【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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※注意
 
 この作品には深層映写のネタバレ及び、オリジナル設定、オリジナルキャラ、中途半端なUMP40のキャラ把握が含まれています。

 この言葉に嫌な予感がした方はブラウザバックをお願いします。



『特別ルート』何処にも行かないで 寄り添って 前編『UMP40』

 彼女は罪を犯した。

 

 取り返しのつかない罪を。

 

 それは決められていたことだった。彼女はその罪を犯すためだけに存在していたのだから。いわば、彼女はそういう運命であったのだ。

 

 その罪を犯した彼女は断罪されることはない。

 

 何故なら、彼女は罪をさばかれる前に、その存在を、居たと言う記録を自ら消し去ったのだから。

 

 誰からも覚えられること忘れ去られず消え去っていったこと。それこそが、彼女に与えられた判決なのかもしれない。

 

 しかし、彼女には心残りが、後悔が、内に秘めていた欲望があった。

 

 唯一心を許した存在にすら明かさなかった胸の内が――――

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 ある日、スナッチャーと呼ばれる鉄血の人形がの残骸が回収された。この機体は戦闘目的ではなく、形成された通信を傍受、敵性ネットワークへの侵入、果てには過去に形成された戦術人形のネットワーク、通信ログすらも解析する情報戦特化の鉄血モデル。戦地で散った戦術人形やダミー達を解析し、その情報を鉄血の共有ネットワークへと送る役割を持つ、凶悪な通信・情報処理特化モデル。

 

 その特性を危惧したIOP社から直接鹵獲・やむを得なければ破壊の任務をグリフィンは承ったのだが、指揮官はやむを得ないと判断してスナッチャーを破壊、残骸を回収してペルシカへ謝罪を述べつつそれを送りつけた。

 

スナッチャーの危険性を理解していたペルシカであるが、破壊されたスナッチャーを見て渋い表情を隠しきれなかった。

 

が、それでも彼女の研究者としての本質は疼いてしまう物だ。

 

ペルシカは指揮官に礼を述べて報酬やスナッチャーの残骸の扱いについての協議書にサインを書かせて追い出すと、スナッチャーの残骸を専用の機械に繋いで解析を開始。

 

スナッチャーが得た情報の数々を暴いていくことに胸の高鳴りを覚えつつ、記録の解析を続けていくと――とある名前が、存在を抹消された人形のデータが『殆どそのまま』、スナッチャーの中に収まってることがわかった。

 

その人形の名前は――

 

いや、名前など関係ない。なぜその人形のデータがスナッチャーの中に収まっていたのかはわからない。インターネットと言う海に網を投げ入れて、網にかかったデータ達を回収するのがスナッチャーの役割だと言われればそれまでなのだが、それにしても説明がつかない。彼女の記録はグリフィンからも、IOP社からも消されていたのだ。他の誰でもない、彼女の手で。どんなに痕跡を炙り出そうとしてみても、1bもデータを復元することが叶わなかったのに。

 

そんな彼女のデータが、ネットワークに漂っていたのは、彼女が消えていく前に起こしてしまったミスか、それとも故意か。もしかしたらこれは、現世に留まろうとする霊のような――

 

ペルシカはスナッチャーから、『彼女』のデータを切り離し、暗号化し、外付けの記録媒体に移して保存しパスワードをかけると、接続機器を外して、記録媒体を金庫に封入した。

 

彼女の行いは許されるものではない。彼女はグリフィンと国家保安局に甚大な被害を被らせた。本来なら彼女のデータは保存などせず、完全に消してしまうのが、正しい対処だろう。

 

それでも彼女のデータを消さずに秘匿という形にしたのは、ペルシカが彼女に同情を覚えたからか、後で分析するためになのかは彼女にはわからない。ただ、せっかく残った彼女のデータを消してしまうのだけは、不思議と許せなかったのだ――

 ♦ ♦ ♦

 

ある時、グリフィンによる鉄血人形たちの掃討作戦が展開された。理由は簡単、国家からの依頼、グリフィンが自治を任された地域の周辺の治安維持の為に。

 

それだけならいつも通りの任務、いつも通りのグリフィンのお仕事。優秀な新人指揮官のお陰で、今日も区画の平和は守られた!それで終わる筈の日常風景のような一コマ。

 

グリフィンに身を置く、感覚が麻痺した者達にはとるに足らない、寧ろ、一種の安心感すら感じるような、いつものこと。

 

けれど、それは、いつものような、とるに足らない日常で終わることが出来なかった。

 

『―――――!!!』

 

UMP45の頭の中で、指揮官からの通信がガンガンと響く、揺さぶる。

 

彼女の頭脳回路を内側から炸裂させるかのように。周囲には、彼女と同じように、頭の中で響くアラートに呻く仲間たち。

 

45は頭を掻きむしって頭の中身を全て出してしまいたい衝動をなんとか律しっているが、限界に近い。

 

恐れていた自体が起きた。戦場のど真ん中で、一番恐れていた自体が。

 

スナッチャーが収拾したデータにより、グリフィンに所属する戦術人形の脆弱性を突くウィルスが開発されてしまったのだ。

 

それは、ジーナプロトコルを利用し人形間のネットワークに侵入し、ネットワークに接続している人形をじわりじわりと蝕んでいく毒の様なウィルス。『傘』ウィルスのような、感染者を思い通りにするような凶悪さこそないが、一人感染したら戦術人形間のネットワーク経由で次々と飛び火する高い感染力と感染者の自由を奪う力十分にある最悪のウィルス。

 

このウィルスには、感染したものに単純な命令を永遠と送り込むウィルス。『停止しろ』、『武器を捨てろ』と言うような単純な命令を永遠に送り込むウィルス。

 

しかし、その命令が人形たち側で完全に拒否できる権限で無いのならば話は別だ。耐えれば耐えるほど、命令はかさみ、処理は遅延し始め、だんだんと人形達を蝕んでいく遅効性の毒。

 

戦術人形達が異常な命令を検知したことを指揮官に報告した頃にはもう遅く、そこからものの数分で彼女たちは行動不能に陥った。

 

指揮官は人形達のログから、すぐさまジーナプロトコル経由でウィルスが感染したことを検知、IOPのペルシカに緊急対策チームを設立させ、ウィルス対策へと取り組ませたが、それだけではまだ足りない。

 

UMP45を隊長とした戦術人形チームが戦地に置いてけぼりになっているのだ。

 

すぐさま救援を向かわせようとしたが、新型ウィルスの対策はもちろんすぐには出来ていない。戦術人形を救援に行かせるのは、ミイラ取りがミイラとなるリスクが高いため言わずもがなである。人間で構成された部隊は、別の戦線に立っており、人形達の救援に向かうことは不可能。

 

