自分で書いてて今更需要があるのか本気で謎な「モノノ怪」の二次創作。
漫画版「化猫」の上巻発売記念と、漫画が完結しちゃうんならアニメ2期を作ってくれという願掛けのつもりで書きました。
楽しんでもらえたら幸いです。
くびれ鬼:序の幕
「……あの子は和菓子の方が好きだったわ」
手渡した菓子折りが近所の洋菓子屋の包みであることに気付いて、「彼女」の母親はボソリと呟き慌てて私は頭を下げる。
「す、すみません! ごめんなさい! あの、わ、私……知らなくて……」
言ってから後悔した。「知らない」なんて言い訳はこの場じゃ最悪だ。
「…………何してるの?」
下げた頭を上げられなくなった私に、母親はうんざりとしたような声で訊く。
ミシリと廊下がきしむ音がする。
玄関で頭を下げ続ける私から少しだけ遠ざかって、その人は言った。
「……線香をあげてくれるんじゃなかったの?」
「! は、はい! ありがとうござます! あとお邪魔します!」
私の送ったものと言ったことからして、怒鳴られて叩き出されても文句は言えないと思っていたけど、幸いながら家に上げてもらえた。
我ながら言ってることがなんか妙にバカっぽいので、「彼女」の母親は私を一瞥して小さく鼻を鳴らす。侮蔑や嘲笑の意味合いだったのだろうけど、あまりに覇気がないものだったので気にならない。むしろ、心配なくらいだ。
けど、覇気がないのは当然だ。
冬という季節を無視しても妙に寒々しい廊下。3mほどの距離なのに異常に長く感じるその道を肩見せまい思いをしながら一緒に歩き、私は仏間に通された。
そして、10日ぶりに再会する。
小さな位牌と薄っぺらい遺影となった、同級生。
グレープフルーツジュースとイチゴ大福が供えられた仏壇の前に正座して、私は線香をあげてから手を合わす。ちょっと変な組み合わせだけど、きっと「彼女」が好きなものだったんだろう。
改めて私は「彼女」のことをろくに知らないんだなと思い知る。
「ねぇ」
「彼女」の好きな食べ物すら知らない事を後悔する私の背後で、「彼女」の母親は……娘を亡くした母親は覇気がない声音で私に尋ねる。
「あの子は、何で死んだの?」
その問いに、私は何も答えられなかった。
首を絞められたように息苦しかったのは、きっと私の身勝手な罪悪感だ。
* * *
「彼女」に線香をあげてから、私は学校に戻る。早く、5時までに戻らなくっちゃいけないのに、それなのに足が酷く重い。
原因はわかってる。
私は制服のポケットに手を突っ込み、そこに入れていた物を取り出して溜息をつく。
「……最低だ。私は」
ピンク色の、土とかで汚れてはいるけど可愛い小さなお守り袋。
工場とかで大量生産されてるんじゃない? と思いそうなほど特徴なんかない。どこの神社にでもありそうな、ありふれた無病息災のお守りだ。
私にとってはご利益の期待もしてない、ただそれだけのもの。
けど「彼女」にとっては……。
それ以上考えるのはやめて、お守りをもう一度ポケットの中にねじ込んだ。
考えるな。今更、何をどう言い繕ってもそれは言い訳、身勝手で醜い保身の為の自己弁護でしかないんだから。
どう言い繕っても、私が最低であることはもう変わらないのだから……、「彼女」の母親の問いにも答えられなかった私でも、せめて自分の心には正直で潔くあろう。
そう自分に言い聞かせて、私は歩き出す。けど、その足はすぐに止まった。
カチンと何かが鳴ったような気がした。
その音に聞き覚えがあるような気がしたから、私はついその場に立ち止まってあたりを見渡す。
何の変哲もない、何か堅い物同士が少しぶつかったような音。
そんな音をいちいち聞き分けられるほど性能の良い耳ではないはずなのに、なぜかその音には本当に聞き覚えがあるような気がした。
けど、いつどこで聞いた何の音かという情報はさっぱり頭に浮かんでこない。
とにかく、辺りを見渡してみてもそこはいつも通りの通学路で、音の正体はわからない。そしてその音にどうして聞き覚えがあったのかもわからないから、消化不良なモヤっとした気持ちを抱え込みつつも私は学校に向かおうと思って一歩足を踏み出すけど、またしてもその足は止まる。
踏み出した足が何かを踏みつけ、それが
「! ……何これ? やじろべえ? それにしては綺麗」
私が踏んだ物は、蝶、もしくは蛾っぽい形をしていて、翅らしき両端部分に鈴が着いた硝子細工の……本当に何だろこれ?
