ガンダム 0118『ダンス・オン・デブリ』   作:アルテン

8 / 29
飛べジムⅡ! 3

07時11分 仮設ピット

「だから、予備部品もないし修理も間に合わないからな!」

「わかってる、わかってるよショーン……言ってみただけだって」

 

 珍しくショーンが怒鳴り散らして怒っている。

 ケンジもあまりの剣幕に押されて縮こまるばかり。

 

「昨日も言ったけどさ、マニュピレーターだからまだいいけど…………いや、やっぱりよくない! 指の関節全部ダメにして!」

「仕方なかったんだって、相手の方から寄って来たんだ」

 

 ジムⅡの左手を見ると全ての指がダラリとぶら下がっていた。

 昨日の予選でジムⅡは『不慮の事故』により他機と接触。ダメージこそ少なくて済んだが左手の指関節が『バカ』になってしまった。

 

「モニカ、さっき言った通り、指をワイヤーで吊って、握り拳の状態で固定して!」

「わかったわ」

 

 ショーンの指示にモニカが場違いに明るい声で応える。能天気な声音と裏腹に無駄のない動きで指にワイヤーを掛けていく。

 ワイヤーで固定するのは、指が不用意に動いて無駄な慣性が発生するのを防ぐ意味合いがある。

 

「腕周りのフィールドモーターが壊れたらレースどころじゃなかったんだぞ!」

 

 憤懣やるかたなしとばかりにショーンが怒る怒る。

 まあ怒るのは無理もない。

 フィールドモーターは関節を駆動させる重要部品。それが壊れてしまうと、そこから先にある部位はデッドウェイトになってしまう。AMBACに使うことも出来ず、姿勢制御スラスターを適切な方向に向けることも出来なくなる。

 

「エフラム、関節のストレスチェックは?」

「大丈夫。許容範囲内だ」

「デイジー、もうすぐシュウ商会が推進剤持ってくるから、プロペラントのハッチを開けて」

「はーい」

 

 これ以上はかまっていられないとばかりに指示を出していくショーン。

 バツが悪くなったケンジは恐る恐る尋ねてみる。

 

「あ~、ショーン……俺は何をすれば?」

「飯食って、決勝まで休んでてくれ!」

「あ、はい……」

 

 

 

07時21分 バーガーショップ『アンティータム』

「おっちゃん『ザクバーガー』一つ」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

 特製ミートパテを何枚か鉄板に載せて焼き始める。脂の弾ける音が心地いい。

 

「飲み物はジンジャーエールでよかったよな?」

「さすがおっちゃん、よく覚えてるな」

「もう十年近くその顔見てるんだ、嫌でも覚えるさ」

 

 おっちゃんはニカッと笑うとジンジャーエールが入ったコップを出してくれた。

 このバーガーショップはケンジたちがレースを見に来るたびに立ち寄る行き付けの出店。もう十年近くも通っている。お互い名乗りもしなければ聞きもしないが程よい距離感が心地良い。

 

「しかし、坊主が本当にレースに出るとはな。しかもその歳でだ」

「そりゃ色々がんばったからな」

 

 ミートパテをひっくり返し反対側も焼く。香ばしい肉の香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。

 

「それにしてもおっちゃんの店、こんな時間からやってるんだな。おかげで助かったけど」

「寝坊か?」

「まあね」

「夜通し整備だ修理だってチームがいるからな。そいつらの朝食用だ。半分ボランティアみたいなもんだよ」

 

 一般の観客は9時からの入場。にも拘わらず営業しているのは、レースへの愛情ゆえのことだった。事実、開いている飲食の出店はここだけ。

 十年も通い詰めていたのに、初めて知った意外な一面。

 

「こいつを焼いたらデリバリーに行かないとな」

「ぁ……ぁの……」

「デリバリーもやってるの?!」

「おお、やってるぞ。ただし開場前までの限定だ」

「だから、俺以外の分も焼いてたのか」

「そういうこと」

「ぁ……あの……」

「じゃ、今度は俺も頼むよ! ポテトとオニオンリングも付けて!」

「ピット番号さえ教えてくれれば、ちゃんと届けてやらぁ」

「ぁの……」

「ん?」

 

