星々の瞬きと月の光を強く感じる夜の時間帯。
夜間の後方支援と、基地の警備の人員以外は長めの休息をとり始めた夜闇に包まれたグリフィン所有のとある基地。
本日も夜の執務室は指揮官の貸し切りでたった一人でお楽しみ中――という訳では無く、
「へぇ~これが指揮官が飲んでるお酒なんだ~」
彼の他にも戦術人形が一人。
パネルの上に置かれた無色透明な液体が入ったグラスを、パネルに手を置き紅玉を爛々と輝かせて見つめているのはSOPⅡ。一時的に指揮官の元に配属されたAR小隊のメンバー、その中でもマスコット的な立場で外見的にも精神的にも幼さを残す戦術人形。その幼さは残虐性にも出ていて、鉄血人形を解体したり甚振るのが彼女の愉しみとなっているようだ。
残虐性も秘めているSOPⅡであるが、指揮官の前では純情な子供の側面の方が強い。解体した鉄血人形のパーツを自慢したり、抱っこをねだったり、褒めて褒めてとおねだりしたり。まるで親戚の子供のような愛らしさを彼女に覚えている。
SOPⅡが何故、指揮官の聖域(?)である夜の執務室にいるのか?それは、彼女が夜間の後方支援の隊長を任されて居たからだ。SOPⅡは基地の中でも古参の部類であり、最適化がかなり進んでいる為、高い練度を必要とする後方支援は彼女が隊長を務める事もある。SOPⅡは後方支援は会敵することがまずないので張り合いがないと漏らしたりはするが、大成功をするといつもよりも、我が儘気味におねだりしても指揮官は叶えてくれるので悪い気はしていない。
任されていた夜間の後方支援任務が終わり、SOPⅡは帰還。指揮官へ後方支援の報告をしに、指揮官の待つ司令室へと脚を運んだわけだ。
司令室でSOPⅡの嬉々として報告する姿と会敵した鉄血の部品を手渡された指揮官は、毎度のごとくSOPⅡを褒め、だっこして労ってあげ、最後に頭を撫でて、満足したSOPⅡの背中を見送るーーというルーチンで終わらず、SOPⅡは指揮官が持ってきたアルコールと化学調味料に興味を持ち出した。
指揮官は、SOPⅡはアルコールに興味がないと読んでいた。だから、いつものように彼女の相手をすれば彼女は立ち去って独りで飲むことが出来る。そう読んで、今回は予め独り飲みセットを司令室に置いていたのだが、その読みは残念ながら外れ。最近、子供の相手をしてなかったせいか、子供の好奇心という物を甘く見積もってしまったようだ。
その結果、冒頭のような、アルコールが注がれたグラスを眺めるSOPⅡの構図が完成した訳だ。
「意外だなぁ。SOPⅡ、アルコールに興味があるのか」
「アルコール自体に興味がある訳じゃないけど、指揮官がどんなものを飲んでるのかなーって」
グラスをちょんちょんと小突き、揺れるアルコールを見ては、興味深そうに息を漏らすSOPⅡ。続いてグラスを手に持ち、鼻に近づけて嗅覚センサーを作動させて、匂いを確認すると、呻き声を漏らして両手で鼻を押さえる。
「うー……。凄くツンとするぅ……」
それもそのはず、グラスに入るアルコールは今は何にも味付けも香り付けも割ってもいない状態。そのままの状態では、指揮官ですら匂いだけで酩酊しそうな程に強烈なのだ。
「指揮官、よくこんなの飲めるね。M16の飲んでるお酒はもうちょっといい香りがしたんだけど」
うーうーと可愛らしく唸ってはまた香りを嗅ぐSOPⅡ。その愛らしい姿に指揮官は自然と頬を弛ませる。
「M16のはそれなりにいいお酒だからなぁ。私のはそのまま飲めるように調整されているアルコールだから、確かに匂いは凄いな。そのまま飲むと舌が痺れるから、私もそのままで飲むことはまずない」
