顔を見合わせる。
「……何だ?」
16時05分 ロフマンガレージ 事務所前
「勝手にウロチョロされたら困るんだよ!」
「誠に申し訳ありません……」
何事かと思い事務所前に来てみれば、ロフマンに頭を下げる中年男性の姿。
見るからに仕立ての良いスーツ、ただその下に引き締まった体が隠れているのが肩幅から読み取れる。
「あんたが謝ってもさぁ……そこのガキどもが反省しなきゃ意味ないだろ!」
ロフマンがビシッと指さす先には三人の女子高生。
ジャンク屋に不釣り合いな高級車を盾に身を寄せ合っていた。
聖マリアンヌ女学院のリーゼ、カミリア、カエデの三人である。
「お怒りはごもっともですが、これは私の監督責任ということで……」
「だからさぁ……」
「ロフマンさん、どうしたっすか?」
なんだかありえない組み合わせを目にして声をかけるエフラム。
「あぁん?! んだぁ? ぁぁ、お前らか」
全方位に不機嫌をまき散らすロフマン。
ケンジたちの姿を認めても、未だ怒りが収まらない。
「こいつら勝手にヤードに入りやがったんだ!」
「ぁぁ~……」
納得の理由。
ロフマンがキレるのも無理はない。
ジャンクヤードには積み上げたジャンク品の山、オイルや推進剤といった可燃物、さらには軍が回収するまで保管している弾薬と危険がいっぱい。
何も知らない素人がフラフラ歩くのは迷惑以外の何物でもない。
もし荷崩れだ引火だと事故が起きて死傷者が出ようものなら、ロフマンの『安全管理が問われる』ことになる。
なのでジャンク屋に行ったら、まず最初に中へ入る許可を取るのが最低限のルール。
「あら?」
「ん? ……げっ?!」
と、ここでようやくリーゼとエフラムがお互いを認識。
エフラムがジリっとわずかに後退る。
が、遅かった。
ロフマンに肩を掴まれた。
「お前の知り合いか? ん~?!」
「いや違っ……」
「その通りですわ! 私はリーゼ・ホルシュタインと申します。本日はそちらの『友人』を頼って参りました」
「おまっ?! 何言って……」
「知らぬこととはいえご無礼の段、平にご容赦を」
優雅に一礼するリーゼ。
先程まで使用人を盾にしていたとは思えないほど堂々としたものであった。
16時32分 ロフマンガレージ 事務所
「なるほど。ガザDのパーツをね」
「左様ですわ。こちらならあると伺いました」
リーゼがかいつまんで説明する。
要は前のレースで壊れた補修部品を探しに来たのだ。
ちなみにロフマンは機嫌が治らず、自分のMSを整備するため倉庫に引きこもった。
そんな訳で応対を命ぜられたロジャーが、パソコンの画面をリーゼに向ける。
「じゃ、これが今ウチにあるガザDのパーツリストね」
「カミリア」
「はいはいっと」
カミリアと呼ばれた少女が眼鏡をクイッと持ち上げる。
自然と頬が緩んだのか、笑みが怖い。
「これとこれと……」
嬉々としてリストからパーツをピックアップ。
その様子に興味が沸いたのか、ショーンがチラと盗み見る。
「あ、そうするんだ」
「あら? ご不満?」
「や、手堅くていいと思うよ。軽量化」
「リストを見ただけで分かってもらえるのは嬉しいわね♪ チームメイトには一から説明しないといけないから」
カミリアがニコッと笑うと、ショーンの顔がニヘラと緩む。
双方共に通じるものがあったらしい。
彼女のチームメイトは良くも悪くも皆が皆『箱入り』なので、MSなどという野蛮な趣味に興味を持つ者などいなかった。
だから改造しようとする度に「そのままではいけませんの?」と問われ、一々説明するのに辟易していた。
「この際だから修理ということにしてガザDの装甲に貼りかえるの」
ガザDはガザCをベースに開発されただけに高い互換性を有する。
装甲板に関しては形状の違いがあっても、そのままポン付け可能な部分が多い。
