死者の声を聞け 作:ぺったんこ
「------って事がありまして、ニーナさんの願いを叶えるために貴方を助けました。ここまでオッケー?」
「すまない..余りにも非現実的なことに理解がまだ...」
クラウスは審神者が語るニーナ姫との邂逅、そして彼女たちが異世界からやって来たという突拍子も無いカミングアウトに頭を捻らせていた。
本丸で軽い手当を受けた彼は今、居間で慣れない畳みと呼ばれる床に胡座をかいて座っている。
目の前には上座(クラウスの世界だ言う玉座)に座る審神者と、傍に控える歌仙兼定。
部屋の両端には変わった武装をした屈強な大男から幼い子供までの男たちが整列しクラウスを見つめている。
「(歓迎は...されていないか)」
明らか様な敵意を向けられている訳ではないが、居心地のいい視線でもない。
物珍しげに見てくる者もいれば、品定めのように見てくる者もいる。
それに全員が見目麗しい美丈夫や美少年、男前な者たちであるからか尻込みしてしまう。
何より、先程審神者の言葉に嘘偽りが無ければここに居るこの娘以外、全員が鉄から生まれた『刀』と考えると薄ら寒さも感じた。
「うーん。あたしたちの存在は疑って貰っても構わないよ?無償で助けてくれるお人好しぐらいに考えといて」
「あ、いや。疑っているわけでは..!!」
「おい貴様、先程から聞いていれば主に何度同じ説明をさせている」
そう言えば、いた。1人だけやたらと敵意剥き出しの男が。
「主とて暇ではないのだ、貴重な時間をわざわざ貴様如きの為に割いて主自ら説明をして下さっているというのに...その頭は飾りか?一度で理解しろ」
へし切長谷部。忠義に厚く真面目で審神者界の間でも随一頼り甲斐のある刀剣男士だ。
彼だけが唯一クラウスに敵意を向けて何かと突っかかっていた。
主の為とは言え明らか様にイビっていく彼に内心男士たちは引き気味だ。お客様としてクラウスを招いた審神者もこれには一声掛ける。
「こらそこー。姑みたいなイビリ方しなーい」
「しかし主っこの男の態度ときたら..」
それでも納得がいかない長谷部。2人の売り言葉に買い言葉を聞いている内にクラウスは肩身はどんどん狭んでいく。
そんなクラウスに声を掛ける刀剣男士がいた。
「悪ィなクラウスの旦那」
クラウスの手当を担当した薬研藤四郎という美少年だった。
「いや..此方こそ煮え切らない返事ばかりで申し訳ない..」
「それこそアンタが謝る事じゃない。いきなり死者からの伝言や異世界から来た、極め付けには俺たちが実は人間じゃないときた。アンタの理解が追いつかないのも無理はねェ。長谷部の旦那のあれは..あー、もう病気みてーなもんだ」
悪いやつじゃないんだけどな、と最後に彼のフォローまで熟す薬研。子供の容姿とは裏腹に大人びた佇まいにクラウスは感心する。
まるで自分と同年代、寧ろそれ以上に人生を経験した者と対峙しているような錯覚さえ覚えた。
「アンタは大将が招いた客人だ、こう見えて信用はしてるんだぜ」
「お気遣い痛み入る、ありがとう」
「いいってことよ!」
彼は大人顔負けな捨て台詞を最後に列へと戻っていく。
励まされ、少し気分が落ち着いてきたクラウスが審神者に向き合えば彼との口論も集約していた。
心なしかこの世の終わりを見たかのような、蒼白な表情となっている。
「あの..彼に何を」
「ん?クラウスさん虐めたらもう髪の毛梳かせてあげないよって言った」
「...」
思わず大袈裟な男だと喉まで出かかった言葉をクラウスは飲み込んだ。
「話しは戻るけど、ぶちゃけあたしたちのことはどうでもいいよ。あたし達はニーナさんのお願いを叶えるまではこの国に居座るつもりだから」
「問題ない。...恥ずかしながら俺たちだけではもうどうにもならなかった、あなた方のような強力な助っ人を得られ心強い。それにあの遺言は姫様が俺にだけ託した願いだ...貴方を信じる」
