トロスト区へ
日常と非日常という言葉がある。
平和な日本という日常にいると、VRゲームという非日常を求めてしまうのは仕様が無いと思う。
もちろん世界の何処かでは今でも紛争が起こっているだろう。
そういった意味ではゲームとはいえ、戦いを求めるのは不謹慎なのかもしれない。
ただ中にはFPS系のVRを使って宗派の違う人達が己の主張を通すために戦う、平和なのか殺伐しているのか分からない出来事もあったので、世界は少しずつよくなっているのかもしれない。
無駄話が過ぎた。
ようは戦ったりする非日常がないと厨二を拗らせちゃったりするが、実際に体験するとあの平和な日常がとても恋しくなるという事だ。
あれは画面の中だけで十分だと。
人が目の前で死んだり、悲鳴が飛び交う街を立体機動装置で翔け回ったり、にやり顔のおっきい(物理的に)お友達に追い回させるのはお断りだということに他ならない。
その所為で変な癖がいくつも付いてしまった。
現代で言えば戦争を体験した兵士の障害なのだろうか。
例えば森や林など少しでも視界を塞ぐ障害物がある場所ではマップ機能を確認し、両手を軽く握ってしまう(トリガーに指をかけるつもりで)。決して腕がうずくとかではない。
寝る時は横になると不安になり、武士のように壁を背にしないと寝れない(すぐ動ける体勢を取るため)。誰しもお気に入りの寝方があるのではないだろうか。
立体機動装置が腰に引っかかってないとこれまた落ちつかない。聖地巡礼をする戦士がリュックを担がないと不安になるのと同じだろう。
何故かあまり深刻な事態じゃない気がしてきた。
でも1つ間違うと痛い人に思えてくる不思議。
どうでもいいことだった。
つまり結論としては、しばらくは平和な日常ひゃっほい! というのが俺の正直な感想。
アニを発見して手記を渡したり、未来の為に行動するのも大切だけど、息抜きも大切だと思うんだ。
だから……だからな――――――
「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」
「俺はなんでこいつらと戯れてんだよぉぉぉーーー!!!」
「よし、第4班! 今の内だ。死体に油をかけて火を付けろっ!」
「はっ!」
今日もトロスト区は平和です。壁内は。
今日の仕事を終えて俺達は壁内に戻った。
俺は汗びっしょりで馬に寄りかかったままだ。
近くの兵士達も申し訳なさそうに見ている。
表情を変えていないのは隊長だけだ。
「ぜぇぜぇ……ッ! 隊長、これおかしくないですか!? 11歳の子供兵士が囮で大人兵士さんは死体処理って! 適材適所って言葉があると思うんです!」
隊長はもちろんキッツ隊長の事だ。
今も表情を変えず、仁王立ちしている。
安定の強面だ。
俺は立場上兵士であるので、兵士としての仕事をしなくてはいけない。
そのことに不満はない。
実際、下宿先の宿賃は給料から支払われるし、むしろ開拓地に行かなくていいのだから感謝すべきだ。
まあ開拓地もエレン達に会えるのでいいのだが、アニを探さなくてはいけない以上、フットワークは軽い方がいい。
開拓地に行けば終日、農作業に従事しなくてはならないのだから。
「貴様の戦闘勘を失わせない為の措置だ。これはエルヴィンからの要請だし、俺も同感だからな。それに汗をかいているようだが、実際のところそこまで疲れてはいまい。動きに余裕が見られたぞ」
「そりゃ1年間も外で過ごせば、それくらい身に付きますよ……」
ちなみにエルヴィン団長が確かにそう言っていたのは知っているけど、実はアドバイスを送った方が別にいたりする。
我らの兵士長、リヴァイさん。
俺は調査兵団で他の新兵方(ペトラさんやエルドさんが居て感動した。話す機会は無かったけど)と一緒に、ネス班長から巨人の生態についてレクチャーを受けていた日があった。
その後、通路で話すエルヴィン団長とリヴァイ兵士長がいるのを目撃した。
そこで俺が話かける前にリヴァイ兵士長が言っていた言葉が、
「あの餓鬼は死ぬ状況でこそ強くなれる」
というものだ。
あの餓鬼って俺のことですよね?
それに近いセリフをエレンに言っていた気するんだけど出来れば段階的にレベルを上げていきませんでしょうか?