ガザDはガザCに比べ本体重量(全備重量ではない)で10トン以上の軽量化を果たしている。その大部分はフレーム構造と装甲板の見直しによるものなので、装甲板をガザDの物にするだけで大幅な軽量化が期待できる。
「あちらは仲良くやれそうね。私たちも仲良くできれば嬉しいのだけれど? 『お友達』として、ね」
「…………お前ら金あんだろ? ジャンク屋なんて来ないで新品買えよ」
リーゼが含みのある笑みを浮かべれば、エフラムは言葉に棘を含ませる。
警戒心は緩めない。
金持ちに気を許すと碌な目に合わないというのがエフラムの経験則。
「まぁ! それは困りましたわ! ネオジオンは倒産しましたでしょう? どちらで買えばよろしいのかしら?」
「このっ!」
「落ち着けエフラム!」
慌ててケンジが割って入る。
「落ち着け……頼むから落ち着いてくれエフラム……」
「フー……フー……」
荒れた呼吸を整えるエフラム。
呼吸が落ち着いたのを確認するとケンジもエフラムを抑える手を緩めた。
溜息一つ。
リーゼの方を見れば、使用人の中年男性が二人の間に滑り込み臨戦態勢をとっていた。
「お嬢様!」
心配と叱責。
使用人が心配しながらも、怒気を含んだ声を発し、困ったような表情を浮かべている。
今までもこのように諫めることがあったのだろう。その心労が察せられる。
「失礼。おふざけが過ぎましたわね。心よりの謝罪を。…………その……厚かましいお願いであると承知しておりますが、私たちに力を貸していただけませんか?」
16時58分 ロフマンガレージ 三番倉庫
「改めまして私はリーゼ・ホルシュタイン。そちらはメカニックのカミリア・オティアとパイロットのカエデ・エインズワースよ」
リーゼが紹介するとカミリアがそれなりに優雅に、カエデがおどおどと一礼。
当のリーゼは大上段だった雰囲気は鳴りを潜め、淑女然としているがそれでもまだ上段気味。
「で、どんな話を聞かせてくれんだ?」
「おいエフラム……」
未だ不機嫌なエフラムをケンジがなだめる。
リーゼは向けられた敵意を気にすることもなく、悪い笑みを浮かべた。
「共闘しませんこと?」
「……やっぱりそういう話か」
前に会った時もそうだったが、何か企んでいそうな気がしたのだ。
期待の新人という訳でもないケンジたちにわざわざ声をかけるのは、お節介のベテランか利用しようとしているかだ。
利用されるのは気に食わない。
だが、即決で断るほど環境が良い訳でもない。
先を促す。
「昨日のレースを見てお分かりのようにシスター・オブ・ファイアに対抗するには私たちだけでは難しいでしょう。特にカエデは狙われていましたから」
「そのようだな」
新規参戦したシスター・オブ・ファイアの戦略はすがすがしいほどわかりやすい。
現在トップ争いをしている二機にポイントを稼がせず、自分たちはポイントを稼ぎ上位を目指す。
エフラムとしても今後どのように対抗しようかと思っていたのだ。
「私たちはどうしてもクラス優勝をしなくてはなりませんの」
「それは部活の実績作りってことか?」
「その側面があるのは否定しません。でも一番の目的はカエデを助けること」
「? 理由は聞かせてもらえるのか?」
リーゼがカエデに視線を送ると、彼女は悲しげに目を伏せた。
「この子は去年、婚約が決まりましたの」
「めでたいことじゃないのか?」
「望んだ相手なら、ね。未だに親が決めた婚約者と会えていませんの」
「政略結婚か?!」
「そんなの本当にあるんだ!?」
「今もう宇宙世紀だぞ?! いつの時代だよ?!」
一緒に話を聞いていたケンジとショーンも驚きの声を上げる。
結婚相手を親が決めるとはなんとも前時代的。
歴史ドラマでしか見たことがないような事例を目の当たりにして、軽いパニックになるケンジたち。
「貴方たちもそう思うでしょう? 私たちもそう思うもの!」
