死者の声を聞け 作:ぺったんこ
9月だというのに年々暑くなっていく残暑にやられた審神者は半袖短パンと少年のような格好で縁側に座り、氷水が入ったタライに足を沈めて涼んでいた。そこに内番姿(上着なし)で現れた蛍丸が上機嫌な表情を浮かべてやって来る。
小走りで駆けてくる小さい子に気付いた審神者はほたるーん、と力無く手を挙げた。
「ねえねえ、俺ね昨日誉100回取ったでしょ?主、覚えてる?」
「覚えてるよー。ご褒美何にするか決まった?」
刀剣たちの士気を上げる為に審神者が考案した『誉100回取ったで賞』。
その名前の通り、戦で誉を合計100回取った刀剣には審神者から1つだけご褒美を貰える。もしくは願いを1つ叶えて貰える。
ただし歴史を変えたい、神隠し等無茶なお願いは除外。勿論審神者に対する不埒な申出も却下。節度を守った常識範囲内であることが条件だ。
他の本丸でもこの案は実施されているだけあって効果は絶大、刀剣たちの士気はうなぎ登り。
そして昨日の戦で誉100回を達成した蛍丸は審神者に一日時間を貰い、褒美を何にするか考えた。
「うん。俺ね、ご褒美はプールがいいなー」
「プール?」
「おいおい、蛍。幾ら何でもプールは無茶だろ」
「えー?ダメ?」
小柄な身体で大太刀を振り回し敵を屠る蛍丸が自分のベビーフェイスを活かし、審神者の膝に頭乗せて甘える。
それだけでデレデレと締まりない顔になる審神者のなんと情けない事。審神者と並んで縁側から足を投げ出していた愛染国俊が兄弟の無茶振りを咎めた。2人の後ろには来派の保護者、明石国行が座布団を畳んで枕替わりにして背を向けて横たわっている。
「でもこの間演練で会った薩摩国にいる『俺』の本丸にはプールがあるって言ってたよ?こんなに暑いんだし俺もプール入りたい。国俊もプール入りたいよね」
「え?....あー、まぁー..」
「プールやなくても海があるんやから、粟田口の坊ちゃんたち誘って行ったらいいやろ」
愛染がプールの魅力に感化されかけているのを見兼ねた明石が横たわったまま審神者たちの方へ体を向けた。
しかし明石の提案に蛍丸は頬を膨らませる。どうやらお気に召さなかったようだ。
「国行分かってない。海も良いけどプールにはプールの良さがあるの!」
「我儘言いな。他所は他所うちはうち」
この話は終わりや、と背中を向けて再び寝入る明石に蛍丸の頬がますます膨らむ。
こうなった蛍丸は納得がいくまで拗ねまくる。拗ねた蛍丸は面倒くさい、ネガティブモードに入った山姥切国広と大典太光世並みに面倒くさい。
先程から一言も喋らないが審神者はどうするのかと愛染が見上げると、彼女は顎に指を当てて考え込んでいた。
「プールかー」
「え?マジで作るのか?」
「ダメ元だけどねー。やってみよか!」
「ほんと!?主!」
「主はん、あんま蛍を甘やかさんで下さい」
「まあまあ。いいじゃんいいじゃん」
審神者は蛍丸を膝から降ろすと執務室の棚を漁り始める。その背中に溜息をついた明石が一言。
「自分、止めましたからね..」
※
「ここの敷地が空いてるからここに作ろうか」
棚から本丸の見取り地図を取り出した審神者が地図を見ながら暫く歩いていくと拓けた場所で足を止めた。
その周囲には途中で主がプールを作ると知った粟田口の短刀衆や暇潰しがてら見物にやって来た刀が集まっている。審神者は地面に地図を広げた。
「ほたるん、どんなのが良いかリクエストあるー?」
「これ!こんなのがいい!」
テンションが振り切って頬を紅潮させただ蛍丸が審神者の前に雑誌を広げる。
そのページは人気プールの特集で遊園地にあるような入り組んだウォータースライダー付きのプールが載っている。
