連邦軍によって奪還されたキャルフォルニア基地に新設されたアナハイム・エレクトロニクスの支社には特殊な部門がいくつか併設されている。
一年戦争末期には量産型モビルスーツ・ジムの大量生産に及ぶなど設備は充分にあり、連邦軍との信頼を勝ち得た企業はより緊密になろうとさまざまな提案を軍上層部に持ちかけた。
その結果として生まれたのが開発部門であり、なかでもRXタイプ──いわゆるガンダムタイプの開発には軍上層部にも受けがよかった。開発部門は潤沢な資金を得ると同時に、吸収されたジオニック社からの情報を引き受けて、多角的なアプローチで新型の試作モビルスーツの開発を推し進めるために独立した部門を枝分かれさせていった。
第5開発室、通称”ペンタメローネ”もそのひとつである。
奇抜な発想で周囲から変人呼ばわりされているエド・オジス博士を筆頭に、彼に見出された研究員たちが集まる開発室は開設当初から試作機の計画を打ち出した。しかし、モビルスーツでモビルスーツを包むなどと本気で考えたゆえの一連の”チェネレントラ計画”は出資者である軍のお目付け役によって、ことごとく計画書の段階で破り捨てられていった。
そんなエド・オジスらを救ったのは、宇宙世紀0080年8月半ばのことである。呆れ果てては代替わりするお目付け役の6人目となる女性士官、アビゲイル・ハーディ大尉の着任であった。
なめらかな赤毛のロングヘアを有する20代前半であろうと思われる若い容姿であったが、その相貌には似つかわしくないアイパッチを左目に被せ、左腕と左足にはそれぞれ義手と義足がはめられていた。
だが、ただの義手義足ではない。
『ピーター・パン』の登場人物である海賊フック船長を思わせるような鉤爪の義手にステッキのような義足で、その寡黙で得体の知れない存在感も相まってか、”ペンタメローネ”の開発室の敷地内では着任早々腫れ物に触るかのように扱われた。僅か数ヶ月で入れ替わり立ち代わりした歴任のお目付け役と同様に、すぐに後任に取って代わるものと思われていた。
そんな彼女であったが、エド・オジスだけは齢60を超える人生のなせる業なのか普段と変わらずに接し、いつも通りのとんでもない計画書を作成して持っていった。
アビゲイル・ハーディは今までのお目付け役と違って、ひとつところにじっとしている人物ではなかった。第5開発室と呼称されてはいるが、その敷地にはそれなりに工廠(こうしょう)も併設されていたので広いものであった。それでも、エドは難無く彼女を見つけてはとんでもない計画書に目を通させて、率直な意見を出すように求め続けた。
アビゲイルは必要ではない言葉を口にしないような素振りがあり、何度も計画書を無言で眺めては無言でエドに突き返すということが続いた。が、ある計画書を提示した時に、彼女は初めてにやりと口の端を歪ませて笑って見せた。
「お気に入りかね?」
エド・オジス博士はできるだけ平静を装って尋ねる。
アビゲイルは、いつものように計画書を丁寧に閉じて、初めて意見を口にした。
「博士は『シンデレラ』に心を奪われているようだ。この機体に魔法をかけることが可能だと思うのか?」
「無論。そう信じている」
「ならば、わたしの改案を盛り込んでいただく。できないとは言わせない」
普段と変わらぬ射るような隻眼の表情で、アビゲイルは強い語気でエドを圧倒した。
エドは短く唸るように返事をするのが精一杯であった。目の前にいる軍のお嬢さんが、まるで地獄の門の番人のように見えていた。
南米ジャブロー基地に程近いアルメンドラ警戒基地は、基地と呼ぶには小さすぎるキャンプベースのようなものだった。
ヴィンス・シュレシンガー中尉を基地司令官に、2つのモビルスーツ分隊を擁する1小隊からなる戦力と人手不足の整備班を保有していた。
