VRゲームで進撃の巨人~飛び立つ翼達~   作:蒼海空河

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宿屋と子供

 路地裏はあまり治安がいいとはいえない。

 足早に出ることにした。

 少年(さっき誘拐犯が少年とかいってたし)も連れて行く。パンをあげてそのまま放って置く程、俺も無責任じゃない。

 一先ず宿屋に戻ろうと大通りを目指す。

 少年はご飯を食べたあとは、少ない声で「ありがとう……」と言い黙ってしまった。

 確認のために、

 

 「とりあえず一緒に行こう」

 

 と聞いたところ、無言だがコクンと首を上下したので、了承と受け取りいまは大通りを目指しうす暗い路地裏を進んでいる。

 

 手を繋いで歩く。

 小さい手の感触と子供特有の暖かさを感じながら、俺は横目で周囲を観察する。大切な本を盗まれてしまったこともあり、警戒していたからだ。

 口を半開きのまま宙を見続けている男。

 ボロを着た子供達。

 石畳が剥げ、剥き出しの地面に横たわりうめき声を上げる女性。

 まるで戦争の敗戦国――事実、巨人との戦いには負けているので似たようなものだが――重い空気がたちこめている。

 逆にこっちが心配になる光景だった。

 リコさんから情報を教えて貰っていたが、目にすると気が滅入る。

 

 1年前の巨人の襲来、そして1ヵ月前の人類の『口減らし』を兼ねての無謀なウォールマリア奪還作戦。

 ただ皮肉なことに人が減ったことで争い事も減った。

 治安が悪いが以前ほど犯罪は起こっていないのだと、数字に強いリコさんから教えて貰った。

 犯罪を起こす元気すら失っているのかもしれない。

 治安が悪いと思っていたのでそれはいいのだが……これはこれで問題だった。

 昼間はトロスト区は徐々に持ち直してきたと思っていたが、想像より下方修正しなくてはいけない。

 

 人類の試練はまだ終わっていないのだから。

 

「……俺に出来ること……か」

 

 戦いはもちろんだが、人類の危機はむしろこれからだ。

 

 度重なる調査兵団の壁外調査による大幅な戦力ダウン。

 トロスト区への巨人襲来。

 女型の巨人の出現とその攻撃による少なくないベテラン兵の戦死。

 ウォールシーナへの奇襲。

 鎧の巨人、超大型巨人の正体――そして巨人達を操っているようにも見える獣の巨人の存在。

 さらには人類内部の闇。

 

 それらの事態までまだ4年あるから、少しは平和にと行きたかったけど、どうやらやる事が多そうだ……。

 一昔前のヒーローモノみたく悪(巨人)を倒せば万事解決という世界ならどれだけ良かったか。

 弱気になる時もあるが、当然諦めるつもりもない。

 引き篭もったらカルラさんあたりが化けて出てきそうだし。

 俺も我武者羅にやらないと駄目なようだ。

 

「へっ! 偏差値50の普通人間にどこまでやれるか判らないけど……みんなで生き残ってやらぁ……」

「…………?」

 

 どんどん積み重なる難題に対して、静かに闘志を燃やしながら夕陽が照らすトロスト区の街を少年と2人で歩いていった。

 

 

 

 

 

「ただ~いま。女将さんちょっといいですか?」

「アラ、アオイ坊やお帰り。いつも言ってるじゃないか、カタリナでいいって」

「いえいえ、友人(双子のこと)のお母さんを名前呼びとかハードル高いですって」

「相変わらず変に礼儀正しいねえ……まあいいけど、今日もお勤め御苦労さん。……ん? 後ろの子はどうしたんだい? 随分小汚いねぇ、うちは食べ物を扱うところだから、あまりゴミは落とさないようにね」

「それについてちょっとお話が――」

「ど、どうも……」

 

