ガンダム 0118『ダンス・オン・デブリ』   作:アルテン

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ボーイ・ミーツ・ジム 4

16時53分 コロニー近傍宙域

「おお~」

「おおお~」

「おおおお~」

 

 エアロックから踏み出した勢い、慣性だけで宇宙空間に躍り出る。

 全天周囲モニターに星々が流れ、どこまでも続く漆黒の空間に飲み込まれる感覚。

 プチモビで宇宙に慣れてはいても、MSの全天周囲モニターは大分感覚が違う。プチモビのコクピットは『機械に包まれている』と認識できるが、全天周囲モニターは『体一つで宇宙に放り出された感じ』なのだ。

 昔はこの感覚になじめずMSを降りる者もいたと言う。

 

「ショーン大丈夫か?」

「何が?」

 

 二人がショーンを気遣い具合を尋ねる。彼は医者から『精神的に不安定な部分がある』という指摘を受け、MS免許を断念した。環境の急激な変化は精神に過剰な負担を強いる危険性がある。

 それを危惧してのことだったが、当の本人はケロッとしていた。二人の気の回し過ぎだったようだ。

 

「ならよかった」

「ケンジ、制限宙域を出るぞ」

「よっしゃ! これからが本番だ!」

 

 エアロックを慣性で出たのには訳がある。

 MSはエアロック内でスラスターの点火が禁止されているのだ。プチモビ程度の推力ならいざ知らず、MSが本気でスラスターを吹かしたら、壁は焦げて煤だらけになってしまう。

 それと同じ理由で、コロニー外壁から一定の距離まではスラスターの点火は制限され、姿勢制御のためのアポジモーターのみ使用可となっている。

 

──サブモニターのイエローライトがグリーンに変わる

 

「いくぞー!」

 

──スロットルレバーを目一杯押し込む

──ジェネレーター出力をミリタリーパワーからMAXへ

──スラスターに火が灯る

 

 推力を得るまでのわずかな時間。

 三人でその瞬間を固唾を飲んで待ちわびる。

 鼓動は早まり、口の端が吊り上がった。

 次の瞬間、

 

──強烈な加速G

 

「がっ?!」「ぐぇ!?」「ぎゃっ?!」

 

 声にならない悲鳴を上げてシートに押し付けられる三人。

 なおも加速を続けるジムⅡ。

 一本の矢のような航跡を描き宇宙空間を突き進む。

 

「ぐ…………」

 

 歯を食いしばり加速に耐える。

 少しずつ体が慣れてくる。

 速度計が見えたが、表示される数字は目まぐるしく変わり続け目で追えない。

 

「ぐ……!」

 

 さらに体が慣れる。

 速度が頭打ちになった。

 速度計の数字が読み取れる。

 

「が……はっ……はは……」

 

 慣れた。

 モニター越しに流れる星々。

 自然と笑みがわいてくる。

 

「ぶはっはははっはっはー!」

 

 アドレナリン全開。

 Gに耐えながら笑うものだから、息苦しい。

 だが笑えてしまうのだから仕方ない。止まらないし、止められない。

 

──コントロールレバーを倒す

──右ペダルを踏みこむ

 

 ジムⅡは急激な右ロールを開始。

 

「……?!」

 

 体の中で内臓が片側に寄るような感覚。

 苦しい。

 だが楽しい。

 アドレナリンが苦痛を和らげ、感覚をマヒさせた。

 

──サブモニターにG警告

 

 機体側がパイロット保護機能を作動させ、速度を落とし、入力よりも機動を大回りのものにする。

 それに合わせてケンジもスロットルレバーを戻す。

 

──AMBAC起動

──両足を前に振って速度を殺す

──脚部スラスター点火

──アポジモーター点火

 

 ジムⅡは今までの加速が嘘のようにその場に止まり、180度の方向転換。

 

「ぶははははははははは! 見たか今の機動? プチモビなんて目じゃねーぞ! 推力が桁違いだ!」

 

 アドレナリン垂れ流し状態のケンジが、ショーンとエフラムに顔を向けた。

 

「あ、ああ……スゲーな……」

 

 引きつった笑みを浮かべるショーン。額に汗を浮かべているが、それでも楽しそう。

 