そのアルメンドラ基地の小隊を引き受けるエイラム・レヴナー少尉はまだ24歳と若いが、一年戦争の最終局である星一号作戦から生還した経歴を買われて小隊長として赴任してきたのだった。
ヴィンス中尉は元々重要な拠点ではないと軍本部から見做されていた基地に、エイラムのような若者が赴任することを快く思っていなかった節もあり、壮年を越えて中年となったことも相まって一際親身になってエイラムの世話を焼いてきた。その甲斐あってか、エイラムは先任の2分隊8名整備班11名の隊員たちとの親睦もスムーズに深めて、小隊長としての立場を確立していた。
小隊の任務は極めて暇を持て余した警戒雑務で、基地の設営以来まる一年、これといったトラブルもなく経過してきた。それでも計8機からなるモビルスーツ小隊は、それを維持するための物資や整備は必須で、常にジオン軍残党のゲリラ襲撃を想定した訓練なども要した。地理的に物資の補給も困難であり、常にカツカツの状態の自転車操業とも言えた。
そんな中、基地全体に響き渡る非常召集のサイレンが鳴り響いた。
アルメンドラ警戒基地のブリーフィングルームには小隊長であるエイラム・レブナー少尉と第一分隊長のアーメッド・ヒース准尉、第二分隊長のアニムス・ロンドン准尉の3名が招集され、本来禿げ上がった額を隠すように制帽を目深にかぶるヴィンス・シュレシンガー基地司令官の前に整列した。
この地域では2月は夏にあたるとはいえ平均気温は22度前後、比較的肌寒いためか制服は皆長袖を着込んでいる。それでも密林地帯であるため外気の湿度は高いが、部屋は空調がしっかりしていて快適なものになっていた。アニムス准尉は非常召集と言う緊迫した状況だというのに、心地よい空気に思わずにへらと表情を崩してしまい、ヴィンスの鋭い視線に慌てて小さな体の姿勢を正してポニーテールを揺らす。
それを合図に、ヴィンスはその口ひげを揺らして説明を始めた。
「現在、基地より北北東100マイル付近にて、翌日着任予定のキャルフォルニア基地帰属ブルースカル小隊8名が交戦中とのことだ。友軍モビルスーツ4機が狙撃に晒され、従属補給班4名は銃後にて待機中。接敵には未だ至っておらず、援軍を要するとのことだ。即時会敵地点への合流および応戦を命ずる」
思った以上に事態が急を要するもので、アーメッド准尉とアニムス准尉は表情を硬くした。
しかし、エイラムは落ち着いたもので、割と端正な顔立ちに浮かぶ表情には焦りの色はない。
「お言葉ですが、司令官」
と、エイラムは続ける。
「我々グリニングゴースト第1小隊には救出任務に適した機体が多いとは言えません。なぜ本隊は実戦小隊を有する基地に応援を要請しなかったのですか?」
エイラムの疑問はもっともだった。
アルメンドラ警戒基地の小隊は警戒・索敵任務に特化したもので、各分隊の保有するモビルスーツは半数が訓練用であるジム・トレーナーの攻撃兵装改修機だった。残る半数はジム2機にジム・スナイパー1機、量産型ガンタンク1機である。前衛攻撃機であるジムに至っても第一次生産型と呼ばれる中古品であった。
エイラムよりも頭ひとつ大柄なアーメッドと、少女のような童顔のアニムスが心配そうに顔を見合わせる。
ヴィンスは、やはり気付いたか、といった風に眉を動かして
「はっきりとした理由はわからないが、当基地が最も適任であるとの判断なのだろう?」
与えられた任務は覆らないぞ、という脅しがそこには垣間見えた。
エイラムは踵を揃えて鳴らし、左手で敬礼を返す。
それまで様子を伺っていたアーメッドとアニムスも、それに倣って敬礼をする。
「了解しました。エイラム・レブナー少尉以下8名、グリニングゴースト小隊は只今をもってブルースカル小隊救出の任に付きます」