11時32分 サイド6近傍宙域
『各機、綺麗なスタートを切り……おっと? スターティングボードの15番グリッドにレッドランプが点灯!』
『あ~、フライングですね』
『15番グリッドに入っていたのは『ハイザック・レッドドワーフ』! 0.2秒のフライングです。ペナルティとして15秒、そしてフライング分の0.2秒、合わせて15.2秒がタイムに加算されます』
これでこのハイザックは後続を十五秒以上引き離してゴールしない限り、勝利できない。
『さあ、先頭集団を見てみましょう。トップで第一コーナーに進入してきたのは『ガザC・オナガ』、その後ろに『ネモ・ZEKUU』、『ズサ・キラーエッグ』、『マラサイパラダイス』、『ガンダムMk―2フリーダムファイター』が団子状態で続きます!』
『『ガザC・オナガ』はMA形態での加速を活かして、上手く集団から逃げ出しましたね』
『ですが加速が良すぎてラインが膨らんできた! クリッピングに付けない! その間にヨハンソン選手のネモがジリジリと差を詰める!』
11時33分 ジムⅡ コクピット
『先頭集団が2コーナーを抜けるぞ』
「クソッ! 速いな!」
悪態を付きながらも必死で操縦するケンジ。
ジムⅡはまだ第二コーナー手前。じわじわと差が広がっている。
『焦るなケンジ。今、7位だ。慌てるタイミングじゃない』
「わかってる! けど、前のハイザックが赤いくせに遅いんだよ!」
装甲板を減らしただけの、どノマールのジムⅡで七位は大健闘と言えるポジション。
前を飛ぶハイザックにストレスを感じながら、第二コーナーへ進入。
フルスロットルを維持したまま、右側の肩と脚部スラスターを全力噴射。強引に向きを変える。
遠心力に持っていかれそうになる体を、歯を食い縛ってシートに押さえ付ける。
(このままアウトに膨らんで……抜く!)
全スラスター点火。
速度を乗せ、第二コーナー立ち上がりで最高速度に達するように調整。
高いコーナリング速度でわざとアウト側に膨らみ、ハイザックのブロックを躱しながら抜き去るつもりだ。
ハイザックはジムⅡよりイン側にラインを取っていて、コーナーを立ち上がってから加速する腹積もりのようだ。
ジムⅡの速度が上がっていく。
『ケンジ! 左だ!』
「なっ?!」
エフラムの警告でモニター左側に視線を移す。
ハイザックはこちらの意図を察し、アウト側に膨らむとジムⅡの針路をブロック。
とっさにスロットルを戻し衝突を回避。
MS一機分のスペースを空けて抜く算段が、あっさりと潰されてしまう。
「危ねーだろ! この野郎!」
怒り心頭。
抗議の声を上げるもここは宇宙空間。相手に届くはずもなし。
スロットルを入れ直し、再加速を開始するが後の祭り。
もはやハイザックの術中にズッポリと嵌っていた。
『後ろから来るぞ! 避けろ!』
「はぁ?!」
回避のために速度を落としたジムⅡ。
速度を落とせば後続機が追い付くのは自明のこと。
だがコーナリングに集中していたケンジは、エフラムの叫びが何のことだかわからなかった。
次の瞬間、
──接触
──追突
──玉突き
「ぐわっ?!?!?!」
ケンジのジムⅡに次々と後続のMSが追突。
衝撃で機体が前に押し出される。
ハイザックはタイミングを計ると、膝を曲げてジムⅡを待ち構えた。
「てめぇ! このクソ野郎! あっ!?」
追突の衝撃から解放されたケンジが顔を上げると、
──モニターを埋め尽くすハイザックの足の裏
「ぎゃっ!?」
ハイザックに蹴り飛ばされ、後続機に再度ぶつかるジムⅡ。
その間にハイザックは蹴りの反動を利用して、悠々と加速していく。
.