「ケンジ……お前……いきなりフルスロットルにするかぁ?」

 

 エフラムは咎めるが、その目は笑っていた。

 

「気にすんなって、それより見てみろよ! コロニーがもうあんな遠くにあるぞ!」

 

 モニターに映るコロニーを指さすと、素早くズーム画面が別ウィンドウに表示される。

 わずか数分前に出たコロニーが豆粒のようだ。

 

「スゲーな……こんなに速いのかよ……」

「俺、ジムⅡなめてたわ」

 

 唖然。呆然。

 ロートル機と思っていたが、腐っても元軍用機。プチモビと比べるのが間違いというもの。

 

「よっしゃ! もう一丁行ってみるか!」

 

 興に乗ったのか、嬉々としてスロットルレバーを押し込む。

 

「なぁケンジ、今度はバレルロールやってくれよ!」

「え? どうやるんだそれ?」

「こう、棒に巻き付く蛇みたいな感じでさ……」

 

 

 

19時36分 コロニー近傍宙域

「よーし! 撮るぞー!」

 

 ショーンがカメラを宙に浮かべてセルフタイマーをセット。

 大急ぎでジムⅡのところまで戻ってくる。

 

「よい……」

「……しょっと」

 

 ケンジがショーンを受け止め、エフラムがくるりと向きを変えてやる。

 ジムⅡの頭部の前で三人は思い思いのポーズを取った。

 数秒の明滅の後に、フラッシュが焚かれ落ちるシャッター。

 

「どうだ? 上手く撮れたか?」

「あせるなよ」

 

 カメラに取り付けたワイヤーをオートリールで巻き取ると、ショーンの手にすっぽりと収まった。

 

「どれどれ……よし! きれいに撮れたぞ」

「おお~! コロニーもバッチリ映ってる!」

「俺にも見せろよ」

 

 ヘルメットを突き合わせて三人でカメラのディスプレーを覗き込む。

 そこにはコロニーをバックに映るジムⅡと三人の姿。

 こうして写真という形で客観的な物になって見てみると、嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。

 

「しっかし、ショーン。なんだよこのポーズ」

「エフラムが人のこと言えるか?」

「いや、ケンジのポーズが一番ひどい」

「そうだな、ケンジが一番ひどい」

「なんでそうなんだよ」

 

 ニンマリ笑うと三人で腹がよじれるほど笑い合う。

 ノーマルスーツを着ているものだから、バイザーは曇るし、飛んだ唾はぬぐえない。

 

『こちらサイド6コントロール……』

「ん?」

 

 と、ケンジのヘルメットに無線が入る。とはいっても直接の通信ではない。

 ジムⅡにリンクさせた無線機からのものだ。

 

『こちらサイド6コントロール。登録番号S6-M1467聞こえるか?』

「こちらS6-M1467。聞こえます。どうぞ」

『貴機は入港航路に進入しようとしている。直ちに変針されたし』

「え?」

 

 通信はサイド6の宙域管制官のものだった。

 慌ててコクピットに戻り、サブモニターを確認すると予定航路を外れていることを示すイエローランプが灯っていた。

 写真を撮っている間に機体が流されていたらしい。

 

「げ!? ヤベッ!」

『繰り返す、直ちに変針せよ』

「了解。変針する」

 

 管制塔との通信を切ると、コクピットの外に出て二人を手招きした。

 二人とも外壁工事でEVA(船外活動。宇宙空間での作業全般)に慣れているので、すぐに戻ってきた。

 

「どうしたケンジ?」

「機体が流されてた。このままだと港の出入口を塞いじまう」

「そいつはマズいな。すぐに離れよう」

 

 それぞれのシートに収まると、アポジモーターで向きを変え、メインスラスターを軽く吹かす。そして帰投コースへと機体を乗せた。

 

「もう少し写真撮りたかったな……」

「また来ればいいさ。今度はいつでも来れるからな」

 

 

 

12時12分 ハイスクールの食堂

「ヤタガラス」

「ファイヤーボール」

「イーグル」

 

 ケンジたち三人が食事の載ったトレイを前に、頭を抱えていた。

 そして三人の真ん中には昨日撮ったジムⅡの写真。

 

「サンダーボルト」

「ドラゴン」

「ポセイドン」

 

