曲げていたスカさんの臍を真っ直ぐに直した数日後、アジトの食堂で珍しく全員が揃って食事をしてた。そうしてご飯を食べている訳なんだけれど、どうしてだか私はクアットロさんの膝の上が定位置になってしまってて、如何なものか。けれども私が彼女を無視して椅子の上で食べるとクアットロさんのご機嫌が急降下してしまい、その様子を見かねたウーノさんとトーレさんに頭を下げられて、クアットロさんと一緒に食事をする時は彼女の膝の上が椅子代わりとなってしまった。
食べづらくないのだろうか、と思うけれど苦にならないらしい。そうしてもう一つ問題があるのが、なんでか年少組から年長組へ抗議の声が上がっているらしい。私はその現場を見た訳じゃなくて、話を聞いただけになるんだけれども。内容は『もっとお嬢様を私たちにも寄越せ』だそうで、ようするに姉たちばかりずるいと言いたいみたい。もちろんその要望はスカリエッティ―家による勝手に出来上がったヒエラルキーによって抗議の言葉は黙殺されている。やはりどの世界でも姉には逆らえないようで。私としては出来る限り皆と仲良くしているつもりなんだけれど、どうなんだろう。
現状はさておき、皆率先して喋る訳でもないし、私も喋る方でもないから落ち着いた食卓だと思う。食事中に五月蠅すぎるのは苦手だし、かといってだんまりでも落ち着かないからぽつりぽつりと会話があるくらいで丁度良い。
「……そう言えば、お嬢の事って何て呼べばいいんッスかね?」
と、雲一つない澄み渡った遥かかなたの空からかぱっと弾倉を開いて爆弾を投下してくれやがったのは、誰であろうスカさん一家十一女のウェンディさんである。お箸を口にくわえたまま喋るのは止めなさいとウーノさんに窘められつつ首を傾げている本人を余所に、周囲には衝撃が走っていた。
――そういえば私に名前って付けられてなかったね。
うん。思い出す限り名前を呼ばれた事なんてない。大学に通っていたから偽名はあるけれど、それはノーカウントだろう。それにしたって衝撃の事実が判明した事により皆の顔が、面白おかしいことになってる。まるで八十年代の少女マンガの一コマみたいに。一応スカさんのクローンで女として作られたから、皆から“お嬢様”と呼ばれる事に違和感がなかったし、それで定着してしまっていたから気にも留めていなかった。無頓着過ぎると言われてしまえばおしまいだけれど、前世の自分の記憶があるから新しい名前になるのを何処かで拒否してたのだろうか。だからスカさんに名前をつけて欲しいと強請った事はなかったし、自分で考えようともしなかった。まぁ、名前が付いていなくても不便がなかった事が一番の理由かもね。
さてさてウェンディ―さんのファインプレーになるのか、それともこの発言が何か問題を引き起こし核弾頭と化して大爆発を起こしてしまうのか。この話題の中心であろうスカさん自身の言葉如何で、私の名前が決まるんだろうなぁ。名無しのままは嫌かも。
――碌な事になりそうもないな。
と、割と酷い事を考えていたら、既にみんなの視線がスカさんへと集中していた。このアジトは女性ばかりだから、スカさんが企てている計画以外の所ではスカさんの立場が弱くなってしまう時があるんだけれど、まさしく今がその時だろう。冷や汗をだらだらと掻いて耐え忍んでいる姿は、次元世界中に指名手配された世紀の大犯罪者にはとても見えない。一家の大黒柱たる男性一人、立つ瀬が無さそうで可哀そうに思えて来るけれど、自業自得と言えるので黙っておく。皆の厳しい視線を浴びる、針のむしろの上のスカさんはただただ耐えるだけ。
「……じゅえる」
なにか切っ掛けはないのか、と思い最高評議会の爺様たちが大学入学の折りに用意してくれた偽造IDに書かれていた文字がソレだった。多分、スカさんの『ジェイル』をもじったんだろうけれど、その意味を考えるとちょっと複雑。ジェイル=監獄だしね。スカさんの名前を付けたのは爺様たちなんだろうけれど、割と酷い命名である。名は体を表す、だなんて言うのだからきちんと考えて付けようよ。そんな事だから裏切られるんだよ、スカさんに。色々と複雑ではあるものの『ジュエル』なら女性の名前として十分に通用するし、悪くはないかもと思って言葉にしたんだけれどさてはてスカさんは許してくれるだろうか。
