16時03分 ロフマンガレージ 三番倉庫
「で? こいつら誰なの? エフラム?」
で、やはりこうなった。
開口一番、エフラムを詰問するモニカ。見るからにご機嫌斜め。
対するは涼しい顔のリーゼと怯えたカエデ。
((やっぱり、こうなるのかぁ……))
エフラム攻略を目論むモニカにとって、近くに他の女がいるのは好ましい状態ではない。
当然『排除』に動くに違いない。
そう考えていたケンジたちの予想通りである。
「失礼しました。私、ハミングバード代表のリーゼ・ホルシュタインと申します。以後お見知りおきを」
「ハミングバードって?! ポイント二位のチームじゃない! どういうこと?」
「……モニカ。落ち着いて聞いて欲しいんけど……彼女たちとは休戦? ……協力? あ~……共闘! そう、共闘することになったんだ!」
「本気なの?!」
「一昨日のレース見ただろ? シスターオブファイアに勝つには、俺らも誰かと組まないといけないんだ」
「だからってよりにもよって?! …………」
幸いなことに、モニカにまだ理性が残っていた。かろうじて後の言葉を飲み込む。
いたたまれずにケンジが助け舟を出してみる。
「あ~……モニカ……決めたのはエフラムじゃなくて俺なんだ……」
「ケンジは黙ってて!」
「はい……」
「エフラム! 考え直して!」
エフラムの腕に抱き着くように引っ張るモニカ。
その様子を目にしたリーゼが、事ここに至り何かを察した。
「お話し中失礼しますわ。モニカさんでよかったかしら? 貴女が心配しているようなことは起きませんわ」
「どうして言い切れるの?!」
「私、この子のお兄様と婚約しておりますの」
急に乙女の顔になるリーゼ。
コクコクとうなずくカエデ。
本当らしい。
「婚約?!」
「ええ」
「こいつと婚約とか正気か?」「妄想なんじゃね?」「騙されてるとか?」
「そこ! 聞こえてますわよ」
「……ぉぅ」
一喝のもと黙らせるリーゼ。
小さくなる男三人。
「彼女の兄、ユウリとは幼稚舎からのお付き合いですの。今更、ほかの男なんて考えられませんわ」
「……」
「それに今は、幼少からの友であるカエデのために行動しておりますの。恋愛にうつつを抜かしているほど暇ではありませんわ」
妙に芝居がかった動きと、口を挟ませぬよう所々で威圧するように抑揚をつけるリーゼ。
モニカがわずかにたじろぐ。
「わかったわ……一応、信じてあげる! その代わり変なことしたらタダじゃおかないからね!」
「今はそれで構いません。未来の妹のためなら私の信用など安いものですわ」
16時34分 ジムⅡ コクピット
「なんか、もめてたみたいじゃないか? 大丈夫なのか?」
「まぁ……なんとか……」
意地の悪い笑顔と粘着質の声音で尋ねるロフマン。
明らかに何があったのか知っている顔だ。
「嬢ちゃんたちの方は一人少なくなったが、どうした?」
「その……今日はMSの修理をするからと……」
「……まぁ、仕方ねぇか」
カエデのガザCは今使っているガレージで修理することにしたようだ。
無理もない。
向こうの方が清潔だし設備も整っている。
「とりあえず今日はスティック操作の練習だ。まずは手本を見せてやる」
昨日と違い、今日は最初から手本を見せてくれるらしい。
シミュレーションのステージ設定は四つのコーナーを配した長方形。障害物ナシ。
「ペダルワークもそうだが、スティックを小刻みに動かし過ぎだ。コーナーで動かし過ぎると姿勢が崩れて不安定になる」
ロフマンがコントロールスティックをスっと倒した。
倒すペースは均一。力は入っていない。
曲がるのに必要最小限の舵角を入力し、そのまま固定。
クリッピングポイントをかすめた後もスティックはそのまま。
「こんな感じだ。わかるか?」
「……コーナーへのアプローチ開始が早いし、スティックの戻しが遅い?」
「そう! その通りだ!」
喜色満面のロフマン。
自分の目に狂いはなかったと確信を深める。「こいつはわかる奴だ」と。
「お前ら二人とも曲がる時に一気にスティックを倒してる。そうすると強い横Gがかかり、乗員保護機能が働いて加速をやめたり、減速しちまう」
「は、はぁ……はい……」
「乗員保護機能が作動してる間は加速できない。だから横Gを上手く逃がしながら飛ぶんだ。立ち上がる時も横Gを嫌がってすぐ戻してるだろ? そうじゃなくもっと『横Gを楽しめ』、そして『スティック操作に粘りを持たせろ』。わかるか?」
「まぁ……なんとなく……」
「エインズワースはどうだ?」
「……その……やってみます」
ケンジとカエデはいまいち飲み込めていない様子。
だがロフマンに気にした様子はない。
臨時教官をやらされた時の新兵もこんな感じだった。あとはやらせてみた方が早い。
