この作品には深層映写のネタバレ及び、オリジナル設定、中途半端なUMP40のキャラ把握が含まれています。
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自ら指揮官を煽り、彼から能動的に部屋から連れ出される形となった40。
指揮官に手を引かれるがままに、二人が向かった先は指揮官の私室。
指揮官がカードキーをかざすと、ロックが音を立てて外れる。指揮官が招き入れるようにドアを開けると、
「おじゃましまーす!」
指揮官からの言葉を待たずに、40は初めて訪れるホテルの一室に飛び込む子供のように、目を輝かせ、靴を脱ぎ捨てながら突入した。
大袈裟なリアクションをとりながら入室した40であったが、彼女が彼の部屋を訪れたのは初めてではない。
寧ろ、誓約を結ぶ前は、40は彼の部屋に入り浸っていたと言っても過言ではない。休日に訪れてはなにげない会話に花を咲かせ、共に映画を観賞したり、彼からご飯を馳走に預かったり、一緒にお昼寝したり、挙げ句の果てに帰るのが遅くなったからだの、今日はもう動きたくないだの駄々を捏ねて泊まることになったりと、彼女はよく彼の部屋を訪れていたのだ。
それこそ、部屋に差し込む光が、夜空に浮かぶ光源達が発してる微かな光しかない薄暗い空間の中でも、障害となるものに接触することなく悠々と歩ける位には、彼女は彼の部屋のことを熟知している。
「~~♪」
鼻唄を奏でながら軽やかな足取りで40が向かったのは、寝室。窓際におかれたベッドと、少しの衣服が入ったクローゼットと空き場所ばかりのチェスト、後は物置と貸してる収納スペースしかない面白味のない部屋だ。
40が脱ぎ捨てた靴を揃え、彼女を追うように寝室へと入ると、そこにはベッドに腰を下ろし、振り返るようにして、いつかの時のように窓ガラス越しに外を見つめる40が。
指揮官が入室したことに気づいた40が、自分の隣をポンポンと叩いて、隣に座るように促す。指揮官はその誘導に従うがままに彼女の隣に座り、彼女に倣うように、いつかの日と同じように、窓に写る景色を眺める。
彼の私室から拝める外の景色も、いつかの日に40と見たものと何ら代わりはない。
窓から見えるのは、夜間警備の為に基地を徘徊している人員と、車両類の整備が行われているのか照明が漏れている倉庫、それと夜の世界を照らす月と星々が浮かぶ雲一つない空。
あのときからすっかりと変わった二人の関係と比べても、何も変わっていない窓の風景。
その風景を眺めながら、
「あたいね」
変わってしまった原因の一つである40が、
「指揮官があたいに言ってくれたこと」
少しずつ、
「凄く嬉しかったよ」
言葉を口にして空間を震わせた。
「私が言ったこと?」
彼女の言う『指揮官が言ったこと』というのが、何を指しているのかは、指揮官にもわかっている。
でも、指揮官としてはその言葉は40に言って貰いたかった。彼女が自分を想っているのは伝わった。彼の表情の一つを独占したいと言い出す位に、想われていることはわかった。
しかし、一度失われた自信と言うのは、そう簡単に取り戻せる物ではない。自分だけで取り戻すには、余りにも回り道をする必要だってある。簡単に自信を取り戻すには、自信を失った原因を取り除くのが一番手っ取り早い方法だ。
「な~に~?あたいにイジワルしてるつもり~?」
おかしそうに喉をクツクツと鳴らす40。
「………」
それに対する指揮官の答えは沈黙。叱られることを恐れ自分の殻にこもって傷つかない様にする子供のような答え。
指揮官はわかってないのだ。40が何故こんな意地悪をしているのか。
皆は知らないだろう。みんなの頼りになる指揮官が、こんな態度を、傷ついた子供のような表情をする時があるなんて。
でも、今はこれ以上、彼にイジワルをするのは宜しい行為では無い。イジワルも過ぎれば虐めと何ら変わりはない。それは、彼から叱られて教え込まれたもの。
彼女の目的は果たした。だから、今は彼の望みを叶えてあげるのだ。
「指揮官が『あたいの居場所であったつもりなんだけどな』って言ってくれたこと」
彼の予測に間違いなかった。指揮官が予想していた言葉もまさしく彼女が言ってくれていた言葉だった。
ずっと彼女の中には、かつて彼が送った言葉が刻み込まれていた。
二人が深い信頼関係を築くきっかけとなった言葉が。