「それは駄目だっ! あの脳味噌だけの凡骨爺共が考えた名前など不愉快極まりないっ!」
無理でした。ちゃぶ台返しをしそうな勢いで両手でダイニングテーブルを叩くけれど、スカさんや……代替え案がないと皆は納得しないよ。スカさんが思いっきり机を叩いた為に飛び上がったお皿を皆が神速の速さで受け取って、冷ややかな視線をスカさんに再び浴びせていた。ツンドラ気候のように寒いを通り越して痛いのである。女性陣に冷たい視線を向けられるスカさんの幸せは、文字通りツンドラ平原の彼方に存在するわけなんだけれど、ここ最近の引き篭もり生活ででどんどん虚弱になりつつあるスカさんに辿り着く体力・気力があるのかどうかはスカさんの努力次第。
「では、お嬢様のお名前の候補は御有りなのですか?」
この状況を見かねて助け船を出したのは、ウーノさん。流石スカさんの直属の秘書を長年務めているだけあってナイスフォローと言いたいところだけれど相手がスカさんだしなぁ。研究や開発には絶大な信頼を寄せられるスカさんなんだけれど、日常生活の事となると途端に駄目親父臭を醸し出すんだからどうしようもない人である。物理的にも親父臭を醸し出し始めれば皆から避けられる事は間違いなし、なのだけれどそこには至っていない。清潔感は大切だから、その辺りの一線はまだ越えていないし私たちが越えさせない。
「ぬぅ……!」
ウーノさんに言われて、スカさんが歯噛みしながら口籠る。スカさんのネーミングセンスが絶望的なのは、皆の名前を見ればはっきりとわかるし、名前に頓着していない事が丸わかりで。ただただ自身の能力で生み出した戦闘機人である皆が役に立ちそうだから、便宜上の名前を付けたに過ぎないのだろうし、プロジェクト・フェイトとか命名する割にはナンバーズの皆様の名前は本当に適当である、不思議。
唸りながら必死に何かを考え込んでいるスカさん。流石に家長であるスカさんがそんな様子なので、一応誰も何も言わずにスカさんの言葉を待っている状態となってしまった。長い沈黙、周囲の視線。目を閉じて考え込んでいるスカさんは真剣そのもの。
――ぽく、ぽく、ぽく、ちーーん。
微妙で古臭い擬音を流しそうな雰囲気のスカさんが閉じていた目をカッと開いた。
「ゼロ、はどうだね?」
ドヤ顔を私に見せつけるスカさんだけれど、これまたセンスという物が皆無である。椅子から滑り落ちそうになる人が何名か。でもまぁ、私だけ特別にスカさんから命名されるのも皆に悪いしウーノさんたち年長組を差し置いてしまっているけれど、ある意味公平な名前でもある。それでも良いかと思い始めている私はこの一家に馴染み過ぎているのかも。年長組の皆様が若干スカさんに冷たい視線を送っているけれど、忠誠心は薄れていないと信じたい。
そんなこんなで、家長であるスカさんが言った事はこの面子では絶対だから私の名前は『ゼロ』と相成った。でもこの名前、スカさんもナンバーズの皆様もこの名前を呼んでくれる事は極稀で。いままでどおりの『お嬢様』がデフォだった。
◇
さて、普段より皆忙しくしているみたいで何故と聞いてみると、いつの間にかしれっと原作イベントが開始されてた。山岳地帯を走るモノレールに色々と仕掛けて、スカさんがモニター越しに不敵な笑みを浮かべながら眺めてたし。その様子は悪の結社のボスそのもので実に悪い顔をしているし、様にはなってるかなーって。私もスカさんのクローンだから同じ顔が出来るから気を付けないとね。流石に柄が悪すぎるよ。モノレールイベントはガジェットドローンさんのみの出撃なので機動六課に対しての様子見って感じで、ナンバーズの皆様が出撃することも無かったんだけれど。無かったんですけれど、ね。
「ぜろぉ……」
と、私の服の袖を握るのは、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの遺伝子を元に作られたクローンのヴィヴィオさんである。
