思ったんです、話が長い割に展開遅いなって。なのでこれからはもっとサクサク進める形でいきます。といってもあと3話くらいですけど。
メガロメセンブリアから借りパクする形になった小型艇、その操縦席にいた月詠にこのまま地球に帰っても良い旨を伝え、ネギたちは超包子製の高速艦に乗り込んだ。
「超さん」
「お久しぶりネ、ネギ坊主」
「お久しぶりです、ネギ先生」
「私はあまり久しぶりって感じじゃありませんね」
艦の中では、超と葉加瀬、加えて茶々丸が操縦席についていた。内装は、ネギが今乗っていた最新鋭の小型艇よりも随分とSFチックだ。艦の外壁に取り付けられた無数のカメラの画像を統合して、まるでガラスの箱に入っているように360度全体に視界が開けている。見えない魔法の絨毯に乗っているように感じる。その中に置かれる5つの厳つい席はまるで空に浮かんでいる様だ。それらの前に、ボーリング玉ほどの大きさの透明な球が置かれている。なんでも、それに手を置けば搭乗者のイメージを艦が読み取り、セミオートでイメージ通りの起動をしてくれるのだそうだ。
「まずはこれを見るネ」
超が球に触れるとそれは一瞬発光し、壁一面に映っていた艦の外部映像の一部が、魔法世界の主要都市の現在の状況を映し出した。
魔力が失われていく。魔法世界崩壊の兆しが世界中で観測され、猛威を振るう。五万人の避難者を収容していた避難所をまるごと消しとばし、4000床の大病院を塵と帰し。亜人連合国家の中心であるヘラス帝国の首都もすでに火星の荒野に吞み込まれている。
「これが、今の魔法世界の現状ネ」
超は魔法世界から脱出する直前、いくつもの探査・記録用端末をばら撒いていた。地球との間のゲートが開いた瞬間から端末からの情報を受信および分析し、開いたゲートの位置と魔法世界で発動した『完全なる世界』の計画についてのおおよそを把握していた。自分の辿って来た歴史にはなかった、世界の存亡がかかった一大事に興味が尽きない。
一方でネギは、魔法世界の行く末に特別な興味はない。
しかし、今ネギには千雨に伝えたい言葉ができた。
無駄に悩んで、すれ違って、もしかしたら手遅れかもしれないけれど。
もう、迷わない……否。悩みながらも、歩みを止めない。
勇気を出して、前へ。
「そんで、これをやらかしてるっつーもう一人の私はどこにいるんだ?」
「あのお城のどこかヨ」
超の言葉とともに、視界の隅に小さく映っていた黒い建物が拡大された。その側面画像が数枚、異なる角度から映されたものも並べられる。
「建築の基本ガン無視だな。なんで逆三角よ」
「『墓守人の宮殿』。ファンタジーならではの構造ネ。あー、魔法のフィールドに阻まれて、この内部まで探査端末が届かないネ。得られる情報はこれが限界ヨ」
「千雨さんはこの、宮殿の中心に位置する塔の最上階にいます」
ネギが『墓守人の宮殿』が拡大されたモニターに近づき指を指した。
「最上階には南に突き出した祭壇があります。その手前には魔法陣が描かれた台座が円状に配置されてまして、そのあたりなら僕たちが今載っているこの艦も着陸できるかと」
「じゃあさっと行ってさっと長谷川さんを拉致りましょう。この船には魔法的、光学的迷彩は装備してあります、私たちの自信作です。どんなセンサーだって騙くらかしてみせますよ!」
「ダメヨ葉加瀬、それはおそらく不可能ネ」
墓守人の宮殿を見つめるネギが言う。
「あちらにいる千雨さんの前では、どんな迷彩や防壁も無意味ヨ。長谷川千雨に発現する『力の王笏』は、科学、魔法両方を支配するネ」
「ああ、そういえばそうでした。ほんと厄介ですね。なんなんですか」
「私を見ながら言うなよ」
「まあ世界再編魔法に多くのリソースを割いているはずだガ……つまり、ヨ」
超の視線が、まだ14歳に過ぎない千雨に向く。
「今この中で、『電子の魔王』に唯一対抗できるのは『長谷川千雨』をおいて他にいないネ」
「あの、『電子の魔王』とはなんですか?」
首を傾げる黒ネギに超が答える。
「未来における長谷川千雨の異名ネ。史上最悪のテロリストとしてその名が刻まれているヨ」
「えっ」
「えっ」