「そうなんだー。指揮官ってお給料安いの?」
子供の斬新さは時には残酷である。が、指揮官は危険度からPMCの中でも高給取りなので、SOPⅡの考えは外れ。しかし、SOPⅡの中では、いいお酒を飲んでるM16>安いアルコールを嗜んでる指揮官の図式が一瞬で出来上がってしまったのだろう。流石に指揮官職としての威厳に関わるので弁明しておく。
「うーん……。M16が飲んでるお酒は味が付いてるからなぁ。私はなんと言うか、自由に味付け出来るこっちの方が好きなんだ。……それに手軽に酔えるしな」
「ふーん。なるほどねー」
SOPⅡは頬杖を突いて指揮官の話を聞き入れる。その様子に本当にわかってくれたのかと不安を覚える指揮官ではあるが、グラスを弾いて反響する音に耳を済ませるSOPⅡに、それを聞くのは些か大人気ないので、苦笑いを浮かべて、自分の本心を誤魔化した。
グラスを揺らしたり、匂いを嗅いだりして、純度の高いアルコールで遊んでいたSOPⅡであったが、見ているだけにも飽きたようで、グラスから目を離して指揮官へと視線を移す。彼女の紅玉は指揮官の飲もうとしてるアルコールを発見したときと同じ位の輝きを放ち、その輝きを余すことなく指揮官へと向ける。
子供がそのような目を向けてくる理由、それを理解できないほど、指揮官は察しが悪くない。
「ねぇ、指揮官」
「うん?」
「飲んでみていい?」
欲しいおもちゃをねだる子供の様に、指揮官に期待を込めた視線を送るSOPⅡ。
戦術人形、もとい人形は例えみせかけが幼かろうが飲酒を禁止されていない。例え、基礎の人格設定が幼児のように設定されていてもだ。見た目ではかなり幼い部類であるMP5がガバガバとお酒を飲む姿を目にした時は、流石の指揮官でも目を剥いてしまったが。
SOPⅡは見せかけはAR小隊の中でも幼さを残す外見ではあるが、飲酒をすることに何ら問題は無いのだ。
「ああ、いいがちょっと」
「ありがとー!いただきまーす!!」
「ちょ待ってくれって!」
今グラスに入っているのはアルコールの原液。しかも何ら味付けもされても割られてもない、無味無臭の液体。それが与えてくれるのは、身体を内側から焼くような強烈な刺激と熱さだけ。SOPⅡ好みのジュース風味に調整しようとしたのだが時すでに遅し。指揮官の許可が得れた時点でSOPⅡは反射的にグラスを手に取り、流れるようにアルコールを口に含んだ。
「ンンッ!?ンフンフッッ!!」
もしかしたらM16の愛飲しているウィスキーを味わったことがあるかもしれないSOPⅡだが、アルコールの濃度で言えばM16の愛飲しているウィスキーの倍以上。しかも、味が無い。本当の意味でのストレートを味わうのは、指揮官とてよっぽどのストレスが溜まった時か、すぐに酔いたい時か、寝たくても寝れない時だけ。それも、一口位の少量で。
原液は流石の戦術人形でも堪えたようで、アルコールの入ったグラスをパネルの上において咽るSOPⅡ。そんな彼女に、指揮官は割ってから飲む許可を出すべきだったかと反省しながら背中をさすってあげる。
暫くせき込んでたSOPⅡであったが、指揮官の支援と強い咳で喉に詰まったアルコールを取り除くことに成功し、「大丈夫だよ……」と彼を見上げる。
「凄いね指揮官……。いつもこんなの飲んでるの?」
畏敬を込めたSOPⅡの目で見られ、指揮官は苦笑を浮べる。
「いつもは割って飲んでるよ……」
「先に言ってよ~!」