やじろべえが一番しっくりくるんだけど、それにしてはものすごく綺麗。
金の枠組みで目玉や羽の模様がステンドグラスのような硝子細工。テイストは和っぽいから、着物の帯飾りあたりに使ったらすごく華やかで似合いそう。けど服や着物、髪とかに取り付けらる部品がないから、やっぱりやじろべえなのかな?
まぁ、何にせよ高級そうな物なのでこのままどっか目立つ塀の上にでも置いとく訳にはいかない。そんなことしたら、落とし主が気付いて取り戻すよりも先に誰かにネコババされる。
だから交番に届けるべきなんだろうけど、困ったなぁ。
ここからだと交番は学校から逆方向だし、落とし物ってなんか手続きいるよね? 財布とかじゃないとはいえ、高級そうだから拾った場所とか時間とか詳しく訊かれるよね?
そういう手続きしてたら、5時には間に合わない。
けど、学校の帰りに届けるとしたらだいぶ遅くなる。もし落とし主が探しているのなら、そしてこれがすごく大切な物なら……
「拾って、くれたのか?」
「ぴょっ!?」
踏んでしまったやじろべえ(仮)を拾って、ハンカチで拭きつつ私はUターンして交番に届けるかどうかを悩んでいたら、背後から急に声を掛けられて変な声が出た。
そしてあまりにも変な悲鳴だったから、声を掛けた人も何か後ろでちょっと笑ってる!
私の悲鳴に驚きとかのワンテンポなしで笑ったってことは、初めから驚かす気がちょっとはあったなこの人!
そんな回さなくていい方向に回った頭で気付いてしまったことに軽くムカついて、私は振り返って声かけてきた人を睨み付けた。
睨み付けた……つもりだった。
「……ぽ?」
振り返って、私を驚かせた人を視認したらもう怒りが彼方に吹っ飛んだ。
それぐらい、綺麗な人だった。
どれくらい綺麗な人かと言うと、スマホ全盛期の現代日本で水色を基調に色とりどりの模様が着いた派手な着物を着こなし、履いてるものは高下駄。
そして紫のバンダナ……じゃなくてたぶん手ぬぐいを巻いた頭の髪の色は亜麻色。
そのうっすい髪色が納得なくらい白い肌の顔に、歌舞伎の化粧、隈取だっけ? それみたいな模様が赤い染料で描かれてる。
そんな派手過ぎてお巡りさん呼ぶより、近所でなんかコスプレ系のイベントでもあんのかな? と遠巻きにしつつも割と健全な方向に解釈してしまいそうな格好なのに、その恰好を気にするよりも先に「美人」だとか「麗人」って印象が叩き付けられるほどに、顔の造形そのものが整ってる。
何だこの人! 色んな意味で!!
「……ヒヨコの次は、鳩か」
私が超絶怪しい格好だけど、その怪しさも霞むイケメン具合にパニックを起こして固まっていると、そのイケメンさんはくつくつと喉で笑いながら呟いて、私の彼方に旅立っていたはずの怒りが帰還。
悪かったな! 悲鳴も呆気に取られた声も、なんか鳥みたいな変な声で!
「な、なんなんですか、あなたは!? 私に何か用ですか!? って、最初に言ってましたね! これの持ち主さんですか!?」
しかし私には、その人が怪しかろうがイケメンだろうが関係なく初対面の人に笑われた事を怒る度胸はない。
そして「何の用?」と言っている内に話しかけられた言葉を思い出してセルフ回答で、私は拾ったやじろべえ(仮)を突き出すと、イケメンさんはきょとんと深い緑色の目を丸くしたかと思ったら、もう一度笑った。
今度は面白がるようにではなく、口角をわずかに上げる程度だけど確かに微笑んで、女性のような紫色に染まった綺麗な爪を持つ手で受け取って言った。
「……拾ってくれて、ありがとう。助かり、ました」
なんか独特の間があるしゃべり方で礼を言われて、私は「どういたしまして」とすら言えず赤べこのように首を縦に何度も振った。
あぁ、イケメンってずるい! この笑顔でもう笑われたこと全部許す!!
