モノノ怪「不死鳥忌憚」   作:淵深 真夜

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くびれ鬼:二の幕

「な、何よ、あんた!

 首吊りとかいきなり気持ち悪いこと言って! 先生と警察呼ぶわよ変質者!!」

 

 数秒だったのか、数分だったのかもわからないけど体感ではとてつもなく長かった沈黙を破ったのは、樹里のヒステリックな怒声。

 言っていること自体は威勢がいいけど、樹里は私の後ろでしかも私のセーラー服の襟をつかんで引き寄せてで叫んでる。

 私に縋りついているのならまだ可愛げがあるけど、これは完全に私を盾にしてる。

 もしもこの薬売りさんが襲い掛かって来たら、私を突き飛ばしてぶつけて自分一人で逃げるつもりなんだろうな。

 

「……そ、そうですよー。へ、変なこと訊かないでくださいよー」

 

 美紀の方は未だに薬売りさんに対して友好的な対応を取るけど、さっきまで薬売りさんの腕に抱き着いてみたりしてたのに、今はジリジリと後ずさって薬売りさんから距離を取っている。

 

 けどこれは、いきなり脈絡もなく物騒なことを言われたから警戒している訳じゃない。

 美紀も、樹里も、年頃の女の子としての警戒心なんて上っ面だけだ。

 二人が薬売りさんの問いに対して懐いているのは、「恐怖」だ。

 それも、変なことを聞かれた不審者に対する恐怖じゃない。

 

 図星を突かれて、これ以上「真相」を暴かれたくないという自己保身からの恐怖で樹里は虚勢を張って、美紀はへらへら笑って誤魔化そうとしている。

 

「……そう、ですか。お二人は、何も知らないと……」

 

 女子中学生のこんな誤魔化し、子供にだって通じない。

 だから薬売りさんもわかっているはずだろうに、それでも彼はひとまず二人に「嘘をつくな」と言って問い詰めることなく、受け入れて横に置く。

 

 上唇だけ紫色に染まっている口角は、わずかに上がっていた。

 私達を見て薄く、酷薄に笑いながら薬売りさんは私に視線を向けて問う。

 

「では、あなたは?」

 

 私の後ろで樹里は、「知らないって言ってるでしょ! さっさと出て行きなさいよ!!」と薬売りさんを怒鳴りつけながら、襟をさらに強く引っ張って私の首を緩く圧迫する。

 それは「何もしゃべるな」という命令と脅しであることは、わかってる。

 

 だからこそ、きけない。

 

「……ある」

 

 息苦しくても、私が最低な卑怯者であっても、これだけは嘘をつけない。言わなくてはいけないことだから、言った。

 樹里がさらに強く、もう薬売りさんには見えないようにという上っ面さえも捨てて襟を引っ張って私の首を絞める。美紀は、薬売りさんの後ろで私を睨み付けている。

 

 薬売りさんは、何もしない。

 

「……ほう」

 

 ただ私の答えを聞いて、薄く笑ったまま相槌を打つだけ。

 同級生に後ろから首を絞められている状態の私を助けようとはしない。

 それを、薄情だとは思わなかった。私に助けてもらう資格なんてないことは知っていたから、むしろちょっとホッとしたくらい。

 

「あ、あの、おにーさん! その子の言うこと信じちゃダメよ! その子、嘘つきで八方美人のチクリ魔で有名なんだから!」

 

 美紀が必死で私の言葉なんか信用ならないと訴えかけるけど、そんなの仮に真実だとしてもこのタイミングでそんなことは言えば言うほど、必至で主張している側の方が疑わしいというのをわかってないみたい。

 もちろん薬売りさんは美紀の言葉をガン無視して、首を絞められている私の現状すらも無視して薄く笑ったまま「教えて、いただけますか?」と頼み込む。

 

 私の答えは、決まっていた。

 

「それを知って……あなたは……どうする気?」

 

 呼吸よりも優先して私が吐き出した言葉は、「首吊り」の心当たりではなく薬売りさんの「目的」を問う言葉。

 

 言えない。

 私の名誉とかそういうのはどうでもいいけど、「彼女」の名誉や尊厳の為に、よく知らない人に何の目的かもわからないまま「心当たり」を話すわけにはいかない。

 