成る程、これは憧れるわ。審神者は写真を頭に叩き込むと地図の拓けた部分に人差し指を乗せた。
目を閉じた審神者は頭の中で植木に水を注ぐように優しく、鉢から溢れない量をイメージしながら霊力を地図に注いだ。
頬に風を感じたその時、周囲から歓声が上がった。
「すっげー!主さん!!ほんとに作っちまった!!」
「わーい!主ありがとー!大好き!!」
「ぐふっ」
蛍丸が首に腕を回して抱きついてきた。流石大太刀、一瞬息が止まったが彼に対する愛が上回り小さな身体を抱き返す。
彼の肩越しから見える思ったより立派に出来たウォータースライダーに審神者はほっと息を吐いた。
「蛍、主はん潰れるで」
「わ。ごめんなさい、つい」
保護者の一声で蛍丸の腕が瞬時に引っ込む。
審神者は心なしか沈んだ様子の蛍丸の頭を撫でて快活に笑った。
「良いって良いって!それよりみんなと一緒に水着取ってきなよ、スライダー混んじゃうよ!」
「、うん!」
照れ臭そうに笑った蛍丸は自分を待っていた愛染と一緒に屋敷の中へと入っていく。
プールには既に水着に着替えた者たちから次々と入水し、いつ買ったのか水鉄砲まで持ち出して遊んでいる刀剣もいる。
かと思えばバシャン!!と水柱が上がった。今剣を抱えた岩融が早速スライダーを満喫しているようだ。
蛍丸の褒美のつもりだったが結果的に暑さで気が滅入っていた刀剣たちの為になった事に審神者は満足気に頷く。
すると頭上から溜息が落ちてきた。
「こんなん、ぽんぽん出しとったらいざって時霊力不足でバテるで」
「んー。不足になったことが無いからいまいち加減が分からん」
「そうでっしゃろうな。今も湧き水のように溢れてますわ」
「ならいいじゃん。折角あるものを使わないなんて、えーと宝の持ち腐れだよー」
「....それ、あの人の前でも言えますん?」
「うん?」
審神者が振り返った先には、包丁を持った鬼がいました。
「げェ!?」
「主...キミって人はッッ」
「か、かせーん」
我が本丸の初期刀の眼孔に睨まれた審神者の背中がピッと伸び、明石は背後で彼女の冥福を祈り合掌する。
「ほぎゃああああぁあぁぁぁぁぁ」
刀剣たちのはしゃぐ声に混ざって、青空広がる本丸に審神者の悲鳴が轟いた。
※
決して広くは無い縁側で海パン姿の男士たちが敷き詰めるように集まり、審神者室の中を気の毒そうに覗いてる。
腕を組み絶対零度の眼差しをした歌仙兼定の前には審神者と巻き込まれた明石が正座をさせられていた。
「主、君は何度言えば僕の言い付けを守れるようになるだい?」
「えっと...」
「それとも僕との約束1つ覚えられないくらい、君の脳味噌はポンコツなのかい?」
「うーん...」
「ハッキリしなさい」(畳みドンッ)
「はい!あたしは歌仙の言い付けを破りました!」
数分前。
燭台切光忠と共に陽が落ちてから行われる新入りの歓迎会で振る舞う料理の下準備をしていた歌仙は突如感じ取った審神者の膨大な霊力に何事かと慌てて包丁を持ったまま厨を飛び出した。
来てみれば平地だった場所に入り組んだ滑り台と短刀が読んでいる子供雑誌に載っているプールとやらが建ち上がっているではないか。
先程の膨大な霊力、考えるまでもない。すぐさまこれが審神者の仕業だと確信した歌仙は満足気にプールを眺めている審神者の頭に拳骨を落とし、今に至る。
「言ってみるんだ。僕との約束、一言、一句、間違わずに」
「『無駄に霊力を使わない。使う時は僕にちゃんと相談すること』」
「分かっているのに守れないのはどうしてなんだ」
「いやー。しつこく守れと言われると逆のことがしたくなるのは人間の性だね」
