長谷川千雨の約束   作:Una

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第三話 エヴァンジェリンさんぱないの!

『ところで千雨さんは、ご自身のアーティファクトの能力をどのように解釈していますか?』

 

 突然の話題の転換に千雨は一瞬ついていけなかった。戸惑いながらも答えを絞り出す。

「そりゃあ、『幻想空間』の一種を展開することだろ。私は『電脳空間』て呼んでるけど、そこに精神を送ってなんかこういい感じにだな」

『ふっふっふー』

「何だその笑い、チャットでやっても寒いぞ」

『あーもう千雨さんノリ悪いですね。だから友達が少ないんですよ』

「大きなお世話だ」

『あ、大丈夫ですよ私は千雨さんのこと友達と思ってますから』

「本当に大きなお世話だ」

『先ほどの千雨さんの答えですが、実は間違えています』

 

 あ? と千雨は眼を細めた。なぜ担い手である自分に対し間違いを指摘できるのか。

 

『まあそれでも別に困ることはないんですが。でも正確なところを言うと、『幻想空間』は精神の共有で、同じ夢の中に精神が同時に存在します』

「私のはそうじゃないってのか?」

『千雨さんの言う電子空間は『力の王笏』で電子精霊から送られる情報から構成された仮想現実なんです』

 

 ハカセの説明はこうだ。

 精神が電子世界に入っているわけではない。精神をデータのようにコピーし、千雨の脳内に投影しているだけ。コピーが見聞きした五感の情報は七部衆が睡眠状態にある本人の脳へ送り、そこから返ってきた反応をコピーにトレースさせる。言ってみれば遠隔操作式のロボットを操っているようなもの。だから、力の王笏の空間内ではデータによる人間への攻撃が可能であり、しかしコピーを破壊したところで本人には何も影響しない。

 

「待て……そんな簡単に、人間の精神をデータ化とか」

『いやですねー千雨さん』

 

 画面の中で、ハカセが肩をすくめた。

 

『オスティア事件覚えていないんですか? 力の王笏を使って精神データを抽出し、それを他人の精神に送ったのは誰ですかー、もう。そうやって明日菜さんの意識を覚醒させようとしたんでしょう?』

 

 千雨は沈黙した。なんと返信すればいいのかとっさに思いつかなかったからだ。

 人間の精神が魔法学的なプログラムによって成り立っているということは魔法世界の研究者からすれば常識以前の前提として認知されていて、その前提から様々な研究分野が発展している。例えば魔法世界の亜人種が旧世界への移住を目的とした義体などだ。あれは、精神をプログラムと解釈したうえでそのデータをインストールする方法を研究する分野である。

 

『エヴァンジェリンさんの『闇の魔法』習得用スクロール。あれに封じてあるエヴァンジェリンさんを模した人造霊魂なんかは、その分野の研究の先駆けと言えるのかもしれませんね』

 

 思い出すのは、ラカンから渡された『闇の魔法』のスクロール。そこから突然出てきた全裸のエヴァンジェリンには度肝を抜かれた。逆に、実はアレがスクロールの中でレトロゲームに嵌っていると知った時は呆れてしまったものだ。

 あのときの、アレが。

 

『人造霊魂。エヴァンジェリンさんのアレは本人と比べて随分と劣化していたそうですが、一個の自我としてのアイデンティティを確立していました。すごいですよね、自分が誰かの劣化コピーであると自覚しながらも、独り延々とスクロールの中で精神活動を行っていたそうじゃないですか。はたしてオリジナルからしてそうなのか、それともそういう仕様の霊魂なのかはわかりませんが』

「……あのさ、ハカセ」

『はいなんですか?』

「ハカセはさ、研究者だから耐性があんのかもしれねーけどよ。私はあくまで一般人なんだ。自分の自我がプログラムでしかない、なんて話題はあんまり精神衛生に良くないんだよ」

 

 特に、そのことをもっとも身近に感じてしまう千雨だからこそ、この手の話題は避けたいのだろう。電子空間に引きこもり、寝たきりの自分の体を常に外から把握している彼女はどうしたって肉体と精神の繋がりが希薄に感じてしまう。千雨が千雨としての個を確立する要因の中に身体の情報は含まれず、つまり自分の精神性だけで自己の確立を維持しないといけない。それなのに精神がプログラムであるということを強調されると、たまに自分が何なのか、何者なのかなんていう思春期にありがちな悩みを数十倍濃くしたような不安に駆られてしまうのだ。

 

