とある方から貰ったネタですけど、気がついたら『いつもの』になってたので、いつもとは違った要因でいつものされてもらいました。
この物語の彼にとっては、これが初の『いつもの』になるでしょう。
どの世界線でも、彼は彼なのですよ。多分。
内容はギャグです。
どうぞ。
人間は眠っているあいだ夢を見ることがある。それは自分の想像する理想の世界を映したものであったり、自分の記憶の断片あったり、自分とは全く関係の無い摩訶不思議な光景が広がっていたり。或いは、言葉で言い表せないような恐怖を覚えさせるナニカであったり。
人間に近い容姿を持つ戦術人形達はどうだろうか?
人形達が夢を見ることはない――大部分は。
一部の戦術人形も夢を見る。それは断片化を回避する処理を行う過程や、一日に見てきた映像の記録や過去の記録を整理・間引くための処理の過程で見たものでは無く、人間が見るのと変わらないような夢を見る戦術人形が。
その戦術人形の名前とはM4A1。IOP社の特別製の人形、エリートと呼ばれる機体であり、未熟な部分はありながらもAR小隊の隊長を務める戦術人形。
彼女の見る夢は悪夢だ。彼女が言うには、AR小隊のメンバーが次々と居なくなり、基地の人員や人形達も斃れ伏し、最後は鮮血に染め上げられた衣服をまとった指揮官の亡骸が司令室に転がり、それを抱きしめて震える自分の夢を見るのだと。
「指揮官……」
「大丈夫……。大丈夫……」
布団の中で涙を零しながら震えるM4の肩を抱き留める指揮官。
この状況になった理由としては、夜中にM4が指揮官の私室にやってきて悪夢の内容を口にした上で一緒に寝て欲しいとM4が望んだから。
最近はずっとずっと悪夢を見るのだと、掠れた声で、震える手を指揮官に伸ばしながら語ったM4。恐らく、AR小隊のメンバーには相談出来なかったのだろう。心を許しているメンバーとは言え、彼女達も夢を見る戦術人形であるとは言い難い。恐怖を和らげたいのなら、その恐怖をわかってくれている、共有出来るモノに縋るのが一番だ。だから、M4は指揮官に助けを求めたのだろう。
M4の儚い想いに応えるために、指揮官はM4と同衾して、指揮官は彼女が眠れるように手を握ってみたり、抱きしめてみたりと、出来るだけ彼女に触れ合ってみる。幼き日に悪夢を見た時は、母親が手を握ってくれた。それで、それだけでも、圧倒的な安心感を得ることが出来たから。自分の傍には誰かがいる。誰かが自分を繋ぎとめてくれている。その安心感で、自分の中の恐怖に何度も打ち勝ったから。
「私……私……」
「ここにいる。私はここにいる。大丈夫……。私はM4の傍に居るよ」
「指揮官……」
指揮官からの絶え間ない励ましと、彼の手から伝わる温かさ。その二つが、彼女の中の恐怖を打ち消す要因になることが出来たようで、M4は一度指揮官の手を離さないように握りしめると穏やかな笑みを浮かべて、瞳を閉じた。
「ありがとう……」
小さく、指揮官へと礼を伝えて。
すぅすぅと小さく寝息をたてるM4。指揮官は袖でM4が零した涙の痕を拭きとる。
「……悪夢は怖いもんな」
指揮官はどこか淋しげに眠るM4に笑みを向ける。悪夢を見た後に、一人で眠るのはなんとも心細いものだ。夢と言うのは、誰とも共有することが出来ない。悪夢の恐怖には自分一人だけで戦うしかない。それはなんとも残酷で理不尽ななことだろうか。自分が望んで見たものでは無いのに、望まれたものでは決してないのに、夢を見た人物にしか挑戦権を与えられていないのだ。
でも、そうだとしても、恐怖に立ち向かう手助けをすることは出来る。彼女の手を握り返すことによって、彼女にエールを送ることによって、背中を押してあげることだけはできる。
それだけ?と言う言葉も出るかもしれない。否、それほどまでに、だ。恐怖に立ち向かう時、背中を押して貰えると言うのは、他人が想像するよりも原動力になり得る。一歩進む勇気を与えられると言うのは、何よりも偉大なるモノなのだ。
指揮官はM4の手を強く握り返す。繊細でか細い彼女の手を優しく包み込むように。
