【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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UMP9

 太陽が地平線の彼方に沈み、月が頂点に差し掛かる時間帯。

 

 夜間警備の人員以外は休息をとり、日の出ている時間帯で勤労に勤しんでいた者達が休息をとるような夜闇に包まれたグリフィン基地の一つ。

 

 その司令室で夜間の作戦を行うために留まっている――訳では無く、電源の落ちたパネルの上にアルコールと化学調味料を置いき隣り合うようにパネルの上に座って密かな楽しみに興じる為に集まった影が二つつ。

 

「かんぱ~い♪」

 

 影の一つは腰まで届く様な黄褐色の髪を二つに纏めた右目に傷痕を残す戦術人形、UMP9。彼女は上唇を猫の様に丸め、弾けるような笑みを浮かべてグラスを掲げている。

 

「かんぱーい」

 

 それとは対照的に、9の顔色を伺うようにオズオズとグラスを掲げている影の正体は指揮官。このグリフィン基地に居る戦術人形を統括し指揮する者。人形たちにとって、自分達を指揮する頼りになる存在。

 

「もう!もうちょっと乗り気で乾杯してください!」

 

「いや……うん」

 

 指揮官は困ったように頷くと、再びグラスを掲げて。

 

「かんぱーい!」

 

「かんぱ~い♪」

 

 弾けんばかりの笑顔を浮かべる9のグラスに、ヤケクソだと言わんばかりの大声で音頭をとった指揮官は、手に持ったグラスを9のグラスに当て甲高い音を司令室に響き渡らせた。

 

 

 

 9は他の404小隊の機体と違って司令室に侵入するような不躾なマネはせず、昼間に堂々と今夜は一緒に飲まないかと誘ってきたのだ。

 

 当初は、9の事だから仲の良いUMP45、HK416、G11と共に飲もうと言う意味なのかと指揮官は思ったのだが、そうでは無く二人っきりで飲みたいと言って来たのだ。場所はグリフィンの基地にあるバーでは無く、指揮官が(基本的には)一人飲みを堪能している司令室で。

 

 指揮官は当初、HK416、UMP45の様に(G11は感情が溢れて漏れてしまった結果だと指揮官は判断しているので除外)『そういう事』をしたいという下心があるのかと疑ったが、彼女はニコニコと答えを待っているだけ。

 

 404機体の中で誰の感情が一番読めないかと聞かれれば指揮官は間違いなくUMP9であると答えるだろう。HK416は隠しているつもりでも自分から感情を表に出してしまうし、G11は溜め込んでしまう事はあるだろうが基本は素直。UMP45も感情のスイッチを設定しているみたいで隠すのが上手いと思うが、気分が高ぶる様な事が起きると本性を曝け出すことが多い。

 

 9が一番裏表無く社会的でいつもニコニコと笑っている様な朗らかなイメージがあるが、いつもニコニコとしていて感情の変化が乏しいからこそ、腹の内が読めない。読心術の対策としては、UMP9が正解だ。事実、彼女のオリジナル機が所属する404小隊のUMP9は一切の感情の変化も無く笑顔で拷問も殺戮も出来ると言う。

 

 じっと彼女の瞳を見て、真意をはかる司令官。しかし、彼女の瞳に変化は無く、相も変らずその奥底は見えない。何も反応を返さない指揮官に眉を寄せる。

 

「う~ん……。もしかして、45姉達とも一緒の方がいい?」

 

 45が居れば、9が何かをしでかそうとした時のストッパーになってくれると思ったのだが、そこで指揮官に電流が奔り過去の記憶を蘇らせた。

 

『今度は9も一緒に……ね?』

 

 あの日、45から(性的に)襲われた翌日に言われた言葉。あの言葉が本当なら9と45が一緒に飲みに来るという事は、45はストッパーにはならず、寧ろ扇動して来るのでは無かろうか?その上、自分も加わろうとしてくるのではないのだろうか?

 

 9は45達と言った。45のあの言葉を思い出してからだと、あの四人達と共に飲むと言うのは、まるでクリスマスにでるターキーを貪るかのように、指揮官をターキーの代わりに四人で自分を貪ろうとするだけなのではなかろうか?

 

 そんなことになったらたまったモノでは無い。一人の相手をするだけでも翌日は枯れ果ててしまうのに、多数を相手する事になったら、肉体と精神の疲労の余り唐突に実家に帰って休養したくなるのではないか?そんな後ろ向きな確信が指揮官にはあった。

 

 その考えに至った提督の頬に冷や汗が伝る。自意識過剰な被害妄想爆発の様に思われるかもしれないが、指揮官には9以外の三人にすでに襲われている実績があるので、笑い話では済まない。

 

「大丈夫、指揮官?」

 

 心配そうに眉を曲げながら指揮官の顔色を伺う9。彼女は気づいているのだろうか?純情青年でありたいという指揮官の苦悩が。

 

「あ、あぁ……大丈夫だ……」

 

 袖で汗を拭って、思考状態から抜け出す指揮官。

 

