15時51分 ロフマンガレージ ジャンクヤード
「なんだそのパンチは!? もっと気合い入れろ!」
『は、はい……』
ジャンクヤードの片隅で、シャドーボクシングに勤しむカエデのガザC 。
足元ではロフマンが声を張り上げる。
「ちわっすロフマンさん! 今日は格闘訓練ですか?」
ケンジたちが学校を終えて来てみれば、すでにこの状況。
頭を抱えたロフマンが、ケンジたちを認識すると、重々しく口を開いた。
「そのつもりだったんだがな……」
ロフマンの言わんとすることがわかる。
カエデの操縦があまりにも格闘に向いていない。
パンチを放つその姿は、ただただ腕を突き出したようにしか見えない。
何ともコメントに困る。
「どうしたもんかね……」
「あ~……俺らジムⅡの修理するんで行きますね……」
15時57分 ロフマンガレージ 1番倉庫
「ご注文のジムⅢの腕を掘り出しておいたよ」
「さすがはロジャーさん! 仕事が早い!」
一仕事終えた男のやり切った笑顔を浮かべるロジャー。
ショーンが朝のうちに電話で注文し、ロジャーがジャンクの山から掘り返してくれたのだ。
ケンジのジムⅡは右腕損失、左腕は接触不良の状態。
両腕共に交換するのが望ましい。
どうせ付け替えるのならばと、二位の賞金でジムⅢの腕部を買うことにした。
「一応、テスターでチェックはしたけど……いいのかい? リビルド品じゃなくて?」
リビルド品なら修理、点検済みなので、安心安全ですぐ使える。
しかし目の前にあるのはジャンク。
稼働するかもわからない。
挙句、目の前にあるジムⅢのパーツは右上腕、右前腕、左腕がそれぞれ別の機体に付いていたもの。
皆の心配をよそに、一人だけホクホク笑顔のショーン。
「大丈夫です! ちょっと試したいことがあるんで。フヒッ」
「それとエアユナ便が何か荷物持ってきたから、三番倉庫に入れさせておいたよ」
「もう来たんだ! さすがお急ぎ便!」
「おいショーン、何企んでる?」
「何って……修理だよ?」
16時09分 三番倉庫
「ひょ~! これがイオタの光ファイバーケーブル!」
今にも昇天しそうな笑みで、ケーブルを抱きしめるショーン。
その言葉にケンジとエフラムが青ざめる。
「イオタ?! ライセンス品じゃなくて?!」
「イオタのケーブルって……クソ高いだろコレ?」
『イオタ工業』は月にある小さな企業である。
高い技術力を持ちながらも、吹けば飛ぶような零細企業だった。
かの『RX78ガンダム』に、同社の『伸縮性光ファイバーケーブル』が採用されたことで、一躍名をはせた企業である。
MSの四肢にはパイロットの操作を伝えるために、隅々まで光ファイバーケーブルが張り巡らされており、そこにイオタの製品が使われている。
求められる性能は『関節の動きに追従できる高い伸縮性』と『あらゆる環境下において安定した信号伝達が可能』なこと。
ガンダムの活躍により高い技術力と品質を証明したイオタ工業の光ファイバーケーブルは、以後、MSの定番パーツとなった。
「心配ご無用! 軍の補修用デッドストック放出品! それがセールになってたから買っちゃった~♪ 前から狙ってたんだよね~」
「……ショーン……領収書」
「あ、はい……」
エフラムの顔から表情が消えた。
おずおずと同梱されていた領収書を差し出すショーン。
一瞥。
「高えじゃねぇか! さっきのパーツと合わせたらリビルドの腕が買えたろ?!」
「いや、こっちの方が安いって! ちょっと……安い! それにリビルドについてたケーブルはサードパーティーのライセンス生産だから!」
「変わんないだろ?!」
「違うよ! 信頼性とか安定性が全然違うんだよー!」
ショーンの言う信頼性や安定性というものは、数値化しづらいポイント。
説得する材料を上手く言語化できずにもどかしい。
エフラムにしてみれば互換品で安くすませたい。性能差がないのであればなおのこと。