『はあ……それで、さっきの話に戻るんですけど』

「義手の話か」

『はい』

 

 その声からは、後ろめたさをまるで感じない。千雨がオスティア事件のあの瞬間に立ち会ったことを知っているはずなのに、相変わらずの能天気そうな声。なんだか腹立たしくなってくる。自覚していないならその無神経さに、自覚しているのならその悪辣さに。そんなに糾弾したいなら正面から責め立てればいいのに、なぜこいつはいつも顔の見えない部屋を選ぶのか。

 後ろ姿しか見せてくれないのか。

 

『千雨さんにしてほしいことはですね、触覚の認識を電子精霊によって解析することです』

 

 千雨は悲鳴をあげそうになった。やめてくれ。なんで私をそんなに苦しめるんだこいつは。電子空間の底で、千雨は頭を抱えてうずくまった。

 五感というクオリアまで0と1で解析できてしまったら、それこそ今の自分がただのデータでしかないと認識してしまう。

 精神がプログラムであるとただ知識として知っていることと、それを実感として認識してしまうことの間隙はあまりにも広い。そして自身がプログラムでしかないと完全に理解してしまえばその人間は発狂してしまうだろうし、千雨は自分がその領域に既に片足突っ込んでいることを自覚していた。だから最近ではそういった類の情報、つまり精神データやプログラムの研究、人工知能についての話題についてもシャットアウトするようにしていた。

 

『私も魔力が使えません』

 

 目の前に投影されたハカセの言葉に、千雨は頭を挙げてモニターに目を向けた。

 

『そんな私が求める義足には、電子精霊を操り魔力を用いず人間の心を解析する千雨さんの能力が必要なんです。それがあれば、今世界中で生まれている悲劇の数パーセントでも減らすことができる。そう私は信じています』

 

 現在世界中で行われている戦争は、その規模に反して死者が少ない。『不殺戦争』などと呼ばれていたりするわけだが、それは各陣営のトップの良心によるものではない。魔法使い側は一般兵より圧倒的に死ににくく、一方で魔法使い側の全ての陣営が、敵兵をあえて殺さない方が負傷者の治療に金も手間もかかると知っているからだった。

 だから、ハカセのような両足の欠損などでは今時たいして同情を引けるようなものではなく、そういった患者の社会復帰支援と生活保護による財政の圧迫は一般人側では深刻な社会問題となっていた。

 

『私は、足が欲しいです。生身の足と同じように感じられる足が。だから協力してください』

 

 最後はシンプルな言葉だった。その裏にどれほどの感情が隠れているのか、そのくたびれた後ろ姿からは想像できなかった。

 常に千雨の胸を占める感情。それはネギにも同じものがあるはずだと千雨は思っている。自分さえいなければと、自己嫌悪と呼ぶには少しだけ屈折した感情。

 自分さえいなければ、彼女は死なずに済んだ。

 自分さえいなければ、彼女達は平和に過ごせていたはずだ。

 自分さえいなければ、世界は平和だったはずだ。

 頭の中を埋め尽くす、幾つもの自分さえ、自分さえ、自分さえ。

 それを消し去るためにネギは必死になっているし、千雨がネギにつきあっているのも彼と同じ理由からだった。それをハカセは知っている。知っていて彼女はこんなセリフを吐いている。最悪だ、と千雨は拳を握り、思う。こちらの精神的な急所を突くやり方も、その言葉に千雨が断れないことも。

 そして、その果てに自分の中で渦巻くこの感情が少しでも消えてくれることを期待している自分が、多分誰よりも最悪だった。

 なあハカセ、と千雨は後ろ姿しか見せてくれない彼女に、心の中で問いかける。

 お前は一体、どんな顔で私を友達と呼んだんだ。

 

 

 

 

 

 ────────────────────ー

 

 

 

 

 

 初めは麻帆良湖に落ちたのかと思った。自身が水没する音がして、周囲には気泡が纏わりつき、大小さまざまな魚影が見える。しかし違う。呼吸ができることがおかしいし、視覚的には水中にいる筈なのに体は濡れていない。なにより、

 

「闇の精霊 29柱!!」

 