「ところで、……いいんですか?」
渡してから、そういや本当にこの人のものなのかの確認を何もしてないことに気付いたけど、今更警察でもない私が「本当にあなたのですか?」と訊くのもアレだよね……とか思っていたら、イケメンさんはすいっと手を伸ばして指をさす。
その方向に私が視線を向けると、それは公園の中心にある時計を指していた。
ついでに、その時計の針が指していた時刻は……
「何やら、急いでいたようでしたが……」
「そうですよ! 急いでますよ!! それじゃ失礼します!!」
もう4時50分すぎを指し示す時計に気付いて、私はやや逆ギレ気味にイケメンさんに言い返してそのまま学校までダッシュ。
あのやじろべえ(仮)はあのイケメンさんのものってことにしておこう! 何かあの人の得体の知れなさが、あの用途不明なやじろべえ(仮)と妙にマッチしてるし!
よく見たら着物の柄とやじろべえ(仮)の形も似てるし!
そんな無茶苦茶な理屈をつけて納得して走る私は、気付かなかった。
私が立ち止まった最初の理由である「音」が、あの人の背負った小さなタンスみたいな箱の中からまた聞こえたことに気付けなかった。
「――――本当に、巡りあわせの悪いお人だ」
私の背を見つめながら、イケメンさんが呟いた言葉にも気付けなかったから、私は知らない。
あの人が、どんな顔でそう言ったかなんて。
「……そういえば、顔と格好に気を取られてスルーしちゃってたけどあのイケメンさんの耳、エルフ耳だったような……」
こんなどうでもいいことには、走りながら気付けたのにね。
* * *
学校に到着したのが5時ちょうどだったから、3階の教室まで2段飛ばしで階段を駆け上がって、息も整えずに教室の扉を開ける。
「おっそい! 何してんのよ!」
教室に入った瞬間、黒板消しを投げつけられた。
胸に当たった黒板消しが、黒いセーラー服をまだらに白く染める。
一瞬にして薄汚くなった私を、中学生にしては派手な髪の色と化粧をしている同級生、
そんな二人を見ると、もはや怒りどころか自分がみじめだと思う気にすらなれない。
確かに5時を数分すぎちゃったけど、たぶん5分も過ぎてない。それに彼女たちの座っている位置からして、カッとなってとっさに黒板消しを投げつけられるほど、黒板は近くない。
たぶん初めから、私が入って来たら投げつけようと思って持っていたんだろうな。つくづく、バカみたいなとこばかりに用意周到というか、凝ってるというか……。
「……何よ、その顔は」
黒板消しを投げつけた時は、文句を言っている割には全然怒っていない、鼻の穴を膨らませた得意げな顔だったのに、私が黒板消しをぶつけられても泣きも謝りもしないで冷めた目で見るっていう反応が気に入らなかったのか、樹里は少し顔を赤くして睨み付けてきた。
その眼力は「彼女」のような気の弱い子や、あなたの社宅に住む、あなたの父親より下の役職が父親である人達には逆らえないほど恐ろしいものかもしれない。
けど、私は卑怯者で度胸もないけど気自体は弱くないつもりだし、何よりあなたの父親の威光は私には何の関係もない。
だから、あなたのお気に召す反応なんてしてやるもんか。
「鞄を返して」
セーラー服を叩いて少しでもチョークの粉を落としながら私が言うと、思った通り樹里は「私に指図すんな!!」とヒステリックに叫んで、持っていてスタンドミラーを投げつけられた。
今度は予測していたのでひょいっと横に避けるけど、それも気に入らないのか「何、避けてるのよ!!」と理不尽すぎることを言い出す。
「落ち着いてよ、樹里」
美紀がそう言って宥めるけど、これは私はもちろん樹里のことを思っての言葉なんかじゃない。このままヒステリーが続けば、この暴君の理不尽は自分にまで飛び火してくることを知っているから止めているだけであることを、私もよく知っているよ。
そして、幼馴染なだけあって美紀は樹里がお気に召すのはどんなことかよくわかってる。
「良いじゃない。返してあげましょうよ……って、あら? 1、2、3……あらあらどうしてかしら? 鞄が一つ足りないわ」
「! あーそういえば、
わざとらしく美紀がマスコットをジャラジャラつけた自分たちの鞄に視線をやって数えて、私のカバンがないことを指定したら、樹里も私がいない間に行っていた嫌がらせを思い出して、ニヤニヤとした笑顔でやっぱりわざとらしく言う。
間違えて? どうせ鞄の中身か、もしくは鞄丸ごと便器の中に突っ込んでいるんでしょう?