どうして止めなかったのか言うようにポカポカと指揮官の胸を叩くSOPⅡ。じゃれ合い程度の力なのであまり痛みを感じはしないのでかわいいモノ。指揮官は止めようとしたのだが、子供とはいつだって理不尽で可愛らしいものだとわかっているので、気にしては無い。
しかし、指揮官としてはアルコールの正しい嗜み方(?)を知らずにSOPⅡに悪いイメージが植え付けられてしまう方が心苦しい。なので、大人として、大人と言うには悪い大人の部類にはなるが、正しいアルコールのたしなみ方を教えてあげるべきだろう。
「悪かったって。私がいつも飲んでるのを出すから、それで許して欲しい」
「うぅ……。美味しい?」
「美味しいよ。SOPⅡでも飲みやすい味にするから」
うーうーと先程の刺激の強さを警戒して唸るSOPⅡの頭に手を置いて安心感を与える指揮官。SOPⅡは小さく唸りながらも、指揮官の手並みを拝見することにしたようだ。
指揮官はグラスにアルコールを少量注ぎ、続いて甘味料を中心に化学調味料を投入。続けて、炭酸水を注ぎ、最後にラムネフレーバーを入れて――ラムネ風味のカクテルが完成だ。
「はい、SOPⅡ」
SOPⅡはジト目で、『本当に大丈夫なの?』と指揮官に視線で訴えながらもグラスを受け取り、鼻を近づけて一度香りを嗅いでちる。その時点で原液との違いがわかったようで、顔を上げて指揮官を見上げる。これを飲んでいいのかと言う探求心と、本当に飲んで大丈夫かと言う不安。正と負が入り混じった彼女に、指揮官は黙って笑みを浮かべて後押しする。
「頂きます!」
跳ねるような声色でカクテルを流し込むSOPⅡ。強く目を瞑って警戒しながら味わっていた彼女だが、ラムネの爽やかさが一度舌の上を滑り違和感なく喉へと落ちていったことで、警戒は完全に解除。グラスを45度に傾け、喉を鳴らして味わう。
「んきゅんきゅ……、ぷはぁ~!美味しいね指揮官」
溌剌な笑みを浮かべるSOPⅡに指揮官も釣られてニッと自慢げな笑顔を作る。
「だろう?ちゃんとした飲み方をすればいいんだ」
「なるほどね~!指揮官、他にも種類ある!?」
SOPⅡのルビーの瞳から、はアルコールを原液で飲んでいるのかと思い込んでたときの畏怖は取り除かれ、尊敬と期待に満たされる。
――そう、子供はそう言う目がよく合う。
「もちろん、あるさ。次はどんなのがいい?」
「じゃ~あ~!」
SOPⅡの要望を聞き、彼女の望みにあうレシピを頭に思い浮かべながら、指揮官は次のカクテル作りに取り掛かった。
SOPⅡは指揮官の作るカクテルに舌鼓を打ち、指揮官は彼女の要望に応えることが出来るようなカクテル作りに勤しみ、時折SOPⅡにカクテル作りを体験させて、自分が品評してみる、と言うのを繰り返して穏やかな時間をおくった。
互いの仕事に関しての愚痴や、SOPⅡが持ち合わせてた解体した鉄血のパーツ自慢と指揮官への譲渡。途中、SOPⅡが『指揮官の目は夜みたいで綺麗で凄く安らぐからずっと見ていたい』との言葉と共に瞼に指を置いて思いっきり開かれたので、もしかして目を抉り出されるのでは?と指揮官は焦ったりもしたが、そんなグロテスクなことは起こることなく平和な飲み会となった。
指揮官はちらりと腕時計を伺う。時刻は全ての針が頂点へと戻る時間帯。指揮官もSOPⅡも明日の仕事は山ほどある。明日の仕事のために体力を残しておくためにも、そろそろお開きにするべきだろう。
だが、指揮官にとってここからが勝負処。何故なら、腕時計から目を離した瞬間が彼の運命が決まる時間。
彼は戦術人形から何度も被害にあった。それは痛めつけられるものでは無く、寧ろ気持ちよくなる様な、そんな特殊な肉体的な被害を。