クラウスの目に嘘偽りはない。審神者は安堵の溜息を吐いた。
「よかったー!んじゃお昼ご飯にしよー!もうお腹ぺこぺこっクラウスさんも食べて行きなよー何も食べてないんでしょ?」
「お心遣い痛み入る。が、俺だけ食事を頂く訳にはいかない。街には俺以上に飢えている者もいるので」
「あ、そっか。んじゃ外で炊き出しする?しちゃう!?まだお米とかいっぱいあったよね!?」
目をキラキラとさせた審神者が上座からいきり立った。
「何日も空きっ腹だったお腹に重たいもの入れちゃうと吐いちゃうんだっけ?お粥!!お粥に決定!!お肉とか食べたい人もいると思うからササミも用意して!歌仙、材料足りそう?」
「あるにはあるが..それら材料は祢々切丸さんの歓迎会で振る舞うものだよ。1人分の食事くらいなら用意できるが民の分はせいぜい庭に実っている果実くらいだ」
「ま、まじか。果実じゃ腹は膨れん..!」
悩む審神者にこれ以上の気遣いは無用だと声を上げるクラウスだが、祢々切丸が前へと出た。
「主よ。我の歓迎会はいつでも構わん、食事は全て民に振舞って欲しい」
「んんんんんッ絶対後日やるからね!絶対だからね!ありがと祢々さん男前好き!!!!」
「はっはっ、厚い胸は好きか?」
「ちょおおお好きいいいい」
勢いよく胸板に飛び込んできた審神者を易々と抱き込む祢々切丸。それを、はしたないと咎める歌仙の隣で姑長谷部がギリィィと歯軋りしている。
出遅れてしまったクラウスは久し振りに触れる人の暖かさに、思わず目の前が霞み少し溢れてしまった涙を拭う。その時、誰かがクラウスの肩に遠慮がちに触れた。
「ごめんね、僕たちまだ外に出たことがないんだ、クラウスくんが良ければ街まで案内を頼みたくて」
「勿論だ。すまない..君たちの大事な食料を..」
「気にしないで、困った時はお互い様ってね。僕は燭台切光忠、本丸の厨を任されててね、味には自信あるよ!」
「何から何まで、申し訳ない...ありがとう」
パリッとしたスーツ姿の彼は一見取っ付き難そうな風貌だが、物腰の柔らかい声にクラウスの緊張も解けていく。
わいわい、と賑やかになっていく本丸。その時、小さな影が居間に飛び込んできた。
「主さん!!!大変だ!!!!」
切羽詰まった声に、本丸の空気がピンと張り詰めた。
✳︎
浮き足立っていた審神者は飛び込んできた武装した愛染国俊の報告に驚愕を顔に浮かべた。
「海賊の頭が逃げ出したぁああ!!?」
「ごめん主さん!俺が付いていながら面目ねぇ!」
愛染の報告によると荒縄でグルグル巻きして城の牢屋に閉じ込めていた海賊の様子を見に訪れた所、船長のフロムットだけが荒縄を残して牢屋から忽然と姿を消していたと。
「いやいや、歌仙たちちゃんと縛ってたよ?現に部下は牢屋に残ってたんでしょ?」
「おう..残ってた奴に聞いても口割らねぇし。あいつら!短刀だからって馬鹿にしやがって!」
「主、どうのように致しましょう。死なない程度に水責めにしましょうか?」
地団駄を踏む愛染の隣で長谷部がご随に、と主命を待つ。
「んー」
「もしやフロムットにも部下と同じ荒縄を使用したのか?」
審神者は頷く。クラウスは頭を抱えた。
「あの男は自然系の悪魔の実の能力者だ。あいつに普通の縄は通用しない」
「確か『キリキリの実』だっけ?山伏から聞いてるけど何で普通の縄じゃダメなの?」
「奴は身体を霧に変えてしまう蜃気楼人間だからだ。縄は疎か物理的攻撃も奴の身体をすり抜けてしまう」
「そ、そんなんずっこい!!」
反則だ!と抗議する審神者に構わずクラウスは続ける。
「自然系を打破する手段は2つ。奴らは能力を手に入れる代わりに海に嫌われる、海の結晶を埋め込んだ物や海水は奴らの能力を封じる武器になりこれらを海楼石と言う」
「もう一つは?」
「覇気という選ばれた者が扱えるオーラを纏った攻撃ならば通じる。しかしこれは相当の手練れの者にしか習得出来ないものだ。我々では精々海楼石を駆使して戦う術しか方法はない」