ネギ二人が同時に千雨を見た。超からある程度の情報を聞かされていた千雨は気まずそうに目を逸らし、
「……んだよ。未来の話だろうが未遂だ未遂。今の私にそんなことする動機ねーよ。つーかなにがあったら私がそんなことになるんだ?」
「本人に聞きたいところですねぇ。千雨さんてわりかしヘタレですのに、テロ起こした挙句に世界消滅の引き金とか、はっちゃけすぎですよ」
「ヘタレ言うなや」
「ヘタレでしょう。ネギ先生にあれだけ懐かれて、満更でもない顔しといて人に聞かれたら『すすす好きじゃねーしぃ!?』とか……あれ委員長にケンカ売ってましたよね」
「血の涙を流してました」
葉加瀬の言葉に茶々丸も同意する。千雨は大勢が不利と判断したのか、視線をあらぬ方向に逸らして『力の王笏』を一振りし、
「あー、あの宮殿の障壁にハッキングできたぞー」
「も、もうですか?」
「さすが『電子の魔王』ネ」
「だからちげーつってんだろ。こうして、こう、おりゃっ」
言いながら千雨はさらに超謹製肉まん型飛空挺のモニターを支配して、手に入れた画像情報を表示させた。
「いや、おりゃっ、でハッキングされると立つ瀬ないネ……」
「じ、自信作なのに」
「じゃあもっと防壁に金かけとけよ、てか茶々丸さんが守ってなけりゃこんなもんだよ。で、誰だこれ」
映された動画は、ネギが言っていた祭壇のものだ。そこにはフェイトと、千雨と、見覚えのない赤毛の青年がいた。まるで宇宙服を簡易化したようなスーツを着込んでいる。どこか超が身につけている強化スーツに似ている。それを見て超が叫ぶ。
「ネギ・スプリングフィールド!?」
まさに、歴史に名を残す世界を救った英雄、ネギ・スプリングフィールドの姿だった。
「は? ネギはここにいるだろ。黒いのときれいなのが」
「あ、あれは、人間ではないです」
「どういうこと? 黒いの」
黒い方のネギがモニターに映るネギを指差し、沈んだ声で言う。式神のネギがどういうことかと問いかけていると、超がはっと顔を上げた。
「そうか、実体化させたネ? 新しいネギぼーずを」
「どんどん僕が増えてきますね。一匹見たら30匹なあれみたいですね」
「自分を害虫に例えるってどうなのよ」
「見てくださいよ千雨さん、本物の僕なんて黒い分余計にアレっぽくて。えへへ」
「なんで笑ったんだ今。話戻すけど、なんのために増やしたんだ?」
「護衛、カ? あれは未来において太陽系最強の座に君臨する存在ヨ」
「コピーの僕だから言えますけど、そんな強いわけないですよ。たかがコピーですよ?」
「なんでお前って時々自虐入れるの?」
「……恐らく、恋人としてです」
黒ネギの言葉に全員が振り返った。
「あちらの『ネギ』を相手に仲むつまじく、していて……僕を、ネギと認識してくれませんでした」
「ん? それはシカトしてるとかじゃなくてか?」
「いえ。誰だお前は、という態度を自然ととられていて。僕が誰か分からず、あちらの僕を最愛の相手のように振舞っていて」
「あの、これ僕が言っていいものかとは思うんですけど」
周囲に暗いオーラを垂れ流しながら沈鬱に呟く黒ネギの言葉をまるっとスルーして、式ネギが年相応の明るい声で言った。
「このおっきい僕って、随分デキが悪くないですか?」
言われて映像をよく見れば、確かにその表情をはじめとした、挙動に違和感がある。動きの一つ一つにおかしな点はない。いきなり変顔をするわけでもない。だがそれらの自然な動きの繋がりにぎこちなさがある。
「僕なんかは千雨さんが調整してくれたおかげで随分人間らしい振る舞いが板についてきたという自負がありますけど、そんな僕とは比べるのもおこがましいレベルじゃないですか。表情の造形とかもうちょっとこだわってくれないと」
「ちょと、千雨サン。おたくのお子さん随分と毒が強いヨ」
「調整間違ったかな。直す時ギリギリだったし」
「きっと千雨サンの好みが色濃く反映されて……そうカ」
「好みてお前……どうした」
小声で千雨と会話しながら、超は一つの可能性を思いついた。
「調整ヨ」
「何が」
「認識の改変、阻害、偏向。呼び方はなんでも良いガ、明らかに人間離れしているあれを自分の恋人と認識し、ネギボーズをネギと認識できなかった。プログラムに調整を加えられているヨ」
