──私は、自分の世界に帰って来た。
私は、あの世界で……私の作り出した、
現実の私は勿論髪が紫だったりはしないし、胸もそんなにおっきくない。クラスの人気者なんて夢のまた夢で、学校でも孤立しがちな臆病者に過ぎない。
親も私の事には興味ないみたいで、養育費だけ払って後はほったらかし。気楽そうに見えるけれど、それは私に何の期待もしていないからだ。
パパは会社の社長で、ママはその会社のOL。家にいる事なんて滅多になくて、誕生日も祝って貰った事なんてない。
私はいわゆる前妻の子供で、私の本当のママは私が小さい時に病気で死んじゃった。
パパはママの事を子供を産む道具程度にしか思ってなくて、しかも歴史だけは古い家柄の為か男尊女卑思想を未だに持ってて、生まれたのが男の子じゃなく女の子だった時点でママと私への興味を失ってしまったらしい。
ママが病気になった時も治療費は払ってたみたいだけど、碌にお見舞いにも来ないで、ママが死んだ後すぐに今のママを連れて来たから、当時は新しいママを認められずに泣き叫んだ事を覚えている。
それ以来パパは私の育児は雇った人間に任せて、顔すら見せなくなった。今のママも私の事は邪魔者扱いで、顔を遭わせれば嫌味ばかり飛んで来た。
……私が高校生になってからはこのアパートで独り暮らしをするように言われて、生活費だけは払ってくれているけれど……三者面談すら仕事で忙しい事を理由にして、弁護士を代理人として出席させてそれで終わりだ。
生活費なんかを払っているのも娘に餓死なんかされたら体裁が悪いという理由だけで、多分事故かなんかで私が死んでも、あの冷血人間は眉一つ動かさない筈だ。
幸い勉強は出来る方だったから進学には苦労しなかったけど、そんな家庭環境で育ったものだから、私のコミュニケーション能力は壊滅的と言って良かった。
何せ、参考元が最悪だ。片や威圧的な言動に終始してこちらの感情なんか一切考慮しないパパ、片や口を開けば嫌味しか言わないママ……これじゃあ、まともな人との接し方なんて覚えようがない。
人と上手く話せる方法も、人の輪に溶け込む方法も知らない。最初は何人か声をかけて来た気もするが、私の対応が悪かったのか次の日にはもう話しかけて来なくなった。
結果として、私はクラスに上手く溶け込めず、あっという間にぼっちになった。
学校を楽しいと思った事なんてないし、学校生活を楽しんでる奴の気が知れなかった。
普段の授業の日も休み時間はとても退屈で、イベントも何もかも煩わしかった。特に、体育祭とか学園祭の時なんかは最悪だ。
こういうイベントの時、周りの連中は妙な連帯感を発揮して頑張っている事が多い。
でも友達のいない私はその輪に入る事もなく、普段より深い孤独感に苛まれながら時間が過ぎるのをひたすら待つだけだった。
必然的に、私の楽しみはインドアな趣味になる。その中でも私がのめり込んだのが、昔から好きだった特撮ものの【怪獣】だった。
小さい頃、テレビの中で正義のヒーローに倒される怪獣を見て、「どうしてこんなに魅力的な怪獣がいつもやられ役なんだろう」と、私は常々思っていた。
街を壊して日常を破壊する怪獣は、私の億劫な日々も纏めて壊してくれるような気がして、本当に怪獣が現れたらいいのに、っていつも夢想してた。
逆に、そんな怪獣を倒してしまう正義のヒーローは嫌いだった。
まるで、そんな夢物語なんてないんだよ、と怪獣の存在を否定されてるみたいで嫌だったんだ。
だから、正義のヒーローが出て来る度に「負けろ、負けろ」なんて怪獣を応援していたけれど、結局はヒーローが勝ってしまうのだ。
特撮を見ているうちに私ならもっと強く作るのに、という想いが芽生え、結果として私は怪獣のフィギュア製作に没頭した。
お金だけは腐るほどあったから機材一式を買い揃えて、やり方を自力で覚えてフィギュア製作を一番の趣味にした。
