死者の声を聞け   作:ぺったんこ

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※モブキャラもう1人投入。ワンピキャラは次回登場です。


海軍本部へ行こう[中篇]

 

 

 

ベッドの上で目が覚めたクラウスは見違えた家の内装に目を瞬かせた。

屋根は大砲によって吹っ飛び、家具はほぼ壊れ唯一無事なものがベッドだけ。

そんな家とも呼べない掘っ建て小屋の家が審神者の力によって綺麗に作り変えられ、驚いたことに彼女は国全体を蘇らせてしまったことを思い出した。

クラウスは簡単に身支度を済ませると、審神者が住む本丸へと行くべく外に出ればのどかな光景が広がった。

 

「おう、団長。ゆっくり眠れたようだな」

 

家畜用の干草を掻き集めていた主人に呼び止められたクラウスは自分の顔を触ってみた。

 

「そんなに酷い顔だったか?」

「自分じゃ分からんものさ。今のあんたは憑きもんが取れたみたいにすっきりしてるぜ」

「...そうか」

 

色々と抱えていた問題が無くなり焦る必要も無くなった今、主人の言う通り何処かすっきりした気持ちであることは確かだった。

 

「今から審神者様へ会いに行くのか?」

「ああ。少し相談したいことがあって」

「そうか!ならくれぐれも宜しく伝えといてくれな!」

 

主人とそこそこ挨拶を交わし別れて先へ進むが会う人会う人に何処へ行くか尋ねられては審神者に宜しく、と伝言を頼まれた。審神者は自分が思っているよりずっと国民に好かれているようで安心した。

彼女たちが現れてからこの国は良い方向へ進み始めている。国に平和が戻り荒れていた国民の心は次第に癒されつつあり、海賊に支配されていた国とは思えない程にのどかだ。作物が収穫出来きれば売りに出せるし、そうすれば商人もまた時期に集まる様になる。

 

「この国はまた豊かになる。審神者様とその家臣様のお陰じゃ...」

 

行く途中、老夫婦は本丸がある方角に手を合わせ深く深く頭を下げている。

すると誰かに服の裾を引かれ、クラウスが見下ろすと小さな女の子が深刻な面様で地面を睨みつけていた。

 

「どうした、誰かに意地悪されたのか?」

 

女の子はクラウスの質問に首を横に振った。

 

「海賊さん、もう来ない?」

「勿論だ。悪い海賊は審神者さんたちがやっつけてくれたからな」

 

求めていた答えじゃないのか、また首を横に振った。

 

「私知ってるよ、海賊さんってあの人たちだけじゃないんでしょ?もっといっぱいいるってお母さん言ってたよ。ねぇクラウスさま...もう海賊さん、ここに来ないよね?」

 

クラウスは何も言えなかった。何も言えないまま、女の子は老夫婦に呼ばれ早足で去ってしまった。

あの女の子の言う通りだ。海賊は何もフロムットだけではない、奴を1人海軍に引き渡した所でこの国に海賊がやって来ないとは断言出来ない。当時天上金を支払い世界政府の加護を受けていたが、国が荒れ金を払えなくなった今、もうこの国は加盟国から除外されているだろう。なら、この国は誰が守る?自分が?偉大なる航路出身の成り上がりすら歯が立たなかった自分が守れるとは到底思えない。

再び海賊の脅威に屈したら国民はもう立ち上がれない、次こそユナフィート王国は滅ぶ。

 

「(国を守る為にも早々に天上金を掻き集めなければならない)」

 

まず手始めにフロムットの身柄を海軍に引き渡し、懸賞金を貰う。その旨を伝えるべくクラウスは本丸の門を叩いた。

暫くすると門がゆっくりと開き、中から目を伏せた線の細い儚げな美丈夫が顔を覗かせた。

 