「調整……」
黒ネギの呟きが口からもれた。
「崩壊した精神プログラムの修正時に手を加えられた可能性があるネ。あそこのネギ・スプリングフィールドの言動は全て、やつら『完全なる世界』にとって都合のいいもののはずヨ」
「で、その大ネギの言葉に盲信する魔王か」
ということは、と式神ネギは呟く。
「今のあっちの千雨さんの状態が、もともとの千雨さんの意志とは違っているかも、ということですね」
「なんかややこしーことになってんなあ、あっちの私」
「千雨さん、他人事みたいな言い方しちゃダメですよ、自分のことでしょ?」
「無茶言うなよ葉加瀬……」
まあいいや、と千雨は声を張る。
「このまま世界の滅亡を放置すんのも後味わりーと思ってたところだ」
「あっちの千雨さんを取り返すか大きい僕を破壊すれば、本物の僕のあれこれとか世界の危機とか、全て解決するということですからね」
「こっちのやることはわかりやすくていいな」
隣に立つネギも千雨に同意し、震える千雨の右手をネギが握った。照れ隠しなのか、ニヤリと軽く微笑み合う。二人の様子にネギは若干黒い気配を無意識に滲ませたが、すぐに引っ込めた。
さて、と超が手を叩いた。
「情報と目的を共有したところで作戦を立てるネ。先程千雨さんが言ったように二手に分かれるのもありヨ。茶々丸、あちらに動きは?」
「ありません。今私たちは超上空の、しかも魔力流の中を浮遊する岩片の裏に陣取っていることで姿を隠せています」
「あのメガロメセンブリアの船が麻帆良に向かってくれたのもカモフラージュになってましたね」
「二手に分かれるか。囮と本命」
「そうネ。『電子の魔王』の監視をくぐり抜けるには、同じアーティファクトを持つ千雨さんがまず必要ネ」
「『力の王笏』でも、この大きさのものを電子的魔法的に隠すのは無理だぞ」
「船および私たち科学組は囮役、カ。ま、こっちも戦闘に使えるカードは持って来てるネ、派手に」
「あ、あの」
黒ネギが手を上げて発言の許可を求める。はいネギ君、と式神のネギが発言を促した。
「陽動の役割なら、僕が一番適任です」
最初に気づいたのはフェイトだった。次にようやく周囲を監視していた千雨が声をあげる。
「何らかの巨大な力場が収束中! 魔力溜まりのはるか上空!」
フェイトが即座に上方に向けて障壁を張る。それを千雨が術式に干渉してさらに強化した。障壁の大きさは、千雨とフェイトのいる墓守人の宮殿の南に繋げられている離塔を優に覆う大きさだ。
咆哮。
耳を劈くそれと同時に落ちて来た、千の雷をはるかに超えるエネルギーの鉄槌。
障壁による防御によって塵ほどもダメージはないが、周囲への影響は甚大である。宮殿の一画が砲撃の輻射熱で融解しつつある。はたして宮殿内にいたデュナミスたちはどうなっているのか。
「お、おいフェイト。やばくないかこれ」
さらに悪いことに、フェイトに防御を強要する咆哮は、時間が経つごとに衰えるどころか障壁にかかる圧力が上がっている。
「発生源がこっちに近づいて来てんだ!」
砲撃と障壁が削り合う隙間から目を凝らせば、巨大な鬼の姿をフェイトの目が捉えた。鬼は牙が見えるその口を大きく開けて、周囲から吸収した魔力をエネルギーに変えてフェイトへと打ち出している。鬼は砲撃を続けながら二人がいる祭壇に向かって落下してきており、このままでは一帯があの鬼に蹂躙されてしまう。『渡鴉の人見』で転移しようにも、このアーティファクトで転移できるのは情報生命体である千雨だけであり、それではグレートグランドマスターキーを置いていくことになってしまう。
「『冥府の石柱』」
8本の石柱を同時召喚、それらを亜音速で鬼神に向けて打ち上げる。うち4本は鬼の四腕によって掴み取られるが、残りはみな鬼の体を貫いた。
砲撃が減衰していく。
「やったか?」
「いや、霊核は破壊できていない」
フェイトは視線を上空に向けながら、なおも障壁に魔力を注ぎながら言った。
「だから君は早くここから逃げて」
「守ってくれると思ってたぜ」
声は千雨の背後から聞こえた。
その人物は千雨が振り向くと同時に飛び出し、一瞬で千雨を掻っ攫った。
千雨の目が捉えた人影は三つ。