本当であればエフラムもこんなことは言いたくないのだ。
ただ、MSは修理以外にも金がかかる。
今回の賞金で最終戦までの参加費と修理費を確保できたが、金の管理をしているエフラムとしては、頭の痛い状況が続いている。
「まあまあ、落ち着けよ二人とも」
「「ケンジはもう少し丁寧に乗れ!!」」
「……はい」
ともかく修理である。
とは言っても、今回の修理はショーンにしてみれば楽なものである。
パーツはコンポーネント化されているのでつなぐだけ。
ジムⅢ腕部への換装も、正規の整備マニュアルが機密解除されて公開済み。
面倒なのは光ファイバーケーブルの引き直しだけ。
ジャンクパーツを現物合わせでジムⅡに載せてきたことを思えば、なんてことはない。
「まずはジムⅢの腕を組んで、ケーブルを張り替えるよ!」
16時10分 ロフマンガレージ ジャンクヤード
「お~、今日もやってるぜ」
次の日。
ケンジたちがロフマンガレージに行くと、今日も今日とてシャドーボクシングに勤しむガザCの姿。
昨日とは打って変わって、見事な回し蹴りなど放っている。
足元ではロフマンとリーゼが、ガザCを見守っていた。
「ちわ~っす」
「おう、お前らか」
「あら、ごきげんよう」
「すごいっすね! 一日でこんなに上達して……ん?」
ロフマンとリーゼが目をそらす。
ケンジも違和感に気付く。
──カエデがリーゼの影に隠れている
息を殺して、気配を消して、一人意気消沈するカエデ。
ずっとそこにいたはずなのに、気付けないほど存在感が希薄になっていた。
「あの……えっと……」
言葉に詰まるケンジ。
何とも言えず困り顔のロフマンとリーゼ。
察するに、カエデの操縦があまりにも格闘戦に向いていなかったのだろう。
平たく言えば『格闘が下手』。
だからカエデを降ろし、代わりのパイロットに操縦させて、ガザCに格闘モーションを覚え込ませているのだろう。
「あれ? じゃあ今乗ってるのは?」
「ロジャーだ。あいつの格闘モーションは癖がないからな」
格闘のプロではないので、どう違うのかは見分けられないが、MSの動きならわかる。
基本に忠実、丁寧な操作をしているのがわかる。
「ロジャーさん、MSで格闘なんてできたんすね」
「そりゃMSパイロットだったからな」
「え? 連邦のですか?!」
「なんだ、アイツ言ってなかったのか?」
「じゃあ、今やってるのは連邦式MS格闘術?!」
MSによる戦闘というと『ライフル等による射撃戦』『ビームサーベルによる白兵戦』がメインであり、『武器を持たない状態での格闘戦』は滅多なことでは起きず、注目されることも少ない。
ただ、その極まれに発生する『格闘戦』に対応できなければ撃墜されてしまうので、パイロット養成課程には必ず組み込まれている。
「見るのは初めてか?」
「そりゃ見る機会なんてないですから」
養成課程に組み込まれていると言っても、重要視されてはいない。
MSは固く厚い装甲に守られており、殴る蹴るだけで撃破することは難しい。
ゆえにMS格闘術は補助的な位置付けであり、訓練公開で目にすることもない。
軍人以外では、せいぜいマニアが知っている程度の認知度。
「1G環境が終わったら、0G環境のモーションも覚えさせんとな」
『0G環境』つまり宇宙空間では、足の踏ん張りが利かないため、1Gと同じ技を出しても威力が落ちる。
だから蹴りは蹴りでも回し蹴りのように回転力を使ったり、タイミングを合わせたスラスター噴射で勢いを増したり、掴んでから装甲の薄い部分を殴るといった動きが必要になる。
「そういや、さっきから蹴りばっかりですけど、パンチはしないんすか?」
「ガザCの腕じゃ細すぎてな、殴ったら折れるぞ」
作業用機械を祖に持つガザCの腕は、殴り合うには細すぎる。
やってやれないことはないが、大したダメージを与えることなく自壊するだろう。
