アルメンドラ警戒基地はいつになく慌しい様相を呈していた。
整備兵が旗を振って誘導する中、ハンガーと呼ばれる多目的格納庫から次々とモビルスーツが姿を現す。
重々しい足音が響くと、付近の森の枝葉からカラフルな鳥たちが飛び立ち、猿のような獣たちがけたたましく騒ぎ立てた。
ハンガーの目と鼻の先には、不定期に運ばれてくる物資のための空き地があり、1機の戦術輸送機がハッチを開けてモビルスーツたちの積み込みを待っている。
その輸送機は旧来のミデアよりも大型に作られた新型で、月の女神の名を冠してミデア・ロナと名付けられていた。より多くの物資を積み込んで空輸できるが、アルメンドラ基地からしてみれば本部にとっての重要度の格下げが手にとってわかる。ただでさえ不定期なものがさらに疎遠になるのは目に見えていた。
ただ、今回はその本部の意向がチャンスとなった。
「急げ、急げ、急げ! 敵は俺たちの到着を待ってはくれないぞ!」
第一分隊長のアーメッド・ヒース准尉は深緑のジャングル迷彩塗装のジムから拡声器で声を荒らげる。アメフトの選手のように恵まれた体格に見合った野太い声は、整備兵たちに緊張感を与えた。裏では”グリーンオーガー”などと揶揄され、怖れられる一方で敬愛されてもいた。
「サラ! ”チョコバット”のタンクよりも先に乗れ」
アーメッドに名指しされたのはサラ・ルヴァリエ軍曹。
”シュウェット”という二つ名を持つジム・スナイパーのパイロットだが、彼女のような女性士官──いわゆる”WAVE(ウェーブ)”──はキャルフォルニア基地上層部の一部派閥による排斥思想によって閑職に追いやられていた。もちろん二つ名に恥じぬほどの活躍と成績を残す彼女にとっては面白いはずもなく、次第に反発的な態度や命令違反を繰り返し、キャルフォルニア基地の兵士たちの間では最悪の左遷と呼ばれる『アルメンドラ送り』に処されたのだった。
そんな彼女を支えるのが”チョコバット”のコードネームで呼ばれるショーン・コーディ・パットン軍曹。
量産型ガンタンクのパイロットで、同じく後衛のサラの護衛を兼任しているために彼女と話す機会は多い。いつも棒状のチョコスティックを葉巻よろしく咥えていることから”チョコバット”とあだ名を付けられているが、男たちの間では別の意味があるらしい。
「わかってますって、分隊長」
答えたのはサラではなくショーン。
アーメッドのジムのコクピット内でスポットウィンドウに映された痩せた体つきにぼさぼさの髪、無精ひげに黒縁メガネといったショーンの風体はまるで”ヲタク(ナード)”のようだ。
「それならいいがな。小隊長に言われたとおりに換装してあるんだろうな?」
「勿論。抜かりないですよ」
アーメッドの疑問にショーンはチョコスティックを揺らして自信たっぷりに答える。
俗に言うドヤ顔ってものだ。
彼らの映像通話はサラのモニターのスポットウィンドウにも表示され、二人のやり取りに彼女は口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
肩の上で切り揃えられたソバージュのブロンドの髪と、ほんの少し吊った感じの子猫のような深い青の瞳に彩られたサラの笑顔はショーンにとってかけがえないものだ。彼女が配属されるまで、ショーンにはアルメンドラ基地に現在のような居心地はなかった。
ショーンもまた『アルメンドラ送り』の被害者であり、この基地に着たばかりのサラと同じように心を閉ざしていた。他の隊員とコミュニケーションが普通に取れるようになったのも、小隊長のエイラム・レヴナー少尉とサラのおかげである。
そんなセンチメンタルを払拭するようにショーンは横に首を振ると、量産型ガンタンクのキャタピラを慎重に操作してサラのジム・スナイパーのあとに続いた。
6機のモビルスーツはハンガーの目の前に鎮座した新型戦術輸送機ミデア・ロナのコンテナに問題なく全て収容された。
エイラムはショーンの量産型ガンタンクが固定されるのを確認してから
「キャプテン。準備万端だ」
と、ジム・トレーナーのコックピットから呼びかける。
ミデア・ロナのキャプテンからの返答と同時にコンテナのハッチが閉じられ、VTOLの駆動音がやにわに大きくなった。
程なく機体が揺れて上昇する振動がモビルスーツに伝わると、いよいよ出撃という実感が隊員の間に広がってゆく。通常のミデアの2倍のペイロードを持つこの新型機ではあったが、エイラムの試算では15分とかからずに会敵ポイントへ到達することになっていた。
エイラムのコックピットには5つのスポットウィンドウが開き、今回の救出作戦に参加する隊員の面々が映っている。第一分隊からはアーメッド・ヒース准尉、ショーン・コーディ・パットン軍曹、サラ・ルヴァリア軍曹の3名全員が、第二分隊からはアニムス・ロンドン准尉、オフィーリア・ウィルビー軍曹の2名が選抜されていた。
エイラムはじっくりと注意深く隊員たちの表情を読み取ってゆく。
少なくともアルメンドラ基地での戦闘記録はなく、各隊員の経験値は異動前のものに委ねられていた。
分隊長クラスの二人は言うまでもなく一年戦争を生き延びてきた経験があるため問題はない。残る3人の中ではオフィーリアだけが明らかに緊張の色が見える。
東欧系のブルネットの長い髪を邪魔にならないように後ろに束ねているその額には、すでに薄っすらと汗が滲み出して、30代にそろそろ届こうかという容姿に大人特有の色気を醸し出していた。索敵班を歴任してきた非戦闘系の役割もあり仕方のないことであろうし、彼女の普段の仕事を見てきた上では緊張しすぎているということもない。
安心して任せられる、とエイラムは控えめに評価している。
そんなオフィーリアとは対照的なのが、彼女の所属する第二分隊の長でもあるアニムスだった。
エイラムは”アニー”と呼ぶように強制され、アルメンドラ基地に着任してからは何かにつけて懐かれるようになっていた。
薄い色の金髪をポニーテールに結び愛嬌のある顔立ちで、緑色の瞳はパッチリとして全体的な幼さを隠さない。年を聞けば22とほぼエイラムと変わらないが、160センチに及ばない身長はアニムスの幼さをさらに強調していた。
スポットウィンドウに映るアニムスの様子には全く緊張は見られない。まるでピクニックに行く前のように、ポニーテールを解いてツインテールに結びなおしている。
「随分余裕じゃないか、アニー?」
エイラムが聞けば、アニムスは髪を結ぶゴムを口に咥えたままでにっこりと微笑み、ツインテールの残る片方を手早く結んだ。
「どう? 似合うかな?」
「あ、あぁ……まぁ、似合ってる」
ドキッとするような態度に面食らってか、エイラムは視線を泳がせてぶっきらぼうに答えてしまった。その態度は余計にアニムスの小悪魔にも似た性格を刺激して喜ばせてしまうのだった。
エイラムは自分を落ち着かせるように、いつもの呪文を胸中に呟く。
──彼女は男だ、彼女は男だ。アニーは男だ。