 どこからともなく現れる魚群が、エヴァンジェリンへと突撃してくるのだ。

 それらはクロマグロであったり、カジキマグロであったりと湖には存在するはずもない種だ。どれも重量にして400キログラムを優に超えるような巨体がその鋭い口をエヴァンジェリンに向けて猛スピードで迫る。それを召喚した精霊たちが駆逐していく。駆逐し終われば間を置かずに別の魚群が迫りくる。今度はシャチとサメの混合群、数は視界を全て埋めるほど。舌打ち一つ、無詠唱で闇の吹雪を4つまとめて正面から叩き込めば、闇と氷の渦に巻き込まれて群れの中心に穴が生まれた。その隙間の果てに、吸血鬼の視力が一瞬だけ人影をとらえた。

 長谷川千雨である。

 

「いたな」

 

 笑みを浮かべると同時にエヴァンジェリンは瞬動。吸血鬼の身に備わっている魔力を十全に発揮したそれは、闇の吹雪で生まれすでに閉じかけていた群れの隙間に、その矮躯をねじ込ませた。

 魚群を抜けて開けた視界の先で、長谷川千雨は例の杖を振り回しながら、様々な魚を虚空から作り出している。幾十もの発光する緑の線が千雨の杖の動きに従い曲線を描き、絡み合い、魚影を形作る。それらは千雨のもとから離れ、加速とともに先端から順に魚らしい色と光沢をまとい、エヴァンジェリンへと突貫する。それらを鎧袖一触、爪の一振りで粉砕しながらエヴァンジェリンはさらに加速し千雨に迫る。残りは距離にして1キロ、時間にして3秒──無慈悲な数字が七部衆から千雨の耳に伝えられる。

 

「ひっ」

 

 千雨の表情が驚愕に凍る。

 起動途中の攻性プログラム他3つのアプリの起動をキャンセル、余剰のリソースで別のプログラムを即起動させる。緑のワイヤーが一瞬で解かれ、束ねて一つの巨大な魚影が形成される。

 それは魚ではなかった。

 千雨の体とは比較するのもばからしい、シロナガスクジラの巨体が一瞬で彼女の目の前に現れた。

 大きく開かれたその口に、エヴァンジェリンは亜音速で突っ込んだ。

 

「暗い、だと?」

 

 バグンと口が閉じ、一瞬で暗闇の中に封じられたエヴァンジェリンは行動に躊躇が生まれる。闇夜の住人である彼女の視覚は光を必要としないゆえに、完全な暗闇の中でも視界に不自由しない。にもかかわらず閉じられた口腔内で、エヴァンジェリンは600年ぶりに暗闇を味わうことになった。

 それはこの空間が、電子精霊を経由する五感でもって認識されるものだからだ。これが単純な幻想空間であれば彼女の眼球は暗闇などものともしないが、電子精霊群によって闇と定義された空間内では、エヴァンジェリンの脳がそこを暗闇と認識してしまうのだ。

 そこにたかるホオジロサメの群れ。クジラ型の攻性プログラムに、多数のサメ型浸食ウイルスを潜ませておいたのだ。動きが一瞬止まったエヴァンジェリンの細い腕に、脚に、髪にマントに脇腹に、サメの鋸歯が突き立てられる。が、

 

「ふん、なんだこの軟弱な雑魚どもは」

 

 文字通りまるで歯が立たない。少女の矮躯を食いちぎろうと、サメの膂力でもってその身を上下左右にのたうたせるがビクともしない。サメ型のウイルスは実はわずかずつエヴァンジェリンのデータ本体に浸食しているのだが、真祖の吸血鬼の精神を構成するデータ量があまりにもデカすぎるため、本体に痛痒を感じさせるほどにも至っていない。

 エヴァンジェリンは腕を広げ、無造作に回転した。それだけでウイルス群のうち半数は彼女の体から振りほどかれ、残りは回転の負荷に耐え切れずその体を引き裂かれた。

 次いで再び『闇の吹雪』。今度は8本を、闇の中八方に向けて同時に放つ。数秒の間を置いて、エヴァンジェリンの放った魔法は千雨のクジラ型攻性プログラムを内から破裂させた。

 崩壊したプログラムの残骸から回転の余波をまといながら現れたエヴァンジェリンはすぐさま視線を巡らせる。

 

「まだ逃げるか」

 

 目を向けた先、千雨は大きなエイの上に、魔法の絨毯よろしくあぐらをかいていた。こちらに背を向け、魚類にしてはなかなかの速度で一心不乱に逃げている。

 瞬動。虚空を足場に宙を翔け、クジラで稼がれた距離を一瞬でゼロにした。

 獲った。確信とともに振るわれた爪が、千雨とエイに迫る。戦車を三台まとめて三枚におろせる爪の斬撃が容赦なく女子中学生の柔肌に襲い掛かかり、砕いた。

 