 ただの興味本位で、「彼女」のことを知ろうと思うな。

 マスコミに売る為なら、もってのほか。

 

 私の知る数少ない「彼女」の真実が、良いように誇張・歪曲されて真実からかけ離れた挙句、「彼女」の尊厳が踏みにじられるかもしれないのなら、絶対に言わない。

 樹里の為でも美紀の為でも、そして「彼女」の為でもないけど、絶対に言わないよ。

 これ以上、私は「あなた」のことを何も知らなかったと思い知りたくないから言わないだけ。

 

 そんな身勝手な理由だけど、それでも私にとっては譲れない、引けない大事なものだから……。

 ここで縊り殺されたって、言うもんか。

 

 私が話すとしたら、「彼女」を――――

 

 

 

「モノノ()を――斬るんですよ」

 

 

 

 薬売りさんは、答えた。

 自分の目的を。

「首吊り」の心当たりを知りたがる理由を。

 心当たりが必要な目的を、端的に。

 

 答えると同時に、彼の背負う箱の中から「カチン」と何かが鳴る音がした。

 聞き覚えがある、音だった。

 

 * * *

 

「モノノ……()?」

 

 オウム返しで問い返すと同時に、グイッと後ろにまた強く締められて私は息苦しさでえずいた。

 

「あんた、マジで頭おかしいんじゃない!? 美紀! ケーサツ呼んでよケーサツ! スマホ持ってるでしょ!?」

 

 ついには私の首に腕を回してほとんど私を人質に取ってる銀行強盗みたいな体勢で樹里は叫んで、美紀に命令する。

 美紀もさすがに「モノノ怪を切る」という発言で、「この人ヤバい!」と本気で思ったのかポケットからスマホを出して110に通報しようとする。

 けれど、ここが中学校ではなく変わった格好が珍しくない秋葉原あたりでも職質されかねないぐらい怪しさしかないというのに、薬売りさんは全く動じない。

 

 それどころか、芝居かかった仕草で腕を組み、顎を指先で撫でながら小首を傾げて彼は無視していた樹里と美紀に対して言った。

 

「おや? 気付いて……ないのですか?」

「な、何がよ!?」

 

 反射的に噛みつくように問い返す樹里に、相変わらず酷薄に笑いながら薬売りさんは指さす。

 警戒しながら樹里も、パニくってるのかガチガチ震えながらスマホを操作してた美紀も、そして私もその指が指す方向に目を向ける。

 そして、見た。

 

 その嫋やかな女の人みたいな手が指さしたのは、教室の窓――――

 

 

 

 そこにぶら下がる、いくつものいくつもの先が輪っかになった縄を

 首吊りの為の縄を、見た。

 

 

 

「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」」

 

 樹里と美紀が同時に悲鳴を上げる。

 樹里は恐怖とパニックのあまりに私の首をさらに締め上げ、美紀はスマホを床に落として自分も床に座り込む。たぶん腰が抜けたんだろう。

 

 教室の窓の外なんて意識してちゃんと見ることなんかめったにないけど、間違いなくこんなものは昼間はもちろん、私が「彼女」の家に向かう前もなかった。あればさすがに生徒か先生、近隣住民の誰でもいいから誰かが気付く。

 なら、いつ? 一体いつから、こんなものがぶら下がってるの?

 誰がこんなものを、私たちに見せつけるようにぶら下げたの?

 

 ……「あなた」なの?

 

「あなた」が、したの?

 

「な、何よこれ!? あ、あんたがやったの!? 嫌がらせ!? キモイのよ変質者!!」

 

 私の悲鳴も、問いたい言葉も樹里に締め上げられてる所為で何も出てこない。

 私の首に腕を回したまま離さない樹里が、薬売りさんに罵声まじりで問い詰めるけど、その声は半分以上すでに泣いている。

 

 けれど薬売りさんは樹里のヒステリーはもちろん、窓の外の不気味すぎる縄を見てもやっぱり全く動じた様子もなく、笑いながら言葉を続ける。

 

「最初から、ぶらさがっていました、よ。あなた方が、見てみぬふりを、していただけ」

 

 その答えに、私たちは黙り込む。

 ……この人、何が訊きたいの?