カミリアが我が意を得たりと、不満を吐き出す。
意見が一致したのを見てリーゼが話を進める。
「ですからカエデのお父様と賭けをすることにしましたの。『MS競技で優勝したら婚約を取り消す』と」
「なるほどな……でもなんでMS競技なんだ? 他の競技でもいいだろ?」
「この子の特技はホモアビスなの。でも大会で優勝できるほどじゃない」
「だから特技を生かせて競技人口が少ないMS競技にきたって訳か?」
「ご明察」
エフラムとリーゼがニヤリと笑い合う。
『ホモアビス』とはいわゆるハンググライダーの発展系である。
両者における大きな差異はハンググライダーが布を使うのに対し、ホモアビスは全金属製であることが挙げられる。
主に空間認識能力が向上するとされ、MS操縦の基礎能力向上にも役立つと言われている。
「カエデは飛ぶだけなら十分に速いの。でも格闘戦がね……」
「もしかして、今まで一度も変形してないのは、それが理由か?」
「そうよ」
カエデのガザCは未だに一度たりともレース中に変形していない。
しかも理由がこれである。
予想していなかった理由に思わず天を仰ぐ。
「だから格闘戦の練習に付き合っていただきたいの。これが一点目」
「二点目は?」
「レース中のサポート。この子がポイントを獲れるようにアシストして欲しいの。もちろん貴方たちがポイントを獲れるように、こちらからもサポートする」
エフラムがしばし考える。
得られるものが少ない。
「他にも声をかけたのか?」
「何件か……でも断られましたわ」
当然と言えば当然。
彼女たちも組むとなればそれなりの相手と組みたい。
ポイント争いに絡まない選手では役に立たない。
必然、上位陣に声をかけることになる。
だがそれはポイント争いをしている相手に『勝ちを譲れ』と言うことだ。
応じる者がいるはずもない。
ケンジたちにしてみても、上位の一角が落ちてくれるなら万々歳だ。
「でもそんな理由なら誰か手を貸してくれそうなもんだが?」
「……理由を話したのは貴方たちが初めて……皆様、理由まで聞いてくれなくて」
半分は本当で半分は嘘。
理由を話す前に追い返されたこともあれば、話す前に退いたこともある。
そもそも『家の恥』になることだけに、ベラベラと喋ることもできない。
ケンジたちに話したのは、それだけ切羽詰まってきたからなのだろう。
「正直、俺らのメリットが少ない気がするが?」
「謝礼なら……」
「ダメよ、カミリア!」
リーゼの鋭い叱責。
断られ続けて焦りが出たのだろう、カミリアの口から迂闊な単語がこぼれ出る。
「それだけは絶対にダメ……」
「ゴメン……」
「そうだな、それは俺らも受け取る訳にはいかないな」
もし謝礼など受け取ろうものなら『買収』なってしまう。
金品や物品を受け取るわけにはいかないのだ。
だから『お願い』をベースとした『対等な協力』にしなければいけない。
「残念だけど……」
「まぁいいじゃねえかエフラム」
「ケンジ?」
「助けてやろぜ。俺たちの目標は上のクラスに上がることだ。別に優勝しなくても構わない」
「そりゃあそうかもしれないが……」
笑顔でとんでもないことを言い出す。
レースに出る以上、優勝したいのはケンジも同じ。
だがそれ以上に昨年度総合優勝のニコラス・ガーランドと競いたいのだ。
そのためには早くゴールドクラスに上がる必要がある。
チャレンジクラスでの成績など途中経過に過ぎない。
「それに、困ってる人を見捨てるのは目覚めが悪くてさ」
「……そうだな……お前はそういう奴だった」
過去の自分もこれで救われたことを思い出し、薄く笑うエフラム。
見ればショーンも仕方がないという顔でうなづいてくれた。
「わかった。あんたらと組もう」
「貴方たちに感謝を」
リーゼとカミリアの表情が緩んだ
頃合いを見てケンジが口を開く。
「で、俺から提案なんだけど」