やってるうちにやり方を覚えて、今では簡単にフィギュアをフルスクラッチ出来るようになった。私の部屋には、私の作った怪獣達が次々と増えて行った。
……けれど、そんな時……パパが、私のアパートにやって来たのだ。
どうやら私がパパから送られているお金を一定以上の金額使用するとパパにその詳細が知らされるようになっていたらしく、私の趣味関係の買い物に気付いたパパは、私の趣味を【子供っぽい幼稚な趣味】と決めつけ、娘がそんな趣味を持っていると体裁が悪いと思ったらしい。
パパは私の作ったフィギュアを見るなり顔を顰めて、「そんな子供っぽい玩具は捨てろ」と言って、私の作ったフィギュアを全部捨ててしまった。
勿論必死になって抵抗したが、女の私が成人男性に力で敵う筈もない。パパは眼の前で私のフィギュアを踏みつけて壊し、その全てを捨てたのだ。ママを見捨てた時と、同じように。
私はショックで寝込んでしまい、そのまま一週間以上学校を休んだ。もう何をするにも億劫で、このまま引き籠ってしまおうかとさえ思った。
──アレクシスが私に接触して来たのは、丁度そんな時だった。
ある日私がパソコンを立ち上げると、画面の中に如何にも悪役、といった風貌の存在が映り込んだ。それが、私とアレクシスのファースト・コンタクトだった。
私はPCがウイルスにでも感染したのかと疑ったが、画面の中から語り掛けて来たアレクシスは妙な存在感があり、彼の存在は億劫な日常を壊してくれる怪獣のようで、私はあっさりとアレクシスの存在を受け入れた。
アレクシスは、私の怪獣好きという趣味にも理解を示してくれた。
話も碌に聴かずにフィギュアを捨てたパパなんかとは違って、私が見せた怪獣フィギュアの写真をきちんと褒めてくれたから、あんな奴より余程アレクシスの方が父親に向いてるんじゃないかと思ったものだ。
──アカネくん、君は……自分の思い通りになる世界があったらいいと思わないかい? ──
だからある日、アレクシスがそんな話を持ち掛けて来た時も、軽い気持ちで頷いたのだ。そしてそれが、
私はアレクシスに導かれるまま、コンピューターワールド……即ち、電脳世界に足を踏み入れた。
そして、そこで私の自由になる箱庭として創り出したものが……あの、【ツツジ台】である。
と言っても、私がやった事といえば町の維持を担う怪獣を作った事くらいで、後は殆どアレクシスがやってくれた。
折角の仮想空間だからと、私の容姿も変更した。
髪は薄い紫に、スタイルはよく、皆から好かれる人気者……現実の私とは、似ても似つかない存在だった。
そして、その世界での生活が始まった。作り出した怪獣で街の維持を行い、徐々にツツジ台という世界を広げていった。
……けれど、街を、世界を広げれば当然私の手の及ばない場所というのは出て来る。
そういう時に用いたのが、
アレクシスは私の作ったフィギュアに光を当て、それを本物の怪獣にする事が出来た。
初めてその光景を目にした時は、感動で鳥肌が立ったものだ。
何せ、自分の作ったフィギュアが本物の怪獣になるのである。クリエイターの夢の産物としか思えないような光景に、私は夢中になった。
私の作り出した怪獣が街を闊歩し、建物を粉砕しながら暴れている。人々は逃げ惑い、忌々しいヒーローは現れない。私の夢が結実したような、それはまさに
……けれど、少なくともその時点では私は怪獣で誰かを殺そうとまで考えた事はなかった。
怪獣を暴れさせたのはあくまでその光景が見たかったからであって、誰かを殺したくて暴れさせたのではないのだから。
私はその時、全能感に酔っていた。自分が作り出したこの世界では、自分は神様のようなものだ。
この世界は物も、人も、その全てが私の被造物だ。故に誰もが私を好きになるし、私に逆らう事なんて許されない。そんな考えが、いつの間にか私の中には生まれていた。
──だから、
切っ掛けは、街でしつこいナンパ男に絡まれた事である。