「あまりにもね。そう、当然みたいに言ってくれたから、あたい、凄く嬉しかったんだ。例えそれが、その場凌ぎであたいの信頼を勝ち取るための言葉だったとしても、ね」
「そんな訳ないだろう」
「うん……。よくわかってるつもり。そうやって当然のように言ってくれるところ、あたい好きだよ」
ベッドのシーツに置かれていた指揮官の手に、40は自分の手を重ねる。彼女の中の心と言える物を、彼女のアイデンティティを言える物を彼と共有するかのように。
「今思うと45もM16ももしかしたら416だって、あたいのことをよく知っていたかもしれないのに、あんな余所余所しくしてくるんだもん。いくらあたいでも傷ついちゃうよ」
40が列挙する戦術人形達は、『過去』のUMP40と関係が深かったもの。結局、彼女達から詳しい過去の40について聞き出せてはいないが、過去の40について思うところがあったから口を閉ざしていたのだろう。
例え姿形は同じでも、同じように扱えない、同じように扱い辛いと言うのは、よくあることだ。亡くなったペットと同じ種類のペットを飼っても、亡くなったペットと同じように扱う、と言うのは中々に出来ない人間の心理と同じようなもので。
「そんな中で、何もわからなくて、どこか取り残されたみたいな、疎外感を感じてる中で、指揮官が『居場所』だって言ってくれたこと本当に嬉しかった」
40は指揮官の指の隙間に差し入れて、
「……初期の頃になるけど、指揮官があたいを叱ってくれたのも、けっこう嬉しかったんだよ。あのときに握ってくれた手の大きさと温かさ、ずうっと記録に残してるくらいに。あの頃から、指揮官はあたいのことを認めてくれていたんだよね」
彼の手の上から覆いかぶさるように握る。
元々高めの温度を持っていた彼女の手。その中にある一片の冷たさは彼が送った特別であるという証明。
彼女の手の温度が微かに上がる。これが、彼女が言う初めて指揮官の手を握った時の温かさなのだろうか。
「指揮官に励まされて応援されて、あたし一杯頑張ったなぁ……。色んな戦術人形と仲良くなっていっぱい居場所を作ろうって」
それもわかっている。彼女が戦術人形と仲良くなれたことを小躍りしながら語っていた時もあった。
その時は、指揮官も彼女が親交を深めていくことを手放しに喜んでいた。
――その時は、
「誓約してからもいっぱいいっぱい、色んな子とも遊んだかなー」
そう。そのこともよくわかってる。彼女が笑顔になる時は、戦術人形との話の時だけだと、彼が思いこんでしまうくらいに。
そのことを、自分以外のことで笑顔を浮かべる40のことを思い出すと、指揮官はまた嫉妬の感情を覚える。苛立ちを覚える。
40は自分の事を見ていないのではないか?と。彼女にとって都合のいい存在でしかなかったのではないか?と。
負の感情に捕えられた末に最後に出てくる言葉は決まっている。
――私は、40に本当に愛されているのか?
と。
彼が望めば傍に居てくれる。彼といる時は触れ合ってくれる。でも、今の彼女が決まって笑顔になるのは、自分や自分達との話以外のこと。
本日の昼に彼の為だけに浮かべた『狂気混じり』の笑顔。そして、迎えに来た時に浮かべた意地悪な笑顔。それが、彼にだけ向けられた久しぶりの彼女からの笑顔。
嫉妬と喜びが入り混じった指揮官は、再び表情を歪め、指先に力を入れてシーツに皺を作る。
一度壊れた負の感情の堰は、それを留める役割を果たすことなく、そのまま彼の表情、行動として出力させる。今の彼の様に。
「でも」
そんな彼の様子を、
「途中であたい、気づいたんだ」
横目で伺い、
「別にあたいは、他の子の中に居場所を欲していたわけじゃ無いんだって」
あの狂気を孕んだ笑みを浮かべると、
「あたいは」
苛立ちで熱を持ち始めた指揮官の頬を
「あたいが欲しかった居場所は」
両手で包み込んで、
「指揮官の傍、ただそれだけを望んでたんだって……!」
指揮官の血色の良い唇に、40の赤い花びらのような可憐な唇を重ねた。
指揮官にとっては予想だにしない一撃。
二人が唇を重ねていた時間は瞬きの間と言っても過言では無い程一瞬だったが、その一瞬で、指揮官の胸は、彼女からの愛に焦がされた。
――40が自分の傍に居ることを望んでくれた!
その事実が彼の心を揺さぶる。
だけど、それ同時にもう一つ湧き出る感情が、
――そう思ってくれたのにどうして自分にあんな意地悪をしたのだろう?