本来なら上目使いで可愛く目尻に涙を溜めながらオッドアイの瞳を輝かせている姿を思いうかべるのだろうけれど、なんとまぁ私の方が身体が小さいためにあべこべな光景になっている。だってそれは仕方ない。五歳児と三歳児なのだから、その二年の差は大きい。傍から見れば年上の子が年下の子に泣きついている弱虫な女の子って感じなんだろうかヴィヴィオさんは。
最近培養槽から目覚めたヴィヴィオさんは寂しいのか、年齢の近い私に懐いていて傍を離れない。他のナンバーズの皆様はその様子を微笑ましく見守るだけでヴィヴィオさんの面倒を見ようとしないから、面倒事を私に擦り付けたような気がするのは気の所為、気の所為。そんな事だから皆はヴィヴィオさんと私の様子を保護者のごとく微笑ましそうに眺めているだけだ。クアットロさんなんて、高性能ビデオカメラをいつの間にか手に抱えているし。
どうやらスカさんに頼み込んで動画と静止画を撮れるヤツを作ってもらったみたい。原作が開始されたんだからそんな暇はない筈なのに、スカさんも器用な人だ。スカさん謹製カメラで撮った写真を譲ってくれと、クアットロさんに耳打ちしている人までいるのだから、ヴィヴィオさん目当てなんだろう。なんたって、元王様だし。
研究に没頭したいんだけれど、ヴィヴィオさんのお相手を務める役は自然と私になってしまったので以前より進行速度が落ちていた。なにしろ小さい子供には危ない物がそこらかしこに転がっているから研究室には居られないし、ヴィヴィオさんの食事の用意から生活面まで殆どの事を一緒に行動しているから、時間の捻出が出来なくて。夜、一人で眠る事も怖いみたいで一緒に寝て、こっそり抜け出そうと試みたけれど三歳児の身だと一度寝てしまうと朝まで目が覚めない始末で。
「……なにをしてあそびましょうか、ひめ」
なので、開発やら研究やらはすっぱりと諦めて、ヴィヴィオさんのお世話に明け暮れている。ミッドチルダ語の理解とようやく舌が慣れてきたのか発音の方も大分マシになったけれど、まだちょっとぎこちないのが玉に瑕。時々舌を噛んだりもしてるから、完璧なミッドチルダ語が喋れるまでもう少し時間が掛かりそうだった。
ヴィヴィオさんの事を名前で呼ばず、固有名詞で呼んでいるのはスカさん一家の影響である。皆ヴィヴィオさんの事を名前で呼ばずに"陛下"と呼んでいるし、子供相手だというのに敬語で喋ってるんだよね。私もそう呼ばなきゃ妙だから一度呼んでみたもののしっくりこなかった。陛下だと男の人みたいだし、それならお姫様になるのかなと思って一度"姫"と冗談めかして呼んだところヴィヴィオさんが大層気に入った様子だったので、そのままそう呼ぶ事になった。『姫』などと歌舞いたセリフだった為に、後にヴィヴィオさんと再会した時に私の性別を間違えて覚えられていた事は結構ショックだった。
「おままごとっ!」
スカさんから失礼のないようにと厳命されていて、アジトでのヴィヴィオさんの扱いは食客なのだから友人って訳でもなかったし私の言葉を聞いて、ぱぁっと顔が明るくなる。子供の無邪気な笑顔は可愛いものだけれど、ちょっと苦手なんだよね。ささいな事が切っ掛けで機嫌を損ねたりするし、前世でも小さい子供と接する機会なんてあんまりなかったから。でもまぁ、彼女の精神年齢は同年代の子供よりも高いようで、子供らしい言動ではあるものの確りとしたものだ。父親と母親を探している様子を見せながらも、宥めすかして納得させて今の状態に落ち着いてこうして私に懐いて遊んでいるのだから大したものだと思う。
「…………」
おままごと、の言葉に私の口元が引き攣る。どうにも前にやった事が楽しかったのかまたしても同じリクエスト。どうにもヴィヴィオさんはリアリティーを求めすぎてて完璧主義者みたいで。私が間違えた台詞を言おうものなら映画監督よろしくカットが掛かるのだから気が抜けない。その知識をドコから仕入れて来たのだろうと疑問に思ったけれど、オリヴィエさんの記憶の残滓でもあるのかなぁ
「ちーがーうーのっ!」
