カーテンの隙間から朝の光が漏れる。その光を目覚まし代わりに、HK416は目を覚ます。
彼女は完璧だ。指揮官より早くスリープモードを解除し、指揮官の為に朝食を作り、指揮官と共に部屋を出て仕事を始める。
それが、誓約と言う聖杯を得たHK416の特権であるからだ。
そう、416は念願かなって指揮官と誓約を交わしたのだ。
オリジナルでは懇意(?)であった404小隊仲間と仁義なき対決をし、AR小隊のメンバーと激突しては屍の山(大量のダミー達)を築き、百数体の戦術人形を押しのけ第一部隊隊長のスオミを紙一重で降して、『これで完璧だと認めてくれるかしら?』と情熱的なプロポーズの言葉を送って、引きつった笑みを浮かべる指揮官から誓約と指輪を受け取ったのだ。
それ以降、416の毎日はバラ色の色彩が追加されている。416が指揮官に何かをしてあげる度に指揮官は『ありがとう』と彼女だけに微笑みながら礼を返してくれるし、何かにつけて『私は完璧よ』と言うと、指揮官も嬉しそうに『完璧な嫁さんを持てて幸せだよ』と返してくれる。
416が毎日幸せなのも納得だろう。一番、自分が認めて欲しかった人から毎日認めていると言う言葉を彼女の為に贈り、彼女と共に居る事が幸せだと囁いてくれるのだから。
そう、まさに416は指揮官を独占している状態で、それが許されている唯一の存在なのだから。誓約の時に『指揮官の全ては自分のモノ』と無意識に口にしたとき、指揮官も『そうだな。だけれど、416の全部も私のものになってくれよ』とまさかの返し方をされたので、思わず照れてしまったのは416の記録に新しい。
指揮官の前では完璧な416。だけれど、完璧な彼女には隙がある。
それは、指揮官がまだ寝ているその瞬間にこそ見せるモノ。
416は自分に背を向ける形で隣に寝ている指揮官に腕を回すと、力強く抱きしめる。
「ひひっ……」
見目麗しい人形があげるとは思えない奇声をあげる416。そのまま彼の背中に頬をスリスリと擦りつける。
これこそが、普段は完璧(?)な彼女が指揮官にも見せないようにしている完璧じゃない姿。普段はクールで冷静(尚且つ苦労人ポジション)な彼女を保つ為に必要なこと。
「ふふっ、ふふふ………!!」
そう必要な事なのだ。これは彼女が完璧さを保ち、更に高みへと至る為に必要なこと。決して、こんな普段は見せないような甘えたな姿を彼に見せたくないと言う乙女心からと言う訳では無い。彼には完璧な自分だけを見て欲しいと言う思いから出てる訳では無い。そう、完璧な彼女には完璧な指揮官成分の定期的な摂取が必要なのだ。彼女の触覚モジュールはそんな成分検出されてないとの結論を下しているのだが、指揮官成分は確かに出てる筈なのだから。
頭脳部に何とか論理的な理由で彼の背中に頬を擦りつけるのを続行していると、ふんわりとした香りが寝室の中に漂っている事に気づく。
彼女の嗅覚センサーはその香りの成分から何の匂いが漂っているのか検出する。たどり着いた結論は、ホットミルク。416が目覚めの一杯として、朝食を作る前に飲んでいるモノ。
その香りに釣れられ、匂いの発生源を辿る様に緩み切った顔を上げる416。冷静に考えればわかる筈だった。ホットミルクの香りを漂わせる事が出来るのは、指揮官の私室において彼女ともう一人だけ、
「その……抱き枕でも今度買おうか……?」
そう、彼女の誓約の相手である指揮官。彼は両手に湯気が立ち上るペアのマグカップを持って苦笑を浮べていたのだ。
「し、しきか――」
そんな筈はない。自分が抱きしめているものこそ指揮官の筈。困惑した416は一瞬幻でも見たのかと思い、自分の腕の中にある物を確認する。そこにあったのは、横向きになった指揮官と同じ位の大きさに丸められた布団であった。
「あ……その……早くに目が覚めたんだ。それで、416の為にホットミルクを作ろうかなって思ったんだけど、私が離れると寝てる416が切なそうな声をあげるから、何か代わりのモノを置いてあげないとなーって思ってそれを……」
気まずそうに目を逸らしながら言葉を選ぶ指揮官と、驚愕の表情で腕の中にある物を見つめる416。それと同時に、指揮官に普段は見せることの無い姿をみられた事を自覚した416の透き通る様な頬は茹った様に桜色に染まる。そのまま熱が額にも伝わり、これ以上排熱処理が間に合わない顔をみられてくなくて、416は丸まった布団の中に顔を埋めてしまった。
自分の為にホットミルクを入れてくれた事が嬉しいのやら、今まで隠してた寝起きの習慣をみられて恥ずかしいのやら、様々な感情が渦巻いて416の中で整理がつかなくなってしまい、変な表情を浮べているであろう今の顔を指揮官に見られたくなかったのだ。
「私は完璧なのに……」
消え入るような声で湯気を立ち上らせる416。指揮官は中々見れない甘える姿を拝めて何処か満足そうに笑みを浮かべる。
「そうやってカワイイ姿を隠されるくらいなら、完璧じゃない方が好みかもしれないな」
からかう様な指揮官の口調に、416はそっぽを向いて反抗する。
「私は指揮官に完璧と認められる存在じゃないといけないの」
「ははっ、そうか?完璧な存在なら、完璧な弱点を持っててもおかしくないと思うけどな」
相も変わらず、からかう様な口調で笑う指揮官。いつもは主導権を握っているのは416。そう、朝も夜も――深夜も。
だから、彼に言われっぱなしなのは、416には少々面白くない。例えそれが、最愛の相手からの称賛交じりの言葉であっても。
416は上半身を持ち上げて、彼と同じ目線になると、
「……そうね。私に弱点があったとしたらそれは」
彼の首の後ろに腕を回して拘束し、
「あなたのことね」
窓から差しこむ煌めく朝日に指揮官との口づけを見せつけた。
カチカチと指揮官の腕時計が数刻経ったことを告げる。どちらからともなく距離を離すと、お互いに艶めかしく一息つく。
「私も完璧にならないと駄目か?」
「その必要は無いわ。あなたまで完璧だと、私が完璧であると言う証人が別に必要になるから。だから、あなたはそのままでいて」
「ああ、わかったよ」
416もそのままでいてくれと言いそうになった指揮官だが、その言葉は完璧を目指す彼女には残酷な言葉なので口を噤む。
その代りに、彼は立ち上がると416に手を差し出す。
「じゃあ、今日も私のことを支えて欲しい」
「勿論よ。私は指揮官の完璧な416なのだから」
416は今日も彼が自分を求めてくれる嬉しさを胸に感じながら、彼の手をとって微笑むと、彼の力に引っ張られる様に立ち上がる。どちらからともなく、二人は指を絡めるように繋ぎ合う。今日もお互いには互いの事が必要であると実感しつつ。二人は寝室を後にし、朝の準備へと取り掛かった。