オミナエシ
「それじゃ、最後の曲よ!『えがおのオーケストラっ!』」
(黄色のサイリウムが…菜の花畑みたい)
いつも通り、すごい盛り上がりだ。
お客さんがみんな笑顔になって、こころ達も笑顔で。
会場全体が笑顔で一体化する。
そんな感覚は、ハロハピで初めて味わって。
こころの言う絵空事だって、叶えられると思ってしまいそうになる。
…着ぐるみ越しに、ライブ会場をぐるりと見回す。
病院や公園でするライブと違って、やはり大人が多い。
あそこのあの人なんてほら、結構背が高い。
…ちょうど彼くらいの身長だ。
学生服だし、外見もそっくりだし、ヘーゼル色の目をしているし。
というかどう見ても本人だ。
…見つけてしまった。
と、いうわけで羽沢珈琲店にいる。
羽沢さんがチラチラとこっちを見ている。
…いや、そういう関係ではないからね?
「こころ様を見に来たんだけどなあ。CiRCLEって撮影禁止なんだな」
「……え?撮ろうとしてたの?普通無理ですよ」
「それにしても、よく気付いたね。他にも客は沢山いただろう」
ははは。
なんでだろうね、ほんとに。
「……そんな針金みたいな見た目してたら気付くよ」
「は、針金…」
ショックを受けているようだ。
実は気にしてるのかもしれない。
「あ、ごめん。気にしてるなら謝るよ」
「いいけどね、だいたい事実だし。
それより音源出てる?あれば買いたいんだけど」
いい客だなあこの人。
「今のところはないけど。
でもそうか……CD、作っちゃうのもいいかも」
「ん、楽しみにしてる」
楽しそうだなこの人。
「というか、今までライブ来たことなかったんですね?」
「……まあ、他の黒服に見つかるのも気まずいし」
「あー…」
…ん?ちょっと待て。
「それじゃあ特別に今回来る理由があったの?」
「ま、そりゃそうなんだけど……言わなきゃダメか?」
「ここまで含みを持たされると気になるに決まってるよね?」
彼は、ため息をつくと無言でこちらを指差した。
「……どういう意味?」
「君が、ハロハピの曲を作ってると聞いたからね」
「う、うん。まあ作曲はあたしが大体やってるけど」
「そう、しかも作詞はこころ様だ」
「まあ、そうだけど」
「そういう理由さ」
うーん?
「さっぱり分からない…薫さんみたい」
「そんなに頓珍漢だったか」
彼の薫さんに対する認識が酷いと思った。
「……そうだな。まあ単純に言うならば……。
気になったんだ。君がこころ様の世界を翻訳してるって聞いたから」
「……まあ、あたしだけじゃないですけど。
花音さんも手伝ってくれるし。こころはキャッチーなメロディーをパッと思いつくし」
「やはり天才か…」
うんうんと頷いてて非常に気持ち悪かった。
「…ま、でも翻訳っていうのは近いかも。
こころの漠然としたイメージとか断片を曲にするの、結構大変」
「そうそう、そういうのを聞きたくてさ」
「……そういうの、とは?」
「いずれ君達はきっと、もっと遠いところまでこの歌を届けることになるだろう」
真面目くさった顔で彼は言った。
「大袈裟な…」
「いやいや冗談じゃあないぞ、社長がその気になればね」
そうだ。その気になればハロハピは、弦巻家の力を借りれば
あっという間に…。
「でも、そういうのは」
「嫌かい?」
彼は私の言葉を遮った。
「今だってハロハピは、弦巻の力を借りているのに?」
正論だった。
それでも、心に引っかかりは残った。
「そりゃ、今でも弦巻の人たちにはみんなお世話になってるけど…
でもあたしは……
……あー!うまく言えない!」
羽沢さんが肩をビクリと震わせた。とても申し訳ない。
彼は目の前の相手の困ってる顔が面白いのか、楽しそうに笑った。
性格悪いな。
「意地悪な質問だったな、まあ言いたいことは分かる」
「…なら聞かないでもらえます?」
「それに、その意向は汲もうが汲むまいが一緒さ。
こころ様ならどうであろうと成し遂げるに決まってるからね」
「ねえ、話聞いて?」
どうして私の周りは好き勝手喋るのが好きな人だらけなんだろう?
「…まあつまるところ、ハロハピが弦巻こころの思想のままかどうかを確かめに来たわけ」
「…面倒臭い言い方するよね、言いたいことは分かるけどさ。
素直にあたしが心配だったといえばいいのに」
「いやいや、むしろ信頼してるとも」
次の言葉は呟きに近かったが、私はその言葉を確かに聞いた。
「君ならば、こころ様の思想そのものさえ変えられるだろうからね」
「………」
分からなくなった。
最後の言葉の真意も、この人が私を無駄に高く買っている意味も。
彼が執事の顔をしているときの心中のように。
アブラナとオミナエシのように。
「…それで、結果はどうだったの?」
「期待した通りだね!」
「…そりゃ、お眼鏡に適ったようで」
「いや、あの…試すような真似をして悪かったんで機嫌を直してもらえませんか」
「そこじゃないんだなあ、もういいから早く会計してきて」
「また奢らせる気なの…?」
お?この人は私に弱みを握られていることを忘れてそうだな。
これからは時々思い出させてやろうと思った。