【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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HK416

照明以外の電源が落ちた物寂しい司令室。

 

 バックアップ用のファイルサーバーのファンが回る音以外には、グラスに液体を注ぐ音が一つ。

 

 グラスに注がれるのはアルコール。かつての時代で言う、なんかしらの名を持つ酒の事では無く、文字通りのアルコール。

 

 酒と呼ばれるものは、裕層が嗜む者であり、PMCに所属する者であっても滅多にありつくことが出来ない逸品だ。

 

 グラスにアルコールを注いでいる最中の指揮官すらも、成人した時の祝いとして両親が注いでくれた酒がこれまでの人生で初めて味わった本物の酒であり、それ以降は口にした事が無い。

 

 アルコールの中に水を注いで濃度を薄め、更に化学調味料で味を調えて完成。

 

 これが、第三次世界とコーラプッスで汚染された世界の中では、安価で入手しやすくスタンダードなお酒だ。

 

 指揮官はグラスを手に持ち、左右に軽く振って中身を混ぜる。

 

 彼は一日の役割を終えた司令室で、無機質なファンの音をBGMにして、一人で酒を嗜み一日の疲れを飲み込むのが趣味だ。

 

 前回は、支援の報告を届けに来たAR-15に興味本位でアルコールを飲ませて、好奇心は猫をも殺すと言う古い言い伝えをその身で思い知ったばかりだ。

 

 アレ以来、AR-15がまた一緒に飲みたいと言ってきたが、言い訳したりお茶を濁したりして避けてきた。

 

AR-15が指揮官に好意を抱いていて、色々とぶっちゃけるついでに情熱的に迫ってきたのだが、彼らの関係は上司と部下である。

 

いくらプライベートな時間を共有していたからと言っても、その線引きだけははっきりとしなくては、と指揮官は肝に命じている。例えそれが、既に一夜の過ちを迎えてしまった後だとしても。

 

何より、指揮官には一人の時間が少ないのだ。人間誰しも一人になりたいときがある。そのためのこの一人酒なのだから。

 

司令室は締め切ったと、基地の皆には伝えてある。それに、本日は夜間の後方支援は命じていないから、報告に訪れる者もいない。

 

つまり、今回の一人酒は誰にも邪魔されることがないのだ。

 

「勝ったな」

 

グラスを宙に掲げ、天に勝利を捧げてから、口をつける指揮官であったがーーー緊急用の解錠コードが無いと開かない設定に弄ってあるドアが何故か勢いよく開かれた。

 

廊下からの光で逆光になってて一目で誰かはわからない。

 

唖然と口を開く指揮官の反応など気にしないとばかりに、扉を開けた主は司令室に侵入する。

 

廊下からの光が収束し、シルエットの主が露になる。シルエットの正体は、腰まである浅葱色の髪と左目の下に涙のようなタトゥーを入れた戦術人形、404小隊に同モデルが所属していることで有名なHK416が片手に一升瓶を持って入室してきた。

 

「ちょっ」

 

そこから先の言葉は何が出そうになったか、指揮官自身にもわからなかった。なんせ、突っ込みどころがありすぎる。どこから何を突っ込むのか自分でも予想がつかない。

 

そんな指揮官のリアクションなど気にしないとばかりにHK416は、後ろ手で司令室の扉の認証機に手を翳す。認証のパネルは赤く変色し、デカデカとLOCKの文字が表示されていた。

 

「えぇ……」

 

一瞬のうちに色々なことが起こりすぎて、困惑のあまり情けない声をあげてしまう。

 

HK416は電源の落ちたパネルの上に極東の文字で大口今なんとか、と書かれたラベルが貼られた一升瓶を力強く置くと、固まる指揮官にずいっと顔を寄せる。鼻先が触れあってしまうくらいの距離に。

 

「指揮官」

 

「お、おう」

 

一瞬のうちに色々と起こりすぎて、司令官はリアクションを放棄して、ただただ狼狽える。

 

「飲みましょう」

 

ーー拒否権は必要ないですよね?