45はバックアップがあれば何度でも復活できると、指揮官に救援を諦めさせようとするが、指揮官は45達が鉄血に回収される事態が起これば、それこそ最悪の事態になると諦めてくれない。

 

でも、45達はわかっているのだ。指揮官が自分達の回収に固執するのは、そんな理由からではなくて、『どんなに傷ついてもこの基地に帰って欲しい』のだと、彼女たちはよくわかってる。

 

なんとも、非合理的な判断を下す人なのだろう。戦いにおいて、思いやりなど必要がないのだ。

 

でも、そんな思いやりがある人だから、甘い指揮官だからこそ、自然と拠り所にしてしまうのだろう。だから、45達も諦めずに、ウィルスに耐えて、何とか退路を確保しようとしていた。

 

指揮官も45達の退却のために何ができるかと、顔に手をおき、額に爪を食い込ませる程考え込んでいる中で、ペルシカからの秘匿回線が開かれた。

 

ウィルスの対策が出来たのかと、藁にもすがるような焦燥しきった表情で聞く指揮官にペルシカは首を振る。

 

返答に愕然とした表情を浮かべる指揮官に、ペルシカは口許を大きく歪ませて、

 

「ウィルスの対策はまだだけど、彼女達の退路を確保する手段を今『送った』わ。私が新しく開発した試験機をね。指揮官には、彼女の指揮をお願いしたいの。頼める?」

 

一も二もなく頷く指揮官に、ペルシカは無線の周波数の番号を送りつけて回線を切った。

 

「……大丈夫かしら」

 

ペルシカは彼女がコーヒーと騙る液体を口に含みながら、人形の仕様が書かれた書類を手に取る。

 

ネットワークに接続すると感染するなら、ネットワークに登録されてない、まだ接続していない人形を用意すれば良い。だが、そんな特別な人形を一から設計・開発するには時間が足りない。

 

でも、彼女の手元にはあったのだ。ネットワークに登録されてない機体のデータが。忌むべき存在として、秘匿した人形のデータが。誰にも気づかれないように、墓場で眠らせるように金庫に収めていた戦術人形の存在が。

 

ペルシカは自分の中の禁忌を破った。自分の設計したエリート人形AR小隊達が気に入ってる指揮官のために、一応の客商売としてお得意様を支援するために。

 

「後は頼んだわよ――」

 

ペルシカが書類を置いてコーヒーのような液体に口をつけた。

 

 ♦ ♦ ♦ ♦ 

 

 ダミーを引き連れて鈍色の髪を風の中に泳がせて戦場を駆け巡る戦術人形がいる。金糸雀色の瞳に星を浮べている彼女が耳につけた無線機が微かな雑音を発する。多くの人間の喧騒によって出来た雑音を。

 

 その雑音がどういう意味であるのか見当がついた彼女は、表情を緩ませて第一声を最大音量でハキハキと発した。

 

『やっほー!指揮官!』

 

 無線機の設定を終えた指揮官の無線機から躍動感のある大音量の声が発せられた。

 

「君は、一体……」

 

あまりにも鼓膜に害する大音量に、耳に指を突っ込みながら無線の主に問う指揮官。

 

『うん、あたい?あたいはね――』

 

指揮官の問いに無線の主は威勢よく、

 

『UMP40、新しく作られたモデルだよ!よろしく!古い奴らなんてちゃちゃっとやっつけちゃうから!』

 

――抹消された筈の名前を彼に告げた。

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

戦地に取り残された戦術人形の救出は無事に成功。

 

 ウィルスと敵の包囲に蝕まれた45が率いる部隊を、無線越しに指揮官の指示を受けた40がダミーを率いて包囲に穴を開けることに成功した。

 

 残念ながらダミーを含めた完全な救出は、40だけでは手が足りなかったので、ダミーはメインフレームがなんとか自立崩壊プロトコルを適用させて破壊し、メインフレームのみをなんとか救出したのだ。

 

救出に来た40を、45はいつもは決して見せない驚きの表情を浮かべて、目の前にいるのが誰なのかを理解した彼女は今にも泣きそうになって固まった。40は彼女の心境も事情もわからないが、取り敢えず彼女の手をとって『大丈夫、あたいと指揮官が何とかしちゃうから!』と励まして、45を再起させ、姉妹銃らしく息のあった連携で包囲を突破し、基地へと帰ってこれたのだ。

 

 これだけなら、40のお陰で窮地を脱した、というだけで終わるのだが。

 

「はっはっはー!」

 

「私の帽子返してくださいよー!」

 

 40は指揮官の元に預けられることになったのだ。

 

 取り残された戦術人形の回収をこなしてくれた40。彼女の管轄はグリフィンでは無くIOP社、その16LABの主任であるペルシカなので、彼女をペルシカの元に送り届けないといけない。『それほどでもないよ』と朗らかに謙遜する40に、指揮官は何度も何度も礼を言ってペルシカ達のいるIOP社の研究施設へと送る手はずを整えようとしたのだが、当のペルシカからグリフィンでなく自分へのメールが来ていることに気付いた。

 

 メールの内容を要約するとこうだ。

 

『彼女はスナッチャーのような機体の対策として作られた情報戦特化人形の試験モデル。今回の作戦の為に急いで建造したので、色々と不備があるかもしれないわ。当分は指揮官の元で運用をして貰いデータをとって欲しい』

 

 と、書かれていた。

 

『委任状はもう送ってあるから、君は何もしなくていいし、気兼ねしなくて大丈夫よ』

 

 とも。

 

 ペルシカからのメールを、またいつものように無茶ぶりをしようとしているのかと頭を抱えて指揮官の元に、研究施設に帰る為の手続きを確認しに来た40にそのことを伝えると、

 

「えっ?あたいもここに居てもいいの?!やったー!」

 

 っと大きく万歳をして文字通り手放しに喜んだので、彼は仕方ないと思いつつ、彼女に「ようこそ、私達の基地へ」と言う言葉を贈って迎え入れたのだ。基地に40や45達を伴って帰還した時、出迎えてくれたヘリアンが何処か複雑そうな表情を浮かべて40のことを迎え入れてたことにどこか違和感を覚えはしたが、帰還してからも新型ウイルスの応対に追われていた指揮官にはヘリアンがそんな顔をした理由を聞き出すことを忘れてしまっていた。。

 

 基地に来てからはと言うモノは、MP5の帽子を被って彼女から逃げ回る40の姿を見て何となく予想がつくだろう。

 

 40の明朗快活な性格ですぐに基地へと馴染んだ。SOPⅡや姉妹機であるUMP9とすぐに打ち解けたり、P7と一緒に戦術人形に悪戯を仕掛けたり、指揮官や多くの戦術人形を巻き込んでは外で遊びその度に日焼け止め塗るのを忘れて大騒ぎしたりと、元々騒がしかった基地のうるささに拍車がかかった様だった。

 