コース設定を変更。正方形になるようにコーナーを配置。
「まずは前段階だ。飛行ラインがキレイな円形になるように飛べ」
こうしてロフマンの特訓は始まった。
次の日も
「まだペダルワークが甘いぞ! ミリ単位の操作ができるように体に染み込ませろ!」
次の日も
「機体感覚を鍛えるんだ。MSの装甲が自分の皮膚だと思えるぐらいに」
その次の日も
「8の字を飛ぶ時は円と円をつなげるようなラインをイメージしろ!」
そのまた次の日も
「姿勢制御スラスターに頼りすぎるな。もっと円運動を意識しろ!」
またまた次の日も
「その手足は飾りか?! AMBACだ! AMBAC!」
そんなこんなでしばらくシミュレーターによる訓練は続き、ガザCの修理完了をもって実機による練習に切り替わった。
16時01時 ロフマンガレージ 二番倉庫前
「お……おぉぉぉぉジムスナイパーⅡ!? ロフマンさんのジムって、ジムスナイパーⅡだったんですか?!」
ショーンの歓声があがる。
倉庫から現れたのは往年の名機『ジムスナイパーⅡ』。ガンダムほどではないにしろ、プロパガンダに多用されたため、ジムのバリエーション機としては知名度が高い。
「これってG型ベースのレプリカですよね?」
「? いや、本物のジムスナイパーⅡだよ」
前回の06Rの反省を踏まえ、レプリカだろうと考えたショーン。
だがあっさりとロジャーに否定される。
「……ほ……ほほほほ本物?!」
「そう本物」
「す、すごい! あのリド・ウォルフが乗っていたのと同型機が見れるなんて!」
「落ち着けよショーン」
リド・ウォルフはジムスナイパーⅡを乗機としたエースパイロットであり、一年戦争では連邦軍第三位の撃墜数を誇る。なおア・バオア・クー戦にて戦死している。
そんな興奮気味のショーンを諫めるケンジ。
「落ち着いてられないよケンジ! ジムスナイパーⅡは生産数が少ないうえに、激戦区に投入されてたから現存数も少ないんだよ!」
「そ、そうなのか?」
「生産数は50機程度って言われてるけど、本当はもっと多いはずなんだ。個人的には100機ぐらいじゃないかと思ってる」
「倍も差があるぞ?」
ジムスナイパーⅡの生産数には諸説ある。
マニアが戦場での目撃事例を洗い出したところ、50機程度では足りないのだ。
これには理由がある。
軍高官はオデッサ作戦の成功により、連邦勝利の手応えを得ていた。
となれば脳裏をよぎるのは『戦後の自分の立場』である。
戦後の出世争いを考えれば武勲を立てねばならない。
そのためにはガンダムが欲しいところだが回ってくるはずもなく、ならば代わりにと目を付けられたのがジムスナイパーⅡ。
同じく『戦後の立場』を模索していたオーガスタ工廠と利害が一致したことで、内密に増産されたのである。
軍高官が内々に調達した物資を使い、オーガスタ工廠が数を誤魔化し建造する。まともに申請していては、いつ貰えるのかわかったものではない。
こうして正規の調達ルートから外れて増産されたジムスナイパーⅡは、軍高官に多大な『恩』を売ることに成功。
戦後、その影響力により連邦軍重要研究施設『オーガスタ研究所』として発展していくのだが、それはまた別のお話。
なお誤解がないように付け加えておくと、それでも生産機数が伸びなかったのは『ジェネレーターの生産に問題があった』からに他ならない。
「よぉし。お前らそろってるな。ブリーフィングだ」
いつの間にかコクピットから降りてきたロフマン。
すかさずショーンが食らいつく。
「あ、ぁ、ぁあのロフマンさん? 機体をよく見せて欲しいのですが……」
ショーンの食いつき方が尋常ではない。
息は荒く、目は血走り、まるで何かの中毒患者。
ロフマンはといえば『フレンドシップデーのたびにこういう奴見たなぁ』などと思い出しつつあしらうことにする。
「わかった、わかった。今日の練習が終わったら見せてやる。その代わり点検手伝え」
「やった! やります! 手伝います!」
「本題に戻るぞ。今日の訓練は宇宙でやる。さっきロジャーがビーコンを設置してきた。そこで飛行訓練だ。座標データはロジャーからもらえ」
「飛ぶだけ……ですか?」
「なんだ不満か?」
「いや、そういう訳では……」
「せっかくだからアレンジを加えてやる」
「アレンジ?」
16時39分 サイド6 近傍宙域
『どうしたどうした?! これでまた周回遅れだぞ!』
「くそっ! ……っぅおっ?!」
ジムスナイパーⅡのマニュピレーターがスッと伸びたかと思うと、追い抜きざまにジムⅡを押してスピンさせた。
独楽のようにぐるぐる回るケンジのジムⅡ。
衝撃はなかった。
繊細な操作でMSがバランスを崩すポイントを押す。
