【ドルフロ】夜の司令室にて   作:なぁのいも

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 特別ルートがあるなら、これは正規ルート

 と言っても、『何処にも行かないで 寄り添って』の設定を流用してる部分もあります。

 が、読まなくても多分平気です。


最新話
『夜の司令室にて』UMP40


昼の暖かさを段々と失い、冷たい風が吹きわたる夜の時間帯。

 

メインの業務は殆どが終わりを迎え、人員の多くが明日のために休息を取り、体力を養っている頃合いのとあるグリフィン基地。

 

基地にて戦術人形達のことを専一に扱っている指揮官も、この時間になると睡眠をとることを考え始めているーーかと思いきや、電子機器を冷却するファンの音を肴に一献傾けようとしていた。

 

それも、今日の肴はファンの音だけじゃ無い。

 

「ふふ〜ん♪」

 

特殊な経緯でこの基地に着任することになったUMP40と言う客人もいるからだ。

 

「にしてもなぁ……。まさか、40に負けるとは……」

 

どこか感慨深そうに言いながら、グラスに透明なアルコールを注ぐ指揮官。グラスに注がれるのは毎度の如く飲用アルコール。安価で入手しやすさが売りで、火炎瓶の材料にするとよく燃える。燃焼グレネードが切れた時に、スコーピオンやベクターに勝手に持ち出されて、指揮官が途方にくれる日もある何かと人気な品だ。

 

「むぅ……負けたんだから文句言わない。今日のあたいは本気だったんだし」

 

「いつも本気じゃなかったっけか?」

 

「今日は特に本気だよ!」

 

胸を張り、自身に満ち満ちた笑顔を浮かべる40。その姿を見ると、本当にUMP45とUMP9の姉妹なのかと疑ってしまう所だ。肌の焼け具合や、性格の表裏の無さに、感情の豊かさ。

 

いや、性格の表裏のなさで言えば9もそうであるのはわかるが彼女は表裏が無さすぎる所があるし、45も感情は豊かであるがそれは彼女なりに抑制したり表に出すものを取捨選択しているのは理解している。

 

……本当にそうなのかと、自分の所感を疑いたくなる事案に指揮官は遭遇してはいるが。

 

「んー?指揮官?」

 

指揮官は斜め上を向き、天井に45と9の事を投影し始めたのだが、そんな事情は40には分かったものでは無い。なので、小首を傾げて指揮官に呼びかける。

 

「……なんでも無いさ」

 

「そう?」

 

疲れたように息を吐き出しながら言う指揮官に、40は頭に疑問符を浮かべて再び首をかしげるのであった。

 

 

 

 

 

40と指揮官がこうして夜の司令室でアルコールを嗜もうとしている訳は、先ほど指揮官が言った負けたという言葉に関係がある。

 

そう、指揮官は40に負けたのだ。具体的には、隔日のペースで40と共にやっている鬼ごっこに負けた。

 

体を動かすのが好きな40に付き合う形で、指揮官は夜の時間は40と鬼ごっこをしていたりする。40はちょっとした戦闘をこなすだけではその日の体力が有り余るようで。

 

なので、昼の時間は基地にいる他の人形とも遊んで体力を消費しているのだが、夜間になると遊びに付き合う人形が流石に居なくなる。そこで40は夜間は一人で飲酒をしているという指揮官に目をつけて、

 

「指揮官、暇でしょ?鬼ごっこしよう!」

 

と迫り、

 

「あ、ちょーー」

 

「指揮官が鬼ね!よーい、スタート!」

 

と、有無を言わさず開始したので、面倒なことになったと思いながらも付き合ってあげたのだ。

 

それがきっかけとなって、40が誘い、指揮官が応じる形で基地内で二人だけの鬼ごっこ開催されるようになった訳である。最初の方こそは面倒くさそうに応じていた指揮官ではあったが、いい運動になるからと、最近では乗り気で参加している。

 

