【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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スプリングフィールド

 太陽が地平線の果てに沈み、地表を照らす役割を月へと引き継いだ頃合い。

 

 グリフィンの基地も昼に哨戒と警備を行っていた人員は、夜間に動く人員へと引き継ぎが終わり、基地の機能を最小限に留めた頃合い。

 

 本日は夜間の作戦も、後方支援も無く。多くの戦術人形と、彼女達を指揮する指揮官も羽を休め、明日へと備えている。

 

 そう確かに羽を休めているのだ。

 

「乾杯」

 

「乾杯です」

 

 指揮官と狐色の長髪をリボンで結った戦術人形、スプリングフィールドは精密機器を冷却するために動くファンの音だけが響く司令室でアルコールを摂取すると言う形で。

 

 事のきっかけは昼の作戦終わりにスプリングフィールドから、飲まないかと誘われたからだ。

 

 最近、戦術人形とアルコールを飲むと高確率で性的な被害者と化し、見る夢は後方幕僚や上司から襲われるものばかり見るのが最近の悩みな指揮官ではあるが、スプリングフィールドからの要請は快く受けた。

 

 つい先日、飲酒したWA2000と言う爆弾を投下しては来たが、スプリングフィールドは他の戦術人形や人間たちへの気配りが上手な子。

 

 なので、スプリングフィールドまで流石に襲ってこないだろう、無理に行為に及ぶような真似はしないだろうと楽観視し、こうして彼女の望みを引き受けたのだ。

 

 スプリングフィールドには、WA2000を始め気難しい戦術人形を任せている負い目も若干ある。だから、彼女の愚痴を聞いたり、話し相手になってあげると言った形で、何か癒しを与える事が出来ればと、彼は思っていたから。

 

 指揮官はグラスに口づけると、喉を慣らす様にして飲む。溜まった一日の疲れをアルコールと一緒に飲みこむように。

 

 最初はおずおずと口に含んでいたのだが、ある時何かに気づいたように一気に瞳を見開き、一息にグラスを傾けて勢いよく飲みこみ始める。

 

「イイ飲みっぷりですね」

 

 指揮官の勢いが気に入ったのか、スプリングフィールドは微笑みながら彼の飲みっぷりを見守る。

 

 彼が一息に飲んだのは、スプリングフィールドが入れたカルーアミルク――を模した物。

 

 コーヒー牛乳のような甘くて飲みやすい口当たりが特徴だ。何でも、彼女が経営を任されてるカフェの為に仕入れられた材料が余っているので、その在庫処分の為との事。

 

 指揮官の一日は基本的に司令室で全て終わるので、彼女のいるカフェには中々脚を運べない。彼の仕事が終わる頃には、彼女のカフェにはclosedとなっているからだ。なので、いつかは彼女のスプリングフィールドのカフェで彼女が淹れたコーヒーを飲むのが指揮官の小さな夢だ。

 

「お口に合いましたか?」

 

 指揮官の顔を覗きこむようにして様子を伺うスプリングフィールド。彼の答えはもう決まっている。

 

「うまい!」

 

 まるで子供みたいな弾ける表情を浮べる指揮官。この味は、祖父の駄菓子屋で売っていたコーヒー牛乳の優しい味を思い出す。

 

 カクテルの知識が浅く、今までジュースや化学調味料で味付けをしていた指揮官にとって、リキュールとは未知の割物であった。コーヒー牛乳とは違うが、それに近い味わいをアルコールと共に楽しめるとはこれまでの指揮官は想像すらしていなかった。寧ろ、スプリングフィールドからカルーアミルクを手渡された時、牛乳とアルコールは合うのかとスプリングフィールドを疑った程に。

 

 しかし、その疑りは杞憂に終わった。だから、スプリングフィールの名誉回復を図る時間だ。

 

「疑って悪かった!だから、その……もう一杯頼めるか!?」

 

 疑ってたことを謝りつつも瞳を輝かせてスプリングフィールドに頼む指揮官は、まさにお代わりをねだる子供の様。普段の飄々とした彼らしくない姿に揺れ動かされたスプリングフィールドは自然と指揮官のグラスを手に取る。

 

「うふふ、作りますよ。指揮官が望むならいくらでも」

 

 スプリングフィールド自家製のコーヒーリキュールの黒に白いミルクが注がれて桑色へと変化していくグラスの中を指揮官は初めて見るかのように視線が釘付けになる。そこにスプリングフィールドが飲用アルコールを加え、マドラーでよく混ぜてカルーアミルクが完成する。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう!」

 

 スプリングフィールドからグラスを受け取ると、もう待ちきれないとばかりに指揮官は勢いよく口をつける。

 