割と死ねる状況が多いので。
「悔しいが実力では駐屯兵団において貴様がトップクラスなのが現実だ。ウォールマリア陥落で腐り気味だった駐屯兵団の意識も変わった。しかし、今まで平和というぬるま湯に身体の芯までどっぷり浸かっていた兵士共ではまだ弱い。1年程度では少ないのだ。まず巨人の恐怖に慣れる必要がある。だからこそ貴様という鬼札を切るしかない」
「うぅ……! …………真剣な顔でそこまで言われると反論のしようがない、ですね……。……判りましたよ、もう矢でも鉄砲でも持ってきやがれですよっ!」
「その意気だ。他の兵士共も子供に負けられんと奮起している。直に負担も少なくなろう」
今日行っていた仕事はトロスト区の壁外にある死体の処理だ。
巨人は自前の消化器官がない。
つまり、人間をたらふく食べたらまとめて吐き出すのだ。
ウォールマリア奪還作戦では約25万の市民が出撃した。
帰ってきたのは3、400人程度。
原作より少し多めだが、それでも万単位の人間を巨人に喰われた。
そして巨人の胃の中でひとまとめにされ、吐き出された数十人単位の死体がごろごろと荒野に転がる岩のように打ち捨てられている。
これが大問題になった。
死体だらけの場所では疫病の発生が心配されるうえに、巨人によってはこの死体を更に喰らおうとするものが門近辺をうろつく。
調査兵団からすればシガンシナ区に一番近いトロスト区から壁外調査を行うため、出発時から巨人が付近にいる状況は極力避けたい。
駐屯兵団も街の安全を守るうえで疫病は防ぎたいし、壁外調査を行う調査兵団を援護する役目もあるので巨人が大量にいる状態は望ましくない。
そのため、2つの兵団は協力して死体の処理を行った。
遺族の為に持ち帰れるものは持ち帰り、残りはその場で燃やして処理する。
そこまではいい。
ただ、連携面や組織の違いから班分けは完全に兵団同士で別れていた。
そこで出てくるのが実力の問題だ。
調査兵団は新兵以外は巨人との戦闘経験が豊富であり強い。
死なない為に訓練も死に物狂いで行っている。
しかし駐屯兵団は巨人との戦闘経験が皆無であり、訓練もサボり気味だったのが現実だ。
ウォールマリア陥落という大事件を契機に、真面目に訓練に励む姿は見られるようになったが所詮付け焼刃。
彼らが精強になっていくにはもう少し時間が必要だった。
そこでキッツ隊長が大胆な作戦を敢行する。
調査兵団は実力を生かして数人単位の班構成で効率よく作業を行うのに対し――――駐屯兵団は俺という実戦経験豊富な兵士を基点として作戦行動を行った。
聞こえがいいがつまり、俺が徹底的に巨人を引き付けまくり、可能なら撃破、駄目なら調査兵団から借りた巨人の追撃からも逃げれる高速馬で逃げまくれという気の触れた作戦を行ったのだ。
おかげで回避能力だけならグングン成長している気がする。
新たな回避スキルを得られるかもしれない。
そういう意味ではキッツ隊長に感謝すべきなのだが……。
俺の神経がガリガリとヤスリで削られることになるので出来れば勘弁願いたい。
いやほんと切実に。
「まあ今日のところはここまでだ。先に帰って休むがいい。明日、明後日は休みにするから英気を養え。明々後日にはまた作戦を行うからな!」
「了解です。 アオイ・アルレルト見習い兵、これにて勤務を終了し、帰らせていただきまっす!」
「ふん……ゆっくり休め。……あー、そうだアオイ見習い兵」
「え、なんでしょうか?」
「持って行け。疲れたときには肉と果物だ」
手渡されたのはベーコンレタスサンドとローストハムサンドとリンゴ。
当たり前のように渡されたけど、ベーコンやロースト…………ウォールマリア陥落以降の人類にとって肉類は貴重なはずだ。
何故なら家畜を飼育するほど土地が余ってないから。
上官クラスなら確かにある程度、入手することは可能だけど……。
「あの肉類って……」
「黙って持って行け。危険な任務を達成したものが相応の見返りを得るのは当然の事。それは貴様の働きが勝ち取ったものだ。…………子供は肉を喰わんと成長せん。俺も肉を喰って大きくなったからな」
「でも」
「もし礼をしたいと言うのなら……1日でも早く、当たり前に肉が喰える世界にしてくれたらいい。それなら出来るだろう?」
