VRゲームで進撃の巨人~飛び立つ翼達~   作:蒼海空河

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全ては盤上の出来事

 議場は騒然となった。

 キッツ隊長の「議論する価値もない」という強烈な意見にナイル・ドークとて黙ってはいられない。

 怒りの形相で反論しようとするが、なにやら息を飲んでいた。

 後ろを振りむく。

 多少動いてもいいのか、両サイドにいる衛兵は動かない

 

「ふん…………」

 

 無表情――だが鋭い目つきは相手の言葉を無条件に止めさせる形相だった。

 鬼の表情というか、正直……凄く怖いです。

 

 ふんと鼻を鳴らしキッツ隊長が両手を組みながら話す。

 威圧感が半端なかった。

 

「罪が、罪がと喚くなら貴様らこそ最大の罪人だな」

「キッツ貴様ぁぁっ!!言う事を欠いて我らが犯罪者だというのか!?」

「罪人が違うなら反逆者でもいい。お前等は反論できるのか? ここにいる全ての者のほとんどが知っているだろう、憲兵団の実態をなっ!!!」

「な――ッ!? いいかげんにしろっ。そんな事実無根なことを……。今はアオイ・アルレルトの審議であり、関係の無い話でお茶を濁そうとしても――」

「ほう、なら言ってもいいのだが?」

「貴様……ッ!」

 

 ドンドン!

 

「静粛に! キッツ・ヴェールマン。ここはアオイ・アルレルトの審議をする場であり、兵団同士のいざこざを持ち出す場所ではない。君はそのことを発言したかったのかね?」

「いえ違います。勿論、アオイ・アルレルトについての発言は継続します。ただ横やりが入ったので反論したまでです」

「ふむ……ナイル師団長。発言の中断行為は控えるように」

「はっ」

 

(巧い……相手の弱点を突いて黙らせた)

 

 憲兵団は不正や横領の宝庫だ。

 叩けばいくらでも埃は出てくる。

 怒りの形相で見ていた憲兵団一同も今は大人しくなっている。

 睨み殺さんばかりにキッツ隊長の方を見ているが。

 

 おそらくキッツ隊長は、傍聴している市民も含めて全体を味方とするために先ほどの発言をした。

 少なくとも一応暴論とはいえ、筋が通っていた憲兵団の発言は信憑性が薄くなってしまった。

 「罪人の言葉を誰が信頼できようか」という言葉の通り。

 不正を公然としている組織の言葉はこれ以降受け容れにくくなるはずだ。

 

「続けます。憲兵団は彼が立体機動装置を奪った所為で無用な被害が出たと発言しているが本当にそうでしょうか?」

「ふむ、それはどういうことかね」

「ここにいるアオイ少年は既に13体もの巨人を倒しています。その内3体はシガンシナ区で倒しました。10体はつい先日のウォールマリア奪還作戦です」

 

 「あの少年が!? 嘘だろう……」「いや俺は見た。あの子は本当に巨人達相手に戦っていた!」議場はざわつく。

 どれくらい倒したかの詳細は知らない人もいたのだろう。

 

「さらに報告では超大型巨人に対しても彼は単騎で攻撃を仕掛け退けています。事実、あの後超大型巨人は姿を消していますし事実でしょう。鎧の巨人との戦闘では不覚こそ取ったそうですが、やはり単騎で敵の注意を引き付け駐屯兵団の避難誘導を容易にしました」

「超大型巨人に関しては報告に無かったな。アオイ・アルレルト……それは本当かね?」

「……はい、俺――自分はあのとき立体機動装置ですぐさま壁上へと登り、攻撃を仕掛けました。倒すことはできませんでしたが……」

「だが超大型巨人はいなくなった。事実としてシガンシナ区ではその日以降見ていないわけだから、それは君の功績で間違いないのだろう」 

 

 ざわっ!! と今度はさきほど以上に騒がしくなる。

 

「おい……確か超大型巨人って壁と同じくらいの高さなんだよな?」

「いや俺は壁を跨げるくらいって聞いたぞ!?」

「それよりあんな小さな子供が退けたって!? いくらなんでも――」

 

 さすがにこれは吹かし過ぎだ……。

 俺は倒したわけじゃない。

 あのときはミッションを達成しようとしてがむしゃらにブレードを投げつけただけ。

 ただ目撃者は大量にいたのは確かだ。

 シガンシナ区で外にいた住人のほとんどが超大型巨人の方を見ていただろうから遠目には戦っているように見えたのかもしれない。

 ざわざわとする議場は議長が制する前にキッツ隊長が静かに両手を広げた。

 1人……また1人と黙り、次の発言に注目する。

 

「超大型巨人がもしそのまま進撃していたらどうなっていただろうか? ウォールマリアを始めウォールローゼ、シーナまで破られていたのではないか? 隊長である立場から言わせて貰えば、大を生かし小を切り捨てるのは当然と考えている。憲兵団は1人や2人の命が大事なようだがあえて言わせて貰おう――――馬鹿か貴様ら?」

「な――――ッ!?」

 

 息を飲むナイル。

 ぎろりと睨みつけるキッツ。

 多くの部下を持つ彼の言葉は、重く異論を挟めない。

 

「アオイ・アルレルトは既に人類を一度救っていると言っても過言ではないのだ。それを何だ。立体機動装置を盗んだから? 他の兵士や市民が犠牲になった? それ以上の人命を助けたではないかっ!! 10歳の少年がだっ!! 全人類の命と僅か数名の命……どっちが大切など議論するに値しない」

 

 しん……と静かになる。

 この空気で誰も反論できない。

 だがそれを破る者が憲兵団側の席から現れた。

 

「な、な、な……穢れた巨人達の巣窟に1年もいた少年など、即刻処分するべきだ!」

 

(何言っているんだこの人は!? 巨人がどうとか関係ないだろう!?)

