死者の声を聞け 作:ぺったんこ
ユナフィート王国[前篇]
彼は、一国を治める王の元に仕える騎士団長だった。
若輩者ながら博識で武勇も優れた彼は王の為、国の為に尽力することこそが自分の存在理由であると謳うほど、王の掲げる理想郷に誰よりも傾倒していた。
国民の笑顔を何よりも愛した王によって完成された国を彼も心から愛していた。
幸せだった。敬愛する王の近くで剣を振るえることが。
幸せだった。国の為に尽くせる毎日が。
幸せだった。時折城の外から顔を覗かせ、こちらへ微笑んでくれる姫とのひとときが。
あの悪夢のような日が来るまでは。
彼の愛した国は無情にも海賊たちの侵略により滅ぼされた。
偶々流れ着いたこの国が豊かと知るや否や海賊たちは刀や銃を振り翳し田畑を踏み荒らし、金品を強奪し、女を攫い、街を破壊し、無抵抗な国民を次々と蹂躙していき、忽ち火の海に沈んでいく国に彼はこれ以上ない怒りに支配された。
そんな海賊たちを相手に彼は最後まで戦った。愛する国を守る為に諦めずに海賊に立ち向かった。
しかし、彼の武勇は奇しくも海賊に届くことはなかった。
単純に海賊が彼より強かったからだ。彼が挑んだ海賊団船長は新世界に名を馳せ、悪魔の実の能力者にしてその首には一億を超える懸賞金が掛かっているような男。
強さの次元が違う。男はまるで赤子の手を捻るかのように彼を蹂躙すると目の前で王の首を刎ねてみせた。
次に密かに恋慕の情を抱いていた姫を男の部下たちにより犯された。
打ち捨てられるように目の前へ転がされた彼女に彼は必死に呼びかける。顔を上げた彼女はその身が汚されたというのに、光が篭った目で彼に訴えた。
「国民を、頼みます」
最後は王と同じく首を刎ねると王族の首を玉座に並べた。
「あああああ!!!!」
それは人ではなく獣に似た咆哮で彼は男たちに叫ぶ。
これが怒りなのか、悲しみなのかすらもはや彼にも分からず、目前の無情な現実に只管叫んだ。
そんな叫びに男は愉快だと嘲笑い、彼の頭を踏みつけた。
嗚呼、屈辱!嗚呼、無念!
噛み締めた口唇から血が流れる。国民を守れず、王の盾にすらなれず、姫を救うことも出来なかった。
彼はいっその事、死にたかった。ここで舌を噛み切り自害を考えたが彼女の最期の願いを聞き届けた彼は捕虜となることを選んだ。
王族が死に絶え幾年が過ぎ去り、国が滅んでからというもの海賊の本拠地と化したこの国は分厚い黒雲に覆われかつての面影はない。
生き残った国民を守る為に苦汁を舐める毎日、彼の心に最早騎士団団長の誇りは消え、生きているが彼は死んでいた。
ある日、空腹に飢えた子供が耐え切れず海賊に納める食糧に手を出した事が幹部に知れ、半壊した街は騒然としていた。かつて子供の笑顔溢れた広場で、有名な彫刻師が彫ったとされている噴水が売りの憩いの場。
しかし今は水も湧き出ない、側面が抉るように破壊された噴水が立つ侘しい場所に成り果てている。
「これは無能な国王に変わって新たな王となった俺たちファントム海賊団フロムット船長への献上品だぞ。どうなるかわかって手を出したんだろうなぁ!」
「申し訳ございません!この子はもう2日も食べ物を口にしていないのです、どうか、どうか、」
大男に怒鳴られ泣いている子供を痩せた両腕で守るように抱き締めて庇う母親が必死に許しを乞う。
しかし、大男もといファントム海賊団幹部「ガビー」は唾を飛ばしながら怯え震える親子に怒鳴りつけた。
「だからどうした!?只でさえ食糧不足だというのに、役立たずのお前らの取り分があるわけねぇだろう!!」
ガビーの理不尽な言い分に彼を含めたその場にいる国民全員が怒りに震えた。
誰の所為で緑が枯れたと。誰の所為で川の水が干上がったと。誰の所為で飢えていると。
国を滅ぼし心優しい王族を皆殺した奴らの為に毎日毎日、朝から晩まで井戸から水を汲み上げて必死に育てた作物を涙を呑んで献上している国民の無念と怒りは計り知れない。