「俺を踏み台にしやがったな!」
11時34分 実況席
『お~と! 後方集団で動きがありました! 第二コーナー出口でクラッシュです! リプレイを見てみましょう』
『…………なるほど、『ハイザック・レッドドワーフ』は上手く仕掛けましたね』
『と言いますと?』
『『ハイザック・レッドドワーフ』はフライングのペナルティで15秒のハンディを背負って飛んでいる訳です。これを覆すのは容易ではありません。ですので、後続を大きく引き離し、安心して先頭集団を追える環境を整えたかったでしょう』
『なるほど。確かに今のクラッシュに四機のMSが巻き込まれて立ち往生しています! その間に『ハイザック・レッドドワーフ』が後続を大きく引き離す!』
11時34分 ジムⅡ コクピット
「あの野郎どこ行きやがった!」
第二コーナーを抜け、デブリ漂うストレートに入るジムⅡ。
スラスター推力を80%程度に抑え、右へ左へヒラヒラと。
四基のメインスラスターが目まぐるしく向きを変える。
『右からガンダムが来るぞ!』
「チッ!」
ダミー隕石の影からRX-78ガンダムが飛び出し、ジムⅡのラインと交差。
サブスラスターを吹かし、軌道をずらすと右手で払い除ける。
バランスを崩したガンダムが失速。視界の隅へと消えていく。
「ハイザックはどこだ?! デブリで前が見えない!」
『10秒ぐらい差が付いてる。でも、あのハイザックはそんなに速い訳じゃない。周回を重ねれば追い付ける!』
「…………わかった」
ガンダムに水を差されたせいか、落ち着きを取り戻す。
スラスター推力を少しづつ上げていく。ゆっくり、慎重に。
ジムⅡは非力な機体だ。
加速に優れる訳でも、機動性が高い訳でもない。
最小限の軌道変更でダミー隕石を避け、ミスを減らしてジリジリと前に詰め寄るしかない。
「エフラム、ショーン、サポート頼む!」
『任せとけ!』
11時34分 仮設ピット
「ショーン、どうだ?」
「駆動系も推進系も異常はないよ。装甲が凹んだだけだね」
ジムⅡから送られて来るデータを見て、モニターしていたショーンが安堵の表情を浮かべる。
今のクラッシュで不具合が出ていないか心配だったが、杞憂だったようだ。
「ふぅ……レース開始数分で、リタイアなんてことにならなくて良かったよ」
「ああ、ケンジの奴ならやりかねないしな」
「もう少し大切に乗って欲しいよ」
11時35分 実況席
『最終コーナーを抜けて『ネモ・ZEKUU』が先頭で立ち上がってきた! その後ろに『ガザC・オナガ』がぴったりと張り付く!』
『『ネモ・ZEKUU』は今シーズンから新しい姿勢制御スラスターに換装したそうです。コーナリング速度が上がってますね』
『ホームストレートに入って横一線! 加速に優れる『ガザC・オナガ』がジワジワ伸びてくる!』
『ホームストレートはデブリの密度が低いので、加速性能と推力に勝る『ガザC・オナガ』に有利ですね』
『おお~! 行った! 今、『ガザC・オナガ』が『ネモ・ZEKUU』をオーバーテイク! 一位で二周目に突入!』
11時35分 ジムⅡ コクピット
『先頭が二周目に入ったぞ』
「ハイザックとは何秒差だ?」
『12秒』
仮設ピットにいるエフラムと短いやり取り。
ペダルをわずかに踏み、戻す。踏み、戻す。
微妙なコントロールで最終コーナーを抜けて行く。
ホームストレートに入ると右サイドのスラスターを断続噴射。遠心力を打ち消す。
ダミー隕石の少ないラインに機体を乗せ、姿勢を安定させると周囲を見渡した。
「見つけた!」
ケンジの目がスラスターの炎を見つけると、すかさずモニターにズームされたハイザックの姿をサブウィンドウで表示。
ハイザックとの距離が合わせて表示されるが、ジリジリと差が開いている。
「ジムⅡじゃストレートはキツイか……」
わかっていたことではあるが、ぼやきたくもなる。
スラスターは全力噴射。それでも前との差はなかなか縮まらない。
ジムⅡはもがきながら二周目に突入。
『ケンジ、タイムが出たぞ。ハイザックとは11.4秒差だ』
「…………」
『ハイザックの飛び方を見ると、ストレート重視のセッティングみたいだな』
「じゃあコーナリングで詰めるしかないな」
渇を入れるようにスロットルを握り直すと、ジムⅡは嘶くようにメインカメラを光らせた。
11時47分 ジムⅡ コクピット
「エフラム、どうだ?」
『五秒差まで詰めたぞ!』
六周目に入り距離を詰めるも、順位を変えられない。
コーナリングで詰め寄ってもストレートで離される。
それでも何とかなっているのは、ケンジが必死にコーナリングスピードを稼いでいるからに他ならない。
『それとラインが変わってきたぞ。今、データを送る』
エフラムがジムⅡにデータを転送。
データはダミー隕石の配置と最善と思われるライン取りの軌道データ。
「クソっ、結構変わってるな」
送られてきたデータを横目にダミー隕石を躱す。