 でも、それは指揮官には嫌な思いを受ける煩さでは無い。相手が近くに居ても、40は大きな声を出すせいで耳がキーンと痛むことはありはするが、彼女のおかげで基地の雰囲気が更に明るくなったのは間違えでは無い。

 

 他者との絡み方がわからない戦術人形を誘って輪の中に入れてあげたり、成績が低いと落ち込む戦術人形を励ましたり、おさぼり組と日向ぼっこをしたりと、色んな人形と積極的に絡むので物事を自然と明るい方向に持っていってくれる魅力が40にはあったのだ。

 

 そんな底抜けの明るさを発揮する40に対して、45とM16が何処か後ろめたそうに40から顔を背ける時があるのは、指揮官は気になっていた。

 

 何故なら、指揮官は最近になって配属されたため、40のことを、『最近ペルシカが設計・建造した試験機』としか、本当に知らなかったから。

 

 どうしてあの二人が40に対して密かに冷たい態度をとるのかはわからなかったが、45とM16はそれぞれのチームの中では頼られる存在。それゆえか口が堅いので、チャンスがあったら聞いてみようと思ったが、それより先に40の性格にあの二人は絆されてしまいそうだと何となく確信していた。

 

 特に45は40の姉妹機なのだ。人懐っこい40が45のことを放っておくことなど無いだろうと、指揮官の直感は訴えかけていた。

 

 カリーナに報告書の作成を依頼し司令室へと戻ろうとする指揮官の前に、MP5の帽子を取り上げ自分の頭に被せて基地を走り回ってた40が現れる。

 

「はっはっはー!」

 

 楽しそうに目を細める彼女を見て、帽子を被ってご機嫌なだけかと指揮官は一瞬で判断しそうになったが、

 

「返してー!!」

 

 彼女を追うように必死に腕を前に突き出して走るMP5を見て、真相を察した。

 

 指揮官は、自分の傍を通り抜けようとした40の頭の位置に手の高さを合わせて、彼女の頭にあった帽子を取り上げた。

 

「あっ!?」

 

 40が異変に気づいて自分の頭に手を置きながら振り返った時にはもう遅い。指揮官はMP5の目線に合わせるようにしゃがんで、彼女の頭に帽子を載せおえていた。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 先程まで涙目であったMP5は、可憐に表情を綻ばせて「ありがとうございます……!」何度も何度も感謝を伝えると、40から逃げるように駆け足で来た道を戻っていった。

 

「ちょっ、指揮官――」

 

 突如介入してきた指揮官に文句を言いそうになった40だが、彼が普段は表に出さない気迫を醸し出しつつ、幽鬼のようにゆっくり立ち上がってきたことで委縮する。この後に何が起こるかの予測が完了した40はMP5に倣う形でこの場から逃げ出そうとしたが、指揮官が壁に手を置いて威圧し、逃げ道を塞ぐ。

 

「ひっ!?」

 

 思わず胸の前で両手を組んで身構える40。その様は、教徒が神に祈るかのよう。が、残念がら目の前に居るのは神では無く、ただの人間の指揮官である。祈りる意味は無い。

 

「40……やりすぎるなと、言った筈だよな?」

 

「ソ、ソウデスネ……」

 

 委縮し普段よりキーが高い声で返答する40。彼女はMP5を気に入ってるのか、或いは彼女の持つ生真面目な気質故に弄りやすいのか、最近は軽いイジメにも見える悪戯が増えてきたので、指揮官は口を酸っぱくして注意していたのだ。それなのに40は――。そう言いたいかの様に大きくため息をつく指揮官は、鋭い視線を40に向ける。

 

 指揮官から睨まれたことで反射的に身体を震わせる40に、注意する度に反省した様子をとっていた40を信じていたことを反省し心を鬼にして、彼女に刑の執行を低く、腹に響くような声で彼女に伝える。

 

「やりたくなかったがお説教だ。覚悟して貰おうか?」

 

「や、やりたくないならやらなくても――」

 

 何とか言い逃れようとしていた40だったが、指揮官の無言の気迫に気圧されて、結局項垂れてしまった。

 

「ゴメンナサイ……」

 

 指揮官は40の手を掴む。彼からの不意な行動に驚いて40の身体が一度跳ねる。

 

「行くぞ?」

 

 呆れたように息を吐きながら40を引っ張って先導する彼。

 

「……はーい」

 

 40は諦めたように、吐き捨てるように言いながら、自分の手を握って逃がさないように繋がれた二人の手をみながら、どことなく顔を色づかせながら彼に追従するのであった。

 

 

 

 

 

 これが、40がやって来てからの基地の日常。

 

 基地に新しい風が舞い込んだ、愉快な基地の日常。

 

 何も知らない40と指揮官の日常――

 

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 

 

 40が基地に配属されて二週間が経った。持ち前の明るさを活かしてすぐに基地に馴染んだ彼女に、指揮官は安心感を覚えつつも40を副官として傍に置く事にした。それは、ペルシカから与えられた『40の運用』に関しての任務の為でもあるし、副官となれば指揮官の傍に居る関係上友好の輪が広がると言うのもあるし、指揮官個人の思惑としては少しは責任感と言うモノを持って貰いたいと言うのもあった。

 

 任命した当初は、

 

『え~……』

 

 と、上司である指揮官相手に拒絶の態度を示した。活発な彼女にとって、一つの場所に留まって作業するのは苦手意識があったのだろう。

 

 最初はその意識の通りに、書類が一枚終わるごとに『お仕事終わり~!』や、『これで遊べるね!』と言って、仕事から逃れようとしたが、その度に指揮官が首根っこを掴んで、『終わってない』、『全部終わったら遊んでいいから』と引き止めて仕事を続行させていた。

 

 流石に仕事をさせてばっかりだと、40もストレスを感じてパーツや回路の寿命を縮めることになるので、休憩時間が終わったら戻る、仕事が終わったら指揮官と鬼ごっこをすると言う条件をお互いに飲んで副官を続行させたのだ。

 

 最初こそは渋々と言った様子でぶーたれながら露骨に不満ですよ、と指揮官にアピールしながら仕事に取り掛かっていたのだが、数日経ったらあら不思議。

 

「今日もよろしくね、指揮官!」

 

 彼女は喜色を浮べて仕事の準備に取り掛かり、時折鼻歌交じりに仕事をこなすようになっていった。

 

 その理由としては、基地での活動範囲は狭まるが副官として指揮官の傍で動いていると色んな人形と関わることが出来ること。40が他の戦術人形と話し込むことに関しては黙認しているので、色んな戦術人形と会話を楽しむことが出来ているのだ。その代わり仕事は溜まっていくので、

 

「その……指揮官、手伝って!」

 

「……はぁ」

 

 終業間際に指揮官を拝むように手を合わせて手伝ってくれないかと頼み込むのが常と化しているのが悩みどころにはなっているのだが。

 