「大丈夫だM4……、そう簡単に失わせるものか……!私は、皆の指揮官だ。皆を、皆の居場所は私が護る……。そんな悪夢の通りになることは、絶対に私がゆるさない!そんな悪夢見る必要なんてないんだ!だから、悪夢に負けるなM4……!」
眠る彼女に自分の決意と言う最後のエールを送る。自分が悪夢の通りにさせないと、彼女の支えとなれるように。
「指揮官……」
眠りの世界に居る筈の彼女は小さく彼のことを呼んで、小さく口許を緩めた。
M4の寝顔が安らかなものに変わって安心した指揮官は小さく安堵の息を吐く。 彼女の手に込めていた力を抜く。ただ持つだけの力の入れ具合に。その代り、両手で彼女の手を包んであげるのだ。今のM4の傍には自分が居るのだと。
M4の目尻が何処か緩んだ気がして再び安心感を覚えた指揮官は、彼女に続く様に瞼を閉じる。
――大丈夫、M4は強い。自分の指揮が行き渡らない時は、彼女自身の力で何度も窮地を脱したのだから
そう彼はM4の持つ力を、彼女が悪夢には負けないと信じている。彼女は悪夢に打ち勝てるのだと、普段はオドオドとしているが悪夢を破る精神的な強さも持っているのだと。
「おやすみ、M4」
明日には照れ笑いを浮かべるM4が見れることを願いつつ、指揮官は体を絡めとる微睡み達に身を委ねた。
それから、M4は悪夢を見ることは無くなった―――のかは、指揮官にはわからない。何故なら――
「指揮官、今日もお願いできますか……?また、怖い夢を見てしまいそうで……」
伏目がちに、時折上目遣いになりながらも、M4は懇願してきた。
そう言われて断れる程、指揮官は冷血では無かった。なので、その日も同衾を許したのだ。前日と同じように、彼女の手を握ってあげて、一緒に寝てあげたのだ。
そして、その次の日も、その次の日、また次の日も頼まれて指揮官はM4と共に同じ布団で眠りについた。
「指揮官、本日もいいでしょうか?」
ある日から、M4は枕を胸に抱きながら指揮官に所望するようになってきた。
彼女の表情からは、最初に懇願してきたような切羽詰まったものは感じず、もう彼女一人でも言いだろうとも思ったが、断ろうとすると目を大きく開いて、絶望したように口を開けて停止するので、断わりきれず同衾を許してしまった。
そんな感じに同衾を許して数日後、
「ふふっ、指揮官♪」
布団に入ったM4は指揮官の腕を掴んで抱きしめたり、或いは背中に抱き付くようになってきた。
服越しとは言え触れ合うことで伝わる彼女の胸部の柔らかさ、触られることでわかる彼女のツルツルとした手の平の感覚。時折M4から漏れる、どこか熱に浮かされたような吐息。
最初こそ、何とも感じてないように振る舞う紳士を演じていたが、指揮官とて一人の男であり雄だ。
そのような触れ合いがこれまた数日続けば、指揮官の紳士としてのフィルターが、ファイアウォールが、理性が、段々と突破され崩れようとしているのも仕方がないだろう。
戦術人形の殆どが見目麗しい女性の姿を模して造られたものだ。それに、彼女達に使われている人工皮膚達も、人間のそれと遜色がない。否、もしかしたらそれ以上に良いかもしれない。
指揮官はそんな人形達に囲まれる環境だ。過度なスキンシップは控えることで理性を保ってきたのだが、その過度とも言えるスキンシップを自分以外の要因からもたらされている状態だ。
自分の理性がいつか崩壊して、M4を襲ってしまうのかと思うと恐ろしくて堪らない。理性の限界が近いことを悟った指揮官は先手を打って出る。
「M4……私は君と一緒に寝れない……」
「……!?」
その言葉を聞かされたM4は件の絶望の表情を浮かべたが、指揮官が彼女の肩を掴み、負傷して生還することが不可能になった兵士のように痛みに耐え涙を堪えながら、
「わかって……欲しい……」
と言うので、何かを察し目を伏せて静かに頷くと、顔を床へと向けながら横を通り過ぎ去っていく。
「別に……いいんですよ……?」
同衾の拒否に同意したM4がすれ違いざまに言ったその言葉には、果たしてどのような意味があったのだろうか?