どうやってやったのか知らないが、部屋が独自権限でロックされたのだから、拒否権もなにも、これでは助けを中にいれることすら出来はしない。

強引すぎる416の提案に小さく首を縦に振る。指揮官は本能的に416の提案に従った方が身のためだと判断したのだ。

 

指揮官愛しの一人タイムは僅か十分で終わった瞬間だった。

 

指揮官からの同意が得られた416は指揮官の持ってたグラスをぶんどると、中身を一気に飲み干した。

 

「指揮官は甘い方が好きなのかしら?」

 

「あぁ、いや、別になんでも飲めるぞ?」

 

その証拠に、テーブル代わりのパネルに置いてあるのは甘味だけでなく、酸味、辛味、苦味の化学調味料が置いてある。レシピ通りに作るのではなく、適当に組み合わせたりして、新しいカクテルモドキを作るのが一人で飲んでるときの楽しみの一つだから。甘くしたのは、たまたま甘いモノが飲みたかったからに過ぎない。

 

「そう。ならよかった。指揮官の先祖は極東に居たと聞いたから、その辺りにあるお酒を持ってきたのよ」

 

誇らしげに鼻を鳴らしながら、一升瓶を両手に持って指揮官にラベルを見せつける。

 

「確かに私の祖父位までがニッポン?ってところに住んでたらしいけど、なんで416が知ってんだ?」

「私は完璧よ」

 

再びラベルを見せつけて自慢げな顔をする416。イッキ飲みしたせいでもうアルコールが回ったのだろうか。

 

「いやだからどこから情報を参照ーー」

「私は完璧よ!」

 

若干語気を強めがら指揮官の眼を覆うように一升瓶を突きつける。彼の視界には一升瓶の中に満たされた液体によって歪められた416の姿が一杯に映る。

 

彼は悟った。酔ってるかどうかの判断はしかねるが、確実に教えてくれる気は無いのだと。

 

守秘されるべき情報が漏れてることを懸念して質問したのだが、このまま癇癪を起こされてはたまったモノじゃないので、もう聞く気は湧かなかった。

 

「じゃあ、その酒は?」

「この前の検閲任務のときに押収した密造酒よ」

「……私、押収品の扱いに関しては詳しく無いんだけど、持ってきて平気なの?」

「記録は偽造して置いたから大丈夫」

「そう言うこと、最高責任者に言っちゃう!?」

 

目の前の盗人発言で、頭痛がしてきたので指揮官は額に手を添える。

 

機械の誤操作を起こさせないように必要がないときに司令室にいるのは少々にグレーな行為なのだが、目の前の416がやったことは完全にクロは行為。流石に盗品(?)を飲むわけにはいかない。

 

「私は完璧よ」

 

が、416はまともに取り合おうとしない。不利な状況になると『私は完璧よbot』と化して受け答えをしてくれないからだ。

 

指揮官は両手で頭を抱えてしゃがみこむ。部屋は指揮官の持つ権限とは別の権限でロックされて脱出不可能。目の前には押収品を私物化した盗人。しかも、断るのこの字の選択肢すら与えてくれない極悪仕様。

 

一口も飲酒してないのに頭が痛くなるのも納得である。

 

「指揮官、大丈夫ですか?」

「誰のせいで……」

「私は完璧よ」

 

私は完璧よbotさんは返答に困ったら私は完璧よしか返してくれない。会話のドッヂボールどころか会話のサンドバッグである。指揮官は長いため息をついて、ヨロヨロと立ち上がった。

 

「……飲むか」

「そう。それでいいのよ」

 

なるようになれと言わんばかりに疲れたように小さく呟く指揮官に、416は小さく頬を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一つのグラスに入った極東風の密造酒を二人で飲む。

 

飲みに来る気満々だったのに何故自分のグラスを持ってこなかったのかと、416に聞いた指揮官であったが、「私は完璧よ」と返してきたので諦めた。本日の指揮官は諦めてばかりである。だらしない。

 

二人は何かを語ることもなく、二人は淡々とグラスに入ったお酒を飲む。お酒自体は中々に美味。指揮官がいつも飲む時のような、化学調味料だらけのお酒よりも断然。恐らく天然素材で作られた酒なのだろう。密造なんかせずに、きっちり許可を貰って作れば良いのにと指揮官は思った。この味なら、固定客もそれなりにいるだろうに。