決着の仕方は、殆どが40が躓き、その隙に指揮官が追いついて40を捕まえて終わるか、40が油断して普通に追いついて終わるか、40の前方不注意で誰かにぶつかって怒られて終わるか、そのどれかで、40が完全に逃げ切ったことは少ない。

 

そして、この日も鬼ごっこが始まった。いつもなら鬼ごっこをして終わり。二人していい汗を掻いたと解散するのだが、今回は違った。

 

40は、『負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く』、と言う単純明快な報酬を望んだのだ。

 

指揮官は彼女の提案を快諾。その理由としては、今まで勝ち越していると言う油断があったのかもしれない。今回も勝てるだろうと言う確証のない確信を、心の奥底に持っていたのかもしれない。

 

その時40は『本気でやるから!』とストレッチをしながら言っていた。だが、40の事だから、本気を出せば出すほど、不注意になるだろうと、勝手に思い込んでいた。経験則から出た答えを信用しきっていた。

 

そして、指揮官は敗北。自分の慢心に溺れたか、或いは、彼女の本気が指揮官の想像を越えたものだったのか。いや、この二つ、どちらでもあるだろう。

 

敗者となった指揮官は戦々恐々としていた。先に挙げた40の提案を忘れたわけではない。一体何をされるのだろうかと、冷や汗をもみあげから頬に伝わらせていた指揮官に、40はすぐさま勝者とし敗者に命令をくだす。

 

「あたいとアルコールを飲もっ!」

 

40の言葉は、指揮官にとっては意外な提案だった。

 

こうして、指揮官の権限を濫用して司令室のドアが開かれ、鬼ごっこの打ち上げとでも言うような40との飲み会が始まったのだ。

 

 

 

 

 

「一緒に飲みたいなら素直にそう言ってくれれば……」

 

アルコールによって色々と酷い目(意味深)にあっている指揮官ではあるが、それでも誰かと飲むことに嫌悪の感情は抱いていない。それは、人形たちにとって一番頼りにされる存在であるからという責任感からか、彼がお人好し過ぎるのか。恐らく両方だが、後者の比重の方があるだろう。

 

「ち、違うって!いいのが思い浮かばなかっただけで!」

 

指揮官の言うことを必死に否定する40。自分の望みを即座に口にしたこと、両手を大きく慌しく動かしながら頬を赤らめている様子を見れば、彼女の真意を窺い知れると言うもの。

 

鬼ごっこの習慣のきっかけ。その時、彼女が指揮官を誘った状況は、指揮官が一人飲みを堪能しようとした時。

 

その時の指揮官のことを、40は暇だと断言して自分のお願いを突き通して、ここまで付き合わせてることを、彼女なりに気にしていたのかもしれない。

 

自分の楽しみに素直なところがある40の事だから、本当に指揮官と飲みたかっただけかもしれないが。

 

45と9には無い、純粋さと素直さに指揮官はどこか感動したように笑む。

 

「むぅ!笑わないでって!変なこと言ってないでしょ!?」

 

「いや……。可笑しくて笑ってるわけじゃ無いんだ。ただ、」

 

「ただ?」

 

「素直っていいなぁって…」

 

「相談事があるなら乗るよ?」

 

「ありがとう……その時が来たら……」

 

45と9のことはたしかにあるが、それ以外の相談事もあり過ぎるのが指揮官の苦悩だ。

 

流石に40に相談するわけにはいかないだろう。君の姉妹とお酒を飲んだら襲われたとか、素直だと思ってた子とお酒を飲んだら襲われたとか、穏やかなお姉さん気質の人に襲われたとか、クールな子かと思ってたらお酒を飲んだら襲われたとか。

 

心配そうに首を傾げながら見つめる40に、指揮官は逃避するように明後日の方向を向く。意識していたわけでは無いが、その方向には監視カメラがあって、気分と共に肩を落として、はぁ……と疲れたようにため息をつく。

 