「んっ、んぐんぐ……うまいなぁ……」

 

 幼い頃、好きだった仄かな苦みと牛乳のまろやかさと口に残る甘さ。その全てが懐かしくて、アルコールのカッと熱くなる様な感覚が無い飲み物は初めてで、指揮官はすぐにまた味わいたいとグラスを傾ける。

 

 空になったグラスを無意識にスプリングフィールドに手渡した所で、指揮官はスプリングフィールドのグラスの中身が減ってないことに気が付く。

 

「ああ……すまない……。自分ばかり楽しんでしまって……」

 

「ふふっ、いいんですよ。指揮官もお疲れでしょうから」

 

「それを言うなら君もそうだろう……。次は飲むペースを落とすよ。あーと……それと、作り方を教えてくれるか?」

 

「大丈夫ですよ。指揮官は気にしないで。このお酒作るのには結構コツがいりますから、私に任せてください」

 

「そうか……ありがとう。じゃあ、お礼に私のとっておきのレシピで作ったカクテルモドキをスプリングフィールドにご馳走しよう」

 

「うふふ、じゃあ私も沢山飲まないといけませんね」

 

 スプリングフィールドからカルーアミルクを受け取ると、指揮官はジッとスプリングフィールドのことを見つめる。最初は何かが足りないのかと思ったスプリングフィールドであったが、先程の指揮官が言った『自分だけが楽しんでしまっている』と言う発言を思い出し、慌ててグラスを手に持った。

 

 意図が伝わって満足したのか、指揮官は幼い子供のような満面の笑みを浮かべると、スプリングフィールドのいれてくれたカルーアミルクに口をつける。

 

「えぇ、頂きますね」

 

 指揮官の幼い笑みに報いるように、スプリングフィールドはアルコールの入ったグラスに口を着けた。

 

 

 

 

 

 

 あれから幾分か時間が経った。指揮官は飽きることなくカルーアミルクを飲み続け、スプリングフィールドは指揮官の作ってくれたカクテルを口に含む。

 

 指揮官はスプリングフィールドのカフェについての話題を振る。プライベートな飲みの時間に、仕事の話をするのは如何とも心の片隅で思いはしたが、カルーアミルクと言う未知を体験し解放されてしまった探求心を自分では抑えきれなくなっていた。

 

 スプリングフィールドはその話題にも嫌な顔を一つせず、寧ろ顔を綻ばせながら語ってくれる。

 

 あの戦術人形は実は辛いモノが苦手だとか、材料の仕込みは大変だけど来てくれるお客さんが喜んでくれると思えば不思議と頑張れるという事や、

 

「指揮官にも、私のコーヒー、味わって欲しいです……」

 

 その言葉と共にスプリングフィールドは指揮官に寄りかかる。

 

「おおっと!?」

 

 アルコールでバランス感覚が不安定な指揮官は寄りかかったスプリングフィールドを受け止めつつも、電源の落ちたパネルに座るように尻餅をつく。

 

「スプリングフィールド?」

 

 指揮官がスプリングフィールドの名前を呼ぶと、彼女は顔を上げてアルコールで火照った顔とその熱で蕩けた瞳を指揮官へと向ける。

 

「指揮官……」

 

 スプリングフィールドは彼の胸元に顔を押し付ける。甘える子供の様に。

 

「ふふっ、本当は指揮官のことを酔わせてみようと思ったんです。ですが、指揮官はあまり酔ってないのですね」

 

「うーむ……酔ってるには酔ってるが、確かに酷くは酔ってないな」

 

 指揮官は自分のペースを保つことが出来れば、酔いの侵攻をかなり抑える事が出来る人物。例え、最初に一気飲みをしても、後でその分ペースを抑えて辻褄を合わせれば酔いの侵攻を遅らせることが出来る。

 

「カルーアミルクって結構度数があるんですけど……。流石ですね、指揮官……」

 

 だから、彼のペースに付き合っていると、飲みの相手もアルコールの耐性が強く無い限りは相手の方が音を上げる事になる。

 

 それこそ、今のスプリングフィールドのように。

 

「でも、なんで私なんかを酔い潰そうとしたんだ?」

 

 彼の素朴な質問にスプリングフィールドは躊躇するように瞳を伏せた後、意を決したように小さな声で指揮官を酔わそうとした真意を口にする。

 

「誰も見た事が無い指揮官を見てみたかったんです」

 

「それはどういう……?」

 

 彼はまだ彼女の真意がわからないと首を捻る。スプリングフィールドは瞳を伏せてその経緯を語っていく。

 