今の指揮官には、その言葉が理性を食い破ろうとする、自分の中の獣を刺激して仕方がなった。
指揮官はもやもやとした獣の感情を抱えつつも何とか眠りに着いた。寝ようとするたびに、物寂しさとM4の感覚を思い出してしまい、何回も目が冴えてしまったのだが、日々の疲れと一人だけと言う気のゆるみが段々と勝り、指揮官を眠りの世界へと誘ったのだ。
その翌日、指揮官は体にのしかかる様な重さで目を覚ます。
「うーん……」
息苦しさの原因を探るために、ぼんやりと開いた眼を下方に向けてみると、そこにはこんもりと盛り上がった布団が。
体に絡む様な重さと包み込む様な弾力は彼の腹部から下半身にかけて感じている。
この重さの正体には、指揮官は心当たりがある。そう、ただ一つ。
「ダメだといったろう、M4」
布団の端に手をかけて、布団が隠した物の正体を暴く指揮官。
布団から露わになったのは、朝日を反射して蒼銀に輝く頭髪に、オリーブグリーンの双眸。指揮官にのしかかる形になっている関係で、白のブラに包まれた豊かな胸は指揮官の身体を包むように潰れているのが、何とも獣欲を刺激する。そして、最大の特徴が、左目の下にある涙を模した赤い痕と、鼻の下についた赤黒い謎の痕。
「…………」
相も変わらず、寝ぼけ眼の指揮官であるが、視界に映るモノが何一つM4の特徴と掠っていない事くらいは理解できる。布団を持ち上げたまま硬直する彼は脊椎反射で頭脳に命令を送り込み、目の前に映る相貌を持つ者を瞬時に割り出し、答えを算出する。
「その名前で私を……!!」
同じように固まっていた潜入者は、M4と言う名前に反応して瞬時に目を見開いて激昂。それもその筈、彼女にとってM4とは忌まわしき名。
何で彼女がここに居るのだろうか?当たり前に湧く疑問を口にしそうになったが、彼の高い共感力は彼女がどんな感情を抱き始めているのか察知。
危険を回避するために、彼女の名を呼ぶ。
「待ってくれ416!!」
彼女のリアクションで全ての細胞が一斉に覚醒した指揮官は全力で喉と舌を作動させて、潜入者の名を呼ぶ。そう指揮官の布団へ潜入していたのはHK416。よりにも寄ってM4との確執が強い銃の名を持つ戦術人形。
416は正しく名前を呼ばれたことで精神的な平静を瞬時に取り戻したらしく、大きく開いた目と指揮官を呪い殺さんと言わんばかりに噴出していたオーラを収めてくれた。
心の中でホッと息をつく指揮官だが、彼女が怒りを収めた理由が別のことにあったとすぐに思い知る。
「って、指揮官、一体どういう意味かしら?どうしてM4の名前が出てくるの?」
正しい名を呼ばれた事も確かに要因に一つだったのかもしれない。けれど、それは大きな要因では無い。本当の要因は、指揮官の口からM4の名が即座に出てきたことにある。
「い、いや、違うんだ!宿舎から脱走した猫でも布団に潜り込んだのかと思ってだな……!あはは!」
固まった表情筋を何とか動かし、416から視線を逸らして冗談だと言いたいように笑う指揮官。
M4が数日の間指揮官と同衾していたと知るモノは誰も居ない。もしかしたら、M16やAR-15は気づいてるかも知れないが、何も言わないという事は、黙認しているのだろう。