「これはクラウス殿、おはようございます」

「、おっおはようございます。えー...」

「数珠丸恒次と言います。言い難いのであれば気軽に恒次とお呼びください」

「で、では恒次さんと。実は審神者さんに相談事があって...御目通りは叶うだろうか?」

「少々時間が掛かりますが大丈夫ですか?主はまだ寝ておりまして...」

「出直そうか?」

「それには及びません、すぐに身支度をさせますので」

 

たまに彼女が刀剣男士に慕われているのか、そうでないかわからなくなる時がある。

どうぞ、と中へ促す数珠丸にクラウスは一礼し本丸の敷居を跨いだ。

同時に鬱陶しい暑苦しさが彼を襲う。一度ここに来た時も思ったが門の中と外の気温が違いすぎる。

ユナフィート王国は春島の為猛暑や極寒とは縁がないのだが、まるで本丸は夏島のような気温だ。

 

「恒次さん、質問なんだが何故ここはこんなにも気温が外とは違うのだろうか」

「現在本丸は夏の景趣により季節は夏になっています。景趣とは所謂模様替えのようなシステムで、四季折々の景色を見て感じられるのです」

「季節まで操ることが...」

「そちらの国では違うのですか?」

 

クラウスがこちらの世界の季節について説明すると数珠丸は美しい微笑みを見せた。

 

「これは良いことを聞きました。春島とは有り難い、私と弟のにっかり青江は寒がりなので冬になりましたらそちらへお邪魔するとしましょう」

「ははっ。ここより立派なお屋敷じゃないが、いつでも歓迎するよ」

 

縁側を歩きながら言葉を交わし緊張が解れてきた頃、数珠丸はとある部屋で立ち止まった。

 

「こちらで少々お待ち下さい、主に声を掛けてきますので」

 

そう言って数珠丸は襖を閉めた。

しかし、少し半開きになった襖から薄っすらと中の様子が見える。

中の様子が気になったクラウスは好奇心に負けてつい、隙間を覗いてしまった。

 

「主、主、起きて下さい。客人がお見えです」

 

覗いた瞬間、噎せ返るような酒の匂いに思わず息を止める。

宴でもあったのか畳には何十本の空き瓶が転がり、部屋の隅には結樽が3個、テーブルには空の皿が何枚も積み重なっている。雑魚寝で転がっていた男士たちの中には数珠丸の声で起きだす者、酒瓶を抱えて眠り続ける者に分かれた。

数珠丸は倒れ伏せている男士を越えて、浅黒い褐色肌の男士にチョークスリーパーを掛けられながら鼻提灯を膨らませて寝ている審神者の側に膝をついていた。こんな男に囲まれた部屋でよく間違いが起きないものだ。

 

「...、」

「ええ、今日の近侍で貴女の数珠丸恒次ですよ」

 

審神者の声は寝惚けているのか聞き取り辛かったが、数珠丸の耳はちゃんと彼女の言葉が人の言葉に変換されているようだ。しかし、何故チョークスリーパーを掛けられている。そして何故彼女はそれで寝ていられる。

質問を上げればキリがないと悟ったクラウスは襖をソッと閉めると、数珠丸が戻ってくるまで大人しく待つことにした。

 

 

✳︎

 

 

「おはよークラウスさん!お待たせしました!」

 

居間が散らかっている為、数珠丸はクラウスを審神者の執務室へ案内した。

彼が用意した座布団に腰を下ろして待つこと数分、身支度を済ませた審神者が執務室へ現れた。

 

「髪の毛は適当でいいって言ってるのに長谷部が離してくれなくてさ。遅くなってごめんなさい」

「いや、こちらこそ突然押し掛けてすまない。俺は出直してもよかったんだが...」

「それじゃ二度手間になっちゃうし、クラウスさんならアポなしでも大歓迎だよ」

 

快活に笑う審神者の隣で数珠丸も小さく頷く。

 

「それで?挨拶する為に来たって訳じゃなさそうだけど、何か相談しに来たんじゃない?」

「.....捕えた海賊のことで」

「あー、そう言えば身柄を引き渡すんだよね。海軍だっけ?全然来ないね」

「その事についても、相談したい」

 