「な、なるほど..!流石異世界...!」
感心している場合か、と歌仙の口から小言が飛び出す。
「すまない..やはりあの時俺も手伝っていれば...」
「その海楼石ってのは持ってるんだ」
「あ、ああ!城の倉庫にあるはずだ」
「うーし。んじゃもう一度気絶さしてその海楼石でふんじばっちゃおう!」
あまりにも簡単に言って退けてしまう審神者にクラウスの米神から冷や汗が流れる。
「奴はもう此方の手の内を知ってる、もう油断も隙も奴は見せないだろう!」
「大丈夫、大丈夫!1回出来たんだからもう一度出来るでしょ」
「そ、そんな簡単に...」
愕然とするクラウスを余所に審神者は立ち上がりテキパキと刀剣に指示を飛ばす。
「第一部隊はあたしと一緒に国民を救出。第二部隊はクラウスさん連れて城から海楼石取ってきて。第三部隊は牢屋の中に他の能力者がいないかチェック、口割らないなら少ーしだけ痛め付けてよし」
「拝命いたします」
「あ、水責めはなしね?そこらに落ちてる手頃な丸太で、こー、ドンっ!!ってやるだけね」
「主命とあらば」
それ一歩加減を間違えれば終わるやつ、と刀剣たちは身震いする。
「第四部隊は他に脱走者がいないか偵察。居残り組は本丸の守備、救援が必要な場合連絡するから武装は解かないで」
「主さん急げっ!あいつ今、子供人質にとってやがるんだ!!」
「何それ下劣!!!ゲスの極み!!第一部隊出動ーー!!!」
外で待機させていた馬に刀剣男士が跨り、審神者も五虎退と共に彼の虎に跨ると駆け出した。
逸る心臓を無理矢理落ち着かせているクラウスの隣に第二部隊が並んだ。
「部隊長の薬研藤四郎だ。頼むぜクラウスの旦那」
「ああ、了解した」
国民と、そして審神者の武運を祈りクラウスも馬に跨り第二部隊を引き連れ城へ疾った。
✳︎
一方その頃、クラウスの想像通り身体を霧に変えて牢から脱走したフロムットは少年を人質にして獣のように吠えていた。
「あの小娘どもを出せぇぇええ!!!この俺をコケにしたことを後悔させてやるうううああ!!」
余程審神者たちにへの恨みが強いのか怒髪天を衝き、四方八方にピストルをデタラメに打ち込んでいた。
それもその筈、負けた挙句に気付けば顔に屈辱的な落書きを施されていたのだ。これほど彼のプライドを傷付た者はかつてにいないだろう。
子供は怯えきってしまい、首根っこを掴まれ宙ぶらりんになった身体を守るように小さく纏っており、弾が被弾しないよう建物の陰に隠れる国民は今にも飛び出さんとする少年の母親を抑え込んでいた。
「でえええてええこおおおいいいいいい!!!」
国民は祈った。颯爽と現れて自分たちを救ってくれた男の存在を強く望んだ。
すると何処からともなく、怒声に混じって気の抜けた声が飛び込んできた。
「うっわー。めっちゃ怒ってる、ムカ着火ファイヤー」
「こら。そうやってすぐ茶化さない」
国民は自分たちを庇うように立ちはだかる小柄な娘に目を見開く。
そして彼女の後に続く男たちの中に、あの時救ってくれた山伏を視界に捉えると国民は歓喜の声を上げた。
「山伏様だ...!」
「山伏様が来てくださった..!!!」
「山伏さまーーー!!!」
止まない山伏コールに審神者は誇らしげに笑うと彼の腰を肘で小突く。
「大人気じゃん山伏ぃー!このこのっ!」
「カッカッカ!!いやはや照れますなァ!!」
「和気藹々としてる場合かい?彼、相当僕たちに恨みがあるみたいだよ」
呆れる歌仙が指すその先には、血走らせた双眸でこちらを射殺さんとするフロムット。
しかし、彼の顔を見た審神者は盛大に吹き出してしまった。
「ブッッッハ!!誰よあの人の額に肉って書いた子!!」
「ぼっくでーす!」
「いまつるちゃんナイスチョイスー!」
「いやいやぁ!あるじさまのう◯こも、なかなかのできばえですよー!」
「2人とも、火に油を注ぐって諺をご存知ですか?」
手を叩いて爆笑する2人に堀川が冷静にツッコミを入れる。