少なくとも、他に知っている戦術人形は居ない筈、そう信じて指揮官は誤魔化してみることを選択したのだが、それにしては酷い誤魔化し方であると言わざるを得ない。
「この基地にそんな猫いないわよね?指揮官は猫に銃の名前をつけてたの?面白い嗜好をしてるのね」
「そ、そうかなぁ……?そうかもしれないなぁ……?」
416の声には抑揚が無い。彼女の頭は再び湧いてきた憤怒の感情に焦がされ、頭脳部に使われているCPUの冷却が間に合わず融けるような感覚を覚えているが、それでも比較的冷静に指揮官を追いつめる。
この基地に猫は確かにいるが、M4と言う名前の猫は存在しない。居るのはポチとイヌと言う名前の猫だけだ。
それに、布団を捲りながらM4の名を指揮官が呼んだ理由がわからないほど、416は論理的な処理が苦手な戦術人形では無い。
だから、指揮官の言う『猫』の特徴を言ってあげることにしてあげた。
「ねぇ、指揮官?あなたの言う猫って、毛は黒くて少し緑が入ってるんじゃないかしら?」
416が触れている指揮官の腹筋がピクリと反応。
ビンゴ。そう言いたげに416の視線は、優秀な兵士は目で殺すと言わんばかりに鋭くなる。そのまま、指揮官の胃に穴を空けてしまいそうな位に。
「ん゛ん゛!?ど、どうだったかなぁ……?可愛らしい猫だったのは覚えてるんだけどなぁ……?」
細胞が覚醒したとは言え、指揮官の頭はまだ寝ぼけ半分にあるようで、誤魔化すと言う方針から変えようとしない。普段の指揮官なら、ここまで追い詰められた時点で、真実と虚実を入り混じった話で様子を見る方向に針路を変えるのだが、それが出来ない。
更に、余計なひと言が、416の憤怒の炎を更に燃え上がらせた。
「かわいい……猫……?M4の方が、かわいい……!!!???」
そう、M4を褒めるような言葉が彼女の怒りを更に加速させた。
416は腕に力を入れ膝を立てて四つん這いの姿勢になって、指揮官の逃げ場を奪う。彼女の豊かながらも整った我が儘ボディが全てお披露目される形になるが、高熱に浮かされた時の様に背中に大量の汗を掻くほど追いつめられた指揮官には、416の身体を見て愉しむ余裕はありはしない。
「私は……完璧なのよ……!!」
――昨日の夜、出来なかったことを今ココで
怒りと出来なかったことを果たせる喜びの焔に身体を委ねようとする416であったが、
「指揮官、本日の副官は私ですのでお迎えに――どういうことですか指揮官!!」
また、新たな侵入者がやってきた。
「M4!?」
侵入者、いや、彼女は副官として正規の手段を使って入って来たので侵入者と言うのは語弊がある。その来訪者こそ、M4A1。前日まで指揮官と同衾していた人物そのもの。指揮官が勘違いした原因。
突然の訪問者に驚きつつも、416はM4に鋭い視線を向ける。それこそ、敵でも見つけたかのように。
「い、いや、どういうことだって言ってもなぁ……。寧ろ、私が説明して貰いたいく――」
M4と416の間に視線を行き来する指揮官。そう、今416に襲われそうになっている指揮官も、彼女が布団に潜り込んできた理由がわからない。それも、下着姿で。