クラウスはまず始めに天上金について審神者に説明した。

要約すれば金が払えなければ助けは来ない、至ってシンプルで分かりやすい説明だ。審神者も自分が存在する時代でも似たような話しや歴史を目の当たりにしてきたゆえに、金が払えない国がどう言う末路を辿るか想像に難くなかった。

 

「海軍の船がここを通るか分からない。また、いつ、新たな海賊がこの国を襲うかも分からない...その前に何としてもユナフィート王国を加盟国に入り海軍の庇護を得たい。それには一刻も早く奴を引き渡して金を受け取らなければならない。力を貸してくれ」

「いいよ。厳密には何すればいい?」

「...君は本当に、迷わないんだな」

 

国を救われ返し切れない恩がこちらにはあるというのに、審神者側に何のメリットも無いこの願いを彼女は無条件で受け入れようとしている。

 

「貴女はもう姫との約束を果たされている。身勝手だと断らないのか?」

「断ってほしいの?」

 

逆に聞き返され返答に困るクラウスに審神者は冗談だと手を叩いて笑った。

 

「意地悪言ってごめんね。これは約束とかは抜きにしてあたしがただ手伝ってあげたいなって思っただけ。頑張ってる人を助けたいなって思う事は人として当たり前のことなんじゃないかな?」

 

なんて、簡単に見えて実は難しいこと当たり前と言って退けてしまう審神者にクラウスは言葉が見つからない。そして納得してしまう自分がいた。彼女のような者がこの国を治めてくれたら、先代が築いた平和な国が再び戻るんじゃないか。

 

「決まりだね。メンバーを編成してくるからクラウスさんは船の用意をお願いしていい?」

「、もっ勿論だ。正午には準備を終わらせる」

「正午ね。じゃ、あたしらは海賊を連れてから港に向かおうか」

「拝命しました」

 

それでは港で、と門まで見送ってくれた審神者と別れたクラウスは国民の協力もあり、船の準備を整えた。

正午になると審神者は約束の時間通り刀剣男士を従えて現れ、後ろには拘束された海賊を引き連れている。傍には見送り役の歌仙兼定も連れ添い、クラウスは青年というより少しだけ歳をとった若者を審神者たちの前に連れ出した。

 

「操船手のトミーだ。何度もこの国と新世界の海を行き渡っている」

 

トミーと言う青年は深く頭を下げると審神者の両手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 

「トミーです、自分がこうして再び操船手として働けるのは貴女のお陰です!!ありがとうございますっ!!」

「大袈裟だよ。あたしは兎も角頑張ったのは戦った歌仙たちだからお礼なら彼らに言って。歌仙たち在ってのあたしだからね!」

「勿論です!!歌仙様っ本当にありがとうございました!!」

 

審神者と同じく、頭を深く下げてお礼を言うトミーに歌仙は顔を綻ばせた。

 

「礼には及ばないよ、君たちこそ僕らが来るまでよく諦めず耐えてくれた。頑張ったね」

「か、がぜん"ざま"ーーー!!!」

 

滝の様な涙を流し終えたトミーは落ち着くと涙を拭い「出航の準備をしてきます!」と気恥ずかしげに顔を隠しながらタラップを駆け登って行った。

 

「まだまだ若いが腕は確かだ」

「クラウスさんが選んだ人に不満はないよ。こっちは航海に関してはど素人だからね」

「そうだよ主、君は航海については初心者も同然だ。しっかりクラウス殿の指示に従いくれぐれも怪我のないように」

「うんうん。てか2、3日本丸空けるくらい前はざらにあったんだからそんな心配しなくても大丈夫だって」

「状況が違うんだ..能天気はある意味きみの美徳だけど時と場所を弁えてくれ...」

「んー、褒めながら貶されたのって審神者初めて」

「数珠丸殿、クラウス殿!彼女が暴走したら遠慮無く頭を引っ叩いて貰ってかまわない。何なら柱に縛り付けてでも止めてくれ」

 