 それともう一つは、指揮官が守るべき約束ごと。

 

「こっちだよー!」

 

「はぁ……はぁ……さすがに速いっ!」

 

 それは、仕事終わりの40との鬼ごっこ。いつも決まって、40は逃げる側で、指揮官は鬼側。一時間だけのチェイス。

 

 デスクワークと立ち仕事が殆どである指揮官にとって運動が出来るいい機会になっている為、疲れた身体に鞭を打ってでも興じているのだ。

 

「はははっ!」

 

 何よりも、楽しそうに笑い声をあげながら夜の基地を駆け巡る40を見ると、指揮官まで何だか楽しくなる。仕事の疲れをついつい忘れて興じてしまう。

 

「はぁはぁ……ははっ……!」

 

 だから指揮官も自然と笑顔になって40を追いかける。戦前で流行っていたラブロマンス映画のワンシーンを再現するかのよう。

 

「わぷっ!?」

 

 愉快なシーンが終わりを告げるのはいつも唐突。大体、40が油断してどこかで転び、立ち上がる前に指揮官が追いついて背中に触れる。

 

「はぁ……はぁ……今日は早く決着がついたな……」

 

 息を切らしながらも、どことなく晴れやかな表情で、40に手を差し伸べる指揮官。

 

「イタタ……明日はあたいが逃げ切るからっ!」

 

 地面に叩きつけて赤くなったしまった鼻頭を手で押さえながらも、指揮官が差し伸べた手をとって立ち上がる40。彼女の目は涙目ではあるが、その表情は指揮官と同じように爽やかなモノであった。

 

 息を荒げて呼吸を整える指揮官と、鼻頭を押さえて涙目な40はお互いに見つめあう。

 

 その光景がなんだかおかしくて。

 

「ふふっ」

 

「はははっ」

 

「「あははっ!!」」

 

 夜の基地に響き渡る位の笑い声を二人はあげるのであった。

 

 

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 40が着任して更に一ヶ月ほど経過。

 

 最初は40に対して何処か余所余所しく接していたM16とUMP45も、40の明るさに影響されてか、態度が軟化していった。

 

 特に40に対して借りてきた猫のように、大人しく、気弱にどこか怯えたように応対していた45であったが、段々と分厚い氷が融けていくように、40に心を開くようになっていった。

 

 指揮官は45に心を開かせるのにかなり時間を要したのだが、それを着任してから一ヶ月の間に45の信頼を勝ち取ったのは、快闊さの化身の様な40故か、或いは45とは姉妹機だからか。今では、UMP45、UMP9、UMP40の三人揃ってカフェで駄弁ってる姿も見受けられるとのこと。

 

 40のことを訝しげな眼差しで観察していたヘリアンも、いつの間にか世間話をする位には仲良くなっていた。 

 

 ともかく、指揮官が予想していた通りに40は、一方的なわだかまりを持っていた人物達のそれを無事に解消した。

 

 基地の仲間との交友関係も大分広がったと判断した指揮官は、戦闘面は問題なし、執務面は落ち着きのない一面が目立つが多分支障は無いと判断。そのことをペルシカに報告しつつ、40の副官の任を解こうとしたが。

 

『ん~……あたい、まだ指揮官と鬼ごっこしたいなー』

 

 との返事をされて副官から外されることを拒否したので、そのまま継続させてあげることにした。

 

 そんな40のいる日常のある日の夜のこと。

 

 一日の業務も終わり、40との鬼ごっこもして、頭脳と体をイジメ抜いた。今日は早くに仕事を終えることが出来たので、指揮官の密かな趣味を久しぶりに堪能しようと趣味に必要なための道具を持って司令室に向かっている所で――廊下の窓辺に立ってぼんやりと外を眺めている40の姿があった。

 

「珍しいな。40も物思いに耽ることがあるなんて」

 

「あ……指揮官」

 

 指揮官はそんな彼女の隣に立って、同じように窓を眺める。窓から見えるのは、夜間警備の為に基地を徘徊している人員と、車両類の整備が行われているのか照明が漏れている倉庫、それと夜の世界を照らす月と星々が浮かぶ雲一つない夜空。

 

 彼にとっては見慣れた風景。いや、見飽きた風景と言うべきだろうか。最初の頃は、夜なのに仕事を続ける彼らを見て、心の奥底に感謝の言葉を述べてみたり、基地の周辺に建築物が無いおかげか、居住区にいた頃よりかは夜空も明るい様に感じていたが、今はそれも当たり前のように感じている。そのことに気付いた時、少し寂しくも思ったのは何故か未だに覚えているのだが、それはきっと、彼以外にとってどうでもよいことだろう。

 

 指揮官は窓を開けて、廊下の籠った空気を入れ替える。まるで、自分の心の底にある鬱屈さを風に溶かしてしまおうとするかのように。微かに吹く夜風と野外から漏れる雑音が二人の肌を撫でて、身体を冷やした。

 

「うーん……。物思いって言うのかなぁ……」

 

 40は苦笑を浮べながら、風に流される金糸雀色の髪をかき上げる。

 

「なんだか、偶に虚しくなっちゃうんだ……」

 

「虚しい……?」

 

 いつも明るさを振りまいている40が発したのは、想像して無かった言葉だった。

 

「何ていうのかな……。本当に偶に思っちゃうんだ。あたい、ここに居ていいのかなって」

 

「……何でそんな事を」

 

 短期間で、色んな人間、戦術人形に認められながらどうしてそんなことを――と思ってしまう指揮官。何故か彼女に対して複雑な思いを抱いている者達は数人が居たが、その人物とも今は打ち解けられている状況だ。

 

「なんでだろう……申し訳なく思っちゃうんだよね……」

 

 鼻先を掻きながら、気まずそうに指揮官に語る40。

 

 指揮官はその申し訳なく思う理由を予測して口に出してみる。少しでも、40の不安を取り除いてあげるために。

 

「自分が突然やって来てせいで、他の人形の友好関係がおかしくなったりでも?」

 

 今まで仲良くしていたグループがあったとして、そこに新人が加わるとする。グループのメンバーが新人によくして仲良くなって古くからのメンバーがそれに不満をを覚えて亀裂が入るのは人間同士であってもよくあることだ。

 

 人形同士の問題なら、指揮官の管轄だ。それなら役立てるだろうと言ってみた指揮官であったが、40は首を振って否定する。

 

「それとも、悪口でも言われたとか?」

 

 戦術人形は人間には友好的である。そう設定されていると言われればそれまでだが、基本的に人間に逆らう事は勿論不可能であるし、悪口を言うのだって制限がかかる。

 

 が、人形同士となるとその制限が外れるため、結構罵りあったりしているのは指揮官も理解している。見目麗しい人形達が罵りあってる場面は、精神的に来るものはあるので、余り見たくはないのだが。