「は、ははは……だったら、山ほど肉を持ってきてお肉パーティーでも開きましょうか?」
「それはなんとも胸焼けがするパーティーだな。…………開催するなら一番に招待状を送るように。上官命令だ」
「勿論です!」
「だったら、今日はさっさと帰って休め。休息も兵士の勤めだ」
「はい! では失礼します!」
なんだかんだで面倒見のいいキッツ隊長から思わぬ御馳走を貰い俺は下宿先の宿屋へ向かう。
馬は借り物なので調査兵団の方に返した。
街は徐々に活気を取り戻し始めていた。
良く――はないがウォールマリア奪還作戦で『口減らし』を行ったことで、住民には十分な食糧が回るようになった。
腹が満たされねば元気もでない。
戦後の日本もこんなだったのかなと思うほど、周囲の人々は必死に物を売ろうと屋台や風呂敷の上に商品を並べ大声を上げていた。
ただ俺はどうしてもやることがあったので足早に進む。
トロスト区の街はまだ成長途中であった。
宿屋はトロスト区の中央部からやや北――内側に位置し、4階建の立派な建物だ。
これには訳があるらしく、兵士が街内で立体機動を取るためにあえて高く建築したらしい。
補助金も出たのだとか。
他の兵士達も利用することがあり、いつも繁盛している。
お値段も手ごろで俺としてはありがたい。
『小鳥の大樹亭』という大きいのか小さいのかよく判らない名前の宿屋に入る。
木製の看板は細かい傷が幾か所にもついていたが逆にそれがいい味を醸しだしていた。
ここが俺の下宿先だ。
入って左手がカウンター、右手が酒場兼食堂。
実は酒場のマスターはシガンシナ区でもお世話になっていた酒場のおっちゃんだったりする。
ちょび髭が似合うダンディなおじさんだ。
シガンシナ区から避難した際、昔からの知り合いであるこの店の女将さんを頼ったとかでこの宿屋で働いている。
この宿は女将さんであるカナリアさんが経営しているのだが幼馴染とかでちょっとしたラブロマンスな匂いがする。
これは酒に酔ったマスター本人から聞いた話だが、カナリアさんのことが昔から好きだったらしい。しかしもう1人の幼馴染の男性も同じくカナリアさんを愛しており、自ら引いたらしい。
カナリアさんは今年で13歳になる双子の娘さんを出産している。
ただ旦那さんは調査兵――――既に亡くなっていて5年間、彼女は未亡人のまま。
これだけでちょっとした恋愛小説が書けそうな気がする。
まあ、他人の恋路に首を突っ込む奴は馬に蹴られかねない。
俺の出来ることなどないのだが……。
「あ、アオイちゃんおかーえりー」
「かーえりー」
「どうもヒルさん、マイナさん、301号室の鍵お願いします」
「はいよー」
少し錆びた鍵を受け取る。
女将の双子の娘さんで、ヒルレイアさんとマイナリアさんというライトブラウンの髪が特徴的な明るい双子だ。
ペトラさんに髪色が近い。
くりっとした目が小動物を思わせとても可愛らしいのだが、2人とも意中の男性がおり、しかも同じ男。
猛烈アタックを仕掛けているらしいが本人が鈍いらしく、未だ恋が成就しないとか。
雑談ついでと双子に語られた砂糖100%で構成された内容は、朝に半裸で起こしにいったり、手作り料理を振舞ったり、2人して両サイドから胸を当てて抱きついたりとか……。
くねくねと頬を染めながら言っているが、俺からすると甘すぎて気分が悪くなってくる。その男はどれだけ自分が恵まれているか理解していないだろう。間違いなく。
この宿屋、どれだけラブ臭に満ちた空気を漂わせるのか。
しかも双子の意中の男性の名前がとても聞き覚えのある奴だったがスルーした。むしろスルーする。
会いたい気もするが…………殺意の波動に目覚めそうだ。
とりあえず、男として言わせてもらおう―――― 爆 ぜ ろ !!!!!
そいつは訓練兵団中に恋人を作っていた気がするがなにも忠告などしない。
精々恋人も含めて、四角関係になればいいさっ!!
まあ双子の可愛い天使に言いよられる
部屋に戻って普段着に着替えよう。
俺は普段着に着替えたあとアニの父の手記を手に外出した。
双子の想い人が誰とかいいません。
野郎です。
名前がなんだったけか……どうでもいいですね。はい。