両肩を掴まれ懇願されるが、承諾しかねる内容に返事を考えていると数珠丸は慈愛に満ちた仏のような顔で微笑むと頷いた。

 

「承知しました」

「菩薩顔で承知しないで!?」

 

審神者が歌仙に喚いている間に拘束された海賊は船底にある倉庫に詰め込まれ、出航準備が整った。

船に乗り込み、帆を張れば風を受けて船体は沖へ沖へと進んでいく。

 

「かせーん!お留守番よろしくねー!」

 

彼女の目に不安の色はない、あるのは期待と溢れる好奇心のみ。未知の世界で経験する初めて航海は審神者だけではなく刀剣男士の心を踊らせるには十分だった。

 

 

✳︎

 

ユナフィート王国が見えなくなり、見渡す限り広がる海は審神者が知るどの時代よりも蒼く美しく、カモメは軽やかに羽搏き雲ひとつない快晴の空を優雅に泳いでいる。

想像より不快ではない潮風に吹かれながら滅多に見られない光景を眺めていた審神者は、ふと思い出したようにクラウスを振り返った。

 

「そうだ、顔見知りの子もいると思うけど編成メンバーを紹介しておくね。一番隊部隊長で今日の近侍担当の数珠丸恒次」

 

彼は胸に手を添えると軽くクラウスに向かって会釈をした。

 

「燭台切光忠、みっちゃんって呼んであげて!」

「やあ久しぶりだねクラウスくん。主はああ言ってるけど君の好きに呼んでくれて構わないからね」

 

初めて本丸に招待された時、取っ付き易い愛想のいい笑顔が印象的な彼だった。

流石に初対面に近い相手をみっちゃんと気安く呼べる性格ではいクラウスが燭台切の申し出に感謝していると、審神者が顔を覗かせる。

 

「他にも食材切とかしょっきり、CCP、」

「主?早速柱に括り付けられたいのかな?」

 

すでに用意されていたロープを彼がチラつかせれば、審神者の口が静かに閉じる。

他のあだ名は何となく想像が付くがしーしーぴー?と聞きなれない言葉に興味が湧く。しかしそれを彼に言ってしまえば取り返しのつかない事になりそうで、クラウスはしーしーぴーを記憶から消す事にした。

 

「僕のことは覚えてるよね?乱藤四郎だよ」

 

デッキから海を眺めていた乱がスカートをはためかせながら、審神者の隣に降り立つとその腕に抱き着きウィンクをする。一見その可愛らしさに人は絆されるが、彼の嫉妬深い一面を垣間見たクラウスは顔を少し引き攣らせた。

 

「あ、ああ勿論だ」

 

警戒してみせるクラウスに乱は満足気に笑う。するとは突然、興奮気味に騒ぐ青年2人と少年が海に向かって叫びだした。

 

「海じゃーーー!!!」

「「海だーーー!!!!」」

「端から陸奥守吉行、包丁藤四郎、浦島虎徹、以上6名が今回護衛を務める刀剣男士だよ。そこの3人さーん、海も良いけど挨拶してねー」

「おおっそうじゃ」

 

審神者が声を掛ければ3人はクラウスの前に並び、手を伸ばした。

 

「わしは陸奥守吉行、おんしええ根性しとるのぅ!一人でずっと民を守っとった漢じゃと主から聞いちょる。今回の護衛、わしらにどーんと任しちょけ!」

 

豪快に笑う陸奥守と拍手を交わせば、金髪の青年が替わる様に握手を求めてきた。

 

「俺は浦島虎徹!こっちは相棒の亀吉、宜しくな!」

 

彼の肩に乗った小さな亀は眠たげな表情でクラウスを見つめると人の言葉を理解しているのかコクリ、と頷く。賢い亀のようだ。愛らしい小動物に癒されていると、これまた可愛らしい少年が元気よく手を挙げてた。

 

「はいはーい!!俺は包丁藤四郎!好きな物はお菓子と人妻、宜しく!」

 