人形と『そういう行為』を行うのは、彼自身そんなに悪くなく感じてはいるのだが、そんな行為をしてしまった関係が十人近くいるとなったら話は別だろう。彼は人間だ。例え人形相手と言えど、十人近くと肉体的な関係を持つのは、よろしくも好ましくないこともわかっているし、彼の倫理観がそう訴えている。いい加減、普通のそういうことをしてみたいと酔いつつある頭が訴えているが、そんな欲望を果たせる日が来るのだろうかと、彼の心は諦めている。
「しきかん」
アルコールが回って真っ赤になったSOPⅡがパネルの上に座って舌足らずな口調で彼を呼ぶ。彼は思わず身構える。今日の彼は違う。SOPⅡにアルコールの飲み方をレクチャーするのがメインでそんなに飲んでは無い。だから、今日はいざとなったらいつものように受け入れるのでは無くて、逃げると言う判断をくださせる。無責任だと言われるかも知れないが、何度体験しても怖いモノは怖い。彼とて自分の貞操観念にヒビが入る音は聞かないに限りのだから。
指揮官は生唾を飲み込んで、SOPⅡに顔を向ける。
「うん?」
逃げるようとしている事を悟られないように、何気くSOPⅡの顔を見る指揮官。
SOPⅡは手招きで彼を呼び寄せている。彼女の誘導に従って彼は彼女を見下ろすように向かい合う。
「しゃがんで~」
「……こうか?」
近づくと今度は別の誘導。今まで無かったパターンに困惑しつつも様子を伺いながら、それに従うと――
「指揮官――」
指揮官の頭はSOPⅡが着ている滑らかなパーカーと仄かな温かさに包まれて
「ありがとう」
SOPⅡの胸に抱き留められた。
「……SOPⅡ?」
顔全体でSOPⅡの体格に見合わない柔らかさと弾力と、子供のような高い体温を感じながらも、どうしてこういう事をしてきたのかと言う疑問が絶えない指揮官。困惑と驚愕に揺らぐ瞳で今は自分より上にある彼女の顔を見上げる。
「指揮官、本当はすっごく疲れてるでしょ?それなのに、わたしに構ってくれてから……」
彼女の精神はまだまだ未熟な子供のそれと同じ。だから、成熟した精神を持つものなら、中々言わないであろう相手の本心と言えるものも簡単に察してしまえるのだろう。
「……別に迷惑だとか、嫌だとかは思ってないよ。」
それは彼の本心。部下のメンタルケアをするのも自分の大切な仕事の内であると言う認識はあるにはあるが、SOPⅡが新しいことに興味を持ってくれるのは彼にとって自分のことの様に嬉しいことではあった。
だから、SOPⅡを構ったことに関しては、嫌な感情を一欠けらも抱いていない。寧ろ、自分が無理矢理付き合わせてしまったのではと、心の奥底で思ってしまうくらいには。
「ほんどう?」
「ほんとうだ」
「ほんとうにほんとう?」
「ほんとうにほんとうだよ」
「ほんとうにほんとうにほんとう?」
「ほんとうにほんとうにほんとうさ」
何度も何度も繰り返し確認するSOPⅡとそれに応える指揮官。その繰り返しが互いに面白くて、おかしくて、どちらから共なくクスクスと声を漏らして笑いあう。
「なんか変なの~」
「だなぁ~」
お互いに間延びしたやり取りを終えた後に、潮が引くかの様に互いの笑い声も段々と収まる。
「しきかん」
「うん?」
「疲れたら、疲れたってちゃんと言っていいんだからね?」
「私、自分に素直な自負があるんだけど。よく、そういうことを言ってないか?」
「うそ。お姉ちゃん達みたいに、ううん、指揮官はそれ以上に頑固なんだから、ぜっっったいに言わないって」
「そうかぁ?」