 時折会話に混じるか細い声。

 ケンジがその声に気付き、目を向けると一人の少女が立っていた。

 女子高の制服を着た少女。真っすぐに伸ばした黒い髪がカラスの濡れ羽のように美しい。ただ、生気がないというか、覇気がないというか、影の薄さというか、無機質な印象が美点を打ち消し、もったいない感じ。『深窓の令嬢』といった趣も感じられるが、『薄幸の』の方がしっくりきそうだ。

 

「その代わり、デリバリーはちょいと時間をいただくぞ」

「おっちゃん、客来てるぞ」

「え?」

 

 おっちゃんは話すのに夢中になっていたのか、ケンジの指摘でようやく少女に気付く。

 

「おっと、すまないね。お嬢さん。ご注文は?」

「……『ザクバーガー』を一つ、お願いできますか?」

「あいよ」

「あの……ありがとうございました」

 

 少女がケンジに向かって頭を下げる。

 

「ん? ああ、気にしないでいいよ」

 

 視線をおっちゃんの方に戻すが、少女のことが妙に気になる。

 ケンジは横目にチラリと少女を見た。

 宇宙世紀のこのご時世に、制服などという時代錯誤なものを着せる高校はサイド6でも片手で数えるほどしかない。そしてそれらは富裕層の子弟ばかりが通っていた。

 

(いいとこの『お嬢様』ってやつか……何でこんな所に?)

「……あの、……何か?」

 

 少女がケンジの視線に気付く。

 

「いや、飲み物は頼まないのかなって、思って……」

「…………?」

「ほら、ハンバーガーだけだと喉乾かないか?」

「ぁ、そうですね……では、紅茶をお願いします」

「おっちゃん、紅茶だって」

「お前に言われなくても聞こえてるよ」

 

 手早く紅茶を出すと、ハンバーガーの作業に戻る。

 パンズにレタスを載せ、スライスしておいたピクルスを並べていく。ピクルスはパンズの外周に沿うように並べるのがポイントだ。そしてその上に焼きたてのミートパテを載せ、特製ソースを一塗。最後にパンズを被せて出来上がり。

 

「あいよ。ザクバーガーお待ち!」

 

 代金を支払い、ハンバーガーを受け取る。

 包み紙の中を覗くと、ハンバーガーが覗き返してくる。

 ミートパテに埋め込まれた小振りのミニトマトがモノアイを、レタスとピクルスが動力パイプを模していて、パンズにはご丁寧に排気ダクトの焼きゴテ入り。

 ザクの頭部を模した『ザクバーガー』は、この会場の名物料理の一つだ。

 

「ありがとうございます」

 

 少女はペコリと頭を下げると、立ち去って行く。

 ケンジはハンバーガーをかじりながら、その後ろ姿を見送った。

 

 

 

11時00分 宇宙港6番ポート 実況席

『全宇宙100億人のMSファンの皆様! お待たせいたしました! これよりデブリヒート開幕戦、決勝の幕開けです! 実況は私、トーマス・ジャクソンと、解説はMS評論家ファン・クーパーでお送りします!』

『よろしくお願いします』

『そしてなんと! 今シーズンからは月のフォンブラウンでもこの中継が配信されるということで、私少々、緊張しているしているのですが、同時に感慨深いものを感じるんですよ』

『まったくですね。第二次ネオジオン戦争が終結して25年。戦争中に散布されたミノフスキー粒子の濃度が低下したことで、ようやくコロニー間の通信が安定するようになりました。確かにレーザー通信は可能でしたが、色々と制約もあった。それが今では何の制約も受けずに通信できる。いい時代になったものです』

『本当ですね。おっ、早速本日の第一レース、チャレンジクラスのパレードランが始まりました』

 

 

 

11時03分 宇宙港6番ポート

「すぐ順番が来るので準備してください」

 

 パレードランはエアロックに移動する際に、観客席の前で行われる『お披露目』で、競馬のパドックのようなものだ。

 一機づつ、ゆっくりと前に進んでいく。

 