 少年はぺこりと頭を下げる。

 宿屋に帰ってすぐ出迎えてくれたのは酒場のマスターの想い人でもある宿屋の女将、カタリナさん。

 ヒルレイアさんとマイナリアさんの母で面倒見の良い女性だ。

 恰幅が良く、まさにオカンという印象を受ける豪快な人だ。

 だが礼儀作法や街の情報(井戸端会議とかで収集)にも精通しており、舐めてかかるといけない。

 結婚して子供を産む前はクールビューティーな女性だったらしく、糸目でいつもにこにこ顔だが、目を見開くと背筋が凍ってしまうほどの威圧感を発する人だ。

 怒るとやばいとは某双子からよく聞いている。

 

 街の有力者とも面識があったりするし謎もある。

 エルヴィン団長とも知り合いらしく、俺がここに住む理由も彼女の元なら好都合だかららしい。

 理由は教えてくれなかったが、エルヴィン団長のことだ、常人には理解できない深淵な理由でもあるのだろう。

 

 そんな女将さん相手に俺は一通りの事情を説明する。

 本の関連の理由は説明しづらいので適当な理由をでっちあげてだが。

 

「じゃあその誘拐犯を追っ払ってその少年を連れてきたわけかい?」

「ええ、そうなんですが――」

「馬鹿かいアンタ」

「ってちょっと――」

「いいから黙ってお聞き」

「……はい」

 

 あんまりな意見に反論しようとしたがぴしゃりとシャットアウトされる。

 女将さんはふう、とため息を吐くと諭すように言う。

 

「いいかい? アンタのやったことは確かに良いこと(・・・・)さね。だがアンタは少しは疑うべきだよ。軽率とも言えるね」

「疑うって、なにをですか?」

「その発言からして駄目だね。いいかい、仮にその子が誘拐犯連中のグルとは考えなかったのかい? 兵士ってのは市民から頼られると同時に煙たがられる存在だ。後ろめたい連中からすれば特に顕著だ。殺すと他の兵士が大挙してやってくるから危害を加えようとする馬鹿はいないが、金目のものを奪うくらいは平気でする。もし腰に後生大事にぶら下げてる装置を奪われてご覧? アンタは兵士失格だよ。そんな奴、誰が信用するんだい?」

「う……それは……」

「反論できないだろう」

 

 本を盗まれたばっかりの俺からすると耳が痛い。

 実際、兵士を狙ったスリは発生している。

 安定した給料が支払われている彼らはいい標的だからだ。

 

「でもグルじゃなかったらどうするんですか。ほっといたら駄目でしょうに」

「ほっときゃいいんだよ」

「……う」

 

 ぎろりと少年を睨み付ける女将さん。

 俺としては納得できるものではない。

 見捨てるという選択だけは決して選びたくない。

 それは諦めだと思うから。

 

「なっ!? 放っていたらこの子は連れ去られてどんな目に遭うか判らないんですよ!!」

「だからアンタは駄目なのさ。そんなこと街の何処でも起こってる。いいかい?」

 

 そこで一度区切った彼女は目を見開いて睨む。

 その瞳はいつものにこにこ顔と違い、冷徹さしかない。

 思わず俺は心臓を鷲掴みされた錯覚さえ覚える。

 

「アンタの事はエルヴィンさんから聞いてるんだよ。『英雄』さんはこれから人類の為に死に物狂いで戦わなくちゃいけない。それがアンタに課せられた義務だ。そんな犬猫みたいな子供に情けをかけるほど、もう安くない。そっちがそう思っていなくともね」

「…………」

「判ったら、その子供は外に叩きだして、今後は安易な人助けはやめて任務に集中するんだね。兵士なら見捨てる(・・・・)ことも覚えないと」

「………………」

「図星を差されたからダンマリかい? 子供じゃまだ判らないんだろうけど、世界は残酷なんだよ。だからね、しょーもない命なんて切り捨てて(・・・・・)――」

「お断りします。それだけは譲れないですから」

「あん?」

 

 以前の俺ならもう少し動揺するかもしれない。

 だが決めたのだ。皆助けると。

 今日も救えなかった人達がいるのは確かだ。

 裏路地の人だけではない、外で巨人達を引き付けていたときも死んだ兵士はいる。

 目視していないが、ぐちゃぐちゃという不快な音と断末魔が辺りに響いていた。

 俺にできるのは一体でも多く引き付け、倒せるなら倒すだけだった。

 

 でも最初から助けようともしない人間が誰かを救えるのか?