「首吊り」の心当たりなんて、私たちに訊かなくても本当は何もかも全部、もうわかってんじゃないの?

 

 そう思うほどに、その言葉は私達の胸に突き刺さった。

 全部、図星。

 私達は皆、見てみぬふりをしてる。

 自分が背負うべき「罪」から逃げている、卑怯者だ。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ! 美紀! まだなの!? 早くケーサツ呼んでよ!!」

 

 樹里は突き付けられても、まだ虚勢を張って、見てみぬフリをして、なかったことにしている。

「罪」を突き付ける薬売りさんもこの場から消して、なかったことにしようとしている。なかったことにできると思ってる。

 その為に警察を呼べと美紀に怒鳴りつけるけど、美紀は床に座り込んだままは涙目で、真っ青な顔色で、ガタガタ震えながらスマホの画面を私達に見せて訴えた。

 

「じゅ……樹里……。さっきから、スマホが変なの! アンテナも立ってるし、バッテリーも残ってるのに電話もラインも通じない! っていうか画面が、ラインの画面が!!」

「はぁっ!? もういいわよグズ!!」

 

 私を盾にしながら引きずるように連れて、美紀の元までやって来た樹里は美紀からスマホを奪って、座り込む美紀を蹴りつけた。

 そして、奪ったスマホを見て絶句。私も画面を見て、言葉を失った。

 

 スマホの画面は、ラインのトーク画面。

 ポン、ポンと軽快な音を立てて次々にメッセージを受信してるけど、その宛名は文字化けしていて読めない。それだけでも十分不気味なのに、受信してるメッセージは全部同じたったの一言。

 

『死のうよ』

 

 死ぬことを誘う言葉だけが1秒ごとに送られ続ける。

 トーク画面は全部「死のうよ」で埋まってる。

 そして画面をいくらタッチしようがスライドしようが、画面は切り替わらない。ホームボタンや電源も同じ。何度押しても一旦電源を切ってしまおうと長押ししてみても、画面は死を誘うトーク画面から変わらない。

 

「何よこれ!? 何なのよこれ!?」

 

 美紀のスマホを樹里は壁に向かって叩き付けてから、自分のスマホをポケットから出す。

 彼女のスマホは、ラインを受信してなかった。そのことに少しだけホッとしたのか、ガタガタ震えて操作がおぼつかなかった指先が少しはマシになる。

 

 けれど、樹里の安寧は一瞬でまた恐怖に叩き落とされた。彼女のスマホが操作できたのなんて、上げて落とす為の前振りでしかなかったんだろう。

 

 電話で110を押して通話にしたら、2コールほどで繋がったのが未だに樹里に抱えられている状態の私には聞こえてきた。

 

「もしもし! ケーサツ!? 助けて変質者が……」

《――――――許サナイ》

 

 ノイズと音割れが酷くてすごく聞き取りにくいけど、確かに聞こえたんだ。

 

「!?」

《許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ……

 ――――――死ネ》

「!!?? きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 

 樹里が私を抱えたまま、首を絞めたまま絶叫を上げる。

 至近距離からの甲高い声は普段なら耳が痛いくらいだっただろうけど、今の私にはその声は酷く遠かった。

 

 樹里の悲鳴なんかよりも、私の耳に残った声は、電話からの声。

 

 

 

 それは確かに、「彼女」の声だった。

 

 

 

 * * *

 

「ここは、とうにモノノ怪の縄張り、なんですよ」

 

 自分のスマホを床に叩きつけるだけではなく、もう二度とあの声が聞こえないようにする為か執拗に足で踏みつけて、粉砕しようとしている樹里を無視して薬売りさんは背負っていた箱を下ろして語る。

 

「おかしいと、思いませんか?