「む?」

 

 ガラスを割るような破砕音がエヴァンジェリンの耳を貫く。千雨の体は細かな金属片のように散らばり、それに連動してエヴァンジェリンを囲む形で、空間全体に亀裂が走る。

 

『ありがとよ、エヴァンジェリン』

 

 声がした。たった今砕いたはずの少女の声。否、ここに至ればだれでも気づく。あれはトラップだった。自分を誘導し、目的の何かを破壊させた。おそらくは障壁。立ち入りを禁じる魔法的な何かを、今自分は破壊してしまった。

 

「長谷川、千雨……!」

 

 嵌められた。利用された。この、600年を生きる闇の福音が。

 やつの目的とする何かが、この先にあるのだろう。そこに至る道を自分がわざわざ作ってしまった。

 

『あんたが防壁を破壊してくれたおかげで、私は本命にたどり着けた。ファイヤーウォールはどうにでもなるけど魔法方面はな、こんだけ硬いとどうにも』

「本命? それは」

『お礼に、一つあんたにプレゼントだ』

 

 どこからか聞こえる千雨の声に答えながらも、エヴァンジェリンは周囲の気配を探る。魔法で声を届けているならその魔力を辿った先に長谷川千雨はいるはずだ。意識を集中し、魔力に対する知覚を鋭敏にさせる。

 その時、エヴァンジェリンの背筋に悪寒が走った。

 そこで周囲の空間が、より高い音を立てながら一斉に砕け散る。意識を集中させていたエヴァンジェリンは思わず眉をしかめ、一瞬目を閉じてしまった。再び目を開けた先は、先刻まで自身がいた海中から元の麻帆良大橋に様変わりしていた。

 右手には千雨の頭を膝に乗せた、所謂膝枕をしているネギがいる。大量出血している患者の頭を上げてどうすると思うが、それよりネギの表情の方が気になった。彼は呆然とした表情で何かを見つめている。目覚め、立ち上がっていたエヴァンジェリンが目に入っていない。一体なんだ、とエヴァンジェリンがネギの視線を辿ると、その先は麻帆良と外の境界、つまり結界の縁だ。

 エヴァンジェリンが目を細める。

 そこには、一人の男がいた。

 

 吸血鬼としての感覚が告げる。あれが自身を縛る呪いを司る精霊であると。

 魔法使いとしての知識が囁く。あれを叩き潰せば呪いもまた消滅すると。

 戦闘者としての本能が警告する。あれは、極大の脅威であると。

 

 男は白いローブを纏っている。手には長くて頑丈そうな杖を握っている。目深にかぶったフードの端から赤い頭髪が覗いている。

 そこに宿る魔力は、この十五年間ずっと感じていたあの憎らしい呪いのものと同じであった。

 そういうことか、とエヴァンジェリンは納得を得た。先ほど感じた悪寒はこれだったのかと。

 

「これは長谷川千雨のしわざか? だとしたら、悔しいがいい計らいだ……これほど殴りやすい姿はない」

 

 呪いの具現化した姿は、かつて自分に呪いをかけたまま姿を消した『あのバカ』と同じカタチをしていた。

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った」

 

 グタリと弛緩した体をキーボード型魔法陣に預けて、千雨は誰にともなく呟いた。

 電脳空間内、精神や五感がプログラムとして存在するこの空間では本来千雨は万能の存在であるはずだった。

 電子の王たる自分に電子空間で敵う者などいない。そう思っていた。

 その自信は粉々に砕け散った。

 

「……なんだあれ、あんなの反則だろ」

 

 エヴァンジェリンを構成するデータの大きさと重さ。あんなもの、どうやって立ち向かえと言うのか。

 

「どんだけデータ量があるんだって話だ……」

『まあ吸血鬼ですし』

『600歳ですし』

 

 七部衆が二匹、『こんにゃ』と『ねぎ』があぶあぶ言いながら千雨の周囲を飛び回っている。二匹の言葉を聞きながら、千雨は先の出来事を反芻した。

 そもそも初めからおかしかった。人間を電子空間に引き込む時とは全く異なる手ごたえ。エヴァンジェリンのあまりの重さに電子空間そのものが処理落ちしかけた。人間とはケタどころか単位が違う。それも二つ。恐らく『力の王笏』の持つ処理能力全てを費やしてエヴァンジェリンのデータにクラックをかけても、髪の毛一本を削れるかどうか。宮崎のアーティファクト『いどのえにっき』があればワンチャン、といったところか。