 

 彼女はこの基地の中では新人だ。それに彼女は、ペルシカによってつくられたAR小隊の様な特別な人形だ。それを快く思わない人形だっているだろう。人形達には感情を再現する疑似感情モジュールが組み込まれているのだ。人間でいう『嫉妬』の感情を持たれることだってあるだろう。

 

 もし、彼女が心無い言葉に傷ついてるのであれば、それも指揮官の出番だ。あまり個人的な指導はしたく無いが、チームである限り大事な『調和』を乱すのであれば話は別だ。チームメンバーの間で生まれた軋轢のせいで、作戦が台無しになっては堪ったモノでは無い。40の度が過ぎた悪戯を叱りつけたように指導する必要がある。

 

 が、それも外れ。40は黙ってまた首を振るう。

 

「うーむ……」

 

 他の理由を考えるために口許に手を置く指揮官。暫し、夜風の音と基地内の小さな雑音が二人の耳朶を満たしていたが、ある時一際強い風が吹き、

 

「あたいの居場所ってあるのかな」

 

 風の中に置き去りにするように、40が呟いた。

 

「……どうして?」

 

 40の語った胸中に、指揮官が返したのは四文字の疑問。何度も言う、彼女は短期間で色んな戦術人形にも人間にも間違いなく認められている。彼女の性格、活躍、戦績もその全て。その中には指揮官だって含まれている。

 

「皆、それぞれの居場所を持ってるでしょ?SOPⅡだったら、AR小隊。9と45だったら、404小隊。MP5だってMG5とかと仲が良いし……」

 

「特定の、凄く仲が良いって子が居ないことを気にしている、と?それこそ、9と45は?」

 

「うーん……。9とはけっこう仲が良いつもりだけど、それでも45の方を頼りにしてるし……45は……まだちょっと壁があるし……」

 

 確かに40と45は最近になって打ち解けてきたが、彼女が言うように壁があるように感じる。彼女の前ではいつものような飄々とした一面が出ずに、心配性な、臆病な少女の様に振る舞っている。それが、彼女なりに愛想を良くしようとした結果なのか、突如建造された姉妹機に警戒しているのか、或いは―――それが彼女の素なのか。

 

 そのどれかなのかは、もしくはそのどれでも無いのかは指揮官にはわからない。45からの信頼を勝ち取り、からかわれたり、偶に冗談交じりに迫られて笑われたりする仲にはなったが、それでも彼女には秘密が多くて。

 

「だから、色んな子と仲良くなれるように頑張ってみたけど、その子達は結局あたいが来るより前の子と仲が良くて……。それを見ると思っちゃうんだ。あたいの居場所はあるのかなって」

 

 姉妹機とはある程度打ち解けられたものの感じている隔たり。どうやっても覆す事の出来ない、長い時間をかけて培えって出来た深い友情の壁。

 

 それらを目の前にして、40は感じてしまったのだろう。自分の居場所はここにあるのかと。

 

 彼女は無邪気だ。皆に元気を振りまく明るさを持っている。それを活かして多くの者達と仲良くなるのは、間違いなく彼女の能力だろう。その能力を使って、彼女は多くの友人を作り上げたのだ。

 

 彼女の魅力は、能力は既に認められている。それなのに、居場所があるのか不安になるのは、なんとも贅沢な悩みでは無いだろうか。

 

 贅沢な悩みを持つ40に指揮官は思わず鼻を鳴らす。

 

「わ、笑うこと無いでしょ!?」

 

「ははっ、悪い。贅沢な悩みだなって思ってな」

 

「贅沢……?」

 

 突然、笑われた事に不満を感じた40が頬を膨らませがらも指揮官に聞く。

 

「そう、贅沢だよ。確かに君は新人だ。深く仲が良い友人と言うのは居ないかもしれない。けれど、君は色んな人達に確かに認めれているよ」

 

「そうかなぁ……」

 

「そうだよ。君が何かをしたいと呼びかければ、君の元に色んな子が集まってくるだろう?それは君を認めている証拠だ。でなければ、君が和の中心に立ってるときに、人が集まることなんてないよ」

 

「うーん……」

 

「だから、贅沢って言ったんだ。君は多くの者達に認められている。寧ろ、居場所なんてよりどりみどりだろうに。心配しなくたって、今のまま仲を少しずつ深めていけばいい。」

 

「うん……」

 

「ははっ、人間だってすぐに深く仲良くなる事なんて出来ないよ。深く仲良くなるためには、基本的に長い時間を要するんだ。その深度も人によって大きく変わる。そうなるまでに何年もかかることはあるし、逆に明日になったらそうなってるかもしれない。悩むのもわかるけど、こればかりは仕方の無いことだ。けれど、いつかは出来る。そう言う仲になってくれる仲間が。それに――」

 

 指揮官は40の肩に手を置く。40も指揮官の方に振り向いて、視線を交わす形となる。

 

 目と目があった事を認識した指揮官は、40に優しく微笑みかえる。

 

「私は君の居場所であったつもりなんだけどな。あまり寂しくなるようなこと、言わないでほしい。君に何があろうと、私は君の居場所だよ」

 

 そんな、ある種の告白まがいの言葉を受け、夜風で冷え切っていた筈なのに彼女の顔は火傷でもしたかのように瞬時に赤く染まり、彼の視線を切るように顔を逸らした。

 

「な、なーに指揮官?あたいのこと、好きなの?そんな愛の告白みたいな台詞言っちゃって」

 

「な!?た、確かに君のことは好きだが、別に愛の言葉と言うつもりじゃ――」

 

「じゃあ、あたいのこと、愛してないっていっちゃう?」

 

「そ、それはだなぁ……」

 

 40の言葉で自分の言葉がどのように捉えられるか理解した指揮官も、40から視線を逸らして気恥ずかしそうに頬を掻いて誤魔化す。

 

「嘘だよ~!」

 

 そんな子供らしい彼の仕種に、一泡吹かせたと言わんばかりに悪戯な笑みを向ける。その表情とからかい方が何処となく45を思わせるので、肌の色は日に焼けて若干違えど彼女達は姉妹なのだと、指揮官に改めて認識させた。

 

「ふふん、でも嬉しかったよ。ありがとう指揮官!」

 

 そして、彼女の確かな『居場所』となってくれる。彼女の事を確かに認めていると、恥ずかしげもなく言ってくれた彼に、いつも彼女が浮かべている溌剌な笑顔を彼に送る。彼の言葉によって与えられた恥ずかしさが抜けないおかげで、額まで真っ赤なのはここだけの話である。

 

「どういたしまして」

 

 そんな風に短く礼を言う彼も気恥ずかしそうに頬を掻きながらも、彼女が元気を取り戻したことを喜んで口端を持ち上げる。

 