「一度ならず二度までも俺をコケにしやがったなッッッ!!!」
「何あの人。さっきより怒ってない?」
「もう主さんはお口チャック!!!」
まるで眼中に無い彼らの態度にフロムットの額に浮かぶ青筋ははち切れる寸前。ピストルを審神者に向けて照準を定めた。
「まあまあ。ちょとしたお茶目じゃん?貧血で倒れちゃうよー」
「うるせえ!!!俺はもうテメーら全員皆殺しにするまでは止まれねェんだよッッ!!!」
「部下と束になって勝てなかった人が、一人で挑むとか無謀と思うんだけど」
「無謀かどうか、テメーの目で確かめてみろ!!」
フロムットの身体が煙のように揺らめくと審神者と刀剣男士を囲むように霧が広がる。
やがてそれは人間一人分の大きさに分裂すると、霧は見る見るうちに人型になり何十人ものフロムットが現れた。
「わお。分身の術!!」
「数はざっと見て30人、刀装だけで半分以上は消し飛ばせるけど...」
「人質に当たっちゃうね。いまつるちゃん、任せた」
「まっかせてくださーい!」
フロムットは立ち尽くす審神者たちに優越感を覚えずにはおられず、高笑いをあげた。
「ぶははははッ!!部下がいなくても俺は俺自身を幾らでも増やせるんだよ!!テメーらだけで30人の俺を相手できんのか!?」
「主、危ないから僕たちより前に出てはいけないよ」
「おっけー、じっとしとく。予備があるから刀装壊れたら言ってね」
「無視してんじゃねーーよ!!!」
30人のフロムットの総ツッコミを受けても動じず、歌仙は小さい子ように審神者に言い聞かせていた。
「おいこっち見ねーか!!先にガキぶっ殺すぞ!!」
「やれやれ...君は子供を盾にしなければ虚勢も張れないのかい?嘆かわしいね」
「使える物は使う主義なんだ、悪いがその手の挑発には乗らねぇぞ」
「おや?意外と冷静じゃないか。城での君は見るに耐えない愚か者だったのに見違えたよ」
歌仙が感心、感心と心にもない賛称を送るたびにフロムットの額から、頬から無数の青筋が浮かび上がっていく。
「どうしよう。歌仙の煽っていくスタイルが好み過ぎて惚れる」
真顔で性癖をカミングアウトする審神者の頭を堀川は無言で押し込めた。
「能天気な小娘から見せしめに殺すつもりだったが気が変わった..まずはテメーからめちゃくちゃにしてやらァァ...!!」
「見せしめ..?」
あ、これ死んだわ。刀剣たちから溢れる不穏な空気を察知した審神者は静かに合掌した。
「かかれぇぇええ!!!」
喉太い号砲を合図に武器を構えた30人のフロムットが飛び掛る。
背後からの銃声、迫る斬撃、避けるそぶりを見せない歌仙に違和感を覚えつつもフロムットたちは武器を振り下ろした。
何度も武器を振り下ろしては止まない銃声、凄まじい衝撃の嵐に辺りは砂埃が舞い、審神者は思わず顔を覆う。
高みの見物気取りのフロムットは抵抗も虚しく潰れてしまった男の最期に笑いが止まらない。
暫くすると追撃は止み、静寂が辺りを包んだ。
「まずは一人だァ、次は...、」
その時、フロムットの足元に分身が勢い良く転がってきた。
「あァ?!」
分身の身体は肩から腰まで袈裟斬りにされている。その一撃が致命傷となり実態を保てず霧となって雲散した。
一人、また一人と呻き声を上げては分身が斬り伏せられていく様をフロムットは愕然と見つめるしか出来ない。
最後の分身が消えてなくなると、そこには傷一つない歌仙が装束に着いた砂埃を払い落としていた。
「終わりかい?」
「な、何だお前ッ...!?どうやって!!」
「簡単なことだ、攻め口より押し入り誅伐す。ありがとう、向かってきてくれたお陰で動く手間が省けたよ」
歌仙の麗しい笑顔はフロムットの恐怖心を煽るには十分すぎる威力を持っていた。
「そ、そんな、馬鹿な話があるかあああああ!!!!」
けたたましい怒声が轟き、フロムットの身体から再び数多の分身が形成されていく。