 

そんなことを飲み始めた当初は416と語ってたのだが、今は話題が尽きて、サーバーのファンが回る音だけが空しく響いてる。

 

指揮官が飲んだ後に中身が無くなったらグラスを持つ416に指揮官が酒をつぎ、416が飲んだ後に無くなったらグラスを指揮官に持たせて416が注ぐ。

 

気まずい。指揮官としては非常に気まずい。元々、アルコールを飲むときは誰にも邪魔されずひっそりと飲みたいのが指揮官だ。それなのに突如として一人酒に乱入され、どうして気まずい雰囲気を味あわないと行けないのか。

 

416の顔色は変わらない。相変わらず、雲のように真っ白な顔をしている。対する指揮官は、酔い自体は始まってるが、酒に飲まれる程ではない。ペースを守って飲めば、酷く酔っぱらうことはない。

 

416はマナー講師か何かの様に、お酒を飲む指揮官の事を真顔で黙って見つめてくるので、気まずさを通り越し、居心地の悪さすら若干感じ始めた頃。

 

「指揮官」

突如416が語りかける。

 

「なんだ?」

「指揮官にとって私はなんなのかしら?」

 

なんで突然面倒くさい恋人みたいなことを言ってくるのか。そんなことを思ったが、416は自分の価値を証明したがるところがある。それが、彼女のAIに基本に組み込まれたモノなのか、大元となった404のHK416の影響なのか、或いは他の要因があるのかわからない。原因はわからないが、彼女にとって深刻な疑問であるのは、推して察するべしだろう。

 

いつから一人飲みの時間は、他人のお悩み相談の時間になったのだろうか。でも、悩みがあるならそれを聞くのも上司の役目だしーーーー

 

二秒程考えた指揮官は、取り敢えず416の質問に答えることにした。

 

「大切な存在だよ」

 

「っ!」

 

グラスを傾ける416の手が止まった。その言葉に間違えではないし、本心からの言葉なので、バッサリ切られたら指揮官は泣いていた。

 

「どういう意味で?」

 

「戦力的にも大事だし、何よりもこの基地に欠かせないメンバーだ。アサルトライフルの練度が低いこの基地の中で比較的練度が高いし、冷静な416がいると作戦行動時の修正もしやすい。意図をよく理解してくれるからな頼りになる」

 

「頼りになる……頼りになる……ふふふ」

 

指揮官からの誉め言葉を何度も何度も繰り返す416。彼女の口角は大きく持ち上がっていて見るからにニヤニヤとしてることがわかる。

 

「奴らよりも?」

 

奴らと言うのはAR小隊の四人のことだ。ここはお世辞でも416の方が優れてると言うべきなのかも知れないが、416の性格だと、あの四人に言って対抗心を煽る可能性がある。その矛先が一番向くM16A1は受け流すだろうが、STAR-15が受け流してくれないと言う確信が指揮官にはあった。あまり言いたくないが、同じような褒め言葉を彼女にも使ってしまったし、何よりも向こうは一夜の過ち(故意犯)をしてしまった関係なのもあり、煽り返して大惨事になる可能性がある。

 

「……同じくらいと言う回答で勘弁してくれるか?」

 

「同じくらい……ね。ふふふ。まぁ、いいわ。指揮官は実直だから評価は当てになるし。私の完璧さは指揮官にしっかりと理解されてるみたいだから嬉しいわ」

 

 そう言うと416は指揮官をパネルの上に座らせる様に促す。

 

 彼女の意図がわからず、首を傾げながら大人しく誘導に従うと、416は隣に座り指揮官の肩に頭を預けるように寄せる。

 

 服越しに伝わる416の顔の感触は柔らかく、人間のそれと遜色が無い様に思える。

 

「指揮官」

 

「なんだ?」

 

「もう少しだけ私の完璧な所を言ってくれるかしら?」

 