「そうかい、拳骨が欲しいならそう言ってくれ。いくらでも落としてあげるよ」
「ごめんなさいごめんなさい!!!」
影が差した笑顔で拳を振り上げる歌仙に審神者は両手で頭を守る。
見兼ねた明石が言わんこっちゃない、と呆れながらもフォローをしようと口を開く前に初期刀の絶対零度がこちらにも向いて思わず肩が跳ねる。
「明石、君は今日の近侍だったね。どうして彼女を止めなかった?」
「あー...うん。自分は止めましたよ」
彼の目に怖気ずき、フォローに回るどころか保身の為に審神者を売った明石国行。
凄い目で見てくる審神者に明石はごめんポーズをとった。
彼らのやり取りに呆れた歌仙が額に手を当てて深い溜息を吐けば、審神者は弱々しくごめん、と再び頭を下げた。
「何度も言ってるけど、次霊力を使う時は僕に相談して。例え有り余った霊力でも使い過ぎは身体に毒なんだ、それもあんなに一気に使ってもしもの事があったら...君が倒れてからじゃ遅いんだ。分かってくれるね?」
「はい...」
「うん、いい子だ」
行ってよろしい、と歌仙からお許しが出るとホッと息を吐いて正座を崩した審神者は痺れる足を引き摺るようにして退散。刀剣たちも彼の雷が収まり一安心、出てきた審神者へドンマイと声を掛けている。
「すんまへんな歌仙さん、あれ作らせたんは蛍の我儘やねん」
「知ってるよ」
「何や。知ってましたん」
明石も正座を崩し膝の上で頬杖をつく。
「彼女は自分の為に霊力を一度も使った事が無いからね。今回も誰かにお願いされて作ったんだろうと思ったよ」
歌仙は涙目の蛍丸に謝られておどおどしていている審神者を見て苦笑いを浮かべる。
「なら、あないに怒らんでも良かったんちゃう?」
「何事も限度ってものがあるだろう?それを易々と彼女は越えてしまうから心配なんだ、誰かがストッパーにならないと自覚のない彼女は気付かない。ストッパー役は近侍の仕事に含まれているんだが...ちゃんと申し送りを聞いてなかったのかい?」
「あー...聞いたような、聞かなかったような...」
「全く...次から気を付け給え」
「はいはい」
思わずイラっとする様な気の抜けた返事だが、これが明石国行という刀の性分だと割り切り不満を溜息にのせて吐いた。ふと、歌仙はいつまで経っても姿を現さない政府の狐の存在を思い出し明石に尋ねた。
「ところで明石、執務中にこんのすけがそっちに現れなかったかい?」
「いーや、来てまへんよ。そういやぁ見かけまへんな」
「もういい時間だしね、そろそろ合戦で今日のノルマを熟さなければ新人の歓迎会が遅れてしまう」
「せやけど予定表持ってるこんのすけがおらんと何処に向かったらいいか分からんで?」
「無いならこれを使え」
腕を組んで考えている歌仙と指示を待つ明石の間に用紙を持った手が差し出される。
最近政府から監察官として本丸に現れ、そのまま審神者の刀剣男士として仕えることになった内番姿の山姥切長義が立っていた。
「予定表じゃないか。どうして君がこれを?」
「俺が近侍の時状況把握の為こんのすけに頼んでコピーを貰った。彼女に持たせると書類に埋もれて失くしてしまいそうだったんで、俺が預かっていた」
「正しい判断だ、助かったよ長義」
「主はん、よう書類失くすもんなぁ」
礼には及ばない、と内番に戻る長義を見送った歌仙は刀剣たちに慰められている審神者に声を掛けた。
「主!そろそろ出陣しないと弥々切丸さんの歓迎会が遅れるよ」
「まじでか。でもまだこんちゃん来てないよ?」
「長義がコピーを持ってたお陰で出陣は問題ないよ。念のため出陣組みを見送ったら君からこんのすけに連絡をとってくれ」