「そうそう。わたし、指揮官が倒れたりしちゃったら、泣いちゃうからね?それで毎日、鉄血の生首を指揮官の枕元に置いちゃうからね?倒れたらこんなことになっちゃうぞって」
「……想像したくもない光景だな」
「でしょ、私も鉄血の生首が置いてある所じゃ寝たく無いもん」
「SOPⅡですら無理なのか……」
「なにか、いった?」
「ナンデモナイデス」
SOPⅡは確かに残虐な側面はあるが、彼女にも確かに優しさや思いやりはあって、精神的に幼い分、好奇心が勝っているだけなのだ。彼女の本心には怖がりで寂しがりな側面もあるのだろう。そして――自分の仲間や大切にしている人が居なくなる恐怖も。
AR小隊の面々は確かに我が強い。それに、それぞれの責任感も確かに強い。それがSOPⅡの言う頑固さなのだろう。仲間だからこそ、大切にしているからこそ、離れることを恐れているのだろう。だから、そんな存在達だからこそ、もっと自分のことを頼って欲しいと感じているのだろう。そんなに気を張ることもなく、それぞれで責任を果たすのではなく、皆で責任を果たそうと。辛かったら支え合い、弱音を吐いてもそれを分かち合ったりして協力するような。
SOPⅡにとってそんな風に感じる存在になれているのは、指揮官としても嬉しい。なので、今の指揮官がするべきことは簡単。
「SOPⅡ」
「な~に?」
期待を覗かせるSOPⅡの音声。その期待に応えれる言葉を指揮官は導き出す。
「……疲れたな」
自分よりも幼い存在に、甘える自分に恥ずかしさを覚えながらも、自分の弱音を口にした。
「うん!やすもっ!しきかん、横になってくれる?」
彼女の誘導に従ってパネルの上に横になる指揮官。彼の頭はSOPⅡの柔らかな太腿を枕にするような状態になってる。
「しきかん、赤いね」
いつもは甘えるSOPⅡが、今は自分を甘えさせている。それも、自分よりも精神的にも見かけ的にも幼い彼女に。そのことが指揮官の羞恥を煽っていることに、SOPⅡは気づいていない。
「アルコールが回ってきたのかもしれないな」
「ねー」
そんな彼の葛藤はSOPⅡには流石にわからなかった様で、彼女は間延びをした返事をしつつ、指揮官の瞼に手を置いて光を遮って、硬質な髪を撫で上げる。
「うん……」
まるで、幼子を寝かしつけようとする親のように。そんな懐かしさすら感じる優しさに小さく声を漏らして、指揮官はSOPⅡが与えてくれる安らぎに身を委ねる。
彼の中にあったいざとなったら逃げると言う考えはは、安らぎの中に溶けて消え、今はこの穏やかな雰囲気に全てを任せてしまいたくなる。
SOPⅡが気まぐれに指揮官の視界を覆う指の隙間を空ける。露わになったのは、この安らぎに身を任せていいのかと、細く開かれた眠りに抗う彼の夜色の瞳。
その瞳に対して、SOPⅡはただ微笑みかける。その微笑は、無邪気なモノでも、鉄血人形を相手にした時のような愉しみの笑顔でもない。まるで、母親のような慈愛に満ちた微笑み。それが彼に語り掛けてくるのだ。『眠ってもいいのだ』と。
「ありがとう……」
彼は小さく礼を言う。安らぎを与えてくれた、弱音を聞いてくれたSOPⅡに。
SOPⅡが指の隙間を塞いで再び視界を閉ざしたのと同時に、彼も瞼を閉じて、彼女の与えてくれた安らぎに身を任せる。
体に籠った力が抜けていく。視界の黒も段々と重苦しく染まっていく。
そんな、意識の限界にまで迫った彼の耳に
「おやすみなさい」
SOPⅡの慈しむ様な声が届いて、彼を眠りの世界へと旅立たせた。
彼が眠ってから三十分近くが経過した。その間、ずっと彼の寝顔に表情を緩ませつつ、自分によくしてくれるように彼の頭を撫でてあげたSOPⅡであったが、とある欲望が限界に達していた。