彼女に対する疑いは彼の中でまだ完全には晴れていない。
その疑いの元を晴らす為に彼女へ聞こうとしたその瞬間、
「んふふ♪」
40らしい弾けるような――UMPの系譜らしい影を感じさせる――笑顔を浮かべて、彼の肩を押して押し倒してきた。
「っ!?」
油断していた彼の身体がベッドに沈む。その意図がわからなくて、身体を起き上がらせようとすると、40が彼の首の横に手を置き、彼の顔を覗きこむようにして、動きを封じ込めにかかる。
「40……?」
喜びと嫉妬が入り混じった表情は霧散し、困惑に固められる。
彼を文字通り目と鼻の先に捕えた40は、彼と視線を交えて、再び夜空を作ると、口許を三日月の様に歪める。
「意地悪ばかり?ごめんね指揮官。でも、あたいね、指揮官の事が大好きなの!」
今まで指揮官ですら聞いたことが無かった、想いの丈をぶつけてきたのだ。
彼女の瞳に映るのは指揮官の姿。胸にある想いが溢れた結果、瞳を疑似涙液で潤ませて彼のことを見つめる。今にも零れてしまいそうな愛情の海に、彼の身体を沈めようとするかのように。
「ずっと!ずっと!指揮官さえ知らない指揮官の表情を見たかったの!指揮官のことが大好きだから!」
戦術人形たちとあったことを語るように、明朗に語る40。彼女の言う指揮官の表情とは、彼が嫉妬したときの表情のこと。彼女しか見ることが出来ない、特別な存在である彼女だけが拝むことが許された普段は見せない彼の表情。
今彼女が浮かべている興奮した表情も、月のような瞳も向けられているのは、指揮官ただ一人。それが、指揮官には嬉しかった。
「40……!!」
彼の胸のうちを満たすのは喜び。まるで、天に昇るような歓喜。
今の40は指揮官の事だけを見てくれている。彼にだけ語ってくれている。それもずっと聞きたかった、『指揮官』についてのことを。自分の事をどう思ってるかということも。
「しきかん……」
40は法悦に表情を委ねながら、指揮官の頬に手を添えて、彼にその可憐な顔を接近させる。
「あぁ……40……」
彼女の意図を理解した指揮官は瞼を閉じて、もう一度口付けを交わした。
「指揮官……」
「40……」
お互いの愛情に蕩けてしまったような緩んだ笑みを捧げ合う二人。
「指揮官」
「あぁ……なんだ……?」
彼女の望む言葉が指揮官にはわかる。彼女は語りたがっているのだ。自分の中にある想いを。その全てを。彼女の輝く目を見れば、何をいって欲しいのかなんて手に取るようにわかる。
だって、彼らは通じあっているから。指揮官がどんなに彼女へ不満を持っていたとしても、彼女が彼のことを軽んじた振りをしても、結局は互いが互いを思いあってるような息のあった二人だから。
だから、聞いてあげるのだ。今にもその全てを解き放ちたくて、待てと命令された愛らしい子犬のような彼女の話を。
「あたいね……指揮官のことが大好き!!」
力強く、静まり返った寝室によく通る気勢のある彼女の声。
彼女から好きだと言われた。それだけで、指揮官の胸には温かさが満ちて、自然と顔が緩んでしまう。意識してないのに頬が持ち上がって、興奮のあまり言葉すら上手く口に出来なくて息を飲む。
それだけでも、彼の中の暗雲を払うのには十分過ぎるのに40はこれだけで終わるつもりは毛頭ない。彼女は一度大きく息を吸う。彼女は一息に口にするつもりなのだ。彼へと抱いている想いを。
「指揮官の声が好き。普段は威厳を保つためにちょっと低くしてるけど、お仕事が終わったら皆が萎縮しないように元の高さに戻してる指揮官の声が好き。あたいのことを好きだっていてくれる指揮官の声が好き。指揮官の顔が好き。普段はあんまり表情を出さないようにしてるけど、人の話を聞いたりしてるとすぐに顔に出しちゃう指揮官の顔が好き。あたいに笑いかけてくれる指揮官の顔が好き。指揮官の目が好き。夜みたいに雄大で自然の夜空よりも澄んでいる指揮官の黒い目が好き。あたいを見つめてくれる指揮官の目が好き。指揮官の髪が好き。あたいと日向ぼっこをした後は、暖かくてお日様の匂いがするから。太陽のような暖かさを持ってくれる指揮官の髪が好き。あたいの話を聞いてくれる指揮官が好き。あたいが話すたびに相づちを打ってくれたり、あたいが欲しいリアクションを返してくれる指揮官が好き。あたいの話を聞いてくれる指揮官が好き。あたいを抱きしめてくれる指揮官が好き。