そんな風に気落ちしながらも、指揮官はグラスに入ったアルコールに、ペットボトルに入った白く濁りのある液体を注ぐ。

 

 指揮官がアルコールと混ぜているのはスポーツドリンク。発汗とともに失われるナトリウムなどの成分を手軽に補給できる清涼飲料水だ。かつての時代においてベストセラーであったそれは、この時代でも簡単に再現、製造が出来るので今も流通しているのだ。

 

 かの時代では飲み合わせというものに細心の注意が払われていて、アルコールと共にスポーツドリンクを摂取すると酔いやすくなると言われていたが、この時代ではその言い伝えは科学的根拠は無いと伝わっている。

 

 むしろ、アルコールを摂取すると発汗して水分とナトリウムを失われていくので、アルコールを飲んだ後に飲むと、二日酔いの対策にもいいと言われている。

 

 もっとも、そんな些細な知識は指揮官は持ち合わせて居なさそうであり、グラスの中のアルコールとスポーツドリンクが混ざり合って透明に近づいていく様から目を離せない40は全く気にしては無いだろうが。

 

 マドラーで氷とグラスを叩きながら混ぜ、本日のドリンクが無事完成。アルコールのスポーツドリンク割り。運動をした後によい飲み物と万病の薬と言われている飲み物の夢の共演。なんとも健康に良さそうなドリンクでは無かろうか?かつての時代の人々は卒倒してしまうかもしれないが。

 

「ほいよっと」

 

「ありがとう!」

 

 指揮官が差し出したグラスを両手で受け取りながら元気よく礼を伝える40。一度グラスを揺らして、グラスと氷が接触する高い音を響かせると遠慮無く口をつけた。

 

 彼女の舌に広がるグレープフルーツ風味のほんのりとした苦みがその後に続く甘さを引き立て、爽快感を与える。

 

 大きく喉を鳴らして飲んでいる姿は、彼女を見守る指揮官にも痛快さを感じさせる。

 

「んっ……んっ……」

 

 が、いくら何でも口をつけすぎだ。グラスの中に入っている液体は半分を切ったのに、40はまだ口をつけている。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

 戦術人形も酔うことを身をもって理解している指揮官は心配の言葉をかける。

 

 が、余程40の口にあっていたようで、味わうことに夢中になって、指揮官の声に気づかず、彼女は一気に飲み干してしまった。

 

「うーん、おいしい!」

 

 一度うなり、とびきりの笑顔を浮かべる40。その陽気さは夏に咲く花のよう。

 

 その笑顔に大いに安心感を得た指揮官は、安心したようにほっと息をつく。彼女の頬は軽く朱が差したがそれ以外の変化はまだ見られない。

 

「ははっ、よっぽど口にあったんだな」

 

「あたい、スポーツドリンク好きだしね」

 

 よく身体を動かしている40らしい答え。その答えには謎の安心感を得る。

 

「でも、あたいはもうちょっとアルコールが濃くてもいいかな」

 

 が、彼女の舌は刺激を好むようでもあるみたいで、指揮官がお試しで注いだアルコール濃度では満足出来なかった様子。

 

 40は空になったグラスをパネルに置くと、飲料アルコールとスポーツドリンクを同時に注ぐ。彼女の言った通り、アルコールの比率は多めで。

 

 グラスにマドラーを入れて、カランと軽快な音を立てながら混ぜる。スポーツドリンクの濁りが薄くなり、今の透過度に満足した40はグラスからマドラーを離す。

 

 が、マドラーに張り付いた水滴が先に集まってしたたりそうに。

 

「おととっ!」

 

 40はその水滴を受け止めた。反射的に自分の口に含むことで。

 

「ちょっ!」

 

 指揮官が思わずそういうのも無理はない。

 

「んー?」

 

 じっくりとマドラーを口内で舐めてマドラーに残ったドリンクの残滓を味わう40。マドラーから味がしなくなってようやく口を離した40。彼女の色艶のよい唇とマドラーの間にかかる橋が何とも艶めかしい。