新たに生まれた分身たちは実態を得ると矢のような速さで歌仙に飛び掛かっていった。
「全く芸の無い..雅じゃないね」
それをまた一太刀で斬り捨てる。彼が刀を振るう度に翻るマントがまるで荒地に舞う蝶のようで殺伐とした戦場を華やかに魅せた。
着々と距離を詰めてくる蝶にフロムットの額から玉のような汗が大量に滲み出る。
自分もあの分身のようになる未来しか浮かばず、苦し紛れに捕まえていた人質を高らかに振り上げた。
「止まれえええ!!!テメーこの人質が見えねェのかああ!!」
「....」
歌仙の動きが少しだけ鈍った隙をフロムットは見逃さなかった。
「刀を降ろせ!!ガキの死体が転がっても、」
「そーれ!」
「ブフォオ"!!?」
鈍い衝撃が後頭部を襲い、思わず力が抜けたフロムットの手から子供が落ちる。
フロムットの後頭部を踏みつけ、身軽に飛び上がった今剣は落ちてきた子供を絶妙なバランスでキャッチして見せた。
「えへへー!ひとじち、だっかんでーす!」
覚える違和感。フロムットの思考は現状について行けず、退散していく今剣と人質を茫然と見送った。
「戦闘中だと言うのに、余所見とは随分余裕だね」
「!!!!」
気付けば、分身は全て消されて無くなり立ちはだかるは浮世離れした美丈夫が一人。
目に止まらぬ速さで足払いをかけられ、曇天と男の美しい笑顔が視界を占めた。
先程から覚える違和感の正体。こいつら...自然系の身体に易々と触れている。
「何なんだ...、お前らはっ『何』だ!!?」
「言ったところで君のような雅の欠片もない不埒者に、理解はできないよ」
刃毀れ一つない、美しい曲線美を描く刀が首筋に添えられる。
「待ってくれ!!!お前、おおお俺の部下にっ、いや副船長にならないか!?お前のような強い奴があんな小娘の下に付いてる理由は金だろ!?金で雇われてるんだろ!?俺なら10倍出せるぞ!!?城には財宝が沢山あるっ女も買ってやる!!お前の腕ならこの新世界の海でもやっていけるし頂点も夢じゃねえ!!なあ!?俺と手を組もう!!!」
はあああ。
深い深い溜息が上から降ってきた。
「命乞いは終わったかい?」
「へ」
「実に無駄な時間だった。よりにもよって初期刀であるこの僕の前で主に対し無礼な発言の数々」
「しょき..?なにいって、」
身も心も凍る憐れみと侮蔑を含んだ冷え切った双眸に見つめられたフロムットはまるで金縛りに掛かったように指の筋一本すら動かす事が出来なくなっていた。
「万死に値する」
「あ、ああ"あっああ!ああ"あっああ!!!あ"あ"あ!!!」
ゆっくり迫り来る刃が首に食い込む。じわじわと近付いてくる死にフロムットは言葉にならない叫びを喚き散らした。
「我が主に刃向かった罰だ」
思い通りにならない身体、常に恐怖を与える側にいた男は初めて与えられる側の恐怖に心から絶望する。
唯一動く視線を巡らせると自分を見つめる女がいた。光のない瞳で、責めるようにじっと見つめていた。
✳︎
城の倉庫から海楼石で出来た鎖を持ち出したクラウスと第二部隊が街に到着する頃には全てが終わっていた。
国民から誰一人して死者は出ておらず、審神者や刀剣男士たちはかすり傷一つなくピンピンしている。
家の瓦礫を山伏と祢々切丸といった力自慢たちが運び、審神者が堀川に習いながら怪我人の手に包帯を巻いて、換えの包帯やお湯を持った今剣と五虎退が2人の間を忙しなく行き来していた。
「やっぱり大将たちで事足りたか、俺っちも久しぶりに暴れたかったんだがなァ」
「...フロムットは、奴の姿が見えない」
「お、そうだな。たーいしょ!第二部隊、海楼石を持って加勢にきたぜー!」
薬研が声を張り手を振れば、気付いた審神者が手を振り返す。
「お疲れさーん!丁度良かった、街の瓦礫退けるの手伝ってー!」
「任せな大将。ところで奴さんはどこだー?」
「あっちで伸びてるー」
審神者が指す方向に目を向ければ、確かに大きな影が横たわっている。少し離れた場所に人影と虎のシルエットも見えた。