いや、予想が完全についていない訳では無いのだが、完全にそれだと言う確証が得られて無いと言った方が正しいか。
テリトリーに入られた肉食獣のようにM4を牽制していた416であったが、彼女と指揮官だけが作り上げていた緊迫感を第三者に壊されたからか、冷静な思考能力が戻りつつあった。
指揮官の頭の横に置いていた手をどかし、指揮官のお腹に馬乗りになるように416は座り直す。
指揮官が小さく「おふっ……」と呻いた気がするが、聞かなかったことにする。
「あら?何度か指揮官の寝床に潜り込んでた猫ちゃんじゃない。おはよう」
それこそM4のことを挑発することが出来る位には。
誰にも言ってない秘め事が416に知られたからか、M4の顔は顎から頭にかけて一気に温度が上がったのかのように火が付き熱せられた色に変わる。
「な、指揮官!?なんで話しちゃうんですか!!」
真っ赤になった顔で指揮官を責めるM4。
先程から何とか誤魔化そうとして、416に話した記憶は欠片ほども無い指揮官はM4に弁明する。
「いや!?私は416に話したつもりは――」
が、そこで、指揮官は気づく。
「ハッ!?」
今の指揮官とM4の会話こそ、416が口走ったことを肯定へと至らしめるトリガーとなっていることに。
416はM4を挑発しつつ罠を張っていたのだ。それも大々的では無い、初歩的な罠を。簡単な引っかけを。
指揮官のリアクションで、M4も416の罠に気づいた様で、口に手を当ててこれ以上余計なことを口にしないように戒め始めた。が、もう遅い。二人のそのリアクションと先程の会話で、416は確信へと至った。
「はぁ……。口は災いの元よ。まだまだ甘いわね、猫ちゃん?」
M4のことをバカにするように、彼女に一杯食わせた416は自慢げな笑みを浮かべる。
「ま、良いわ。指揮官、また今夜にでもゆっくりとお話でもしましょう?それじゃあね、迂闊な仔猫ちゃんはお仕事をがんばりなさいな」
「う、ぐ……」
自分から秘密を曝け出す形となった屈辱に唇を噛むM4。416は首の後ろに手を持ってて一払いし、蒼銀の長髪を宙に泳がせながら、ベッドから降りた。
そのまま勝者の余裕と笑みを浮べてM4の横を通り過ぎて寝室から立ち去ろうとしたが、そんな終焉に納得できない人間が一人。
「ちょっ、結局何しに来たんだ!?私に何かしたのか!?なんで強者の余裕をかましながら帰ろうとしてるんだ!?あと、せめて服を着て帰ってくれ!!」
そう指揮官だ。彼として朝起きたら下着姿の416が布団の中に潜り込んでいたのだ。彼女が勝者の表情を浮かべて帰ることを許すはずがない。それに、彼女が退いたことで自分の下半身の状態に気づいた。中途半端にズボンを下ろされて彼のパンツが露わになっていたのだ。その状態に恐怖を覚える位には指揮官の貞操観念はある。
彼が寝ている間に何かがあったのだと推測せざるを得ないだろう。
指揮官の追及に思わず足を止め、416は笑みを浮かべながら答える。
「それも今晩、ね?」
指を立て――顔を指揮官から背けながら。
――言えない!言える筈が無い!!