この調子である。精神年齢的な年長者なんだけれど、尻に敷かれている様な気がするのはどうしてだろう。それとも聖王のクローンだから、血筋が成せる高貴なる威厳なのだろうか。テイク2を要求され仕方なく気持ちを切り替えて、しぶしぶおままごとを続ける私。そんな様子を撮影しているクアットロさんとプラスアルファ。
――ま、皆が楽しそうならそれでいいか。
そんなお気楽な事を考えながら、ヴィヴィオさんや皆が笑ってる姿を眺めてた。
「ちーがーう~!!」
「ごめんなさい…………」
◇
――ちょっと困った事になりそうだ。
と、いうのも私が作った人型サイズの二足歩行ロボットが時空管理局陸士部隊に配備される事が検討されているそうで。取り敢えずは運用方法も確立されていないから、お試しで十体程度を配備して様子を見たいとの事。その手始めに地上本部の警備の一部を任せてみて、役に立つようならば後に増台して運用の幅を広げていくと聞いた。
配備自体は嬉しいんだけれど、この所為で原作に影響をもたらして展開が変わってしまう事を懸念しているんだけれど起きてしまった事は仕方ないから、諦める。なのはさんたち主人公の強さは本物だし、結構ご都合主義的な展開が多いからきっとなんとかなるだろう。彼女たちの強さは本物だし、現時点で地上本部の警備程度ならば影響はそうないだろうし。
「どうぞ、こちらへ」
てなわけで、やってまいりました地上本部。予算が足りない足りないと言っている割には、首が痛くなりそうな程高い高層ビルの総工費を考えながらロビーの受付で偽造IDを見せて身分を提示して、目的の場所へと進む。スカさんが出向かないなんて何たる怠慢だろうと思いつつも、あの人は次元世界に指名手配されているから無理でした。その事が頭の中から綺麗すっぱりと忘れ去っていた私もどうかと思うけれど、三歳児に今日の事を了承した地上本部も地上本部だ。ま、最高評議会の手が入っているから可能だった訳だけど。
私たちを出迎えてくれたのは二女のドゥーエさんだった。ただ今絶賛潜入工作中なので本当の姿ではなく、魔法で変装してるんだけれど美人さんなのは変わらない。偶にしか会えないから、お喋りをしたいところなんだけれど無理だった。念話でも出来るけれど、高ランク魔導師が少ない陸といえど勘が良い人が居れば魔力を使用してれば気付いてしまう可能性も有るので自重。
これから私が制作したロボットのデモンストレーションとメンテナンスやら細かい所についての説明を余儀なくされて地上本部へと赴いた訳なんだけれど……。周囲の皆様の視線が痛いです。大人ばかりの地上本部で三歳児が居るのは異常。
「段差がありますのでお気を付け下さい」
一人でいれば間違って迷い込んでしまった子供、と認識されるかもしれないけれど、先頭を歩くのは管理局の制服を着込んでいるドゥーエさんだし、保護者兼秘書と護衛の意味でトーレさんが一緒について来てるからそれは無い筈。
「社長、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
隣に並んでたトーレさんがエスコートしてくれ、そんな彼女に私は微笑みを返す。なのでトーレさんはいつもの戦闘用ぱっつんスーツではなく、ちゃんとしたパンツスーツを見事に着こなしてる。高身長だし、日頃の戦闘訓練で引き締まった体によく似合ってると思う。身内の贔屓目かもしれないけれど。私も私でスーツではないけれど、どこぞの林檎印のしゃっちょさんみたくTシャツとジーンズだなんて許されないから、説明会の場に相応しいきっちりとした服装にしてるし完全に余所行き用だ。
地上本部の馬鹿高い高層ビル内を歩いて辿り着いた先は、訓練所とミッドチルダ語で書かれた広い部屋。打ちっぱなしのコンクリート壁がもの寂しさを語っているけれど、場所としては適当だろう。これで事前に運び込まれていたロボットが爆発や暴走をしたとしても、防御魔法が設置されてるから被害は最小限で済む。
先に運び込んでもらっていた二足歩行ロボットと分厚い説明書やらを開封して、準備を始めた。ドゥーエさんも手伝ってくれているんだけれど、戻らなくていいのだろうか。そんな事を考えていたらにっこりと微笑みを返されたので、お手伝い要因としてこの場所に居る事の許可を上司の人から無理矢理に奪ってきたのかも知れないなぁ。