国民の鋭く怒りを込めた視線をガビーへ向けるも、側に侍る部下たちがサーベルをチラつかせば、命が惜しい国民は忽ち目を伏せる。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
「どれだけ謝ろうと遅せェんだ、この国で王の物に手を出した奴はガキだろうが等しく死刑!!そしてそれを庇ったお前も同罪だ!!!」
「ま、待ってくれ!!!」
丸太のような腕で自分の身長を遥かに上回る大きさの金棒を頭上に振り翳す。
彼は堪らず群衆を掻き分けると、ガビーと親子の間に両手を広げて躍り出た。
部下がすぐさまサーベルを構えるがそれが誰であるか認識すると、ガビーは部下を片手で制し嘲笑を浮かべた。
「おお?誰かと思えば元騎士団長サマじゃねぇか」
彼は硬い石の地面に膝を付き、土下座をした。
「君たちの食糧に黙って手を出した事は詫びよう、しかし飢えているのは我々国民も同じだ。せめて、せめて子供だけでも食べさせてやれる食糧を恵んでは貰えないだろうか。そうすれば子供がそちらの食糧に手を出す事はしないだろう」
「んん、確かに...」
ガビーは顎に指を掛けて思案顔を浮かべた。
子供だけにでもまともな物が食べられる、僅かに見えた光明に国民が縋るようにじっとガビーを見つめる。
少しの間考え込んでいると、何が閃いたのか漫画のようにガビーの頭の上に電球がポッと浮かんだ。
「おおそうだ。子供だけとは言わずお前らの食事の件、俺が直接フロムット様に進言してやろう」
「ええ!?」
まさか子供だけではなく、自分たちも食事がもらえるのかと、国民の目に光が差す。
反対に侍っている部下が驚愕を浮かべてとんでもない提案を出したガビーを見上げた。
「あ、ありがとうございます...!!」
「だが条件がある」
「な、何でしょう」
思わず頭を上げた彼はガビーが浮かべるゾッとするような狡猾な薄笑いに背筋を凍らせた。
「食糧の譲渡は約束しよう。食事を用意する代わりにお前ら誰かが命を差し出せ」
「な!?」
「さっきも言った通りこの国は今食料不足だ、無能なお前らの所為でな。だが1人死ねば1人分の食事を用意出来る、そうだろ?」
「し、しかしそうなれば田畑を耕す人間がいなくなるぞ!君たちも我々のように飢えるだけだ!」
「食糧が無くなれば海へ出られる俺たちはまた新しい拠点を探すまでだ」
「そんな...」
ならば何の為にこの国を襲われ、王族は殺され、滅ぼされたんだ。
彼は震える声でガビーに問いかけた。
しかし、帰って来た答えは余りにも淡泊で、そして残酷だった。
「俺たちが海賊だからだ。それ以外にあるか?」
彼はもはや、言葉も出なかった。
国が、誇りが、愛しい人がたったそれだけの理由で奪われ、そして今度は残された国民同士で争えと言うのか。
何処まで、ああ、この悪魔は何処まで自分たちを苦しめれば気が済むんだ。
「さっすがガビーさん!」
「よっ!生粋の悪党!!」
「上げて落とすどころか容赦なく叩きの落とすとこがまた痺れるぜー!」
「ガッガッガ!!やーめーろてめぇら!照れるじゃねぇか!」
部下が媚びるように褒め称え、ガビーはその強面に似合わない照れ顔を浮かべて頬を掻いた。
「って事だ。既に1人分の飯を食ったガキの代わりに誰が死ぬ?」
お前か?と蛇に睨まれた蛙のように縮こまった国民は我が身可愛さに目をそらす。
「私が、代わりに死にます」
「ママ!?」
「な、何を言うんだ!」
母親は抱きしめていた子供を彼に預けるとガビーの前に立ち上がった。
「団長様、息子を宜しくお願いします」
「国民を、頼みます」
その目はかつての姫の最期を想起させた。
「決まったようだな」
ガビーは再び金棒を振り上げる。
彼は腕の中で暴れる子供を必死に抱き止め、何も出来なかったかつての己があの頃と何も変わっていないことに悔しく、その口唇から血が滲む程噛み締めた。
「(また、俺は救えないのか..!くそ、くそ!!!)」
凶悪な凶器が無情にも振り下ろされるその瞬間。
ガキィイイィイン!!!