M4がいる状態で言える筈が無い。それはセクシャルな話題が絡むから、と言う様なM4に配慮した理由では無く。
彼女は何も出来なかったのだ。
連日UMP45にヘタレだと煽られ、その煽りに乗る形で45から借りた指揮官の私室の偽造カードキーを使って、彼の私室に侵入した416。寝室で一人ぐっすりと眠る指揮官の前で身に着けていた装備と衣服を脱ぎ始め、指揮官の下半身側からベッドに潜入することまでは出来たのだが、その時点で彼女の緊張は最高地点に達していた。手の震えを何とか抑えて、指揮官のズボンに手をかけ脱がすことまでは出来たのだが、
「あっ……」
そこが彼女の限界だった。彼女の鼻腔からは赤黒い冷却液が流れ出し、頭脳回路は緊張と慣れてない状況と慣れてないモノを見ることはこれ以上限界で、これ以上演算しようものなら機能が停止してまうと言う所まで追い込まれ、強制的にシャットダウンするプロセスへと移行したのだ。それで、朝になり、指揮官の声で起動を促されて今に至る訳だ。
今も彼女の鼻の下にある赤黒い痕は、乾いた冷却液が固まった痕。416が何もする事が出来なかったと言う証。
そのことをM4に言える筈が無い。今は自分が勝者なのだ。だから、勝者の余韻を胸にして帰るのだ。そう、指揮官に手を出すことは出来なかったが、夜に会う約束は無理矢理にでも取り付けることが出来た。それこそが、今の自分の勝利なのだと、ぞう自分に言い聞かせながら。
だが、M4は416の機微を察した。彼女はAR小隊の隊長機。人形達の機微を察することは決して難しい事では無い。
彼女はニタリと口許を歪めて反撃の狼煙をあげた。
「……どうせ、くっついたはいいけど、緊張で何も出来なかったのでしょう?あなたからは『臭い』がしないもの、指揮官の『臭い』が!!」
M4の宣言に416と指揮官は驚愕の表情を浮かべる。
「なっ!?何であんたが指揮官の臭いとか知ってるのよ!!」
416は反射的にM4の肩を掴む。普段は大人しいイメージがある彼女だが、今は凶悪な指名手配犯の様に良い子が恐怖の感情を抱く様なあくどい笑みを浮かべている。
「えっ、ちょ、私ってそんなに臭い……?人前に出る職業だから、毎日風呂に浸かってるんだけど、私って人に臭いが移る位臭いの?」
真面目なイメージが先行するM4に『臭い』という単語が発せられたのが余程ショックだったようで、指揮官は裾を掴んで臭いを確認し始めた。身嗜みにはかなり気を使っているのだ。例え、咽返るような硝煙の臭いに包まれたとしても、例え自主訓練で大量に汗を掻いた時も、デスクワークしかしてない時も、指揮官がだらしがないという事で、基地に、人形達に余計な悪評がつかないように清潔感を保っていたつもりだ。
そこまでして身嗜みに細心の注意を払っていた指揮官にとって、『指揮官の臭い』と言われるのは、ショック受ける以外何も無いだろう。
「あの……二人とも……私、臭い……?」
指揮官は今にも泣きそうな子供のような表情で、二人に伺ってみるが、至近距離で火花を散らす二人には、指揮官の言葉は届かない。
「あなたは知らないでしょうね。指揮官のはすごく濃いくて、喉に絡みつくようなモノなの」
「ヌヌッ!!」
「熱くて量もあるから、一口で飲み干すのは難しくて……。あなたにはわからないでしょう?」
「グゥ!!」
歯噛みをするのはM4から416の方に変わった。416は復讐鬼の様な鬼気迫る表情を浮かべて、M4の肩を掴む手に力を込める。416からから加えられる力に一度だけ顔を歪めたが、M4はまた涼やかな笑みを浮かべる。
が、実はM4の言ってることは、先程の416のようにブラフであり、引っ掻け。彼女の言葉は、小説から得た知識と、指揮官が寝る前に気まぐれでごちそうしてくれたホットチョコレートの感想を言っているだけである。あしからず。
しかし、やられてばかりで終らないのが、プライドの高い416。彼女はひとしきり苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて俯いた後、
「ふふ、ふふふ」
瞳にギラギラとした光を宿して復活したのだ。地獄から甦った幽鬼の様に。M4の上に立つ為に、彼女は自分の中の記録を振り絞ってM4の様に都合がいい様に解釈し、音声にする。
「アンタ、知らないわよね?」
「っ!?」
腹の底から冷え込む様な低い声を出す416。次に受けに周ることになるのはM4.