 断る事が出来たらどんなに楽だろうか。しかし、彼は人形たちの統括者。戦術人形たちのコンディションをベストに保てるようにするのは、指揮官の役目。もし、9が悩みを抱えていて、飲みたいと言うのは悩みを相談する為の口実として使っている可能性がある。人間関係も人形関係も亀裂が入ったまま放置して作戦中に関係が悪化して大変な事になるのは、いつの時代も注意すべき事だから。

 

 だから、指揮官は断らない。断れない。その優しさと甘さが入り混じった性格が彼の魅力であり弱点であるとも言えるのだろうが。

 

 ともかく、今は9を信じよう。9は下心など無くただただ自分と飲みたいだけか、相談事があるけど恥ずかしいからそう言っているだけであると。

 

 そう決めた指揮官は、出来る限り自然に笑顔を作った。

 

「あぁ、いいぞ。今、夜の予定を思い出してたんだが、何も無かったから。飲むか、二人で」

 

「ありがとう指揮官!」

 

 こうして9の腹の内を予め探ろうとして結局探ることが出来ず、彼女を信じると言う判断が正しい事を祈りつつ彼女との飲みを承諾した。

 

 45と416の様に、唐突な乱入者(G11に関しては司令室に放置してしまったのでは無いかと指揮官は半分自分を疑っているので除外している)として現れるよりマシであると判断して――

 

 

 

 

 このような経緯を辿って9との飲みにオドオドとしながら興じていた指揮官なのだが、相も変わらず9の腹の底は見えない。

 

 相変わらず腹の底は読めないが、9はニコニコとアルコールを飲み続け、時には指揮官にお勧めのレシピはあるかと聞いて自分でアルコールを味付けしてみたり、偶にレシピの分量を間違えて渋い表情を披露したりと、問いかけがメインで指揮官自体は一口も飲まなかった45との飲みや、一つのコップで飲みまわしじジッと飲んでる姿を見つめて困った事を聞かれたら『私は完璧よ』botと化す416との飲みよりも断然楽しいモノであった。

 

 9は404小隊機の中でも裏表がない分恐ろしいとされてるが、一番社交性はあると評されてる通り、9は自分から次々と話題を振ってくれる。

 

 この前街に行った時に私服を買ってみたと言うエピソードや、たまたま行ったカフェのミルクティーが濃厚で美味しかったとか、戦闘で完全破壊されて大変だったとぷりぷりと怒りながら語ったりだとか、極東から移住したという老人が経営する駄菓子屋と言うお店に行ってみたら沢山お菓子をサービスしてくれたと言うお話だとか。

 

 自分から話題を出すとなったら『最近の調子はどうか?』、『悩みあるか?』とありきたりな話題しか提供できない指揮官にとって9から話題を提供してくれるのはとてもありがたいことだった。

 

 自分から話をするより、人の話を聞く方が指揮官も好きなので、指揮官も会話を楽しめる。

 

「ああ、あのチョコバーうまいよなぁ。私は、あれのホワイトチョコ味が好きなんだよ」

 

「うーん。私はストロベリーチョコの方が好きかな?」

 

 家庭の事情で駄菓子に深く馴染みのある指揮官は、特に駄菓子に関しての話題に強く心惹かれ、珍しく自分からも深く語りだしてしまう程に。

 

 駄菓子を気に入った9も指揮官の話を夢中で聞き込み、自然に新たな話題を振っては指揮官から新たな話を自然と引き出そうとしている。

 

 話が途切れない至福の会話の時間。話を肴にして流し込む格安のアルコールは、416が押収物から盗み出した密造酒と変わらない旨さの様に感じる。

 

 ――9は本当に私と飲みたかっただけなのかもしれない。

 

 心の中で9に対しての謝罪を述べながら、指揮官は会話に興じた。

 

 

 

 

 

「はははっ」

 

「ふふふっ」

 

 会話が一旦途切れた隙に指揮官は腕時計を盗み見る。時刻は長針と短針が頂点で抱き合うまで十数分と言った所。会話を楽しんでいたのも確かだが、本日は会話が弾みすぎて少々飲み過ぎた自覚が指揮官にはある。

 

 明日の為にも本日はもうお開きにしよう。

 

 そう提案しようとした所で、9は指揮官の身体に寄りかかってきた。

 

「んー……しきかーん……」

 

 すりすりと柔軟な素材で出来た頬っぺたを指揮官の胸元に擦りつける。

 

 45が酔うと猫語を使うのに対して、9は行動が猫の様になるのかと、指揮官は酔いが回った頭で考えていた。

 

「しきかーん……」

 

「なんだー?」

 

 呂律や思考が回って無いせいで、二人して間延びした口調にってるのに気づいて二人は小さく笑い声を漏らす。

 

「私達って家族だよねー?」

 

 家族。それは9がこだわっている言葉。

 

「ああ、家族だ」

 

 その答えに指揮官は酔いを振り払って家族だと即座に返す。

 