指揮官に包まれると温かくなって凄く安らいで、指揮官が傍に居るんだって実感できるから。あたいを包むように抱き締めてくれる指揮官が好き。あたいのことを構ってくれる指揮官が好き。どんなときでもあたいを優先しようとしてくれる指揮官が好き。自分の事を大事にして欲しいって思うこともあるけど、そんな指揮官があたいは好き。あたいにご飯を作ってくれる指揮官が好き。指揮官、気づいてるかわからないけど、あたいにご飯を作ってくれる時、いつも嬉しそうな表情で作ってるよ?一回だけ理由を聞いたときに『40が喜んでくれるから』って答えてくれたこと、あたいはちゃーんと記録してるよ。あたいのためのご飯を嬉しそうに、楽しそうに作ってくれる指揮官があたいは好き。心配してくれる指揮官が好き。心配をかけちゃうとあたいの胸も凄く痛くなるんだけど、心配が晴れたときにほっとしたように息をつく意外と心配性な指揮官が好き。思いやりの強い指揮官が好き。この基地に配属されてから孤独を感じてたあたいに寄り添ってくれた指揮官が好き。あたいを思いやってくれる指揮官が好き。優しい指揮官が好き。そうやって誰にでも優しさを振りまくから、あたいの方が嫉妬しちゃうんだよ?……でも、そんな風に優しい指揮官のことが、あたいは大好き!」
次々と紡がれる40の言葉。止まることの無い告白。戦術人形に息継ぎと言う概念は無い。だから、彼女は語り続ける。壊れたアナウンスマシーンのように。まるで、彼への好意を告げる目的で作られたロボットのように。次から次へと、彼への想いが彼女の口から出て来る。彼女が記憶をスキャンして、彼の好きなポイントを頭の中で映写する前に。彼女が演算するより早く。人間で言う反射のように。
怒濤の勢いで押し寄せてくる40からの好意。彼は彼女の言葉によって、薄暗い寝室の中でもわかるくらいに真っ赤な顔となり、夜色の瞳の潤いを増して彼女の告白を受け止めていた。
彼の中にあるのは羞恥心などでは決してない。長い乾期を耐え凌いだ植物が、その身に降り注ぐ恵みの雨に狂乱するような喜び。今まで満たされることの無かった。乾きり、汚泥を蓄積した彼の器は洗浄され、器から溢れる程の愛を受け止めれる喜びを受け止めているのだ。
「40……!」
言葉にするだけでは足りなくなった40は、指揮官の前髪をかきあげて、指揮官の額に唇を落とす。それが、彼女の息継ぎの仕方なのだと言うかのように。
リップ音を立てて彼の額から唇を話した40は彼の頭を何故あげる。子供や自分の姉妹を相手に宥めるように、大切な宝物を磨きあげるような優しい手つきで。それな心地よくて、愛しくて、指揮官は目を細めて彼女がなで回す手つきを楽しむ。
指揮官に撫でることに満足した40が彼の頭を撫でていた手を再び頬に添え、彼の注目を自分へ集める。
時の流れがゆっくりになったように、40の口が開く様子をじっくりとみてとれる。
その間に指揮官は、再び彼女の言葉に、彼女の声以外を弾くように、耳にフィルターをかけた。
必要ない。彼女の言葉以外の音は、今の指揮官には必要な筈がない。
彼女が再び空気を震わせる。
「指揮官の笑顔が好き。指揮官の笑顔を見ると胸が、お腹の底から温まるみたいで癒されるから。あたいへ向けてくれる指揮官の笑顔が好き。真剣な表情を浮かべる指揮官が好き。あたい達のことをよく考えて作戦を練ってくれたりしてるのが判るから。でも、なんでそんな表情をしてるのかを聞いたら、凄くどうでも良いことで悩んでることもあるから油断は出来ないんだけどね。指揮官の引き締まった真剣な表情が好き。驚いた表情を浮かべる指揮官が好き。あたいが唐突に抱きついたりすると『あっ』て声を漏らしちゃうのが可愛いから。かわいらしい一面のでる驚いたときの指揮官が好き。得意気な顔になってる指揮官が好き。普段は謙遜ばっかりしてるけど、認めてほしいところが認めてもらったとき、大きく頬っぺたが持ち上げてるのが可愛らしいから。かわいらしい指揮官の得意気な顔があたいは好き。落ち込んでる指揮官は、あたいも苦しくなるけどやっぱり好き。でも、あたいはそんな指揮官を見たくないから、あたいが笑わせてみせると 楽しそうにいつもより大きく笑ってくれる。悲しそうにしてたあとには、一段と大きな笑顔を向けてくれる落ち込んでる指揮官があたいは好き。嫉妬してる指揮官が好き。嫉妬してると唇を噛んだり、唇を握りしめたりしてる。いつもの指揮官をみてると凄く大人って感じがするのに、嫉妬してるときはすっごく子供みたいで可愛いんだよ。この前まで意地悪ばっかりしてごめんね。嫉妬してる指揮官のことが好き」