 命をえり好みする奴に誰が助けられたいんだ?

 常に最上の結果を出せなくとも、最上を目指すことを諦める奴に皆を救うと宣う資格はない。

 ウォールマリア奪還作戦でそれを思い知った。

 あれは駄目だ。

 あとで思った。

 じーさんを助けることは出来たがもう少しやりようがあったのではないかと何度も思った。

 俺は弱い。

 でも皆は本当に強い人達だ。

 

 リヴァイ兵士長もエルヴィン団長もハンネスさんもフ-ゴさんもリコさんもキッツ隊長もピクシス司令もダリス議長も……ナイルさんも。

 何度も打ちひしがれながら戦い続けるからこそあの人達は強い。

 俺より何倍も、強い。

 だからこんなところで縮こまることなんて、できない。 

 

「全てを救ってみせる、それが俺の決意ですから」

「決意……軽い言葉だ。口ではいくらでもいえるんだよ。アンタなんかに――」

「英雄、なんでしょう? だったらそれぐらいやってこなさなきゃ誰も付いてこない。人類だって救えない。命を取捨選別する人間に誰が付いてきますか? 俺は嫌ですね。だから決めたんです。決して諦めないと。血反吐は吐いたって前に進むことを諦めない。力不足で倒れるなら、俺はきっと前のめりに倒れますよ」

「…………」

「……あの、私迷惑なら……」

「諦めない、から」

 

 言いきった俺に顰めっ面の女将さん。

 後ろの少年がなにやら言おうとしたけど言わせない。

 助けたのに放り出すなんて選択肢は無いからだ。

 

 しばらく睨みあいをした後、折れたのは女将さんだった。

 ふっと表情を和らげると唐突に俺の頭を乱暴に撫で始めた。

 

「うわ、なんですか!?」

「ちょっときつめに言ったらこれだ。悪かったね、アンタの言うとおりさ。見捨てる野郎だったらアタシだって糞喰らえって罵ったあとに石投げつけてやるよ」

「え、じゃあさっき言ってたのは一体?」

「エルヴィンさんからアオイは厳しめにしといてくれって言われてんのさ。違う奴が言ったことかもしれないけどね。まあ所謂、試したって奴だね」

「えー……? 団長は相変わらず……」

 

 絶対、リヴァイ兵士長のアドバイスがあるとしか思えない。判らないけど。

 

「ふふふ♪ 死んだ旦那もよく皆を助けてやるんだー! って馬鹿みたいに張りきってたよ。そんなひた向きな強さに惹かれたんだけどね。……でも約束しな。決して自分の命を粗末にしちゃいけないよ。アンタが生きればずっと多くの人が助かる可能性があるんだからね」

「もちろん死ぬつもりなんて欠片もないですよ」

「その意気だ! ……じゃあそろそろ蚊帳の外になっている後ろの奴の相手でもしようかね」

「え、え、え? あの、その……」

「諦めな。あの馬鹿に目を付けられた以上、離しゃしないよ。とりあえず、宿の浴場で綺麗にしてやるから付いてきな!」

「え、ええーーっ? あのー私……っ!」

「お金なら心配なさんな。そこの坊やが今以上に稼いでアンタを養ってくれるだろうからさ」

 

 養うって……まあお金ぐらいいくらでも払いますけど。

 というか女将さんやたらにやにやしてません?

 

「いやー前から男の子が欲しいって思っててねぇ。一緒にお風呂に入ってあんなことやこんなこと――」

「おいこら、息子産まれたら手を出してたとか言わないですよね」

「そんなことするかい。ただ男の子をたっぷりねっとり愛でるだけさ」

「駄目じゃん!?」

 

 なにやらこちらに訴えかけるような視線を向ける少年。

 うん、ごめん皆救うっていってたけどこれは無理です。

 諦めて女将さんとお風呂でも行ってきてください。

 既に女将さんの息が荒いのは突っ込むまい……。

 