一つは自分を抱える者。一つはその拉致犯の乗る杖を操る者。最後の一つは、上空からの砲撃を防ぐフェイトに、二千本の魔法の射手を束ねた前蹴りを背後から金的に打ち込んでいた。
「誰だテメ、何しやがる!」
「うるせーな、黙ってついてこいよ」
揺れる視界の中でなんとか顔を上げれば、それは自分と同じ顔だった。
同じ顔で、同じメガネをかけて、麻帆良中学の制服を身にまとい、その手には自分と同じアーティファクトを持っていた。
過去の自分が、自分を抱えている。それを認識した瞬間、千雨の中に言い知れぬ感情が爆発した。なぜここにいるのか、どうやって自分とフェイトの警戒網を突破したのか。そういった様々な疑問が一瞬で押し流され、千雨は反射的に叫んだ。
「ネギ!」
杖術に風の魔法を併用させて、亜音速で移動する千雨たち3人に、さらに一人が並走した。
未来のネギ・スプリングフィールド、その模倣品であった。
式神のネギの判断は早かった。大ネギが右腕を振りかぶるのとほぼ同時に跨いでいた杖を蹴り大ネギへと飛びかかった。
大ネギの拳が式ネギの体を貫通する。
明らかな致命傷。
しかし式ネギは式神である。しかも千雨によってその生存能力を大幅に上昇されている。
戦闘力よりなにより、まず生き残ること。死ににくく壊れにくいこと。
それを念頭に調整された彼の体は、腹部に穴が空いた程度ではなんら影響しない。
しかもかろうじて背骨の破壊は回避している。
式ネギは腹を貫く腕を両腕で抱え込み、右足で大ネギの腋を、左足で横顔を蹴り飛ばす。さらに背を思い切りのけ反らして、変形の腕十字を極めた。
が、この大ネギには痛みを感じる機能が備わっていなかった。
極められている腕を大きく振りかぶり、杖に乗る現代の千雨にむかって式ネギごと振り下ろした。
二人の千雨が弾け飛ぶ。
式ネギは自分の主である千雨をかばいながら二人で祭壇を転がっていく。身体強化と風の魔法でなんとか速度を落とす。
対して未来の千雨は大ネギに優しく横抱きにかかえられ、見つめあってすでに二人の世界に入っていた。
フェイトの方を見れば、黒ネギの金的は腿の間に展開された障壁に阻まれ、カウンターの足刀を食らって大きく吹き飛ばされていた。
同時に、上空から砲撃していた式神・両面宿儺がその姿を消す。騒音が止み、耳に痛い静寂が残った。
「なんで、あのスピードに追いつけたんだ?」
現代千雨が口を開いた。誰に問うでもない、困惑が自然と口からまろび出たのだ。
「知らねーのか? 知らねーよな。お前何にも知らねーもんな」
いつの間にか、大ネギを伴った未来の千雨が、式ネギと今千雨を見下ろしていた。
未来の千雨が、過去の千雨を嘲る。嘲笑を交え、誇るように。
「ネギはな。私のネギはな。太陽系最強なんだよ。その強さの基本はな、速度だ。こと速度の点において、ネギを上回る存在なんてこの世に存在しねーんだ。音速すら超えられねー杖なんかで『なんで追いつけたんだ』ってか?」
千雨は笑った。愚かだ。笑えるほど愚かで、何も知らないアホだ。ネギを知らない長谷川千雨など存在していていいはずがない。こんな存在は生きているだけ無駄ではないか。酸素の無駄ではないか。こいつのために消費されていいものなど酸素1molだってありはしない。
「見せてやれよネギ」
「ラステル・マスキル・マギステル」
始動キーの後は、現代の中学生に過ぎない千雨の耳には余りにも早口で聞き取れなかった。つまりはそれだけ術式構築速度が異常であるということ。大ネギが横に突き出した右手には、素人の千雨から見ても頭おかしいとわかる莫大なエネルギーが球状に固定された。
それを、大ネギは握り潰した。
掌握。
『千の雷』の術式とエネルギーを取り込み、自身の体を雷の精霊と同格に押し上げる術式『雷天大壮』。
長谷川千雨はずっとそばにいた。ずっと見続けていた。ネギの戦いと、苦悩と、後悔の連続を。それらは全て千雨の記憶野の奥に大切に大切にしまわれていて、それが精神プログラムの修復と同時に外に溢れた。
その結果生まれたネギ・スプリングフィールドの疑似人格には、当然はるか未来までの戦いの歴史が収められている。