 何故、私が誰にも咎められず、中学校校舎(ここ)に入り込めたのか……。

 何故、もう日が沈んでいるというのに、誰もあなた方に、早く帰るように注意する者が、現れないのか……」

 

 そこまで言われて、本当に今更ながら現状はおかしすぎることに気付く。

 そうだ。こんな目立つ人が誰にも気づかれず、校内に入り込めたことがまずおかしい。

 まだ下校時刻を過ぎた訳じゃないから、部外者が校内に入り込む隙はあったかもしれない。だから、たまたま誰にも見つからずここまでこれたのはいいとしよう。

 

 でも、冬なので日が落ちるのが早くなってるこの時期じゃ、まだ5時ちょっと過ぎでも日が落ちてしまったのなら先生が教室内を見回って、補修や部活動以外で残ってる生徒は帰るように注意するはずだ。

 なのに……何で未だに誰も来ないの?

 

 それだって、まだ偶然の範疇かもしれない。けど、けど……明らかにおかしい部分に私は気付いてしまった。

 

「……結花……さん……は?」

 

 もうこの時点では悪意によるわざとではなく、ただ単にパニックになってるだけだろうけど、かろうじて呼吸が出来る程度にまで首を絞められた状態の私が問う。

 

 忘れてた。けど、思い出した。ここには本来、もう一人いるはずだったことを。

 私の鞄を、樹里と美紀の指示で便器の中に落とせとか言われているはずの結花さんが未だに教室に帰ってこない。

 彼女の鞄はこの教室内にあるから、もうすでに帰った可能性は低い。そもそも、そんなことができる人なら樹里たちの横暴に唯々諾々と従いはしない。

 

 私の問いで樹里と美紀もようやく結花さんのことを思い出したのか、一瞬きょとんとしてから血の気が引いた。

 この状況で一人逃げたとか、あのラインや電話は彼女の悪戯だという可能性よりも、もっともっと最悪の可能性が二人の頭にも真っ先に浮かんだんだろう。

 

「……おや。もう一人、いたんですか」

 

 薬売りさんだけが最初と変わらないテンションで呟き、タンスみたいな箱の下から二段目の引き出しを開ける。

 するとそこから、虫みたいなものが無数に飛び出して来て教室の床、机と机の間に等間隔で整列する。

 

「ひぃっ!!」

「な、何よこれ!? 何なのよこれは!!」

 

 美紀が腰を抜かしたまま縮こまり、樹里は相変わらず私を抱え込んだまま足元の「何か」が自分に近づかないよりに蹴りつける。

 

「……あ」

 

 樹里が蹴りつけたものが(リン)っ! と音を立てて舞い上がって、私の肩に乗ってようやく私はそれが何なのかを理解した。

 

「……どうやら、あなたのことを、気に入ったようだ」

 

 それは、私が拾った硝子細工の蝶か蛾っぽいやじろべえ(仮)だった。

 そのやじろべえ(仮)は、私の肩の上で一度お礼でも言うように、頭を下げるしぐさのように前に傾いたかと思ったら床に降り立ち、他のと同じように整列してそのまま動かない。

 

「な、何これ!? 虫なの!? 硝子なの!? 何で勝手に動くのよ!!」

「天秤も、見た事がないのか?」

 

 生き物のように動いたかと思ったら、絶妙なバランスで床に立ってそのまま動かなくなった「それ」に、樹里がまたさらに怯えた声を上げる。それでも私を離さないのは何で? 樹里は本気で何がしたいの?

 そんなことをどっか現実逃避気味に私が思っていたら、樹里のヒステリーとパニックに薬売りさんが淡々と突っ込む。

 

 天秤? これ、天秤なの?

 まぁ、確かに言われてみればそう見えないこともないかもしれない。

 

「て、天秤? なんで、こんなとこで天秤なんか……。なんで、天秤が動いて……何の重さを……?」

 

 天秤から逃げるように、教卓にしがみついて美紀は半泣きで薬売りさんに問う。

 うん、確かにそっちを先に突っ込むべきだったな。だめだ、私も樹里のこと言えないくらいにパニくってるのかもしれない。

 

「これは、重さではなく、距離を測る天秤だ。……天秤の傾きが、モノノ怪との位置を、教えてくれるんです」

 

 けれど一番冷静なような顔で、実は一番パニくってるんじゃないかな? と思うようなことを薬売りさんは言い出す。

 もはや窓の外の縄やスマホの異変、そして勝手に引き出しから飛び出して机と机の間に均一に自分から整列する硝子細工の天秤を見たら、「モノノ怪」自体を否定する気はないけど、何で天秤で距離を測るの?