 その精神の重さは人外の吸血鬼ゆえか、あるいは600年を生きたがゆえか。

 

「つくづく規格外だなあ」

 

 全くもって非常識。常識から外れた規格外。あんなもの、まじめに相手にする方がバカげてる。たぶん現実の自分の体は今頃吐血していることだろう、ストレス性の胃潰瘍で。

 だが、それだけの価値はあるはずだ。

 

「調子はどうだ『しらたき』」

『問題ありません、ちうさま。監視カメラ全線を配下に置きましたー』

「よし、映像回せ。『こんにゃ』」

 

 もはや要塞と化した魔法陣の塊の中心で、千雨は矢継ぎ早に指示を出していく。視界の隅にさりげなく投影されるモニターには、対峙する二人の魔法使いが映し出されていた。

 片はエヴァンジェリン、言わずと知れた真祖の吸血鬼。野生の獅子が獲物を見定めた時に見せる、愉悦と食欲の発露たる笑みが口元に浮かんでいた。

 片は赤い髪の青年。ガラスのような目つきに何の感情も籠らない口元。機械じみたその動きは、入学式にて初めて見た茶々丸を千雨に思い出させた。

 

「あれがネギ先生の親父かあ……映画で見たより老けてんなやっぱ」

『あの記録映像より6年ほど経過したものかとー』

 

 そうだなー、とこんにゃに軽く返して、千雨はさらに自分のすべき作業を進める。麻帆良結界への電力供給システムへのハッキング。ダウンしてしまった茶々丸の作業を引き継いだ形だ。これでエヴァンジェリンに制限はない。

 

「記録はどうだ、ちゃんと撮れてるか?」

『はいー、超高画質で常時八方向から撮影が行われています』

『完璧だネ』

『ネッ』

 

 よし、と千雨は頷いた。

 今夜千雨が実行した作戦の目的、その一つは『神木・蟠桃』を守る魔法的防護機構の破壊。蟠桃は自身の大きさ、魔力を取り込み発光する特異さを隠すために様々な防御手段を張り巡らしている。障壁の他にも、例としては認識阻害を周囲にばらまくのもそれだ。蟠桃が存在することでその周囲がオカルトスポットとして有名になってしまうことを避けるため、魔法使いが常駐し機密保護に動いている。

 

 そしてもう一つの目的が、エヴァンジェリンの戦闘アルゴリズムの入手。

 それもなるべく近接戦闘がいい。600年の実践を経て積み上げられ組み立てられ研磨された吸血鬼の戦闘技術。千雨はエヴァンジェリンの600年全てを盗み取るつもりだった。

 そのためにはエヴァンジェリンを本気で戦わせなくてはならない。だがエヴァンジェリンの本気に匹敵する存在がこの世にどれだけいるのか。電脳空間内の自分でも不可能だった。高畑だって無理だろう。それこそ英雄と呼ばれる人種でなければ話にもならない。

 よってお呼びとなったのがこれ、ナギの劣化コピーであった。

 登校地獄の呪いの術式に、ネギの持つ杖に残された術式の痕跡の数々。『力の王笏』でそれらを読み取り、解析し、抽出したデータから再構築したナギ・スプリングフィールドの戦闘経験をデジタルで表現した疑似人格。それはセーブデータからゲームのプログラムをトレースするようなもので、出来上がったものは既製品に比べれば当然劣化が見られるけれど、楽しむ分には問題ない。

 そうして得たナギ・スプリングフィールドの疑似人格は言語を解さない、ただの戦闘人形にすぎないが、今回はそれで十分。それをエヴァンジェリンを縛る登校地獄の呪いの精霊に、アスナ姫と同様仮人格として上塗りし、実体化モジュールを用いてナギの姿で実体化させた。

 あとはエヴァンジェリンにぶつけるだけ。吸血鬼の感覚で目の前の存在が呪いの核であることは一目で看破してくれるはずだし、加えて外見をナギのものにしているのだ、勝手に突っかかってくれるだろう。

 五分だ。

 戦闘が5分も継続してくれれば、エヴァンジェリンの戦闘アルゴリズムを丸裸にできる。

 

「じゃ、頑張ってくれよエヴァンジェリン」

 

 呪いに縛られた闇の福音と、戦争の英雄の劣化コピー。互いに全盛期に劣るとはいえ、それでも千雨が如き凡人からすればまさに天上の戦いと言えるそれが、今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは17秒で終わった。

 エヴァンジェリンの完勝である。

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