「うぅ……」
それは指揮官の綺麗な瞳を自分だけのモノにしたいいう欲望。アルコールによって慈悲深い側面が露わになったSOPⅡではあったが、それと同時に幼いが故に欲しいモノを自分のモノにしたいと言う傲慢さも顔を覗かせ、それを何とか抑え込んで保っていた。
起きていた指揮官の瞳を見ているとその欲望は収まったのだが、今の彼は規則的な寝息をたてて眠っており、それを起こすことは憚られる。
自分のことを映す夜色の瞳を独占したい。でも、指揮官の瞳を抉り出すのはNG。指揮官が傷つく姿や痛がる姿を見るのは彼女も嫌だし、彼の夜色の瞳が特別なのは、彼がSOPⅡに目を向けてくれるからこそ意味があるように感じている。
その欲望が最高点に達しそうになったSOPⅡは一つのことを思い出した。
それは、ペルシカ達16Labの職員たちが情操教育(?)のためと過去にSOPⅡに見せた映像記録のこと。男女が裸で抱き合って、時折変な声をあげながらもベッドの上で何かをしている映像を三時間ほど。
その時のSOPⅡはつまらなさそうにポップコーンを齧って炭酸飲料を飲んでいて、映像が終わってから文句交じりにあの映像はなんの意味があるのかとペルシカに聞いてみたら、『後継機や後続のモデルを作るのに必要なことよ』と答えた映像記録があった事が彼女のサーチに引っかかったのだ。
もし、それが本当なら、指揮官の瞳と同じモノを持つ自分の後継機が作られるのではないか?可能性があるのなら試している価値はあるのではないだろうか?
指揮官そっくりな後続モデルが、指揮官と同じような夜色の瞳でSOPⅡのことをずっと見ていてくれると思うと、中々に胸が躍る。
「んふふ~♪」
彼女は、好奇心と可能性を胸に鼻歌を奏でながら、指揮官の頭をパネルの上に下ろし、彼のお腹に馬乗りになるSOPⅡ。
あの映像のまぐわいには様々なパターンがあった。今回は指揮官が寝ているので、そのパターンで実践してみるのだ。
お互いの鼻先がくっついてしまうくらいに顔を寄せるSOPⅡ。彼の瞳は閉じられているのに、どうして彼に見つめられている時と同じ位、胸の高鳴りと喜びを覚えるのだろうか?
けれど、その答えは今は知る必要は無い。今の最優先事項は、それを行うことで、指揮官そっくりな後続モデルの生産が決定するか否かだ。
始め方はわかっている。後は、手順を実行するのみ。
「しきか~ん♪」
火照る顔を高鳴る鼓動に全てを委ねて――SOPⅡは指揮官のパサついた唇に、瑞々しい唇を重ねた。
翌日、朝方の司令室では指揮官の悲鳴が漏れていたとの噂があったが、真偽は不明。ただ、その日の指揮官はずっと壁に顔を向けて頬杖をついて『私ってヤバい存在なのでは……?』とつぶやいていたと言う。
SOPⅡは一日上機嫌で、上機嫌のあまり鉄血の解剖をする事も無かったと言う。そして、繰り返し『ペルシカに聞かなくっちゃね~♪』と言っていて、その翌日から数日間ペルシカが頭を抱えていたと言う。
指揮官が悲鳴をあげた噂が流れた理由、SOPⅡが上機嫌であった理由。それは当事者のみが知ることだろう。
『よ~う!久しぶりだなぁ!元気してたか?』
「……答えてくれないか?」
『どうした?』
「幼めな戦術人形に甘えさせて貰って安らぎを覚えるのって、流石におかしいかな?」
『……………………おかしくない(超小声)』
「おかしくないよな!?そうだよな!?」
『……』ブツッ
「ちょっ、電源を切るなって!……絶対、君のエピソードを聞き出してやるからな!!!!」