 

「マドラーそれしか無いんだが!?」

 

「……ふぇ!?」

 

 驚きの表情で自分が先ほどまで舐めしゃぶっていたマドラーを見つめる40。

 

 そう、指揮官が持参したマドラーは40が口に含んだそれだけ。意味がわかった40の顔は一気にアルコールが回ったように赤が拡散して顔全体を覆い、薄く蒸気を発し始めた。

 

 今夜の飲み会では、これから40が口に含んだマドラーを共有するしかないのだ。

 

 自分の体液がべっとりと付着したマドラーでかき混ぜられたドリンクを指揮官も飲むことになる。そのことを意識した40の顔は真っ赤な羞恥の色に支配されたのだ。

 

「よ、40……?」

 

 赤くなりながらパクパクと空気を求める魚のように口を動かした40に大丈夫かと問おうとした指揮官。

 

 が、その言葉を口にするより先に、40は指揮官の分のグラスにアルコールとスポーツドリンクを注ぎ、先ほど口に含んだマドラーでかき混ぜ始めた。

 

「40!?」

 

 まさかの行動に表情が驚愕に変わる指揮官。

 

 40はガチャガチャと大きな音を立てて混ぜたドリンクを彼に手渡す。耳まで真っ赤な顔を明後日の方向にむけながら。

 

「は、はいっ!あたい特性のドリンクだよ!隠し味は、その……愛情っ!」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 指揮官としては別に40の唾液が混ざろうと大きく気にしては無いのだが、等の40自身が気にするだろうと思っていた。

 

 だから、代えをもってこようと提案しようとしたら、驚愕の行動に移された。

 

 40の勢いに流されてしまい、ドリンクを口に含む指揮官。

 

 口の中に清涼感と甘さが広がる。そして、その中には40の言う『愛情』も含まれるのかもしれない。

 

 二人っきりという場の雰囲気故か、それを意識してしまった指揮官の顔も火を灯したようにほのかに赤くなる。

 

「……おいしいな」

 

「……でしょ?あたいの『愛情』たっぷりだからね!」

 

 気恥ずかしそうに薄紅色に染まった顔を下に向けながら感想を言う指揮官に、40は顔を逸らしながらも照れくさそうにくすぐったそうに微笑みながら、指揮官の感想を受け取った。

 

 

 

 

 

 

その後も二人はスポーツドリンク割りを中心に飲み、40から振られる話題を中心に会話に花を咲かせることで飲み会を楽しんだ。

 

40が振るのは、指揮官達の部隊が窮地に陥った状況の打破のために、急遽ペルシカに製造されていきなり実戦投入されてからこの基地に来るまでに何を思っていたかとか、友人となった戦術人形たちのこと。どんなことをして遊んだか、カフェでどんな話をしてるか、訓練中の大変なこと、日光浴をするのにお気に入りのプレイスのことに、何故か度々衝突のあるM16A1やHK416とのことと、彼女の『姉妹』達のこと。

 

話題作りや会話を広げるのが上手くない指揮官には、40から話てくれるのはありがたく、聞いていて飽きの来ないものであった。

 

そのまま40が会話を広げ、指揮官が相槌を打ったり、自分もちゃんと参加できそうな話だったり口を挟んでみたり共感したりと、和やかな雰囲気でこの打ち上げが終わりそうな雰囲気であったのだが。

 

「んっ……」

 

パネルの上に寄り添いあうように座っている40と指揮官。アルコールで常に顔が色付き始めた40は突如指揮官の腕をとったかと思うと、彼の腕を抱きしめた。

 

「40?」

 

突如自分の抱きしめられたことに内心驚きつつも、その表情は顔に出さず、首を傾げて40に問いかける指揮官。

 