「あ、あのー!」

「なーむー」

「ホラホラ来なさいな! 大丈夫、痛くしないから……たぶん」

「あ、あ、あーーっ!?」

 

 引き摺られていった少年に合唱した俺は何事も無かったのかのように、双子を呼んで鍵を貰ったあと自室に向かった。

 そして小一時間後――――

 

 

 

 部屋で着替えをした俺は、ベットに寝転がりながらのんびりしていた。

 意味もなくポーンポーンと枕を頭上に投げ、キャッチするということをしていた処、

 

 コンコン

 

 控えめなノック音がドアの方からした。

 

「はい、開いてまーす」

 

 たぶん双子のどちらか、もしくは両方が遊びにきたのだろう。

 たまに恋愛相談という苦行を強いられているからな。

 相手の事はもう言う気もない。

 ただ爆発してほしい――それだけが俺の願いです。

 後は夕飯だろうか?

 でもスープとパンは頂いたからそれはないか。

 

 そうこう考えている内にがちゃりと音を立てて入ってきた。

 

「失礼、します……」

「おう、今日はなんの、そ、う……だん……?」

「今日は本当に、助かりました! なんとお礼を言ったらいいか……」

 

 最初は見間違えかと思った。

 ぼんやりと照らすローソクの炎に反射してキラキラ光る金髪。

 落ちついたからかぼそぼそ声ではなく、脳に直接響く透き通った声。

 白磁の肌に芸術家が作った女神像を思わせる整った素顔。

 小さな体格ながらも僅かに膨らみのある体。

 息をするのも忘れていた。

 その容姿の美しさもあるが、それ以上に驚きが先行していた所為だ。

 

 だってこいつは……いやこの子は――

 

「あん、たは……」

「私は、ヒス…………じゃなくて……クリスタ。クリスタ・レンズと言いますっ!」

 

 よく結婚したいとか、女神とか言われてたりする少女。偽名ではあるが名前を――クリスタ・レンズという。

 この世界の謎の一端にも触れているであろう人物。

 エレン達に次ぐ重要人物との会合はちっぽけな宿屋で起こったのだった。

 

 

 

 

 

 ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 追跡していた背の低い兵士が1つの宿屋へと入っていった。

 どうやらここに泊まっているようね……。

 私は息苦しくなったのでフードを取る。

 父譲りの金色の髪が頬を撫でる。

 これを見るたびに胸が少し苦しくなる。

 今はどうでもいいことね……。

 

「兵士なのに宿舎ではなく宿屋に泊るのは変ね……。それに気付いたら兵士の服に着替えているのも不審さを感じる。でも一番は――」

 

 懐から取り出すのは一冊の本。

 それはとても見慣れた本だった。

 何故ならそれは――

 

「いつもここにいるのか、それとも違うのかで拠点を変えなくてはいけないわね……。でも、なんであいつが父の手記を持っているのか……うちの村にはあんな子はいなかった。別の関係者かそれとも……」

 

 偶然目にしたその本は父が肌身離さず持っていた革張りの本。

 幼いころの私は少しでも父の事を知ろうとして、中身を見ようとしたけど鍵が付いてて駄目だった。

 そんな本を何故あんな何処ぞの馬の骨が持っているのか……。

 衝動的に盗んでしまったが悪いとは思わない。

 これはあの兵士が持っていいものではない。

 あんな時代錯誤もいいところの父は好きではないが、これは父の人生の一部とも言うべきもので、やはり娘である私が持つべきもので……とにかく!

 

「どの道しばらくは尾行しなくてはいけないわね……寝床を探してしばらくあの兵士について調べなくては……」

 

 私は近くにいい寝床かないか探し始めるのだった――

 

 

 

 

 

 

 




誰が出すヒロインが1人だと言った……?

すいません調子のりました<(_ _)>

この2人は世界の謎を知ってそうな重要人物だったので早期に知りあわせたかったのです。

アニはともかく、クリスタの登場は原作と違いますが(原作では845年から2年間開拓地へ行っています)、主人公がそもそも大暴れしてますし、違う部分も出てくるという解釈でお願いいたします<(_ _)>

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