しかもそれすらも、「トイレなんて汚いから」ってことで、あなた達のグループの中でカースト最下層の結花さんに無理やりやらせているんじゃない。
まぁ、いいや。別にこれは想定内。
むしろ鞄を人質ならず物質に取られてまだバカなことを言われるよりマシ。
そう思って私は身を翻して、教室から出て行こうと思ったら、「何、勝手に出て行こうとしてんのよ!」と怒鳴られ、今度はリップクリームが投げつけられた。
背を向けていたのでそれは頭に命中したけど、物が物なのであまり痛くなかったのが幸い。さっきと投げつけられるものの順番が逆じゃなくて良かった。
一応リップを拾って「何?」と投げ返しながら尋ねると、樹里は苛立ったように顔を歪めてリップを受け取りもせずにまたヒステリックに叫ぶ。
「あんたを何で、あいつの家にまで行かせたのか忘れたの? さっさとよこしなさいよ!」
うん、ごめん。素で忘れてたわ。っていうか、これを忘れたら何で私はこいつらの言うことを聞いているのかわからなくなるけど、本当に素で忘れてた。
それぐらい、私にとって「これ」自体はどうでもいいものだった。
だから私は、ポケットから取り出したピンク色のお守り袋をリップと同じように樹里に向かって放り投げる。
本当はびくびくしながら媚びへつらった顔で献上した方が色んな意味で良いんだろうけど、それだけはしたくなかった。
……やっぱり、私は最低だ。優先するのは自分のことばかり。
「彼女」の事なんて、私の自業自得な罪悪感を薄める言い訳でしかない。
そんな自己嫌悪で頭がいっぱいになって、後ろで樹里や美紀が怒っている声なんて聞こえていなかった。
なのに、私の罪悪感も自己嫌悪も教室の扉を開けた瞬間、はるか彼方まで吹っ飛んだ。
「――こんにちは」
「! !? こけっ!」
扉を開けたら極彩色の着物と隈取メイク、そしてその怪しさMaxさえも塗りつぶす顔面偏差値を持つ人がつっ立っており、私は驚きのあまりにとっさに後ろに飛びのいたけど足をもつれさせてそのまま後ろに倒れ込みそうになった。
「おっと……。ヒヨコ、鳩ときて次は鶏ですか……。その内、鴉にもなりそうですね」
けど、しりもちをついたり後頭部を床にぶつける前に、イケメンさんが手を伸ばして私の腰を掴んで抱き寄せてくれた。
その瞬間ものすごくドキッとしたけど、イケメンさんの発言で胸のときめきはただの羞恥に早変わり。
違う、違うの。あの「こけっ!」は悲鳴じゃなくて、転びそうだったから「こける!」って言いたかっただけなの。っていうか、私のとっさに上げる声に鳥シリーズを期待しないで。
「!? だ、誰よ、あんた!」
私が心の中で言い訳をまくしたてていたら、樹里が声を上げる。ずいぶん反応が遅いなとは思ったけど、無理もない。
ただでさえ中学校どころは秋葉原とかでも見かけるかどうか怪しいレベルに奇抜な格好している人が現れるだけでも一瞬思考がフリーズするのに、その恰好がどうでもよくなるくらいに綺麗な人をなんだもん。
むしろ樹里は、意外と危機感がある方だなと感心した。美紀なんて、未だに不審者だと認識せずにうっとりした顔でイケメンさんをガン見してるし。
まぁ、私も人のこと言えませんけど!
