開拓地――――それは壁内でまた森を切り開かれていない土地を切り開く途中にある。
壁内は広大だ。
なにせ王が居を構える王城を中心として、3番目の壁であるウォールマリアまでの直線距離が約480km。
現在の人類の領域である第2の壁ウォールローゼまでなら380kmの距離がある。
100年以上前の出来事で詳細は定かではないが、人類に対し猛威を振るった巨人達から人々がこの3つの壁を発見したとき、彼らは南側から入ったという。
調査兵団などの組織が南側にあるのも、開拓が一番最初に済んだから建てたからとも言われている。
全ての資料は王政府が管理している為判らない。
ただ南区は他区に比べれば開拓はほとんど済ませてあるのも事実だ。
そうした経緯からか、シガンシナ区から避難して開拓地行きを志願した市民は他の3つの区に割り振られた。
将来、人類の反撃の嚆矢となる子供たちもまた一緒に同じ場所へと向かわされた。
そこは東のストヘス区の北西にある開拓地。
朝晩の2食、小さなパンとスープ。
寝床は急遽建てられた木造のワンルームタイプのあばら家に申し訳程度に供えられた2段ベットが8つ。
プライバシーなんて皆無の場所で16人の少年少女たちが押し込められてるように共同生活を送っていた。
男女を分ける為に中央部分にカーテンを引いてあるのがせめてもの救いか。
紅蓮の矢となり敵を討つ子供たちは未だ飛び立たない――――
× × ×
もうここに来て2カ月……いや3ヵ月は経っただろうか?
森の木々も青々とした葉を付け、気持ち良さそうに日光浴をしている。
時折、カーンカーンと森の端で大人たちが斧で木を切り倒していた。
朝から晩まで毎日のように畑仕事をする日々。
ぴょんとバッタが目の前を跳ねた。
「暑い……な」
「……仕方無いよエレン。木陰に入れればいいけど畑仕事じゃね」
「きつかったら言って。私がエレンの分まで頑張るから」
「女の子に任せるほど俺は腐っちゃいねえっての!」
「ッ! お、女の子……エレンはちゃんと私を女の子として見てくれているんだ……」
「ん? 当たり前じゃないか。というか少し顔が赤いけど大丈夫か? 休憩するか?」
「う、ううんっ、私はだいじょぶ、だから」
変な奴だな。まぁいいか。
にしても暑い……汗が滝のように流れる。
普段なら心沸き立つはずの虫の音もいまは煩わしいという感想しか持てない。
だがそれも今だけだ。
来年になれば12歳――――訓練兵団に入って強くなる。
そして巨人を殺しまくるんだ。
死んでいった母さんやアオイの為にも!
「……そうだ……殺して、殺しまくってやる。一匹残らず、駆逐しなくちゃいけないんだ」
あんな生き物この世に存在しちゃ駄目なんだ。
切り刻んで、居た形跡を残らず消し去らないとなぁ!!
「エレン……」
「ミカサ、今はそっとしておきなよ」
「判ってる」
「なんか呼んだか?」
「ううん、来年が待ち遠しいなって思って」
「おう! そうだな!」
巨人は殺したいが今は雌伏の時だ。
眼前の仕事をやらなくちゃいけないからな。
早朝から畑仕事はキツイものがある。
もっぱら男の大人たちは森を切り開き、女子供は畑の世話をしている。
今俺達がやっているのは雑草抜きだ。
なにせ一面に緑の絨毯が広がっているのだ。
もしかしらたシガンシナ区より広いかもしれない。
水は朝やればいい。昼間にやると温度がどうとかで作物によくないとか。
その合間を縫うようにうにょうにょと雑草が生えてきやがる。
少なければ別にいいが生え過ぎると作物にも影響を与えてくるらしい。
最近は天気も良いせいか、抜いても抜いても生えてくる。
このやろ、このやろッ!
ぶちっぶちっ!