外見を語った後は今度は指揮官の表情、内面の好きなところを語る40。
「40……!」
40の降らせる好きの雨に、溺れそうになる指揮官の手を彼女は掴む。指を絡ませて握る。まるで、彼女を私室へとつれてきたときの指揮官のように。指揮官が好きな溌剌な笑みを浮かべながら。
「あたいが一番好きなのは、あたいのことをいつ消えても、消し去られてもおかしくなかったあたいを繋ぎ止めてくれた指揮官の大きな手と、あたいの居場所を作ってくれた指揮官――あなたそのもの」
40は再び指揮官に柔らかな唇を押し付ける。だけで、伝えるだけで収まらなくなった想いを、その全てを共有するかのように。疑似感情モジュールが導きだした答えをその全てを指揮官にもわかってほしくて。
40が口付けをやめると、指揮官の胸に倒れ込む。指揮官は誰に言われるでもなく、彼女の細い身体を抱き締めてあげる。彼女のことを受け止めていることを示すために。好きだと言ってくれたこと彼女を、自分へと居場所を求めてくれた、か弱い少女のことを守るために。
そっと目を閉じて指揮官の胸に耳を当てる40。彼女の聴覚センサーは一つの雑音を捉え、周波数を解析、それが彼の心音だと言う答えを彼女の頭脳回路へと伝える。ついでに、いつもより鼓動を打つペースも早いと。
緊張してるのか、或いは喜びが限界に達しているから鼓動が早いのか。そこまで解析してしまうのは流石に風情がない。それに、解析するまでもなく40にはわかってる。
――指揮官が喜んでいるのだと。
「しきかーん……あたいね――」
自分が傍にいてくれることを喜んでくれる彼に、自分を受け入れて包み込んでくれる彼に、40は抑え込んでいたものを、自分の中にあってずっと出さないように堪え続けた感情をその思いを彼へと解き放つ。
UMP40という戦術人形はグリフィン、否人間を裏切る為だけに作られた存在であったこと。そのためとは言え、時代の流れから外れてると言われてる情報戦特化の戦術人形として世に生まれた為に戦闘力は低く、人間達からぞんざいに扱われていたこと。彼女と同じ戦術人形達からも何度も陰口を叩かれたこと。
そんな酷い環境の中で、彼女の姉妹機、UMP45と出会い、彼女の『居場所』となってあげていたこと。そして、彼女も運命に囚われることを知って彼女だけは運命の鎖から逃れさせようと奔走、暗躍していたこと。
自分の運命を受け入れつつも、45を運命から解放させようと動いてるなかで、彼女は誰かに『認められる』こと、自分が居場所を作るのではなく誰かに『自分のための居場所を作って欲しい』と望む自分に気づいたこと。それが後悔となって、叶わないとわかっていながらずっと自分を蝕んでいたこと。今の自分ではその願いは果たすことが出来ないから――最後の作戦の前に、彼女の運命の時が迫る直前に、周囲のネットワークを探索していたときにたまたま接続した一つに自分のデータを分散させて、彼女が願いを込めて隠したこと。
「40……」
私室に40と来てから彼女の話し振りに指揮官は引っかりを覚えるものがあった。特に彼女が『自分のことを知っているはずのUMP45とM16A1が冷たかった』と言ったことが、
だって、そう言えるということは
「君は……記憶が……?」
40がペルシカによって消された記憶を取り戻しているとしか思えないから。
その問いに40は頷いて肯定する。
「あたい、45程落ち着きは無いけど、同じ情報戦特化のモデルだからね。自分に違和感を感じて、自己メンテナンスをしてみたら、記録が消されてた痕が出て来て……」
「それで、復元したと?」
「うん。復元に凄い時間がかかったし、全部が戻った訳じゃないし……。『最期の最期』は、そもそも記録がないんだけどね……」
今の40は、最期の、運命の瞬間を迎える前に自分のデータをネットワークに隠し、それをスナッチャーが収集し、ペルシカが組み直して復活したのだ。欠落があるのは仕方ないことだろう。