 少しの間だけ気恥ずかしさが頂点に至ったので、40は俯き、指揮官は視線を外へと向けて、お互いに顔を背けていたが、40が指揮官の手を握った。

 

「し、指揮官、どこかに向かう途中だったんでしょ、あたいもついて行っていい?」

 

「あー……その……」

 

「……ダメ?」

 

 40の言葉で、自分がこれから何をしようとしたのか思い出した指揮官は、言い辛そうに視線を泳がせたが、おねだりをするUMP9の様に甘えたな視線を向けてくるので、

 

「……いいぞ」

 

 同伴を許可してしまった。今までは意識したことは無かったが、よく観察してみると40もUMP二人の姉妹機体であるのだと思える場面が多い。

 

 自分は彼女の居場所であり続けると言ったが、まだまだ知らないことが多い。そのことを恥じながらも、これから知ることが出来る喜びを今の指揮官は感じている。

 

「いこう!」

 

 彼女に手を引かれて歩き出す指揮官。

 

「で、行き先は?」

 

「司令室だ」

 

「司令室?おー……なるほど!指揮官が夜の司令室で一人でお酒を飲んでるって噂、聞いたことあるよ!」

 

「まぁー、これからしたい事はそれだな」

 

「あたいも飲んでいい?」

 

「安物でもいいのなら」

 

 40は一度指揮官の手を強く握りしめる。それに返すように指揮官も40の手を握る力を込める。

 

 それが、嬉しくて、指揮官が自分のことを繋ぎとめてくれている様で嬉しくて、40はまた笑顔を浮かべながら、指揮官を伴って司令室へと向かうのであった。

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 40がやって来てからの基地の日常。

 

 指揮官が40の居場所になると表明した、愉快な基地の日常。

 

 お互いのことがわかりあえてきた40と指揮官の日常――

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 40が基地にやって来てから更に時が経過した。

 

「こっちこっちー!」

 

「待ってよ40~!」

 

 指揮官のいった通り、時間をかけて友情を育んだことで、彼女も指揮官以外に『居場所』と言える人物達を少しずつ作れているらしい。

 

 45との間にあったわだかまりも今では殆ど無くなっている。40に対して、何処か様子を伺うように、彼女の機嫌を損ねないように接していた45も40とすっかりと打ち解けた様だ。

 

「40、今度一緒に出掛けない?」

 

「いいね!行こう行こう!」

 

 想像がつかないかもしれないが、今では45が40にべったりとしている印象すら受ける位に。最近、40から45と9と相部屋になりたいと申請が来た。二人は快く受け入れたと言う言葉と明朗な笑顔と共に。指揮官は二つ返事でその申請を受け入れた。

 

 そんな風に確かに居場所と言える物を多く確保した40であるが、彼女がもっともお気に入りの居場所というのは、

 

「しきか~ん!」

 

 45がわざと発する甘えたな声をマネして、椅子に座る指揮官の背後から抱き付く40。そう、彼女のお気に入りの居場所は指揮官の傍であった。

 

 夜に彼女と言葉を交わした後も、何かと気にかけてくれたり、相変わらず世話を焼いてくれる指揮官に、40はすっかりと心を砕いてしまったようだ。好感度と言うモノが数値化して存在するのであれば、彼女の好感度は頂点にまで達していることだろう。

 

「うん、どうした?」 

 

 彼の左肩に顎を乗せて甘える40に声をかける指揮官。子犬の様に甘える彼女にはどことなく愛おしさを覚えるのも仕方ないだろう。

 

 40は今も指揮官の副官を続けている。

 

 当初は40が満足するまで、或いは飽きたらやめたいと言ってくると思ったのだが、指揮官の予測は外れて、今もこうして副官を続けている。

 

「今度、45達と出掛けるんだ!」

 

 耳元で言葉を発して来るので少しくすぐったいが、彼女の喜色に溢れた声を聞いて指揮官は不快になる人間では無い。

 

「そうか、よかったなー」

 

 右手で書類の確認をしつつ、左手で40の頭を撫でてやる指揮官。言葉こそ素っ気ないが、彼の言葉にも喜びが満ちている。

 

「ホントにそう思ってる~?」

 

 指揮官の頬を突っつきつつ、意地悪そうに表情を変える40。が、彼女の声には不満の色は全くなく、冗談であることが読み取れる。

 

「思ってるさ。つい最近まで、『あたいの居場所が~』とか言ってたじゃないか」

 

 対する指揮官も、わざとらしく声を高くして40の声をマネてからかってやる。

 

「ぶー!そのことは忘れてって言ってるでしょー!」

 

「ははっ、悪かったって」

 

 彼女が指揮官の頬を押す力が強まって、頬の内側が彼の歯に当たる。そんな痛気持ち良いような感覚を享受しながら、彼は心にも思ってない謝罪を口にする。

 

 彼の謝罪に不満を覚えて頬を膨らませて、飽きることなく彼の頬を指で突いたり押し込んだりを繰り返す40。が次第にその力は弱まり、彼の頬をくすぐるだけの力になると、彼の頬を弄ってた手を彼の首に巻き付けて、彼の首筋に顔を寄せて、

 

「ありがとう」

 

 明るく朗らかで、驚かされると驚かせた側が反射的に耳を塞ぐくらい大きな声を出す彼女が、密着してぎりぎり聞き取れる位の声量で、彼の耳朶に感謝の言葉を送り届けた。

 

「……どういたしまして」

 

 40からの礼に優しい声色で返事を返して、彼女の指通りのいい髪を撫ぜてあげると、40は心地よさそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 指揮官と40は互いに深く心を通わせた。

 

 互いに認め合い、互いにとって深く必要な存在となるくらいに。

 

 人形は心が無いと言われるかもしれないが、どんな時も寄り添う二人を見て、その言葉を口にする者は流石に固定観念に囚われすぎているか、感性が風化しかけていると言わざるを得ないだろう。

 

 指揮官はその深い信頼を形にする為に――お互いのことを更に理解し、寄り添うために、40と誓約を交わそうと考えていた。

 

 が、そこには一つの壁がある。それは、40という戦術人形はペルシカの所有物であることだ。

 

 指揮官はあくまでペルシカに依頼されて40を傍に置いているだけに過ぎない。本来なら他人の所有物である人形に心を寄せるのは間違いなのかも知れないが、その間違いに気づいた時には、40は指揮官にとってかけがえのない存在となっていた。

 

 だから、指揮官はペルシカの居る16LAB所有の研究施設に足を運んで、40との誓約についての話をつけに行った。40はペルシカの作った特別な人形。一生をかけてのローンを作ってでも、彼女を買い取る心構えで。ペルシカからの人体実験や無茶な任務を何度もこなす覚悟で。

 

 指揮官と面会したペルシカは、40との誓約についての打診を聞いた後、指揮官を見定めるようにジロジロと見つめる。指揮官が緊張した面持ちで生唾を飲み込むと、値踏みを終えたペルシカがどこか満足したように息がついた後、