 そうここに居る皆は家族も同然。同じ場所で寝起きし、共に戦場を駆け抜け、成功した喜びを自分の様に分かち合う。その様は指揮官が実家で育ってた頃の家族像となんら変わりない。

 

 だから、指揮官は迷いなく答える。自分達は家族であると。

 

「指揮官は家族の事が好きー?」

 

「あぁ好きだぞ」

 

 9の言う家族が指揮官の肉親達の事なのか、或いはこの基地の事なのかは酔った頭ではわからないし聞く気すらも起きなかったが、とりあえずは後者の事であると判断してそう答える。

 

 そう、指揮官は皆の事が好きだ。ヘリアンもカリーナもここの職員や技師たち、UNP9達戦術人形の事も。恐らく全員残らず好きだと答えれるだろう。

 

「ふふっー♪しきかーん」

 

 彼女は機嫌よく鼻を鳴らしながら、火照った手で指揮官の両頬を包むと、唇を彼のそれに押し付けた。

 

「!?」

 

 驚愕に目を丸める指揮官。9は驚きで跳ねる指揮官の反応を楽しみながら、深紅の舌を彼の口内に侵入させて蹂躙する。

 

「んっ……じゅっ…ちゅる……」

 

 生々しい水音を立てながら、彼の歯列をなぞるかのように舌を押しつける9は指揮官のことを中から書き換えようとするかの様。更に9の舌が指揮官の舌を組み強いて味わう。器用に指揮官の舌に絡みつく9の舌は、どちらが上かをわからせようとしているみたいであった。

 

 余りにも強い力で頬を挟まれているので、指揮官は顔の向きを変える事も振りら這う事も出来ない。そもそも、振り払うと言う判断は無かったかもしれないが。

 

 キャンディを舐めるかのように散々指揮官の口内を嬲って満足した9はゆっくりと舌を自分の口内に戻し、透明な橋をかけながら離れてゆく。

 

「よかった。指揮官は家族(わたし)の事が好きなんだね」

 

「ちょ、それはどういう」

 

「聞いたでしょ?家族(わたしたち)のこと好きって」

 

 ニコニコと弾けるような笑みはいつもの9のそれと変わらない。だがしかし、それには深みがある。その深みは決していつもの9が纏っているような朗らかな深みでは無い、もっと黒い、陰気な深みが。

 

 酔いが回ってたはずの指揮官の頭は、9からの深い口づけで酔いから完全に冷めて、先程までの情報を整理を始める。

 

 9は確かに家族と言った。最初に聞いたのは『私達は家族か?』と聞いた。それはこの基地にいる皆は家族だと言う意味だと思った。次に聞かれたのは『家族の事が好きか?』と問われた。それも勿論好きだと答えた。

 

 怪しい言葉は『家族』位しか無い。その『家族』の定義が指揮官の思ってたものと違うのもだとしたら?9の指す家族が『基地の皆』という意味では無く、『指揮官と9』という定義だとしたら?

 

 そう、そう考えれば辻褄は一応合う筈だ。彼女がわたしの事が好きなんだねと言った理由が。

 

「45姉も416もG11も酷いよねぇー。私達、家族の関係を壊そうとするなんて」

 

 何とも、何とも理不尽な言葉遊びの結果なのだろうか。酷いと言いたいのは指揮官の方である。しかも、何を言おうにも『指揮官が勘違いしたのが悪いんだよ?』と言い返されても反論がしづらい。認識のズレによる答弁は根本を正さない事には意味が無いから。

 

「でも、大丈夫。今日は私達家族の時間だよ?いっぱい愛し合おうね指揮官♥」

 

 指揮官は気づいた。UMP9の酔い方とは、猫の様に甘えるのではなく、普段は表に出さない独占欲と思い込みか妄想の発露であると。

 

 強い力で指揮官をパネルへ縫い付けて、再び一つになる為に唇を接近させてくる9。

 

 ――45……9と酔った状態でやろうとしたら壮絶な喧嘩が始まる事になりそうだぞ……

 

 心の中で妹想いな腹黒い姉に忠告する指揮官。司令室を照らす照明が二つの影が一つになるのを見守っていた。

 

 

 

 

 

 翌日から暫く、指揮官は普段の服装ですら肌の露出が無いのに、殊更肌を見せないように厚着して業務に励んでいたと言う。本人はちょっと体調が悪くて寒気がするからと言い張っていたが、噂では蚊に刺されたような跡が大量にあったと言う。

 

 UMP9は指揮官の厚着をジロジロ見る度に機嫌よく溌溂と微笑んでいたと言う。

 

 指揮官が数日間厚着をしていた理由。UMP9が厚着を見る度に笑っていた理由。それは当事者のみが知ることだろう。 




「ペルシカさん」

『あら、指揮官?珍しいわね』

「戦術人形ってアルコールを摂取すると性欲が500倍位になるんですか?」

『指揮官も面白い冗談を言えるのね。そんな機能は無い筈よ』

「えぇ……」

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