 一人づつ単語を口に出しているが、しりとりでもなければ連想ゲームでもない。そこには規則性もつながりもない。

 

「グリフォン」

「セイバー」

「ホーネット」

 

 頭の角度がどんどんどんどん下がっていく。

 食べ物の温度もどんどんどんどん下がっていく。

 

「だーっ! ダメだー! 思いつかねー!」

「うるせーよ! 考えろよ!」

「もういっそのこと食べ物の名前でいいんじゃね?」

 

 ケンジは脳みそがパンクして喚き散らし、エフラムが注意にかこつけて八つ当たり。ショーンは食欲に忠実だ。

 ともあれ一つの方向性が提示された。

 

「……食い物か……フライドチキン……」

「ハンバーガー……」

「ポークチャップ~♪」

 

 本日のメインディッシュであるポークチャップを頬張るショーン。その笑顔は安堵に満ちていた。

 

「「って、ダメだろー!!」」

「ふがっ?!」

 

 二人のツッコミを受けて咳き込むショーン。慌てて水でポークチャップを流し込んだ。

 

「げほ……げほ……な、なにするんだよぉ……」

「おいショーン! お前、俺たちのモビルスーツにそんな恥ずかしい名前を付ける気か?!」

「そうだぞショーン! 『ポークチャップ』なんて名前を付けるために、ずっとバイトしてた訳じゃないんだ!」

 

 三人が悩んでいたのはMSの名前。俗にペットネームと呼ばれるものだ。MS競技に参加する機体には個体名を付ける慣習がある。

 別になくてもかまわないと言えばかまわないのだが、自分のMSこそが一番であるという自負心がオーナーたちの名付けの動機となっていた。

 

「だいたいチーム名すら決まってないんだぞ!」

「申し込み締め切りまで時間がないっていうのに……」

 

 さらにはチーム名すら決まっていないという。

 再びケンジとエフラムは頭を抱えた。

 

「ハァイ~、お兄ちゃん! ここ空いてる?」

「デイジー! モニカも一緒なんだね、さあどうぞ!」

 

 唐突に現れた二人の女生徒。

 ショーンの顔がパァっと輝く。

 やってきたのはショーンが『最愛の妹』と言って憚らないデイジー。一つ年下で金髪碧眼。兄に似ずスマートな体形。

 そしてデイジーの友人のモニカ。白い肌に栗色の髪をたなびかせる。

 

「……なんだ……デイジーか……」

「はぁ……デイジーか……」

 

 ケンジとエフラムは誰が来たのか確認すると、頭を抱える作業に戻ってしまった。

 

「なんかヒドくなぁ~い?」

「許してやってくれデイジー。二人ともMSの名前を考えるので頭がいっぱいなんだ」

 

 デイジーが抗議するが二人は聞き流す。

 ショーンはそんな二人の非礼を詫びつつ、大人びた声音で妹をなだめる。

 

「え? モビルスーツに名前なんて付けるの?」

「もちろん! 聞いた誰もが俺のモビルスーツだってわかるようにするんだ」

「『俺たちの』だろ?」

 

 妹の前で格好つけようとするショーンに、ジト目のケンジが釘を刺す。

 ショーンはわざとらしい咳払いでこれを流す。

 

「え? お兄さんモビルスーツ買ったの?」

「そうなの! 昨日、納機されたんだよね~」

「ね~」

 

 モニカの疑問にハモって答える兄妹。

 ケンジのコメカミに浮かぶ血管。

 

「これがその写真さ」

 

 デイジーとモニカの前に写真を持ってくる。

 

「ワォ! 本当なのね! すごいわ!」

「でしょ? お兄ちゃんバイトがんばったんだもんね~」

「ね~」

 

 モニカの称賛にハモって応える兄妹。

 エフラムのコメカミに浮かぶ血管。

 

「もしかしてこれでMS競技に出るの?」

「そうだよ、よくわかったね」

「だって、MSを買う理由なんて作業用か、競技をするかってくらいでしょ?」

 

 そう言ってモニカはまじまじと写真を見詰める。

 

「でも、この顔……カワイイわね」

「「かわいい?」」

 

 予想外のモニカの感想。

 ブチ切れる寸前だっだケンジとエフラムが予想外の感想に戸惑う。

 