「はいよー。んじゃ今から呼ぶ人は着替えてきてね、呼ばれなかった人は引き続きプールを楽しんで来て下さーい」
「「「はーい」」」
この時、能天気な審神者は疎か優秀な初期刀ですら想像していなかった。
過去どころか未来ですらない、全く別の世界と繋がってしまっていることに。
※
新参者の祢々切丸を部隊長に、本丸きっての刀剣たちをサポート役として編成し審神者は近侍と共に玄関で見送った。
「全く歌仙はとことんあたしを信用してないよね。ちゃんと連絡するっての」
「数えきれんほど前科があるお人の台詞とは思えへん発言やな」
最後の最後まで「連絡する様に、いいかい?絶対だよ」と歌仙に何度も念を押された審神者は彼のしつこさに目くじらを立てていた。
「そこまで言い張るんやったらちゃんとして下さいよー」
「分かってるって。明石見ててよ?あたしがちゃんと連絡してるところ」
「何でやねん」
明石は心底めんどくさそうな口ぶりで言った。
「証人!あたしがちゃんと連絡しましたよーって言う証人じゃん。断ったら眼鏡没収な」
「地味な嫌がらせやめぃ。わかりましたから早よ電話しーや」
「おーし!今からするぞー!」
疲れるわ、と眼鏡をズラし指で目頭を解していると審神者がスマホ片手に眉間を寄せていた。
「どないしました?」
「....ない」
「なんて?」
「繋がらない。こんちゃんと繋がらない」
「はい?貸してみぃ」
思わず声が裏返る。審神者からスマホを受け取り耳を当ててみるとツーーとビジートーンが鳴っていた。
「話し中とちゃいますん?」
「コールすら鳴らなかったよ」
「壊れたか...?」
少しスマホを弄ってみるがアンテナは三本直立、刀剣グループへのメッセージも問題なく送信出来る。
その他機能も特にバグっているわけでもない。玄関先で2人揃って首を傾げていると、玄関の引き戸が勢い良く開いた。
「あるじさま!いちだいじです!」
「わ、吃驚した。丁度いいやいまつるちゃん、まだ外に歌仙いる?」
慌てた様子で飛び込んできた今剣を受け止めるが、彼は審神者の手を握ると外へと急がす。
「そんなことより!いちだいじですよ、あるじさま!はやくきてください!」
子供姿の短刀でも流石は刀剣男士。
引き摺るように審神者を外へと連れ出そうする今剣を明石は制止させ、審神者に靴を履かせると共に門へと向かった。
※
様々な過去の歴史へと繋がる門前に着くと、時空転送装置の前で祢々切丸に羽交締めにされた歌仙がいた。
初期刀御乱心か。審神者は恐る恐ると声を掛けた。
「ど、どうしたの」
「時空転移装置が誤作動を起こして動かなくなってしまったんです。あの手この手と調べたんですが一向に動かなくて...そしたら痺れを切らした歌仙さんが一発思っ切り叩けば動くんじゃないかなって構え出したので祢々切丸さんが止めてくれました」
「物騒!!本丸のテレビじゃないんだから!!」
「め、面目無い...」
堀川国広の分かりやすい報告内容に審神者は慄けば頭が冷えて、もとの落ち着きを取り戻した歌仙が苦笑いを浮かべた。
「もー!あるじさま!!もっとだいじなことがあるでしょう!?」
目くじらを立てた今剣が膨れっ面で能天気な審神者を見上げる。
「あ、そうか。時空転移装置が誤作動ってどう言うこと?」
「言葉の通りである。どう言うわけか設定した合戦場ではなく、見たことも無い場所に繋がってしまったようでな」
「装置とやらも動かなくなってしまった。主よ、この場所に見覚えはあるか?」
「んーー」
審神者は門を少しだけ開けて外を覗いて見ると、そこはなんと不気味で薄暗いところだろうか。