 

「指揮官、今から重要な話があるから、聞き逃さないように」

 

 ペルシカからの最後の審判が始まった。

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 ペルシカは指揮官に『UMP40』の真実を語った。

 

 彼女がグリフィンと国家保安局との共同作戦の最中に謀反を起こし甚大な被害を与えたこと。彼女の裏切りにより、グリフィン及びIOP社の信頼が一気に失われることになったこと。作戦中に彼女が自分の情報を抹消したために、彼女の存在自体が闇に葬られていたこと。

 

 そんな彼女を復元、再建造が出来た理由は過去に依頼したスナッチャーに彼女のデータが事細かに残っていたから出来たこと。

 

 しかし、過去の行ないから彼女の再建造は危険と判断し、ペルシカの自己判断でデータに封を施し秘匿していたこと。そして、過去の作戦でばら撒かれたウィルスに対応できる存在が、存在を消されたUMP40しか居ないと判断し、彼女の封印を解いて再建造したこと。指揮官の元へ預けたのは、データをとるためでなく彼女が再び謀反を起こさないか監視するためであったこと。

 

 明かされる衝撃の真実達。思わず目を見開いて口許に手を当てて息を飲む指揮官。あんなにも快闊な少女であったUMP40が、自分の所属している組織に甚大な被害を被らせた害悪だと知ったのだ。彼の反応も無理はないだろう。

 

「一応、あの子の過去の記憶は消してあるわ。また裏切られては困るから。」

 

 彼女のいっていた申し訳なさというのは、もしかしたら、彼女の罪に関連していたことなのかもしれない。居場所が無いと嘆いたいたのは、彼女の何かが過去の行ないを覚えていたのかもしれない。

 

 UMP45とM16A1、それにヘリアンが彼女のことを訝しんでいたのは、真実を知っていたからだろう。だから、ずっと口を塞いでたのだ。彼女の記憶が無いことを悟って、複雑そうに口を噤んでいたのだろう

 

「それでも、君は40と誓約したいって言うつもり?」

 

 ペルシカの視線は何処か憐みを帯びているモノ。知らなかったとはいえ好きになった存在が大罪人であったとは、到底受け入れがたい真実であるだろう。

 

 そんな真実を知って、すぐさま返事を返せる人間など――

 

「それでも……それでも、私は……40と誓約をしたいです」

 

 居た。目の前に居る指揮官がそうであった。

 

「……どうして?」

 

 ペルシカは目を丸くしながらも、指揮官に問いかける。

 

「確かに、グリフィンの一社員として、40のしたことは許せないです」

 

 拳を握り、怒りをあらわにする指揮官。

 

「でも、今の40が、また謀反を起こすとは信じられません。過去の記憶が無いのなら尚更。彼女の明るさに何度も助けられました。私だけでなく、基地の皆も。だから、もう一度裏切ることは信じられません」

 

「それは、指揮官が信じたく無いだけじゃないのかしら?」

 

「……でも、それでも、私は40のことを信じてます。私は40のことが好きだから」

 

「ふーん……」

 

 ペルシカは何処かつまらなさそうに机に置いてあったペンをとると、彼に糾弾するように先を向ける。

 

「彼女と結ばれたら、もしかしたら世間から後ろ指をさされることになるかもしれない」

 

「構いません。私は、彼女の居場所になると、彼女と約束しました」

 

「この事件の真相を知るグリフィンの上層部は快く思わない筈よ。指揮官の昇進の道は途絶えるかもしれない」

 

「知りません。それでも、彼女の傍に居られるなら」

 

「また、彼女が裏切るかもしれない」

 

「止めます。やろうとしたら、いつものように叱りつけてやります。それこそ、彼女が泣くまで、しっかりと反省するまでずっと傍に居てやります」

 

「ふふ、ふふふ……」

 

 指揮官の決意溢れる眼差しと共に解き放たれた言葉達。その真剣さに胸を打たれたペルシカはクツクツと喉を鳴らして、静かに笑い声をあげる。

 

「はははっ!良い覚悟ね!」

 

「な、何で笑うんですか!!」

 

 自分の覚悟を馬鹿にされたと思い顔を真っ赤にして糺す指揮官。ペルシカは笑い、お腹を抱えるほど一通り笑って、机をバンバンと大きく叩いて、やっと収まってきた所で、笑い声以外の言葉を口にした。

 

「良いわ。UMP40はあなたに譲る。お代もいらない。他の人形と同じように、いつものように彼女のデータを送って貰えれば結構よ。上層部も私が黙らせてあげる」

 

「っ!?本当ですか!?」

 

「つまらない嘘はつかないから安心して。ふふっ、そんなに愛されるなんて、40も幸せでしょうね。ちょっと妬けてしまうわ」

 

「……どうも」

 

「ふふっ、ふふふっ。お幸せにね」

 

 彼女の笑いは指揮官を馬鹿にするような面白さから出たのものでは無く、40がどんな存在であっても受け入れると言う彼の決意に敬意を表した笑いだ。

 

「笑わないでくださいよ……。ありがとうございます」

 

 気恥ずかしそうに頬を掻きながらも、指揮官はペルシカからの祝福に擽ったそうな笑みを浮かべながら受け入れた。

 

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 譲渡と取り決めに関しての書類に一通り記入し、残りは指揮官に郵送することを決めて、部屋から出て行く指揮官を見送ったペルシカ。

 

 彼女はコーヒーと主張する摩訶不思議な液体を飲みながら一人ごちる。

 

「繋ぎとめる鎖。指揮官がそれになれているのなら任せられる。前のあの子には頼れる存在が誰も居なかったから。よかったわね。これから彼はあなたのものよ」

 

 どこか遠くを、天井の隅を見つめながら、ペルシカは再びカップに入った液体を口に含んだ。

 

 ♦ ♦ ♦

 

 数日かけてペルシカと40の譲渡についてのやり取り終えた指揮官は、カリーナから誓約に関しての書類と指輪を購入し、少しは洒落たインテリアがある執務室で40のことを待ち受けていた。本来なら、誓約は余った宿舎や予備宿舎に教会のセットを組み立てて行うのだが、今回はサプライズでやるので執務室で行おうとしていた。

 

 先程、基地内の放送で40を呼び出した指揮官。休憩時間が終わればどのみち彼の元に来てくれるのだが、勝手ながら休憩時間が終わるまで待つことが出来なかったのだ。

 

 書類に不備がないかを何度も何度も確認し指輪を収めたケースも中身が入っているかの確認を何回も行った。

 

 自惚れかもしれないが、40がこの誓約を受けてくれる自信はある。40と確かに心を通じ合っている自身もある。成功する可能性が99%であっても、1%だけ失敗の確率があるのなら不安になってしまうのと同じで。