っていうか、いい加減離してくれませんかね! この顔面が間近にあるって心臓に悪いんですけど、エルフ耳のおにーさん!!
「あの、大丈夫ですからそろそろ離してください!」
「おっと……。こいつは、失礼」
私の腰を抱き寄せ続けていることに今気づいたと言わんばかりにイケメンさんは白々しく言ってやっと離してくれたので、私はちょっと距離を取ってからまずはお礼を言って頭を下げる。
「えっと、転びそうな所を助けてくれてありがとうございます」
言ってから思ったけど、私が転びそうになったの、この人の所為だよね? 私、お礼を言う必要あったのかな?
そんなことを思いつつも、まぁ助けてくれたのは事実だしと自分に納得させていた私に樹里が怒声を浴びせる。
「礼を言ってる場合!?
どう見ても不審者相手に、何を呑気に礼を言ってるのよこのグズ!!」
うん、これは癪だけど樹里が正論だわ。何でこの人、中学校に入り込んでるの?
「いいじゃない、樹里。
ねぇ、おにーさんどうしたの? どこのどなた? 私たちになんか用? 変わった格好だけど、もしかしてなんかの撮影? モデルさん?」
けれど美紀の方はイケメンに悪人はいないとでも思ってるのか、樹里を宥めてからこっちに駆け寄ってイケメンさんに話しかける。
樹里の方も美紀に宥められたら大人しく黙ったってことは、本心から警戒してたと言うよりイケメンさんに抱き寄せられた私に嫉妬して怒鳴っただけだな、これは。
現に彼女も「不審者」と言ってたイケメンさんの側に寄って来て、ちょっと赤い顔でチラチラとイケメンさんに視線をやってる。
なんか、全部がバカらしくなってきた。
この上なく怪しい人だし、初対面で結構意地悪なことばかりされてる気がするけど、転びそうな所をとっさに助けてくれたってことは悪い人ではないと思うから、もうこのまま私は二人をイケメンさんに押し付けて鞄を回収して帰ろうかな。
そう思いながら、イケメンさんの脇をこっそり抜けようとしていたら、イケメンさんは相変わらず独特の間がある口調で美紀の問いに答えた。
「……ただの、薬売りですよ」
『薬……売り?』
けど出て行く前に思わず私は、樹里や美紀とハモってそのイケメンさんの自称をオウム返し。
薬売りって……薬剤師さんってこと? それとも置き薬屋さんってこと?
どっちにしろあんたみたいな薬売りがいるか! 正直、薬売り以前に人間かどうかも怪しいぞエルフ耳!
しかしイケメンさんこと薬売りさんは、私たちが自分の返答でポッカーンとしていることなんか気にもかけず、淡々と勝手に語る。
「あなた方に用は……あります。ちょっと……話を、聞かせてやくれませんかね?」
さすがに訳の分からない格好で、その恰好にまったく合わない、って言うか現代に存在するの? な職業を名乗られた事で樹里は、「イケメンとお近づきになりたい」という気持ちより警戒心が上回ったのか、美紀の後ろからこそこそ私の後ろに移動して来た。私を盾にする気しかないな。
けれど美紀の方は薬売りさんの返答に引きつつも、未だに「えー、何ですかー? おにーさんが売ってる薬なら、苦くてもちゃんと飲めそー!」と積極的に話しかけている。
そんなにイケメンとお近づきになりたいか。その行動力はある意味すごいなと私は感心していたけど、美紀さえも黙り込む爆弾を薬売りさんは淡々と放り込む。
「――――『首吊り』に、心当たりは、ありませんかね?」
その問いによって、教室内に沈黙が落ちる。
誰も、何も答えられなかった。
首が絞められたように、呼吸さえも一瞬できなかったのは私だけか。3人共か。
ぎしりと、何か重いものがきしんで揺れるような音がしたのは気のせいかどうかすらも、私にはわからない。