金髪の如何にもチャラそうな男で、私が断ってもしつこく食い下がって来て、なんとかそいつを振り払った時には私のイライラは頂点に達していた。
私は家に帰るなり怪獣のフィギュアを作成し、ドローンでそいつの居場所を確認した上で怪獣を送り込み、その男を殺した。
……その時、何かのタガが外れた音がした。人として大切な何かが、私の中で壊れた音が。
男の死を見届けた私は歓喜で絶叫し、アレクシスもそんな私を肯定してくれた。もう、私を止めるものは何もなかった。
私の被造物なのだから、それをどう使おうが私の勝手である。そんな傲慢な考えを根拠に、私は怪獣による殺戮を繰り返した。
私は神様としての立場を利用し、暴虐の限りを尽くしたのである。
……けれど、そんな私の支配に罅を入れる原因となったのは、皮肉にも私が特別な役割を与えた被造物だった。
その世界で生まれた住人、電子生命体レプリコンポイドは私の作り出した電子生命体である為、
──私は、自分が必要だと思う三つの
気のおけない
そうして、私の箱庭は完成する筈だった。でも、実際はそうはならなかった。
内海くんは私と中々関わり合いになる機会がなかったし、六花はすぐさま他の二人の女生徒と仲良くなり、響くんは……私じゃなくて、六花を好きになった。
私への好意をプリインストールした筈なのに、それが辛うじて機能していたのは内海くんだけで、他二人の反応は淡白なものと言って良かった。
六花は私が話しかければ答えてくれるものの、積極的に私との距離を縮めようとする事はなかった。響くんは私より六花に夢中だったので、私の事を異性として認識するような事はなかった。
……私は、それが不思議でならなかった。だって、六花の容姿のモデルは……他ならない、現実での私だったのだから。
そんな六花を親友役として設定したのは、今思えば現実の私への意趣返しでもあったのだろう。
友達のいない寂しい現実の自分を模したキャラクターの友達になる事で、優越感を得たかったのかもしれない。
でも、実際はそうはならなかった。六花は自力で友達を作り、更には私が恋人役として作った男の子の心まで奪ってしまった。
……何それ、と思った。なんで、現実の私なんかをモデルにした六花が、そんな魅力を振り撒けるんだろうって。
だって、現実の私程じゃないけど六花だって大して人付き合いが上手い子じゃない。
割と淡白だし、少なくとも自分から積極的に他人との仲を深めていくタイプの人間じゃない筈だ。
けれど、六花の周りには人が集まって来る。私と同じ筈なのにどうして、と理不尽な怒りを抱いた事を覚えている。
……でも、だからといって六花を怪獣で殺そう、なんて気にはなれなかった。
今だから、分かる。それは多分、六花が私にとっての最後のストッパーだったからだ。
六花は淡白で素っ気ない人間に見えて、情深い優しい人間だった。たとえ私をモデルにした存在であっても、内面まで全く同じとは限らないのだという事を、私は失念していた。
六花は、私が怪獣で殺した問川達の死を深く悼んでいたのだという。
彼女達の死は、私が思うよりずっと六花や響くんに大きな影響を与えていたらしい。
だから、私の怪獣で作ったあの夢の世界では彼女のお墓が響くんの記憶を取り戻す切っ掛けになってしまったし、六花が私の側に来てくれなかった原因も多分その事が関係しているんだろう。
──そして、恋人役だった響くんや親友役だった六花に私の世界を拒絶された事で、私はもうどうしていいか分からなくなった。
グリッドマンが現れた当初は、まだ良かった。今度こそヒーローじゃなくて怪獣が勝つんだ、と意気込んで怪獣を作ったけれど、私の怪獣は結局最後までグリッドマンに勝つ事は出来なかった。
もう怪獣を作る気力もなくなり、私は街を彷徨い歩いた。私の怪獣が暴走して街の維持用の怪獣を殺したりもしたけれど、それすらもうどうでも良かった。
