【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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夜の司令室にて
ST AR-15


静寂に包まれた夜の司令室。

 

 指揮官の指揮を補助する為のモジュールの殆どが電源を落とし、薄暗い空間にいる人物が二人。

 

 一人はこの基地を任された新米の指揮官。照明以外の電源が落ちた夜の司令室で、ひっそりとアルコール類を嗜むのが彼の趣味なのだ。

 

 そんな風に秘密の趣味を嗜んでいた彼の元に、後方支援の報告書を渡すついでに一緒にアルコールを飲まないかと誘われ、それに了承した戦術人形が居た。

 

「聞ーいーてーまーすーかー指揮官!」

 

 その相手は春先に咲く梅の花ような色合いの髪をワンサイドアップにした碧眼の戦術人形。16LAB製の替えがきかない特別製の戦術人形であり、指揮官を必要としない特殊な部隊に所属する彼女。

 

 彼女の名はSTAR-15。

 

 AR小隊の中では、隊長を務めるM4A1の事を一歩引いた立場で補佐する冷静な彼女。

 

 そんな風に冷静沈着なAR-15が何故か頬を彼女の髪の色の様に染め、指揮官の襟首を掴んで指揮官の顔を子供向けの玩具みたいにガクガクと揺らしている。

 

「き、聞いてるから離し―――ヴォエッ!」 

 

 AR-15に弱々しい声で襟首を離す様に懇願する指揮官。アルコールで弱体化パッチが入った身体に三半規管をダイレクトアタックされるのは、ドローンが故障して戦場の物陰で指揮を執った事のある指揮官でも耐えられぬ物だった。

 

 聞いてると言われて満足したのか、或いは、指揮官の頼みをやっと聞き入れる気になったのか、AR-15は指揮官の指揮官の襟首を離すと、小さく頬を膨らませながら電源の落ちたパネルの上にあるコップを手に取り、中身を一気に飲み干す。

 

「M4は優柔不断すぎる!あのままだと、必要な時に必要な判断をするのが遅れてしまう。M4は隊長としての責任感が――」

 

 コップに新たにアルコールを注ぎ、化学調味料を加えて甘く仕上げる。

 

 このご時世、本物のアルコールを窘めるのは富裕層のみで、第三次世界大戦とコーラップスで汚染された世界の中で、比較的安定した職であるPMCに務める指揮官でも易々とありつけない。

 

 なので、人間が美味しく飲めるように調整したアルコールに化学調味料を加えて、かつての世界にあった酒やカクテルの味を再現するのだ。

 

 人工甘味料をドバドバと入れるAR-15は甘めのお酒が好きな様だ。

 

 両手でコップを持って指揮官に愚痴を言いつつ、コクコクと喉をらしてアルコールを飲むAR-15。

 

 普段は見れないような可愛らしいAR-15の姿なのだが、散々揺らされグロッキーとなった指揮官は四つん這いになって口を抑えてる為、拝むことが出来ない。

 

 指揮官は興味本位でAR-15に飲酒を勧めたのだ。疑似感情モジュールを有する戦術人形が、アルコールを摂取したらどうなるか。

 

 彼女達は人間の様に飲食が出来る。それに、仕組みは詳しく知らないが摂った食事はエネルギーに変換する事も可能らしい。

 

 それを知っているからこそ湧いた興味だった。もしかして、戦術人形も酔うんじゃないかと。

 

 戦闘の時でも役立つ指揮官の突発的な発想は見事に的中。AR-15は恐らく酔った。酔って普段は見せない位に感情を露わにした。そして、指揮官は思い知った。酔ったAR-15は非常に面倒くさいと。

 

 AR-15はAR小隊の中では、隊長のM4A1を一番補佐している立場だ。それ故、彼女なりの苦悩が多いのだろう。

 

 溜めに溜め込んだ感情はアルコールの力を借りて吐き出されているのだ。指揮官に。

 

「私が持つのは民間用の銃……他の三人と違って特別な改造や改良を加えられたモノでも無いです……。だから、私は実力を示さないと……。特別じゃないから……」

 

 先程までは部隊長の愚痴で声を荒げてたと思えば、今度は自らのコンプレックスを勝手に暴露して勝手に沈む。

 

 アルコールに寄ったAR-15は非常に激情家である。

 

「うぇっぷ……全く……」

 

 吐き気を飲み込みながら立ち上がった指揮官は顔を伏せたAR-15の肩に手を置く。すると、AR-15は指揮官の事を見上げ、見つめ合う形になる。

 

(全く……仕事を忘れたいから酒を飲んでたのに……)

 

 日に日に激化していく鉄血との戦い、資材の管理、戦術人形たちの相手、カリーナからの購買の品を買えという催促。

 

 その全ての疲れを忘れる為に、一人でアルコールを楽しんでいたのに。

 

 でも――仕方ないだろう。戦術人形にも感情はある。だから、募りに募ったモノもあるだろう。

 

 部下の悩みを聞くのも上司の仕事の内だ。それに、アルコールを勧めたのは自分だからその責任はとるべきだろう。

 

 という建前でお節介な本性を包んで隠しつつ、指揮官はAR-15に労いの言葉をかける。

 

「いつもありがとうAR-15」

 

 指揮官からの感謝の言葉にAR-15の目は丸くなる。その言葉をかけてくれるとは、露にも思ってなかったと言うように。

 

「AR-15がM4を補佐してくれるから、M4も少しずつ成長できてるんだ。あの子の優柔不断さは段々と無くなっているし、迷っても最悪の判断をすることは無い。それはAR-15がM4を支えてくれているおかげだと思う」

 

「私の……おかげ……?」

 