アルコールが身体に回っているせいか、彼女の身体は柔らかい、この感触の柔らかさ彼女の胸部周りは確実に45よりはありそうだ、突然どうしたのだろうか?、と言う、様々な考えを頭の中で巡らせながら。

 

40は片手で力強く、離さないと言うかのように強く抱きしめながら、指揮官の大きな手を、それより小さく柔らかさと滑らかさを両立させた彼女の手で握りしめる。

 

その力は、普段のみたいな指揮官の手を掴んで引っ張る時のような快活さのある力強さは無く、か弱い少女が必死に引き止めるかのよう。

 

「うん……」

 

影の落とされた顔で、何かを確かめるように、外れないように指揮官の手に指を絡めて繋ぐ40の浅黒い手。ずっと、40の好きなようにさせていた指揮官だが、一つ行動に起こしたことがある。

 

それはーー

 

「っ!?」

 

何の特別な事ではない。彼女の手を握り返すただそれだけ。力強く、40のことを離さないと言うかのように、彼女の手を握りしめてあげる。それだけのことを。

 

「あっ……」

 

表情に影を落とし俯き加減だった溌剌な少女が顔をあげる。

 

「ははっ、どうしたんだ?」

 

日光を求める花のように見上げた先には、くすりと微笑む戦術人形達にとって一番に寄り添ってくれる人がそこにーー

 

「指揮官……」

 

緊張が解けたかのように、40が全身の力を抜いて指揮官に寄り添う。甘えるように、自分の全てを預けるかのように。彼の肩に自分の頭を預けて。

 

「指揮官」

 

「うん?」

 

「しきかん」

 

「んー?」

 

「しきかーん……」

 

彼女の姉妹である45がよく発するのに似たわざとらしい脳が溶けるような甘い声をあげる40。が、彼女には45のような裏は決して感じ無い。本当に甘えたがっているのだろう。普段は明るく快活に振る舞う40が内に秘めた仄暗い物を指揮官にさらけ出そうと。

 

「……あたい、ずっと不安だったんだ。本当にここに居ていいのかって」

 

「それは……?」

 

「上手く口に出せないけど……。あたい、孤独だったのかも」

 

「色んな戦術人形と仲がいいのに?」

 

「うん……。ずっと、何だか、心苦しくて。何故かわからないけど、あたいを受け入れてくれたことが嬉しくて……。でも、ずっと不安で……。何故か申し訳なくて……。本当に……本当に何でか、わからないけど……」

 

語っていくうちに言葉尻が弱々しくなり、拳を握りしめていた40であったが、段々と堪え切れなくなって、電灯を反射する透明な道筋が彼女の瞳から頬を伝って掛かる。

 

彼女の感じる不安はわかるような気はした指揮官。例えるのなら、自分が転入した先の学校ではすでにグループが出来上がっていて、自分が加わりづらかったり、自分が加わることで邪魔にならないか。そう言った他所者としての葛藤。それに似たものーーかと捉えようとしていたが、彼女の根にあるものはそれとは別の異質な何かに見えた。

 

指揮官がペルシカから聞いた限りでは、40は新造された戦術人形の筈だ。それを裏付けるように、彼女も自分が新しいことを誇りに思っている様子だった。

 

だが、彼女の今の様子は?まるでーー過去に犯した罪に苦しむ罪人のようであった。

 

指揮官にとって40はまだまだ知らないことばかりだ。もしかしたら、M16A1やHK416の衝突がたまにあるように、UMP40と言う存在には『裏』があるのかもしれない。

 

だけど、今の指揮官は知らない。否、例え知ったとしても、知っていたとしても、指揮官は彼女を受け入れることだろう。

 

だから、先ずはそれを行動で示す。指揮官は彼女の方へと身体を向けて。

 

「あっ……」

 

華奢な体躯の40を抱き締める。彼女の存在を確かめるように、自分の中に留まらせるように引き止めるように、何より、

 

「良いんだよ。君はここにいていい。ここは君の居場所だから」

 