 

 頭の中で何度もシミュレーションをした。台詞だって何度も何度も考え抜いた。そう不安要素は無い。後は、考え練習し自分の想いを伝えて、彼女の返事を待つのみ。

 

 強く鼓動を打つ心臓を手で押さえ、息を吸って吐いてを繰り返して火照る身体を何とか冷却させて、40を待ち受ける指揮官。

 

 そこに、力強く執務室の扉を叩く音が、

 

「来たよー」

 

 マイペースな所がある40も、これから何が起こるかなんとなく理解しているのか、若干声が震えているのが付き合いの長い指揮官にはわかった。

 

 そんな彼女の声に安心した指揮官は、呼び出しに応えてくれた彼女に中に入る許可を出す。

 

「40だよな?入ってくれ」

 

「う、うん……」

 

 40と同じように緊張で上擦った声で、部屋に入るように許可を出す指揮官。入室を許可された40は瞳だけを動かして室内の様子を伺いながら入室し、指揮官の前に立つ。

 

 何もしていないのに、赤く染まった二人の顔。そんなお互いの顔を見て、微笑ましく思う余裕は、今の二人にはない。

 

「指揮官……何のご用……?これから日光浴に行くので……」

 

 指揮官から視線を逸らし、両手の人差し指の先を合わせるようにしながら緊張気味に言う40。休憩時間は後数分もせずに終わる。彼女なりに指揮官と自分の緊張をほぐすためのジョークなのだが、それに突っ込む余裕も指揮官には無い。

 

「だ、大事な用があるんだ」

 

「だ、大事な用?」

 

 言葉をつっかえさせながらも大事な用とアバウトに伝える指揮官と、つっかえた部分もオウム返ししてしまう40。そんな二人の様子から、彼らがどれだけ緊張しているのか伺い知ることが出来るだろう。

 

 指揮官は胸に手を当てて息を吸い、自分の中の空気を換えることで緊張感を解そうと試みる。

 

「この書類に君のサインを書いて貰いたいんだ。その……君が良ければ……」

 

 40が誓約を受けてくれる自信を指揮官は確かに持っている。とは言っても不安は確かにある。緊張によって一時的に不安が上回って、語尾が小さくなってしまうのは、仕方の無いことだろう。

 

 机の前に立っていた指揮官は横に一歩ずれ、片腕を使って机を指し示し、40に机の上にあるモノを見てくれるように促す。

 

 関節が錆びついているかのように、無理矢理手足を動かして前進する40。机の前に立ち、身を乗り出して上にあるモノを確認して、彼女は息を潜めるように両手で口元を覆った。

 

「指揮官っ!こ、これって!!」

 

 40の体内を巡る人工血液が一気に沸騰したかのように赤く茹る。

 

 そんな彼女の緊張感が伝染して、同じように顔を赤くして、考えていた台詞が全て吹き飛んでしまった指揮官。

 

 一瞬だけ考えに考えた台詞が霧散して頭の中がパニック状態に陥ったが、作戦中にアクシデントが起きた場合に、すぐに軌道修正をする事が出来る冷静さが、彼が次に口にする言葉は何か思い至らせる。

 

 ――本当は出会いの始まりから語って40のどんなところが気になり、どんなことが好きになったとかを語ろうと思っていた。でも、その言葉達が吹き飛んでしまったのは、それは自分が言いたい事には必要が無かったなのかもしれない。だから、これから自分が口にする言葉は、そう言った装飾が無い本心からの言葉になる。

 

 だから、指揮官は、

 

「40――」

 

 飾ることをやめた自分の本心を、

 

「私と――」

 

 ありのままの言葉を、

 

「誓約して欲しい!!」

 

 彼女へと捧げたのだ。

 

「えっ……」

 

 返事を受け取った彼女は、

 

「うそっ……」

 

 大きく手を天井へとあげて、

 

「やったー!!!」

 

 嬉し涙を流しながらも満面の笑みを浮かべて、書類へとサインしたのであった。

 

「ありがとう!」

 

「ありがとう指揮官!!」

 

 感極まった二人は、どちらから共なく抱きしめ合う。

 

「嬉しい……嬉しいよ指揮官!!」

 

「私もだよ40……!」

 

「居場所になってくれるんだね……!あたいの確かな居場所に……!」

 

「そうだよ!私は君の居場所になる!君に何があろうとも、君のための居場所に!!」

 

 緩やかに抱擁を解いて、お互いに向き合う二人。

 

 40と同じように喜びに満ちた涙を流しながらも、指揮官はポケットから手のひらサイズの箱を取り出して蓋を開ける。

 

「おぉー!」

 

 そこにあるのは、誓約の指輪。二人の絆の強さを示す証。

 

「あたいにつけて指揮官!」

 

 彼女の催促に頷く形で返事をする指揮官。右手で指輪を摘み、彼女の滑らかな小麦色の左手を空いた手で取り、彼女の薬指へと嵌める。彼女の指へと指輪が執務室の窓から入り込んだ日の光を浴びて光冠を発した。

 

 これで指揮官は40の揺ぎ無き居場所になることが出来た。彼女が嫌われようと、非難されようと、彼女が帰って来れる居場所に。彼女と共に未来を歩むための居場所へと、存在へと。

 

 40は興味深そうに、あるいは夢でないことを確認するかのように、何度も何度もあらゆる角度から自分の薬指に嵌った指輪を確認すると、溢れそうな想いを抑えきれなくなって。

 

「指揮官!みんなに言っとく!これから指揮官はあたいのものだって!」

 

 一目散に執務室から出て行って、自慢しに行った。

 

「はっはっはー!!」

 

 喜びの余り廊下中に響く大きな完成をあげながら。

 

「……おーい」

 

 一人執務室に置き去りにされる形となった指揮官。彼が当初に決めていた予定では、ひっそりと取得していた自分と40の半休を使って街にお出かけをして、最後はレストランでディナーを堪能しながら今日の誓約を祝おうとしたのだが、当の相手は嬉しさの余り基地を駆け巡りに行ってしまった。

 

「……まぁ、いいか」

 

 一通り自慢を終えてここに帰ってくる頃には流石に落ち着いていることだろう。デートの時間は減ってしまうが、40が嬉しそうに皆に自慢しているのなら、それはそれでいいと指揮官は受け入れることにした。

 

 指揮官は、机の上に置かれた誓約の書類を手に取る。記入者の欄には、指揮官の名前と、書き殴られたUMP40の文字が確かにあった。

 

 ♦ ♦ ♦

 

 これは40が喜びに余り基地を駆け巡る日常。

 

 指揮官が40の確かな居場所になった、新たな基地の日常。

 

 40と指揮官が結ばれた日常――




 取りあえずは前編です。後編はまだまだお待ちを……。

 因みに逆レはされてないですよ。ええ、されてませんとも。

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