小さな草相手に悪戦苦闘しているとアルミンが小声でまた話しかけてきた。
「そういえば、今度トロスト区でお祭りがあるらしいね」
「お祭り?」
「祭ぃ? まだ襲撃から1年しか経ってないのに暢気なもんだな……欠伸が出るぜ」
「でも去年の襲撃で人類全体が暗くなっちゃってるだろうし、嫌な気分を吹き飛ばすにはいいと思うよ。経済的にもお金が回らないと大損害だしね」
「経済とかの難しい話は判んないけど……そもそも誰から聞いたんだよ、そんなこと」
「いや、最近見回りの憲兵団の人達が噂していたんだ。『トロスト区で祭がある』ってさ」
「相変わらず情報通だなー」
「ちょっと小耳に挟んだだけだよ」
苦笑いするアルミン。
アルミンは頭がいいからか知らないが、噂好きだ。
ただし噂する方ではなく、噂を集める方なのだが。
情報収集の一環とか言っていたが、まあそこはどうでもいいや。
肝心なのはその内容だ。
毎日遊ぶもとも出来ず開拓開拓な毎日だとつまらなくてダレてしまう。
そんな時、アルミンの集めた噂はいい気晴らしになるんだ。
俺はワクワクしながらアルミンを見つめる。
「それでどういった内容なんだよ。まさかお祭りするで終わりじゃないだろ?」
「私も興味ある」
「ええっと、確定した情報じゃないんだけどね」
「そんな前置きはいいって。どうせ噂なんだから」
「……それもそうだね。それが今回の祭、調査兵団と駐屯兵団の合同で企画されたものらしいんだよ」
「調査兵団!!! まじかよそれっ!!」
「こらあ!! そこの餓鬼共、無駄口叩いてないで作業をしろ! お前達がやっているのは人類の為の大切な仕事なのだからなっ!」
「やば……す、すいませんっ!」
「……フンッ、これだから開拓民は……。もう少し巨人共に喰われてれば俺達の仕事も楽になったものを……ぶつぶつ」
「――ッ!! コイツ――」
俺の事など忘れたかのように去っていく憲兵団の奴ら。
お前等が何をしたんだってんだ!
碌に巨人と戦ったことも無いくせに!
はしっ!
殴ろうとして振り上げようとした拳が誰かに止められた。
「駄目、エレン。また憲兵団の人達に喧嘩売る気?」
「だけどアイツ――ッ!」
「駄目」
「……くそッ」
しゃがみ直して作業を続ける。
もやもやしたなにかが胸のなかで燻っていた。
(俺はまだ無力だ。アオイはいざという時の為に立体機動を習ってたってのに……)
幼馴染
ふらふらとしていて博識。
大人びた表情をしながら、にししと笑いながらいたずらや騒動を巻き起こす悪友。
今ごろ母さんと一緒に空の上にでもいるのだろうか?
作業を再開する。
少しの間、無言で雑草を引き抜き続けた。
罰が悪いがちゃんと誤っておこう。
大切な幼馴染なのだから。
「悪い……また熱くなっちまった……」
「いい。エレンの怒りももっともだから。でもぶつけるべき相手は彼らじゃない……でしょ?」
「そうだな……アルミンも悪いな。お前だって辛いのによ……」
「……いや、僕の中で整理は付けたから……」
どうも頭に血が昇ると誰かまわず喧嘩売っちまう。
駄目だって判ってるつもりなんだけどな……。
アルミンがしんみりした空気を吹き飛ばすように「それより!」と一呼吸置く。
憲兵団達は去っていったので再度話を続ける。
「それで兵団主催のお祭りなんだけどね」
「ああ、そうだった! なんで調査兵団が祭なんてやるんだ? 壁外調査なら判るんだけどさ」
「お祭り……エレンと行きたいな……」
「ん? まあみんなで祭は行きたいけど――ってなんで頬を膨らませてるんだよ」
「…………別に」
「そうか? まあいいや。それでアルミンどうなんだ?」
「それが普通のお祭りなんだけど、ちょっとした催しをするらしいんだ」
「催し?」
まあ祭なら盛り上げる為にそういうこともするのかな。
しかし調査兵団と祭ってのがよく判らねえな。
おっと草が無くなった。少し前進してっと。
アルミンに視線で続きを施した。
「それが――――トロスト区全体を使って立体機動を披露するんだって」
「マジか――ふごふごッ!?」
「エレン、大声駄目」
「悪い悪い……でもマジかよっ。くっそ~~~自由に移動できるならぜってー見に行くのにさあ。祭してまでやるってんなら相当の実力がある奴が出てくるんだろ? もしくは複数でやるのか?」
「調査兵団と駐屯兵団の代表1名ずつだってさ」
「調査兵団はともかく、駐屯兵団? あいつらそんなに強いか?」
駐屯兵のハンネスさんの様子からもそうだが、駐屯兵団って毎日酒飲んで自堕落な生活送ってたじゃねえか。
ここ1年は頑張ってるらしいけど精鋭中の精鋭である調査兵団と並んだら見劣りしちまうじゃないか?