「ありゃ歌仙の旦那と五虎退の虎だな。...何であんなに離れてるんだ?」
「俺がこの鎖を届けよう。君たちには街の方を頼んでもいいか?」
「使い勝手が分かる旦那の方が仕事が早いだろう、街は大将と俺っちたちに任せな」
「ありがとう」
薬研たちと別れクラウスは馬から降りて歌仙たちの元へ向かった。
顔が認識できる距離まで近づき声を掛けると、腕組みをし眉間を寄せていた歌仙の表情がパッと明るくなった。
「ああ!漸く来てくたねクラウス殿、待ち侘びたよ」
「待たせてしまったようで申し訳ない」
「それが海楼石と言うものだね、早くあの汚物を縛り上げ牢屋に放り込もう、今すぐに」
「も、勿論だ」
歌仙の勢いにたじたじのクラウスは戸惑いながらも、鎖を伸ばし黒い影に近づいた。
自分たちを苦しめ痛めて付けて来たフロムットは白目を剥き、何故か濡れ鼠のような格好で横たわり気絶していた。
「何故濡れて...海水にでも浸かったのか...?」
「その人ね。歌仙の脅しにビビって漏らしちゃったんだよね」
「もら..ッ!!?」
「主!!!!」
いつの間か背後に立っていた審神者にも驚いたが、それ以上に驚愕の事実にクラウスは慄きすぐさま濡れ鼠のフロムットから距離を取る。
「そりゃもう笑えないくらい盛大にね。流石にそのまま牢屋に入れると大惨事になりそうだから海に放り込んだのよ」
「止めてくれ主!!!思い出しただけで鳥肌が立って仕方がない!!!」
「あれはヤバかったねー。まさかだっぷ、」
「やめたまえぇぇええぇえぇええ」
その時の惨状が歌仙にとって余程トラウマとなっているのか頭を掻き毟り悶え苦しんでいる。それをニヨニヨと見つめる審神者の何と意地の悪い事か。
何だか気の抜ける様なやり取りに、思わず溜息が出る。
それは決して不快感からきたものでは無く、支配から解放された安堵からくるものだった。
もう自分たちを苦しめる者はいない、これからは自由に生きていけるんだ、と思うとクラウスの身体から徐々に力が抜けていった。
「あれ?クラウスさん?」
審神者のキョトンとした表情を最後に、クラウスの視界は暗転した。
✳︎
寝れば必ずあの惨劇を夢見てしまうから、いつしか気絶するまで無理矢理身体を働かせては深い眠りにつくことを繰り返し夢を見ない様にしてきた。そんな彼が何年かぶりに夢を見た。
悪夢じゃない、王の元で切磋琢磨し腕を磨いていたあのかけがえのない過去の夢だった。
死する前より少し若々しい王が幼い自分に話しかけている。
そうだ、家で蔑ろにされていた自分は王に才能を見出され、城に招かれたことがきっかけだった。
場面が変わり、稽古に励むあの頃より少し成長した自分がいた。
前騎士団長の訓練は厳しいものだったが彼の教えは今も鮮明に覚えている。
また場面が変わる。前門の夜警に付いた際に、心優しい姫は我々に夜食を持ってきて下さったものだ。
あの焦がしたパン。美味しい?と聞いてくる姫をがっかりさせたくなくて無理矢理喉を通し詰まらせた事もあった。
懐かしくて、恋しくて思わず涙が溢れる。その時、誰かが己の涙を拭った。
『泣かないでください』
恋しいその人が己と同じように涙を流して立っていた。
『貴方に辛い思いをさせましたね。弱いわたくしを許して下さい』
何を仰るか、弱いのは賊から貴女を救えなかった己だと言うのに。
『悪夢は醒めました、これからはクラウスの思うがままに生きてほしい』
それを、貴女が望むのであれば。そう告げると彼女は安心したように頷く。
『これでもう、思い残す事はありません』
そう言って頬に添えられていた手が名残惜しく離れていくと、額に彼女から口付けを賜った。
遠ざかっていく彼女の背中に無意味と分かっていても伝えたいことがあった。
「愛しています」
振り返った彼女は驚いていた。
「永遠に」
決して色褪せないこの想い。目が覚めて例え貴女がいなくても、愛しています。