それだけではない。その術式構築速度は『力の王笏』に代理演算させることで常人にはありえない高速かつ並列処理が可能で、扱うエネルギーは魔法世界全土から集まる魔力流を拝借している。
現代の千雨は、生まれて初めて見る『規格外』に、笑った。絶望を通り越して、引きつった笑いしか出てこなかった。目の前の大ネギがいかなる存在か、そしてその強さの源泉が何かを『力の王笏』による精査で知ってしまったのだ。
計算外だった。ただの、千雨への愛を囀る人型テープレコーダーのような存在だと勘違いしていた。本来の計画であれば、フェイトを黒ネギが足止めしている間に未来の千雨を攫って、魔法世界の崩壊を止めさせるはずだったのだ。それなのに、それを止めたのが太陽系最強だとかほんと泣けてくる。
過去の自分が絶望している様に満足したのか、未来千雨は歪な笑みを浮かべながら、
「じゃあ死ね」
千雨の言葉に合わせて、大ネギが現代の千雨に手を突き出す。
その時、複数のことが同時に起こった。
再び現代の千雨を庇うために立ちふさがった式ネギの胸部を、大ネギの抜き手が抉った。
しかしその指が式ネギの術式基幹部を破壊する前に、『雷天大壮』で加速した大ネギが未来千雨の背後に一瞬で回り込んだ。その勢いのまま千雨の足元に向かってサッカーボールキックを見舞い、千雨の影から這い出てきたエヴァンジェリンがそれを両腕で受け止めた。
それを見越したタイミングで、フェイトと対峙していたはずの黒ネギが両面宿儺を装填した邪鬼の姿で迫った。瞬動の勢いを利用して放つ右の両腕を用いた二発の打撃は、エヴァンジェリンに脚を固定されていたため身を捩ることも許されなかった大ネギの顎と心臓を撃ち抜いた。その勢いがあり過ぎたためか、吹き飛ぶ大ネギと絡み合いながらエヴァンジェリンと黒ネギ、そして大ネギの腕にぶら下がる式ネギが祭壇から落ちていく。
「ネギ! くっそ」
フェイトは何してやがる……怒りとともに視線をフェイトに向ければ、そこには見覚えのある黒ゴス少女が、二刀でもってフェイトの握る岩剣と鍔迫り合いをしていた。
「お久しぶりですフェイトはん」
「二度と会いたくなかったよ月詠さん」
剣が弾かれる。岩剣の影から出てきたのは、
「いけずやわ〜、約束通り、その首を刈り取りに来ましたのに」
そんなことをのたまう月詠の右剣がフェイトの首ではなく膝を狙って払われる。それを一歩後退して避けたフェイトは距離を取るべく『石の息吹』を無詠唱で放つ。左剣の一振りで払いのけた月詠に向かって千刃黒曜刀の斬撃が見舞われ、二人の戦闘はあっという間に音速に迫り、フェイトの後退に誘導されて祭壇の西へと向かっていく。
あっという間の出来事だった。
ネギとフェイト。太陽系最強格二人に身を守らせていたはずが、なぜか今ではひとり孤独に祭壇の真ん中で立っている。
呆然と、ネギが落ちていった先を眺めていた。まさか落ちた程度では死ぬまい、そう思うものの今、確かにエヴァンジェリンがいた。万が一があるのか、そんな不安が首をもたげ、ネギの落ちた方へと歩みだそうとして、
「おいおいどうすんだよ、自慢のお友達は行っちまったぜスネ夫君」
後ろから、過去の自分の声がした。
過去に背を向けたまま千雨は吐き捨てる。
「黙ってろよ。見逃してやるから消えろクソガキ」
「何イラついてんだよ、更年期かクソババア」
苛立ちが勝り、千雨は振り返った。この時代にきて初めて、過去の自分を正面から直視した。
地面を転がったせいだろう、頬に擦り傷がついて、額から流れた血が左目を塞いでいた。破れた制服の下には超の着ていたスーツと同じ物が見えている。そのおかげで傷は軽いもので済んだのだろう。そうでなければあれだけの距離を転がったのだ、頭を強く打ったり膝の皿を割ったり、そうでなくとも脳震盪で意識を保ってなどいられないはずだ。
それでも過去の自分は傷だらけだった。傷だらけのまま立ち上がっていた。その姿が無性に癪に触った。まだ何も諦めていない、その瞳の輝きが腹立たしかった。
決めた。
こいつはここで殺しておこう。
二人の千雨が睨み合う。西部劇の決闘にも似た緊張感が場を満たす。二人が握る、電子精霊の最上位命令権を担う『力の王笏』を突きつけあい、電脳空間での戦いが始まる。