 416の声色はいつもの様な内なる激しさと一種の暗い欲望を感じさせるそれでは無く、なんかしらで一番をとった子供がおねだるかのよう。

 

 これが彼女の酔い方なのだろう。普段は完璧主義で自分を高める彼女が、他人からの称賛を自分から強く求める。行動と成果によって人から評価をされたい彼女が、遠まわしに褒めて欲しいと求める。簡単に言ってしまえば、他人に強く甘えるのが、彼女の酔い方なのだろう。

 

 寄せていた顔を上げ指揮官を見上げながら、指揮官の膝に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。重ねられた彼女の手が握ったり話したりを繰り返しているのが、何とも子供っぽい。

 

「射撃が正確なところ」

 

「それから?」

 

「冷静沈着なところ」

 

「それから?」

 

「部隊に配属されてると、その部隊の空気が引き締まるところ」

 

「それから?」

 

「特殊な装備を積んでるから一気に突破口を開いてくれるところ」

 

「それから?」

 

「まだか!?えっとその……かわいい顔をしてるところ?」

 

「うふっ、ふふふふふ……」

 

 散々褒められて満足したのか、416は口許に手を当ててどこか怪しげな笑い声をあげる。

 

 その間にもまたと促された場合を想定して、指揮官は次の褒め言葉を考えていたのだが、その必要は無いようだ。

 

「流石私の指揮官。私の完璧さを全て言い当ててくれたわ」

 

 目尻が緩み、口角をあげて笑みを浮かべる416。それは満面の笑みとは言えないかも知れないが、指揮官としては彼女らしい笑みだと言う感想を抱いた。

 

 指揮官はチラリと腕時計を見る。時刻はもう、明日を迎える寸前。

 

 PMCに休暇は無い。指揮官はこの基地において特に重要な人材であるのだから睡眠時間はしっかりと取らないといけないのだ。

 

 416も満足したようだし、何とか言いくるめてロックを解除してお開きにして貰おう。

 

 そう思い至った指揮官はロックを解除して貰おうと口を開こうとしたが、

 

「だけど、一つだけ足りない」

 

 その前に、416が指揮官の身体を押し倒し、パネルの上に磔けにした。

 

「私はこのボディも完璧なのよ?それを今からしっかりとわからせてあげる」

 

 つい数日前の出来事がリフレインする指揮官。これはあの時、AR-15の時のそれと同じ流れだと。

 

「ちょっ!?セクハラに当たるかもしれないから言わなかっただけだって――」

 

「戦術人形にセクハラも何もないわ。指揮官は気にしなくていいのよ」

 

 身体について言わなかったこと理由を伝えるが、416はバッサリと切る。

 

「私が完璧になるためには、指揮官にも私のことを完璧に知って貰う必要がある。これは必要なことなのよ」

 

「嘘つけ!なんで舌なめずりしてんだ!」

 

「私は完璧よ」

 

「またか!!」

 

 指揮官はジタバタと暴れるが、私は完璧よbotと化した416が指揮官の肩を抑えつけている為、まともな抵抗など出来やしない。今の指揮官は疑似餌に騙されて針にかかった魚なのである。

 

 一通り抵抗を試して無駄な体力消費で終った指揮官は肩で息をする。

 

「私は完璧よ。指揮官の望む刺激を私が全部与えてあげる」

 

「もうちょっと穏健なやり方で完璧さを伝えようと思わなかったのか……?」

 

「大丈夫よ。私は完璧だから」

 

「それで無茶を通そうとするの止めない?」

 

 これからする事への期待か、或いは一気に酔いが回ったからかはわからない。416は赤く色づいた顔を指揮官に接近させると、いつもより血色のいい唇を指揮官へと捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、指揮官は酷くやつれた様子で指揮を執っていた。

 

 416は丸三日は『私は完璧よ』といつもより弾んだ声で口癖の様に言っていた。

 

 基地の窓辺から灰色の空を眺めてた指揮官が言ってた。

 

「完璧になるってすっごく大変なことなんだな」

 

 と。

 

 指揮官がやつれていた理由、416の機嫌が目に見えてよかった理由。それは当事者のみが知ることだろう。

 


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