『 』
彼女の唇が言葉を紡ぐ。音は無かったが己にはちゃんと伝わった。
最期に彼女は花のような愛らしい笑顔を咲かせると光に溶けて消えてしまった。
誰もいない1人ぼっちの世界で己はぽっかり空いてしまった穴を埋めるようにもう一度呟いた。
「愛しています....」
「やだもー!どーしよ!?人間の男の人に初めて告白されたー!!」
「は?」
あのお淑やかな女性の声から快活溢れる小娘の声に変換され、クラウスは思わず夢から覚めた。
目を開けると国を救ってくれた恩人、審神者が興奮気味に頬を紅潮させて騒いでいる。
「あ、起きたー?」
しかも、自分は審神者の手を握り締めていた。
「うおおおおおおおっ!!?」
「ちょっと待ってその反応普通に凹むんだけど!!?」
瞬時に手を振りほどき、布団を跳ね除け後退すると背が壁に着く。辺りを見渡すとそこは見慣れた自分の部屋だった。どうやら気絶した後にベットへ運ばれた様だ。
「お?起きたかクラウスの旦那。勝手に上がっちまって悪ィな」
「い、いや..それは構わない」
「ねぇねぇ薬研!!あたしナイスミドルに告白されちゃったーー!!」
「はああ???」
「ち、違う!!違いますぞ!!!」
薬研が怪訝に眉間を寄せるとクラウスは蒼褪めて寝惚けていた、と必死に弁解を試みる。
頭の良い彼はすぐに理解し誤解が解けたが、分かっているのかないのか審神者は未だ気持ちの悪い笑顔を浮かべて舞い上がっていた。
「んふふふ、あたしちゃんと人にモテるんだなー!」
「勘弁してもらえないだろうか...」
「んじゃ大将、うちのナイスミドル日本号の旦那とクラウスの旦那、どっちが好みだ?」
「バッキャロー!!うちの日本号がナンバーワンだ決まってんだろ!!?愛してるよ日本号ぉぉぉお!!!」
窓を開けて審神者が愛を叫べば、困惑に満ちた男の声が返ってきた。どうやら日本号なるものが外にいるらしい。
勝手に勘違いしておいて速攻に振られたクラウスは、審神者に好意はないものの複雑な思いを抱くのだった。
「気ィ落とすなよ旦那、あんたはいい男だぜ」
「うむ...」
薬研のフォローも今は素直に喜べない。
「前後の記憶はあるか?あんた過労でぶっ倒れたんだぞ、それも過労死寸前の域だ」
目に光を当てたり、口腔内を調べ、聴診器を胸に当てながら薬研は言った。
「恐らく長らく張り詰めていた緊張が解けた所為だろうな...。久しぶりにいい夢を見た」
「みたいだな。腹は減ってるか?」
少し、と応えるクラウスに薬研はカルテを書き終えるとバインダーを置き立ち上がる。
「何か取ってこよう。すぐそばで本丸の料理奉行の旦那がたが炊き出しをやっててね」
「何から何まで済まない。感謝する」
薬研は片手を上げて応えると部屋を退出する。
2人っきりになった頃を見計らってか、審神者がねえ、と話しを切り出した。
先程のこともあり少し身構えるクラウス。審神者は外を眺めながら呟く様に言った。
「ニーナさん、ちゃんと成仏したよ」
思わず目を見開く。脳裏には光に溶けて消えてしまった彼女の笑顔。
「よっぽどクラウスさんの事好きだったんだね。眠ってる間、ずっと傍で声掛けてた」
ああ、あれは夢ではなかったのか。彼女はずっと自分の傍で見守って下さっていた。
クラウスはもう涙を止める事が出来なかった。大の大人が情けなく目から大粒の涙を零しても、鼻水を垂らしても審神者は何も言わずに外を眺め続けた。
「...とう、あ"りがとう"...!!!」
国を救ってくれて。彼女の無念を晴らしてくれて。
悪夢の様な支配が終わりを告げたその日、ユナフィート王国を覆う雲間から光が射した。
「お、晴れてきた」
彼らの新たな門出を祝うかのように、快晴の空が何処までも広がった。
登場した刀剣男士
●へし切長谷部(極)
∟主ガチ勢。社畜
●薬研藤四郎(極)
∟薬研ニキ。お前の様な短刀がいるか
●燭台切光忠
∟料理奉行その1。乙男