執事の世界に咲くものは   作:でぃえん

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試験が終わったので。


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木と珈琲豆の匂いが漂う喫茶店に、私は来ていた。 

 

電車に乗って二駅、カフェ巡りが趣味の花音さんとも行ったこともない場所。 

 

長身で細身の彼を見つけるのは簡単だった。 

 

 

「すまんね、わざわざ呼び出して」 

 

「いや、別に」

 

いきなり位置情報を送りつけられて困惑してしまった。 

まあそれはいい。弁明するって言ってたし。 

 

 

座りなよ、と言われるがままに向かいの椅子に座る。 

適当にお茶とケーキを注文して、私は口を開いた。 

 

 

「…学ラン着てるってことは、本当に学生なんですね」 

 

「まあね、通わせてもらってる」

 

彼は珈琲に角砂糖を二つ落とすと、かき混ぜはじめた。

茶を淹れてるのは見たことあるけど、自分で飲んでるのは初めて見る。

一口飲んで、顔を顰めてもう一つ角砂糖を落とした。甘党か。 

 

「…通わせてもらってる?」 

 

「ああ、俺の金で行ってるわけじゃないから」 

 

彼はそう言って肩をすくめた。  

 

…やっぱり、同じ高校生とは思えない。 

 

 

「…本当に、こころのストーカーとは思えないんだけど」 

 

「いきなりぶっこんできたな」 

 

「いや、だってその話をしに来たんでしょ…」 

 

彼の所作は、喫茶店のシックな雰囲気に映える。

見惚れる人もいたっておかしくない。

 

…こんな形ではなく、普通に遊びに来るだけならなあ。

 

 

「なんで顔を見てため息をつかれないといけないんだ」 

 

「なんか凄く残念な気持ちになって…」

 

「…言っとくけど別にストーキングしてるわけじゃないからな」

 

「じゃあ、あの隠し撮りの数々は…」

 

「あ、やっぱり隠し撮りだと思われてる? まあそうなんだけど」 

 

「もう言い訳できないんじゃない?それじゃあね」 

 

「席を立つな」 

 

いや、だってさあ。

帰りたくもなるでしょ。  

 

 

「あれは俺が飾るために撮ったわけじゃあない」 

 

「……? でも飾ってるじゃん」 

 

「一応機密なんだけど、あれは仕事で撮ってんだよ。

社長……こころ様の父親に言われてね」 

 

「こころの、父親……」 

 

そういえばあの屋敷でも見たことない。 

 

 

 

「社長は忙しいから、あまりこころ様にも会ってあげられないんだ。

だから俺にこころ様の監視と報告を頼んだ」 

 

「…なんで他の黒服じゃなくて、あなたに?」 

 

「黒服が社長の息がかかってる者だと思うか?

あの超人集団をあれだけ集めるだけでも大仕事だ」 

 

彼は肩をすくめて、そして鼻を鳴らした。

 

 

「そう、彼女たちは社長が一々見極めた人物じゃない。

それが不安だと感じたから、社長は俺をこうやって弦巻邸に潜り込ませた」 

 

「そして仕事で送るはずの写真を勝手に自分の部屋に趣味で貼り付けてるんですね?」

 

「……」

 

あ、目を逸らした。 

 

「まあ、盗撮じゃないということだけは……分かっていただければ……」

 

最後には消えそうな声でもごもご言ってるだけだった。

 

 

「でも聞きたいのはそういうことじゃないんですよねえ」

 

紅茶を飲みながら私は言う。 

味は…美味しい。 

彼が普段淹れてるのと違いが分からない。貧乏舌だからだろうか。 

 

 

「結局こころのことはどう思ってるの?って、それだけ」 

 

「…それを聞いてどうする? そのままこころ様に伝えるつもりか?」 

 

「言わないって。いいから早く」

 

「怖い怖い!身を乗り出すな!」

 