彼女に安心感を与えて、ここにいて良いのだと、彼女の居場所はここにあるのだと伝えるために。

 

「うん……指揮官……」

 

その言葉に胸を打たれた40は、指揮官の背中に腕を回して、抱きしめ返す。縋るように、自分の居場所はここにあるのかと確かめるように。

 

「指揮官……」

 

「うん」

 

「しきかん」

 

「ここにいるよ」

 

「しき、かん……!!」

 

彼女は自分の顔を指揮官の胸元に押し付ける。自分の中の全てを、指揮官に受け止めてもらうために。

 

「あたい……、本当はすっごく不安で……本当は心細かった!」

 

溢れ出る言葉を――――

 

「ずっと誰にも言えなくて……!ずっと、あたいを受け入れてくれる皆んなに申し訳なくて……!」

 

溢れる涙を――

 

「ずっとずっと怖かった!あたいはここに居て良いのかなって!色んな人といるのにあたいの心はずっと一人で……!」

 

その全てを指揮官にぶつけ、受け止めて貰えるように。

 

「しきかん、あたいはここに居て良いんだよね……?あたいは指揮官や皆んなと同じ場所にいて良いんだよね……?あたい……、あたい……!」

 

溢れる涙をそのままに、彼女らしく無い不安に満ちて震える声色で指揮官の顔を見上げる40。

 

答えは、もう決まっている。

 

「良いんだよ40。君に何があっても、私は君を受け止めて受け入れる。何度でも、何回でも。ここは君の居場所だよ、40」

 

「あっ…あぁ……うわあああ!!!しきかん!しきかん!!しきかーん!!!」

 

彼女の心の内に秘めていた悲しみの堰はここに崩壊し、溜めていた全ては指揮官へと流れる。40は指揮官の胸へと収まり、悲観の涙を全て、拠り所という海へと流していく。

 

もう堪える必要はない。彼女は確かな拠り所を得たのだから。

 

全てを吐き出すように、胸に秘めていた全てを曝け出してくれた40を、指揮官は更に力強く抱きしめて、彼女の指通りの良い月明かりを束ねたような銀糸を撫でて、彼女を肯定するのであった。

 

 

 

 

 

 

 自分の中の想いを全て受け止めてもらった40。疑似涙腺からこぼれた涙は彼女の目元を真っ赤に変色さていた。

 

 それこそが、彼女が全てを出し切った証拠。40は指揮官からそっと離れると、晴れやかな笑みを浮かべる。腫れた目元のままで浮かべる彼女の笑顔。それは、決して痛々しいものなんかでは無く、それすらもアクセサリーとする赤い花を思わせる笑顔。

 

「ありがとう指揮官」

 

 指揮官も微笑みを返して彼女のお礼を受け止める。

 

「いいよ。気にしないでくれ」

 

「その……ごめん。服凄く濡れちゃったね」

 

 彼女の涙で指揮官の胸元は激しく運動をした後のように濡れてしまっている。

 

 しかし、指揮官はまた笑う。そんな事なんか気にしてないと言うように、

 

「ははっ、いいんだよ。これは40が私のことを認めてくれた証だから」

 

 その証を掲げるように濡れた部分を何処か誇らしげに指でつまんで見せながら。 

 

「よくそんな恥ずかしいことを言えるね」

 

「……?」

 

「……うん。それが指揮官だよね」

 

 だから、45も9も――

 

 そんなことを小さく呟く40。指揮官としては恥ずかしいつもりは無くただの励ましの言葉。格好つけようとする目的が無いので自然と出てしまう。

 

 顎に手を置いて『間違った事を言ってしまっただろうか?』と悩み始めた指揮官に、40はクスクスとおかしそうに笑う。

 

「ふふっ、うん。凄く励まされたよ!ありがとう指揮官!」

 

 白い歯を見せて笑う40。その表情にはもう影は無く、天真爛漫ないつものUMP40はそこにはいた。

 