「……よろしく頼む」
準備を始めてしばらく、ぞろぞろと人が集まり始めた。声を掛けられて振り返ってみればかなり恰幅の良い男性と少し後ろに眼鏡を掛けた女性の姿。階級章を見るに中将だから……レジアスさんじゃん、と驚いた。にしてもアニメもさることながらリアルで見るとごっつい人だ。顔も体も。後ろに立ってる秘書というか副官である娘さんと半分血が繋がっているなんて信じられない。本当、遺伝子って不思議だよね。
私の姿を見て驚きつつも、文句の言葉や嘲りが無かったのは長年地上の治安を守り続けてきた立場故の丹力だったのだろうか。レジアスさん以外にも地上本部のお偉いさんたちが姿を見せ始めてるんだけれど、私の姿を見るなり鼻で笑ったり、ヒソヒソ話をしてたりするのが普通なんだけれど、レジアスさんはソレをしなかった。内心はどう思っているのか解らないけれど、そんな姿は好ましいから頑張って結果を出さないとね。
強硬派として運の無い人なのだけれど、本当は出来た人で一児の親なんだしやりたくない事も仕方なくやっちゃった部分もあるのだろうな。これから私が開発制作し納入するロボットが、レジアスさんの胃を更に痛めつけるのか、それとも緩和する事になるのかは今から始まるデモ次第だろう。なのでちょっと気合が入っているのは秘密。前世なら、もう少しデモの為の準備が掛かる所だけれど、ここは魔法世界で技術が大分進歩しているのでその辺りの手間は掛からないから、早速始めようと思う。
がやがやと人が集まり、騒がしくなってきた訓練所。陸のお偉いさん方や技術者、はては総務部の皆様までご苦労な事だ。興味があり時間のある暇な人は、この部屋にやってきているみたい。先に配っているパンフレットに目を通していたり、ステージの上にならんでいる現物をマジマジと見ていたり反応は人それぞれ。
それならば、やる事は一つである。
――折角作ったものなんだし採用される様に気合をいれて頑張りますか、ね。
ぱちん、と頬を両手で叩いて気持ちを切り替える。さて、まだ少しミッドチルダ語には自信はないのだけれど"声"は大事だ。まずは聞いてもらう事。眠ってしまうような人が居るのなら、それは私の説明がつまらない証拠で聞くに値しないと言われているのも同義。だから、きっちりとわかりやすく。最初は基本スペックの説明から。メンテや小難しい事なんてものは技術者に後で説明すればいいから、取り敢えずセールスポイントになる所をアピールしておく。
「何故、わざわざ人型なのだ? 機械であるならば、人型に囚われず多脚やホバー、方法は他にもあっただろう。バランスや重心の取り難い人間の形を模したものは……」
説明も一通り終えて、質疑応答のターンに入る。開始した途端に手を上げてくれたのは誰であろうレジアスさんだった。他にも手を上げている人も居るけれど、流石に最高位の人を後回しにする訳にもいかず、レジアスさんを指名した。レジアスさんの言い分は尤もで、ぶっちゃけ安く製作費が済むのは多脚とかホバーに分がある。ただ何故私が、わざわざ設計や修理の難しい二足歩行を選んだのには理由がキッチリ存在する。
このロボットは将来的には街の警備とかにも出張ってもらうつもりで、見てくれも大切なのだ。市民の皆様に畏怖されるような存在だと困るんだもの。犯罪抑止にはなるかも知れないけれど、一般市民の皆様から頼られないようじゃ意味がないし。犯罪が起こり通報したいけれど、怖くて近寄れないとかじゃ配備した意味がなくなっちゃうもんね。
管理局へのイメージも悪くなるだろうし、人間って嫌悪感を持つと、どこまでも嫌いになってしまうから出来れば愛嬌のあるデザインにしたかった。犬や猫、動物型のロボットでセラピーを取り入れている病院もあるから、やっぱり外見は大事だ。なので多少制作資金が高くついてしまうけれど、メリットとデメリットを天秤に乗せて考えた結果の末である。
「ふむ。では、耐久性や稼働時間は?」