『先頭で入場してきたのはイエローキングの『マラサイパラダイス』。パイロットはハンス・ドミニク。二年連続で入れ替え戦で敗退。今年こそはシルバークラスに昇格して欲しい所です』

『機体も申し分なく、チームとしての実力はあるのですが、パイロットのドミニク選手のムラっ気が気になりますね』

『チームメイト総出で仮装するのも恒例行事になりましたね』

『どんな仮装をしてくるか、毎年楽しみにしているんですよ』

『続いて入場してきたのは『ネモ・ZEKUU』。ヴィクトル・ヨハンソンが駆る漆黒のネモが綺麗な4ポイントロールで客席の前を抜けて行きます』

『ヨハンソン選手はサブスラスターの使い方が上手いですね。昨シーズンは機体の不調で成績が奮いませんでしたが、今シーズンは期待が持てそうです』

 

 MS競技はレースである以前に『MS好きの祭典』としての要素が強い。

 レースとして速さを求める者、祭りとして楽しむ者、それらが上手く混ざり合う。

 このパレードランがそれを一番感じられるところだろう。

 チーム総出で仮装するところもあれば、ストイックにパフォーマンスをしないチームもあり、まさにカオス。

 

「ケンジ、俺らはどうする?」

「どうするったって、俺は何も考えてないぞ」

 

 ケンジとショーンが顔を見合わせる。

 元々、今日の決勝に出るつもりではなかったのだから、パレードランの出し物など考えていようはずもない

 そうこうするうちに客席の前を一機、また一機と通り過ぎ、笑いと歓声が起きていた。

 

「よせよ。今から考えたって碌なことにならないぞ。今日のところは皆で手を振るぐらいにしとこう」

 

 エフラムの正論に皆がうなずく。

 

「ねぇ、エフラム。次は私とデイジーでレースクイーンでもやりましょうか?」

 

 モニカが挑発的な視線で問いかける。

 その提案で一瞬、二人のレースクイーン姿を思い浮かべる。

 

「……っんん! 考えとく」

 

 わざとらしい咳払いで照れ隠し。

 と、ちょうどその時スタッフからの指示が出た。

 

「次、お願いします! 前の機体とは距離を保ってください」

「ケンジ、出番だぞ」

「よっしゃ! 任せろ!」

 

 スタッフの指示に従い、床を蹴るジムⅡ。慣性でゆっくりと前に進ませる。

 

「気を付けろよ。前のガザCにぶつけたら修理費が高そうだ」

「んな、ヘマしねーよ」

 

 前で順番待ちをしているMSをネタに冗談を飛ばす。

 

「しっかし、どこの金持ちだ? ガザCなんて持ち込んで」

「去年まではいなかった機体だね」

 

 やっかみ半分、好奇心半分。まじまじとガザCの後ろ姿を眺める三人。

 ガザCは現在、市場に一番多く出回っているTMS(可変モビルスーツ)である。第一次ネオジオン戦争終結後に連邦軍によって鹵獲、接収され、一部は要素研究のために分解され、また一部はアグレッサー(仮想敵機)として使用されていた。

 元々、TMSとしては製造数が多い上に、ベースが作業機ということもあり、メンテナンスが容易で、部品の転用が楽といったメリットがある。ただし、それは『他のTMSと比べて』という限定的なものではあるが。

 TMSの宿命たる『可動部分の多さからくる整備の煩雑さ』と『それに伴う整備費用の高騰』から逃れるのは難しい。

 そのガザCが客席前に進入し、アナウンスが入る。

 

『次は初参戦のチームですね。チーム『ハミングバード』の『ガザC・オナガ』。パイロットはカエデ・エインズワース。18歳の高校生ということでデブリヒート史上最年少のパイロットが誕生したことになります。このチームは聖マリアンヌ女学院の部活として設立されたとのことで、チームメイトは全て同校の生徒だそうです』

『いや驚きですね。高校生、それも名門と謳われる学校が部活動の一環として参加してくるとは思いませんでした。これも時代の流れですかね』

『おっ! エインズワース選手がチームメイトに促され、ハッチから小さく手を振っています。なんとも微笑ましいですね』

『ははっ、本当ですね』

「おいおい、お嬢様の道楽かよ」

 