「ん!?」
肉の潰れた手応えはなく、寧ろ何者かに自慢の武器を受け止められた驚きにガビーは目を剥く。
「無抵抗な女子へ斯様な無体、恥を知れ」
「誰だァてめ!?」
山吹色の羽織をはためかせ、颯爽と現れた僧侶のような男は「ぬん!」と掛け声と共にガビーの金棒を押し返す
その力に思わず2、3歩たたらを踏み後退するとガビーは男を睨みつけた。
「拙僧の名は山伏国広。我が主殿の命によりこの者たちの加勢に馳せ参じた」
「加勢だァ?」
ガビーは山伏国広と名乗る男を上から下まで眺めまわす。
自分程ではないが鍛え抜かれた筋骨隆々の身体、鈍く光る素人目でも分かる名刀にこの国の男衆ではないことは一目瞭然。
「余所者がこの国に何の用だ?食糧か、宝か、それとも俺たちの首か?」
「敢えて答えるならば貴殿らの首、というところか」
「やはりそうか!!なんせこのガビー様の首には1億5000千万懸賞金がかけられているからな!!」
「現の金に興味はない」
「う、うつつ?」
得意げに胸を張るガビーの自信を一刀両断し、山伏は刀の切っ先を向ける。
「我が主殿はとある者と盟約を交わされた。この国に蔓延る害悪を挫き、国民に自由を齎すと」
「自由だとォ?おいおい、俺たちがいつこいつらの自由を奪ったってーんだ?国民が王の為に働くことの何が不自由ってんだ。今だってそうだ、誰も俺たちの行いに異議なんざ唱えてねーじゃねェか!」
なァおい!!とガビーが国民へ問いかけると、国民は目を伏せ何も言えず俯いている。
圧倒的に恐怖の前に言葉を持たない国民を嘲笑い、ガビーは山伏に向かって勝ち誇ったように笑う。
「ほら見ろ。俺はこいつらから武器を取り上げたことは一度も無い、いつでも反乱を起こせる機会はあった!!」
「ふむ。で、あるか...」
「分ったなら、とっととそのアルジサマとやらを連れてこの国から出て行きな」
「相分かった」
山伏は刀を鞘に収めると、鋭い眼光で目の前の男を射抜くと拳を構えた。
「貴様如きの害悪、我が刀で切るに値しない。この拳一つで十分である」
「おい、テメー..聞いてりゃ偉そうにしやがって、誰に口効いてんだ」
「御託は結構。主殿を待たせてある故、早々に参られよ」
山伏の最後の一言にガビーの額に浮かんでいた青筋がはち切れ、勢い良く金棒を振り上げた。
「上等だクソ野郎!!やれるもんならやって見やがれ!!!!」
「で、出たー!ガビーさんの大技『王鎚スマッシュ』!」
「あいつ、骨も残らねーぞ!!」
豪腕から放たれるその一撃でどれだけの部下が命を落としたか。かつての圧倒的強さに屈した彼は微動だにしない山伏に向かって叫ぶ。
「いけない..!逃げるんだ!!!」
「心配無用!」
山伏は利き腕を限界まで引き絞り、相手との間合いを見定める。
迫り来る金棒に誰もが山伏の死を想像し、あるものは子供の目を覆い、あるものは悲鳴を上げた。
「死ねえええ!『王鎚スマッシュ』ゥゥウ!!!」
相手の攻撃が山伏の間合いに入ったその瞬間、引き絞った腕を突き上げるように振るった。
「唸れ、拙僧の筋肉ゥゥうう!!!」
「ぐぼえェェェ!!?」
「「「えええええええ!!!!?」」」
山伏の拳は金棒を止めるどころか、風穴を開けるとそのままガビーの厚い強面にめり込んだ。
勢いは止まらず、その巨体は半壊の民家を2.3軒貫通し、4軒目で漸く止まった。
部下が慌てて後を追えば、ガビーは顔面を大きく凹ませ壁にめり込み気絶していた。
国民は開いた口が塞がらず、間抜け顔を晒す。
山伏も鍛え抜かれた屈強な身体ではあるがガビーの巨体の前では霞み、少し太い枝にしか印象に残らない。