そもそもガザCは『集団による砲撃戦』と『一撃離脱』に主眼を置いて造られたMSである。ビームサーベルこそ装備してはいるものの、護身用程度であり、近接戦闘に向いた機体ではない。
ロフマンがケンジの肩に手を回すと、耳元でささやく。
「この嬢ちゃんに格闘戦は無理だ」
「じゃ、なんで……」
爺さんに耳元でささやかれるのは、気持ちのいいものではない。
だがロフマンの目配せで、カエデに聞かせないための配慮だとわかる。
ケンジも声を潜めた。
「もしもの時の『保険』に決まってるだろ」
「逃げる練習した方が早くないですか?」
「それでも捕まってる。選択肢は多い方がいい」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだ」
ロフマンがパッと離れる。
「お前らはとっととジムを直せ! ガザにはブロックと受け流しの動作も覚えさせにゃならん。修理が終わったら手伝ってもらうぞ」
つまりそれが本命。
殴る蹴るは逃げるためのオプションなのだ。
16時23分 ロフマンガレージ 三番倉庫
「なんじゃこりゃ?!」
目の前にはコンテナハウスと巨大なテント。
突如現れたそれは、一般的なコンテナハウスのサイズでありながら、妙に豪華な造りをしていた。
対して巨大テントは簡素な造りで、分厚く頑丈な布と鉄柱の組み合わせ。連邦軍で使っている『野戦用MS整備テント』である。
そんなものが自分たちの倉庫の隣に、何の前触れもなく現れた。
コンテナハウス内ではカエデと同じ制服を着た女生徒たちが、優雅に茶など味わっている
「お~! やっと来たね」
「え……っと、オティア……さん……?」
「カミリアでいいよ」
ケンジたちを見付けると、コンテナハウスからカミリアが出て来てくれた。
その後ろには数名の女学生。
「今日からここでお世話になるから、どうぞよしなに」
「はぁ?!」
茶目っ気たっぷりに微笑み、一礼するカミリア。
口調とは裏腹に、その所作は美しい。
「なんで急に?!」
「指導受けるにも、修理するにもここだと手っ取り早いのよ。パーツがすぐ手に入るし」
「そりゃそうだが……だからって、いきなりこんなの建てなくても……」
「あら、それは貴方たちの倉庫を使えってこと? ダメよ。汚いから」
「ぐっ……」
事実とはいえ、他人に言われると傷つく。
だがカミリアは感情にも声音にも嫌悪感を乗せなかった。
ケンジたちに近付くと、声のトーンを落とした。
「私は気にしないけど、あの子たちは嫌がるもの。ここの床だって踏むのに抵抗があるのよ?」
つま先で床を叩くカミリア。
ジャンクヤードの床は、こびりついたオイル跡や埃が広がり、お世辞にも奇麗とは言えない。
慣れていなければ、歩くのを躊躇う汚さ。
そして『あの子たち』と呼ばれた女学生たちは、コンテナハウスから一歩も出ずにこちらを伺っている。
「カミリアは平気なんだ?」
「小さい時からお爺様とプチモビをイジってたから、慣れてるの」
カミリアの肩越しに、女学生の様子を伺うエフラム。
「妙な敵意が混じってないか?」
「さすが、目ざといわね」
「かわいいお顔で睨んでくるから、可笑しくてな」
敵意の籠った目を向けるのが二人。他は程度の差はあるが、珍獣を見る目だ。
エフラムが涼しい顔で受け流す。
「みんながみんなカエデを助けたい訳じゃないの。リーゼに近付きたいってだけの子もいるから」
「もしかしてあいつ人気者か?」
「学内じゃね」
「ウソだろ……」
眩暈を覚えるエフラム。
ケンジとショーンも同じ気持ち。
三人のリアクションに苦笑いすると、カミリアは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「リーゼが貴方たちに『騙されてる』と思ってる子もいるのよね……」
「勘弁してくれ……」
「……言い聞かせておくわ」