「指揮官はね、人形達を気持ちよくする方法をね、マスターしてるのよ?」
「なっ!?」
「私も初めて指揮官に気持ちよくして貰った時は、自分でも恥ずかしくなる様な声が出たものよ。……ふふ」
「ぐっ!!」
次に歯噛みをするのはM4の方。自分の知らない指揮官を416は知っているのだと、彼女は焦りと嫉妬を覚えている。
因みに416の言ってることは、指揮官がただ単に整体を施した時の話である。戦術人形もツボは再現されてるのだなーと指揮官は感心していた。あしからず。
「私はこの前――」
「へぇ、私はね――」
「それこそ前に――」
「私も――」
至近距離で睨みあいながら、激しく自慢し合う二人。事実を都合よく艶めかしく解釈した言葉の数々に、文豪たちも舌を巻く様な表現達が飛び交っている。
そんな風に都合のいい事実を自慢し合う二人の間で、色々と置いてけぼりにされた人物が一人。
「……風呂入って体よく洗って、仕事に向かおう」
自分の体臭はそれほどまでに強烈なのか事実を確認したかった指揮官だが、二人の都合のいい自慢話はデッドヒートし、指揮官は完全に蚊帳の外。
それに拗ねた指揮官は、ショックから立ち直れないまま、寝室のタンスから着替えとハンガーにかけてあったグリフィン支給の赤い制服を手に取り、舌戦を繰り広げる二人の横を通り過ぎて、風呂場へと向かうのであった。
その日の晩。
仕事を終え、私室へと戻る指揮官。オートロック式の扉の横に付いた認証装置にカードキーをかざし、ロック機能に休憩を与えてやる。
「ふぅ……」
自室へと帰ってきた安心感から、一つ吐息をつきながら扉を開けると、そこには。
「おかえりなさい!」
「待ってたわ!」
リボンのワンポイントがチャーミングなパステルカラーのライトグリーンの可愛らしい下着姿で人懐っこい笑みを浮かべるM4と、レースのついた白で大人の色気を醸し出す妖艶な下着姿の416が腕を組んで余裕の表情で待ちかまえ――
目の前に映るモノが何かを理解した指揮官は、即座に扉を閉めた。
「……これは、夢、か?」
閉まり切ったドアに向かって、思わず桃色の髪のAR小隊のメンバーのとある台詞を口に出す指揮官。
どうやら自分は夢を見てるか、或いは幻覚を見ているに違いない。そう判断した指揮官は私室から近くて便利な医務室へと足を運ぼうとした。が、扉はオートロック式であっても、それは外からだけであって、中から外へ出る分には何の障害にもなりはしない。
なので、踵を返して医務室へと足を運ぼうとした指揮官の腕は、彼の部屋の中からドアを開けた二人に捕まれてしまった。
「ヤメ、ヤメロー!!!私は、病院に行くんだ!!」
全力で腕を振り回して、二人の拘束から逃れようと必死になるが、相手は戦闘のプロである戦術人形。腕に力が伝わらないように拘束し、指揮官を逃がさない。
「夢でも無いですし!」
「病院に行かなくて平気よ!!」
二人は指揮官が仕事に向かった後も、延々と舌戦を繰り広げ、一つの結論に至ったのだ。それは、夜間作戦(意味深)をして、そのテクニックで決着をつけるしかないと。どっちが上かその審判者となるのは勿論指揮官だ。
だから、二人は指揮官を逃がさない。逃がす筈が無い。
「おおぅ!?」
地に足をつけて踏ん張っていた指揮官だが、二人の引っ張る力に負けて床から足が離れた。踏ん張る力が無い綱引きの相手なぞ無力も同然、二人は息のあった動きで、指揮官を私室へと引っ張り込んだ。
二人はニタリと笑みを浮かべる。子供を食べようとする童話の中の魔女の様に。
「さぁ、指揮官」
「どっちが上か、わからせてあげるわ」
獲物を目の前にした肉食獣の前で、草食獣はただただ震える。
「ひ、ひぇっ……」
指揮官の情けない悲鳴は、ドアの閉まる音にかき消された。
翌日、SOPⅡに変な臭いがすると言われた指揮官は、乾いた笑いを浮かべていたと言う。
M4と416の戦闘能力は格段に向上していたと言う。
指揮官から変な臭いが漂っていた理由、二人の戦闘能力が上がった理由。それは当事者のみが知ることだろう。