先程のほんわかとした空気は何処へ。子供の口から突然「人妻」なんてアブノーマルな発言が飛び出してその場の空気が凍った。

 

「う、うーん。優しくしてくれる女の人、が、好きなんだよね」

 

審神者が機転を利かせるも素直で正直者の包丁は断固として首を縦に振らなかった。

 

「違うぞ主!ちゃんと結婚してて、お菓子を沢山くれる優しい人妻だぞ!!出来ればおっぱ、」

「ほーちょーくーん!主と一緒に海みよっかー!ほーらイルカの群れが見られるかもよー!?」

「なにー!?主、早く早く!!」

 

彼がとんでもない事を口走る前に話題を海へ逸らせば、包丁は飛び跳ねながら審神者の手を引き船縁へ連れて行く。何となく気まずい雰囲気から逃げる様に乱と浦島が後を追いかけた。

 

「あーー...深い意味はないんだ、お菓子をくれた人が偶々人妻ってだけで彼が好いているわけでね!」

「いや大丈夫だ。君たちについてはもう十分驚かせてもらったよ、だから気にしないでくれ」

 

慌ててフォローを入れる燭台切にクラウスは笑ってみせた。目の前で刀が実体を持ち人間と同じように歩いて喋っている、今更小さい子の口からアブノーマルな発言が飛び出したぐらいでは動じない。

 

「わしらの事知っちょっても驚かんとは肝が座っちゅー!ますます気に入った!」

 

ところでクラウス、この船に砲台はついちゅーか?と訊ねる陸奥守に応えようしたその時、船縁から審神者の悲鳴と包丁の歓声が上がった。

 

「ぎぃやああぁあああぁ!!!なんじゃこりゃああぁあぁあ!!!!」

「すっげええええ!!!でっかああああい!!!」

 

船縁から覗く丸いギョロ目は審神者たちの姿を捉えると、海に沈ませていた身体を浮き上がらせた。

ジャバジャバと身体から海水が滝の様に流れ落ち、現れたそれはまるでムカデの様に長く巨大な胴体。しかし顔は蜥蜴のように細長く舌を蛇のようにチラチラと出し入れしている。口から覗く牙はまるで鮫だ。

 

「何これムカデなの!?蜥蜴なの!?どっち!?」

「こいつは海王類といってここ一帯に住み着いている海洋生物の一種だ..!」

「海洋生物!?どー見たって怪物じゃん!!」

 

怪物は船を引っ繰り返そうとしているのか、小突くように身体を執念にぶつけてくる。

その衝撃に甲板は激しく軋み、不安定な足場で転げそうになる審神者を浦島が支えた。

すると今にも転覆しそうな状況で陸奥守は手で影を作ると、耳が割れんばかりに吼える怪物を見上げる。

 

「でっかいのー」

「食べられたら一溜りもないね」

「その前にあの胴体で船ごと叩き潰されそうですね」

 

呑気に海王類を観察する太刀2人組と打刀に審神者は目を剥いて怒鳴った。

 

「おバカ!叩き潰されそうじゃなくて、今にも叩き潰す気なの!!クーラーウースーさーん!!!」

 

クラウスはポケットに忍ばせていたものを取り出した。審神者は彼が取り出した物を怪訝に見つめる。

 

「..か、カタツムリ?」

「説明は後ほど。トミー!聞こえるか!!」

「カタツムリに、話し掛けてる...!!」

 

あまりの恐怖にとうとう気が触れたか、と審神者が慄いているとカタツムリの眠たげな目がカッと開き、ペラペラとトミーの声で喋り出した。

 

『聞こえてます!今、全速力で引き離しに掛かってます!』

「「カタツムリが喋ったーー!!?」」

「トミーの兄ちゃんはカタツムリだったのか!?」

「もうっ2人とも!カタツムリはいいからここから離れるよ!!主さんももっと頭下げて!」

 