スタート時に比べ、ダミー隕石の数と位置が変わっている。
ダミー隕石は要は『風船』なので、スラスターの排気を浴びるとちょくちょく動いてしまう。周回を重ねるごとに少しずつ流されて、レース終盤には大きく位置を変えていることも珍しくはない。
無論、ケンジたちもそのことは承知の上。
「誰がやってる?」
『動かしてるのはネモとマラサイだ』
レース慣れした者はダミー隕石を意図的に動かす。
各チーム共にダミー隕石が終盤になるにつれ位置が変わることは承知している。ただ、それでも予想と違う位置にあったり、目の前で動かされれば焦りもするし、ストレスも溜まる。
『ズサとMk-2が割らされてる』
「そりゃ、ご愁傷様」
さして同情もしていないが、とりあえずそう言っておく。
そこでハタと気付いた。
「ん? ってことはハイザックを抜けば、三位争いに喰い込めるってことか?!」
『可能性はない訳じゃないが……相当難しいぞ』
「いや、イケるね! 俺の直感がそう言ってる!」
『マジかよ……』
11時48分 実況席
『『マラサイパラダイス』の蹴りがクリーンヒット! 『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』たまらず仰け反る! さらに追い打ちのワンツー! ああ~、ここでガンダムフェイスが割れてしまった!』
『あぁ~……ジムの頭が出ちゃいましたね』
マラサイの猛攻に打ちのめされるガンダムMk-2。
被せてあった装甲が剥がれ、その下からジムⅢの顔が現れる。
MSの市場において『ガンダム』は今も昔も人気の商品である。
だが、その希少性ゆえに本物が出回ることはまずない。市場に出回っているのは全て『レプリカ』である。
レプリカも大別して二種類あり『新造機』と『改造機』に分けられる。
新造されたレプリカとしては、UC100年祭の時に建造されたZガンダムが有名であろう。ただし相当な金額がかかるため、『新造』は一般的な方法ではない。
最も普及している方法は『似たような機体』、つまりはジム系列にガンダムの『ガワ』を被せる方法である。これならば入手も容易で、安価に済ませることができる。『RX-78ガンダム』は『ジムⅡ』を、『ガンダムMk-2』なら『ジムⅢ』をベースに改造するのが一般的だ。ただし、ガンダムに見えるように装甲を付け足すことになるので、重量が増えることとなり、あまりレース向けではない。
『Ⅱにあらず、実はⅢ』。ガンダムMk-2レプリカを揶揄し、オーナーが自嘲するときによく言われる常套句。
『トドメの回し蹴り! これも綺麗に決まった! Mk-2吹っ飛ぶ! あっ、あ~……そのままダミー隕石に激突! ダミー隕石が割れてしまった!』
『またしてもダミー隕石を割らされてしまいましたね』
『『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』に『バルーンブレイクペナルティ』として5秒加算されます』
元々軍用機材であるMSは、繊細ではあるが頑強である。そのためダミー隕石にぶつかった程度で損傷を負うことはない。割りながら進むことだって可能だ。だって風船なのだから。
ただそうなると『デブリヒート』という競技自体が別の物になってしまう。
それを防ぐために『ダミー隕石を破壊した機体に5秒加算』する『バルーンブレイクペナルティ』が定められていた。
『『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』はこれで三つ目のペナルティ。合わせて15秒の加算となります。こうなるとかなり厳しいですが、その辺りどうでしょうかクーパーさん?』
『その通りです。『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』の勝ち目は薄いと言わざるを得ないでしょう。三つのダミー隕石を割らせた『マラサイパラダイス』のドミニク選手が一枚上手だった訳です』
『おっと、ここで情報が入ってきました。『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』がリタイアです。どうやらシステムダウンのようです』
『おそらく今の格闘戦でメインフレームにダメージが出たのかもしれません』
『ボールが回収に向かっていますが、イエローコースコーションは出ないようです。このままレース続行です』
11時49分 ジムⅡ コクピット
『Mk-2がリタイアしたぞ! これで六位だ!』
「よっしゃ! これならいけるぞ!」
ショーンが興奮気味に伝えてくる。
棚ぼただろうがなんだろうが、順位が上がったのだ。どうやったってテンションが上がる。
『気を抜くなよ。まだ六周目なんだからな』
エフラムが緩む空気を締めなおそうとするが、上がったテンションは落ちそうにない。
「任せとけ! 今日は俺たちの日だ!」