「それは判らないけど、どうやら兵士100人に匹敵するんじゃないかって言われているらしいよ? 駐屯兵団でありながら巨人を10体以上殺してきた天才っていう噂だって。駐屯兵団の中では断トツの討伐数らしいよ」
「それ本当かっ!? ……は~~すっげーなぁ……。でもまあ俺は調査兵団行くからそれはいいや」
「調査兵団以外は相変わらずのスルーだね」
「私はどうでもいい」
「それで調査兵団はどうなんだ? そっちの方が凄く気になるんだよ!」
「わわわっ、肩掴んで揺すらないでででで!?」
「あ、すまん」
つい興奮しちまったぜ。
でも駐屯兵団でそれなら調査兵団はもっと期待できると思うのは当然だろ?
「そっちは名前も聞いてるよ。リヴァイ兵士長っていう人で、調査兵団でも最強だって言われている巨人殺しのスペシャリストらしいよ。名前を聞き始めたのは最近らしいけど、討伐数も数えられないくらいの凄腕なんだってさ」
「うは~~~っ! それ見に行きたいなぁー。くっそ、どうにかして抜けだしていけないかなぁ」
「やめときなよエレン。ここからトロスト区まで何百kmも離れてるし、そもそも徒歩なんだから。それに脱走したってばれれば、連帯責任で同じ部屋の人達に迷惑がかかるし……」
「駄目かぁ~」
「調査兵団に入ればいつだって見れる」
「おおーそっか。ミカサナイス! それもそうだな!」
最強か……巨人殺しの天才なんて俺の目指す目標そのものだ。
俺も頑張らないとな!
俺が未来に想いを馳せているとアルミンの話しはまだ終わっていなかった。
そしてその話の内容に俺は驚愕する。
「それでここだけの話なんだけど」
「あ? 続きがあるのか?」
「続き?」
「うん……どうも壁上に街の有力者たちを招待してね、さっき言った代表者2人が戦うらしいんだ」
「戦うって模擬戦とか?」
「あ、ごめん、言い方が悪かったね。本物の巨人相手に2人で巨人を討伐して見せるらしいんだよ。凄いよね、30人の兵士で1体倒せるかってのが兵士達の通説なのに……。よほどの腕に自信がなくちゃそんなことできないはずなんだよ」
「――――ッ!!! それ本当か――」
「エレン声っ」
「お、おおうミカサ悪い。……でも、本当なのかそれっ!」
「一応、いつも話を聞かせてくれる親切な兵士の人から聞いた事だし嘘じゃないと思う」
「そっか……そっかぁ~。見てみたいなぁーーー。あー見れないかなあ~」
「脱走は駄目、エレン」
「判ってるって」
諦めるしかないとはいえ、悔しいな。
どんな風に巨人を殺すのか凄く興味があるのにさ。
「そういえば話が変わるけど、新しい子が今日同じ部屋にやってくるんだって」
「あー別に珍しいことでもないだろ? 男だろうが女だろうが別にいいや」
「まあそうなんだけどね」
人の入れ替わりはよくあることだ。
人員調整かなにかでたまに違う開拓地へ行く奴らは月に1、2人くらいいる。
まあ俺達の部屋は15人だったから開いたベットに丁度くる奴がいるんだろう。
特に気にせず話は終わり、今日一日の仕事を片づけ始めた。
――その日の夕方――
「よし、今日の仕事は終わりだ! 撤収!」
憲兵団の兵士達が今日の仕事の終わりを告げて俺達はいつもの寝床へと向かっていった。
「あ~~~肩がゴキゴキいってるぜ。しんどかったなー」
「僕は最近やっと筋肉痛に苦しまずになってきたよ」
「エレン、肩が凝ってるなら揉んであげようか?」
「そうだなー、ミカサお願いしていいか?」
「っ! う、うんっ、ありがとうっ」
「なんでお礼いってんだよ、お礼は俺の方が言うことだろ?」
「あ、そうだった……」
「変な奴」
「あれ……?」
アルミンが唐突に立ち止った。
どうしたんだ?
何故かふるふると体を震わせながら正面を直視している。
「おじいちゃん…………?」
「おおっ!! アルミンッ元気だったか!」
「え、あれって」
「アルミンの、じーさん、か?」
そこに居たのはアルミンの祖父であるアレスさんの元気な姿だった――――
エレン達はなんでアオイの生存を知っていないんだとかの話は次回判ります。
アレス爺さんが今更きたのにもちゃんと理由があります。