 

 神父服に身を包んだ初老の男性だ。

 ニック神父でもなく、誰かは判らない。

 何故こんな人が議場にいるのか理解している人もほとんどいないだろう。

 癇癪を起した子供のように顔を真っ赤にして滅茶苦茶なことを言っている。

 

 これにはさすがのナイルすら顔を顰めていた。

 すかさずエルヴィン団長が異議を差し込む。

 

「処分とは穏やかではありませんね。1年もの間巨人達の猛威から逃れ生き続けた奇跡の少年でしょう。有難がることはあっても穢れているとは言えないと思いますが?」

「う、煩い煩い煩いっ! 1年間など生きれる訳がない。とにかくそいつは悪魔、巨人の手先! 人類に仇名す尖兵だ!!」

「人類とは意志を交わせない巨人の尖兵などと異なことを。妄想の類はいい加減にして貰おう」

「何を言っている!? 巨人は――――」

 

 ドンドンドンドン!!

 

「静粛に! 静粛に! 今、発言を許しているのはキッツ駐屯兵団隊長であり、君達の発言を許可した覚えはない! これ以上審議を阻害するなら退出して貰おう!」

「ク……ッ!!」

「申し訳ありません」

 

 ダリス議長の言葉で議場は静寂を取り戻すことができた。

 ただ殺さんばかりに神父らに睨まれているのがとても居心地が悪い。

 だがそれ以上に印象に残ったのは、

 

「…………ふっ」

 

 エルヴィン団長が無表情だが口元を緩めたように見えた。

 いやむしろニヤリやニタリという擬音の方が適当だ。

 距離的に離れていたので気のせいだったからしれない。

 ただこの人が無意味な議論に自ら首を突っ込むのも不自然だ。

 なにか目的があったのかもしれない。

 

 

 

 改めてキッツ隊長が話し始めた。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 議会にいる全ての人間に伝わるように。

 

「私は臆病者だ」

 

 唐突な告白に戸惑う周囲。

 だが続けて彼は言う。

 真っすぐ正面を見て。

 

「私は部下に人類の為に死ねと命令することを躊躇(ちゅうちょ)しない。それが人類の為ならば。だが私自身が巨人との戦いに挑めるかと言えば否だ……。あんな巨大な者と実際に対峙すれば、私など部下を捨てて逃げるかもしれない。気が動転して喚き散らすだけの愚物に成り下がるかもしれない。それほど、恐ろしい。ナイル……貴様は超大型巨人や鎧の巨人に1人で挑めるか? 13体の巨人を屠れるか?」

「私、は……」

「私は無理だ。だが出来る者もいる」

 

 キッツ隊長は俺をじっと見た。

 怖いと思っていた顔は、どこにでもいる1人の男だった。

 

「…………彼の両親は調査兵団所属で過去に行方不明になっていると聞く。その少年が必死に立体機動装置の扱いを請い、巨人に一矢報いた……なんとも良い話ではないか。――――そしてその少年が努力した成果に応えたのがこれだ」

 

 キッツ隊長は隣にいたリコに促し、手に持っていた紙をハンネスさんとフ-ゴさんに手渡す。

 エルヴィン団長も他の人が持っていた紙を集めダリス議長の護衛をしていた兵士に手渡し、その紙は議長席の前に積まれた。

 紙の厚さは辞典など目じゃないほどずっしりと厚かった。

 

「これは?」

「アオイ・アルレルトの裁判に反対する兵士達の嘆願書です。紙資源も貴重なので本来1人1枚署名するところですが、10人で1枚書かせています。駐屯兵団は南方を中心に約7000人分、調査兵団は約3000人分――計10000人の兵士が彼の裁判は不当であると抗議していますがどうでしょうか。これは兵士だけでです。もし市民も加えたらとんでもない量になるでしょう。……以上で発言を終了します」

「もういいのかね?」

「はい。ただ彼は私達に出来ないことをやり遂げた真の兵士と言ってもいい――最後にそう付け足しておきます」

「そうか。……他に意見のある者はいるか。なければ最終審議に入るが――」

「はい」

「ナイル師団長、まだなにかあるかね?」

「……あります」

 

 既に大勢は決したとばかりの空気を破り挙手をしたナイル。

 何人かはいい加減にしろ、と抗議の声を挙げる。

 何故彼はそこまでして……。

 

「どんなに言い繕っても罪は罪です。罪には罰が必要です。…………以上で発言を終了させていただきます」

 

 ふざけるな、お前らこそ裁かれろ、との声がどこからか聞こえる。

 

 ドンドンドン!