流石に便利だとか実用性があるとかで納得してくれる訳は無く。その辺りもきっちりと突っ込んで来るか。でも大丈夫、心配はいらない。だって陸の台所事情は前世で知ってたので、なるべく維持費やメンテ費用を安く上がるようにと最初から折り込み済みで設計してあるのだから。なので魔力を最小限の消費に抑えて、別の物で補うハイブリッド方式を選択した。
いやはや前世の地球も環境問題には五月蠅くなっていたから、閃いた事だ。ようするに魔法と通常動力一緒にすれば良いじゃん、と。そもそも管理局が質量兵器を禁止した理由って環境からだったから、受け入れられやすいはず。ちょっと複雑な機構になってしまうけれど、壊れなければ良いのである。良い部品を使って、良い物を作り、長く使う。ものづくり職人としての矜持。
予定として組んでいたデモンストレーションは約半日の予定だったのだけれど、随分と時間をオーバーしていた。みんな真面目で熱心だから、ついつい説明するこっちもヒートアップしちゃったんだよね。でもその甲斐あってか当初の予定通り地上本部で警備部隊として設置される事となった。あとは、今後の経過次第で順次増やすか、止めてしまうのか決めるみたい。嗚呼、疲れたと心の中でぼやきながら帰る準備をいそいそと始める私。
「……あの、ちょっとええかな」
「っ!」
その声に気付いて振り返った私は悪くないと思う。ミッドチルダ語としては聞き慣れない鈍り方、その時に気付いて無視を決め込んでいればどれだけよかっただろうか。補佐として付いて来てくれたトーレさんは私の後ろで厳しい視線を飛ばしてた。まぁ、機動六課の隊長が目の前に居るからねぇ。
――まさか此処で、彼女と接触するなんて。
しまったぁ、と嘆くけれどもう遅いし、そう言えば地上勤務だから本局に居てもおかしくはないんだっけか。でも、原作キャラと出会っても知らぬ存ぜぬを決め込むと最初から決意していたのでどうにか押し止まったよ。危うく私の口から彼女の名前が零れ落ちてしまう所だった。そう、私の眼の前に立つのは八神はやて、その人である。何で私に接触してきたのか。スカさん一味だとバレてしまったのか、背中に尋常でない量の嫌な汗を掻く。
「はじめまして、わたしは八神はやていいます。制服で解ると思うんやけれど、時空管理局で働いています」
わざわざ私の視線に合わせてしゃがみ込んで自己紹介をしてくれるはやてさんは、可愛く笑ってた。メインキャラ補正って凄い効果があるんだなーと心の片隅で思いながら、返事をしない訳にもいかないので私も自己紹介。ふんわりとはやてさんから香ってくる匂いは、香水じゃないっぽいんだけれど、洗濯剤なのかなぁ。良い匂いがするよ。そんな彼女の後ろには守護騎士であるおっぱい剣士、もといシグナムさんが厳しい視線で私を見てる。視線がすんごい怖いデス。流石原作の主役級たちは、モブである私とはオーラが違うし。厳しい視線に気が付いたトーレさんがシグナムさんと睨み合い合戦をしている最中、はやてさんと私はのほほんとした空気を醸し出してる。
一応、こういう場なので名刺も渡す。もちろんそれは嘘の塊で、私の名前は偽名。会社名は適当に付けて、ペーパーカンパニーとして機能している筈。もう既に原作は始まってるし、さっきはびっくりしたけれど焦ったところで仕方ないから既に私は開き直ってた。どうやら声を掛けてきた理由は遠回しに『時空管理局でも働かない?』的な事だった。
三歳児を誘うなんて管理局はそんなに人手不足なのか、と言いたくなるけれど、はやてさん的には使えそうな人間ならば唾を付けておこうくらいの考えなんだと思う。名刺を渡した通り私は社会的には社会人なんだもの。原作通りに事が進み悪行家業が廃業になってしまえばお願いしたいところだけれど、今後の展開でどうなる事やら。
一秒先の未来だって、どうなってしまうのかは未知数なんだし。……予定の時間より帰宅が遅れた事に激怒したヴィヴィオさんに責められたのは、余談である。尻になんて敷かれていない。お腹を空かせた皆に文句を言われた事も腑に落ちない出来事だった。自分たちの食べるご飯くらい作ろうよ。
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