辛うじて生えている草木は茶色く腐り川の干上がった跡がある。水が足りないのか田畑に成っている作物はどれも枯れていて乾燥している。周りに危険は無く、審神者はもう少しだけ身を乗り出す。何処もかしこも見るに堪えない侘しい場所に審神者も気分が滅入る思いだった。
「ひっどいね...捨てられた土地なのかな。てか、天気悪っ」
「主様っ...あ、あまりお外に出ると危ないですよぅ..!」
「あんさん仮にも主やっちゅーのに無防備過ぎるわ」
「仮にって失敬な」
五虎退に袖を引かれ、彼が連れている虎に首根っこを噛まれて連れ戻された審神者が門の内側に引き寄せられる。
「取り敢えず皆を居間に集めて状況把握といこうか。迂闊に外へ出ないよう主は全刀剣男士に連絡を」
「合点しょ、...」
合点承知と言おうとした時、審神者の言葉が急に途切れた。
「主、如何した」
祢々切丸は固まる審神者の傍で膝をつき、心配そうな顔付きで覗き込む。
「何か...門の外にいた」
と、言い終わる前に国広兄弟が素早く門を閉めると鯉口を切る。
明石に抱えられた審神者が瞬時に下がれば、祢々切丸は盾のように立ちはだかり、その前を抜刀した歌仙と短刀2人が刀を構えていた。
「主はん、何が見えましたん」
「あーごめん。一瞬しか見えなかった、でも時間遡行軍じゃないのは確かだよ」
「あんさんの霊力に肖ろうちゅー不届きもんかいな」
「...ううん。そこまで嫌な気配じゃなかった...なんか、もっとこう...」
適切な言葉が思い付かず、審神者が口をまごまごさせている間に外から門を叩く音がした。
『だれか...だれかそこに、いるのですか...』
今にも消えてしまいそうな、弱々しい女の声だった。
この土地の惨状を垣間見た人間なら怪我をしているのか、もしくは空腹で弱っているのかと女を招き入れる所だが、生憎ここは霊力審神者と付喪神が住む本丸だ。女の声が生気の宿っていない『死者』の声だとすぐに判別できた。
『お願いします、はなしを...はなしを聞いてください...』
「主、耳を傾けてはいけないよ。今剣、すぐににっかり青江を、」
振り返った先にいる明石の腕に、審神者はすでに居なかった。
「はいはーい。今開けますよーっと」
「きみぃぃいいぃいぃ!!!!」
「はわわわわっ主さまぁぁあ...!」
五虎退と虎が慌てて審神者の後ろを追いかける。
審神者をしっかり抱えていなかった明石と易々と通した祢々切丸へ今剣がキッと睨みつけた。
「あかし!ねねきりまる!おまえたち、なにをしているのですか!!」
「無茶言わんといてください。気付いたら主はん、もうおらんかったんですわ」
「め、面目無い...」
「もー!これだからきどうりょくのないかたなわー!」
今剣が地団駄を踏んでいる間にも審神者は門を開けようとしている。それを必死に止める国広兄弟。
五虎退と虎も追い付き加勢に加わるも、何やら使命感に駆られている審神者にたじたじとなっていた。
「大丈夫だって!そんな悪い気配してないし、話聞いたら成仏してくれるかもよ!」
「そもそも関わっちゃダメなんですって!何かあったらどうするんですか!」
「堀川心配し過ぎ!その時は石切さんとたろさんにハラキヨしてもらえばいいじゃん」
「それ取り憑かれる前提じゃないですか!兄弟っ主さん抱えて!」
「山伏っ邪魔したら暫く山修行禁止だよ」
「ぬぅ!?なんと!!」
『あの..わたくしの声は、きこえてますか..』
「ほらー!無視するから幽霊さん不安がってるじゃん。聞こえてるよー今開けますねー」
「もぉぉぉぉ...ほんっっとに後先考えないんだからっ。兄弟、五虎退くん」
堀川からアイコンタクトを受け取った2人が頷き、いつでも刀を抜けよう柄に手を添える。
審神者の開門を合図に3人は体制を低くして構えた。