 指揮官と自分にはあまり接点が無く、会えるとしたらカフェの経営についてや作戦報告をする時しかないのを少々気にしていたこと。カフェに訪れる戦術に人形がする指揮官の話にいつも耳を澄ませていたこと。そして、何人かが指揮官と飲んだと聞いて、本当は心底羨ましく思ってたこと。それと、同時に指揮官が酔い潰れた姿を見た事無いと聞いたこと。そのことを聞いて、誰よりも先に指揮官が酔った姿を見たくなったという事。他の人形たちのする指揮官の話を聞くだけの自分では無く、自分も指揮官のことを語れる存在になりたかったこと。

 

 酔いで回らない舌と、言葉選びに時間がかかるCPUをフル活用して、スプリングフィールドは自分の想いを確かに指揮官に伝えた。

 

 指揮官はスプリングフィールドの告白を聞き入れて、アルコールが入った瓶を手に取る。

 

「そんなに見たいなら――」

 

 自分の酔った姿にどの位の価値があるかはわからない。それに今までペース配分を守って飲んでいたから、酔い潰れた自分を想像することは出来ないし、何をしでかすのかと思うと怖くもある。だけれども、その姿にスプリングフィールドが価値を感じているのなら、思いっきり酔ってみる価値はあるだろう。

 

 ――私は、自分が思っているより多くの人形達に慕われるんだな

 

 アルコールの入った瓶のふたを開け直接口づけ用とした所で

 

「いけません!!」

 

 スプリングフィールドが指揮官を押し倒しながら、無理矢理アルコールの入った瓶を指揮官の手から奪った。

 

 アルコールの瓶を置くと、真っ赤な顔で指揮官に優しく微笑みかける。

 

「いいんです。酔った指揮官の姿を見ることは出来ませんでしけど、指揮官と飲めて楽しい思い出が出来ました。何より子供みたいに私の作るお酒を飲む姿は、私しか知らないでしょうから」

 

 スプリングフィールドにとって、酔った指揮官を拝む以上に貴重な姿を見る事が出来たのだから。

 

「……そっか」

 

 子供みたいと言われると、指揮官も気恥ずかしくもなる。けれども、スプリングフィールドにとって貴重な思い出が出来たのなら、そう思うと嬉しいが……。感情の整理が出来なくて、気恥ずかしそうにはにかむ指揮官。そんな彼に、スプリングフィールドは満足げに微笑みかける。

 

 指揮官はチラリと腕時計を見る。時刻はもう、月の役割の半分が終わる頃。

 

 カルーアミルクはアルコール度数が高いと言った通りいつもより頭が重たい気がする。今日はお開きにして、明日に酔いが残らないようにしなければ。

 

 スプリングフィールドにもうそろそろ退いてくれないかと頼もうとした所で、指揮官の肩に縫い付けるような強い力が加わる。

 

 その瞬間、指揮官の脳細胞が灰色に染まり、これから起こる事象を推測した。そう、これから、自分はまた被害者になるのだと。

 

「違う!絶対違う!これはそういう流れじゃない!」

 

 このまま素直に終わってお互いに明日は頑張ろうな、と互いに励まし合って、指揮官がスプリングフィールドを送って終わる。それでよかったのでは?!と指揮官の目は必死に訴えている。

 

「指揮官、もう一つ思い出作りをしませんか?」

 

 しかし、スプリングフィールドはそんな健気な視線を無視して、自分の思い出作りを断固として優先しようとしてくる。

 

 彼女の翡翠の瞳はいつもの穏やかな色をたたえておらず、獲物を抑えつけた肉食獣のそれに等しいモノになっている。

 

「指揮官、私はあなたをお慕いしております」

 

「……そういうことは、素面の時に言ってくれるとありがたいんだが」

 

 司令室の照明で作られた二つのシルエットが交わり、一つとなった瞬間であった。

 

 

 

 翌日、指揮官は頭を抱えて頭痛を和らげていた。

 

 なんでも、昨日の飲みで甘いお酒と油断してついつい飲みすぎてしまったとのこと。

 

 スプリングフィールドに任されたカフェはより和やかになったらしい。なんでも、スプリングフィールドも指揮官の話に積極的に乗って来てくれるので、話に花が咲きやすくなったとか。

 

 指揮官が頭痛に悩まされていた理由。スプリングフィールドのカフェがより和やかになった理由。それは当事者のみが知ることだろう。 

 

 

 







「……父さん」

『だ、大丈夫かい?』

「普段は凄く優しかったり、穏やかな人の方が、激しくなる事ってあるんだね……」

『そのことに関してはお祖父さんの方が詳しいんじゃないかな……』

「まさかの管轄違い……?」

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