「ちくしょう! まだか!」
──自動励起作動
このプログラムはバランスを崩した際に起動し、自動で機体を安定させてくれる。
忘れそうになることだが、MSは複雑かつ繊細な乗り物であり、コンピューターのアシストなしでは扱えない。
この『体勢を立て直す』という動作は人間がやるよりも、機械が行う方が圧倒的に早い。
だがその間はパイロットの操作を受け付けないということであり、出来ることは祈るか罵声を吐くしかない。
──1秒
──2秒
もどかしい時間が過ぎ、スロットルペダルを踏み込む。
機体がグンッと押し出され、シートに体が沈み込む。
「ちぃっ!」
「ケンジ! 制限速度!」
「クソっ!」
隣に座るショーンが制止。
思わず悪態をつく。
現在ケンジたちは、ビーコンを設置しただけの簡易コースを周回している。
『きゃぁぁぁ?!』
『またコーナーでスロットを戻し過ぎてるぞ!』
「容赦ねぇな、あのジイさん……」
視線を前に戻すと、カエデのガザCがひっくり返されるところだった。
通信回線から悲鳴が聞こえたかと思うと、ジムスナイパーⅡが速度を落とすことなく駆け抜けていく。
『練習を思い出せ、またコーナーでバタついてるぞ!』
『は、はい』
「了解っす……」
ロフマンとしては今日はまったりとやるつもりだったのだ。
カエデのガザCは改造したばかりで機体特性を掴めていないので、慣れさせる必要もあった。
だがケンジの余計な一言で、ロフマンのいたずら心がうずいてしまった。
その結果が今やっている『変則鬼ごっこ』。
出力何%のような縛りでは機体特性で差が出るので、公平になるように速度を制限。
さらには鬼はロフマンで固定。
にもかかわらずケンジとカエデは周回遅れにされている。
「本当に同じ速度で飛んでるのかよ?!」
思わずぼやきが漏れる。
だが無情にもジムⅡの対物センサーは、ジムスナイパーⅡが指定された速度ぴったりで飛んでいることを示していた。
「ケンジ! ロフマンさんのラインをトレースするんだよ!」
「やってんだよ! これでも!」
『コラァア! またソーイングしてるぞ! この速度で修正舵なんていらねーだろ!』
小刻みに動かす手をピタッと止める。
軌道と姿勢が安定。
きれいに横Gが抜けていく。
「……?! これか?!」
MSに搭載されている簡易シミュレーターは優秀だが、『G』すなわち重力負荷を再現できない。
だからパイロットは実機を用いて訓練する必要がある。
そしてケンジはこの時初めて『正しい操作をした時どれだけの負荷がかかるか』を体験したのだ。
「これかじゃないよ! これじゃ大回りだよ!」
だがクリッピングポイントが遠い。
正しい操作でも遅ければ意味がない。
『今の操作自体は悪くなかったぞ』
「マジっすか、ロフマンさん?!」
『ああ。……だが周囲にも気を配らんとな』
「へ? ……のぉぉぉぉっ?!」
またしてもロフマンのジムスナイパーⅡにひっくり返される。
コーナリングで差が開き、立て直してる間に突き放される。
ましてや今飛んでいる即席コースは、いつも飛ぶコースの半分以下のサイズで周回時間が短い。
「いつの間に?! 接近警報鳴ったか?!」
『操作に気を取られ過ぎだ』
ロフマンは元連邦軍のMSパイロットであり、数々の戦場を戦い抜いた。
彼のパイロットとしてのキャリアは、一年戦争時の『陸戦型ジム』からスタートし、以後様々な機体を乗り継いできた。
そんな彼が一番長く乗る羽目になったのがジムⅡであり、よく熟知している。
つまりロフマンにとってジムⅡの死角を突くなど、造作もないことなのだ。
『お前のコーナリングは『弾の避け方』だ。『速いコーナリング』を意識しろ』
「弾の避け方……あっ!」
対してケンジはジュニアMS、プチモビとステップアップしてきたが、持っているのは『MS作業免許』。正規のMS操縦訓練を受けていない。
そんなケンジが教本替わりにしたのが戦時の記録映像。
そこに映し出されていたのは急旋回や横移動で敵の攻撃を避ける姿。
『戦闘時のMSの動き』を見るならそれでも良いが、『レースで速く飛ばす』のとは別の技術。
『MS=軍用機=戦争』のイメージはとても根深く、MSの動画を探すと真っ先に見つかるのは戦時の記録映像。
近年はレースの映像も充実しつつあるものの、まだ戦時の映像の方が多いのが実情。
昔のケンジがお手本にすべきものを勘違いしたのだ。
『エインズワースはホモアビスの動きに引っ張られ過ぎだ! 宇宙じゃ風は吹いてないぞ、もっとインに切り込んでいけ!』
ケンジが考えている間に、ロフマンはまたもガザCをひっくり返す。
ジムスナイパーⅡのケツにつき、改めて観察しなおす。
「わかってきた……なんとなくわかってきたぞ」