「そうだ。いつも冷静で、M4が間違った道に進みそうになったらAR-15が手助けをしてくれる。導いてくれるから、M4は成長しているんだと思う」

 

「指揮官……」

 

「M4の成長は遅いかもしれない。でも、それでも、M4は前に進む、進み続けると信じてあげて欲しい。AR-15が背中を押してくれるから」

 

「……はい」

 

 小さな逡巡の後、AR-15は小さく口許を歪める。AR-15が浮かべた小さな笑顔、普段なら絶対に拝むことが出来ない貴重な表情。

 

 アルコールが体に巡っているせいか、それとも別の要因から指揮官の頬がかっと熱を持った。

 

 指揮官は照れくさそうに頬を掻きつつAR-15から背を向けて、AR-15に顔を見られない様にすると、宙に落書きするように人差し指を立てる。

 

「それとな、民間の銃を扱っているからって、それをコンプレックスにする事も無いと思うぞ?」

 

「それは……」

 

「民間にも出回ってるって事は、それだけ信頼性も高いって考える事も出来るだろ?いつも、M4を支えてる様に。確かにST-15はM4に対して辛辣な所はあるが、M4は君の事を嫌ってないだろ?そう言う意味でも、信頼性が高いってことだと思う」

 

「……」

 

「それに、民間人にも扱えるって事は、拡張しやすいってことなのかも知れないぞ?AR-15が他の皆より強くなれる可能性は大いにある。それにさ、扱いやすいって事は、指揮官の腕も試されるってことだ。余り、わたしにプレッシャーをかけないでくれよ」

 

 指揮官は踵を返し、再びAR-15の肩に手を置く。

 

 肩に触れる指揮官の手。今のAR-15には、先程肩に手を置かれた時よりも大きく温かく感じた。

 

「だから、もっと自信をもっていいと思う。AR-15は凄いからさ」

 

 AR-15は指揮官と再び目を合わせると――瞼を細めて微笑んだ。

 

「指揮官、酔ってるのですか?言ってる事が滅茶苦茶です」

 

「お互いさまだろ」

 

「それもそうですね。言ってる事の意味は深く理解できなかったのですけど、指揮官が私のことを励まそうと必死なのは伝わりました」

 

「アルコールの入った頭で、がんばって言葉を捻り出したんだから、もっと深く理解して欲しいんだが……」

 

「無理です。私は酔ってますから」

 

「……そうか」

 

「でも、ありがとうございます」

 

 指揮官は疲れたようにため息を付く。アルコールが入ったせいで回らない頭で必死に捻り出した言葉だったのだが、AR-15の疑似感情とAIに響いてくれたのかはよくわからない。

 

 でも、必死さは伝わった。そのおかげでAR-15から笑顔を引き出すことは出来た。

 

 彼女の中にある影を完全に晴らす事は出来なかっただろうが、これで幾分気が楽になってくれたのなら、指揮官としても幸いだ。

 

 気が楽になったのはAR-15だけでは無い。普段は一人でアルコールを嗜んでいる指揮官もだ。

 

 普段は作戦の反省をしながら一人で飲んでいたのだが、誰かと話しながらの酒の席も悪く無い。例えそれが一方的なモノであっても、誰かと話しながら飲む酒は、普段より美味に感じたから。

 

 その結果、飲んだ酒がAR-15が襟首を掴んで振り回したせいで、リバースしそうになったとしても。

 

 指揮官は腕時計を確認する。腕につけたデジタル時計は、後僅かで明日が今日になると訴えていた。

 

 明日も仕事だ。PMCに休暇と言う贅沢は殆どない。機能しなくなった政府の代わりに、民間人の安全を保証するのが彼らに与えられた仕事なのだから。

 

「おーい、そろそろお開きにす――」

 

「ところで指揮官、AR-15は拡張しやすいって言ってましたよね?」

 

「言ったな」

 

「だったら――」

 

 AR-15はアルコールの入った容器を手放しながら指揮官に飛びつき、その勢いのまま指揮官を押し倒した。

 

「AR-15の拡張性、試してみますか?」

 

「ちょ!?どういうつもりだ!」

 

「そのままの意味です!」

 

 お腹の上に乗ったAR-15をどかそうと必死に暴れる指揮官。しかし相手は戦闘のプロの戦術人形。指揮官の抵抗は完全に抑える。

 

 AR-15はワンピースの裾を両手であげる。その先にあったのは、冷静なイメージのAR-15にしては可愛らしいリボン付きのパンツが。

 

 そこまでされたら、拡張性を試すという言葉の意味を察せざるを得ない。

 

「そのままの意味じゃないだろ!」

 

「いいえ!そのままの意味です!」

 

「私とそんな事をしてどうするんだ!」

 

「好きな人が相手じゃ無かったらする訳ないでしょ!!」

 

 突然の告白に表情が固まる指揮官と、顔からの排熱が間に合わないAR-15。

 

 僅かな時の中、凍り付いた様に固まってた二人だが――

 

「拡張性が高そうだと言ったのは指揮官です。だから、責任を持って試してください」

 

「これ、そういうことをする流れだったっか……?」

 

 何処で何を間違えたのかと首をひねる指揮官と、色々な意味で吹っ切れた表情を浮べるAR-15。

 

 二人の顔のシルエットが重なったのは、数秒もしない内の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、指揮官は有休をとった。有給をとった理由はカリーナにもヘリアンにも伝えられなかったと言う。

 

 一方、AR-15は上機嫌であった。その日の活躍ぶりを目にした戦術人形たちは、彼女の戦闘能力が僅かばかりあがってたと言う。

 

 指揮官が有休をとった理由、AR-15の戦闘力が上がった理由。その理由を知るのは、当事者のみだろう。


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