 

「静粛にっ! 静粛にっ! 以上で審議を終了する」

 

 ダリス議長はいくつか取っていたメモをぺらぺらと見ながら目を瞑る。

 

 俺はその様子を見たあと静かに俯く。

 途中からは終始キッツ隊長の攻勢が続いていた。

 大丈夫だと思いたい。

 

 ただ、もし万が一処刑と下されたら?

 

 どうしたって拭えない死の恐怖がある。

 目をつぶって耐えることしか俺は――――

 

(いや待て。何故俺は俯いているんだ?)

 

 エルヴィン団長に諭されたはずだ。

 リヴァイ兵士長に激励されたはずだ。

 ハンネスさんとシガンシナで酒を飲もうと約束したはずだ。

 リコさんやフ-ゴさんにも応援されたはずだ。

 キッツ隊長――はよく判らないけど、俺を擁護してくれた。

 

 ここで俯いて沙汰を待つのは彼らに対する侮辱ではないか?

 結局、臆病者だと自分から告白して逃げているだけではないか?

 そんな男に――――誰かを救えるのか?

 

(違うっ! 何度も誓ったはずだ! 俺は皆を救うと、そのために戦い続けると!!)

 

 だったら顔を上げて沙汰を受け入れよう。

 弱気になって逃げるのではなく、戦う為に。

 だって、俺という人間は、何度も立ち上がってここまで来たのだから。

 

 目に腹に、力を入れて顔を上げる。

 絶対に大丈夫だと、皆を信じて。

 そのときふわりと首になにかを掛けられた。

 気づくとダリス議長が柔らかい笑みで目の前にいる。

 

「アオイ・アルレルト――――君に『双翼十字勲章』授与する。これが我々が用意した君への()だ」

「え、え、ええーーーっ!!??」

 

 議場の大半の人間が起立し、パチパチパチと拍手の音で議場を満たす。

 皆は笑顔で祝福してくる。

 拍手をしていないのは憲兵団と神父達の一団。

 ポカンとしてしている人達を横目にナイルだけは静かに席を辞した。

 聞き間違えじゃなければ去り際に僅かに声が聞こえた。

 

「…………茶番だ」

 

 という言葉を。

 

 

 

 

 

 ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 まったく酷い裁判だった。

 憲兵団は完全に悪役として呼ばれただけという状況。

 何も知らされず、惨めに議場で踊っていたのは我々とウォール教の連中だけというわけだ。

 貴重な時間を失うだけの無意味な時間を過ごしてしまった。

 最後の発言ですら、予期されていたものだった。

 徹頭徹尾、ただの道化を演じさせられた場所に長居する必要もない。

 

「本当に……茶番だ」

「奇遇だなナイル師団長」

 

 通路の影からやってきたのは調査兵団団長に就任してあまり日が経っていない男。

 奇遇といっているが明らかに待ち伏せしていた。

 一度奇遇という言葉の意味を調べた方がいい。

 白々しいにも程がある。

 

「エルヴィンか……白々しい。全ては貴様の掌の上というわけだ」

 

 奴の目の奥底は見えない。

 不気味な奴だといつも思う。

 

「私は切っ掛けを与えたに過ぎない。今回のことは駐屯兵団の面々が方々に働きかけた結果さ。なにより、アオイ君が想像以上に人気者だったというのが大きかったのだろう。ピクシス司令まで動くとはさすがに予想できないさ。彼の働きかけが無かったら今回のこともなかっただろう」

「ふんっ…………よく言う。さして表情を変えずに言っても信用できるか。それより何の用だ。これでも貴様ら調査兵団と違って憲兵団は忙しいんだ」

「何故、アオイ君を裁判にかけた? やっても益などないのは明白だと判っていただろうに。彼はこれからの人類にとって必要な人材だ。失うのは惜しいと判っていたはず」

「憲兵団は法を守る組織だ。腐っている奴らもいるが、動かねばさらに腐っていくだろう。俺は法に則って行動したに過ぎない」

「嘘だな。間違いではないが正しくもない。…………奴らか?」

 

 相変わらず鼻が利く奴だ。

 いやそれはいつも護衛しているミケとかいう男の方か?

 今はいないが。

 

「奴とは知らんな。ただこれは独り言だが――」

「…………」

 

 どうせならたっぷり脅してやろう。

 せめてもの意趣返しだ。

 

壁好き(・・・)には気を付けろ。奴らは底が知れない。どうやら、色々と品の良い(・・・・)連中とも繋がりがあるようだ」

「……ウォール教か。それが今回の差し金というわけか。貴族とも関係あるのか? いやそれ以上の――――」

「知るか。ただの独り言だからな。俺はただ職務に忠実であるだけだ」

 

 俺はさっさと裁判所から出る。

 後ろの奴はしばらくの間、その場に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




まあそう簡単に殺すわけないということです。

勲章は創作です。
進撃の巨人でも勲章はあるだろうと考え作りました。

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