そんな男の驕りにも聞こえる宣言通り、山伏はガビーを己の拳一つで見事沈めてみせた。
「そ、そんな!!ガビーさんが!!」
「冗談キツイぜガビーさん!!そりゃ演技だろ!?演技だと言ってくれー!」
「む。申し訳ない..民家を壊してしまった」
「え、ああ、き、気にしないでくれ。元々壊れていた家だ」
ガビーを吹っ飛ばした拳を解く様に軽く上下に振る。その拳には傷ひとつなかった。
「き、君は一体...」
何者なんだ。彼がその問いを口にする前に山伏は当初の目的を思い出すように声を上げると群衆を見回した。
「そうであった。誰か騎士団長のクラウスという男を知らぬか?」
「ク、クラウスは私だ」
まさか自分を探していたとは思わず彼、クラウスは上擦った声で名乗り上げた。
「おお!貴殿であったか、先程は見苦しいもの見せてすまなかった。怒りで我を忘れるとは拙僧もまだまだ未熟であるな」
「と、とんでもない!寧ろ胸がすく思いだ、本当になんと御礼を申せば..」
「礼にはまだ早いであるぞ、貴殿たちが自由を得るには元を絶たねば元も子もなかろう」
この人は本当に自分たちに自由を齎す気でいるのか。どうして会ったばかりの、この国の者ではない彼がここまで良くしてくれるのか、クラウスは不思議でならなかった。
「一先ず、拙僧共に参ろう。事情は全て城で話そうぞ、主殿もそこにいる」
「し、城だって!?いけない、彼処にはフロムットと言う男が根城にしている場所だぞ!」
その時タイミングよくクラウスの耳に轟音が飛び込んできた。
驚き、音の方へ振り返ればそれは先程自分が言った悪の親玉が根城にしている城から今も轟いている。
言わんこっちゃないと、クラウスの顔から血の気が引くが山伏は快活に声を上げて笑った。
「カッカッカ!主殿、派手に暴れておるなァ!」
「わ、笑っている場合か!早く行かなければ殺されてしまう!」
「なに、心配無用。己の力に胡座をかく斯様な者に主殿が遅れを取るまい」
一体彼の途方も無い自信は何処から湧いているのだろうか。
此方を不安にさせまいとする気遣いからの言葉かそれとも、彼の仕える主殿という人物がそれ程武勇に優れた御人なのか。どちらにしろ、奴らからの支配から逃れるチャンスである事には変わりない。
クラウスは縋る思いで先を行く山伏の後を必死に追いかけた。
※
「す、すまない。手間をかける」
「カッカッカ!なんのこれしき、日々の修行に比べれば軽いものである!」
道中、碌に食事も取れず働き詰めだった身体が悲鳴を上げ走れなくなったクラウスは山伏にお米様抱っこをされていた。共に走っていた時より何倍もの速さで、だ。
ほぼ自分と背丈が変わらない人間を笑いながら抱え、疾走することは騎士団長だったあの頃の自分でも不可能だろう。背負われた瞬間に走馬灯のように過ぎ行く景色に唖然とし、改めて彼の逸脱した体力にクラウスは目を剥いた。
「時にクラウス殿、貴殿らを支配しておる風呂ムッと、とやらはそれ程強敵なのであるか?」
「フロムット、です。それは勿論、我ら国が誇る騎士団が束になっても切っ先一つ届かなかった男だ」
蘇る、あの絶望の瞬間。
切っ先どころか姿形さえ掴めず、なす術なくまま次々に部下は倒れ、気が付けば己も胸に風穴を開けられ地に伏せていた。
「あの男は悪魔の実の能力者だった。自然系『キリキリの実』の蜃気楼人間、覇気を習得していない我々に奴の実態が捉えられるはずもなく...」
その先は言葉に出来なかった。変わり果てた王族が脳裏を占め、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「のうりょくしゃ?かの者も刀剣男士という訳であるか?」