 アナウンスを聞いていたエフラムが毒づく。

 自分たちよりも恵まれた環境を察し、そんな言葉が思わず口を突いて出た。

 

(……もしかしてさっきのは……)

 

 ふとハンバーガーショップの前で出会った少女を思い出す。その少女が着ていた制服も聖マリアンヌ女学院のものだったはずだ。

 

「おい、ケンジ。スタンド前に入るぞ」

「……お、おう」

 

 ショーンの言葉で我に返る。

 ジムⅡのつま先が床を蹴って前に進む、はずだった。

 

「あっ?!」

「うわっ?!」「ぬぉ?!」

 

──転倒

 

 つま先が滑り、バランスを崩したジムⅡが、すっ転ぶように前方に漂う。

 機体の外にいた四人は、幸いなことに振り落とされずにしがみ付いていた。

 

「ケンジ、立て直せ!」

「ちょっと待て!」

 

 咄嗟のことで遅れる反応。

 無情にもジムⅡはバランスを崩した無様な状態で観客席の前に現れた。

 

『さあ次のチームも……おっと? これはどうしたことだ? 様子がおかしいぞ』

『どうやら進入に失敗したようですね。オートバランサーの自動励起が作動してます』

『あ、本当ですね。おそらく緊張したんでしょう。この『ジムⅡ・トライデント』は初出場。パイロットのケンジ・オカダ選手も先程のエインズワース選手同様、18歳とのことです』

『若さゆえの焦りでしょうか? 落ち着いてレースに挑んで欲しいですね』

『そうですね。本番に期待しましょう』

 

 辛うじてフォローしてくれるアナウンサー。

 だが客席のそこかしこから聞こえる笑い声。

 

「やっちまった~…………」

 

 恥ずかしさのあまり、顔を覆うケンジ。今すぐジャンクの山に埋もれたい。

 

 

 

11時31分 実況席

『今回からフォンブラウンでも中継されるということで、初めてデブリヒートをご覧になる方も多いかと思いますので、ここでルールのおさらいをしておきましょう』

 

 実況のジャクソンの合図で、TV画面にはコースの概略図が映し出される。

 

『コース自体は何の変哲もないオーバル(楕円形)コースなのですが、『デブリヒート』の名の通り、コース上のダミー隕石を避けながら速さを競うことになります。ただし、各コーナーに設置されたビーコン付きの隕石。これは本物の岩石! 気を付けないといけません!』

『昨シーズンも結構クラッシュしてましたからね』

 

 どこか物悲しそうなクーパーの言葉に、ジャクソンは神妙な顔で頷いた。

 そして一拍置いてから、にこやかな笑顔に戻る。

 

『そしてデブリの海を飛び切って、一早くコースを十周したMSが勝者となります。が、ただ早いだけでは勝てないのが、このデブリヒートのおもしろいところ』

『そうですね、デブリヒートでは進路妨害や格闘戦が認められていますから、そういった駆け引きも見所ですね』

『さあ、タグボートに曳かれたスターティングボードが位置に着きました。これより15機のMSによるチャレンジクラス決勝が始まろうとしています!』

 

 

 

11時32分 ジムⅡ コクピット

『ケンジ、気負うなよ』

「わかってるよ……」

 

 無線から聞こえるエフラムの言葉に、何か諦観めいた表情を浮かべるケンジ。

 スターティングボードに取り付けられたグリップをジムⅡに握り直させると、クラウチングスタートの姿勢を取らせる。

 グリップさえ握っていれば、スタート時の姿勢は自由なので、各機が思い思いの姿勢を取っている。

 

──ステージングランプ点灯

 全ての機体のスタート準備が整ったことを伝えてくる。

 このランプが点灯したら、すぐにカウントダウンが始まる。

 スラスターが最大推力になるまでのタイムラグを計算に入れて、スロットルレバーをMAXに入れる。

 

──システムライト点灯

 黄色のライトが0.5秒間隔で三回の明滅。

 

──グリーンライト点灯

 

『今! グリーンライトと共に各機一斉にスタートしました!』

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。