「こんにちは。何かご用ですかー?」
「良かった..やはり貴女にはわたくしの姿や声が届くのですね...!」
門の前には銀色のドレスを纏った女性が両端の裾を持ち上げてお辞儀をする。
その洗礼された動きはまごう事なき何処かのお姫様の仕草そのもの、長い亜麻色の髪束は片方の肩に流し色取り取りの花が散りばめられ、御伽噺に出てくるラプンツェル姫を想起させた。
色白でキリリとした眉にこぼれ落ちそうな大きな瞳、目の覚めるような美しい顔立ちに刀剣男士も同性である審神者もほう、と感嘆の溜息を吐く。
「「「(お姫様みたい)」」」
「わたくし、ユナフィート王国第三皇女ニーナと言います」
「「「(あ、マジのお姫様だった)」」」
「って、ユナフィート王国?」
一足先に我に返った審神者が聞いたことのない国名に声を上げた。
「はい...そこまで名の知れた国ではありませんが知る人ぞ知る、作物や漁業の名産地でございます」
「ほほう。それはまた豊かな国である」
「やはり、ご存知ではないのですね」
妙に引っ掛かりを覚えるニーナ姫の発言に一同は首傾げる。
「やはり?」
「事情は分かりませんが、あなた方は別の世界からいらっしゃったのでは?」
「...まぁそうなるのかな?この時代は見覚えないし。でもそれをどうして、その..失礼だけど死んだあなたが分かるの?」
審神者の無礼な物言いにもニーナ姫は憤ることなく、寧ろ物虚しげな表情で語った。
「わたくし、死者となってからいつもこの国を彷徨っていましたの。昨日までただの荒地でしたここに見慣れぬ建物がありましたので調べに参りました。...また、海賊たちが国民を苦しめる為に建てたものではないかと心配になり...」
「海賊?海賊ってパイレーツの方?」
「他にどの様な意味があるのか箱入り娘ゆえ知りませんが、恐らく」
「大至急」
審神者は堀川たちを集めると雁首揃えて頭を付き合わせた。
「海賊って何時代?そんな合戦場実装されてた?」
「うーん...記憶にないなぁ。兄弟は?」
「拙僧も思い当たる節は...そもそも日の本に海賊はいたか?」
「す、水軍のこと...ですかね?」
「でも国の名前がっつりカタカナ表示だよ?」
「欧州って事ですか?それにしては日本語に違和感が...」
「あの、もし...」
突然蚊帳の外にされたニーナ姫が心配そうにこちらを覗き込もうとしている。
取り敢えず解散して審神者は軽く謝りながら正面に立つ。
「ごめんごめん、えっと...さっき国民が苦しめられてるって言ったね?こんな状況なのって海賊と関係ある感じですか?」
「...お恥ずかしながら国は海賊に屈しました。お陰で国は荒れ果て商人は寄り付かなくなり瞬く間に国は滅びました。川の水が枯れてしまい作物が育たず、漸く収穫出来た僅かな食料も海賊たちに搾取され、それでも海賊たちに食料を献上する為、国民は身体に鞭を打ち働く毎日...わたくし、見ていられなくて...!!」
「おっと..不穏な気配を察知」
「主さん。茶化さない」
ニーナ姫は顔を覆いわっ、と泣き出した。
「わたくしがいけないのです...!願いとは言えあんな呪いにも似たようなことを彼に言ってしまったが為に...!ああックラウス...!」
「クラウス?」
「我が国誇る騎士団の団長を務める騎士です。王国の為にいつも尽くしてくれた彼に国民を託しました...クラウスは私の願いを今も忠実に守り生き残った国民たちの盾となり続けています、しかしもう彼は限界ですっ!」
呆ける審神者の手をニーナ姫が取ると鳴る鯉口。
しかし彼女は斬られる覚悟で手を握り締めて縋るように願った。