「ああ、どういたしまして」

 

 明るさを取り戻した彼女の姿を祝福するように指揮官は笑みを返した。

 

 その後は、二人は肩がくっつくくらいに寄り添いながらまた雑談に興じていたのだが、指揮官がチラリと腕時計を確認すると、童話にあった魔法で着飾られたお姫様とはお別れとなってしまう時間帯になってしまった。

 

「40、そろそろ」

 

 そろそろ、お開きにしよう。そう言ってこの打ち上げのような飲み会を終わろうとしたところで、40が両手を後ろに組んで自分の真ん前にたっている事に気づいた。

 

「しきか~ん♪」

 

 その声は、45が発するわざとらしい甘え声のようにも、9が発する天然の甘え声のようにも思える中間の声色。その姿は今から告白しようとする少女のようにも見える。

 

 一瞬、何かいいことでも思い出したのかと楽観的に考えた指揮官であったが――彼は思い出した。彼が女性から告白されるときは、大抵どんなことがセットになっているのかを。

 

「ま――」

 

 指揮官は40に思い止まるように言おうとしたが、次の言葉を口にする頃には、彼の背は冷たいパネルの上に。

 

「あたい、もっとここが居場所だって証拠が欲しいかな~?」

 

 そう言って指揮官のお腹に馬乗りになって身動きがとれないように封じる40。

 

「や、止めるんだ40!いくら何でもこういうことは場のノリでヤるものじゃ――」

 

「あたいが何の覚悟も無しにこういうことをやるわけ無いでしょ!!!」

 

 指揮官からの説得をはっきりと言い切る形で切り捨てる40。

 

 彼女の瞳に投影された星がまた歪む。

 

「あ、あの時、『愛情』っていったの、別に間違いじゃ無いよ……?」

 

 それは悲しみからでは無く。

 

「だって、あたい……指揮官のこと……結構……好きっていうか……好きだったけど……大好きになっちゃったっていうか……」

 

 彼女の心を、存在を奥底から焦がすような桃色の熱によって、その熱を冷まして出来る限り自分を保つために、彼女の瞳は潤み始めたのだ。

 

「……本当に、その先をしたいのか?」

 

 想いの丈を伝えて気恥ずかしくなった40は指揮官から顔を逸らしながらも確かに頷く。

 

「はぁ……そうか……」

 

 指揮官は諦めたように、けれど、40の特別な感情も受け入れる準備を決めたかのように、身体のチカラを抜く。

 

「はぁ……。いいよ。40、君に一任しようかな」

 

「……本当にズルイよ指揮官は」

 

 決して否定しない。そして、どんな事があっても受け入れてくれる。

 

 だから、45も9も――40も、指揮官の事をこんなにも――

 

 40は指揮官の頬に手を添える。これから始めると、緊張で揺れる金色の星が指揮官を補足する。

 

 星に照らされた彼の夜色の目は、星の光を受け入れて微笑んでいた。

 

「指揮官……ありがとう……」

 

 喜び、感謝、様々な想いを乗せた五文字の言葉を彼へと贈る。

 

 40と指揮官のシルエットが微かな間、一つとなった。

 

 

 

 翌日、指揮官は有給を申請し、体力を使い切って死んだかのように眠りについたらしい。

 

 40は一日中、ふとしたときに口角が上がっていつも以上にニコニコと笑っていたたらしい。その表情を見て、目敏い彼女の姉妹は何があったかを察したようだった。

 

 指揮官が死んだように眠りについていた理由、UMP40が一日ニコニコと笑っていた理由。それは当事者のみが知ることだろう。

 

 

 

 




「……あー、母さん?」

『も、もしもし、大丈夫?元気してる?』

「あーうん……元気だよ……。いやでも、元気を吸収されてるかも……」

『……ごめんなさい』

「なんで母さんが謝るの!?」

『昔を思い出して……』

「ちょ、なんか察しちゃったんだけど!?」

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