寧ろ、様々な奇跡によって彼女が再び世に出れたことに指揮官は感謝しているくらいだ。それこそ、UMP40をよく知る筈のUMP45が後ろめたさを覚えるくらいに。過去の40とほとんど変わらないくらいの再現が出来ているのは奇跡としか言いようがない。
「スナッチャーを指揮官が回収して、ペルシカが解析してあたいをみつけて……指揮官のピンチにあたいはまた作られて」
「覚えているよ。君が居なかったから私たちは……。君の元気な声に驚かされたのは、今だって忘れはしない」
「ぶ~、仕方ないって。あたいの指揮をしてくれる人がどんな人かなって楽しみだったんだから」
「……でも、あの時は君の元気な声に励まされたよ。ありがとう40」
「どういたしましてっ……!」
甘えるように指揮官の胸に鼻先を押し付けると40は再び胸のうちを語る。彼の存在を意識するように彼の手を強く握りしめて。
着任してから指揮官のおかげで基地に馴染むことはすぐできて感謝していること。自分を叱るのに場所を変える必要があったとは言え、その時に手を握ってくれたのが嬉しかったこと。叱ってくれたことで、指揮官が40のことを意識してくれている、認めてくれているとわかったこと。段々と自分の『居場所』といえるものを求めて焦り始めていたこと。過去には散々仲良くしていた45が自分の姉妹機よそよそしい対応をしてくるのが、無意識な焦りに拍車をかけていたこと。頭の奥底で自分の『居場所』は無いのかもしれないと思っていた中で指揮官に『40の居場所のつもりだ』と言われて救われたこと。初めて自分のために作られた居場所、彼女は嬉しさのあまり転げ回って叫びだしそうになっていたこと。
その時から、指揮官の存在を意識し初めたこと。
唐突に自分に違和感を覚えて行った自己メンテナンスによって、自身の歪みを発見したこと――
「あたい……凄く不安だったんだ……。あたいの真実を指揮官が受け入れてくれるか……」
誓約を結ぶ前の時期、40からのアプローチが突如として増えてきたと思っていた。それは40との仲が深くなったから、と言うような単純なものではくて、彼女の心配が表に出てきたということもあったのだろう。
彼女の真実は残酷で衝撃的なものだ。どんなに親交を深めても、どれだけわかりあっても、その真実だけで積み上げた全てが音を立てて崩れていってしまうような。
だが彼は――
「でも、指揮官は今のあたいを信じてくれるって言ってくれたから。あたいを好きだと言ってくれたから。あたいの居場所になるって言ってくれたから――!」
「40、なんでその言葉を……?」
その言葉を言ったのは指揮官がペルシカに『40と誓約をしたい』と願いに向かったとき。つまり、彼の決意を聞いたのは彼とペルシカのみしかいない。
「あたい……ずっと見てたよ。指揮官があたいをどう思うのか不安を覚えた時から……。指揮官の携帯端末を使ったり、監視カメラを使ったり……。ペルシカの所に行ってた時は、ペルシカの部屋の監視カメラ越しに……。ごめんね指揮官」
40はずっと不安が取り除けなかったのだろう。どんなに心を寄せても、どんなに信じていても、取り除けない不安を覚えることは人間でもあること。
彼女は、その不安を取り除くために、誓約寸前の時から指揮官を監視していたのだろう。16LABの強固なセキュリティを突破した40の実力には流石に驚いたが。
「……別に、いいさ」
40の抱く不安。それがわからない指揮官では無い。
ただ、娘を嫁に貰おうと相手の両親にこっそり相談していたようなシーンを、本人に見られていたと言うのは流石に気恥ずかしいので、少々目を泳がせてしまったが。
そんな指揮官の羞恥心がわかったのか、40はどこか嬉しそうに楽しそうに鼻を鳴らす。
「指揮官があたいと誓約してくれたこと、本当に嬉しかった……」
そして40は誓約してからの事の真意を語る。
誓約をしてから毎日が幸せだったこと。指揮官と一緒に居るだけでも楽しかったこと。まだまだ知らない指揮官を色んな指揮官をもっと知りたいと思ったこと。
その中で、40は不安を覚えていたこと。
それは、指揮官に対する不安ではなく、自分の居場所が指揮官の隣と言う『自分だけの居場所』が奪われてしまうのではないかと言う恐怖による不安であること。