「どうかお願いします...!!クラウスを救ってください!!あなた方がどこの誰でも、異世界の方でも構いません!もうこれ以上彼と国民が理不尽に傷付いていくのは見たくないのです!!」
彼女の魂からの叫びに刀に手を添えていた刀剣たちの意志がブレる。
人の想いから生まれた付喪神である彼らの魂に彼女の声が真摯に届いたからだ。
この状況で無ければ叶えてやりたいが、今自分たちは右も左も分からない迷子同然。おまけにここは異世界ときた。
訳も分からないまま本丸に主や仲間を残して行くのも、外に主を連れ出すのも憚れる。
何より刀剣男士というモノは人の歴史に関与してはならない。あくまで歴史を変えようと動く時間遡行軍を殲滅する為に彼らは存在する。
仮にクラウスなる者を救ったとしてそれがこの国の歴史にどう影響を及ぼすか計り知れない。
時の政府に事が知れれば審神者は歴史修正主義者として罰せられるだろう。ことは慎重に考えていかなければならないと言うのに...。
「いいよ」
「本当ですか!?」
「もおおおお主さぁぁああんん」
この審神者、本当に後先考えない。
「主殿、簡単に申されるが事の重大さを理解しておられるか?」
「審神者そこまで能天気じゃないよー流石に。政府にバレたら切腹ものだもんね」
「ならば何ゆえ..」
ニーナ姫の手を解き、刀剣男士と向き合った審神者は当たり前のように言ってのけた。
「女の子が泣いて頼んでるんだよ?ここまで聞いといて無碍にできるほどあたし人間捨ててないよ」
彼女に負けない、寧ろそれ以上に一片の偽りない力強い声に刀剣男士の魂が震える。
すると引っ込み思案な五虎退が自ら前に出て、審神者の袖をきゅっと握り締めた。
「僕は、主様について行きます。僕もお姫様のお願い、叶えてあげたい..から」
「お?ごこちゃん賛成派?」
「はい。ただ他所の刀に..主様のお腹は譲れません..!切腹には僕を使って下さいね?」
「あはー物騒!了解、切腹はごこちゃんにお任せしまーす。で?国広兄弟はどうする?」
2人は互いに肩を竦め合うと堀川は苦笑いを浮かべ、山伏は声を上げて笑った。
「仕方ないですね。もしもの時は僕が政府を説き伏せてやりますよ」
「カッカッカ!両人の熱い想い、この山伏国広がしかと受け止めた!!賊どもに灸を据えてやろう!!」
「うちの刀剣頼もし過ぎて惚れるわー。かせーん!!そういう事だからーー!!」
後ろで話を聞いていた放ったらかしだった歌仙たちに声を掛ける審神者。どうやら決定事項のようだ。
「主はんあないな事言ってますけど..どーしますのん、初期刀さま」
「我に異議はない。民を守る為とあらば微力ながら力を貸そう」
「かせん、どうしますか?」
今までにない大きな溜息を吐く歌仙。もし溜息を吐くと幸せが逃げると言う謂れが本当であれば、歌仙の幸運は既に底をついているだろう。
「僕に指示を仰ぐまでもない..あの子は一度決めると梃子でも曲げないからね。後のことはみんなで考えよう」
「初期刀ってのも大変やな。胃薬要ります?」
「...貰おうかな」
今剣が審神者に向かって手を振ればそれを承諾と受け取り、俯くニーナ姫の手を握り審神者は言った。
「あなたのお願い、審神者が聞き届けました!」
「ッッ..ありがとうございます、ありがとうございますッッ」
止めどなく流れる涙が審神者の手に落ちる。
「約束する。絶対助けるから」
彼女の苦難と無念の日々が流れ込み、審神者の中でこんこんと怒りが湧き起こっていた。
登場した刀剣男士
●愛染国俊(極)
∟祭り好き。蛍丸のストッパーたが流され易い
●蛍丸
∟初大太刀。甘え上手
●明石国行
∟意外と保護者してる。眼鏡
●山姥切長義
∟数少ない常識刀。愛すべき捻くれ者