「ほらここ、カニの甲羅みたいじゃない」

 

 モニカはそう言うとメインカメラのゴーグルを指差す。

 

「……カニ……?」

「まぁ……見えなくもないか?」

 

 すっかり毒気を抜かれたケンジとエフラムが顔を見合わせる。

 確かにそう見えない事もない。

 

「いやいやいやいや、それでもカニはないだろ」

「そう? タラバガニなんか特に似てると思うわ」

「あっ、7バンチの養殖タラバ美味しいよね」

「でしょう! 私の叔父が育ててるの!」

 

 食い意地の張ったショーンが反応し、思わず花咲く蟹談義。

 

「……おいショーン、今はMSの名前考えるのが先だろ。カニの話は後にしてくれ」

「そうだ、お兄ちゃん! カニの名前を付けたら?」

「は?」

「さすがデイジー! いいアイデアだ!」

「は?」

 

 ケンジの声など、もうこの兄妹の耳に入っていない。

 呆気に取られている間にも話は進む。

 

「じゃあ『レッドキングクラブ(タラバガニ)』とかどうだろう?」

「いいかも!」

「『ダンジネスクラブ』なんかも響きがいいんじゃない?」

「それもいいかも!」

 

 モニカも参戦して暴走が加速。

 早く止めないと大変なことになる。

 

「待て待て待て! ちょっと待って!」

 

 ケンジが三人の前に体を割り込ませて話を断ち切る。

 

「カニか?! カニなのか?! 俺らのジムⅡは?!」

「あれ? ケンジはカニ嫌いか?」

 

 完全にずれてしまったショーンが首を傾げる。

 

「ちっがーう! 食うのは好きだがジムⅡの名前となれば別だ!」

 

 ショーンの意見に毒されかけながらも、何とか抗う。

 

「じゃあ、『トライデント』とかどうかしら?」

「え?」

 

 モニカの唐突でまともな提案に面食らう。

 ついさっきまでカニカニ言っていた少女の発言とは思えない。信じ難い発想の転換。

 

「だって三人で買ったMSなんでしょ? ならピッタリだと思うの。『3』つながりで。それに、この目の部分。トライデント(三叉槍)っぽくない?」

「おいエフラム、トライデントってどんなのだ?」

 

 名前を聞いてパっとイメージできなかったケンジ。

 エフラムは肩をすくめると情報端末で画像を出してくれた。

 

「これだよ。穂先が三つある槍で、神話なんかで海の神様が持ってるやつだ」

「…………なるほどね。二人はどう思う?」

「……いいんじゃないか? 俺はそれでかまわない」

「俺もいいと思う。それっぽくてカッコいいじゃん」

 

 エフラムは反対するだけの理由も対案もなく同意。

 ショーンは三にちなんだ武器というところが気に入った。

 

「よし! じゃあ『ジムⅡトライデント』で決定だ!」

 

 ケンジも同意して無事決定。

 

「色はどうする?」

「海つながりで青メインに塗ったらどうだ?」

 

 それでも決める事はまだまだある。

 と、そこでモニカの更なる提案。

 

「ねぇ、デイジー。私たちでお兄さんのチームを手伝うのはどうかしら?」

「うん! それいいかも。どうかな、お兄ちゃん?」

「もちろん歓迎するよデイジー! 二人もかまわないだろ?」

 

 ショーンがケンジとエフラムに同意を求める。

 

「そりゃかまわないけど……」

「けどいいのか? 力仕事も結構あるぞ?」

 

 エフラムがいかにも不安だと言わんばかりに聞いてくる。

 

「ちょうどいいエクササイズになるんじゃないかしら? それに力仕事以外にもやる事はあるんでしょう?」

 

 挑発的な笑顔を浮かべてエフラムの疑問を受け流すモニカ。その笑顔は妙に魅惑的だ。

 

「……OK。人手はあるに越したことはないからな」

「やったわ! がんばりましょうねデイジー!」

「うん!」

 

 手に手を取って喜ぶデイジーとモニカ。先程とは打って変わって、年相応の少女の笑顔。

 ともあれ、ケンジたち三人で始めたMS競技への挑戦は、開幕戦を前に五人のチームとなった。

 

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