……そんな時私は、グリッドマン出現のカラクリを偶然にも知ってしまった。
単純に響くんが変身していると思っていたグリッドマンは、六花の家のジャンクを使って彼を変化させたものだった。
──気が付けば私は、所持していたカッターで響くんのお腹を刺していた。
肉を刃物が貫く生々しい感触が腕に伝わり、返り血が私の顔に飛び散った。そのまま倒れ伏した響くんからは大量の血液が流れ出して、その姿を見て六花が絶叫するのが聞こえた。
……そこからの記憶は、ひどく曖昧だった。
私は返り血を拭う事もせずひたすら街を彷徨い続け、当てもなく徘徊していた。
そんな私の前に六花が現れて、私に何かを告げようとした時……アレクシスが現れて、私を……怪獣に、してしまった。
……怒りは、正直沸いて来なかった。そもそも怒りを抱くだけの気力が、その時の私にはなかったのだ。
怪獣の中で私は自分が殺して来た者達の幻影を見せつけられ、それまで壊れていた罪悪感というものがまざまざと蘇り、気が狂いそうになった。
お願いだから、正気になんて戻さないでよ。そんなの、辛いだけじゃん。私は、そんな思いを抱きながら怪獣の中で蹲っていた。
……そんな私を怪獣の中から引きずり出したのは、私が放逐した怪獣……アンチくん、だった。
我ながら手酷い扱いをした筈なのに、アンチは私を助ける為に身を粉にして戦ってくれた。
けれど、そのアンチも背後から現れたアレクシスに刺され、今後は私はアレクシスの中に取り込まれた。
──
多分、あそこで六花達の声を聞かなければ、私はあのままあの部屋の中で一人蹲ったままだったろう。
でも、六花達の呼びかけを聞いて、壊れていた私の心は元の形を取り戻していった。
そして私は自分の部屋から飛び出し、自分の作り出した世界を去る決断を下した。
……私は、この世界にいたら駄目になる。アレクシスはただの切っ掛けで、私は甘やかされたら何処までもつけあがる女なんだから。
だから、この理想の世界を捨てて、自分の……現実の世界に、帰らなくちゃならない。
でも、でももしあの時六花が「此処にいて欲しい」と言っていたら……私は、その言葉に甘えていただろう。
──私はアカネと一緒にいたい。どうかこのお願いが、ずっと叶いませんように──
──けれど、六花はそう言って私を送り出してくれた。六花は懺悔しながら涙を流す私をあやしながら、とても優しい声で私の背中を押してくれた。
だから、辛くても、苦しくても、私は前に進まなきゃいけない。それが、多くの命を身勝手な理由で奪ってしまった私の贖罪であるし、六花達に救われた私が負うべき義務だ。
だから、神様でいるのはもうおしまいにしよう。神様じゃなく、一人の人間として、この現実の世界で生きていこう。
多分、死にたくなるような事も何度もあるだろう。現実はいつも苦痛でしかなくて、つい立ち止まってしまう事もあるだろう。
けれど、あの時の六花の言葉を、涙を覚えてさえいれば、私は前へ進んでいける。不思議と、そんな気がした。
──アカネ、私はこれからもこの世界を生きてくよ。だから、アカネも自分の世界で幸せになってね。──
……何処かで、そんな声が聞こえた気がした。
それは、六花を恋しく思う私が耳にした幻聴なのかもしれなかったけれど……不思議と、それは六花本人がそう告げた声が、風に乗って此処まで届いたもののように思えた。
だから、私はこう言おう。もう会えない親友の、幸せを願って。
──うん。六花も響くんとお幸せに! ──
──私の声が、青空の下で響く。この声が、その言葉が、あの空の下で生きる彼女に届く事を祈って。
頭の中でアカネちゃんが独白を始めたので書きました。
今回の話はこの前書いた「神様のいなくなった世界で」と対の話として書いていますのでそちらを先に読む事をお勧めします。
なんだかアレクシスも喋りたそうにしてるので、近々彼の分もあげるかもしれない。