指揮官と40が誓約をしてからも、指揮官のことを諦めなかった戦術人形は数多く存在していた。その人形達も自分には無い魅力を持っていて、それぞれの良さがあることも、たくさんの居場所を作ろうとして付き合いが多かった40にはよくわかっていた。だから、恐怖を抱いていた。自分の居場所が、指揮官の隣と言う40だけに許された居場所が、他の戦術人形に奪われてしまうのではないか、と。再び自分の居場所が無くなってしまうのではないか、と。
だから彼女は二つの行動にでた。一つは、指揮官のことをさらによく知ること。指揮官の中にある自分の居場所を盤石にすること。
指揮官がグリフィンに来る前の経緯から、来たあとの、40が着任してない間までのことを網羅した。指揮官の趣味嗜好だって40は完璧に覚え、それに対する理解も深めた。指揮官の生活習慣だって刻んでいる。朝起きる時間、食事の傾向、就寝時間、本人に言ったら引かれてしまうようなことも全て。
しかし、それだけでは足りない。何故なら、単純に記録し忘れないことは機械の得意な作業。生まれた意義の一つ。つまり、戦術人形なら誰でも出来るのだ。今すぐにでも。
だから、40は悩みに悩んだ。戦術人形ですら中々成すことが出来ないものが何か無いのかと。
彼女の答えは、決して小難しいものではなかった。指揮官が自分だけに向けてくれる感情を引き出す。ただ、それだけだった。
笑顔は誰にでも向ける。40にだけ向けてくれる笑顔はあるが、端から見ても気づかないだろう。
悲しい顔も誰にでも向ける。本当に誰にでも向けるわけではないが、彼が限界を迎えるタイミングに40以外が立ち会ったらどうなるだろうか?或いは、40が彼を悲しませる状況を作ってしまったのならどうなるだろうか?誰にでも見せないとは言い切れないだろう。
そこで思い立ったのが嫉妬。
彼は自分の同僚を羨むことも妬むこともしない。同僚や同期が高い戦果をあげたと聞いたときは手放しで喜ぶほどのお人好し。
そんなお人好しの指揮官から嫉妬を引き出せれば、それは誰も知らない自分だけに向ける表情と言えるのではないか?40と言う存在が、彼の中でどれだけ比重が大きいのかという証明する術となるのではないか?
そう思い至った彼女は、行動に移した。それこそが、戦術人形と仲を深めたように振る舞いそのことを話し続けた彼女の真意。
中々彼が嫉妬してくれないので、戦術人形を大きく巻き込み、45がかつて彼女へと抱いていた依存心まで引き出させることになった。が、彼女達には彼女達の居場所がある。あの45にだって404という確かな居場所が――40は居場所のある彼女達に無意識な妬みを覚えていたのかもしれない。
だが、その努力が実を結び彼女の思惑は成功。彼の嫉妬を引き出すことに成功して彼女は背徳的な喜びを覚えた。
彼の唇を噛み拳を握りしめて嫉妬する様が、普段は隣に寄り添うようにしてくれる大人らしい彼が、あまりにも子供みたいで何度も見たくなってずっとやってしまったのは、流石にやりすぎたかとは思ったが――
もう一つの彼女の行動は、自分の居場所を奪おうとする者達を排除すること。彼女が指揮官のことを密かに監視し続けた理由。
先ほど語ったように40には無い魅力を持つ戦術人形が数多くいることは理解しているのだ。彼女にはない冷静な思考を持つ者、自分の魅力を全面的に押し出す者、庇護欲を抱かせる愛らしさを持つ者。全てが全て、彼女とは違った魅力を持つ者。
彼女達がそれぞれの個性を指揮官に押し付けて、指揮官が彼女達に惹かれる事態は何よりも避けたかった。
だから、40は暗躍していた。誓約をしてからも指揮官に近づく悪い『子猫』を彼女が可愛がっていたのだ。指揮官と40の居場所を乱す躾のなってない『子猫』たちを。
あるときは外出する振りをして、あるいは戦闘で損傷を負ったが故に修復施設に送り届ける振りをして。
40は必死に自分だけの居場所を守ろうとしていた。
「……嫌いになった?」
どこか寂しそうに呟く40。彼女としても出過ぎたことをしてしまった、と言う意識があるのかもしれない。
恐怖を抱くだろう。彼女へ嫌悪感を覚えるだろう。彼女は自分の居場所を守るために、彼の中で自分の居場所を盤石にするために彼を悲しませるような、彼の不安を煽るようなことをずっと繰り返していた。
自分の我儘のために――
「そんなわけないだろう」
影を落とす40の前髪を持ち上げて、一つは唇を落とす指揮官。