「いや、ち、違うが。とうけん、だんし?」
「...ふむ。『 』か」
「、山伏さんっ今何と」
「いやなに、拙僧の独り言である。それはそうと...見えたであるぞ」
クラウスは山伏の背に手を付き、反るように体を曲げて背後を中途半端に振り返る。
奴の根城は目と鼻の先。敗北してから訪れることが出来ずにいた思い出の場所に、熱いものが喉の奥から込み上げてくる思いだった。
山伏は勢いを殺すことなく桟橋を突っ切る。所々破壊され、美しかった薔薇の庭は見る影もないがクラウスは懐かしく思った。そこでふと、気が付く。
見張りがいない。
門番気取りの者、我が物顔で横行する者、国民から搾取した食べ物や酒を食べ散らかす者。
誰もいない城は静寂過ぎて、寧ろ気味が悪かった。まるで一斉に神隠しにでもあったかのような。
そして、城の扉が開け放たれた。男10人がかりで開く扉が山伏1人によって開門されたことにもはやクラウスは触れないことにした。
「主殿!山伏国広、只今帰還した!」
「お、山伏おつかれさーん!」
思ったより若く、しかも女の声だった。
予想を裏切られた戸惑いを隠し切れないままのでクラウスに山伏は『降ろすぞ』と声を掛け、彼の疲労した身体に障らぬよう地にそっと降ろすと、主のもとへ歩を進める。
振り返ったクラウスは目の前に広がる阿鼻叫喚な光景に白目を剥き、顎が外れる勢いで口を開くと胸内で叫んだ。
「(アイエエエエエエエエエエエエ)」
あれほど圧倒的な力を持ち、自分達を恐怖で支配していた海賊たちが1人残らず肉団子のような山へと成り果て、その上に船長であったフロムットが顔に言葉にするのも憚れる屈辱的な落書きされた状態で飾られていた。
汚い肉団子の山を背景に、和気藹々とする7人と虎1匹にクラウスの両足から思わず力が抜け、その場に尻餅をつく。
「やー!もうちょっと早く着いてれば山伏も見れたのに!初陣弥々さんの一太刀、極み前のたろじろ並み!」
「なんと、それは是非とも手合わせを願いたいものだなぁ!」
「我で良いのであれば、いつでも応じよう」
「レベルも一気に10も上がった、相手が時間遡行軍じゃなくても上がるんだねー」
「でもあるじさまーにんげんあいては、てかげんがむずかしいです」
「刀装の数も見直した方がいいかもしれませんよ。刀装でも死んでしまうと後々厄介になりますね」
「あーまず始末書じゃ済まんね。ごこちゃん、大変と思うけどそこら辺のコツをみんなに教えてもらえる?」
「がっがんばりますぅ...!!」
溌剌とした山伏に似た快活な笑顔を浮かべる娘の隣には、山伏をも超える角の生えた大柄な男。男の背負う鞘に収まった見事な大太刀には銀髪の小柄な美少年が腰掛けて足をプラプラさせている。
白目を向いて仰向けになった海賊の1人を冷静に観察しているのはこれまた小綺麗な青年。儚げな美少年は力一杯意気込むがその目には涙が浮かんでおり娘の袖を掴んで離さない。見たことも無い白い虎の口元が薄っすらと赤くなっていることに気づく頃にはクラウスの頭はショート寸前に追い込まれていた。
あの大柄な男が山伏の言う主殿であればまだ納得できたが、銀髪の美少年はしっかりと娘の顔を見て『主様』と仰いだ。
クラウスはもうこれが疲れた自分が見せる夢か幻なんかじゃないと、思っていた。娘の傍で見守るように控えていた紫髪の美丈夫と目が合うまでは。
「主」
美丈夫は娘の後頭部をノックをするように手の甲で小突くと、話に夢中になっていた娘の目が蚊帳の外だったクラウスへと向けられる。(主人の頭を、小突く!?)