おっといけない。

女子高生なのでこういう話に興味がないわけないのだ。

しかも相手があのこころだし。

 

 

「君の期待するような答えじゃないと思うけどなあ」

 

そう言ってため息をつく。

 

「つまり、好きだとかそういうのではないと」

 

「そもそも好悪の話じゃない…と思う」

 

コウオ、ときた。

頭の中で変換するのに少し時間がかかってしまって。

私は少し顔を顰めた。

 

彼はそんな私の目を覗き込む。

吸い込まれるように深い、ヘーゼルの瞳。

 

 

「そうだな…君にも、分かるかもしれない」

 

「分かる?何を」

 

「彼女は俺からはあまりにも遠い。

だから、俺は…。 

 

彼女を同じ人間として見てすらいないと思う」

 

 

「……」

 

頭を揺さぶるような一撃。

 

それは、私が()()はじめ感じていた印象と、全く同じだった。

 

 

「彼女を何と思っているか、ね。

その答えは太陽だ。彼女は普く世界を照らすから」

 

カフェに西日が差し込む。

彼が、急にオレンジ色にカッと染まる。

 

 

「俺はその輝きに魅入られたに過ぎない」

 

西日が差し込んでいるのも気にせず、彼はむしろそれをそのまま反射してキラキラと、瞳を輝かせていた。

 

 

「だから…彼女へのこの思いは、信仰だと俺は思っている。

彼女なら事実世界を笑顔にできると俺は信じてるし、彼女の思想に焦がれ続けている」

 

…やっぱり、そうだ。 

 

彼は、私とは違う場所にいる人だ。 

 

 

「だから俺はこころ様のために身を粉にしているわけで、それは他の黒服だってそうだ。

言うなれば、みんな信者だな。

 

…まあ、君はそんな理由で彼女と共にいるわけではないんだろうが」

 

それでいてムカつくのは、こいつはしっかりと見えているからだ。

眩しさの中でなお、その視力を、思考を失っていない。

 

 

 

「…そうだね。あたしは、こころをそんな風には見られない。

こころが普段言ってることも疑問に思っちゃうし」

 

こころは、夢がバカみたいに大きいバカなお嬢様だと今でも思っている。

だから、私が支えないとダメなんだ。

だって放っておいたら、あの子は暴走するから。

 

 

彼はしかし、それを聞いて笑った。 

 

「そういう風だから、こころ様は君に懐いてるんだろう」 

 

「懐いてる?本当かな…」 

 

ミッシェルには懐いてると思うけど、私に対しては怪しい気がする。

最初の頃は名前覚えられてなかったし。 

 

まあ、そう言われると悪い気はしなくも…ない。

 

 

「…まあ、俺のほうはそういう気持ちだってことだ」

 

「うん、私も聞けて本当に良かったよ。

いつかこころを襲うかも、なんて考えもしたし」

 

「なんて畏れ多いことを!」

 

そこまで顔を青ざめさせなくてもいいのに。

 

「社長に…殺される…」

 

怖い呟きが聞こえた。

 

私の失言だ。

この話題、お互いの精神衛生に良くない。

 

 

「えー…あー…そうだ!

どうして弦巻家で働いてるんですか?今更な疑問ですけど」

 

だから無理矢理話題を変えてやる。

 

「ん?あー、拾い子みたいなもんだから。社長にね」

 

…おかしい。変えた話題もダメだったみたいだ。

助けて下さい。

 

「なんだ、俺がはじめてこころ様とお会いしたときの話が聞きたいのなら早くそう言えばいいものを」

 

それなのにこの人は何故かまたニヤついている。

やっぱり、こころの話になるとこの人はやたら饒舌になる。新たな発見だ。

 

「え、別に聞きたくな…」

 

「そう、あれはよく晴れた日でな」

 

ねえ、人の話聞いて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れた。

 

そもそもなんで私があっちのペースに巻き込まれているんだろう…?

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