 

 けど私たちの疑問なんて気付いていないのか答える気がサラサラないのか、薬売りさんは床に整列した天秤を見下ろしながら、何かを指示するように指を動かして勝手に語る。

 

「……もう一人、いるとは、思わなかった。

 無関係なら、弾かれただけだろうが、関係者なら…………もう、遅い」

 

 言うと同時に、天秤が全部一斉に同じ方向に傾いて鈴が激しく鈴っ!! と鳴る。

 そして鈴の音とほぼ同時に、薬売りさんも動いていた。

 

 薙ぎ払うような動作で何かを、天秤が傾いた方向、いくつもの縄がぶら下がっている窓の方に投げつける。

 ()()()()()っと音を立てながら窓一面に貼り付いたのは、短冊のような長方形の真っ白い紙かと思ったら、貼り付いた瞬間に赤黒い模様か文字かよくわからないものと、眼らしき模様が浮かび上がってお札らしいお札になる。

 

 眼らしき模様は、初めは幅の狭い平行線だったのに一瞬の間を開けてから開眼したので全員が短い悲鳴を上げた。

 けど、私たちは窓の外にぶら下がるものに気付いて、お札に浮かび上がって開いた眼に対する驚きや恐怖なんか一瞬で上塗りされた。

 

「「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」」

 

 樹里と美紀が、喉が避けるのではないかと思うほどの悲鳴を、恐怖そのものの声を上げる。

 

 お札の隙間から見える、窓の外にぶら下がる縄。

 先端が輪っかになっている……どう見ても首吊り自殺の為の縄。

 

 その内の一つに……、人がぶら下がっている。

 

 眼球が半分飛び出しているんじゃないかと思うくらい、両目は見開かれている。

 口から血の気を失って青っぽくなった舌がデロリとはみ出ていること、首には縄を外そうともがいたであろう生々しいひっかき傷、指先は自分の血と肉片がこびりついていることが、どれほど苦しかったかを物語っている。

 

 樹里たちと同じくらい外見に気を使っていたのに、今は見る影もない。それでも、それが誰なのかわかりたくないけどわかった。

 薬売りさんの言う通り、ここはとうにモノノ怪の縄張りで、もう遅かった。

 

 窓の外にぶら下がっている首吊りは、私の鞄をトイレに持って行ったはずの結花さんだった。

 

 ……これだけでも夢なら覚めて欲しい、現実ならいっそ気を失ってしまいたいくらい悪夢的な光景だけど、樹里と美紀が絶叫した理由は、私が樹里の腕なんて生易しいくらいの息苦しさで言葉を失っている理由は、悪いけど結花さんの死体じゃない。

 

『――――許サナイ』

 

 私達にとって、怖いもの。

 

『死ノウヨ』

 

「首吊り」の心当たり。

 モノノ怪の正体なんて、私たちは最初からわかってた。

 

『死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ』

 

 それは、首を吊って窓の外でぶら下がる結花さんの背中にしがみついている。

 縄が食い込んでいる結花さんの首を、それでもまだ生ぬるいと言わんばかりに背後からしがみついて、両手で首を絞め続けている。

 

『死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ死ノウヨ』

 

 血走った目で、私たちを見ながら死に誘う。

 ニタニタと悪意そのものの笑顔は、結花さんの死に顔以上に生前の面影なんてない。

 

 

 

『 死 ネ 』

 

 

 

 けれど、わかってしまう。わかりたくなんかない、信じたくなんてないけれど、それが誰かわかってしまった。

 

 

 

「……いつき……さん」

 

 

 

 それは間違いなく、10日前に自宅で首つり自殺した私たちの同級生。

 鳥居 いつきさんだった。

 

 いつきさんだった。間違いなく、「彼女」だった。

 

「遅かったが……『形』はわかった」

 

 だけど、薬売りさんは「彼女」を違う名前で呼ぶ。

 

 

 

 

 

「モノノ怪の『形』は――――『くびれ鬼』」

 

 

 

 

 

 もう、人ではないと。

 それを肯定するように、証明するように、カチンと何かが鳴る。

 

 薬売りさんがいつの間にか手にしている「剣」から聞こえた。


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