「あ、ごめんごめん!クラウスさんだっけ?放ったらかしにして申し訳ない!」
「いや...、あの、君が、アルジドノなのか?」
「あるじ片言だ!ウケる!!」
「う、うけ..?」
「不謹慎にも程がある」
「あいた!?」
「!!?」
主人の頭を、叩いた!?本国なら謀反とも取れる美丈夫の行動にクラウスの額から冷汗が止まらない。
そしてその行動を誰も咎めないときた。まるで日常の一部を見ているかのように。
娘は患部を両手で摩りながら深々と頭を下げた。
「ふ、不適切でした。ごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず...」
娘は存外、素直らしい。
「えっとクラウスさんに此処へ来てもらったのはこの人たちの処遇を決め欲しくてですねー」
「え、俺にですか」
「そうそう。訳あって..ってその訳も後で話すんだけどね?あたし達はこの人たちを無力化に出来ても殺すこと出来ないんだよ。なので被害者であるクラウスさんがこの人たちを煮るなり焼くなり好きにして下さい」
「生きているのか...」
よく見るとフロムット含め、全員の胸が浅く上下に動いている。生きているとわかるとクラウスの瞳に赤黒い殺意が宿りその場に落ちていた剣を拾い上げ、海賊の喉元に突きつける。
罪もない国民を苦しめ、心優しい王族を殺し、姫を道具のように犯し、愛した国を滅ぼした。
殺しても殺したりない、自分たちにしたように惨めだらしく許しを乞うまで。いや、許しを乞うても許さない。生まれてきた事を後悔させてやる屈辱をこの海賊達に!!!
「ああああッ!!!」
クラウスは剣を振り上げた。彼は間違いなく海賊の喉を搔き切るつもりだった。
復讐に身を焦がす自分をじっと見つめる娘や傍に控える男たちは誰も彼を止めようとしなかったが、剣の切っ先は寸前の所で止まった。ほう、と誰かが感心したような息を吐いた。
「この海賊供を動けない様に縛ってください。後に海軍へ引き渡します」
「...それでいいの?」
「いいんです。これで、いいんです」
「オッケー、当人がそれでいいならあたしらは何も言わないよ。んじゃみんなー!最後のお仕事頑張ってこー」
気の抜ける様な娘の号令に男たちは動き出し、荒縄で海賊たちを手際よく縛っていく。
自分も手伝う立場であることは分かっているが力が抜けて、再びその場に尻餅をついた。
「大丈夫?」娘が膝を抱えてクラウスを覗き込む。
「ああ、大丈夫。すまない、腰が抜けてしまった」
「こっちの事はあたし達に任せてよ。ちゃんとその、かいぐん?に引き渡すまで牢屋に入れとくからさ」
「何から何まですまない。その、君はどうして赤の他人である俺たちにここまで良くしてくれるんだ?」
「んー、成り行きだったけど頼まれたから」
「国の者にか?」
「うん、ニーナってお姫様から」
娘の口から出てきた名前にクラウスの表情が凍り付く。
「にー、な」
「そう。ニーナにクラウスを助けてってお願いされた」
「う、嘘だ!!!!!」
クラウスは思わず声を荒げる。
その名の人は自分の目の前で犯され首を刎ねられ死んだ、この国の姫の名前だった。
「なんの冗談だ!!!命の恩人とは言え、あの方の名で偽りを申すなら容赦せんぞ!!!」
「え、嘘じゃないよ失敬な。まぁそこら辺も含めて説明するから落ち着、」
「これが落ち着いていられるかッ!!」
「あ、マジでホント危ないよ」
娘の胸倉を掴み上げたその時、四方八方からヒヤリとしたモノが宛てがわれた。
「ダメだよみんな。刀仕舞って」
気付けば、6人分の刀がクラウスの急所に宛てがわれていた。
腹には美少年が2人、首には青年と山伏、背後には大太刀の男、頭上には獣の息遣いも聞こえてくる。クラウスはすぐ傍に死を感じた。
「不躾な主で申し訳ないね、彼女の説明不足で混乱させてしまったようだ。しかし彼女は仮にも僕らの大事な主なんだ、出来ればその手を下ろしてほしい。でないと僕は君の手を斬り飛ばさなければならない」
胸倉を掴む手を尋常じゃない握力で押さえ込み、刀を添える美丈夫の目は恐ろしく冷たい。
それはフロムットに与えられた恐怖を上回るほどの殺気だった。
「あーごめんねクラウスさん。迂闊でした、ちゃんと説明はするから取り敢えず落ち着いて?」
じゃないと貴方が死んでしまう、と暗に警告する娘にクラウスは手を離すしかなかった。
登場した刀剣男士
●歌仙兼定(極)
∟霊力審神者の初期刀様。オカン
●山伏国広
∟初太刀。修行大好きな筋肉
●五虎退(極)
∟初鍛刀。審神者離れが出来ない
●堀川国広(極)
∟初脇差。闇討ち暗殺お手の物
●今剣(極)
∟三条一派のしっかり者。審神者セコム
●弥々切丸
∟新参者。10歳になりました。