船縁から離れようとした時、今までにない衝撃が船を襲った。

するとトミーの声をしたカタツムリが冷や汗を身体に浮かばせて、声を上げた。

 

『クラウス様!舵が動きません!!』

「なに!?」

『恐らく海王類の尾か何かが、船底の舵に巻き付いているかと...!銛を撃って撃退を、』

「おっ!わしらの出番じゃなー!」

 

話しを聞いていた陸奥守が足の屈伸を始め、準備を整える。

 

「陸奥守さん。この程度なら銛で怯ませた隙に撤退すれば、」

「なんちゃーない、それに敵前逃亡は性に合わんぜよ」

 

すると陸奥守は浦島に支えられながら漸くクラウスたちのもとに辿り着いた審神者を好戦的な目で見つめた。

 

「主、暴れてもええがか?」

 

波に揺られ過ぎて少し顔を青白くさせて口元を手で覆う審神者は陸奥守にサムズアップを見せる。

そんな彼女の頭を手荒に撫でると刀を引き抜き、拳銃を構えた。

 

「どうれ..運動不足の解消じゃ!」

 

とんでもない飛脚力で飛び上がり先陣切って海王類に斬りかかる陸奥守。その斬撃は今にも船に噛みつかんと迫って来た奴の顎に軽々と傷を付けた。

 

「あ、荒いなぁ陸奥守くん。彼だけじゃ心配だから僕も行くよ。数珠丸さん、主を宜しくね」

「俺も行くー!!」

「はい。お気を付けて」

 

燭台切が参戦し、陸奥守の背後を狙っていた蛇のような舌を一刀両断。海王類は甲高い咆哮を上げて身悶え始めると、その身体の至るところから血潮が噴き出した。

 

「微塵切りだーー!!」

 

短刀の小柄と機動力を活かし、ムカデの様な身体を縦横無尽に駆け走り斬りつけていく様が見える。

すると船底の舵に巻き付いていた尾が解けたのか、船は次第に前進を再開した。

 

「待てトミー!まだ陸奥守さんたちが船に戻っていない!」

「あー..大丈夫大丈夫、このまま進んでいいよー...」

 

今にも戻しそうな審神者が息絶え絶えに伝えるが、説得力がなくトミーに停船の指示を出すその時。

 

「いやー!すっきりしたぜよ!」

「主ー!帰ったぞー!」

「クラウスくん、この船にお風呂あるかな?」

 

すでに甲板へ生還していた体液塗れの3人を愕然と見つめるクラウス。

 

「い、いつの間に...」

「俺が誉を取ったんだぞ!褒めろ褒めろー!」

 

審神者に抱き着こうとする3人の中で断トツ汚れている包丁に乱がストップをかけた。

 

「汚れたまま主に抱き着かない!一兄に言い付けるよ」

「何だよー…乱兄ばっかり!」

「み、みだれちゃんいいよ..ほ、ぅ、ほまれおめでとー...うっぷ」

「主さん無理すんなって!」

 

船酔いと彼らが纏う生臭さにノックダウン寸前。目を回し始めた審神者を数珠丸が抱きかかえた。

 

「クラウス殿、主を休ませてきますので彼らを風呂場へ案内願えますか?」

「わ、わかった」

 

数珠丸の後をわらわらと付いて行く刀剣男士を見送ったクラウスはふと、船尾を振り返る。

 

「なんと...」

 

海面には力尽きた海王類が腹を見せて浮かんでいる。

艦隊一隻を簡単に海の藻屑としてしまう海王類をあの数分で、それもたった3人で撃退してしまう彼らの強さに頼もしさを覚えると同時につくづく敵に回すと恐ろしいか思い知るのだった。

 

 

 

 




登場した刀剣男士

●数珠丸恒次
∟本丸の良心。たまに天然
●陸奥守吉行(極)
∟切込み隊長。異世界の海に興味津々
●包丁藤四郎(極)
∟末っ子ポジ。ハーレム(人妻)王におれはなる!
●浦島虎徹(極)
∟天真爛漫。大天使。

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