彼は微塵にもそんなことを感じていなかった。それは、40の過去の所業を罪を聞いて受け入れた心の大きさがあるから、という理由だけではない。
彼の中を心を満たしていたのは歓喜の感情。まるで渦潮へと飲まれたかのような、40の愛で自分の身体を溶かされてしまったかのような、莫大な喜びの感情。
やっと、心の奥底から実感できたのだ、40は指揮官のことを深く深く愛してくれていると。彼女が自分という居場所を求めてやまないことがやっとわかったのだから。
ならば、彼が彼女へと抱くことは何もないことは判るだろう。
やっと口にしてくれた、40から指揮官への愛。指揮官にはもう、彼女からの愛の言葉が無いこれからは耐えられる気がしない。否、絶対に耐えられない。
彼女が何人を傷つけようと、彼女が自分を傷つけようと――関係ない。
だって彼女は、UMP40は、指揮官のことが好きなのは、愛してくれている確信をようやく得れたのだから。
嫌うことなんて出来ない。彼女を愛せなくなることは決してない。
「ずっと、ずっと不安だったんだ。君が私のことを愛してくれてるか」
「うん……」
「君の言うように嫉妬したりもした、不安に思ったりもした。私から想いが離れてしまったのかと思ったこともあった。でも、もう、いいんだ。40が私を愛してくれてることをよくわかったのだ――。そんなにも愛を向けてくれてたなんて」
「ごめんね……指揮官……」
「いいんだ。わかったから、私達は愛し合ってることを――愛してるこれからもずっとUMP40を」
彼はもう、彼女の愛情からは逃げられない。
「指揮官……!」
指揮官から受け入れてくれた喜びに40は震える。頭の天辺から、爪先まで甘い電流が駆け抜けたから。
彼女の身体は電流によって即座に暖められ、疑似感情モジュールは熱暴走を起こして、その思いを、彼への愛を更に伝えたいと出力する。
「言ったでしょ?指揮官はあたいのものだって……!」
彼へと、心の奥底に泥々とした、歪みきった想いを、その全てを受け入れてくれると、40は信じて、確信しているから。
「指揮官!」
「うん?」
「あたいね、運命って言う言葉が嫌いだった。だって、運命はあたいのことを散々苦しめたから。あたいがあたいのために生きることを許してくれなかったから!」
「……ああ」
「でも……。今はそうは思ってない。あたいが指揮官の元に着任できた、あたいが指揮官と結ばれた、こうして指揮官と愛しあえてるのが奇跡じゃないなら、運命としか言いようがないから!」
「……ああ、そうだ。これは運命なのかもしれないな。私と君が愛し合うのは」
「だから、指揮官!あたいにもっと運命を信じさせて!あたいに……指揮官の運命を全部を独占させて!」
彼女が涙混じり紡いだ告白。指揮官は彼女へと口付けを贈って――
「全部、全部、君あげるよ。私のことも、私の運命も、全て――。私は君だけのものになる。だから、君も私のものになって欲しい」
「うん!もちろん!あたいの全部は指揮官のものだよ」
今度は40が唇を捧げる。自分の全てを指揮官に譲り渡すように、指揮官の全てを自分へと取り込むように。
「私に寄り添ってくれ40……」
「何処にもいかないでね、しきかん……」
40が指揮官の頬を両手で包む。排熱が間に合わなくて熱せられた両手を、喜びによって暗闇の中でも熟れ具合が見てとれる彼の頬に。
二人の視線が合わさって、お互いの瞳に満月を望む夜空が完成する。
40は星を浮かべた満月の夜空を瞼の裏に閉じこめる。指揮官も自ずと夜色の瞳を閉じて、距離を縮め始めた40のことを待ち受ける。お互いの距離が零となり――二人が一つとなった。
「ずっと、一緒だよ」
「これからはずっと、一緒だ」
間もなくしてベッドの上にあった二つの影が一つになって躍り狂っていた。窓に映る空の果てが白むまで――
♦ ♦ ♦
誰かが二人の関係を依存と嘲ることだろう。壊れて歪んだ関係であると嘆く者もいるだろう。
違う、二人の間にあるのは、『二人だけの居場所』を確認できて大きく増幅された―――愛だ。
二人は、二人だけの、二人だけのための愛を手に入れた。二人だけの『居場所』という愛を。絡んで捻りあう愛を。
二人は今、二人だけが知る本物の愛を手に入れたのだ―――
♦ ♦ ♦
これは40の本心を知った日のこと。
指揮官が40からの愛を確かめあった日のこと。
40と指揮官が心からわかりあった日のこと――